と言うわけで<竜の羽衣>登場です。
乗り物としては、グリフォンの方が使い勝手良さそうですが、兵器としてはやはりこちらが圧倒的に分があるでしょうね。
あの後、家に戻ると、二人が同じ部屋で寝る用意がされていたり、テンパったシエスタが「ふつつかものですが!!」と叫んだりしたが、何とか何事もなく床につくことができた。
単純に添い寝出来ただけで、シエスタは満足してしまったらしく、イノセンスの腕に抱きつきながら、安眠した。
次の日、イノセンスはシエスタと共に、ルイズ達と合流してから、例の<竜の羽衣>を見に向かった。
「……私はね、許可したわよ?あんたの家にイノセンスが一人で泊まるのは……でも何で昨日よりあからさまに距離が近いのよ!」
しかし道中で、イノセンスに対して、今まで控えめな距離でしか接さなかったシエスタが、明らかに彼にベタベタだったので、これにはルイズも文句を言ってきた。
タバサやケティも口では何も言わないが、明らかに不満そうであった。
「ミス・ヴァリエールもイノセンスさんも、今日帰ってしまうではないですか……ですから今のうちに出来るだけ仲良くなるために、スキンシップを図ろうとしているだけです!」
「そうゆうもっともらしい事言って、私がホイホイ頷くとでも思ったのかしら!?この駄メイド!」
互いに火花を散らすシエスタとルイズ。
その様子を見てサチとシリカを思いだし、苦笑するイノセンス。
「ちょっとギーシュ……あんたが止めてきなさいよ」
「い、いや……無茶言わないでくれよ!僕が二人に串刺しにされる未来しか浮かばないよ!?」
先を歩いていたキュルケとギーシュは、二人をチラチラ見て焦っており、結は寧ろ楽しんでいる様子だ。
「ふふっ、なんだか懐かしいです……あっ皆さん!もしかしてあれじゃないですか!?」
結の声に皆が反応して前を見ると、登り坂の上に目印とも言える<赤い鳥居>らしきものが見当たった。
それを見てイノセンスは、昨日の推測が当たったと確定させた。
「(だが日本で竜の羽衣って……一体どんな物だ?)」
予想がつかないまま、とりあえず上に上がってみる。
すると日本の神社の境内の様な場所で、奥の方にシエスタが指を指す。
「あれです、あれが<竜の羽衣>です!かつて私の曾祖父が、これに乗ってタルブにやって来たんですよ!」
そこには旧式だが、間違いなく飛行機があった。
日の丸や大日本帝国と書かれており、戦時中に使われていたものだと分かった。
「……何これ? こんな物が飛ぶ訳ないじゃない」
キュルケが呆れた声で言うが、ギーシュは真面目に考察をしてみる。
「うーん、金属でできているみたいだね……でもこれじゃ重すぎて飛ばないんじゃないか? しかも翼もこんな風に固定されていては羽ばたけないよ」
「そうね、ちょっと信じられないわ……」
「でも、わたくし何となくカッコいいなって思いますよ!鉄の竜に乗り颯爽と駆けつけるイノセンス様を想像したりすると……たまりません!」
「……?」
彼の考察に同意するルイズ、そしてケティは一人何処か別の世界に行っていた。
タバサはぼんやり眺めていたが、ふとイノセンスと結が飛行機の傍らにある石碑を見ていた事に気づき、近づく。
「……読めない、何て書いてあるの?」
「……『この字が読めた物に、この零戦を託す……佐々木武雄海軍少尉』……って書いてあるんだ」
「パパ、やはりこれは……リアルの兵器なのですか?」
結の言葉に頷いてから立ち上がり、竜の羽衣、もとい零戦に向かう。
タバサと結も後に続く。
「えっ?イ、イノセンスさん?」
「イノセンス?ちょっと、何してるの?」
「調べもの、多少でもあれば楽なんだが……こん中にはないか……なら社(やしろ)の中だな」
