IS BURST EXTRA INFINITY   作:K@zuKY

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EX―IS02:保健室にて

 幼少の頃、篠ノ之箒は姉の篠ノ之束が疎ましかった。好き勝手し、迷惑を省みずに何かを実行しては成功する姉が疎ましかった。

 本当はただ、憧れていたのだ。

 姉に勝てるフィールドが欲しかった。

 だから、剣を取った。そして、想い人と出会った。

 最初は馬が合わずにいつも衝突していた事、いじめから身を挺して守ってくれた事、剣を通して打ち解けていった事、想い人のお陰で友達が出来た事、全てが大切な思い出。

 一世一代の告白までしようと決意していた。

 

 でも、その殆どが壊された。

 

 家族も、友人も、環境という環境は全て。徹底的に破壊された。

 インフィニット・ストラトス。

 姉が作ったあの忌々しい『兵器』のせいで、全てがおかしくなった。

 政府の重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とさせられ、一家の仲は険悪になり、そして、あろう事か姉は己の保身と興味の為だけに、たった独りで失踪した。

 もし姉がISを作らなければ、篠ノ之箒は想い人と一緒に、普通の学生生活を送り、普通の少女でいられていたのかもしれない。

 

――憎い。

 

 だがそれは仮定でしかない。いくら夢想しても現実はいつも非情だ。夜が終われば朝が必ず来るように、夕日が落ちれば月が現れるように、現実と言うものは当たり前という風な顔をしてこちらにやってくる。

 幾らISが無い世界へ逃げ込もうとも、覚めれば全ては元の木阿弥だ。

 

――憎い。

 

「――き――」

 

 篠ノ之束は篠ノ之箒を構成する筈だった全てを破壊した。その事を償わせるべきだ。

 だから、篠ノ之箒が眼覚めた時、沸き起こしている感情がある。

 毎日毎朝、篠ノ之箒は必ず胸に燻らせ続ける感情がある。

 その名は、

 

――憎い。

 

「――うき――」

 

 その感情の名は、人が知る限り、憎悪と呼んでいる。

 

「箒、大丈夫か、箒!!」

「――!?」

 

 そうして、箒が目覚める時は、必ず憎悪を抱いて起きているのだが、今回は違った。

 最初に視界に飛び込んできたのは、真っ白な天井と蛍光灯。自分がいつも寝泊りしている道場でもなければ、新しい環境の為に用意された自室でもない。

 それよりも箒が不思議に感じた事は、箒の胸を熱くさせる声で起きる事も、眼の前で心配そうな顔をしている幼馴染の顔を拝める事も無いのに、何故その両方がここに有るのだろうか。

 

「私、は――」

「大丈夫か、箒、俺がわかるか?」

「いち、か?」

 

 何故此処に一夏が居る?いやそもそもここは何処なのだ、と瞳に霞がかった状態でぼんやりと一夏を見つめる箒の眼に、いつもの覇気は無かった。

 それが尚の事、一夏を不安にさせ、箒の細い指を強く握って呼びかけていた。

 

「あ、あぁ。織斑一夏だ、お前の幼馴染の」

 

――ああ、そうだ。この人は、織斑一夏。私の想い人であり、逢いたかった人。でも、どうして此処に?

 

――いや、待て。篠ノ之箒。そもそもここは何処だ?何故私は此処にいる?何故私は……

 

 フラッシュバックする幾つもの記憶。

 

 漆黒の髪から、全てを吸い込むと思わせる程澄み切った闇を体現したかのような右の黒瞳。

 何処までも澄み切っており、まるで自らが殺戮者だと言う事実を淡々と受け入れているような、綺麗な表情。

 駄目だ。そいつを視界から逃せば、首を刈られてしまう、眼を背けるなと心が叫ぶ。

 でも、自分は眼を逸らして、しまった……

 

「あ、あぁ……」

 

 手が、否、心が震えた。逃げなければ、あの瞳から逃げなければ、自分は死んでしまう。

 だから此処にいては駄目だ、殺される、殺されてしまう――!!

