Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:幻想の投影物
「行っちまったな」
「そうですね」
自分で開けた穴に、人間でも無く地上に肉体の無いアンリは入れない。それから何度も行っちまったな、と繰り返す彼に飽きもせずタマモは何度も頷いて見せた。静かな音の無い消滅が迫る中で、静寂を破る不届き者が声を上げる。
「崩壊する世界ってのも乙なもんだ。此処で死んだとして、肉体と言う概念が消えて英霊に戻るだけか…崩壊に巻き込まれてオレという自我と存在が分解されるのか…ったく、分からない事ばかりじゃねぇか」
「あの子たちが居なくなった分、ムーンセルの演算領域も無くなりましたから崩壊も随分手際よくなっていますからねぇ。それでも後30分は持ちそうな辺りは、流石中枢部と言ったところでしょうか」
「勝負に勝っても試合に負けたか。だが、ここでの試合はちょっとばかりリスクがでかすぎたみてぇだな。ベットはオレら自身の命だってのもあるが」
「…ご主人様は、恐ろしくないのですか?」
「怖いさ。逃げ出したいほどにな」
だが、彼が逃げ出す為にはそれを願う「人間」が必要だ。純正の、魂から肉体まで正真正銘の人間が願ってようやく彼の中に在る聖杯が反応する。ラニの場合は造られたホムンクルスだと言う者がいるかもしれないが、少なくとも聖杯が機能する位には彼女も人間だったと言えよう。もう一つ、ここの
それはともかく、やはりアンリは消滅と言う事実に怯えていた。ただ死ぬだけなら良かったのかもしれないが、この場所で消された場合は魂ごと崩壊に巻き込まれ、あの世界の魂を管理している「神さん」の元に輪廻する事も許されないだろう。この世界の宇宙を形成するためのエネルギーとして、自我と精神と魂は全て霧散するに違いない。
「ありすも仏さんに召されちまって、オレの中で怨嗟を吐き続ける救われない魂共は170億ちょっと居たのが―――ゼロ。やっぱ分かってたんだろうなぁ? ここで死んで輪廻しない魂を見過ごすのは、仏さんの道に、歩んだ人生を否定する行為。だからオレ諸共消える前にぜーんぶ持って行きやがった。御大層な対個人宝具を発動させてよ」
「それじゃあ、もひとつ分かってたんじゃないですか? あなたと私が此処に残っても、まだ脱出するための手段は残ってるんだって」
「まさか」
両手を広げて、彼は首を振る。
「仏さんは寧ろこう思っただろうよ。“死後の受け皿は輪廻のみ”ってな。だれしもが仏っつう最高の階梯に至る可能性を持ってんのに、オレがやってる魂の保存はそれの間逆の行為だ」
「あーらら、救いを齎す仏道の頂点も意外と自分勝手なんですねー。まったく、マスターが似たのか、はたまたサーヴァントが似たのか分かったもんじゃないですよ。あ~…私神道でよかった」
「どっちもどっちだろ。所詮は個人と個人だ」
「ありゃ、そうですか」
アンリはその場に座り込み、戦闘用に着込んでいた赤い衣ではない私服に変わる。黒字に赤いラインが二本走っているライダースジャケットは、着崩されてアンリらしさを強調させる。
その隣に正座でタマモが座り、二人は肩を寄せ合って空を見上げた。疑似的に作られていたファンタジックでエレクトリカルな風景は、今やボロボロと崩れ去る地獄の様相を晒している。この世界の地面も端から崩れており、無と言う奈落の中に吸い込まれていくのがはっきりと見えた。聖杯自身に打ち込んだ自壊の願いは寸分の狂いなく叶えられている真っ最中と言ったところか。
「なぁタマモ」
「はい、何でしょう?」
「オレは生前からオマエみたいに仲がいい
「随分と欲の無い日々だったんですか。ふっふっふ、これは私にもワンチャンあると見ました! さぁさご主人様、今この場で―――」
