Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:幻想の投影物
空白の時間は適当なイベント入れることにしました。
明け方、とくにすることも無くふらりと教会に足が向いた。祀られているのが知り合いの立川在住イエスではなく、自分の元となった悪神だったら笑って訪れるような場所だが、彼は今、本当にふらふらと目的も無く歩いてきただけだった。
次に足が向いたのは、中央の噴水を囲む形で置かれている広めのベンチ。どっしりと座れば、そこから空を見上げて感嘆の息を一つ。数式の漂う空は、代わることなく電脳世界を遍く照らしる様子が見て取れた。
それから、ぼう…と見上げて一時間ほどが経つ。疑似的な太陽が顔を見せようと上って来たころだろうか。彼の後ろに会った教会の扉が開かれ、出てくるのは一人の老人。少しいかな、と確認をとった彼に、アンリはどーぞと隣を差し出す。
すまないな、と座ったその老人は、目を細めて空の向こうを見ているようだったが、不意にアンリへと目線を映してきた。
「ふむ、君も悩んでいるようだな」
「そりゃぁ、悩むこともあるだろうよ。戦争は」
「それもそうか」
ふ、と何かを含んだ老人の笑い方が触れたのか、彼は半目で老人を睨みつける。これは失礼を、などと言って謝って来たが、どうにも老獪さが拭いきれていないようにも見え、アンリはズボンのポケットに手を突っ込む。カサ、と神の手には紙の感触が伝わった。
「唐突だが、私はダン・ブラックモア。君は?」
「アンリマユ。今はアンリ・M・巴だがな」
「ゾロアスターの悪神であったのか。この戦争も、答える君も中々酔狂なものだ……はて、だが君は巴、と言ったな。予選で見えたということは、サーヴァントではないのだろう?」
「相棒が肉弾戦苦手なんで、オレが前線に出てるだけさね。サーヴァントかどうかは半々だ」
「それは、また……羨ましいものだ」
「んだよ、それ」
なに、と一拍を置いた彼は背中をベンチの背もたれに預けた。ありきたりに隠そうとしないアンリと言う存在に、心開いたのか、それとも彼の能力のせいで良い印象だと思ったのか。だが、老人…ダンは笑っていた。
「いや、肩を並べて戦に臨む。そのような戦いが出来る君は、この騎士の身としては羨ましいものがあると言うだけかもしれない」
「そんなオレが外道上等だったら?」
「力を持って当たらせて貰おう。騎士でありながら、私は国に仕える軍人だからな」
「ソイツは怖い。正々堂々と戦わせていただきますかね」
そう言うと、彼は込み上げてきたものを抑えることをやめた。それにつられて笑いだしたダンもまた加わり、月海ヶ原学園の中庭で男たちの楽しげな語らいが始まった。
曰く、女とはどのようなものか。
「私の妻は……」
「惚けてんなぁ。あぁ、熱い熱い」
曰く、笑い飛ばせるような失敗談は何か。
「そこで躓いたんだが、うっかり味方に棍棒が当たってなぁ……」
「協調性がないのか、君は」
曰く…始めて人を殺したのはいつだったか。
「あの頃はまだまだ青かった。血で染まって、初めて熟すと言えばいいものか」
「詩人だねぇ。オレは最初っからカニバリズムさ」
「……ふむ、深くは聞くまい」
年齢、職業、世界と言う垣根を越え、彼らは談笑にその身を置き続ける。その後にダン・ブラックモアは、若く…とても若いころを思い出させて貰ったと感謝していたとか。
「いや、この様に楽しい時間を過ごすことが出来るとは思わなかった。不謹慎だとは思うが、君とはいい酒を共に飲めるかもしれないな」
「カッカッカ、肝臓を気にする年だろ? 爺さん」
