Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

8 / 52
一日目に戻るとなんかふわふわします。



深緑光瞼
Fast Poison


「ご主人様」

「どうした?」

 

 エレベーターが光の射す方へと進む中、キャスターが己の主に問いを投げる。その表情は、影に隠れて終ぞ見ることはできなかった。しかし、その問いにこそ、彼女の感情は表れていた。

 

「何故、ご自身の手で敵のマスターにトドメを?」

「ああ……そんなに、深い意味は無い。あんなに死ぬ恐怖に打ち震えていた、というなら、オレがそれから一刻も早く解放してやった。オレは“人間”に望まれれば、相応の答えをその“人間”へと下す。それを履行したに過ぎないさ」

「望みのままに、ですか」

「ああ、オレも一応は願望機だからな。ぶっ壊れてはいるが」

「…………」

 

 ならば、死ねと願われれば、要求どおりに死ぬと言うのか。その言葉がキャスターの喉まで出かかったが、アンリの姿を一度視界に収めると、そんな考えも何処かに霧散して行った。……何故か? 彼は、笑っていたのだ。それ以上はあるまい。

 エレベーターは開き、帰還した者を祝福するように校舎の景色を視界におさめさせた。暗いところから一転、その中にいる赤い服を着た少女が眩しく見え、思わず彼は半目で彼女を見る。当の本人は、彼が返ってくることが当たり前かのように待ち構えていた。

 

「やっぱり、貴方が勝ったのね」

「まぁな。人間じゃオレには勝てんさ」

「なら、英霊なら?」

「……聞くのは野暮、ってもんだ」

「そう」

 

 踵を返し、彼女は階段をゆっくりと登り始める。

 

「なら、私と会うまでに相応しく、強くなりなさい。サーヴァントと共にね」

「言うまでもねぇ。首を長くしてまってやがれ」

「ふふっ、それが遠吠えにならないよう、忠告はしておくわ」

 

 彼は二人、キャスターと共にその場に残る。

 背後でエレベーターが閉まる音は、どこか無情感を思わせた。

 

「あんにゃろ、ご主人様に向かって何たる口の利きようですかっ。言われずとも、あの服と同じ色に染め上げてしまいましょうね、マスター」

「まぁ、勝てばいいんだ。何事にも全力を尽くせるか? キャスター」

「勿論! ご主人様の為なら例え矢の中軍の中。内側から喰い破ってやります!」

「そうかい。ソイツは―――頼もしい」

 

 鈴の音一つ。確かな勝利をその胸に、黒と金の主従は己が安寧の地へと帰還した。

 

 

 

 天空のその向こう、ただひたに虚無が渦巻く暗黒の中では闘争が続いている。今回はその一つの節目に過ぎない、ということはその中にいる人物にとって周知の事実である。

 人を手に駆けたこともない、無垢な肌は紅に染まった。返り血を浴び、肉を斃したその先には、彼らの理解を超える万物の願望機が待ち構えている。それを当然だと思う者たち、それが眩しくて目を合わせられない者たち。その反応はさまざまであろう。

 だが……しかし、だ。

 

 その中に、その願望機など眼中にない者たちがいるとしたら、斃れた者は何と思うのか? その結末を知るには、やはり戦わねばならぬだろう。

 ()とて、人の感情全てを知ることなど出来はしないのだから。

 

 

 

 2回戦、開始_

 残り64人

 

 

 

 何事もなかったような日差しの中、アンリは布団から這い出し、当然のように接近していたキャスターを引っぺがすと、流れるような手つきで朝食作りを開始した。漂ってくる卵の匂いにつられ、布団の外に出ていたキャスターがくしゃみと共に起き上がる。それはいつもの朝。人を殺すことに慣れ切ってしまった英雄と、彼女より殺すことに気遺憾を抱かなくなってしまった主人の日常風景だった。

 部屋の仕切り代わりに掛けられた御簾を空中に出現させた黒い手でどかし、両手で皿を運んでちゃぶ台の上に乗せる。完全に再現された、こちらの食指をそそる香りを放っているのは、アンリお手製フレンチトーストであった。

 

「簡単だろ? これならお前も作れるぞ」

「感嘆です。ですけど、せめて“さしすせそ”を覚えてからにしたいので……」

「“せ”は?」

「仙豆?」

「ダメだこりゃ」

 

 と言いつつも、フォークでトーストを一切れ口に含むアンリ。ゆっくりと咀嚼した後に牛乳を流し込み、自分の分の朝食を終わらせた。食器に手を振れば、それだけで食器は形を無くしてちゃぶ台に沈み込む。自分の体の一部だからこそできる芸当だ。

