常に安息の場に身を置かれていた主人。
二人は何もかも違うが、互いに隣に並び立てる、不思議な関係。
アンリエッタとの対面の次の日。
いよいよ使い魔品評会の当日であり、本番が差し迫っていた。
現在ルイズは新入生を迎える歓迎会としての、舞踏会に参加していたため、イノセンスは結と共に本番の為の準備をしていた。
「パパ、この本数と形で良いんですね?」
「ああ、寧ろそれくらいでないと迫力にかけるからな」
『相棒、俺っちも使われる側だからあんま文句はないんだけどよ……本当に万が一はねぇんだよな?』
準備を進めている自らの使い手にデルフリンガーは問う。
「ないよ、万が一は起きない、起こさせない……俺の信念にかけてな」
デルフリンガーの言葉に、真剣な表情で返す。
「イノセンスさ~ん!今日も差し入れ持って来ちゃいました!」
「おお、シエスタか……ならひと休みだな」
「はい!」
朝は慌ただしかった為、イノセンスと結はまだ朝食をとっていなかった……故にシエスタの好意に甘えて頂く事にした。
「今日は<ライスボール>に挑戦しました、握り固めると旨味が凝縮されて美味しいみたいです!」
「ライスボール……おにぎりか、懐かしいな……中身は?」
「シロマスを焼いてほぐして入れました!」
イノセンスの質問にシエスタは元気に答える。
おにぎりの懐かしさに、昔を思い出すイノセンス。
「んじゃ白身の鮭握りか……向こうでは良く作ってもらってたな、鮭は赤身だけど」
「イノセンスさんが元いた世界ですか……剣で沢山の魔物と日夜戦っていたんですよね?私がそんな世界に生まれていたらきっと恐くて引き込もってたと思います」
シエスタは剣の世界の有り様を想像し、そこに自分を当てはめると目も当てられなかった。
「いや、存外そうでも無いかもしれないよ……俺の友人はかなりの槍の名手なんだが、昔はシエスタよりずっと臆病で、死にたくないから心底戦いたがってはいなかった……」
「えっ?……じゃあ、何でその人は戦っていたんですか?」
イノセンスは冒険の始まりから一緒にいて、共に戦い抜いてきた少女を思い浮かべる。
そしてシエスタの疑問にこう答える。
「生きるためだよ……ちょっとした事故で俺と彼女は絶体絶命に陥った……臆病な彼女はその場を動けなくなってしまった……だがな、その子に檄を入れたら、何と自分から魔物に立ち向かっていったんだ……彼女は臆病だが、怖いよりも死にたくない思いが強かった……だから生きる勇気を出したんだ」
「生きる……勇気……?」
イノセンスの話にシエスタは聞き入り頭の中でその光景が浮かんできた。
槍を持った少女が、生きるために勇ましく槍を扱う姿を。
「勇気ってのは、例え臆病な人間にでも絶対あって、その勇気で誰にでも変わるチャンスはある……だから、きっとシエスタが俺の世界に来ても変われたと思う」
「……」
シエスタは先程の想像の光景に自分を当てはめる、すると今度は<違和感>なく自分が戦っているのを想像出来た。
イノセンスと背中合わせで共に戦う自分を想像すると、思わず口角が上がった……そんな風になりたいと少し思った。
「だから、俺は今言った事の証明に今日の使い魔品評会……勇気を持って挑むよ……だからシエスタ、しっかり見ていてくれるかい?」
そう言ってシエスタを見据えるイノセンス。
シエスタは笑う。
「はい、もとよりそのつもりでしたが……よりじっくり見させていただきます!」
「……ありがとう、じゃあ準備再開だ!」
「はい!パパ!」
イノセンスは彼女に礼を言い、準備を再開する。
そんな様子をシエスタは優しい瞳で見守った。
舞踏会も終わり、ついに使い魔品評会の時間がやって来た。
二年生達が己の力を、見守ってくれる三年生や新しくやって来た一年生、そして来賓のアンリエッタ王女殿下に示すために、この日の熱気はとかく凄まじかった。
アンリエッタはそんな学生達が織り成すパフォーマンスに、審査員長として採点しつつ楽しむ。
