英雄の一時の休息。
フーケを捕らえた後、馬車にのり学院に帰還するまでの間、ルイズは彼に聞きたかった事を話す。
「ねぇ、イノセンス」
「なんだ?」
「貴方のいた世界は、あんな怪物が沢山いて……でも戦っていたのよね……?恐くなかったの?」
そう言ってルイズ首を傾けた。
イノセンスは暫し考えてからこう返す。
「恐いさ、いつ死んでもおかしくない、そんな場所だったから」
「……貴方でも恐いものは恐いのね、いつもそんな風に感じる態度してないから、もしかしたら恐いものなんてないのかもって感じてたわ」
ルイズは意外そうに言いつつ、内心安心していた。
最近彼といて、彼の人となりが分かってきたが、彼は常に誰かの為に動いている。
尚且つそれは彼の望みであり、決して強要されてのものではない。
そんな彼だから心配だった、もし誰かの為に自らを犠牲にする事もいとわなかったら……自分は彼を失う。
それが彼女は嫌だった。
「恐いもの知らずだったら、今頃俺はここでルイズと語らう事もなく、石碑の名前に横線入れられてたな、多分」
「……そこまで言うってことは何か理由があるの?」
イノセンスの言い方は、客観的には大袈裟なんだろう、しかし彼を知るものならば、態々話を誇張する様な人間でない事が分かっている……それに含まれるルイズはそう話す理由を聞いた。
「<生きたい>……それが俺の戦う原動力となる気持ちなんだ……それなのに死んでも構わないなんて思ってたら、本当にそのまま死んじまうに決まってんだろう?」
「……<生きたい>か……イノセンスの世界では貴族と平民の関係はどうなってるの?やっぱり大変?」
彼の言葉を噛みしめながら、次に聞きたいことに移るルイズ。
「昔は大変だったらしい、でも今はそう言う貴族や平民って言葉は、軽々しくは使われないな……どんな家の出でも、実力のある人間が出世する世だし」
「へぇ~!じゃあ貴方とか、凄い爵位とか本当は持ってるんでしょ!」
「違う違う、最初にあった時に言っただろ、一般庶民だって……だけどそれなりに裕福で、家族も友達もいたから恵まれてはいたな」
自らの過去を語るイノセンスは、懐かしさ、楽しさ、そして悲しさ……それらが混ざった、複雑な表情をしていた。
ルイズは思う、彼も本当は帰りたいのではないかと。
彼の世界には、彼の生活があって、なのに自分が無理矢理呼び出して、契約してしまって……イノセンスを縛ったのは自分だ……ルイズはそう確信していた。
だから、こう聞いた。
「貴方は、元の世界に帰りたいわよね?」
「……えっ?」
イノセンスにとって今回の彼女の質問は些か疑問だった。
普段の彼女ならば絶対こんな事は言わないと思ったからだ。
確かに元の世界に未練が全く無いとは言わない。
家族や友達、SAOの仲間達の安否、自分の本来の肉体など、気になるのは気になる。
だが帰りたいとは思わなかった。
ルイズともやっと互いの信頼関係も出来てきて、シエスタ、タバサ、キュルケ、アンリエッタとはフレンドにもなり、結と共にこの世界が好きになってきている。
なのにも関わらず帰りたい等と、イノセンスは思えなかった。
「そうでもないよ……帰りたいとは思わない」
「う、嘘!だって、私のせいで貴方は……!」
イノセンスは最近になって、この少女の人となりが分かってきた。
彼女の本質は、我が儘で、何にでも感情的に動く直情型だ。
自分の考えを通したいと思う癖に、身近な人間に強い影響を受け、その人物を第一に考え、後先考えず感情で動く。
その身近な人間が、ピンチに陥ったりしたら、それこそ自らを省みず助けようとするだろう。
今の彼女も、イノセンスの過去に触れ、彼に申し訳なくなり、こう言う風に言っているのだ。
彼が帰ると言う事は、彼を失うと同義なのに。