 その光景を目にしていたキャスターは、ほう、と息を吐いた。

 

「嗚呼、やっぱりこの部屋はいいですね。ご主人様に包まれてるって言うか、こう何時でも見られてるって感じの束縛感が―――」

「見てねえし、感覚共有もしてねえっての。さっさと喰え」

「はーい」

 

 キャスターが柔らかいフレンチトーストの扱いに四苦八苦している中、電子音と共に端末が彼の目の前に現れた。手にとって画面を見てみると、次の対戦相手の発表が行われているとのこと。至急、二階掲示板前まで集まれと書かれていた。それを確認すると、彼女も食事を終えていた。同じように食器を沈ませ、アンリは部屋を出るのであった。

 キャスターが霊体化しながらも、念話で彼に話しかける。

 

「次の対戦相手か」

≪ふふん、どんな奴が来てもぶっ転がしてやりますよ。そして、無様に転げまわる様をご主人様と共に眺め続けるのです≫

「シュールだなぁ……」

 

 そんなバカな会話をしながら掲示板の場所まで到着すると、掲載された内容を見て少なからずアンリは驚愕した。なぜなら、そこに在った名前とは……

 

「君が次の対戦相手か。存外に約束が来るのも早かったようだな」

「こっちこそ爺さんが相手とは夢にも」

 

 ダン・ブラックモア。決戦の始まる前に語らいあった歴戦の老人。

 衰えを知らぬとばかりに風格をにじませたまま、彼はアンリと相対していた。

 

「早々に老人呼ばわりとはね、若者よ」

「若い年じゃないってのは話した筈だが?」

「私から見れば、君もまだまだ……若い若い」

 

 確認の言葉はいらない。差し出した右手と右手で熱い握手を交わす。その際に覗きこむ二人の瞳には、確かに熱い炎が宿っていた。もう一度、握る力を強めあってから手を離す。一定の距離をとった彼らは、すでに敵同士だという境界線を引いているような錯覚が見えるほど。

 にっ、と深い笑みを携えて、老人はその場から背を向けた。

 

「さて、アンリ君。迷わないことだ」

「そっちこそ、足元すくわれないようにな」

 

 それ以上の問答は無い。離れていく老人の背中を目に焼き付けたアンリは、しっかりと地面を踏みしめ、己の部屋に戻るのであった。

 

 

 

「はぁぁぁ……」

 

 意気揚々と戻って来た時の元気はどこに行ったのか、アンリは部屋の隅で枕を抱きながら転がっていた。大きな溜息はこの部屋の空気を重くし、彼自身の気の昂ぶりも減少させていく。

 

「ご主人様、どうなされました?」

「いやぁ、爺さんの願いを聞いた手前、戦いたいけどその生き様がなぁ……」

「いまさら何言ってるんですか。ほら、端末にも第一暗号鍵(プライマトリガー)が生成されたって来てるんですから行きますよ!」

「泣けるぜ……」

 

 どっちの意味だと突っ込みたいキャスターだったが、意外と自分の主人も涙脆い一面があるのだなぁ、と。その人間臭さに温かい目を向ける。いくらマスターとはいえ、極悪非道の外道であれば、流石のキャスターとてその存在をのさばらせてはいない。従いはするが、慕いはしない。

 一見言葉遊びのように見えるが、彼女にとっては最も重要な事項。それをしないで済む「悪」を豪語する己のマスターを引きずりながら、心の底()微笑むキャスターであった。

 

「放せし」

「離しません」

「どっちで?」

「どちらもです」

 

 敵わない。アンリは苦笑し、立ちあがった。

 

 

 

「あら奇遇。昨日の今日で顔合わせるなんてね」

「息災で何より。そっちは勝てそうか?」

「当然! それより、貴方の方は“サー・ダン”って聞いたけど、無名の貴方じゃ此処で終わるかもしれないわね」

「それは残念。アンリさんは勝たせて頂くさね」

「そう? それじゃ、ごきげんよう」

 

 どうにも、アンリと遠坂凛との間には何かの縁があるらしい。一階に下りた時、購買部から上ってくる彼女にばったりと出会ったのだが、一通りの会話を終えるとひらひらと手を振って立ち去って行った。アンリも彼女ほどの実力者に会えば声をかけられるほどは注目されるようになったらしい。と言っても、彼女限定のようではあるが。

