IS BURST EXTRA INFINITY 作:K@zuKY
翌日。
センクラッドは千冬に「今日は一日ゆっくりしたい」と伝え、自室の鍵をわざわざグラール語の言語を用いた音声入力式パスワードでロックをかけた。
そして、自身の服装を戦闘用の服装の一つである黒のブレイブスコートに同色のブレイブスパンツとブレイブスシューズのブレイブスシリーズ一式を纏い、ドレッシングルームに通じる扉の前に立ち、
「――ROOM-CHANGE:VRT CASE:EXTRA Name:Nameless」
と、呟き終えた瞬間、如何な技術を用いたのか、真っ白い自動ドアだったものは、古き西洋にありそうな両開きの門に姿を変え、何者も拒否するような重厚さと存在を見せ付けていたが、センクラッドは構わずに両の手を伸ばして押し開けると、自室という名の風景は一変した。
自室にあった全ての調度品や壁紙などは無くなり、VRT――ヴァーチャル・リアリティ・トレーニング――用に変換された部屋は広く拡大され、殺風景な石造りの大部屋と変貌したのだ。
その中央に、男が立っていた。
年齢は30を目前にした程度か。だが髪は真っ白に染まっており、また肌は赤銅色という不思議な風貌をしている。身長は190を超えない程度の長身で、赤い外套と黒い胴鎧が一体化している服――センクラッドが持っていた赤原礼装の真の持ち主だ――に包まれているその身は、全身を余す事無く鍛え抜いている風に見て取れる。その姿はまるで、戦う為に生まれた武人然としており、或いは何人足りとも揺るがす事は出来ない、練りに練られた無骨な鉄を思い起こさせた。
カツカツと靴音を響かせて歩み寄ってくるセンクラッドの存在にはとうに気付いていたようで、男は閉じていた瞳をゆっくりと開き、鷹の様な鋭い眼でじっと見据えた後、やがてフッと笑みを浮かべた。それはどうにも皮肉気で、だが温かみのある笑みだった。
「これはこれはマスター。幾日も経っていないが此処に来たと言う事は、また世間話をしに来たのかな? 流石の私も自らの経験以外で語る術を持たぬ身でな、そろそろ話の種も尽きそうだ」
「……相変わらずお前と話すとちっとも自分がマスターとは思えないな、本当に。というか今はもうマスターじゃないだろう」
「なら戦友とも言うべきか。しかし、これでも敬意を持って接しているのだがね。それに気付かれないというのは哀しい事だ――」
頭痛が痛い、と言った感じで腕組みをしながら額をトントン、と拳で叩いて溜息をつくセンクラッドと、と「やれやれ」と言いたげなアメリカンジェスチャーで溜息をつくポーズをとる男。この二人は奇妙な縁で結ばれていた。
センクラッドがリゾートコロニー・クラッド6から初の時空転移を行った際、巧く転送されずに肉体は宇宙船の中でタイムスリープを引き起こした状態から解除されず、精神は己の特性を何らかの方法で知った存在によって熾天使を冠する量子世界に取り込まれた事がある。
そこで生き残る為に電子情報で構成されている男と主従の契約を結び、最後まで生き残って脱出したという経緯があり、それ以来この船に居付いている、という不思議な縁だ。
実際には己の魂を極限まで鍛えたセンクラッドが、眼に宿っている存在を開放して肉体へと戻った際に、様々な『データ』を片っ端から盗み出してセンクラッドの乗っている宇宙船のデータサーバーに記録した、といった方が正しい。火事場泥棒にも程がある。
思念や精神の具現化や物質化を可能にした亜空間装置を応用すればこの程度の事、造作も無い……と言いたいが、流石の天才達が作った機械でもこの男を代償無しに居つかせるのは不可能だった。代償として失ったのはセンクラッドにとって余りにも――
「お前を此処に居つかせる為の代償は安くついたから良い物の、そうでなければもうどうしていたことやら。きっと俺は『大丈夫だよ、シロウ。俺も、これから頑張っていくから』とか言ってたに違いない」
「何だその変な台詞は。人間頑張るのが当たり前だろう。しかしそういう台詞を聞いていると、エロ動画を天文学的な容量で所持していた男とは到底思えんな」
「だから、アレはスタイリッシュモッサリーが勝手にインストールした体験型違法ソフトだと言ってるだろうが」