イノセンスには、それが許せなかった。
「こんな危なっかしいご主人様を置いて帰ったら、俺は間違いなく後悔する……俺は出来るだけ後悔しない生き方をしたいんだ」
「い、イノセンス……」
イノセンスはルイズを見据える。
その瞳は青く輝き、彼女を捉えて離さない。
「忘れるな、お前は俺のご主人様だ……そして俺はお前の使い魔なんだよルイズ……帰りたいんじゃないかなんて、そんな悲しい事を言わないでくれよ……」
「あっ……うぅ……」
彼の言葉の意味に気づき、ルイズは顔を赤くする。
そんな当たり前の事を忘れていた事を、そして彼にそれを指摘させてしまった事を恥じたからだ。
イノセンスは彼女が感じているよりも、ずっと自分を案じてくれていた……ルイズはそれを理解した。
すると恥ずかしさから、今度は嬉しさに変わってくる。
「そ、そうよね!使い魔相手に私は何を言っていたのかしら!さっきのは忘れなさい!これは命令よ!」
「ふふっ、それでこそルイズだな」
いつもの調子に戻ったルイズを見て、イノセンスは微笑んだ。
「ようやった諸君!ようやった!」
学院に戻り、フーケを王都の衛士に引き渡された時の、生徒達と教師達の顔は驚愕と困惑で彩られた。
ロングビルがフーケだった。
その事実に、男達は大層落胆したらしい。
一方でオールド・オスマンは、残念そうな顔はしたものの、生徒達が無事手柄をたて、帰還した事を喜んだ。
そして今、ルイズ達は学院長室にてオスマンの前にいた。
「この結果は、トリステイン全ての貴族の不安を取り除いた重大な功績であろう……王宮にはそれぞれにシュバリエの爵位申請をしておいた……既にシュヴァリエであるミス・タバサに関しては、代わりに精霊勲章の授与を申請しておいたからの……楽しみに待っていなさい」
名誉な事にキュルケは喜び、タバサは相変わらず無表情だが、ルイズも最初はキュルケ同様に喜びを顔に浮かべたが、何かに気づくと浮かない表情になってしまった。
「む?どうかしたかの?ミス・ヴァリエール」
オスマンが聞くと、ルイズは迷いながらも答える。
「その、オールド・オスマン……イノセンスと結には何も無いのですか?」
オスマンはルイズの問い掛けに申し訳無さそうな顔をした後、言った。
「二人は貴族ではないからのう……残念じゃが、爵位申請は無理じゃ……」
「そ、そんな……」
今回は、イノセンスや結も含めた皆で勝ち取った功績だ。
ましてや、二人がいなければ自分達はここにいないだろう。
ルイズは落胆を隠せず、タバサは気遣うように彼に視線を向け、キュルケも喜ぶのを自重した。
しかし、イノセンスも結も、気にしている様子は無かった。
「問題ありませんよ、オールド・オスマン……俺達は爵位はいりませんから」
「私も同じです、皆さんが無事ならそれで!」
そう言って二人は笑う。
それを見たオスマンは少し考えてからこう返した。
「しかし、功績があるのに何も君らに得るものがないのは不公平だからのう、わしと学院から個人的に謝礼金を渡そう」
そう言って、オスマンはテーブルの下からお金のつまった袋を二人に渡した。
「「ありがとうございます!」」
「大事に使いなさい」
そう言って、オスマンは微笑んだ。
「それでは、シュヴァリエ叙勲を楽しみに待ちたまえ……あぁそうそう、今夜開かれる予定だったフリッグの舞踏会は、予定を変更せずに執り行うのでな……皆、準備をするが良い!今夜の主役は君達じゃ!」
そう言って、この話は打ち切られた。
タバサとキュルケは舞踏会の準備に向かったが、ルイズとイノセンス、結はまだ学院長室にいて、オスマンと<世界の種子>について話し合っていた。
「なるほどのう、お主の世界に関連するものなのか……ならばわしの過去を話すとしようかのう……これの持ち主と出会ったのは、まだわしが若い頃じゃ」
