IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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09:異星人、パシりにされる

 千冬は久しぶりにセンクラッドの元へと向かっていた。

 セシリアの決闘宣言の翌々日に訪れてみたのだが、少し申し訳なさそうな顔で開口一番に「今日からセシリアと一夏の決闘がある日まで連絡を寄越さないでくれ」と言われたので、その間は授業に専念しながら転入生の受け入れ手続きをしていたのだ。

 しかし、中国にドイツにフランスまで立て続けに転校生を寄越すとは、余程男性IS操縦者なり異星人なりが気になると見た。そんなに気になるなら打診すれば良いだろうに、と雑務処理が増えたせいで愚痴が多くなってきている千冬。

 実際、内密に会談を設けて欲しい等の要請は来るだろうと身構えていた学園側が拍子抜けする位、今まで何のアクションも取ってこなかったのだ。だからこそ、この転校生達には何かがあると学園側は勘ぐっており、独自の調査を行っていた。

 千冬も自分のツテで転入生の詳細なデータを入手したのだが、それを閲覧した際、飲んでいたコーヒーを危うく吹き出しかけるという珍事が発生していたりする。

 ドイツの転入生の顔写真を見た瞬間にどういう目的で来たか何となく理解し、中国の転入生の姓名を見れば誰を追っかけて来たのかが丸判り、フランスの転入生に至っては性別が眼に映った時には正気かと呟いてしまったものだ。

 特にフランスの転入生は確実に欧州連合がグルだろうし、ドイツはドイツで千冬が目的のようだし、中国は中国でハニートラップと来たもんだ。転入というかもう何というか、酷いに尽きる。

 これはアレか、人生を真剣に生きている私への挑戦か何かなのかと思う位には、邪推したくもなるのだろう。真剣に生きた結果が今の状況を生んだのだが、それは全力でドブに捨て置くのは千冬の悪癖と見るか特徴と見るかは議論が分かれる……かもしれない。

 いつものパリッとした服を纏ってカツカツと靴音を高く響かせて颯爽と歩くその姿に見惚れる女子生徒は数多いが、そろそろセンクラッドを迎えに行く時間が迫っている事もある上に何時もの事なので、それらの視線を意図的に無視して進む千冬。

 センクラッドが住むマイルームのドア前に着き、コンコン、とノックをして待とうと足を軽く開いた時、

 

『マスター、君に来客だ』

 

 扉越しに聞こえた声に眉を顰める。何だ、別の男の声?どういう事だ?と疑問に思った瞬間。

 

『君にもようやく春が来たようだな、あんなクールビューティ何処で捕まえたのかね?』

『ちょおまっバッカヤロッ黙ってろ!!』

 

 という誰かの揶揄している落ち着いた声とセンクラッドの押し殺した怒鳴り声が聞こえ、はて?と首を傾げて待つ。

 十秒もしない内にドアが少しだけ開いたが、何と言うか、髪はボサボサで今まで寝てましたと言わんばかりの顔が出てきたのを見て、頬を若干引き攣らせた千冬。

 何だか見てはいけないものを見てしまった気分になり、彼女にしては遠慮がちに眼の前の男に質問した。

 

「あーえーその……寝てたのか?」

「さっきまで寝てたのは認めるので、頼むから後30秒くれ」

「あ、あぁ」

 

 返事と同時に扉が閉まり、周囲は静寂に閉ざされた。

 目覚ましかけてなかったのか?と思いながらも、律儀に待つ千冬。

 きっかり30秒後、黒い赤原礼装を上手に着こなしたいつものセンクラッドがドアを開けて後ろ手に閉めてわざとらしく一回、咳払いをした。

 

「今日の放課後だったな、確か代表決定戦と言うのは」

「いやいやいやいや。誰だ今の声は。そこで『え、何いってんの?』という顔をしても無駄だ。ちゃんと聞こえていたぞ」

 

 ふむ、と手を顎に当て、暫く考えた素振りを見せ、やがて重々しくセンクラッドは告げた。

 

「千冬」

「何だ?」

「世の中知らない方が良い事もある。例えば川辺の石を転がせばビッチリと蟲がついていた、とかそういう類の事だ。だから俺の部屋から別の男の声がしたとかそういう事は言わない方が良い。きっとヴォーイズルァヴが大好きなんだな、と思われてお前さんの教師としての立場と尊厳が危うくなってしまう事受け合いだろうから――」

「で?」

「いやうん、だから人のハナシを――」

「で?」

「いや、だか――」

「で?」

 

 延々冷たい眼で見据えられ、その視線と同等の温度の声で「で?」と言われ続けたセンクラッドは、表情は諦めの、内心はビビリまくりの状態で溜息を盛大に吐き出した。クールビューティという意味ではウルスラや雨宮ツバキと同等だが、怖さもそれ並にあるのだ。英雄だって怖くもなる。

 