タマモの言葉はそこで途切れた。
アンリが肩を回して彼女に抱きついたのだ。何が起こったか一瞬分からなくて、数秒後に彼の行動を理解したタマモは、不意な彼らしくない行動に赤面する。
「なぁ、本心語ってくれや。オレに抱いたのは恋とか愛なんて陳腐なモンじゃないだろうに。此処に居るのは見捨てられた獣と独りよがりの神様だけだ。誰が聞いてる訳でも無い。それに、オレらは主従だしな……話してくれや、オマエの本心。その後で、オレも言いたい事があるんだよな」
「……いけずなお方。本当に、何でもお見通しなのですね」
「個性的過ぎるサーヴァントの主になったんだ。そりゃ、分かるさね」
時折口にする生前の方言を、アンリはこうして使っている。忘れそうになる生前を取り繕うためでもあるが、もう一つは自分の本心を語りたい時に使うと決めていたのだろう。ただ只管に、限られた最後の時間の中でアンリは彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
答えを求められたタマモは、もう隠す必要も無ければ隠すなんてまどろっこしい真似はしなくていいと心に掛けていた錠前を粉々に壊した。
「言っても嫌いにならないでくださいね?」
「何でも受け止めるさ。それがオレの在り方だ」
むき出しになった本心は、ただアンリに自分の抱いた思いを告げるのだ。
「私は、ずっとあなたの事を―――喰らってしまいたいと、思いました」
太陽神の現身では無い。アンリに選ばせてもらった獣の心。今の彼女にとって真実となったその本心は、彼の魂を口にした時からずっとその欲求に囚われていた。
「あなたの物だと分かるくらいには原型を遺して、それでも固い壁に覆われた無垢なあなたの魂を永遠に貪り続けていたい。一度口にすれば、魂喰らいで他の魂を得る事すら嫌になる程の魅惑がありました。死にたくない葛藤に囚われながら、他人の死を孕みつづける矛盾と、臆病で薄汚いと自覚する心をちゃんと話す誠実さ。他の誰よりも穢れきっていて、だからこそ穢れの結晶として黒く、新月の如き真の黒さを持ったあなたの魂は妖怪の私にとって最高の御馳走。食べてしまいたい。その心から全て、私の物にして鍵をかけて、誰からも触れさせないようにしたいと」
「やっぱりか。とんだ贅沢狐だったなんて分かってたさ」
「ええ。ですが数ある金塊や財宝すらも…アンリ様、あなたの前には劣ります」
ただ一人、理解者が居てくれればその閉じた世界に居たい。他人も何もかもどうでもよくて、自分のほれ込んだ相手と永遠を紡いでいきたいのだと、狐はその尾を揺らす。
「夜を共に就寝した時、一体どうやって魂を喰らおうかと狙った時もありました」
「そりゃ怖い。だがまぁ、貞操は無事だったが」
「布団に入りこむ度、全身を抱きしめて私の物にしたいと強く思うようになりました」
「ああ、どおりで夜明けに魂共が冷やかして来てたわけだ。自分でも自覚してるが、寝てる時はホントに無防備だしなぁオレは」
「正体や過去なんて関係なかったんです。英霊だって立場も別にいらなくて、私と
アンリにもたれかかり、タマモが彼の膝を枕にして寝転がる。アンリは彼女髪を解きほぐしながら、時折優しげな手つきでその頭を撫でて行く。
「だがまぁ、お前にとっての幸せな時間とやらももう終わっちまうらしいな。オレとしてもそこまで想われてた何ざ、流石に予想外だったが……まぁ、こうして最期を共に出来るならまだまだ幸せ者か。こりゃぁ、勝手に死んじまうしマミとか神ちゃんブチ切れるかも知れんな。死後が怖い怖いって話だ」
「よく言いますよ。言葉ばっかりでその人たちの事は空虚に思ってるくせに」
「おお、ばれたか?」
「バレバレです。…さ、私は言いましたからご主人様も言って下さいよ。これじゃ私だけが恥ずかしいじゃないですかっ! あ、今度は私がおひざ乗せますね」