「はっはっは、まだまだ現役だからこそこの戦争に来たのだよ。表向きは、退役ではあるがな」
ガッチリと、二人は熱い握手を交わす。マスター同士の交流という、見る者が見れば口をあんぐりと開けてしまうだろう光景がそこには広がっていた。
「さて、君の気は晴れたかな?」
「おかげさまで。ちょっと視点を変えるのも大事かね、と」
「少し前にロートルと言われたが、その知識が役に立ったようでなによりだ。……では、また会うときは」
「ああ」
「「戦う時に」」
何故か、彼とはすぐに会い見えそうな気がする。
それぞれカンでしかなかったが、二人は共に通じるところと共感するところがあったのだろう。頷き、アンリは背を向けてその場を立ち去って行った。噴水の水が流れ落ちる草の茂み、その緑の一つが、ガサガサと揺れる。
「いいんですかい? 戦うって分かってんなら……」
「騎士であれ、そう言った筈だ」
「へいへい。しっかし旦那と話がはずむなんてなぁ……」
「ただいマンボウっ」
「お帰りなさいませ」
「突っ込みは無しか」
「ボケは私ですから」
なんじゃそりゃ、と言いつつも座布団の上に腰を下ろす。
ちょうど良い時間だったのだろうか、炊き上げたお椀いっぱいの米を手にした彼女がテーブルに食事をおいて彼の隣に座った。
「また他のマスターと話しておりましたか」
「ダンの爺さん、気の合う仕事仲間って感じだったわ。ありゃ戦う時に思いっきりやれそうだ」
「ご主人様ってどんな神経構造してるんですか? 普通の物語ではそう言うのって葛藤あったりするんですけど」
お椀の高さの10倍ほどまで米を盛り、それをどーぞとアンリに渡す。自分の座高を超える米の山にいただきます、と手を合わせた彼と共に、普通の量を持った彼女も自分の食事に手を出していた。
最初に油揚げと菜っ葉のおひたしを込めと共に口に放り、しっかりと咀嚼して味を広げる。呑み込んだ後に温かなお茶が喉を通してから、再び白米に箸を伸ばした。
「まあ、ご主人様が戦えるんだったらそこらの有象無象なんて、ひと捻りなんですけどねー」
「そうだと良いがな……あ、そうだライダーはフランシス・ドレイクだった」
「そうですかぁ……」
って、え? おひたしに少量の醤油をたらしていた彼女の手が止まる。どばどばと醤油が器の中を満たしていってしまい、またひとつ、過剰な調味料によって料理が犠牲になってしまった。
「ちょ、
「マジマジ」
勿体ない、と彼女の醤油:おひたし=6:4になった皿をひっつかむと、大口を開けて中身を一気に流し込む。呑み込んだ後に塩っぺ、と茶を流し込んで吸収する。混沌の感情が含まれる泥に、いまさら醤油が入り込んだところでそう意味も無いからだ。
……とまあ、それはともかく。自然すぎる流れでカミングアウトを果たした彼は、キャスターに指折りで説明を始めた。ちなみに、彼のご飯の器は既に
「まず、今まで思い至らなかった一つ目、アーサー王は少女だった。よってあの
「アーサー王って、また何と衝撃の事実が……」
「二つ目、この手記にあった航海記録が初めから略奪だったこと。これは大航海時代のドレイクの史実と一致してたから、有力な決め手となった」
最後に、三つめ。薬指、人差し指、親指の順番で立てた指は、天に向かって三つ伸ばされた。ちなみに指のチョイスは彼の気分である。
「“一切合財派手にやろうじゃないか! byF.D←真名のヒント”っつぅこれがいつの間にか服に挟まってた」
「え、えええぇええええぇぇぇぇぇぇぇええええ!?」
キャスター大絶叫。というか、むしろ三つ目だけでよかったのではないかと突っ込みたくなった地の文の私ではあるが、ここはこらえることにしよう。