「それを所持していたのは君だろう? 責任転嫁とは元マスターとは言え嘆かわしい。それに君は体験したんだろう、そのソフトを。だとしたら同罪だと思った方が今後の成長の為にも良いと思うのだが」
失礼、余りにもではなく、思いのほか軽かったようだ。
ちなみに、このソフトを消去したところ、サーバーの容量が物凄く軽くなり、動作速度も快適になったというどうしようもないオチが待っていた。
もしスタイリッシュモッサリーことクラウチ・ミュラーにまた会えるのなら、三千世界を拝める程度には殴り飛ばしてやりたい、と強く強く思っているセンクラッドである。何故なら、当時そんな事を知らなかった為に、大量の風景データと仲間達の思い出の映像の殆どを諦め、装備品と服と食品と僅かな惑星データを格納するに留めていたからである。
外付けの記憶媒体は設置する為の物理的な容量が無かった為、渋々諦めていたのだから恨みたくなるのも仕方の無いハナシだ。
ちなみにクラウチはセンクラッドが転移して数時間後にその悪行がバレて、新妻から愛の鞭を文字通り手加減抜きに食らって病院送りとなったのは因果応報とも言うべきなのかどうか。
「……まぁ、それはともかく」
「本当に体験したのか君は!?」
「仕方ないだろう!? 俺だって男だ。性欲もあれば持て余す時もあるし、体験型というトコロが気になったんだよ。だから、その、なんだ。ほら。一回くらいはこっそりやってもバレなければ問題ないと思うのが男だろう」
かつてセンクラッドの右手に刻まれていた主従の印は今は無い。だが、幾千回も共に苛烈な戦いを潜り抜けた絆は、そんなものを必要としない程、強固なものとなっていた。
故に――
「どんな事も臆面もなく言えるのは素晴らしい事だが、私にその手の事で同意を求められても困る」
「あぁ、そうだよな。お前さん、不能だから同意を求めても仕方なかったな、スマンスマン」
「……私は不能ではないッ」
「私は不能で『は』無いッ。良いなぁその、私誤魔化してますけどそこは聞かないで欲しい的な響き。そんなイケメンオーラを醸し出してても指折り数える位の経験しかしてないわけか、んん?」
「黙れ童貞」
「黙れ不能」
故に、口喧嘩もまた強固かつ苛烈なものとなるわけだ。
いつの間にかお互いの距離が額を付き合わせる程度になっていたのは、両者共に、同時に歩み寄った結果だろう。
青筋をビキビキっと言わせながら額をガッツンガッツンぶつけ合って罵り合う様を見ると、まるでそこらに居るワルガキにしか見えない。
これが回数はそれぞれ別としても世界を救った経験のある英雄と言うのだから、世の中わからないものである。
「言っておくがな、私は後輩から先輩まで選り取り緑だった男だ。君とは一緒にしないでもらおうか」
「あぁ、電脳世界では確かに主人公って感じはするよなお前」
「生前だ生前!! 巨乳の腹黒後輩からツンデレツインテールうっかり魔術少女の同級生とお嬢様キャラ的なライバルに、タイガーティーチャーや陰険サドシスター、果ては同じ英霊まで相手には困らなかった身だ。君とは違うのだよ、君とは」
と、クッ、と鼻で笑いながら痛烈な頭突きを仕掛けるシロウ。それを歯を食いしばって耐えたセンクラッドは、フッ、と笑みを浮かべながらお返しの頭突きを激烈ヒットさせた。
そこからはもう頭突き合戦だ。
「そんな現実世界に居ない存在をアピールされても、その、なんだ困るな、この仮想童貞!!」
「げ・ん・じ・つ・に!! 居たと言っているだろうッ人の話を聞け、この実際童貞!!」
「英霊とか現実にいるわけねぇだろ!! 仮想空間ならまだしも、現実世界で居る筈の無い存在を持ち出して語られても頭の痛い子にしか聞こえねぇんだよこの不能!!」
「眼の前に存在しているだろうこのたわけ!!」
ガゴッ、という一際凄まじい音が虚しく空間に響き渡り、同時にたたらを踏んで額を手で擦る二人。
もう容赦しねぇぞコラ、とばかりに凄まじい怒気を伴った雰囲気を放つシロウの手には、いつの間にか干将・莫耶と呼ばれる一対の夫婦剣が握られていた。
いつでもやってやんよ、とばかりに同等の雰囲気を纏ったセンクラッドの手にも、全く同じに見える夫婦剣が握られている。違うのは、そこから不可視の波動が放たれていた事位だ。
男として負けられない戦いが此処には有った。
故に、今、二人の人生史上最低の聖戦が火蓋を切って落とされた。