突然零戦の燃料口を淀みなく開けたため、シエスタは驚き、ルイズは疑問を抱いた。
しかし、中には燃料が無かったため僅かな希望がないかと、社の中を探索しだすイノセンス。
するとしばらくして、瓶に入った透明な液体を見つけて戻ってきた。
「ほんの少しだがあったな……ありがとなタバサ、見つけてくれて」
「……お安いご用」
イノセンスに礼を言われ、少し嬉しそうな表情をするタバサ。
「それが何になるんだい?」
「こいつは、<これ>の飯みたいな物だ……腹の中に無いと飛んではくれないのさ」
「これが鉄の竜のご飯ですか……」
皆興味深そうに見ている中、ルイズとシエスタだけ着眼点が違った。
「待って、つまりこの竜の羽衣も貴方の世界の物なの?」
「もしかして、あの石碑を読めたんですか!?」
「どちらにもそのとおりと言っておこうかな、シエスタの曾お祖父さんは俺と同郷なわけだな」
その言葉にシエスタ口元を押さえて喜び、ルイズは納得いった表情で零戦を見つめる。
イノセンスが左手で零戦に触れると、突然ルーンが光りだした。
どうやら零戦は兵器故に、武器と判断された様だ、零戦の情報が頭に入ってくる。
「ふむ……このルーン<武器>全般に反応するのか……?どうなんだデルフ?」
そう言いながらメインメニュー操作して、デルフリンガーを実体化させる。
『やっと出してくれたか相棒……そうだぜ、おめぇさんの左手にある<ガンダールヴ>のルーンは武器を持つと、それの情報があらかた入ってくるし、使い方も分かるようになるし、動きも達人のそれになる……そして知っての通り、心を震わせりゃより力をくれるってわけさ』
「なるほど……なら燃料があれば飛ばせるな……よし」
デルフリンガーの解説を聞いて、イノセンスは真っ直ぐギーシュの元へと向かう。
「ギーシュ、力を貸してくれないか?こいつを再び飛ばすために」
「えっ、僕かい?しかし、僕に何が出来るのかな?」
彼の言葉にギーシュが疑問をぶつけてくる。
イノセンスはそれに笑って答えた。
「<錬金>さ」
「……ああ、なるほど!」
ギーシュは合点がいった様だった。
社内の机を借りて、錬金による精製を試みている。
使う媒介は、炭素の塊である石炭だ。
それは零戦の燃料たる<ガソリン>は、炭素と水素が結びついて出来ている物である為、近しいものを媒介にすれば、錬金が成功しやすくなるためである。
ギーシュは、先程ガソリンを良く観察し、イメージは出来ていたため、さらに錬金しやすくなっていた。
「さあ、いくよ……上手く変わってくれ、僕の土メイジの意地の為に」
ギーシュは桶に入った石炭に、己のイメージと思いをこめ、杖を振るう。
するとみるみる形を変えていく石炭は、無色透明で強い臭いを放つ液体……つまりガソリンに変わっていった。
「ふぅ……よし、成功だよ」
「ナイス、ギーシュ」
イノセンスとギーシュは、ハイタッチし笑う。
「どうも、これでもっとこのガソリンを量産すれば、飛べるわけだ……にわかには信じがたいが、君が言うなら間違いはないだろう」
「ああ、飛ばしてみせるさ……さぁ、この調子でいこう」
イノセンスの言葉にギーシュは頷き、コツが分かったので先程より多い石炭を使い、沢山のガソリンを作り出していく。
「土の魔法は凄いよな……こんな事が普通に出来るんだから」
「フフフッ、そう言って貰えると僕も鼻が高いよ……だがやはり土は裏方で地味なイメージばかりが優先されがちでね、君の様に素直に評価してくれる人は少ないのが現状かな……」
戦場においては火や風、水のメイジが華やかな魔法を使うのに対して、土は実直で派手な物は少ない。
日常においては馴染み過ぎて、あまり誉められる機会がない土のメイジの現状を思い、ギーシュはため息をつく。
