IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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13:晩飯と方針とその声

 セシリアが部屋から退室した直後、シロウから「たわけ」という罵倒から始まり「いい加減に君は自重を覚えろ。巻き込まれるこちらの身にもなれ」という締めの説教まで頂戴したセンクラッドだったが、一向に反省の色を見せないままにサラリと「それよりシロウ、飯はまだか? 腹が減って敵わん。あと説教臭くて白髪が似合ってるぞ」こんな事を真顔で言いやがった為、その面を英霊の力を以って全力でブン殴られるという珍事が発生していた。

 死ななかったのはシールドラインとオラクル細胞という二重の防御があったからだ。常人が食らえば、まるで対戦車ライフルの弾丸がぶちあたったかのようなスプラッターな惨殺死体が出来上がっていただろう。人の身から逸脱した存在である英霊の全力というモノは、時として現代兵器を凌駕するに足るのだ。

 座っていた椅子ごと壁までぶっ飛ばされたセンクラッドが珍しく大人しく素直にゴメンナサイと謝ったので、眉間にミキミキっと青筋を立ててつつも、そして「同じ事を何度も言わせるな」等、ブチブチと文句を呟きながらも律儀に食事を作るシロウ。この辺り性格が出ていよう。

 前の世界で配給されていた巨大な大根の皮をあっという間に剥き、右手側にて中火で温められているフライパンに皮を入れると、ジュワッという皮が焼ける音が響きわたった。センクラッドの腹が部屋に響いた。

 それらには眼もくれずに、皮を剥いた大根の角を取り、センクラッドが瞬きをしている間に厚さが丁度4cmになる様に全て輪切りにし、断面に十字の切れ込みを入れて、自分の左手側、ニューデイズで販売していた神水を軽くクツクツと沸騰させている鍋に音を立てずにまな板から滑り落としていく。センクラッドの腹が部屋に鳴り響いた。

 それには眼をくれずに、フライパンの中に色々な意味で解凍してあったゴルドバの細切れ肉を放り込み、強火で一気に焼き上げると、香ばしい匂いがあっという間に部屋一杯に広がった。センクラッドの腹が部屋に轟音となって響いた。

 それにも眼をくれずに、塩麹と味が良く似たモトゥブの調味料と、味がニンニクに似たニューデイズの調味料を二振りし、フライパンを何度か振って火と調味料の通りを均一にし、予め用意してあった皿に盛り付けた。センクラッドの口から腹が鳴る音に良く似た音が部屋一杯に響き渡った。

 シロウが無言で左手を一閃させた直後、ガゴォンという普通に生活していたら決して聞けそうにはない打撃音と共に「ウボァー!?」という悲鳴と身体双方がセンクラッドの口から床へと転がり落ちた。フライパンが顔面を直撃したのだ。

 もがきながらもアラガミ細胞を励起させ、ベリっと言う痛々しい音と共にセンクラッドの顔から剥がれたフライパンは、まるで顔拓を採ったような状態になっていた。あれでは二度と使えまい。

 オラクル細胞とシールドラインの無駄な併せ技によって無駄な犠牲となった事にシロウが激しい舌打ちをすると、何とフライパンはまるで夢幻の住人だったかのように霧散した。

 それは、シロウが得意とする投影と呼ばれる魔術によるもので作られた存在だ。

 彼は脳に記憶している様々な物体、とりわけ、刀剣類ならば真贋判らぬ程の出来で贋作を作る力を持っている。しかも、それは彼がその投影を破棄するか、破壊されるまで現世に残す事が可能なのだ。便利にも程がある。フライパンもその魔術の応用で投影したものだ。無駄なく隙なくを信条とする生前の彼にとっては無くてはならないものだったとか。

 背後のラックに鎮座している電子ジャーを開け、中身を見て米粒がキラリと光っている事を確認し、満足げに頷いたシロウがそれを茶碗に装い、ゴルドバステーキと一緒にやや憤然とした表情を浮かべているセンクラッドの眼の前にコトリと置いた。

 キッチンに戻り、中央のコンロで火をかけていたワカメの味噌汁の火を止め、二つの御椀に注ぎ入れた。右手側の火をタイマーで消えるように設定し、お椀をそれぞれの手で持ち、センクラッドがいるテーブルに置いて、自らも座る。

 

「いただきます」

 

 軽く手を合わせて言った言葉は同時にして同一。食事の速度も殆ど同じでゆっくりと平らげていく二人。

 食器の擦れる音と、物を咀嚼する際に出る微かな音のみが部屋を支配していたが、途中でセンクラッドはその手を一旦止め、シロウと呼びかけるも、目線で食事を採り終えてからと言われてしまった為、それもそうだと頷いて食事を再開した。