そんな彼女が一番気にしているのは、ルイズとその使い魔であるイノセンスであったが。
「いよいよ手前まで来たわね」
「ああ、タバサが頑張ってるからな」
タバサはシルフィードと空中によるパフォーマンス見せつけ、多数の生徒をくぎづけにしていた。
「まあ、後はやりきるだけだ……任せておけよ」
「……信じてるから……」
ルイズはイノセンスの手を握る。
震える自分に彼から少しでも勇気をもらえる様に。
「いよいよイノセンスの番ね!楽しみだわ!」
「……」
既にやりおえたタバサは、キュルケの言葉に頷く。
「イノセンスさん……頑張って」
シエスタは出てくるであろう彼を待つ。
しばらくしてコルベールの紹介の後、ルイズが出てくる。
観衆の注目が集まる。
「使い魔さん……貴方は私に一体何を見せてくださるのかしら……」
アンリエッタはそう呟く。
自らに強くなれと言った彼を見定めようと彼女は考えていた。
「どうも、紹介に預かりました、ルイズ・フランソワーズです」
礼をするルイズに唐突にヤジが飛ぶ。
「おい!ゼロのルイズ!自慢の使い魔はどこいったんだよ!」
「俺たちはお前を見るためにここにいるんじゃねぇぞ!」
確かに舞台にはルイズ以外誰もいない……様に見えていた。
ルイズは、表情を崩さず、アイアンレイピアを装備し抜く。
観衆が驚きの声をあげるが構わず続ける。
「いますわよ、こちらにね」
ルイズがレイピアを何もない空間に振るうと、カキンッと金属音がした。
すると、そこにデルフリンガーをルイズと同じように構えて、レイピアと交差させたイノセンスが出てきた。
唖然とする他審査員の顔を見て、アンリエッタは笑った。
イノセンスは前に出て語る。
「初めましての方は初めまして、ルイズ・フランソワーズの使い魔、イノセンスです……今日は皆様に私たちの絆と勇気を見せようと思います」
周囲がざわめく中、観衆の後方から高台が現れ、その上には結が乗っており、イノセンスを見つめていた。
さらにざわめきが強くなる。
「彼女は私の娘であり弓の名手なのですが、今から彼女に我が主、ルイズ・フランソワーズを殺す気で射てもらいます……その上で私がそれらを悉く打ち払ってみせましょう」
「はぁ!?」
この場にいた人間全てが驚愕と恐怖と疑問の入り交じった表情を浮かべた。
アンリエッタに至っては立ち上がってしまった。
「貴方は自らの娘に、自らの主を殺すように言ったのですか!?信じられません!」
「しかし、二人とも了承しています」
「!?」
激昂するアンリエッタに何事でも無いようにイノセンスは事実を伝える。
アンリエッタがルイズを見ると彼女は笑って答えた。
「私は彼を信じていますから」
アンリエッタは愕然とした、かつての自分の友は、自分が思っていた以上に強くなっていたからだ。
……というのはアンリエッタの主観で、本当はルイズの迫真の演技で誤魔化されているだけ、彼女は内心恐怖していた。
「(本当は怖いわよ……だって結はイノセンスとステータスが同レベルの怪物なんだもの!)」
そう、結はイノセンスをコピーしたステータスをもつ、もう一人のイノセンスだ。
可愛らしい見た目に隠された力は計り知れない。
「では、始めましょう……結、来い」
「……はい……!」
この時、戦場で数多の修羅場を乗り越えたコルベールや、任務という名の死地に突貫させられたタバサも<それ>を感じとり思った。
あの少女を敵に回したくないなと。
「はぁぁぁぁぁ!!」
小柄で細身の結から繰り出される、高速の弓射ち。
一気に四、五本つがえて無数に放たれる矢に、既に観衆は恐れおののく。
まさに矢の雨が二人に降り注いだ。
「ルイズーーー!!!」
アンリエッタの叫びが木霊する。
誰もが二人の死を予感した。
……だが、それは良い意味で裏切られた。
「オラァァァァァ!!!」
イノセンスはデルフリンガー一本でそれらを裁き、ルイズにも自分にも一本も当たらないのだ。