まず彼がこのことに気付いたのは、ダンと出会った時の事。あのときはポケットに手を入れた時に紙に手が触れたのだが、入口付近に在ったことから予測して、アンリがライダーの腹を打ち据えた際にこれを渡してきたのだろう。それ以外に互いの肌が接触するほどの接近は無かったわけで、その後のどこか愉しそうな様子もこれゆえかも知れない。まぁ、あちらがただの快楽主義者なだけであることも捨てきれないのだが。
とまあ、そんなことが合ってその日はライダーの対策を整えることに一日を費やしたので、彼らはアリーナに行くことは無かった。
そうして訪れた、決戦の今日。準備は万端、この世界の太陽も真上を差す頃に彼らの決着はつけられることになった。アンリが掃除用具を取り出していた用具室まで訪れると、言峰が扉の前で待ち構えていた。
神父なりに、戦士への祝福でもしようと言うのか。ムーンセルが何を考えているか、彼らに知る由などなかったが。
「ようこそ、決戦の地へ。
扉は一つ、再びこの校舎に戻るのもひと組。覚悟を決めたのなら、
どこか事務的に問いかける言峰は、プリセットされたとおりのセリフを話す村人Aのようだった。だが、それらも今は些細な事。彼が端末を扉にかざすと、縛っていた鎖のデータが弾け飛び、一つのエレベーターが姿を現す。その闇の中に、アンリとキャスターは迷うことなく足を進めた。
「なんだ、お前でも来れるもんは来れるみたいだね、この場所に。まぁ結果は見えてるけど?」
エレベータが降下し、次第にその広さの全貌を現していく中、慎二の声が仕切りの向こう側から聞こえてきた。何物をも通さない、とプログラムがなされている障壁だが、御丁寧に会話は出来るような仕組みになっているらしい。
「日雇いのチンピラ如き、選ばれた僕の前に立てること自体が幸運なんだよ。それともお前、そのサーヴァントが目当てでずっと戦って来たのか? だとしたら、そんな幻想打ち砕いてやってもいいんだぜ?」
「カカカカッ、いいねぇ。ライダー、お前のご主人様はどうしようもない小物臭がするんだが、そこんとこどーよ?」
「ハッ、親玉みたいなアンタにヘーコラしてる姿が目に浮かんでくるようだよ。ま、アタシがいる限りはうちのクルーはやらないけどね」
「く、クルー!? お前ッ!!」
それを見たキャスターが「中睦まじきは善き哉」と一言。自分のサーヴァントを相手にしていた慎二だったが、それに反応して顔を真っ赤に紅潮させる。それがツボに入ったのか、ライダーは殊更に笑い始めた。
その瞬間、エレベーターは大きく振動する。出口の扉は開かれ、ほぼ自動的に仲の人間たちを決戦場へと排出した。沈没船の甲板の上、少し傾いた地形を足元に、戦うべき者たちが対峙する。
「くそっ、僕にここまで恥をかかせた事を後悔させてやる! ライダー、思いっきりやるんだぞ!!」
「ヨーソローってか? いいねぇシンジ。破産する覚悟があるなら、派手に散らそうじゃないか!」
腰に下げたホルダーから二丁拳銃を取り出し、ライダーの照準は眼前への敵へと定められる。対し、アンリも両手に逆手短剣を構え、左足を前に腰を低く落とした。
「さぁキャスター。ここは一丁、デビュー戦といくことにしようぜ。脚本はオマエに任せるが」
「では、私はヒロイン、ご主人様は当然主役。そして奴らはモブAとBということで」
「ソイツはいい! そんじゃオマエら、演技の無い舞踊を楽しみなぁ!」
アンリの声が響くと同時、二組の間に降ろされていた防壁が消失。赤い影と二発の銃弾がほぼ同時に境界線へ到達した。彼が弾丸を弾いて剣を投擲すると、ライダーは後退してカルバリン砲を出現させる。クラシックな銃を降ろすことを号令とし、3門の砲台は火を噴き始めた。
