IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
地球から遥か彼方にあるとされるグラール太陽系リゾートコロニー・クラッド6にて。
「うーん……」
難しい顔で空中投影型ディスプレイに書かれている数値と、手元にあるグラールでは珍しい紙媒体の資料を見比べ、自分の視覚に異常が無い事を調べた後、金髪と桃色の服装がトレードマークのグラール太陽系トップクラスの頭脳を持つ美少女は、厳しい顔を浮かべた。
横で作業をしていた白髪黒服がトレードマークの青年もそれに気付いた様で、
「どうしたエミリア、難しい顔をしているが、何か問題でもあったのか?」
「あ、シズル。この数値見てくれない?」
資料の線が引いてある部分を見て、うん?と首を捻るシズル。
「これは、怜治の為に作った時空転移装置じゃないか。何で今更これを見てるんだ。サボるなら後にしてくれないか、今はクラウチさんの捜査の――」
「いや、サボりじゃないから、とにかくコッチ見てちょうだい」
何なんだ一体、と零しながらエミリアが指し示しているディスプレイに投影された部分に眼を走らせ、ピタリとある一点で視線が止まった。
馬鹿な、と呟いたシズルの表情は緊張で固くなっている。
「データサーバの容量が初期に設定していた状態よりも大きく圧迫されている……しかも、この残容量の少なさ。時空転移に必要な処理が重くなる危険領域じゃないか」
「そう。この状態で転移したら、いつかは事故が起きる可能性も――」
「拙いな、転移に失敗した場合、肉体から魂が分離するぞ」
転移時、肉体は時間固定を使用している為、かなり永い期間耐えられる設計をしていたが、精神分離に関してはどうにもならない。
フォトン圧縮による結合が甘くなった場合、転移時に肉体から離れてしまうケースがあるのだ。
エミリアとシズルが亜空間航法の検証をした際にそれが判明していた為、そうならない為にある程度のデータが蓄積されると最適化と削除プログラムが働く様に設定はしていたが、最初から容量を圧迫されていてはどうしようもない。
最悪、空になった肉体が精神体に乗っ取られる可能性もあるのだ、かつてのシズルのように。
「気になって調べてるんだけど、ここからの遠隔操作というのは痕跡が無かったのでそのセンは無し。となると誰かがあの船に忍び込んで『何か』をインストールした以外考えれない」
「それは不可能に近いぞ。あの建造には極少数の人間しか携わっていないし、情報は最重要機密として秘匿されていた」
「そうね。でも、それしか考えられないのよ。ここからだったら、遠隔でインストールは可能だったけど、その痕跡は一切無いわ」
顎に手をやり、眼を閉じながらシズルはエミリアに向かって幾つかの問いを放つ。
「データを手動で洗い出してみたか?」
「勿論。監視カメラからキーボード操作の監視プログラムまであらゆる可能性を検証した結果、遠隔でのインストールはされてなかった」
「なら次だ。あの船に忍び込むような者に心当たりはあるか?」
「あの船の目的や情報を入手出来て、誰にも気付かれずに使途不明のソフトをインストールする、とまでなるなら大規模な組織じゃないと無理よ。さっきそれを調べてみたんだけど、どの組織も動いていないし、そもそもあの船は誰かしらが見張っていたから、何かあったとしたら即連絡が飛んでくる筈」
「怜治があの船に乗るとは誰にも想定されていない筈だ。そこが漏れた可能性はあるのか?」
「有り得なくは無いけど、限りなく低い、かな」
言外に可能性はほぼ0だと言うエミリアに、やれやれと言った風に、
「単独犯、あるいは複数犯だとして、その目的が不明。か」
厄介だなと呟き、表情を引き締めた。恩人の一大事になる可能性を見過ごした自分を悔やむ前に、やれる事をやるしかない、とエミリアと顔を見合わせて頷いた。
エミリアは近くのデスクに座っていた義父であるクラウチ・ミュラーに声をかける為に、クラウチの眼の前まで走り、
「オッサンオッサン!! 大変だよ!! 怜治の宇宙船に何者かが忍び込んで、データサーバーに細工を施した可能性があるの!!」
「……へ、へぇ。で、それの何が大変なんだ?」
「ハァ? 近くに居て聞いてなかったの!? あ……オッサン。またエロ画像みてたんじゃないでしょうね?」
