IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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EX―IS03凰鈴音

「ようやく、着いたぁ……」

 

 疲労交じりにそう呟いたのは、長い黒髪を両サイドで高く結い上げている、所謂ツインテールと、勝気という言葉を想起させる顔の造りが特徴の少女だった。

 だが、今は先に言った通り、疲労困憊……とまではいかないが、疲れているという雰囲気を放ち、勝気とは程遠い表情を作っていた。

 旅行用の鞄が二つ、大型の荷物が一つを持って駅から歩いて移動してきたのだ。

 しかも、電車の中でこのご時世に珍しく痴漢されるという経験したくも無い珍事に遭遇したのだ。その痴漢は当然制裁を加えて警備員に突き出したのだが、お陰で約束の時間を多少なりとも過ぎてしまっていた事も、原因の一つだ。

 他にも、その途中でこれまた珍しく、お婆ちゃんが大荷物を持って右往左往していた為、それを持ってお婆ちゃんが目指す目的地まで運んであげたりしていたりと、今時の10代らしからぬ行動を採っていたりした事も、理由に挙げるべきか。

 

「全く、駅から此処までどんだけ遠いんだっつーの。というか、寮監どこにいんのよ、正面ゲートに誰もいないじゃない」

 

 どこほっつき歩いてんだか、と言葉を地面に叩きつけた。直情のまま愚痴を吐き出す少女の名は、凰鈴音と言う。

 日も暮れており、無機質な電灯以外の光が余り見えない状態で待たされるのは、まだまだ寒い季節には少々堪えるものがある。しかも、生徒達は既に寮に戻っているのか、学園校舎側には人が居ないようだった。

 

「そもそも、この地図も見難いし、幾ら外からの物理的干渉を防ぐ為とは言っても、限度があるじゃない。初めて来る人に不親切過ぎる造りなんて今時流行らないっての」

 

 上着のポケットに入れておいた、だがクシャクシャになっているIS学園案内図を広げて云々唸るも、迷路まではいかないが、それなりに複雑な機構をしている学園にまで八つ当たりを始める鈴音。どこからどうみても変質者一歩手前なのだが、不幸な事に本人は気付いていない。

 

「ったく、待てば良いのか、それとも勝手にいけば良いのか……そうよ、そもそもあたしを待たせるなんて良い度胸してるじゃない。中国代表候補生のあたしをほっぽり出して、何処遊びにいってんのよ、寮監は」

 

 まだ見ぬ寮監の女性を心の赴くままに罵倒し続けながら、えっちらおっちらと大量の荷物を抱えつつ正面ゲートから真っ直ぐ歩いて玄関らしき場所へと移動し始めていた鈴音だったが、背後から車のエンジン音と光が近くなるのを感じて振り向くと、

 

「は?」

 

 リムジンタイプのリンカーンが正面ゲートへと入ってくるのが見えた。この時間帯にVIPが来るのかと唖然とした表情で、それを見送る鈴音であったが、徐々に徐々に己の心に理不尽な怒りが込み上げてきた。

 天下の代表候補生を放置してVIPを迎えにいっていたとしたら、その寮監はボコボコにすべきだろう、あたしより偉い人が乗っている可能性なんて0に等しいだろうし、例え上が許してもあたしが許さん!!とばかりに、ドスドスと歩いてリンカーンを追いかける今の鈴音は、阿修羅を凌駕する鬼気を放っていた。

 のだが。

 ドアが開いて、出てきた人物を見て、ピシリと凍りつく事となる。

 

「やぁっとついたぁ……渋滞長かったなぁ」

「交通渋滞がここまで酷いのも、久……その、なんだ、予想外だったな」

「あぁ、ファーロスさんとこは渋滞なんて無さそうだもんな」

「そうだな。交通整備されていたし、滅多な事では渋滞はしなかった。そもそも車が必要なかったのもあるが」

 

