Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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最初は一人称


Black of Gods

 半透明な階段は随分と頼りなく見える。喧騒を背に受け、何度もお嬢ちゃん達がオレに引き返せと懇願しているが、生憎と今ばかりはその願いを聞き入れる事ができない。自分に振りかかった、万能を手にするチャンスに高揚せずにいられる人間はいるだろうか? もしいるとするならば、その相手は聖人君子か心の幹が半ばから折れた異常者だ。歩む事を止めない人間がいたならば、ソイツは危険の果てに己だけの栄光を手にし、当人が満足する形で終焉を手に掴み―――波乱に巻き込まれる人生を送り続けるだろう。

 

「だけどな…オレはもう、歩き疲れたんだよ」

 

 疲労。疲労。疲労。疲労。

 今まで続いてきた過程を乗り越えたとして、オレは過去を振り返る事を許されなくなった。空き時間はある。ほんの一瞬だが、それも一日に満たない時間だ。一度最初の仲間たちの世界に戻ろうとしたが、その時は他の世界からの召喚を受けてすぐさま消え去る嵌めになった。

 あの時はノリが良かった。ああ、確かに楽しかったさ。だが今は? 無間地獄というのがあるなら、まさしく自分はそれに該当するだろう。付いてくる人間は死人ばかり。確かに生前の自分と「代わって」しまった価値観では、腐臭と血肉の匂いは何よりも高揚する。しかしそれだけであり、精神的には見ていて良いものではない。根底では、常に表に嘘を吐き続ける臆病者なんだよ、オレは。

 

 そう言う意味ではタマモ…は、本当によく尽くしてくれた。

 今となっては全てが思い通り(・・・・)。あの男、トワイス・H・ピースマンも結局は冬木の街で行われた第三次聖杯戦争のアインツベルンと同じだ。まったくもって救いようがなく、よって、ヤツの願いを叶える義理も無い。

 

召喚(見出)したのが、同じアヴェンジャーって時点でなぁ? なにもかもが破綻しちまってるんだよ、アインツベルン(トワイス)共はよ。無垢な力、全能の力。聖杯の出来が根底から違う? そんなもんは理由になりゃしねぇさ……待ってろや、全能を謳う破滅のアイテム殿。人類を狂わせた責任ぐらいキッチリ清算してもらわねぇと釣りが合わん」

 

 まったくもって、馬鹿ばかりだ。

 味方を騙すなら敵から。その敵すら騙すには味方を欺けばいい。

 全員に嘘をつき続けていれば、ばれなければ、全てはそれが真実になってくれる。誰もオレの心を読む奴なんかいない。読んだ所で、世界の理そのものに干渉できるレベルの実力者じゃ無けりゃ表面の悪意を精神に直撃させてお陀仏だ。

 

 だ~れも、分からない! そう、オレがピエロを演じて道化を演じて自分の「役割」の為だけに時間を進めてきたことなんざ。誰も! 知らないんだっ! 馬鹿どもがよ!!

 

「ひゃ……ひひ、カーッカカカカカカカカカカカッ!! ぶわっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!? ゴホゴホゴホュッ!? ……喉痛ぇ…………」

 

 締まらんな。まぁオレらしくていいや。

 ともかく、熾天の檻とやらは目と鼻の先だ。この世の条理で悪と定められた塊を呼びだした事がどれだけ馬鹿な事か、しっかり噛み締めやがれや。ドアホな世界さんよ。

 

「よ……っと。なんだこりゃ、水だらけか?」

 

 聖杯の中は海を素潜りした様な感覚だった。ただそこに漂っているのは、酸素と水素の結合した液体なんてチンケなものじゃぁない。情報、としか言いようがない知識の塊。少し手にとって頭に突っ込んで見れば、何かのやり方だったり何をすれば有名になれたり、または誰がどんな人生を歩んできたかの年表だったり。

 無作為にちりばめられた情報が渦と流れを作って絶えずこの中を行き来している。増える一方のソイツらは、無限に反射と蓄積を繰り返すフォトニック結晶…だったかのほんの一割にすら満たない量しかないが、ソレは全体的に見た話だ。パソコンで使われる容量で表現するなら、テラバイトの無限乗倍と言ったところだ。早い話が、人類が作り出せる記憶容量全てを集めても全く足りていない。

 

「さて、お仕事お仕事」

 

 じわりと、自分の存在の奥底から染み出すいつもの感覚。

 この「水」の中だからより目立つ「泥」を生みだして、声高らかに呟いた。

 

 ――無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)

 

 

 

 