「地獄に落ちろ、元マスター」
「お前の価値は、届かせない」
先手を取ったのはシロウの方だった。姿勢を低くして一直線に突き進む様は一本の剛弓から放たれた矢を想起させた。
右手に持った剣を振り落とす……と見せかけ、本命は左足から繰り出される体重を伸せた蹴りだったが、センクラッドは唇の端を曲げて相手の剣は左手の剣で、足刀には足刀で返した。
双方共に足がぶつかりあう衝撃を殺す為に反動を巧く使って後ろに下がり、シロウはそのまま下がる事を選び、センクラッドは反対に前に進む事を選んだ。
オラクル細胞を励起させた状態の脚力と剣速は、常人の眼では決して捉えきれぬ神速を伴ってシロウを切り裂かんと迫っていくが、しかしシロウはそれを視てから迎撃の構えを取った。シロウとて英雄と呼ばれた一人だ。音速で迫り来る銃弾を掻い潜って敵を仕留めた事なぞザラにある。
その幾多の経験と英雄足り得る能力を持つが故に、シロウは英霊の座にまで至ったのだ。
鋭い呼気と共に真一文字を描いて迫る白い剣に黒い剣を噛ませ、相手が黒い剣で刺突を繰り出した瞬間には、その強靭なバネで体を撓らせ、ブーツの爪先で刺突のコースを無理やり外した。
それだけでは収まらず、シロウは蹴り出した足をそのまま直角に落として前に踏み込みながら、先の蹴りのせいで体勢を崩したセンクラッドの足のアキレス腱を狙って切り裂こうと剣を低く這わせるような動きをさせる。
センクラッドは崩した体勢を利用し、地を蹴り、側宙をしてシロウの剣から逃れるが、失敗した言わんばかりに舌打ちを部屋内に響かせながら干将・莫耶をその手から消失させ、両手にヤスミノコフ2000Hと呼ばれる実弾射出型ハンドガンを具現化し、二射ずつ、それぞれ別の方角を撃つ。
弾丸は狙い違わずに、いつの間にか左右から飛来してきている干将・莫耶を撃ち落すが、真正面から突進してきたシロウを迎え撃つ為に、ヤスミノコフ2000Hからタイムラグ無しで干将・莫耶に戻し、剣と剣が擦れあう耳障りな音を響かせて斬撃を防いだ。
「失策だな?」
「どうかなッ」
今度の舌打ちはシロウからだ。両者が同時にバックステップした直後、シロウがいつの間にか投擲していた二度目の干将・莫耶が曲線を描きながらセンクラッドが居た場所に殺到するも、地を穿つ音の反射と共に、シロウが居た場所を撃ち抜く為に跳弾していた弾丸によって弾かれた。
「流石にこの程度では当たらないか」
「あんなのに当たっていたらヤクシャラージャの部隊や、暴走したキャストの部隊と交戦した時に敗北していただろうよ。そもそも元とは言え、お前のマスターになった男がそんな攻撃に当たっては不甲斐ないだろう?」
「英霊の攻撃を避けきる程の身体能力を持つマスターなぞ、君に逢うまでは夢想だにしなかったがね」
「まだ全力じゃないだろう」
お互いに、という事をセンクラッドは言外に匂わせ、唇を三日月の形にした。シロウは、違いないとばかりにフッと不敵な笑みを浮かべて、
「そもそも私は魔術師であり、弓兵であったのだから、これでも限界なのだが」
そう嘯いた。
さて本当にそうかな、と呟いたセンクラッドの細い体から、無垢な者ならばそれだけで絶息に至らしめる程の鬼気を迸らせた。
その鬼気を感じ取った瞬間、シロウは一転して険しい表情を向ける。
本気か、という意味を視線に込めた男に対し、ここからは洒落や冗談やちょっとした私怨とかそういう諸々ではなく、混じり気無しの純然たる戦いを望んでいるという意味を込めて、センクラッドは頷いた。
「――本気でやらずとも限界まで付き合え、という事か……この世界に一体何を感じたのだ? 情報が足りないので断定は出来んが、前の世界程の切羽詰った事情があるわけではあるまい。それともいつも以上の鍛錬という意味合いならばやめておけ。それならば私よりも適任がいる」
「今回の世界も残念ながら戦火は多少なりともある、が、それよりも厄介なものがあった」
ほう?と右の眉を器用にあげて続きを促すシロウ。どうでも良いが、この男がやるとサマになっているのが妙に悔しいセンクラッド。
何しろ同じようにやっても眼の前の男なら絵になるが、自分がやったら即座に謝られた苦い記憶があるのだ。
「何故いきなり私に殺気を向けたのかね?」
「……いや、世の中の理不尽さを嘆いただけだ」