 本国の資料で嫌という程、観させられた異星人と、ニュースで見た幼馴染が、その車から出てきたのだ。

 え、何で?どうして?と混乱の渦に叩き落された鈴音だったが、その後に出てきた女性を見て、更に顔が引き攣る事になる。

 

「完全に、遅刻だな……」

「織斑教諭、気に病みすぎだ。突発的な事故による渋滞を予見出来る者なんていないだろう」

「だが、待たせてしまっているかもしれん。電話は何度かかけたのだが……」

「学園側にもかけていたのだから、誰かが迎えに出ているだろうさ」

 

 原宿系な黒服を纏っているモヤシ頭はともかくとして、特徴的な雰囲気を持ち、黒いスーツを纏った女性を見間違う筈もない。モンド・グロッソ等の公式映像云々ではなく、遠い昔、実際に出会った事がある女性を間違える事はない。幼馴染の姉、織斑千冬だ。その表情は微かに沈んでいた。教師として自分を許せないのだろう。それを汲んでのモヤシ頭のフォローの言葉だったのだろうが、それに救われた様な素振りは見せなかった。

 引き攣っていた表情が顔面神経痛を引き起こしたようなそれに変化した。ギギギギと油が切れ掛かったロボットのような動作で恐る恐る携帯を確認すると、6件程着信履歴があり、2件がIS学園からで、残りの4件が「鬼姑」と書かれていた。

 

 千冬さん、まだあの携帯番号だったんだー、というよりも此処の寮監だったんだー、そうなんだー、ハ、ハハハ。

 

 即座に電源を切って服の内側に忍び込ませる。予期せぬ事で電源が落ちていたという事にする為だ。今や怒れる阿修羅は尻尾を垂れた猫並に覇気が消え失せていた。阿修羅を凌駕しようとも、魔王には勝てないのだ。自分は勇者ではない。

 前に進むべきか、それとも退いて隠れるべきか。そんな迷いを感じ取ったのか、異星人がいきなり鈴音の方を向いて、おや?という顔をし、

 

「千冬、あの子がお前さんの言っていた転校生か?」

 

 その指摘のお陰で、千冬の視線が此方に注がれ、条件反射で視線を微妙にずらす鈴音。苦手意識というものは早々直らないものなのだ。というかあの異星人は絶対空気を読めないタイプに違いない。こちらの心の準備もまだだというのに、何勝手にバラしているんだコンチクショウ。

 ヒールを高らかに鳴らしてこちらに来る千冬と、ぞろぞろとついてくる一夏とその他大勢。

 一夏は途中で気付いたのか「あっ」という声を上げて、表情を輝かせた。鈴音はその事に思わず同じ位表情を明るくさせようとして、いやいや、素直さは今は要らない、待たされてるんだからそこを抑えないと、と思い直し、苦労してムッツリ顔を作っていた。

 

「中国代表候補生の凰鈴音、だな?」

「ぉ久しぶりですね、千冬さん」

 

 若干冷ややかな声を出そうとして、微妙に失敗している鈴音。すまし顔までは成功していたのだが、声は明らかに上ずっていた。その声色で緊張している事を察した千冬。この子は余り変わってない様だな、と判断しながら頭を下げた。

 

「遅くなってすまなかった。何回か電話して留守番にも吹き込んでいたのだが」

 

 その言葉に、今気付いた風にポケットから携帯電話を取り出し、表情を少しだけ変えて、鈴音も、

 

「あ、ええと、あたしの携帯も電源落ちていたので、おあいこって事で……」

「そうだったのか。お互い運が悪かったな。疲れているだろう、早速案内させて貰うよ」

「え!? あ、ええと、その前に……」

 

 一夏と話を、とばかりに視線をそちらに向けると――

 

「一夏、あの子は誰だ? お前さん、面識あるような顔してたが」

「ええと、俺の幼馴染のファン・リンインで――」

「待て一夏、私は知らないぞ?」

「え? ああ、そうだった、箒が転校した後で知り合ったんだよ。所謂セカンド幼馴染って奴さ」

「……ファーストだのセカンドと来たら、サードがお前さんか」

「はい? いや、ファーロスさん、日本語間違ってるよ。幼馴染ってのは自分を含めないでカウントするもんだから」

「あぁ、うん……そうだったな」

 