 アンリが月の聖杯の中に消えてすぐ。トワイスの無言の圧力と、彼のサーヴァントであるセイヴァーとやらの猛攻の前に、凛たちのサーヴァントは苦戦一方を強いられるばかり。攻撃を繰り出せば見えぬ壁が全てを弾き、攻撃を受ければ無条件で全てがサーヴァント達の霊核に直撃する。むしろ、その状況下で一撃で決まらなかった方が奇跡と言っても良い程に戦闘は…いや、蹂躙劇は幕を下ろさなかった。

 セイヴァーの表情は変わらず、目の前の争いごとにすら慈悲の視線を下すばかり。ヤケになって武器を繰り出す豪傑共は、やはり奇跡など起こせず無慈悲な壁に遮られ吹き飛ばされる。

 言うなれば、敵の絶対防御を貫く手段が見つからない状況。貫通力ならばランサーが適任だと、凛もすぐさま手負いのランサーを現出させたが、ご自慢のゲイボルグは効力を発揮する事すら許されなかった。投擲も刺突も、効力を失いただの丈夫な槍としてしか役目を果たさない。

 背中の光輪(チャクラム)が一つ、光を灯した。

 

「令呪をもって命じます。宝具を十全に扱いなさい、バーサーカー!」

 

 バーサーカーのけた外れの実力も、かのセイヴァーの前では塵芥に等しいと証明される。荒ぶる猛将が培った戦国の戦い方は、神秘的な奇跡の前に全てを無効化されている。ラニが解放した宝具を応用する事によって生ずる多彩な攻撃手段すら、まったく同じ事象としてあしらわれている。

 背中の光輪(チャクラム)が一つ、光を灯した。

 

「私の矢は宝具の力が無ければ聖人に挑む事すら……いやはや、まさか仏と相見えようとは思いもよらなんだ。我が信仰が神道であったことを喜ぶべきか」

「アーチャー、強化のコードキャスト使ったよ! これで何とかならない!?」

「すまんな我が主。英霊を相手取るにしても我が一矢は必殺ではなく、多を重ねてこそ真髄を発揮する。が、あ奴は何らかのスキルによって我が矢の威力を消しておる……多少の小細工をしたところで、どうにも上手くいかぬものよな」

 

 それどころか、この場にいる全ての英雄が感じていた事。

 それは共通して、意識・無意識の中で想いを同じくさせた。

 

 ―――力が…入らない。

 

 彼らの動きが目に見えて劣化しているのは、このセイヴァーが積み重ねてきた歴史が能力となって発現し、その影響が自分達に害を及ぼすものの類であると言う証拠。ただの人間、恐れられた狂剛毅、半身が神の槍兵。共通点すら見当たらないこの三人全てに影響を及ぼす得体の知れぬ力は、何故か恐怖よりも先に「納得」が浮かんでくる。

 セイヴァーの発する力、その何もかもが不明、不明、不明。

 ただ一つ言えるのは、この場にいるマスターとサーヴァントが一目でこのセイヴァーの真名が分かる位だ。本来ならばそれを知って優勢になる筈の聖杯戦争だと言うのに、魔術師は怯みを隠せず、英雄たちは従来通りには行かない歯がゆさが心の片隅に残る。どこかで、「決してこのセイヴァーに全力を出してはいけない」と命令されている様な違和感が襲いかかってくるのだ。

 そして背中の光輪(チャクラム)がまた一つ、光を灯した。

 

「救世の英雄。ただ一人、生の苦しみから解脱に至った解答者……全てを見通すなんて、それこそアカシックレコードを手にしない限りは不可能だけど、まさか―――」

「釈迦牟尼世尊……確かに人間ですが、まさか仏すら英霊に属しているとは想定外です。だからと言って、引く事はもはや許されない。……ところでキャスター、あなたは私たちに手を貸してくれないのですか? 其方の御主人は道を違えた筈。こうなってしまっては、その忠誠心すら意味を成さないように思えますが」

 

 戦局に変化がない以上、最上の神秘を相手にどこまでやれるかは最早ただの人間であるマスターに口出しできない。そうした回答へ至ったラニは並列思考の中で戦いを考えつつ、唯一変化を見せないタマモに向かって行動を要求する。

 ただただ無情に、他の英雄たちの奮闘が悟りし者の前に膝をつけて行く光景を見ながらタマモが口を開いた。

 

「私は全てを見届けるまでは手を出せません。ご主人様(マスター)に託された以上、主を信じて命に従うことこそが私の存在意義。確かにあなた達の事はよき協力者であると認めましょう…ですが、それだけです」

 