「ば、バッカちげぇよ。俺は、その、考え事をしていたんだよ、考え事を」
「潜入捜査とかもうやらなくていいんだから、チェルシーに言ってツケをどうにかしてもらおうとかはナシだからね」
「ナシじゃねぇ、アリだ」
「ナシに決まってるでしょーがこんのエロ親父!! ウルスラさんと結婚したんだから、もうそういう系統のお店に言っちゃダメだっつーの!!」
と、いつものやり取りをしている二人……というよりも、クラウチをジィィィっと見、やがてシズルは成る程、と半眼になりながらクラウチと口論しているエミリアの元に歩み、
「エミリアちょっと待ってくれ。クラウチさん、言いたいことがあります」
「お、おう、どうしたシズル。何だいきなり改まって。アレか、エミリアと交際したいとかそういう奴か?」
「全力でお断りしますのでご安心下さい」
「ちょっとどういう意味よそれ!!」
「それよりエミリア。気が付いていないのか?」
と、シズルに聞かれ、「へ?何が?」と聞き返すエミリアに、ハァァァァァア……と深い溜息をつく。
ムッとした風に何で溜息つくの、と睨むエミリアだったが、シズルの次の言葉で表情が凍りつく。
「犯人だよ。眼の前にいる人が、怜治のデータサーバーに細工をした」
「え、ええええええ!?」
「な!?」
絶句する二人に、シズルは証拠があります、と切り出した。
「クラウチさん、この前、データ圧縮に関してエミリアに質問していましたよね?」
「お、おう、それがどしたよ?」
「あー、そんな事あったねぇ。確か捜査に必要だから頼む、とか言ってた言ってた。頼られるのあんまし無かったからあの時は張り切っちゃったよ」
虚空に眼を走らせて思い出してニヘラ、と笑うエミリアとは対照的に、モロにうろたえ始めているMr.スタイリッシュモッサリー。
いつもの頭脳明晰はどうした、とばかりに肩を竦めるジェスチャーを行いながら、シズルは指摘した。
「エミリア、そこだよ。あの時は普通に聞き流していたが、あの時から様子がおかしかったじゃないか」
「へ?」
「クラウチさんがエミリアに教えを請う事は、今まで無かった。そもそも捜査に必要だったら僕かエミリアに頼めば一発で済む筈だ。それに、怜治が居なくなる直前までにプライベート以外でここから出かけたと言えば、完成した宇宙船の見張りだけだった筈。それと、さっきから僕とエミリアの眼を見ていない上に顔色が悪いのも決め手になるか」
お前は探偵か!!と思わずクラウチは叫んだが、完全記憶能力を持つシズルにとってはこの程度造作も無い事だ。自慢にもならないとばかりに前髪を掻き揚げてサラリと言うシズルは憎いくらいに絵になっていた。
そんなことより、と半眼で見つめるシズルに完全にたじろぐクラウチ。エミリアはショックで固まっている。
「どういう事ですか、怜治を亡き者にしようとするなど」
「い、いや待て、違うんだ。俺は怜治が退屈しないようにソフトをインストールしただけで――」
「どんなソフトよ、あんなに容量が切迫するソフトなんてあるわけないじゃない」
嘘も休み休みに言いなさいよ、と半眼で睨んでくるエミリアに、イヤホントだって、と言うクラウチ。言え、言わないとお互い譲らない二人を見て、この義親子はホントに……と頭を抱えるシズル。
「それで、一体どんなソフトをインストールしたんですか、クラウチさん。恐らくは怜治が元の世界に戻るからと言う免罪符があるから、違法ソフトを入れたとは思いますけど」
「お前はそうやってポンポン当てるな!!あ、いや違う今のナシ――」
「その違法ソフトとは、この事かしら?」
涼やかながらも、確かな怒気を孕んだ声が室内に響き渡った。
三人が入り口側を見ると、豊満なスタイルのお水系に見えなくも無いキャストと、緑髪をストレートに伸ばしたニューマンが立っていた。美麗な姿とは裏腹に悪鬼羅刹も欠くや、と言わんばかりの表情を浮かべていた。クラウチが無駄に経費を使い込んだ事がバレた時や、クラウチが今よりもダメ人間に成り下がっていた時に浮かべている表情に近い。
それを見た瞬間、社員の9割はその部屋から抜け出し、クラウチは顔色が蒼白になった。
「げぇ、ウルスラ!?」
「チェルシーも。どうしたの??」
「そこにいるアホ亭主に用があって、わざわざ来たのよ。これ、ルミアから無理言って貴方が持ち出したのよね?速く返して欲しいと苦情が来てたわよ」