 キャスターは霊体化しながらもアンリの頭を小突く様にしていたのか、彼の後頭部に違和感が走る。見えない相手に後押しされるという何とも言えない感覚に苦笑しながらアリーナに向かうと、その入り口から話し声が漏れていた。

 

「いいか、今回の相手は油断できない。予断も独断も感心はせんぞ」

「へいへい、わかってますって。一回戦よりはマシな相手だって割り切って当たらせて貰いますよ。だがまぁ随分と、旦那も今回の相手にはご執心じゃないですか」

 

 そうニヒルに笑い、ダンを見る緑衣の青年。草木とほど近い色合いの衣装と、どこか整えられていない金色の髪は、風が吹けば葉と共になびくような自然さを感じさせる。落ちついているが、本人は落ち着きが無い。そんな印象の在る、「サーヴァント」。

 

「だからこそ、油断はならんと言っている。一回戦の様な独断は許さん。この戦いでは、とにかく私との連携を取ってもらおう」

「了解っと。…ったく、口うるさい爺さんだこと」

 

 最後は呟く様にして吐き捨て、その言葉にダンは眼孔を浴びせながらも同時にアリーナに溶け込んでいく。転移が完了すると、そこには静けさだけが置いていかれていた。

 

≪あらら、随分と反抗的なサーヴァントですねぇ。まぁ先ほどの会話から察するに、単独でもサーヴァントを相手取れる事が出来る敵らしいですし、注意しながらも気長に頑張りましょう≫

「じゃ、行くぞ」

≪いつでもオッケーです≫

 

 アンリも相手に思うところはあるが、今はとにかく後を追った方が良いかもしれない。アリーナの扉に手を置いた瞬間に感じた悪寒が気になりつつも、彼らもまたアリーナへと転移して行くのだった。

 

 

 

 二回戦のアリーナ第一層は、外見的な変化は一回戦の時の色違いだけ。そのことに少し落胆しつつも、アンリは転移の魔法陣から身を乗り出した。だが、すぐに身の回りを漂う違和感に気付く。

 目を凝らせば、辺りは薄い紫色の霧で覆われていた。

 

「……毒、か?」

「これで場を有利に運ぼうとでも言うのでしょうか? 直接摂取するならともかく、私には効きませんよーだ。ね? ご主人様…って、大丈夫ですか?」

「あんま、魔力耐性は持ち合わせてない。けど、これ位なら何ともないさね」

 

 その最後に時間制限はあるかもしれないが、という一言を付け加えると、途端にキャスターの表情は暗くなる。キャスターは現在純粋な霊体であるが故、このような薄い毒の効き目は無いものの、対してアンリの方はいくら不定形な泥と言っても「受肉」している。こう言った毒はそれなりに効果がある戦術なのだ。

 

「先にマスターを狙ったか? だが、爺さんらしくねえな。多分、あのサーヴァントが独断したのかね」

「言った傍から連携取れてませんね」

「まったくだ」

 

 二人して溜息。その次に吸い込んだ空気にアンリは少し咽てしまった。

 

「う~ん、ご主人様の健康上良くなさそうですし、一回戦の時みたいに行きましょう。これは結界の様な反応がありますし、このエリアを探せば“起点”はある筈です」

「ん、そんじゃボチボチ進むか」

 

 歩みを進めると、当然のようにエネミーが出現する。道中のそれらはキャスターが滅しながらも、少しずつ毒に置かされてきているアンリは咳き込みながら彼女に追従して行った。彼の体の中にはこれ以上の毒素は広がらないようだが、解除しない限りはずっとこの様な調子になる、とアンリは自分の中で結論を出す。

 風邪ひいたときみたいだ、なんて過去の懐かしさを思い出していると、キャスターの嬉しそうな声がアンリの耳に聞こえてきた。はしゃぐ方向を見てみると、辺りを漂う瘴気を生み出している一本の木がアリーナの行き止まりに立っているのが透けて見える。

 

「…ゴホッ……あれか」

「早めに壊しちゃいましょう。ご主人様のそんな姿は似合いませんしね」

「ありがとよ」

 

 召喚したサーヴァントとはいえ、かなり親身になってくれている彼女はアンリにとって一つの癒しになっていた。まだまだ二回戦の闘いばかりが渦巻くこの戦争の中、気楽に話せる存在と言うのはとても重要だ。こう言うのは不謹慎とは思うが当たりを引いたんだな、とアンリは笑う。

 

 

 

「これはどういうことだ!」

 