 見た事の無い女が、異星人は取り合えず脇に置いておくとして、一夏と親しそうにしているのが見えて、一気に心が冷え込み始めた。ツンドラ気候突入である。半眼で愚弟を睨みつけている鈴音の眼中から自身が消え失せている事が目に見えて判っている千冬は、やはりそういう展開か、と溜息をついた。個人の思惑を上手に使って操るのは中国からしてみれば児戯にも等しい諜報手段の一つだ。代表候補生は副産物で、一夏に対するハニートラップが本命だろう。しかも、鈴音の恋愛感情が昔と変わらず、むしろ増しているようにも思える程に強固なのだから余計始末に終えない。

 一体何処までが本物の感情で、何処までが刷り込まれた洗脳教育の賜物なのか、それを見極めなければならないな、と留意しつつ、

 

「凰」

「――あ。は、はい!!」

「挨拶したいのなら、行って来い。但し、今日は手短にな」

 

 どうせ強引にでも連れて行かれるのだろう、と思っていた鈴音は、思わず千冬を見つめてしまった。あの頃の千冬を知っている鈴音からしてみれば、予想の範疇を遥か上に吹き飛んで行くような発言だったのだ。

 だが、良く見るとあの頃やモンド・グロッソ時代の刃の様な雰囲気や目つきとは違って居る事に気付き、何か良い事でもあったのか?と思案してしまうのだが、

 

「? どうした、行かないのか?」

「え。あ、い、行きます!!」

 

 不思議がる千冬に急かされた為、その事は取り合えず脇に置いて、一夏へと足を向けた。

 いつもよりも早く打ち鳴らす鼓動に静まれと念じても意味はない。あの頃よりも格好良くなっている幼馴染を見て、ときめいてしまったのだから仕方ないのだろう。

 一夏の傍まで歩き、そこで初めて気付いた事が、思ったよりも背が大きかった事だ。くそう、あたしももう少し身長が欲しい、と思うのは乙女の思考回路特有のものなのか、負けず嫌いから来るものなのかどうか。

 

「久しぶりね、一夏」

「あぁ、おかえり、鈴」

 

 予想もしなかった一言を聞いて、思わず一夏を見つめ直してしまう鈴音。一夏って、そんな気の利いた台詞を言うようになったの……と。

 だが、嬉しいものは嬉しいもので、余所行き仕様だった台詞も、お澄ましな表情も崩れ、向日葵の様な元気な笑顔を浮かべる鈴音。

 実は、センクラッドが気を利かせた結果だったりする。内容としては、

 

「一夏。何年も会ってない幼馴染にお帰りとか言っておくと、その後のコミュニケーションが円滑になる可能性があるそうだ」

「へ? そういうものなのか?」

「あぁ、そういうものらしい。今しがたインターネットで調べてみたんだが、挨拶無しと有りの場合ではおよそ6割以上が好ましく感じると書いていた。まぁ、言って損はないだろう、多分な」

「へぇ、そうなのか……ってことは、箒は言って欲しかった、とか?」

「は!? あ、いや、その、まぁ……少しは?」

「ふぅん……ってオイ、何で疑問系なんだよ。まぁ、言ってくるよ」

「いや、どうやらあっちが来るようだ」

 

 という感じで、つい数分前に入れ知恵されただけなのだが、正に知らぬが仏だろう。常時インターネット接続野郎と化しているセンクラッドの助言は、あながち間違っていない。

 一方箒は少しだけ機嫌が下降気味だった。私も言われたかった!!ファーロスさん、もう少し気を利かせてくれても良いじゃないか!!と思っているのだ。

 ただ、それを言えるわけもない。乙女は察して欲しいものなのだ、色々と。それを察する能力が一夏には無い事に気付くのはきっとそう遠くないお話。ついでに言うと内心だが異星人に八つ当たりが出来るのはこの娘を除けば他数名しかできない事だろう。