「マイルームの設定を変えてサーヴァントを出したんだよ」

「サーヴァント?」

「読んで字の如くの存在、俺がマスターでアイツがサーヴァントだ」

「何で今まで出さなかったんだ?」

「滅多な事では出したくないんだよ。ここから先は歩きながら話そうか」

 

 授業開始のチャイムが鳴り響いた事を受け、そうセンクラッドが促し、千冬は聞き返しながら第三アリーナへと先導しだした。

 やれやれまーた誤魔化さないとダメな事になったか、あの仮想童貞め、と英霊に向けて失礼千万な呪いをカッ飛ばしながら、センクラッドは、

 

「それで、サーヴァントというのは、文字通りマスターの命を受けて動く人型の事を指すんだが、こいつらがまた優秀でな。基本的にマスターより優秀過ぎて、マスターが堕落していくんだよ」

「ほお。一体どの位優秀なんだ?」

「掃除から料理、果ては護衛や愚痴の聞き役まで何でもこなす。しかも全てにおいて超一流。こいつらのマスターになれるというのは、ある意味相当な幸運だが……まぁ、後は察してくれ」

 

 と言われ、千冬は一夏が4人位いる状態を想像してみた。肩揉みをする一夏、リフレクソロジーをする一夏、御飯を作る一夏、食べさせてくれる一夏――

 

「……成る程、堕落するわけだ」

「おいカメラ回ってないから良い様なものの、クールビューティとしては有るまじき顔になってるぞ」

 

 ハッとして即座に表情を改めて踵を返し、先導する事に専念する千冬。お前は一体何を想像したんだと突っ込みたいセンクラッドだったが、絶対言いそうに無いので情報を集めてから突きつけてやろうと固く心に誓う。

 人気の少なくなった廊下を歩く音が十数回響いた後、千冬はうん?と疑念を感じ、歩きながらセンクラッドに尋ねた。

 

「……うん? ちょっと待て。ヒトガタというのはどう言う意味だ? 種族にしてはいきなり名称が変わった気がするが」

「あぁ、勿論種族じゃない。ヒトは普通の人、そちらで言う人種の人で、ガタというのは型にはめる、の型。二足歩行型とも言うか」

「つまり、キャストみたいなものか?」

「いや、キャストは機械ながらも人権があるから人だ。まぁ……サーヴァントは何と言うんだろうな。こちらの概念で言えば、幽霊というのが近いのかもしれん」

 

 その言葉に立ち止まり、ぎょっとした風に振り返る千冬に「あくまで例えだぞ、今の」と言ったのだが、益々わからないから詳しく、と視線で訴えかけてくる為、センクラッドは、

 

「そもそもアレは地球の尺度で測れない事だ。ただ、技術的に進歩すればいずれは到達できる事象だ。それに、こればかりは概念の話とかその他諸々が絡むから、取り合えずはこれで勘弁してくれ」

 

 と言って質問を断ち切った。逃げたとも言う。

 仕方ないとばかりに千冬は第三アリーナへ先導する事に専念する。

 数分間、靴音以外は沈黙の状態を維持していたセンクラッド達だったが、センクラッドが何の気になしに、

 

「千冬。一夏と篠ノ之、何処まで手が伸びたのか、楽しみだろう?」

 

 と投げかけた言葉に千冬は、僅かに首を後ろに向けて追従するセンクラッドに疑問をぶつけた。

 

「何故そこで質問を振った?」

「弟に期待を寄せないのなら、あの時の口喧嘩で止めに入るべきだったな。搭乗時間が3桁を超える代表候補生と、ズブの素人。普通ならハナシにもならん。普通かは今は、さておくがな」

 

 見透かされていたか、とばかりに息を吐いた千冬だが、その言葉には答えなかった。答えても意味が無いと判断したのだろう。実際、センクラッドは返答を求めていなかった。ただの確認作業の様なものだ。故に、そのままセンクラッドは言葉を紡ぐ。

 

「『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』という言葉があるそうだな。この世界の言葉は中々に面白い。どの程度の成長があるかは視なければわからんが、いずれにせよ簡単に負ける手合いでもあるまい」

「……そうであって欲しいものだ」

 

 千冬の反応が遅れたのは、単純にセンクラッドの語彙能力がどんどん上がっているせいだ。普通ならば聞かない慣用句、しかも原文を出してくるとは夢にも思わなかったのだ。

 まだ一月も経過していないというのに、何という翻訳能力だと千冬は舌を巻いていた。実際は単純に知っていただけなのだが、それを知る機会は永遠に無い。

 五分程度の時間をかけて第三アリーナへの扉についた千冬は、首から下げているカードキーを、カードリーダーに通してロックを解除し、一夏が待つAピットへと足を向けた。

 ふと、センクラッドが第三アリーナの観客席の方を見ると、既に盛況という感じで盛り上がっていた。

 人類初の男性操縦者と、イギリスの代表候補生、それも欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第三次期主力機候補であるティアーズ型を間近で見られるとなれば、それも仕方の無い事。