 つまりは、自分の主人以外がどうなろうと彼女の知った事ではない。向干渉であり続けると言いきったタマモに、ラニは戦力の減少を悔やまずには居られなかった。その話を聞いていた凛や綾乃も、タマモが不動を貫く事に落胆を抱かずにはいられない。

 かくして、アンリに続き聖杯戦争の脱却を志した言いだしっぺがまんまと敵が有利になる状況の中に嵌ったと言うわけである。此れがいかほどに不利な状況下であるか、分からぬものはこの地まで生き残ってはいない。戦いの始まりから絶望の最中に遭った彼女らは、更なる負の感情によって押し潰されそうになっていた。

 さらに続くはセイヴァーの背中の光輪。遂に四つ目が光を放ち、聖なる波動はその度に巻き起こっているようにも思えてならない。いや、事実人間の要素を持ち合せる彼らは同じ人間だったセイヴァーの奥底に秘められた聖素に中てられているのだ。

 

「残りはあと三つか……ロクなもんじゃない事は、確かよね」

 

 凛が魂を揺さぶられる様な恐怖から滲んだ額の汗をぬぐい、五つ目の光が灯る様子を見届ける。この戦いの行く末が示されているように、ランサー達は再び無様に中空を舞った。

 

 

 

 

 聖杯の中は透き通った情報の海から一変し、汚物やヘドロにまみれる汚染された海の様な様相を呈していた。それもこれも、この世の万物を憎む存在であるアンリマユが原因。見る者には精神汚染を与え、触ったものには避けられぬ不遇の死を与える「泥」を体の至る場所から滲ませながら、この月の聖杯が穢されていく過程を笑顔で見つめる不届き者である彼は、自分好みに壊れて行く月の聖杯を新しく手に入れた玩具の様にして遊んでいるように見える。

 

 ――Error Error 異物を排除します_削除不可能_異物排除_削除不可能

「おーおー、遂に自動防衛機能すら浸食したか。これでようやく、この世界に住む奴らは最後の希望を失うってワケだ」

 

 聖杯が存在する事実は、や人類が聖杯に縋るという結果を導く。

 これほどの願望機は現に、幾度も聖杯戦争が行われる程度には欲せられる。ここでトワイスが居なくなれば、その時点で次に月に招かれた人間が聖杯を難なく手にし、その人間次第によってはこの世はトワイスの選択以上に波乱を巻き起こすこととなるだろう。我欲を願えば、それこそ衰退は壊滅へと移行する。

 その点でトワイスの戦争という選択肢は正解だ。だが、アンリはトワイスの選択肢を頭ごなしに否定する確固とした理由があった。その理由なくして、彼はこの地までやって来ない。この存在意義無くして、アンリは聖杯の崩壊を企てない。

 

「なぁトワイス。確かにアンタは正しいかもな。戦争は史実が示す通り、ほんの僅かな期間であっても戦争に関わった奴ら全員が死に物狂いになって…そりゃ、嫌でも前を進まざるを得なくなっちまうさ。しっかしなぁ、オマエの言葉は俺には届かねぇ上にオレの心にすら響かない。それすらも分からない位人間ぶっていたつもりなら、考え改めとけや。――オレは、死人の言葉を聞くつもりはねぇって話だ」

 

 アンリは「生きた人間の怨念」、「生きた人間が遺した思念」。そう言った人物の生きた証を証明するための願いならば聞き入れた。しかしアレは、トワイス・H・ピースマンと言う「亡霊」が考えた策。回答を得たと傍観しただけの、ただの人形が考え付いた結論。

 魂が、心が人間に近かろうと…アレは人形。死人の結論だけを見据えて意志を受け継いだプログラム。アンリが願いを叶える道理は無い。アンリがトワイスの亡霊のために手を貸さなければならない理由は無い。

 

「戦争? 人類の進歩? 馬鹿が。そんなもの、テメェの言葉を聞く生きた人間が受けた印象をそのまま地上に持ちかえれば良いだけじゃねえか。それでも自分の手で成し遂げようと縋る人間モドキは見てて吐き気がしてきちまうんだよ……人間の意志を受け継ぐのはプログラムじゃない。イエス・キリストのように復活した自分の意志を受け継ぐなら、まだ話は別だったがよ、テメェの都合の為だけに動くなんざまっぴら御免だ! ……まぁ、面と向かっては言ってやらんがな。見つかった途端にセイヴァーに殺されるのがオチだ」

 

 安全地帯で伸び伸びとせせら笑うアンリは実に清々しそうである。

 そして聖杯の浸食も完了し、これにてこの世界に住む人類は神秘などと言う脆弱な過去の力には頼らずとも済んだ。アンリは希望を破壊したことに何よりの快感を感じ、同時にトワイスの計画が本当にあと一歩のところで挽回した事が何よりも楽しい。

 

 アンリにとって人の不幸に勝る快楽は無い。

 悦楽、愉悦、恍惚感。聖杯の奇跡を心の底から渇望しているこの地の人間に、「自分が聖杯を使い物にならなくした」のだと、そう言ってしまえばどれだけの負の感情を向けられるだろうか? あるいは、その中で聖杯と言う存在を知っていながらそれに頼らない選択肢を迷いなく取れる人間にどれだけ出会えるだろうか?