彼の剣速は速すぎるため、殆ど手元が見えないほどだ。
降り注ぐ脅威に立ち向かい、主を守る彼に、観衆の恐怖は驚愕にそして歓声に変わっていった。
父を信じ射る娘、使い魔を信じ立つ主、そしてその信頼に答える使い魔のそれぞれの勇気に、立場も何もかも忘れ皆感動しているのだ。
「頑張れ!使い魔ぁ!」
「気を抜くんじゃないわよ!」
「ヴァリエールを殺したら承知しねぇぞ!」
「こ……これは……使い魔さんの力なの?……見ている者達を、皆引きこんでいく!」
この状況にアンリエッタはイノセンスに対して、恐怖と同時に強い興味を抱き始める。
自分が生まれて、今日に至るまで、こんな光景は見たことがなかった。
今この場が一人の人間により、完全に一体になっているこんな光景を。
そして、それにより一つの答えを得た。
「違う……これが彼の強さ!生き方なんだわ……!」
彼が強いのは、ただ力があるからではない。
その中にある強い信念の元に、それを守り貫き通し、その上で己を常に磨き続けたからだ。
アンリエッタはイノセンスに理想の英雄をみた。
物語に出てくる、姫を守り救う騎士のような……そんな理想。
「使い魔さん……いいえ、イノセンスさん……貴方は強い……認めましょう」
アンリエッタはそう呟いた。
「これで終わりです!パパ!」
長きに渡った矢の雨も底をつき、最後の矢はイノセンス本人に放たれる。
真っ直ぐに向かい来るそれを、イノセンスは指で挟み止めた。
「これにて……閉幕!!」
矢を地面に叩きつけ礼をするイノセンス。
ルイズも続いて礼をする。
辺りから拍手の波と歓声が沸き起こる。
今誰もが、彼らを祝福していたのだ。
使い魔品評会の結果はルイズが一位となり、彼女の頭に小さな王冠が置かれていた。
そんなルイズ達はアンリエッタと会話していた。
「おめでとうルイズ!」
「ありがとうございます!姫様!」
互いに笑顔で話すルイズとアンリエッタはもう少しで別れのため、それを惜しむように抱き締めあった。
「貴方の使い魔さんは素晴らしい方だった……彼ならルイズを安心して任せられるわ」
「姫様……はい、イノセンスと結と私で、一生懸命この国に尽くせるようになるため、精進します!」
ルイズの言葉に安堵したアンリエッタは、イノセンスに目を向ける。
「<イノセンスさん>」
「なにかな?<アンリエッタ>」
互いに名前で呼び、互いに瞳を合わせる。
「ルイズをこれからもずっと守り続けて下さい……貴方ならそれが出来るはずです」
「ええ、守り続けましょう……それが俺の役目ですから」
イノセンスは微笑み、アンリエッタもまた微笑み返す。
立場は違えど、ルイズを守りたい気持ちは同じであり、強い彼にその役目を託す。
己のいまだ助けを求める本心は押し潰す。
彼は英雄だが、ルイズの英雄なのだから。
「それではまた、お元気で」
馬車まで去り行くアンリエッタをイノセンスとルイズは見守る。
その背中は儚げだったが、どこか安心感も漂っていた。
「姫様は……実は何かお悩みではなかったかしら」
「! 流石旧友だな」
ルイズの観察眼に、イノセンスは素直に感嘆する。
「私たちでは、どうにもならないの?」
「聞いた限り、彼女の気持ちの問題だ……彼女から変わろうとしなければ、解決しないし、俺らじゃ寧ろ苦しみを増させるだけだ……」
「そう……」
ルイズはイノセンスの肩に自らの身体を預け、彼は彼女の頭を撫でる。
「暗い顔すんな、俺と一緒に頑張るんだろうが」
「うん……でもさ、今だけ……こうやっていさせて」
「……分かった」
アンリエッタを思い、瞳に涙を滲ませるルイズ。
改めて彼女は心優しい少女だと認識するイノセンス。
「(守ってみせるさ……安心しろよ、アンリエッタ)」
走り出す馬車を見ながら、イノセンスは心で呟いた。
普段は我が儘で、怒りっぽくて、ツンデレ。
でも心根は優しい女の子、それがルイズ。
そんな彼女を守るため、イノセンスは日夜フラグを立てます(ダイナシダー!