風邪を裂いて迫る脅威に、アンリもまた後退を以って回避に専念する。着弾した地面からの煙に身を隠すと、入れ替わりにキャスターがライダーの元に向かった。鏡を振りまわして迫る彼女と向き合うと、地面に向けて発砲。魔力を込めた弾丸は地に衝撃を与え、キャスターの足場を崩し、破壊する。穴に落ちるキャスターが鏡を向かわせたが、それを弾丸で牽制して彼女の元に送り返してしまった。
「そんで、こっちだろう!!?」
「当ったりぃぃぃいいい!!」
振り向きざま、その遠心力を利用して、ベルトに引っ掛けていた短剣を手に、アンリの刃と打ちあった。どちらにも手がしびれるほどの衝撃が伝わったが、代わる代わるに攻め手を変えて彼女はアンリを翻弄する。無駄なく
そんな二人に、炎を纏った呪符が突っ込んできたが、状況を見張っていた慎二が電脳操作でそれを撃墜。呪符を突如現れた障壁の様なものにぶつからせ、攻撃を阻止してしまった。
「ほらほら、まだまだ弾は残ってるよ!!」
ライダーが左手を揺らしながら横に動くと、追従して砲門がその顔をのぞかせ始めた。アンリを取り囲むように移動していたが、意図に気付いたアンリはライダーの近くに在る砲門へと剣を投げつけて大きく跳躍。そのままマストの一角に捕まるころには、彼女の大砲が暴発を起こし、その主自身を傷つけていた様子。出し惜しみの無かった結果、それは隣の大砲にも火種が飛び火したらしく、連鎖爆発を起こしていたようだった。ここまで暴れてしまうと、決戦場の方が先に崩壊を始める。慎二の立っていたところには罅が入り、アンリの乗っていたマストは根元から折れてしまった。
「うぉ、ヤベっ」
「ら、ライダー!」
キャスターとライダー、そのどちらもが空中で主を捕まえ、置き土産、と言わんばかりに呪符と弾丸の雨を浴びせた。ここで一枚上手だったのはキャスターだったようで、速度を重視した暴風の札の中に簡易障壁の札が紛れ込み、飛来する弾丸の多くを受けとめながらも「呪層・密天」符の活路を拓く。流石のライダーも相手の技に直撃するわけにはいかず、多少の軽傷を負いながらも海底に足をつけた。それより先にキャスターが先についていたのだが、残骸の向こう側にいるせいで狙い撃つことも出来ずにいる。
最後のマストが崩壊を終えると、アンリは右、キャスターが左になって船の外周を走り始めた。どちらも念話でその真意を理解し、挟撃を仕掛けたらしい。
(予想以上にライダーが強くなってる。多少の傷はあるが、期待はできそうにねぇな)
(くそっ、足音が二つ。あいつら両側から挟みに来てるのか……!)
ならば、と慎二がライダーに視線を合わせると、軽い調子でライダーはそれを承諾。今度はカルバリン砲だけではなく、船体の一部をそのままに己の船を召喚した。そこで面食らったのはアンリ。進行方向に突如障害物が発生したことで、多少の動揺があったのだ。彼が急停止して泡を喰っている間、反対に、すんなりとたどり着いてしまったキャスターは目の前の光景を確認したその瞬間、「呪層・黒天洞」の障壁を張った。彼女は正しく、k予想通りに物理的な爆発の連撃が結界の向こう側を埋める。途切れることなく吐き出される砲弾に、彼女までもが足止めを食うことになった。
これこそが慎二の望んだ状況。おそらく、マスターよりも貧弱なキャスターをジリ貧で攻めきってしまおうと考えたのだろう。だが、影は忍び寄ってきている。
「いいぞ、そのまま続けろ―――!」
目を見開き、高笑いを背景にキャスターを見下ろす慎二。その背後に、アンリは暗器を忍ばせ迫りくる。きらりと、刀身が跳ね返した光にライダーは振り返る。
「貰っ……」
「―――わせるワケにはいかないねぇ!!!」
