ラブライブ! Another オッドアイの奇跡 作:伊崎ハヤテ
彼らと友好を深めながら彼は星空 凛のことを考えていた。
神田明神で会った一人の巫女との会話で彼は一つの答えを導き出す。
音ノ木坂学院。廃校の危機に瀕している、伝統ある女子高である。本来男子禁制の花園を、錦 一は夢を見ているような顔で正門までの道を歩いている。
彼がそんな顔をしている理由は、先程見たμ’sのライブである。心を掴む歌詞、その歌詞を彩る透き通る歌声、キレのあるダンス、それら全てを全力で出している彼女達μ’sが一を魅了した。
「音ノ木坂のスクールアイドル、凄かったね!」
「うん、ハラショーだった!」
後ろから女の子同士の会話が聞こえる。視線を後方に向けると制服を纏った二人の女の子が興奮気味にライブの感想を語り合っている。制服からこの子達は中学生だな、と一は悟った。
「決めた! わたし、音ノ木坂受ける! 受かってμ’sに入る!」
「私も! 一緒に勉強しよ!」
女の子二人ははしゃいで一の横を通り過ぎていった。
意識を他へ向ければ、一以外にも男性の観客はいたようだ。皆それぞれの感想を語り合っている。
『ことりちゃん、今日もちゅんちゅんしてたなぁ……』
『のんたんまじ女神』
『エリーチカ、賢くて可愛い……』
彼らは独特の感想を抱いていた。それに倣い、一も先程見たライブを頭の中で租借する。
第一に浮かんだ顔は、星空 凛だった。人づきあいをあまりしなかった一に出来た、友達。その友達がライブをして、多くの人を感動させている。それが一にとって誇らしかった。
「あれ、お前、錦か?」
そんな気持ちに浸っている一の背中に声がかかる。振り返るとそこには同じ学校の制服を着た生徒が三人。
「三条、四葉(しば)木(き)に伍(いつ)原(はら)か?」
彼らの顔に一は見覚えがあった。同じクラスメートだ。
「意外だな、錦がライブを見に来てるとは思わなかったぜ」
ヘッドホンを首にかけた四葉木が一の肩に手を回して絡んでくる。不思議と嫌じゃなかった。
「たまたまだ。ふっと通りかかって見ただけだよ」
「嘘つけよ。女子高の近くを男子高のお前が通りかかることがあるかよ」
四葉木に言い訳を見破られ、苦笑いする一の背を伍原が思い切り叩く。
「そりゃそうだ! 俺達男子高校生がここら辺をうろつくことなんてねぇよ」
叩かれた背中がじんと痛む。しかし痛みに心地よさが混じる。思わず笑顔になる。
「いってぇな伍原。そういうお前らはどうしてこんな所にいるんだよ?」
「ある人に頼まれてな、μ’sの応援に来た」
ギターケースを担いでいた三条が口を開くと、残りの二人がやんややんやと騒ぐ。
「おいおい、三条よぉ。そのある人って誰なんだよ?」
四葉木がにやりと笑い、三条に問いかける。三条は顔を赤らめ、そっぽを向く。
「秘密だ……」
そんな三条の様子を見て、四葉木、伍原が更に煽る。そんな様を一は笑いながら見る。
「そだ、錦。これからよければファミレス行かね?」
四葉木の提案に一は目を丸くした。
「こうして同じ学校でμ’sのファンが四人もいるんだ。大いに彼女らの魅力を語るってのもオツだと思うわけよ」
にかっと歯並びの良い歯を見せて笑う四葉木。
「まぁそれも悪くないかもな」
冷静に、しかし嬉しそうに頷く三条。
「おう、語り合おうぜ!」
大きな声で笑う伍原。
彼らの誘いを一は断る理由もないな、と考えた。
「迷惑でないのなら、参加しようかな」
彼の承諾に三人は喜びに沸く。
「よし、存分に語るぞ!」
四葉木が走りだすと、残りの二人も駆けだしていく。一はその三人の背中を追い始める。
――これも、あいつのお陰かもな――
走りながら、凛の顔が浮かんだ。楽しそうに踊る彼女の顔を浮かべながら、一は繰り出す脚に力を籠めた。
夕方、一は神田明神に続く階段を登っていた。
四葉木からの情報によると、この神社でよくμ’sのメンバーが出没するらしい。それを聞いた一は、ここでもあいつに会えるかもな、と思い行動に移していた。
彼女達のライブを見た後から、凛の顔が頭から離れないでいた。ライブの中で元気に踊る彼女を、楽しそうに踊る凛の表情が、忘れられない。あいつに会えばその理由が解るかもしれない。彼の頭の中には、彼女のことでいっぱいだった。
少し息を切らしながら登りきると、一人の巫女が一を出迎えた。門の前で箒を掃いていた彼女は一を見ると口を開いた。