 獣の慟哭、そんな絶叫が箒の肺から喉を経由した。

 

「あッぁあぁ!! うわああああぁぁああ!!」

「箒!? 大丈夫だ、大丈夫だから!!」

 

 何が大丈夫なものかと言わんばかりに、ただひたすら半狂乱で暴れる箒を、一夏は強く抱き締める。

 それでも尚も暴れる箒に、辛抱強く宥めすかすように耳元で大丈夫、大丈夫だと言い聞かせ続けた。

 すると、カチカチと歯を鳴らしていた箒の焦点の合っていなかった瞳に光が宿り、

 

「いちか……?」

 

 呆然自失といった風の箒に何かを感じたのか、一夏は腕を緩めて、眼を合わせる。

 

「大丈夫だから、箒。もう、大丈夫だ」

 

 その安心するような、落ち着かせようとする声に、ようやく自分がどうなったかを完全に思い出し、思わず『断ち割られた』筈の額を触り、痣になっているだけで済んでいる事を確認してようやく、あの試合は死合では無かったという実感がわいた。

 

「お、おい、箒!? どこか痛むのか?」

「ちが、違うんだ、一夏」

 

 一夏には判らないだろう、と箒は思っていた。箒はあの瞬間から今まで、殺されていたと誤認していた。自らの心の闇すらも簡単に消え失せる、或いはあの異星人にそれごと吸い込まれ、一部とされるような感覚に、今はただ怯えていた。それは、実戦にいきなり放り出された新兵が起こすパニックに似ている。

 だが、箒は知らない。一夏はただ一度だけ、戦場を経験しているという事を。

 だから、箒は、涙を隠す為に一夏の肩に顔を埋め、呼吸を元に戻そうと足掻く。

 だから、一夏は、無意識の内にそれを全て悟り、ただ安心させるように背中をトントン、と叩く。

 暫くして、一夏から身体を離し、自身の頬と眼から涙を拭い、安心させるように小さく微笑んだ。

 

「もう大丈夫だ、すまない一夏。迷惑をかけて」

「気にするなって。俺達幼馴染だろ?」

 

 嗚呼、本当に変わっていない。そうやって自分よりも相手を気遣う一夏の美点。それが変わってない事が何よりも嬉しく、何よりも心強かった。

 

「私はもう大丈夫だ、一夏」

「そっか……」

 

 いつものような覇気はまだ無かったが、徐々にそれを取り戻している箒に、ほっと一息つく一夏。

 箒がセンクラッドに強かに打ち据えられてから意識を取り戻すのに、結構な時間が経っていたのだ。

 センクラッドの付き人っぽい水色の髪の少女(何故かIS学園の制服を着ていたが)は、保健室につくなり「あ、これ、二人の部屋の鍵。自室に荷物は全部置いておいたから。じゃ、後はごゆっくり」という一夏としては意味不明な言葉を置いてどこかに消えたのだが、もし今度出会えたら「日本語間違えてますし、俺は当分自宅通いですよ。あとコスプレしてると生徒と間違えられますよ」と教えてあげよう、と心に決める一夏。

 一夏は生徒会長の名前も姿も知らなかったのだからある意味仕方の無い事なのかもしれないが、楯無が聞いたらショックで寝込みそうな勘違いだ。

 そもそも楯無は入学式でお祝いの言葉だの生徒会からのご挨拶だのを新入生達に言っていた筈なのだが、緊張の余り授業直前、もっと言えば千冬に叩かれるまで記憶が飛んでいるので、本人としてはノーカンなんだろう。

 兎にも角にも、そう決心している一夏の傍で横になっていた箒が起き上がった。「もう大丈夫なのか?」「大丈夫だ、問題ない」と返されたので、なら良いんだけさ、と言いながら箒が下りれるように椅子をどかして場所を譲った。

 ふと、一夏は礼を言ってなかった事を思い出し、箒、と呼びかけた後、

 

「ありがとな、箒」

「な、何だいきなり」

 

 と、眼をパチクリとさせている箒にニカッと笑いかけ、

 

「ほら、決闘騒ぎになった時、俺を守ってくれただろ?」

「あ、あぁ……あの時か」

「昔、箒がいじめられてた頃と逆になったみたいだったよなぁ」

「お、覚えていたのか!?」

 

 驚く箒に、一夏はさらっと無自覚に、

 

「箒との思い出は全部忘れてないぞ……いやでも、流石に細部までは覚えてないけどな」

 

 と、箒の胸を高鳴らせるような台詞を投下していた。

 勿論、夢見勝ちなカミソリガールには後半は聞こえてない……わけはなく、大まかでも嬉しいな、というはにかんだ笑顔を見せた。

 

「そ、そうか、忘れてないのか」

「おう。俺の記憶力は結構なものだからな」

 

