IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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18:観光~浅草編

「此処が、噂の雷門か――」

 

 豪華リムジンに揺られて二時間程経過して浅草に着いたセンクラッドはそう呟いた。

 大通りに面した場所に、朱色で塗られた門と、中央に同色の提灯のようなもの、つまり雷門があった。

 やはり外国人や観光客には人気のようで、写真を撮ったり、動画を撮っていたりしている様子があちこちに見て取れる。

 ただ、流石に大型リムジンのリンカーンは目立ったらしく、暫し好奇の視線が辺りから無差別に飛んで来ていたが、すぐにその手の視線は消えていく。どうやらまだ異星人として顔が割れていないようだな、と判断したセンクラッドは、ぽつりと感想を零した。

 

「観光街としては当然なのだろうが、予想よりも人が多いな」

「休日はこんなものだよ。日本三大祭りに数えられている三社祭や隅田川の花火大会……はわかるようだな、そういうイベントの時は交通規制がかかる程、混雑するものだ」

「それは……あまり体験したくないな。過度の人ごみは苦手だ」

 

 リンカーンから降りたセンクラッドは、おのぼりさん宜しくキョロキョロとしていたのだが、ある一点でピタリと視界を止めた。

 そこにあったのは、人力車だった。明治時代を彷彿させるデザインをしており、それを引く人も、その時代にあった服装をして走っていた。乗っているのは観光客のようで、どうやら一風変わったガイドをしているようだった。

 眼を細めて、ふむ、と顎に手を這わせ、

 

「アレが人力車、だな」

「やはり珍しいか?」

「ああ、生で見た事が無かったからな。昔ながらの乗り物を使っての観光案内とは、風情があって良い物だ」

 

 そう呟きながらもセンクラッドが視線を向け続ける対象は、雷門と同色に染め上げられた人力車と、それを軽快に操り、中々の声量で乗車している客に案内をしている男だ。

 顔に刻まれた皺から判断する限り、年は30半ばを過ぎているのだろう。だが、それに似合わぬ二の腕や足の太さが、自身がまだまだ現役であるという事を周囲に知らしめていた。

 

「ああ言うのは良い物だ。街の歴史や成り立ちを聞きながら、のんびりと見て回りたい……だが、まだ叶わぬ夢だな」

「いずれ、我々がグラール太陽系と交易を結べれば、不可能ではないだろう?」

「――そうだな」

 

 それも叶わぬ夢だが、と自嘲めいた言葉は心に留め、千冬に先導を任せる為に彼女が居る方を向いて、眼を瞬かせた。思わず二度見をしてしまったのは仕方が無い事だろう。

 

「千冬、それカツラか?」

「ウィッグと言え」

 

 いつものミディアムヘアがウィッグをつけた為にロングヘアになっており、何故か知らないが赤縁眼鏡をかけている千冬がそこに居た。

 一夏がそれを見て、何か言おうとして、だが言葉にならなかったのか、言葉にするのが恐ろしかったのか、結局何も言わずに視線を外した。

 センクラッドはその意味を察し、意を決して質問を舌に乗せた。

 

「……なぁ千冬、印象をガラリと変えたかったのは理解できるのだが、それは誰の入れ知恵だ?」

「山田先生からだ」

 

 衝撃の一言に、一夏は絶句し、センクラッドは無表情のまま空を見上げた。企画物のAVかよ、と言いたかったのだが、何故それを知っているというツッコミが来るのは必至だった為、断腸の思いで断念した。

 色々言いたかったが、それらを全て溜息に変えてナノトランサーからカメラを現出させた。この世界の景色や人々を撮る事で、元の世界を想起させ、自分が揺らぐ事の無い為に。

 ただ、その前に確認する事も忘れてはいない。無断で撮影して何かのトラブルの種になっても困るからだ。

 

「まぁ良い。千冬、この景色や風景を記録しても良いのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 その言葉に早速カメラで雷門や町並みを撮りながら先導されるままに歩くセンクラッド。その途中で、IS学園側に居る人々にこの街の事を聞いてみるかと思いつき、まずは隣に居るセシリアに声を掛けた。

 

「そういえば、だが。セシリアは、此処には来た事はあるのか?」

「え? いえ、IS学園に入学してまだ日も浅いですし、外出していませんでしたから」

「……考えてみればそうだったな」

「えぇ、ただ――」

「ただ?」

 

 うん?と首を傾げて先を促すセンクラッドに対し、セシリアは僅かに羨望の眼差しを周囲に向け、

 