船体を飛び越え、上空から槍を構えて落下してきたアンリが慎二を狙ったが、咄嗟に彼を引き寄せたライダーによって目論見が阻まれてしまった。突然の事で集中が途切れ、彼女の船も姿を潜めたことで、キャスターも向こう側から呪符を指にはさんで走って来ている。アンリが最初に望んだ追撃の形になってしまった事に舌打ちをすると、迫りくる呪符と刃。まったく正反対の方向にレイピアと銃を向けてそれぞれに彼女は対応しはじめた。それも、長くは持たない。そう考えたアンリだったが――
「令呪を以って命ず! ライダー、こいつ等を蹴散らせ!!」
「ハッハァ! イイねイイねぇ! あんた最高さぁ、シンジィィィィイイイイ!!!」
慎二は惜しげも無く、この場で令呪の使用を決意。彼の右手から放たれた光がライダーに向かい、一段と彼女の威圧感が膨れ上がる。同時に、打ちだす銃弾に魔力が乗せられ連弾性能が上昇、レイピアの動きはアンリを翻弄するまでに鋭く研ぎ澄まされていった。そして生じる一瞬の隙、魔力を込め始めたばかりのキャスターの呪符へ弾丸を。アンリへは武器を持ち直した瞬間を狙った高速の一撃で大きく彼を吹き飛ばす。逆側では、暴発した呪符にキャスターが巻き込まれていた。
ライダーは慎二の襟首をひっ捕まえると、声をあげている彼を背後の闇の中に放り投げ、空に向かって砲を放った。そして、大きくうねり始める魔力の渦。形を成したのは、彼らにとって見慣れているが、改めて脅威となりえるべき存在。
宝具「
空間の彼方より航海を終え、その主人の障害を全て焼き払うがために顕現せし船。
「野郎共、時間だよ! 嵐の王、亡霊の群れ、ワイルドハントの始まりだ!!」
操舵の場から飛び乗り、彼女は船首へとその身を預ける。知らしめるために、己のすべての財を見せつけ、そのうえで圧倒することこそ彼女の誇りであり、その生き様。奪った物は使いきり、ただ目の前の矮小な存在を狩るために全力を尽くすことこそ至上の喜び。
故に、彼女は立つ。彼女に与する者、全てが望む号令を放つために。
「アタシはテメロッソ・エル・ドラゴ! あんたの太陽を落す者さァ!!
総員、撃ぇえええええええええ!!!」
無数の砲門。数えきれぬほどに連なっている全ての船が、アンリ・キャスターを狙う。大空には弾壁が張られ、縫う隙間などは与える気は無い本気の進撃。彼らが隙を晒したからこそ用意できてしまったそれらが、一斉に
「呪層・黒天洞!」
そして、アンリの前には黒天の隔絶された世界が展開される。一方向にのみ有効な結界。次いで、背後より飛来する補助の呪符が防御の形を攻撃に晒されながらにして構築して行った。振り返らず、キャスターが前方を走って行く。魔力を廻し、結界を維持させたまま、身を呈しまさしくその身を盾としてアンリへの活路を創りだす。結界の各所に見える罅は、自分たちが絶望に沈むまでを表すカウントダウンのようであった。故に、彼は泥を纏う。怨嗟の声が響く泥を、奪われるモノの苦しみをその身に纏う。
奪い返すために、奪われた物の感情を、奪い尽す幸福へと還すために。
「
そして、それらは彼女の背中を強く押した。
「ご主人様…」
「直前まで保険はあった方が良い。ブッ飛ばすぜぇ!!」
「はいっ!!」
走る。走る。走る。走る!
道がなければ作ればいい。隙間が無ければ穴を開ければいい。どこまでも愚直なまでに二人はボロボロの盾に身を寄せ合って突き進む。魔力を相乗、共鳴を反響させ増幅。かつて喰らいながらに走り続け、喰い破って……ほうら。
「な……!?」
「キャスター、いけぇえええええええ!!!」
「ハァアアアアアアアアッ!!」
目標、眼前―――!