「……もしかして、お前が自分を薔薇と気取ったり、杖を薔薇の形の物にして派手な演出するのは……」
「そのとおりかな……まあ、少しでも地味さを払拭したいため……だね、君には分からないかも知れないが……貴族はね、嘗められたくなくて必死に努力する生き物なのさ……僕の場合は、それが自分なりの努力なんだ」
イノセンスの言葉に頷いた後、少し自嘲ぎみに笑う。
彼の華やかさの裏には、影の努力があったのだ。
感心したイノセンスはギーシュに微笑む。
「やっぱり凄いよ、土もギーシュも……男として尊敬に値する……」
「……奇遇だね、僕もなんだ……君に負けたあの時から、君には尊敬しっぱなしだよ」
イノセンスの言葉に少し照れながら、ギーシュも微笑み、普段は意地で決して言葉にしないであろう本音を口にする。
良く一緒に行動するうちに、二人の友情はそれなりに深まっていたらしい。
ガソリンがノルマ量に達した後、イノセンスは零戦の燃料口にガソリンを満タンまで入れる。
いよいよ飛び立つ時が来たのだ。
「さてと……ここをこうして……っと」
イノセンスが乗り込み中を弄ると、零戦のエンジンが起動を始め、前のプロペラが高速回転し、風を巻き起こす。
これには皆一様に驚いている。
「動き出しました!」
「よし、飛ぶから皆は横にいてくれ!前にいたら牽かれるぞ!」
慌てて避け出した皆を尻目に、零戦を前進させた後、暫く広く真っ直ぐな道を滑走路がわりにし走り抜け、いきおいをつけて飛ぶ。
「と、飛んだわ!本当に飛んだ!」
「鉄が魔法も使わず空を飛ぶなんて、驚きね!」
「かなり速い」
程度は違えど、感動しているルイズ達。
しかし、中でも強く感動しているのは、シエスタとギーシュであろう。
「曾お祖父さま……飛びましたよ……!イノセンスさんが飛ばしてくれました!」
「僕の努力も無駄では無かったね……素晴らしいな、零戦は……」
二人の視線を受けながら、飛び回る零戦。
イノセンスも、乗るのは初めてなのでとても楽しかった。
零戦から見た景色は、一面の緑の草原に、澄みきった青い空、遠くには海も見え、まさに絶景だった。
「大事にしますよ、佐々木武雄さん……この零戦も、この景色も……あんたの曾孫さんもかな」
イノセンスはこの広い大地に敬礼した。
その後は、シエスタとシエスタの家族に見送られてタルブを後にした。
零戦は村との協議の結果、譲って貰える事になったので、帰りはイノセンスが乗って帰ることになった。
学院に着いた後、オールド・オスマンとコルベールに相談し、コルベールが是非研究させて欲しいと願ったため、零戦専用の格納庫を作り、そこに置くことに。
「シエスタはいないが、またいつも通りの生活に戻るな……さてと、どうすっかな……」
イノセンスは今の所何か目標があるわけでは無いため、暇になるとそれはそれで死活問題だった。
「ルイズはアンリエッタの為の詔を考えてるし、タバサはゆったり読書に集中してる、キュルケは男子たちとデート、ギーシュはモンモランシーの機嫌とり、ケティは執筆がたぎってるそうだし……本格的に暇だ……」
『相棒、この際だから趣味の一つでも持ったらどうだ?たまには嬢ちゃん達から離れてよ』
ふとデルフリンガーから提案が出て、イノセンスは考える。
「趣味かぁ……スキルスロットに空きが無いから特に思いつかな……あっ」
ふと気づいたイノセンスは、メインメニューを開き、イベントリから<歌精の魔笛>を実体化する。
「これならスキル関係ないし、特に気にせず趣味として扱える」
「……相棒、そいつはかなりの魔力を秘めた代物だぜ?そんな易々吹いて大丈夫なのか?」
魔笛の名を冠するだけあり、高い魔力を秘めている歌精の魔笛。