オスマンは<世界の種子>と出会った経緯を話し出した。
「任務で外に出ていたわしは、油断していた所にワイバーンに襲われ、絶対絶命のピンチに陥ったのじゃ……そんな時助けに入った騎士がいたのじゃ」
「ワイバーンに立ち向かうなんて、勇敢な騎士ですね」
「うむ、赤き鎧を纏い、白きマントをたなびかせ、盾と剣を同時に武器として扱う独特な剣技を駆使し、見事ワイバーンを打ち倒したのじゃ」
それを聞いたルイズは、素直に感嘆するが、イノセンスと結は苦笑していた。
「その後、騎士とわしは意気投合しての、良い友人だったのじゃが、いつしか目的が出来たと旅にでてしまった……この<世界の種子>はその騎士が旅にでる前にわしに渡したものじゃ」
「なるほど……因みに彼は何と名乗っていましたか?」
オスマンが得意気に話すなか、イノセンスはその騎士の名を訊ねた。
「確か<ヒースクリフ>と名乗っておったが、もしかして知り合いかの?」
「……ええ、因縁のあった人物でしてね」
「ならば彼も別世界の人間じゃったか、今頃何をしているのやら」
オスマンの話で何故この世界にSAOの魔物がいたのか、よく分かった……自分よりずっと以前の時間軸で彼<ヒースクリフ>こと<茅場晶彦>が動いていたなら納得がいった。
「しかし、そんな代物となると扱いに困るのう……<世界の種子>は……もし君のように扱える悪人の手に渡るのは避けたいわい」
「……よろしければ、俺が預かりましょうか?」
イベントリの中にあれば、基本誰の手に渡る事もない。
こう言う時こそ、システムを有効活用するべきと、イノセンスは
自ら名乗り出る。
「うむ、君ならば安心じゃろう、ミス・ヴァリエールを守る頼もしき使い魔の君ならばのう」
「ありがとうございます」
イノセンスの申し出にオスマンは、頷き立ち上がる。
「さあ、お主らもそろそろ行きなさい……遅刻は厳禁じゃぞ?」
オスマンの言葉に三人は礼をし、退室する。
一人部屋に残った老人は窓からそらを眺め、かつての友を想った。
王都に向かう護送車の中、フーケは揺られながら悔しそうな表情を浮かべていた。
「くそっ!あんなガキに嵌められるなんてね……」
確かに彼は大人ではない、しかし間違いなく実力者であり、修羅場を乗り越えた英雄だった。
フーケは所詮子供と侮り、油断していた事を後悔していた。
「どうだね?彼は強かったろう……私が唯一認める強い男だよ」
「! あんたは……いつの間に!」
唐突に一人の衛士が話しかけてくる、そしてフーケはこの衛士の声と口調を知っていた。
「<ヒースクリフ>……あんたは全て見てたんだね!」
フーケがそう言うと衛士の顔が変化し、ヒースクリフの顔になる。
彼はしてやったりとニヤリと笑っていた。
「残念だよ、君に力を与えれば何を成してくれるかと思っていたのだが、まさか泥棒なんぞに力を使ってしまうとは……」
「それが残念そうな男の顔かい!全部分かっていてやっているんだろう!」
人を食った態度のヒースクリフにフーケは怒りを露にする。
それを聞き彼はより笑う。
「そうでもないさ、君が盗みに入ったお陰で、彼の手に<世界の種子>が渡った……これは計算してなかった事態だからね、そこだけ見れば君はお手柄だった」
「……あたしにはあんたの考えが分からない……あたしを拾い助け、システムの力を与えたのも、そこらに魔物を配置したりするのも……一体何が目的で動いてる?」
彼女はヒースクリフが理解できなかった。
貴族でなくなり、路頭に迷った自分を救い、育て、力を与え、共に過ごしていた……それでもいまだ本質が分からない彼に、フーケは聞いた。
ヒースクリフは微笑みを崩さずこう答えた。