「――ただ、凄く新鮮ですわね。何というか、悪い意味ではなくて、下町然としたところとか、和そのものといった感じとか」

「そう、だな。観光街というのを抜きにしても、俺はこういう古い町並みと言うものは良い物だと思う。本当にな」

 

 センクラッドが呟いた言葉には、確かな重さがあった。まだ種族的に日本人だった頃に住んでいた場所を思い返しているのだろう。瞳の奥に微かな寂寥を一度だけ光らせ、だが瞬き一つでそれを消し去ると、何事も無かったかのように、背後に居る一夏と箒に首を向けた。

 

「篠ノ之さんは、こういう場所には縁があるのか?」

「私は此処とは違いますが、生家がこういう場所にありますので」

「ほう。あの剣の腕前はその街で教わったとか?」

「というよりも、家が剣術の道場を開いていますから」

 

 それを受け、箒と戦った時の事を思い出す。あの動きは天賦のものもあるが、成る程、血筋もあるのだな、と納得し、次いで一夏に声をかけた。それは箒と一夏の構えが同門だと推察していたから出た質問だったのだが――

 

「なら、そこは一夏の実家も近いのか? お前さん、恐らく箒と同門――」

 

 その瞬間。千冬と一夏の感情が乱れたという事を左眼を通して視て取ったセンクラッドは、しまった、と思い、

 

「すまない、失言だったようだ」

 

 と素早く付け加えた。センクラッドが発した言葉に驚きを覚える千冬と一夏。前者はポーカーフェイスで通したが、後者は表情に写してセンクラッドに、

 

「え、俺、まだ何も言ってなかった、ような……?」

「空気を読んだだけだ」

 

 コレは失策だったと後悔しながらも、そう切り上げるセンクラッド。言うべきタイミングではなかったと気付いたのは一夏の表情からだ。本来ならば反応せずに静観するべきタイミングだった。今のタイミングでは心を読める能力があると思われても仕方が無い。

 鋭い視線を前方から感じ、視線を前に戻すと、やはりというべきだろう、千冬がウィッグで眼を隠しながらこちらを伺っていた。

 どういう事だといわんばかりの視線を意図的に無視して、新仲見世通りと仲見世通りが交差する場所の左手側にある和菓子屋に足を向ける。背中に感じるプレッシャーは千冬からのものだったが、ここでシロウからの助け舟が出た。

 

「織斑教諭、すまないがマスターを余り睨まないでやってくれないか? 悪気があったわけではないのだ、それ位君にも把握できているだろう?」

「…………」

 

 返答はセンクラッドの耳には入らず、だが明らかに視線が弱まった事を感知し、ほっとするセンクラッド。否、その場に居る一夏やセシリアもほっと息をついていた。重苦しい圧迫感を感じていたのは何もセンクラッドだけではなかったのだから。

 水羊羹や芋羊羹、あんこ玉に煉ようかん、すぐれもんと栗入り二色きんつば等、店頭にある品物をそれぞれ10個ずつ頼むセンクラッドに、店員は眼を丸くしながらも承った。そして代金の話になってからセンクラッドは千冬が居る背後を振り向いた。

 すると、千冬がスーツの内ポケットからIS学園のロゴと文字が組み合わされたカードを出して、センクラッドに手渡した。

 

「これは?」

「IS学園が発行しているカードだ。それをそこのカードリーダーの上におけば、買い物が完了する」

「それは便利だな。それで、支払い限度額は幾らまでなんだ?」

「無制限だよ、自由に使ってくれて構わないとのお達しだ」

 

 その言葉にぎょっとする庶民組とシロウ。流石のセシリアも驚いた表情を浮かべていた。センクラッドはオラクル細胞で表情の変化に制限を加えていたので、表向きは何の変化も無く「そうか」の一言だけだったが、内心はそれはもうエライ事になっていた。

 ただ、だからといってこの世界の武器をこのカードで買おうものなら一発でアシがつく事に気付き、その可能性を配慮した結果がこのカードか、と推察したセンクラッドは、考えてみればそうもなるか、と納得した。何を買い物したかでプロファイリングを行うのだろう。

 そうこうしている内にカードリーダーから電子音が響き、支払いが完了した旨を告げられ、店員が普段よりも三割り増しの笑顔でありがとうございました、と頭を下げるのを見たセンクラッドは、

 

「千冬、荷物はIS学園に届けられるのか?」

「その通りだ。そのカードで買うと自動的にセンクラッドが住んでいる住所に送付される事になっている」

「成る程、理解した」

 

 荷物チェックも兼ねているわけか、と納得し、やはり警戒せねばならんな、と思いながら千冬を見て頷く。GOサインという事を察した千冬は、そのまま新仲見世商店街の奥にある浅草寺へ足を向けた。