良く判らなかったがどうでも良い事だと判断したのか、それで?と続きを促すシロウ。
「この世界にはインフィニット・ストラトスと呼ばれるマルチフォーム・スーツがある。スペック上では超亜音速飛行戦闘が可能な機動力、現代武器が通じにくくなるシールドラインBクラス以上の防御力、様々な武器を扱える汎用性、とまぁ、相対すれば最低でも面倒の部類に入る相手だ。何より問題なのは――」
「問題なのは?」
「これが女性にしか扱えない事だ。もっとも最近になってようやく例外が出たが」
ふむ、とセンクラッドの言葉を吟味し、成る程と呟いたシロウ。
「そうなると確かに面倒かもしれんな。君の事だから友好的に振舞ったのだろうが、いつ攻撃されてもおかしくないわけか」
「その通りだ。グラール太陽系の技術に俺の体。下手を打てば男性側どころか女性側が敵に回る可能性だってある」
「――ふむ。それで、君は今何処にいるのかね?」
「……うん、まぁ、それは良いだろう?」
「…………君は本当に学習しないな……」
本当に呆れたと言う風な表情を浮かべるシロウに、仕方ないだろうと片手で顔を覆ってみせた。
「異星人として扱われそうだったから、ノリノリでやっただけだ。後悔も反省もしてない」
「たわけ」
言われると思ったよ、と肩を落として苦笑するセンクラッドに反省の色は無い。もとより反省していたのなら前の世界で居た人類の天敵であるアラガミを討伐する為の武器(神機)を何度も素手で持つ暴挙はしなかった筈だ。
一度目はともかくとして、制御する為に何度も手にするという暴挙をしでかしていたセンクラッドの辞書には反省という言葉が抜け落ちているのだろう。
それを知っているからか、最早何も言わんから速く続きを話せとばかりに促すシロウの表情には隠しきれない疲労感が漂っていた。むしろ哀愁かもしれない。
「これはあくまで推測に過ぎないし、ISの着用が前提だが……最初に会った者はセイバーのクラス足りえる実力者の可能性が高い。先日手合わせした者は、後々はセイバークラスに手が届きそうな素地を持っていた」
その言葉に眼を軽く見開き、得心したと頷くシロウ。
「それが本当なら確かに脅威足りえる。確認するが、君の言うセイバーの適正を持ちえる者達は、究極の一を持つ、という意味か?」
「そうだな、ガウェインとはまた違う強さを持つ者だが、恐らくは同格足り得るだろう」
そうか。と呟いて、シロウは瞑目した。脳裏に過ぎったのは、かつての自分か、それとも自分に関わった者達の一人か、それとも、あのガウェインか。それは、彼のみが知れていば良い事だ。
「……残念だが、私は究極の一には至れなかった未熟者だ。私では荷が重い。それにセイバーのクラスを想定した戦いならば私ではなく――」
「その代わりに万能の九十九を持つ者だろう。それに、この世界には聖杯は無いと推測しているし、ISの武器は近中遠の全ての距離にバランス良く種類が分散している。クラスを除外して考えた結果、お前さんが一番適任だと判断した。そして――」
「そして?」
「そして、まぁ、なんだ。一度はお前さんと限界まで戦ってみたかった、というのが本音だ。まだお前さんとは一度も戦っていなかったしな」
悪戯が見つかった子供のような、はにかんだ笑みを見せるセンクラッドに、シロウはそうだったな、君はそういう奴だった、と破顔した。
「昔話したが、私は剣の魔術師だ。投影した剣の神秘や経験を読み取り、一時的に担い手となる能力を持っている。だがそれは私の力の副産物であり、それ故に完全な再現は出来ず、擬似的な担い手に留まる」
「あぁ、それで良い。だから、お前が目指した究極の一と、お前が至った万能の九十九を持って、俺を鍛えてくれ」
「良いだろう。だが……これを知ったら彼女に恨まれるだろうな、色男」
「後で大量の貢物でも用意するさ、伊達男」
軽口を叩き終えた後の沈黙。それは、次に動く時は全力で試合をするという事。
「――投影、開始」
シロウが呟いた言葉は、自らを変革する為の唯一の呪文にして彼が生前に英雄足りえるに相応しい力を得る為の、原初の言霊。
そして、センクラッドがあの電脳世界で聞き慣れた言葉だ。
それがこちらに向けられる事は今回が初めてであり、同時にそれは、激闘の開始を告げる合図であった。