デルフリンガーはそれを心配するが、イノセンスは笑って答えた。
「こいつの扱い方は熟知してるから問題ないさ」
そのまま魔笛を口に含もうとしたその時、メールの通知がきた。
確認すると、どうやらアンリエッタからの様だ。
内容は内密の個人的な話故に、お忍びで王宮に来て欲しいと言うことだ。
「……趣味はまた今度だな」
『あれだな、相棒は一人にはならない性分なんだな』
「昔はそんなこと無かったんだがなぁ……」
イノセンスは魔笛をしまい、グリフォンを呼び飛び乗った。
トリスタニアからは徒歩で王宮に向かい、潜入時は隠蔽スキルで姿を隠しつつ行けば全く問題なく潜入できた。
「(魔法探知があるみたいだから、メイジの浸入は無いだろうが……腕のたつ平民なら浸入できそうなレベルだぞ?……いや、違うか、俺を通すためにあえて警備を手薄にしてるんだな)」
イノセンスは扉前まで来て、特殊なリズムでノックする。
「……どうぞ、急いで入ってください」
アンリエッタからOKが出たため、中に入ると。
ホッとした表情の彼女が待っていた。
「お会いしたかったです、イノセンス様……!」
「アンリエッタ?」
そっとイノセンスに抱きつくアンリエッタ。
彼女は何故か震えていたので、イノセンスは優しく抱き締め返す。
「……何があった……?」
「……ワルド子爵の件から、周囲が大分疑心暗鬼の状態が続いていて……貴族派はアルビオンだけではなかった以上、致し方ないのかもしれませんが、これから纏まっていこうと言うときに……」
同国の貴族間で疑いの目がかかり、互いに争い合うのはむしろ新生アルビオン帝国にとっては思うつぼだろう。
それ故にアンリエッタも無用に争うのを、マザリーニ卿と共に他貴族を諌めているのだが、想像以上に事態が深刻なのか思うようにはいかないらしい。
「ままならないものですね……人と言うものは……」
「そうだな、確かにそう言うものだ……だがそれを何とかするのも女王の手腕だぜ?」
「ええ、そのとおりです……ですが、私自身も今は不安で堪らなないのです……だから女王になる前に、イノセンス様にもう一度会って起きたかったのです……」
最初こそ大丈夫であったが、ワルドがウェールズを殺した事実や、貴族同士の争いを見て、最近ではアンリエッタ自身も半ば貴族不信であった。
仲の良いルイズの様な人物や、高い忠誠心を持ったマザリーニ卿の様な人物なら問題はないのだが……。
しかし今彼女が一番信頼しているのは、間違いなく自らとウェールズを救ってくれたイノセンスであった。
「……じゃあ、落ち着くまで側にいてやる……俺はあんたの騎士だからな」
「! ありがとうございます……!」
彼の言葉にアンリエッタの表情が和らいだ。
それを確認したイノセンスは、とりあえずいつまでも立ちっぱなしも何なので、彼女をお姫様だっこした後、一緒にソファに座る。
「……そんで、他に悩みとかはないか?幾らでも聞くぞ?」
「大丈夫です……私は貴方が側にいてくださるなら、それで良いのです」
「? 俺がいても大した事は」
「良いのです」
イノセンスの言葉を右手の人差し指を、彼の唇に当てて制し、ウインクするアンリエッタ。
「……仰せのままに、お姫様」
「よろしい♪」
イノセンスの返事を聞いたあと、そのまま抱きつき、甘えるアンリエッタ。
我慢していた分を、今日彼に甘える事で発散しているのだ。
この間、姫の騎士たる彼は、彼女のされるがままであった。
王族として凛とした態度で周囲に振る舞い、イノセンスの前では普通の少女になる、そんなアンリエッタさんであります。
立場上、肉親である母親にも弱音を吐けない彼女には、自らを理解してくれる人間が必要なんですね。