と、ウルスラの右手でヒラヒラとさせているのは超大容量のROMだ。
それを見て、クラウチの顔は蒼白通り越して紙色に変化し、エミリアは、
「あ、それ確か体験型違法ソフトが大量に入っている奴だっけ。ちょっと前にルミア(ガーディアンズ)とオッサン(リトルウィング)が合同捜査で摘発した裏社会ナンバー1風俗店の」
「そう。で、これはそこで働いているマッサージ師と仮想体験できるソフトってわけ」
「え、でもそれってそんな容量必要なものなの?それに、その手のものって結構取引されてたような気もするけど。確かに、容量は食うけど、あのサーバーの容量をそこまで食い潰すようなものじゃないと思うんだけど……」
「そ、そうだぞお前ら、寄って集って俺を――」
「そうネ。普通なら何の問題も無いから見過ごしていたと思うワ。問題わね、エミリア。このソフトの内容なの」
内容?と首を傾げる二人。
脂汗が滝のように流れ出ているクラウチ。
ビキビキっと青筋が走りまくってる女帝二人組。
「問題は、その店で働いていない人のデータまで入ってたのよ。無駄に出来の良い仮想体験ソフトだから基本グラフィックがあれば後はプログラムで音声も動きもどうにでもなるわ。容量は膨大になるでしょうね、ツールと保存領域を含めれば」
「ええっと、つまり??」
はて?と首を傾げるエミリア。ハッと何かに気付いたという表情をした瞬間、顔が真っ赤になるシズル。
酷薄な薄笑いを浮かべながら、ウルスラが答えを言う。
「要は、誰とでも『お楽しみ』が出来るソフトとして、売り出される直前だったのよ。こんなの世に出回ったらプライバシーの侵害どころの騒ぎじゃないわ」
「ちなみに音声も合成出来るソフトが入ってたネ。その中に、エミリアやルミアや私達の声に良く似た合成音声もあったのヨ」
「え、えええええええええええええええ!?」
あぁやっぱりか、と片手で顔を覆うシズル。顔を真っ赤にして「オイコラオッサン!!」と詰め寄るエミリア。
寄りによってそういう事をしやがるのかこのクソ義父は、と言わんばかりの表情で詰め寄られたクラウチは、
「い、いや待て。ちょっと待て!! アレが動作するには超高性能マシーンが必要だって言うだろ、そんなの何処にあるってんだよ!!」
この男、まだ逃げようとしているのか、言うに事欠いてそんな戯言を吐き出し始めた為、確定でこいつぁ黒だ、宇宙の色よりも真っ黒だ!!という状態になっているのにまるで気付いていない。
「超高性能演算装置と超大容量のデータサーバがある施設はここにはないわ」
「だ、だったら――」
「でも、怜治が乗っていた宇宙船ならある、って事ネ」
「オッサンンンンンン!!!!」
「い、いや、待て、アレは怜治も共犯だったんだぞ!!」
思わぬ言葉に、一同が固まった。いやいや、あのトップエースが?まさか、そんな。という雰囲気になった事をビースト特有の超感覚で察知したクラウチは、我が意を得たりとばかりに暴露し始めた。
「怜治が言ってたんだって!! 確か『そんな事が出来るなら試したくもなるだろう、情熱的に考えて』と言ってたから、俺ァお膳立てしてやったんだよ。俺だけが悪いわけじゃないって、わかったろ、な?」
「……ちなみにクラウチ、貴方何て言ったの?」
「そりゃお前、アレだよアレ。お仲間と単品から複数まで出来て性格設定も自在に変えられるお楽しみな事が出来るソフト欲しくねぇか、って……あ」
ガシリ、と見敵必殺の勢いで右腕を掴んだのは、ウルスラ。
ギシリ、とサーチアンドデストロイ的な強さで左腕を掴んだのは、チェルシー。
「い、いや、いやいやいやいやいやいやいやいや!! 待て!! 待ってくれって!! 合成したの俺じゃねぇし!! いや、な、待て、話せばわかる!! ウルスラ愛してるから、な!! エミリアも何とかしてくれ!! まなむすめよぉぉぉおおい!!」
キレッキレの状態になっている二人に、ドナドナよろしく無言で社長室へ連れて行かれるクラウチ。
エミリアなんぞ「バーカ、死んじゃえ!!」と叫んでおり、救援は望むべくも無い。
シズルは宇宙最高の頭脳を駆使して脳内で想像した結果、煙を噴き上げて硬直していて役に立たない。
そして、社長室の完全防音性の扉が静かに開き、静かに閉まった。
ガッシ・ボッガ。
クラウチは死んだ。
グラール(笑)