「私は、人の可能性がみてみたい……様々な人間がひしめくこの世界で、私の考えを覆させ、驚愕させる様な……そんな物がみたいのだ……彼を見てからは、よりその思いが強くなった」
そう語るヒースクリフは、純粋な子供のような目をしていた。
「だから私は君に残念だと思った……君は私の想定通り動いたんだからね……復讐など何も生まないよ、フーケ……では私は忙しいのでね、そろそろ失礼するよ……さらばだ、<我が娘よ>」
「あっ!……」
ヒースクリフは消えたが、周りの衛士は反応しない……まるで最初からいなかったかのようだ。
フーケは一人、檻の中膝を抱える。
「こんな時だけ、父親面するんじゃないよ……<クソ親父>……」
その瞳に涙を滲ませながら。
舞踏会の中、イノセンスは武装しているのも可笑しいので、貰った謝礼金で、タキシードを買って着て、パーティ会場で結とタバサと食事を取っていた。
「パパ……これ……かなり苦いです」
「そうか?意外といけるぞ?」
「! 貴方は同志」
三人が食べている、<ハシバミ草のサラダ>は独特な青臭さと凄い苦味があり、全く近づく人間はいない、結は音をあげたが、イノセンスは普通に大丈夫らしく、タバサは同好の士が出来たことを喜んだ。
「キュルケは相変わらず男に囲まれてるな」
「……いつも通り」
キュルケは楽しそうに取り巻きの男子に、今回の活躍を語っているようだ。
しかし、まだルイズは見当たらない。
着替えに手間取っているのだろうか、そう思っていると扉が開かれた。
「ラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢!」
会場の執事長がそう叫ぶと扉の奥から、美しく着飾ったルイズが現れた。
髪を見事な銀製の髪飾りで上に纏め、白いパーティードレスに身を包んだルイズは微笑みを浮かべながら歩き出す。
楽士達の優雅な音楽が奏でられる。
ルイズの姿を見た男子学生達は、感嘆の溜息を吐いた。
淑女としての衣装を身に着けたルイズだが、会場の全員の注目を浴びた事に驚き、少し頬が赤くなっている。
そこが少女らしく、他の大人びた部分によって可愛らしく強調され、男子の視線を更に釘付けにした。
音楽がかかったため、生徒達はそれぞれパートナーを作り踊り出す。
数多の男性からの誘いを柔らかく断りながらルイズは、一直線にイノセンスのもとに向かう。
「失礼、ジェントルマン?」
「何かな、レディー?」
イノセンスは立ち上がり、彼女を迎える。
「私と踊ってくださる?」
「喜んで」
ルイズは手を差し出し、イノセンスはその手を取る。
その時タバサは然り気無く呟く。
「そのあとは私」
それにイノセンスは驚いたが、笑って頷いたあと、ルイズを連れ会場で踊り出す。
ルイズは流石令嬢だけあり、ダンスは上手く、イノセンスもSAOで踊る機会があり、ある程度はダンスが出来た。
二人は見つめあいながら、ステップを踏む。
互いを気遣いあい……信頼しあい……踊る。
そこには最初出会った時は、考えられなかったような<絆>が生まれていた。
「イノセンス……私ね、貴方が使い魔でよかった……今ならとてもそう思うわ」
「俺もだよルイズ、君が主人でよかった……これからもずっとそうありたい」
「私も……ふふっ……これからもよろしくね、私の使い魔」
「もちろんだよ、ご主人」
優雅に踊る二人は、今後沢山の出来事に巻き込まれる、激動の日々が待っているだろう。
だが、それでも二人がそれらに屈することはないだろう……この強い絆がある限り。
ヒースクリフが登場。
彼はイノセンスが来るかなり前から、この世界をさ迷っている……あえていつハルケギニアに来たかは語りません。
電脳の神のような彼は、今もハルケギニアを、イノセンスを見守っています。