 各々の食事が終わり、キッチンに食器を持っていき、食器洗い機の中に入れてスイッチを入れてから、シロウは「それで?」とセンクラッドに聞いた。

 

「セシリアの事なんだが、どう思う? 間違っても異性としてとかじゃなく」

「少なくとも、悪い奴ではなさそうだ。嘘を言っている風にも見えなかった。だが、信用して良いかという意味なら話は別だ」

 

 そう言い切ったシロウに対して「どうしてだ」とセンクラッドが尋ねると、彼の癖なのだろうか、瞳を閉じて腕組みをした。それはどこか、センクラッドと似ている仕草だった。どちらが似たのか、どちらも似たもの同士なのかはこの際置いておこう。

 

「額面通りに受け取らない方が良いだろう。少なくとも彼女は私達に伏せている事実が幾つかはある筈だ」

「……そう、だな。俺が異星人として此処に来ているのだから、全てを話す事はないし、こちら側の情報を掴もうとする……と思うが」

 

 そういう意味では無いのだろう?と言わんばかりの、だが自信が余り無いような口調でシロウに聞くセンクラッド。シロウは首肯して、

 

「それ以前の問題だ。彼女だけではなく、この世界に長居しないのなら全てにおいて警戒しておくに限る」

「随分とまた、辛辣なコメントだな」

「君らしくない言葉だな。前までの世界との落差で感覚が鈍ったのではないかね」

 

 指摘された事に、返す言葉が出ないセンクラッド。

 確かに、今まで居た世界はどれも強制的に戦いに身を投じさせられていたのだ。それが作為であるかどうかは別としても、それらの世界で経験した事を当て嵌めてみれば、今回の世界も信用してはならない筈だ。

 今回は一見平和そうに見えているだけで、実際は政治事の紛争の方がメインだろう。その経験が余り無いセンクラッドでは荷が勝ち過ぎている。

 戦闘の経験はあっても戦争の経験が無いセンクラッドにとって、両方を有利不利、数すらも限りなく経験しているシロウの言葉は値千金の言葉なのだろう、珍しく心身共に真剣な姿勢で大人しく聞き入っている。

 

「それに以前、君自身が言った筈だ。その身に宿した存在や今の自分の身体が火種になると。今はまだ此方の正体がバレてはいないから相手は様子見で留めているだろうが、君自身の秘密や英霊についての詳細が万が一にも露見した場合、十中八九手中に収めようとする動きに加えて排除しようとする者達の動向も伺わなければならない。そうなれば転移のエネルギーが貯まるまで一方的な防戦を強いられる事になる」

「そうだな、どの世界においても、信用はしないのが鉄則だった……だがなシロウ。俺は千冬達とはある程度の親交は築いていきたい、そう思っている。身勝手だと思うけどな」

「その結果、世界全てが敵に回る可能性があったとしても、君はその道を貫くつもりか?」

「――その時は、その時だ。甘いかもしれんがなシロウ。俺はあの時からそう決めたんだよ」

 

 発した言葉がどうにも甘い事なぞ自覚している。八歳の子供を自ら手に掛けた時から、先送りの精神という逃げと、土壇場での覚悟という身勝手な強さを身に着けたのだ。

 自分が撒いた種や甘い考えによって引き起こされる事件事象なら、刈り取るのが筋というものだ。その筋が相手にとっては通らないとしても、シロウすらもそれは通らないと述べても、自らの内にある筋を通せるのならそれでも良いとさえ思っているセンクラッドは、視線を強めたシロウに対して、何の感情も抱かない綺麗な瞳と言葉で応えた。

 それに、それで助かった命もある。その例を知っているからこそ、センクラッドはシロウにそう告げるしかない。

 

「毎回言うのもアレだが、そんな考えではいつか早死にするぞ」

「毎回言わせるのもアレで悪いが、その時はその時だ。それでも、お前さんを逃がす位の事はやってみせるがな」

 

 またそれか、という溜息をついたシロウ。こんな強情な生き方をするのは、自身のみだろうと自負していたが、センクラッドを見ると、同類なのかと思う程度には、彼は意固地だった。

 否、最早それは意地だけではないのだろう。そういう風に成ったのだ。それを翻す事は、未来の彼自身のみしか出来はしない。未来の彼でも変わらないのかもしれないが、それならば彼自身が言うとおり、その時はその時なのだろう。

 仕方が無いな、とばかりに雰囲気を和らげたシロウに呼応して、感情の光をふわりと取り戻したセンクラッドの瞳は、何故か揶揄の色を放っていた。

 