「呪層――!?」
「まだ、まだァ! 弾は残ってる!!」
ライダーの腰に差されていたレイピアは、いつの間にか彼女の手の中へ。必ず魔術には一工程が必要なキャスターはその一瞬に反応することが出来ない。
故に、そのサーヴァントの補佐をするのがマスターと言う存在。アンリの手元に残ったまだ実体を保っている結界の欠片。それを投げつけ、ライダーの手を怯ませる。
「グぅッ……!?」
「―――密天っ!」
札を貼り付けた拳と共に、ライダーの心臓へ密天の風を叩きこむ。そして肉体に開けられる大穴。口から血を吐くライダー。今、この場所で決着はつけられた。
船首から自由落下を始める彼女は、主を失ったことで崩壊する亡霊の船を離脱して行くアンリとキャスターの姿を見て、握り続けていた武器を手放してしまう。その顔は、確かに笑っていた。
―――こりゃ、いいもん貰っちまったね……。
宝具の崩壊が終わり、暗転した世界は再び決戦場へと彼らを引き戻していた。どう言った仕様があったのか、古びた沈没船は復活しており、アンリたちと相対する方向には倒れたライダーを見下ろし、暴言を吐く慎二の姿があった。
崩壊する船に巻き込まれたのか、その服の至る所は破れ避けており、小奇麗だった顔や手は煤で薄汚れている。
「何だよ…何を勝手に負けてんだよ!? おまえが不甲斐ないからこんなことになったんだろうが!!」
「こんな、アタシに鞭打つのかい……はは、さっすがアタシのマスター」
力なく横たわるライダー……ドレイクはこらえられない、というように小さく笑った。その際に血も吐き出され、彼女たちがいる場所を更に赤く染めていく。それ以前に、キャスターの拳程の大穴がドレイクの胸には開けられていたのだが。
「憎まれ口を叩けるなら、立てよ! 僕がこんな奴に負けるワケないんだ!」
「無理。……アタシのハート、打ち抜かれちまったしぃ…?」
「私はご主人様のハートしか奪いませんよ」
「そりゃぁ、失礼。壊されたの間違いだったねぇ」
そう、カラカラと笑い続ける。最後まで使いきるものは使いきる、という信条には、彼女の命も含まれているのかもしれない。だからこそ、こうも往生際が悪く見える。
「な―――んだよ、それ…? ふざけるな!」
「ったく、そればっかり。アタシ達が確実に劣ってた……それでいいじゃないか」
最早、吐き出す血も無くなったのだろう。溜息だけを吐き出した彼女は、首を横に振る。
「でもま、愉しかったよ」
「おまえはまた……!? 何だ、何だよこれ……僕の体が、僕が…
そして、遂に敗者に対する裁きが下された。
アンリたちと慎二のいる場所。半透明の赤い防壁が完全に間を仕切り、世界そのものを変える。何もない
ここで初めて、ドレイクが最後の力を以って立ち上がり、慎二と対面する。真剣な瞳に確かな生の光を灯し、慎二へと諭すように言った。
「聖杯戦争で敗れたものは死ぬ。シンジ、アンタもマスターとしてそれだけは聞いていた筈だよな」
「はい!? し、死ぬってそんなの、良くある脅しだろ? 電脳死なんて、そんなの本当にあるわけ……」
左目まで侵食された彼女は、舐めるなと一喝の言葉を吐き出し、消えかかった己の手を、へたりこむ慎二の眼前へと持っていった。これが、まぎれもない証だと証明するが如く。
「そりゃ死ぬだろ、普通。戦争に負けるってのはそういうコトだ。
生きて帰れるのは、ホントに一人だけ。アタシらは敗者、勝ったのはあいつら。…分かるよな?」
BOMってね、と。そう言った彼女の右手も跡形もなく消滅した。慎二の思考はそこで停止したのだろう。意味を成さない言葉を喚き散らしながらその場にうずくまり、嫌だ嫌だと言い続けるだけの人形のようになってしまった。ドレイクも遂に崩れ落ち、うつ伏せになりながらも、彼らの方に言葉を投げる。
「……さて。ともあれ、よい
にっこりと笑い、口元をゆがませる。
「“また会おう”」
世界の歴史をつづる偉大な航海者は、最後まで笑いながら、その身を光へと変えてその場から消えて行った。そして残るは矮小な人間。足元に落ちていた者を拾ったアンリは、それをクルクルと弄りながらに慎二へと言葉を投げる。
「で、どうするよ少年」
「!? た、助けろ! 助けろよ!! 僕がこうなったのも全部おまえのせいだろ!?
なら―――」
「了解。じゃあな」
タン、と発砲音。
「え?」
慎二の額には、侵食された黒い痕ではなく、小さな赤い斑点。
頭に違和感を感じた慎二は、額を手で触って確かめようとし―――倒れ込み、死んだ。
その遺体は、数十秒の後に深海の砂へと消え去った。そう、慎二は確かに、“消滅の死”から逃れる事は出来たのである。多少の運命は、変わったのかもしれない。
聖杯戦争の一回戦は、こうして集結を迎えた。
過去最高文字数。
それでは、お疲れさまでした。
結局はこの話、殺すしかできないんですよね。