「はいよっと」
タマモに身を預け切ったアンリは、全てに身を任せる様にゆっくりと呼吸を繰り返した。そうした生命活動の全てが無意味であるにもかかわらず、この時ばかりはタマモの前で自分が生きている様な振りをする。とっくに正式な命とも呼べない、首から上が無くなる以外は絶対に死にはしない異常な物体になり果てていると言うのに、と。滑稽な己を笑いながら、彼の心もまた最期を前に開かれることになった。
「引くなよ?」
「私以上だったら、分かりませんね」
「だったら引くかもなぁ」
笑って、息を吐きだした。
「オマエの事は、さ。最初ずっとウザい奴だとか、面倒そうな奴が来たなぁと思ってた。変にノリが良いのは高得点だったが、まぁこれから相棒として戦うには多分すぐ負けちまうのかね、とも」
「キャスタークラスとか関係ない辺りから判別してますねぇ。そんなに頼りなかったですか? これでも頑張って来たと思っていたんですけどー」
「まぁ、ダンさんのアーチャーから毒貰った時は本気で諦めかけてたな。でも、オマエさんが表層だけでも優しくしてくれたおかげで、前に進む意欲が湧いた。いつぞやに張り手貰った時には、オマエさんの期待に応えたいと思い始めたよ」
語られたのは、この聖杯戦争で歩んできた道の話。
この場所に至るまで、まだ何も知らなかった夢の中。脱出と言うルール外な思考に至るまで、タマモの事は騒がしいキャスターだと思ってやまなかった。
「仕草には元人間の男ってことでドキッとしたのも何回かあった。恥ずかしげにするのも何か悔しいから、どうにも下手な誤魔化し方でネタに走ったけどな」
「となると、アレはほとんど本気だったと?」
「まあそうなる」
「あちゃあ、ちゃんと言質取っておけばよかったかも」
「それはそれで、別の結末に走ってたかもな。……と言ったところで、三回戦あたりか。その辺で、オマエさんに関してはある意味で一緒に居る時間が一番長い相手だって気付いたんだよな。そこからは、まぁ、意識しては後悔のオンパレード」
サーヴァント相手に何をやってるのやらと、世の魔術師が聞けば鼻で笑われそうな想いに囚われて行く様は自分のことながら滑稽だったと彼は語った。
「んで、オマエさんに魂喰わせてから思った。もしかしたら、どんな相手よりも大切な人ってのが出来たんじゃないかって。一方的な思い込みだけどな? 傍から見ればカップル同然だったのは否定できねぇけど」
「新婚もかくやと言わんばかりの行為でしたからね。添い寝にあーん、それからスキンシップも多くて……うん、生前とは比べ物にならないほど幸せな時間でした」
「そう言ってもらえるなら最高さね」
「…あれ? でもでも、この辺りなら引くとかそういう事関係ないと思いますが」
「あー、まぁ……極最近にオマエの事はこう思い始めた」
「オマエを殺してしまいたい―――ってな」
「………またまた、物騒な事を」
「本心だよ。まぁ汚い男の心境をば聞いてくれや」
上から見下ろすタマモの視線に、竦むことなくアンリは言う。
「なんつーか、此処まで来ると独占欲って言うのか? はるか昔に捨て去ったと思った色欲だの三大欲求だの復活し始めてなぁ。タマモ、なんて真名を許された時は小躍りしそうなくらいだった。タマモ署名の自殺届に直筆サインをもらった気分ってのが正しいかね。……そうするとな、こんな戦争はさっさと抜け出して、オマエさんを殺したらどうにかして魂を回収。絶対に表に出せないようオレの魂の近くに置いてずっと牢獄に入れておきたかった。心底惚れ込んだ人間の精神としても正常じゃねぇのは分かってたが、それでも抑える気もサラサラ無かったさ」
「あら物騒。でもそうすると―――結局ご主人様はまた一人ぼっちになっちゃいます」