「こんな夕方にお参りするなんて、あんさんも変わったお人やね」
紫がかった黒い長髪を二つに分け、白と赤を基調とした巫女の服に身を包んだ女の子。彼女を見て、一は驚く。
「もしかして、東條 希さんですか?」
四葉木達との会合で、もうμ’sの顔と名前は一致する位に覚えてしまった。彼女が三年生だからか、敬語を使ってしまう。
「ウチ? そのもしかしての東條 希ちゃんや」
問いかけられた巫女は、その存在感のある胸を張りながら答える。
「ここにはお参りしにきたん?」
「いえ、ただ通りかかっただけで――」
「嘘やね」
即座に見破られ、言葉に詰まる。希は更に続ける。
「あんさんは、ウチらμ’sの誰かに会いに来た。友人からこの神社にはよくμ’sが現れるっつう情報を手に入れ、ここに来た。ちゃう?」
名探偵顔負けの推理に一はぐうの音も出なかった。
「黙秘も立派な肯定やよ?」
人差指を立て、ウィンクする彼女に一は苦笑した。
「よくわかりましたね」
「あんさんは顔に出過ぎや。何と言うか、単純で解りやすい、まるで――」
探るような眼つきで一を見る。その翡翠色の瞳から目が離せなかった。
「凛ちゃんみたい」
その言葉に、また思考が停止した。その様を見て、希はくすくすと笑う。
「ほらまた。あんさんの会いたい人は凛ちゃんだったんやね」
一は黙って首を縦に振った。
「そっかぁ~、なんや凛ちゃんも隅に置けへんなぁ~。こんな素敵な彼氏さんがおるなんて」
彼氏、という言葉に一は反応してしまった。
「か、彼氏なんて! 俺と星空はまだそんな……」
「まだって、いずれはそんな関係になるってことやな?」
「っ~!」
揚げ足を取られ、反論が出来ない。自然と一の顔は赤く、体温は上がっていた。くすくす笑いながら希は言う。
「あんさんのせいかもしれへんな、凛ちゃんが輝いてたのは」
「え?」
「あんさん、今日のライブ来てくれたんとちゃう? 凛ちゃんが開演前のステージ見た時、ごっつう嬉しそうな顔してたんよ」
手に持っていた箒で神社の境内を掃き始める。そこに視線を落としながら希は続ける。
「その後のライブ、なんかウチには凛ちゃんがいつも以上に輝いているように見えたんよ。練習の時から見てたから解るんよ。まるで、一番見て欲しい人の為に踊ってたみたいやった」
それを聞いた一は心臓が脈動するのを感じた。あのライブで見た、凛の笑顔、表情全てが自分に向けての物だったのか? 頭の中が何とも言えない混乱に襲われる。
「もしかしたら――」
『希さーん、ちょっと手伝って下さーい』
希の声を遮る声が境内の奥から聞こえる。希はそれに今いくよー、と答える。
「いかへんね、ちょっと喋りすぎたかもしれへんね。あとは若いもん同士でごゆっくり~」
笑いながら彼女は一に背を向ける。噂通りのスピリチュアルだな、と一は微笑んだ。
「あっ! はじめちんだ!」
希の後ろ姿を見送る一の耳に聞こえる、元気いっぱいの声。声のする方向を振り向くと、あの見慣れたショートカット。一の姿を見るや否や、ぴょんと跳ねるシルエット。星空 凛だ。
「どうしてここにはじめちんがいるの?」
お前に会いたかったから、なんて言えるはずもなく――
「ちょっとここを通りかかっただけさ」
それっぽい感じで誤魔化す。
「そうなんだ! なんかはじめちゃんって猫みたいだニャ!」
猫みたい、と言われ思わず口から笑いが零れる。笑いながら反論する。
「そういうお前だって、語尾とか行動が猫っぽいだろ」
「凛は猫ちゃん好きだからいいんだも~ん!」
なんだよそれ、ニャ~、といったやり取りをして一しきり互いに笑い合う。凛は思い出したように一の顔を覗き込む。
「あ、そういえばはじめちんライブ来てくれたんだね! ありがとニャ!」
一の両手を握り、マラカスのようにふる。手のひらの温かさに、一の心臓は高鳴る。すぐにそれを心の隅に置き、笑顔を作る。
「俺はただ友達のライブを見に来ただけだよ」
友達、という言葉を吐いた瞬間、心臓がチクリと痛む。隅に置いた高鳴りが蘇る。それを無理やり押し込んで彼女に笑いかける。
「凛ね、はじめちんがライブに来てくれたって思うだけですっごく嬉しかったんだ! そのせいかライブの時、すっごく頑張れたんだ! からだの中からパワーがぶわーって溢れてきたんだニャ!」
一の中に先程の希との会話が横切る。
――ホントにスピリチュアルだな――
彼女への畏怖と共に嬉しさがこみ上げる。あの輝きは、あの笑顔は、俺がいたからなのか?