 その後も瘴気の出所である木に辿り着くため道なりに進んでいくと、曲がり角の先から怒声が響いてきた。キャスターに手で合図を送ると、身を屈んでその場に伏せる。自分も壁に寄りかかって声に聞き耳を立てたのだが、聞こえてきたのはダンの声だったということが判明した。

 

「どういう…って、旦那を勝たせるために結界を張ったんですよ。決勝まで待つなんて、前回も思ったけど面倒ですし?」

「誰が、そのような事を命じたのだ、と言っている。イチイの毒はこの戦いには不要だと言った筈。戦わずして相手を嬲るなど、どうにも誇りと言うものが欠如しているようだな」

「だーかーら、最初にも言ったんすけど、俺には誇りなんて求められても困るんだっての。それで勝てるんなら、俺は英雄になんざなってませんし? それで相手を倒せるんだったらよかったんですが、俺は毒を盛って殺すリアリストなんでね」

 

 両手を広げて得意げに語るサーヴァントに、ダンは大きく息を吐いた。首を振りこそしなかったものの、彼の視線は敵に送る眼光を携えて己のサーヴァントを射抜く。そこは英霊、怯みはしなかったものの、彼が本気だという事を悟って小さく声を漏らしていた。

 

「成程、奇襲に条約違反と言った策に頼るのがお前の戦いか」

 

 そう言ったダンの声は、一段とトーンが落ちていた。ありありと見て取れる怒気は、隠れて様子をうかがっているアンリたちにも届いている。一触触発のピリピリとした空気の中、再び彼は口を開いた。

 

「いまさら結界を解け、とは言わぬ。だが、信義と忠心。その二つをしっかりと教え込まねばならないということは分かった。……今は戻るぞ」

「……はいよ。仰せのままに」

 

 ぐしゃり、とダンがクリスタルを握りつぶすと、二人は光に包まれアリーナを退出した。その去り際に、敵のサーヴァントが此方に目をくれていたのだが。

 そんな一連の行動を見届けた後に、立ちあがったキャスターは苦々しげな表情で彼らのいた場所に視線を向ける。

 

「功を成す為、後ろ暗い策に頼った末にマスターに怒られるサーヴァントですか。やっぱり仲はよろしくないようですねぇ。アリーナ前で言っていた連携なんて出来るんでしょうか、あの二人。まぁ出来ないなら出来ないでこっちが勝たせて貰うだけなんですが」

 

 ですよね? と問いかける彼女に、アンリは所在無さげに頷いた。

 

「そりゃそうだが……ダンの爺さんも、心の振れ幅が中々にでかいな」

 

 会話中に感じた怒気はともかくとして、誠実であれと言い聞かせる際に、彼はどこか必死な感覚を感じ取っていた。人の負の感情に敏感な体は、やはりそう言った心に関して観察が利いている。

 とにかく今は起点のところまで行こう、と彼女を誘って彼はその場から遠ざかった。

 

 

 

 しばらく進むと、アリーナの隔壁の向こうから見えていた行き止まりに生えていた木の元までたどり着いた。根元に一本の矢が刺さっているそれは、先ほどの会話から察すると「イチイの木」ということになるのだろう。だが、そこはやはりただの木ではなく宝具ということか、濃厚な毒素の霧にまぎれて確かな魔力を感じる。

 この毒に耐性が無ければ、たちまちに体の自由は奪われてしまうかもしれない。

 

「頼む」

「はい」

 

 その一言でアンリが下がると、勢いをつけたキャスターが鏡で木を一閃。幹から圧し折れた木は効力を失い、セラフの異物排除のルールにのっとってこの世界から姿を消す。濃霧によって閉ざされていた視界もクリアになり、アリーナ全域に漂っていた毒素も消去された。

 

「……今日はこれで戻るが、いいか?」

「ご主人様の体調が一番です。サーヴァントとしても無理はさせたくありませんので、これにて今日は探索を終えましょう」

「…ありがとよ。主思いのサーヴァントで幸せさ」

「えへへっ」

 

 微笑んで、そのまま頭を撫でてやると嫌がることもなく受け入れて彼女は笑った。

 先ほどのダンたちと同じようにリターンクリスタルを手にすると、それを地面にたたきつけて彼らの姿もアリーナから消える。

 一日目の探索は、イチイの木に関する人物という情報を得て終了したのだった。

 

 その後、学園に戻ったアンリは保健室で毒素の治療を施してもらった。こう言ったサービスは全てのマスター共通に行えるようなので、これからも活用して行こうと思ったんだとか。

 

 




ほぼ最初っからキャスターとアンリが阿吽の呼吸についてはもはや何も言うまい。

それでは、ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。