 

「一夏、あんたがIS学園に入学したってニュース見て驚いたわよ。どんな手品を使ったの?」

「手品て……触ったら勝手に起動したんだよ。そこからはあれよあれよという間に、こんな状態だったんだぜ?」

「変なの。あんた昔からちょっと変なところあったから、それが原因じゃないの。ジジくさかったりとか」

「頼むから断定系で言うなよ。ジジくさい言うな、これでも気にしてるんだぞ」

「あぁ、ごめんごめん」

「軽ッ言い方もう少しあるだろ」

 

 その言葉にクスクスと笑う鈴音。仕方ないな、と眦を下げて笑う一夏。一年会っていなくても、馬が合う者同士、打ち解けた様子で話していた。

 センクラッドとシロウはそれを暖かい目で傍観していたのだが、センクラッドの左眼が負のオーラを感知し、視線をその元へと向けると、

 

「……おぉ……」

 

 剣術娘が羅刹になっていた。誰から見ても嫉妬駄々漏れである。いや、むしろ駄々漏れ以上に溢れ出ている感があった。

 小さく言葉を出した事で、隣に居たセシリアとシロウもそれに気付いた。ちなみに、セシリアはドン引きしていた。一夏を罵倒した時の事を思い出したのだろう。

 センクラッドはシロウに目配せをし、千冬の元に向かわせると同時に、最近めっきり誰の彼の物でも関係無しに、溜息と親交を温めている回数が多くなった事を若干気にしながら、鈴音と一夏の元へ歩む事にした。

 

「歓談中すまないが、一夏、そろそろ寮に戻らないといけないんじゃないか? 千冬が気を利かせているのもあるが、流石にもう今日はこの辺にしておいたらどうだ?」

「あー、確かに。ありがとな、ファーロスさん。悪いな鈴、明日か明後日、また話そうぜ」

「うん、また明日あたりに。っと、ええと――」

 

 センクラッドに体ごと向き直り、軽く一礼して自己紹介をする鈴音。

 

「初めまして、あたしは中国代表候補生の凰鈴音よ。親しい人はリン、と呼ぶわ。以後宜しくね」

「グラール太陽系デューマンのセンクラッド・シン・ファーロスだ。宜しく、ええと、ファンさん。一応言っておくが、敬語は使わなくて結構だ」

 

 流石にいきなり鈴さんはマズイだろうと判断しての言葉だったのだが、それをきちんと理解したようで、センクラッドがその言葉と同時に差し出した手を握る鈴音。

 

「異星人から握手を求められるなんて思ってもみなかったわ」

「似た文化があったからな。それに、色々旅をしていれば挨拶の文化も大体は把握出来ている。問題は無いだろう?」

「そうね……じゃ、あたしは千冬さんに案内してもらうから、またね、一夏、ファーロスさん」

 

 よいしょとバッグを抱えながら、一夏に向かって手を振り、千冬の元へと駆ける鈴音。代表候補生として様々な訓練をした結果なのか、それとも幼馴染の居る前だからなのか、疲労を感じさせない軽やかな足取りだった。

 俺達も帰るか、と一夏が箒に声をかけるも、ご機嫌斜めになっている箒を見て、

 

「箒、なんか機嫌悪くなってないか?」

「生まれつきだ」

「いや、そんな顔じゃないだろ」

 

 不機嫌だ、不機嫌じゃない、という言い合いをしながらもきっちり肩を並べて帰る辺り、素直じゃないのは丸判りで、センクラッドは苦笑していた。

 その時、セシリアがぽつりと、

 

「自己紹介のタイミングを逸しましたわ――」

「……まぁ、明日以降にでも話せば良いと思うが」

 

 少しだけしょぼくれているセシリアを慰めながら帰り道を歩むセンクラッドとシロウであった。


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