 自信満々に言い切る一夏に顔を真っ赤にして黙り込む箒。なんだか甘酸っぱい雰囲気になっている気がする、ハッそういえばここは良く見たら保健室ではないか、いかん、いかんぞ篠ノ之箒、いくら初恋の人だからと言ってこんな処で事を為すのはダメだ。でも一夏が望むのならば私はいつでも構わん、いやダメだ、そういえば汗をかいていたのだそれを一夏が舐めたりするのはどうかと思うけどああやっぱり――

 

「いかぁぁああん!!」

「うわびっくりした。いきなり怒鳴らないでくれよ箒」

「す、すまん」

 

 不埒で淫靡なアレコレのリピドーでどーのこーのを剣士としての閃きまで用いた妄想という名の願望を打ち消す為に叫び声を上げた箒に驚いた一夏から、少し咎めるように言われて二重の意味で恥じ入る箒。どっからどうみても黒歴史確定である。

 そんな箒を尻目に一夏は「あ、そうだそうだ」とズボンのポケットから鍵をじゃらりと出し、

 

「自室の鍵だってよ。ファーロスさんの付き人が持ってたんだけど、千冬姉に手渡されていたのかな?」

 

 と、箒に二つ手渡した。

 ありがとう、と言って鍵の番号を見るが、はて?と首を傾げる。本来渡される鍵は一つなのに二つあり、しかも同じ部屋番号が刻まれているのである。

 

「一夏、鍵は一つしか渡されないんだぞ?」

「え? じゃあ、どっちかが俺のって事か?でも俺、自宅通いだから箒の鍵のスペアだろ」

「いや、それは無い筈……一夏、まさかとは思うが、自分の重要性に気付いていないのか?」

「重要性?」

 

 何の話だ?と眉根を寄せて考える一夏に、箒は、まぁ、一夏だし仕方ないか、と何気に酷い事を言い、説明を始めた。

 

「今の世界は、ISのせいで女が中心として回っているというのは理解できるか?」

「それ位はわかるぞ、流石に」

「ISを動かせるのは女のみ。そこにたった一人、人類初の男性IS操縦者が現れたら、普通ならどうする?」

「うーん……例えば――」

 

 腕組みをして俯く一夏。サラっと艶やかで櫛通りの良いな髪が一瞬だけ顔を覆い、同時に声が響く。

 

「――誘拐、とか」

 

 聞くものを凍えさせる様な声を出した一夏に、ぎょっとして箒はまじまじと見つめたが、顔を上げた一夏は何時もの一夏だった為、疑念は胸中に仕舞う事になった。

 だが、その疑念は後々に響く事になるのは神にすらも予想は出来ない事である。

 

「ま、まあ誘拐なら良いが、最悪殺害もあるかもしれない。千冬さんに確認してみたらどうだ?」

「あーそうだな……いや、だとしても鍵の番号が同じってのも変だろ、普通一人部屋になるんじゃないか?」

「確かに……見間違いとかはないだろうな?」

「お互い確認してみっか」

 

 と、鍵を改めて確かめるも、番号は同じ。これは、もしかして。いやいや、そんな、まさかね。と両者が思い、

 

「やっぱちょっと千冬姉にメールしてみる」

 

 と、確認の為にメールを送信。すると、すぐに返事が返ってきたので、液晶画面を見ると、一夏は「はい?」と素っ頓狂な声を上げた。

 どうしたのだ一体。と液晶画面を覗き込んだ箒は石化した。

 

 文面にはこう書いていた。

 

From:織斑千冬

Sub :RE:俺の鍵はどれ?

本文:箒に教わったようだな

   色々バタバタしていた為

   一時的に同室だ

   文句は言うな

   荷物は部屋に送った

 

「千冬姉ェ……すまん、箒!! 嫌かもしれないが、良いか?」

「べ、べべべ別に嫌じゃないぞ!! うん、嫌じゃない。それよりも一夏は良いのか?」

「学校とか政府とか以前に俺が千冬姉に逆らえるわけがないしな……それに、同室相手が指名出来たなら間違いなく箒を指名してたぞ」

 