 いくら情報が共有され、動画として公開されても、実物の動きを自らの眼で確認出来ると言うのは大きい。どんな資料であれ、自分の眼に勝るものはないという事だ。

 だが、そんな事情を知らないセンクラッドからしてみれば「お前ら男子で盛り上がりすぎだろう。流石はほぼ女子高」と若干ズレた感想を抱いていた。

 

「あぁ、そういえば一夏のISはどうなったんだ?」

「……山田先生にISの搬入の確認をお願いしている」

 

 まだ届いてないのか?というセンクラッドの呆気に取られたと言わんばかりの言葉を無視して、山田真耶が待つAピットIS搬入口に急ぐと、件の女性は非常に困ったと言う表情で、ウロウロと歩き回っていた。

 本人は意図していないようだが綺麗な八の字を描いているのを見て、センクラッドは何か凄いな、と感心していた。変な所で感心する男である。

 

「どうしようどうしよう、まだ届いていないとか織斑君も流石に困っちゃいますし、オルコットさんも待つのは大変でしょうし――」

「……本当に、まだ届いてなかったのか」

 

 思わず、と言った風に呟いてしまったセンクラッドの声が聞こえたのか、弾かれたように振り向き、そこに千冬も居る事に気付いた真耶は、まるで大事な課題を家に置き忘れた生徒みたいな表情で、

 

「あ、先輩!! と、ファーロスさん。あの、そのですね、実はまだISが届いてなくてですね――」

「……センクラッド、Bピットに居るオルコットに伝えてくれ、もう暫く時間がかかるので、ピット内で待機、織斑の機体が搬送されたら即試合にする、と」

「了解」

 

 異星人ほっぽりだして良いのかね、と思うセンクラッドだが、千冬が真耶に何事かを言ってAピット内部に入って行ったのを見、信用されているんだろう、と思う事にした。その方が精神衛生上、きっと良いだろうし、とも思っている。

 決してあの女帝がめんどくさがって俺をメッセンジャー扱いしたとかそんな事は考えていないですとも、多分。

 そんな事よりBピット何処よそこ、という問題が浮上している為、傍に居た真耶に話を聞く為、あの、と声をかけた。

 

「ええと、山田先生、でしたっけ?」

「は、はひ!! 上から読んでも下から読んでも山田真耶と申します!!」

「……あぁ、なんだか海苔の商品でありそうなお名前で」

「ええ、よく言われるんですよ、困っちゃいますよね」

「あー……そうですね、学生の頃に相当からかわれたでしょうね、それは」

 

 いや、困っちゃいますよね、と同意を求められても……と困惑するセンクラッド。

 俺はそんな事よりBピットの行き方が知りたいのだが……と思っていると、その事に気付いたのか、真耶がはっとした表情で、

 

「あ!! もしかしてBピットの場所ですか?」

「あ、はい、そうです」

「ええと、外周をぐるっと回ると反対側に出るので、そこからは案内板を見ながら行くと着くと思いますので、頑張って下さいね」

「……ありがとう。山田さんも頑張って下さい、ね?」

 

 はい、とほにゃっとした笑顔で見送る真耶。なぁんかズレてんなぁこの人、と首を傾げながらも、言われた通りの道順に沿って歩く。

 余りオルコットとは会いたくないんだが、言われた手前行くしかないよなぁ、俺って御人好しなのかねぇ、と内心でぼやいているが、ふと気付く。

 このアリーナ、確か最初に連れて来られた場所じゃないか、道理で既視感がさっきからあったわけだ、と。

 

「って事はこれ、遠いじゃないか」

 

 地球降下時に見て記録していたアリーナの広さを脳内マップで展開して確認してみると、走っても結構な時間が掛かる事に気付き、一気にテンションがだだ下がりするのを自覚した。絶対にめんどくさかったから俺に押し付けたなあのクソアマ、と若干の殺意を抱いたのも仕方の無い事だろう。

 のんびり行くと着く前に試合が始まるかもしれない事を考慮すると、走るしかないか、と判断し、オラクル細胞を励起させて脚力を増大させる。

 

「よーい」

 

 ドン!!とアスファルトに損害を与えない程度の脚力で地を蹴り飛ばし、確実に人を超越した速度を維持しながら通路を走り抜ける。

 無論、眼やオラクル細胞で進路上に人がいない事を確認してからなので、監視カメラには映るだろうが、人的にも物的にも被害は無いのだから問題は無いだろう、とセンクラッドは決め付けていた。

 一筋の黒い弾丸のように走り抜け、Bピット直前で速度を緩めて、息一つ乱さずに何事も無かったかのように歩き出すセンクラッドだが、この時の映像がとある企業群に流され、色々な火種を提供してしまう事になる。

 またやらかしたのだ、彼は。本当に学習しない男である。


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