「そういえば、シロウ」

「何だね」

「オルコットみたいな縦ロール系な名家のお嬢様の世話をした事があるんだろう?」

 

 ぎくりとした風に、思わずといった風に視線を合わせたシロウは、直後にしまったという表情を浮かべた。ヒントを与えてしまうとは不覚、と表情に映しながらも出来る限りそっけなく「それが何か?」と返した。

 の、だが。

 ああ、得心したと呟いたセンクラッドに、嫌な汗が背中を伝う幻触を感じてしまうシロウ。これは一波乱は確実だ、と思った刹那、抉り込む様に言葉が投じられた。

 

「やはり、数少ない女性経験の一人がそれだったか。流石、執事で『世話』をしただけはあるな、うん」

「……君はそれを言いたかっただけだろう?」

「否定しないという事はドンピシャか。しかも縦ロールをやっちゃうなんて、お前さんどんだけ電脳世界の主人公してんだよ」

「その言い方は訂正してもらおうか。いくら羨ましいからと言って、そういう絡み方は良くない」

 

 というかその手のハナシを振るのをやめろ、と言う目線にいよいよ面白くなってきたのか、クックッと低い声で嗤いながら、センクラッドは尚も口を開く。

 

「オルコットとお前さん、案外お似合いなのかもしれんな。影に日向に支える執事。きっとお前さんはそんな感じで接していたら、いつの間にか好かれていて、しかも既成事実を作られたに違いない。更に言えばその当時恋人も居て修羅場になったりとかもあったんだろうな、その表情から鑑みるに」

 

 あまりのドンピシャっぷりに絶句するシロウを見て、腹の底から低い笑い声をあげるセンクラッド。

 その混沌や闇を体現するかのような笑い声に、思わずドン引きし、前々から思っていた事を打ち明ける決意を固めるシロウ。何時か言ってやろうと思っていたのだが、今言うしかあるまい。

 

「……怜治。その嗤い方というか、その声でその笑みはやめてもらいたい。言峰を思い出す」

「ん? あのNPCをか。何故だ?」

「気付いていないようだが、今しがた君が浮かべていた表情と声はそっくりだった」

「失礼な、あんな鬱々とした天然パーマと一緒にしないでくれ。俺のはストレートだろう」

「人の話を聞け、いつ私が髪と性格の話をした。本当に気付いていない様だから言っておいてやる。君の地声は言峰と瓜二つだ。双子でもそこまで似まい」

 

 その言葉に多大な衝撃を受けたセンクラッドは、「馬鹿な」と呟きながら、たたらを踏んでしまう。

 

「俺があの見るからに陰険陰鬱で非リア充系の臭いが半端なく駄々漏れている神父と同じ声、だと……」

「大概だ大概。それと、あの男とは生前に縁があってな。綺麗な娘がいた。前に話しただろう、陰険サドシスター。その親だ」

 

 自身にもダメージがいったのか、顔を歪ませながら事実を告げたシロウと、その事実を聞いて膝から崩れ落ちるセンクラッド。畜生、畜生、と腹の底から怨嗟の声をあげ、センクラッドは床に着いた手をギリリと握りこんだ。

 

「シロウ。一言、一言だけ言っておくッ」

「……何だね?」

「中の人など、いないッ!!」

「たわけ。あのNPCの話ではなく、生前と言っただろう」

 

 その言葉にオォォォウォオ、と言う地獄から這い上がるような呻き声をあげ、センクラッドは床に向かって拳と声を叩き付けた。轟音と大音声が同時に響いた。

 

「神は死んだ!! 否、もとよりそんな存在は居なかったんだッ!!」

「……君が言うと全然説得力が無い上に、前の世界では何体も狩っていただろうに」

 

 さらっと左眼の事と併せて言いやがったなこの野郎、と恨みがましい眼でシロウを見上げるが、シロウはその間に立ち直ったのか、見上げた場所には居らず、キッチンでマイペースに食器洗い機から洗い終えた食器を取り出し、布でキュコキュコと音を響かせながら綺麗に水分を拭き取っては食器棚に着々としまっていた。

 満足気に頷き、嬉々として家事をやる執事に最早絶対的な敗北を強いられているセンクラッドだったが、はたと気付く。

 

「おいシロウ」

「まだ何かあるのかね?」

「お前陰険サドシスターに手を出したという事は、言峰と殺し合いにならなかったのか?」

 

 バキン、と握っていた皿がヒビ割れ、使い物にならなくなった。本気で殺し合ったのかよ、と呆れながら言葉を出したセンクラッドに対して眼光鋭くさせたシロウが面を上げて答えた。

 