 5分程度真っ直ぐ進むと、両側に店や幼稚園があった場所が開けていき、先程通った雷門とは少々造りが異なるが、大筋は同じで中央の灯篭部分に描かれている文字が『小舟町』となっている宝蔵門と呼ばれる門を潜ると、センクラッドは表情を僅かに変えて、千冬に質問をした。

 

「千冬、聞きたい事がある」

「何だ?」

「あの眼の前の、何というのかわからんが、人が集まって煙を吸い込んでいる人々は、何かの宗教の一環でやっているのか?」

 

 その言葉に苦笑して、首を横に振る千冬。ブリュンヒルデとなって日が浅い時代、あの時もアメリカ代表の知人から全く同じ質問をされた事を思い出したのだ。

 普通はわからんものか、と思いながら、

 

「あれは常香炉と言うもので、あの周りに居る人達は別に煙を吸っているわけではないよ。悪い部分に煙を当てる事でその部分が良くなると言う言い伝えがあるから、あぁやっているだけだろう」

「そうなのか。それを知らないとアレは自殺志願者の集まりに見えるな……ん? つまり、あの人々は頭が悪いという事なのか?」

 

 他意の無いセンクラッドに一夏が吹き出した。シロウは千冬とは別の意味を持つ苦笑を浮かべている。怜治、君はたまに天然が入るが今入らなくても良かろうに、と思っているに違いない。

 確かに、常香炉から出ている煙を手で扇いで頭に当てている者が殆どだ。そういう指摘もする者が居てもおかしくはない。

 

「一応やってみるか」

 

 ぽつり、と呟いてセンクラッドは千冬を追い越して常香炉の前に立ち、手で煙を自身の左眼に当たるように扇いだ。3秒程当てて、振り向き、

 

「そうだな……良くなった気はする」

 

 と言った。リップサービスのつもりなのかはさておき、そうかとしか返せない千冬。

 それには頓着せず、

 

「皆はやらないのか?」

「私は遠慮しておくよ。そうそう悪い場所も無い」

「わたくしも煙を当てるのはちょっと……」

 

 と、千冬とセシリアは断ったのだが、箒は一つ頷いて前に出た。そのまま無言で自身の両腕に、交互に煙を当てた。

 それに興味を持ったセンクラッドが、右眉を上げながら、

 

「篠ノ之さんは、腕が悪いのか?」

「いえ、悪いと言うわけでは無いのですが」

 

 そう言ってセンクラッドを真正面から見つめた。その意図を汲み取ったセンクラッドは、成る程な、と眼を閉じて小さく笑みを零し、俺もやっておこう、と呟いて両腕に煙を当てた。

 一夏は、何か箒の奴、変わったなぁ、と思っていた。学園に入学する前の箒は、幼少の頃を除けば、大会の動画でしか見た事が無いのだが、その時や入学時に出会った時は、物凄く張り詰めた雰囲気で佇んでいたのだ。常在戦場の意気とは違う、何か思い詰めた様なもので、一夏は危うさを感じていた。

 今は以前の抜き身の刀の様なそれが全てとは言わないが、ある程度は無くなっており、それが眼の前の異星人に敗北した結果だというのだから、世の中判らないものである。置いていかれないように俺も頑張らないとな、と気合を入れ、センクラッドと箒がいる常香炉に移動して、煙を自身の腕に浴びさせた。

 千冬は、何時もの表情を僅かに崩して見つめていた。一夏と束の妹である箒が良い方向に成長していく事が見れた事が嬉しいのだ。何だかんだ言っても親友の妹が孤立していた事に多少なりとも心を痛めていた。それに、慣れない環境で苦労している一夏との接点が増えた事も、嬉しい限りだ。

 それも全て、あの異星人のお陰だというのだから、千冬からしてみても運命とは判らないものだと思っていた。

 暫くして、センクラッドが千冬の方を見て頷いた事で、先導を再開する千冬の足取りは、少しだけ軽いものとなっていた。

 常香炉を通り過ぎ、観音堂の階段をあがると、やはり観光客が多く、人々は賽銭箱に五円を投げ入れていた。中には千円札を入れて手を叩く者もいる。

 先導していた千冬が賽銭箱の前まで歩き、

 

「これが賽銭箱だ。此処に賽銭、つまりお金を入れて何かを願ったり祈ったりすれば良い」

「グラ……俺の故郷でも似た様なものがあった。アレは星霊に祈る形だったが」

 