「そう。ジレンマ、が近いんだよなぁ。此処に居る自由なタマモに惚れたのに、オレの中に取り込んじまえばオレの思い通りに動く人形が出来上がるだけ。傍に居させたくてオマエを取りこむと…望んだ自由なオマエが消えちまって、ずっとオマエを見たくても…聖杯戦争がそれを邪魔する。望み通りに行かねぇしよ、何かの罰かって叫びたい気分だっつの」
「でも、お話纏めると、私たちってある意味両想いだったんですね! 嬉しいなあ」
「ポジティブなこって。やっぱ頭ん中は春爛漫か? 淫乱ピンク狐」
「ちょ!? 確かに髪の毛ピンクですけど、そんな言い方はあ・ん・ま・りだと思います!」
「ハッハッハ、分かった。分かったからドタマ締め付けるのヤメロ。マジ痛ぇ」
タップを訴え、溜息交じりに離してくれたキャスターはそのままアンリの横に寝転がった。すぐにジト目で訴える彼女の反応を見て、アンリは腕枕を決行する。もう慣れた物だ。この我儘従者のして欲しい事を行動で示す事なんて。
「あー、温けぇ……サーヴァントでも体温あるんだよなぁ。いやオレもサーヴァントか」
「心の温かさとか、そう言うの期待してたんですけど。ご主人様ってロマンチストに見えて実は空気ブレイカーですよね」
「ホントなら月を見上げて……いや、遅くは無いな」
「やっちゃいます?」
「……よし、やるぞ。十分もありゃ間に合うさ」
「ムードもへったくれもありませんねぇ」
「じゃあ今から真面目ムード開始な」
―――無限の残骸
この世界においての帰る場所、すっかり日常の背景の一つと化したマイルーム。それに似せた場所が、アンリの記憶から泥の偽物で再現される。元は教室だった名残も残されており、窓いっぱいから見える月や夜空の姿がそう。どうにも近代的なガラス張りの窓が古風な雰囲気にそぐわないが、あえてそのアンバランスさがあるからこそ、月光が部屋に降り注ぎ、静寂な宵を醸し出しているのかもしれない。ただ、限られた領域より外は崩壊している只中である。
刹那的な美しさを背景に、二人は体勢を正していた。
「こんなもんだ。ほら、どうせやると思って準備しといた」
「これはこれは、では私から注がせていただきます」
そんな風景に溶け込むように、二人の人物が隣どうしで杯を交わし始める。
情熱的な赤い衣を纏う男――巴アンリ。
御淑やかな青い和服の女――玉藻の前。
対照的で、それでいて本質を同じくする二人は、静かに今日の出来事に乾杯していた。ギリギリでムーンセルから引き出した日本の強めの酒は良い気つけ薬にも成り、月夜を長く楽しませてくれる。そして、二人は盃の水面に月を映し、それを丸ごと飲むように酌み交わす。
終わりの時は近い―――そう、分かっているからこそ、二人は静かに時を過ごすのだ。
「誰にも見せられませんね。こんなの」
「確かにな。むしろ一々こんなことまでして、狂気の沙汰だって言われても仕方ねぇ」
「それも、そうですね」
薄く微笑み、再び一杯。
アンリが造りし空に上がるは満月でも、逆月でもなく―――今宵を半月とした。
「なあ
「なんですかご主人様? 妙に発音いいですけど」
「マジで終わっちまうんだよな」
「……はい、その通りでございます」
御酌を、と差し出された徳利を受け、猪口に酒を注ぐ。逆に彼が彼女に注ぎ直すと、今度は向かい合って月の影の在る方を映して呑み合う。こくこく、時も過ぎて行った。
再びの静寂。鳴るのは刻か、空気はちりりとざわめいた。
「最高さね。最期を共に出来るなんて、怖さが薄れてくれるくらいには」
「御褒めにあずかり、大変恐縮です」
「今まで慣れないだろうに、正面切って戦って、共に背中を預けて、危なげながらも勝って勝って勝って…………ようやく、こんな所まで来た。ありすも、一緒にだけどよ」