「それとは関係なく殺し合いになったとだけ言っておこう」

「お前さん達、どんだけ仲悪かったんだよ」

「相容れない仲だった、とだけで察してくれ」

 

 心底嫌そうに言い切ったシロウ。まぁ、確かに相性は悪そうだ、と暢気に呟くセンクラッドは知らない。

 かつて、言峰が結果的に人の世界を破滅に導こうとしていた事を。そして、それを死を以って止めたのが、眼の前のセイギノミカタだという事を。

 手の中で使い物にならなくなる程度に崩壊していた皿を消失させ、変わって最後の皿を拭きながらシロウは、

 

「あの手の人間がもしこの世界に居るとするならば、全力で逃げる事も視野に入れておくと良い」

「あー? まぁ、そうだな、そうしておこう」

 

 絶対に判っていない返答だったのだが、シロウは敢えて補足をしない。余計な先入観を与えた結果、悪い事が起きるのは往々にしてある事だ。故に、シロウは沈黙を選ぶ。

 皿を拭き終わったシロウはセンクラッドへと眼を向ける。何だと首を傾げるセンクラッド。

 

「それで、結局のところ明日はどうする?」

「行かざるを得なくなったからなぁ。シロウは俺の護衛という事でハナシが通るだろうから、一応来てくれ。実際見て、この世界がどんなものなのかを判断した方が良いだろう。それと、近い内に外に出かけるぞ」

「外に? 許可は取れたのかね?」

「いんや。明日、千冬にハナシを通す予定だ。それで許可が下り次第、資金繰りをして服や飯を買い漁る」

「……ちなみに、その資金繰りはどうやってやるのかね? まさか、私の投影魔術を用いてやるつもりならば断固として拒否させてもらうぞ」

 

 その言葉に、え、お前さん何言っちゃってんの?という表情を浮かべるセンクラッド。直後に思い当たったのか、ニヤリと人の悪い笑みを見せたセンクラッドに、墓穴を掘ったと言わんばかりの表情を浮かべるシロウ。

 へぇ、ほぉ、ふぅん、等の感嘆を感情が伴っていない状態で口から転がしていき、

 

「お前さん、生前はそうやって路銀繋いでたのか。正義の味方も苦しかったんだな」

「私ではない。それをやったのは断じて私ではない」

「まぁ、それはそれ、これはこれとして。そんな事は流石にしない。コレを換金させるだけさ」

 

 と言って、手を軽く掲げ、トランキライザーから取り出したのは、自身の大きな手と同じ位の大きさをした年代物の木像だ。相当古いものだが、シッカリとした造りをしており、審美眼を持つ者ならばそれが一級品である事を認めるであろう逸品だ。

 シロウも例外ではなかったようで、ほう、と眼を軽く見開いて驚きを露わにして、センクラッドが持つ木像を見つめた。

 

「一体いつの間にそんなものを持っていたのかね? 私が知る限りでは、グラール太陽系というよりも地球側にありそうなものだが」

「その通り、前の世界の木像だよ。アラガミのコンゴウに似た作品だ。同じものは十も無いと思う。これを換金させる。異星人の持っている謎の木像、これは高値で取引されそうだ」

「それは良いんだが、アシはつかないのか?」

「どうだろう、別にコーティングしているわけではないからなぁ……グラールで拾ったとは言わんし、大丈夫だろうさ」

 

 センクラッドが自信満々に言い切った様を見て、言い知れぬ不安を覚えるシロウ。この感覚は何処か遠い昔、生前の青年時代に味わったような気がしたのだが、それが何なのかを知る前に、ふと視線が時計を向いた。

 いかん、と呟いたシロウは、センクラッドに、

 

「そろそろ眠る時間だ。明日どういう流れで呼び出しを食らうかわからない以上、遅くまで起きているのは得策ではない」

「オカンかお前さんは」

 

 思わずそう呟いてしまったセンクラッドだが、失言したと言って素直に頭を下げた。筋骨隆々なシロウオカン、そんなものを瞬時に想像してしまうあたり、自分の想像力の豊富さを恨みたくなる。

 シロウはシロウでオカン呼ばわりされた事に対して本気で凹んでいた。家計簿片手に唸っていた人生もあったのだ。それを今、別の形とは言え指摘されるとは。

 暫しの沈黙の後、お休みの言葉は同時にして同一。

 げんなりとした表情も同じで、シロウはそのまま位相をずらして自室に戻り、センクラッドはベッドに倒れこみながら服を寝巻きに変換し、あっという間に眠りに落ちた。

 

 翌日、千冬が来るまでシロウはセンクラッドの呼び出しに一切応じなかったと言う。


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