 危うくグラール太陽系の話をしかけて、即座に訂正したセンクラッド。万が一、その言葉から連想で自分の正体がバレでもしたら面倒な事になると察したからだ。

 それを正しく汲み取ったのか、そうかと頷くに留める千冬。

 

「千冬。賽銭用の硬貨が欲しい」

「あぁ、すまなかった。これを」

 

 千冬から手渡されたのは五円玉だった。何故五円玉?という風な表情を浮かべていたセンクラッドに、一夏が、

 

「ファーロスさん、日本では御縁がありますように、という意味で五円を賽銭箱に入れるんだよ」

「あー、だから五円玉なのか」

「ちなみに十円は縁が遠くなる、遠縁になるから回避推奨だったりするんだ」

 

 そういって一夏は五円玉を投げ入れ、手を叩いて祈り、賽銭箱から離れた。次いで箒、セシリア、千冬、シロウと続き、最後にセンクラッドが五円玉を投げ入れた。

 センクラッドが願うのは一つ。元の世界へと戻る、ただそれだけを願い、瞳を閉じて念じた。

 その姿は、喧騒に満ちている群集の中で、一際異彩を放つ程、静謐で荘厳な雰囲気を持っていた。それは周囲と対比して、孤立しているようにも見えた。

 少し離れてそれを見ていた一夏は、何故だかわからないが哀しみを覚えていた。理由を聞かれても首を傾げるしかないのだが、今のセンクラッドを見ているとそんな気持ちになってしまうのだ。

 だから、一夏は小さく言葉を丸めた。

 

「何か……哀しそう、だよな」

「一夏も、そう思ったのか?」

 

 独り言に反応が有った事に驚いて左に視線を向けると、そこには眉を寄せてセンクラッドに視線を向けている幼馴染の姿があった。

 

「あ、ああ。何だか良く判らないけど、何か哀しそうだなって」

「何か、重いものを背負っているのかもしれませんわね……」

 

 右からセシリアの声が聞こえ、やはり似た印象を持っていたのか、その声色は複雑な響きを持っていた。一夏がセシリアの方を向くと、何やら考え込む様な素振りを見せている。自分よりも僅かに年上の少年とは思えない程、厭世的な雰囲気を持ち、その癖、親身になって自らを諭そうとしてきたセンクラッドという男を、計りかねているのだ。

 どういう人生を送れば、あの様な言葉を投げかけられるのか。そして今見ている彼の雰囲気は、セシリアが抱いた印象だが、常人には決して理解出来ない何かを背負っている様にも見えた。それは、オルコット家を継いだ、名家で培ってきた観察眼の賜物だ。

 それ故に、セシリアは戸惑っているのだ。今までの男、というよりも人としての深さが計り知れない、そんな印象を抱かせるあの男に。

 千冬は千冬で、どこかチグハグな印象を受けていた。第一印象の冷静さ、第二印象での適当さ加減、そして今見せた表情と、その都度において別人と思わせる程の豹変振りに、強烈な違和感を感じていた。ただ、流石にそれが何故なのかまでは把握できず、故に無言のままに様子を伺う程度の動きしか出来ずにいた。

 それら全てを見ていたシロウは、黙して語らずに、二つの願いを込めていた。彼らが敵とならないように、怜治の心の負担にならないように、と。

 やがて、願い終えたのか、それとも視線を感じていたのか、センクラッドが一夏達の方を向き、歩み寄ってきた時には、いつもの厭世的な雰囲気を持つ彼に戻っていた。

 

「すまなかったな、少し願掛けに掛ける時間が多かったようだ」

 

 その言葉を受け、口々に問題ないという旨を告げる皆に、センクラッドは質問をした。

 

「皆の願った内容とは、何なんだ? 俺は目的地に早く着きたい、という単純なものだったが」

「私は君の負担にならないように、と祈っていたよ」

「お前さんが俺の負担になるわけないだろうに」

 

 苦笑してセンクラッドがそう言ったのだが、当然の如く意味を取り違えている事に、シロウは意味合いが少しだけ異なる苦笑を浮かべ、そうだと良いのだがね、と付け加えるに留める。

 一夏に視線を移すと、一夏は少し恥ずかしそうに、

 

「俺は、俺の力で守りたい人を守れるように、かな」

「立派な願いじゃないか、恥じる事は一つとしてあるまい」

「少なくとも、身に余る願いを持たない事は、立派な心がけだと思う」

 

 当然のように言い切るセンクラッドに、確かにと頷くシロウ。二人が千冬へと視線を移すと、千冬は肩を竦めて、

 

「『厄介事が余り来ないように』と言うんだろう、って……お前さん、随分とまた読み易いな……」

 