自惚れすぎだなとその思考を振り払い、凛の頭を撫でる。
「いいライブを見せてくれたお礼と、頑張ったご褒美だ。今日は俺がラーメンを奢ってやるよ」
それを聞いた彼女のレモン色の瞳は、今までに見たことのない輝きを見せる。
「やったぁ! はじめちんの奢りだぁ! 凛、何食べようかな~」
余程嬉しかったのか、その場でぴょんぴょんと小躍りしている。
「この間の『ギガント・もやし』もいいけど、どうせなら『バベル・もやし』もいいかニャ~」
「ちょっと待て! あのもやしスペシャルよりも上があるのか? どれだけもやしに執着してるんだよ!」
一はツッコミをいれながら、凛の背後を見た。彼女の後ろには、足場がない。あるのは階段だけ。小躍りしてる彼女の足が、ありもしない地面を踏もうとする。
「凛!」
「ニャ?」
無意識で名前で叫んでいた。凛がそれを聞くのと彼女の足が空を切るのはほぼ同時で。
「わ、わ、おわぁ!」
彼女がバランスを崩す。重心が後ろに移る直前に、一はバランスを保とうとする彼女の手を握る。そのまま自分の方へ引っ張る。
ぽすっ
気の抜けた音と共に彼女が一の胸元へと寄せられていく。ふと我に帰れば橙色の頭が自分の胸にくっついている。凛が自分の身体と密着している。そう意識しただけで一の胸の高まりは体内で木霊した。
「も、もうちょっと周囲には気を配れよな。怪我でもしたら一大事だろ。スクールアイドルなんだから」
鼓動の昂りを隠しながら言葉を紡ぐ。下を覗き込むと、凛はいつもと違う表情をしていた。目尻はいつもより垂れさがり、甘えたい子猫のような表情をしている。
「名前で、呼んでくれたね」
「え?」
小声で言われた声。今までの彼女では聞くことのなかった甘い声に一は戸惑いを隠せない。反応に困っている一の身体から勢いよく凛が離れていく。
「えへへ、ごめんニャ。凛、よく後先考えないんだからって真姫ちゃんによく怒られるんだニャ。反省しなきゃニャ」
いつも通りの彼女の様子に、ようやく一も普段の自分を取り戻す。
「メンバーに言われてるならちゃんと反省しなさい。でないとラーメン奢らねぇぞ」
「それは嫌ニャ! 凛、善処するニャ!」
「うわ、説得力ねぇ……」
「なんでニャ!」
いつも通りの漫談に一はホッとする。しかしあの時の凛の表情が頭から消えなかった。それを気にしないようにしながら彼女と喋る。
「早く行こうぜ。もうこの時間だと並んでるかもしれないぞ」
「そうニャ! そうと決まれば行っくニャ~!」
そう言うと凛は一の手を掴み、階段を駆け降りる。
「ちょ、待て! 階段で手を繋ぎながら降りるな!」
「大丈夫ニャ~!」
転がるように階段を降りている時、一は悟った。さっき手を握られた時よりも、凛の手のひらが熱いことを。彼女が語尾に「ニャ」を付け過ぎていることを。彼女が自分の頬がリンゴのように赤いのを隠す為に自分を引っ張っていることを。
――そっか、こいつも照れてるんだな。元気いっぱいで、女の子らしくないと思ってたけど、意識してくれたんだな――
嬉しさと共に愛しさが募る。そこでやっと一は自分の気持ちに、凛のことが頭から離れない理由に気付いた。
――俺は、この子が、星空 凛のことが好きなんだな――
その後食べたラーメンの味は覚えていなかった。
謝罪することが多すぎますね。
この回で三人もの新キャラを出しました。申し訳ありません。学校であまり友達の居なかった一に、友達を作ってあげたかった。作品の中で彼にも成長して欲しかった。これが一番の理由です。
名前を与えられた彼ら三人。実は他のμ’sのメンバーとの物語の主人公にする予定です。
ある程度キャラクターの設定が決まったらこの後書きにでも書いていきたいと思います。
雪穂とアリチカをセリフだけですが登場させました。とりあえずハラショー言ってればいいだろ(それでいいのか)
のんたん登場させました。エセ関西弁って難しいな。読者の皆さん、こんな感じでのんたんはいいでしょうか?
物語もクライマックスに近づいてきた所でしょうか。九月の中旬までにはこの物語は完結させたいと思っています。
ご声援と感想よろしくお願いします!