 幼馴染だからな、と言って超高速でフラグを建築していく一夏に、「一夏……」と、眼を潤ませて感激する箒。

 これから宜しくな、いえいえこちらこそ、とお前ら何処の夫婦だよという挨拶をしながら自室に向かう二人の足取りは、妙に浮ついていたり明るかったりした。

 廊下を歩きながら、シャワーはどちらが先で何時に入り、食事は基本的に一緒に食堂もしくは自室で取る、等、本当にお前ら何と言うか……という感じの会話を展開しつつ、自室に着いた二人は先の約定通り、先に箒がシャワーを浴びて一夏は食堂からご飯を往復して持っていき、ドアの外に出て待っていた。

 その為、途中から偶然外にいた女子生徒達から注目を浴び、そこが一夏が泊まる部屋というのがモロバレした為、ちょっとした騒ぎになったのだが、そこは割愛する。

 

 そうして結構な時間外にいた為か、一夏がシャワーを浴びて体を拭き、寝巻きに着替えて箒との昔話に花を咲かせ始めた時、妙な寒気が背筋を這い回った。

 

「ぶぇっくし!!」

「一夏、風邪か? 大丈夫か?」

「あ、あぁ、大丈ぶぁっくし!! ったく、誰か俺の噂してるんじゃねぇか、千冬姉とか」

「それなら良いが、風邪だったら大事だ、そろそろ寝よう」

「そうだな、ありがとな箒」

「い、いや、問題ない。幼馴染だからな、お互い様だ」

「そっか。ま、明日からお互い頑張ろうぜ」

 

 賭けの対象と自分に対する扱いが酷い事が原因だとは露とも知らずに床につき、部屋の明かりを消して一夏は眼を閉じた。

 

「……一夏」

「ん?」

「私で良いのか? その、勝手に決闘を受けさせたような形になったり、私がマンツーマンで教える事になったり……」

「え?教えてくれるんだろ?」

「も、勿論だ!! ISに関して相当勉強したからな、どんな質問にもある程度は答えられる。ただ、剣は――」

 

 ISを勉強したのは、いつの日か姉を倒そうと思ったからである。害するまではいかないが、それ相応の罰を与える為には姉を識らなければならない。敵を知り己を知れば百戦危うからずとは良く言ったものだ。

 だが、自分が絶対的に強いと思っていた剣の道。剣術を修めていた筈の、姉に唯一打ち勝つ絶対の自信の源を真っ向から叩き折られた事を今更思い出し、最後は小声となってしまう。

 

「剣は……あの男に負けてしまった。私は絶対に負けないと思っていた。だが、結果は違った。そんな私が一夏を鍛え直せるかどうか――」

 

 しょぼん、という風な声を出す箒。うーん、と一夏は唸り、

 

「なぁ箒。今まで負け無しだったのか?」

「あぁ。同世代では負け無しだったぞ」

「なら、今負けたってことは逆にチャンスじゃないのか?」

「え?」

 

 チャンス?と聞き返す箒。何故そこでその言葉が出るのだろう、と。

 一夏も不思議がっていた。何故そこでこの言葉が出ないのだろう、と。

 それは、生き方の差――自らの殻やフィールドに拘った者と、守られる事を是とせずに足掻く事を選んだ者との差が、如実に現れていたのかもしれない。

 

「だってさ。一度敗北したのなら、その人を超えるって目標が出来るだろ?」

 

 あ。と、思わず声を上げる箒。確かに、その通りだ。あの異星人は自分を敗北に叩き込んだ憎き高く聳え立つ壁だ。だが、超えられない壁なんて殆どの場合において無い。後は自分をいかに高めるか、それともその壁から逃げ出すか、どちらかしかない。

 

「だが、私は……」

 

 あの眼は恐怖だ。人をまるで虫けらのように踏み潰すような眼だ。どうやったらあのような眼と、鬼気を持つようになるのか、皆目検討がつかない。

 でも。

 

「一夏。私は、強くなりたい」

「うん、俺もだ。だから、一緒に強くなろう」

「ああ、一緒に――」

 

 今はまだ弱い。心も、技も、体も。だから強くなりたい。誰かの為なんて今は考えられない。

 今はただ、自分の為に強くなりたい。多分それだけで十分なんだろう。

 

「明日からよろしくな、箒」

「ああ、よろしく、一夏」

 

 こうして、箒と一夏の忙しない学校生活初日は幕を閉じた。

 セシリア・オルコットとの対戦まで、後六日。

 人類史上初のIS男性操縦者がイギリス代表候補生にどこまで迫れるか、それは篠ノ之箒の腕にかかっている。


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