 センクラッドが発した言葉と全く同一のそれを同時に口にした結果、硬直する千冬に、呆れるセンクラッド。

 そんな私は読まれ易い思考をしていたのか!?とショックを受けている千冬だが、あの一夏の姉なのだ。少し位捻くれていようとも、視る者が視れば判りやすい方だろう。

 シロウはシロウで、そんなセンクラッドの反応まで綺麗に読み切っていたのだが、何も言うべき事は無いと言わんばかりに静観していた、のだが。

 

「すげぇ、千冬姉が固まってる」

「織斑教諭もマスターには形無しだったようだ」

「デューマンってすげぇなぁ……」

 

 いや、デューマンじゃなくてアレは本人の気質だろう、と突っ込まざるを得ないシロウ。何処かズレてる一夏に、思わず笑ってしまう箒。一夏は昔から他の者とは感覚がズレていたのだが、未だにそれが変わっていないという事に、笑ってしまったのだ。同時に、自分が知っている一夏のままであった事に、嬉しく感じてもいた。

 眦を下げて小さな笑顔を咲かせている箒に気付いたセンクラッドは、首を箒の方向に向け、

 

「篠ノ之さんは、どんな願いごとを?」

「私は……今よりも強くなりたい、と」

「純粋な強さを願うか――」

 

 その言葉を聞く直前、左眼が反応した。笑顔が枯れると同時に昏い感情が箒の心の奥底に沈殿しているのを視つけたのだ。どうやらセンクラッドに対する感情ではなく、誰かに対する感情のようだが、果たして誰なのかまでは読めないのは何時もの事だ。その対象者が箒の眼の前に居るのなら判別は出来るのだが。

 今考えても栓無い事か、と思い直して、そうか、と頷くに留めた。

 最後に、セシリアに視線を移すと、

 

「わたくしは、IS学園の生徒として、オルコット家の当主としてしっかり勉学に励む事を誓いましたわ」

 

 その言葉は、オルコットの名を大事にしているセシリアらしい発言だった。

 ただ、セシリアの感情に乱れが視えているセンクラッドだけが気付く事が出来た。恐らくは、セシリアの本当の願いは別にあるという事に。

 負の感情から推察出来る事は利点では有ったが、今それを指摘しても空気が悪くなる可能性が高い事もあって、立派だな、と言うに留めておくセンクラッド。自身が発した言葉に込めた意味は、それでも表向きのそれを貫こうとする気高さを賞賛してのものだった。

 

「それで、千冬。このあとは何処に行くんだ?」

「――ああ、少し待て」

 

 回復した千冬が携帯電話を取り出した。誰かからの電話のようだ。暫く誰かと話し、電話を切る直前には、表情が曇っていた。

 千冬にしては珍しく、そして本当にすまなそうに、

 

「すまない、予定よりも早く切り上げる事になった」

「……随分と早いな」

「転校生が今日来るから、寮監として受け入れをしなければならないんだ。本来なら明日来る予定だったのだが……」

「転校生? この時期にか?」

 

 随分とまた早いな、と眼を瞬かせるセンクラッド。その背後に居たシロウは眼を少しだけ細めた。時期的にも、きな臭さを嗅ぎ取ったようだ。

 

「代表候補生が、学園にな」

「ふむ……まぁ、お前さんも多忙だろうからな。俺もお前さんが付いてくる事を条件付けていたし、また何処かにいけるのなら文句は無い」

「すまないな、センクラッド」

「気にするな。次の機会を楽しみにしておく。それで、あの車は何処に?」

「さっき降りた場所で待機している」

 

 なら、戻ろうか。と呟くセンクラッド。落胆はそこまでなかった。予想した一つの結末だったというのが大きいのだろう。

 その帰路の途中、具体的に言うと観音堂を背にし、常香炉と中間の場所でピタリと足を止めて、ふむ、と腕組みをし、顎に指を這わせて少しの間、考え込んだ。

 やがて、ポンと手を叩いて、近くにいた観光客の一人に声をかけて、カメラを渡して振り向いた。

 

「皆、観音堂を背にして記念写真を撮ろう。皆で此処に来た記念だ」

 

 セシリアが真っ先に肯定し、一夏と箒も頷いて、適当な場所に集まった。

 右からシロウ、箒、一夏、中央にセンクラッド、その横にセシリア、左端に千冬という状態になったのを見て、カメラを渡された観光客

が「撮りまーす」と言って、シャッターを押した。

 各々がポーズを決めて撮った写真は、後世において、貴重な異星人交流文化財として登録される事になるのだが、それはまた別のお話。


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