「42日と言いますか。生憎、語呂合わせの死に日とはなりませんでしたね」
「―――こりゃ、上手いことで」
どちらの意を示したか。そう言って注げば、感謝と共に受ける彼女。
では、と呑みこんだのは果たして酒だけなのだろうか。
「いろいろと、やって来たなぁ」
「…マスター?」
「いや、殺すのがってわけじゃないが、楽しかった。一体何がと言われたら、オマエが居たからなんだが」
「……いや、あの…その、そんなに言われると恥ずかしいというか、聞いてるこっちが抑えが効かないというか……」
「明るいってのは、本当に大事だ。戦う時も、活力がなけりゃ負けちまう時もある。それを、オマエは今の今まで補ってくれた。だからこそ殺して永遠を過ごしたいって欲求も出てきたんだがな」
「………私も、打ち明けて受け入れられたからにはすぐさま喰らいとうございます」
「叶わぬ夢だがなあ」
「ええ、まぁ」
これは、いよいよおかしくなってきた。と、玉藻は酒に当てられたのかもしれない己のマスターを心配する。だが、当のアンリは赤面している様子も無く、いままでのヘラヘラとした軽い態度でもなく。―――そう、何と言うか、凛々しい、ような。
豹変したアンリは、平凡な顔立ちもより引き立てられる。錯覚ではないかと見紛う程に、美化して見えてしまう。それが、玉藻にとって何とも恐ろしく、なんて甘美なひと時か。
「……なあ、玉藻」
「はい」
胡坐を更に崩して、月をただ見上げる。
その視線の先に、玉藻もつられて視線を移す。変わらない、彼の作る偽物の月があるだけだというのに、どうしてか今は、ただ、美しい。満たされぬからこそ、欠けているからこそ、その姿が過程でかつ刹那を現しているからこそ。我々極東人の刹那的感性が訴えかけているのだろうか。
「月が」
穏やかに、幸せそうに。満面の笑みを浮かべて、微笑へ至る。ここまでくれば、彼女は理解してしまう。ほんの彼が言葉を紡ぎながらのほんの一瞬、されど、己の心臓は早鐘を打つ。それが時の刻みを現すかのように、
――その視線は、いつの間にか彼女と交差する。
「綺麗だな。玉藻」
「―――――っ」
どこが奥ゆかしいのだか、そんな言葉さえ言えぬほど、彼女はびくりと体を震わせる。
「こればっかりは言っておきたかった。受け取りも行動もご自由に、だ」
「あ……」
そうして一杯を喉の奥へ。続けて笑ったのは、安心させるようにか、はたまた予定調和か、彼はそんな彼女を置き去りにし、いつものおどけたような調子に戻った。空気が軽くなることで、口もまた、それに合わせて緩みだす。感情の波を抑えることなど最早不可能らしい。自分の自制心の無さが哀しい物だと、玉藻は思った。
「よろしいの、ですか?」
「ああ」
「私で良いんですね?」
「っく、他に誰がいるって?」
「私、もう、抑えられませんよ」
「いつもの事だ」
「………後悔は」
「ない」
「っ、……敵いませんよ、本当に」
歓喜に震える体を、そっと温かい感触が包みこむ。
これまで、いつも隣にいてくれた人。今までのマスターと違って、まったく新しい人種、といえば失礼になるかも。最初はインパクトだけかと思ったけど、でも、今以上に衝撃的なことなんて…。
私は、手を差し伸ばした。時間を置かず、握り返される。
やはり、温かいと…そう思う。
「改めてアンリ様、でよろしいのでしょうか?」
「好きにしろ」
「では、ご主人様、と」
「変わらねぇな」
「はい、これからは
「言葉遊びかよ」
「ご主人様の真似ですよ」
「……こりゃ、一本取られたな」
「…………っ」
影は一つや二つなり。二つは一つなりて。
抱き合って、互いの首に歯を立てた。
喰らい合う二人が、彼の造りし世界と共に崩落の闇へ呑まれ堕ちて行く。
悪神シリーズ二作目これにて完結。
後日談はどうしようか考え中。