 この神秘は、己の力で前を歩む生物達にとっては過ぎた力だ。ならば此処は、死人が全てを台無しにするのがこの世の常。少なくとも、アンリはそう考えている。魔導や魔術といった要素は、廃れて技術が勝って来ているなら迷いなく廃棄すべき技術。両方を掛け持ちにするなど、仮にも悪()たるアンリは許さない。

 

「さってと、これで終焉が訪れるって寸法だな。聖杯さんよぉ、今までお疲れっ!」

 

 最後に、自分と同じく破壊を前提としなければ願望を成就出来なくなった聖杯に打ち込むのは、アンリが望む聖杯戦争脱却への最後の一歩。最終的に完全なる崩壊を示したそれに、汚染された聖杯は一つの紆余曲折も無く願いを受け取った。

 

 ―――この霊子虚構世界から全ての生きた人間が脱出した時、情報・月の世界・フォトニック結晶の記録能力・月の聖杯機能。それら全ては存在ごと自壊せよ。

 

 自滅を受け取った聖杯は、静かに動き始める。

 

 

 

 セイヴァーの光輪(チャクラム)もこれで6つ目。七つの光輪の内、周囲を覆う6つを神聖に輝かせたセイヴァーと対面する凛達は、最後まであきらめない覚悟で戦いを続ける。すでにアンリが聖杯に入っていようとも、最後まで希望は失わずに。

 それとは裏腹に聖杯の機能が順調に壊滅に向かう中、それに気付く事の出来ないトワイス達は未だに戦闘とも言えぬ武器の叩きつけ合いを続けていた。少なくとも人間の意志に干渉可能なアンリが悪意をほのめかして思考誘導を行った形跡もあるが、何の疑いも無くトワイスはアンリを信じて聖杯の願いが成就されるのだと無感情に思う。

 そして変化は、そのすぐ後に訪れた。

 

「聖杯が―――光を」

 

 タマモの呟きを受け取ったように、ロジックキューブの様な聖杯の中枢が赤と黒の光に包まれる。ゴゥン…ゴゥン…と動作音だけを響かせていた無垢なる塊は、誰の目から見ても分かる程の瘴気と悪意を撒き散らしながら―――その天頂から自壊を始めていた。

 

「……なんだ、これは? 一体何が起こっている!?」

「え?」

「ワケ分かんないけど、チャンス! アーチャー!!」

「合点承知」

 

 トワイスは絶対の自信を持ってアンリに全てを託した。しかし、その結果はどうだ。

 目の前で、人類最後の希望がその頭から消滅を始めている。ここにある中枢機能のモデムは、単なるオブジェクトとして存在しているのではない。そこに建造物として存在するからこそ聖杯という人類の意志を反映しているのであって、これ自体が崩壊する様な事になれば即ち、聖杯としての機能は見た目通りに崩壊して行くことと同義であるのだ。

 長らく中枢機能の隣で歯がゆい思いをし続けたトワイスは、真っ先にその事を理解し、全ての機能を失って行く聖杯に対してアンリへの失望と、人類の滅亡を頭の中に張り巡らせた。これまで、この聖杯が作り出したAIとしての計算機能は自分の打ちたてた計画が最早修正不可能であると結論を出している。それ以外の道を模索しようにも彼女達は全員敵側であり、アンリが裏切った以上はどうする事も出来ない。

 

 失意に呑まれるトワイスが膝を折ったその時、この聖杯崩落の現況をこともなげに崩れ続けている聖杯の中から飛び出してきた。何事も無かったかのように着地した彼の元に、一人のサーヴァントが近付いて行く。その影の正体を知ったアンリは、いつものように言うのだ。

 

「タマモ、ただいま」

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 疲労した主人をねぎらう従者。

 まるで時が止まったように動かない面々を差し置いて、二人はこの崩落する世界の中で自分達の時をいつも通りに過ごしている。

 

「長丁場の演技と作業お疲れさまでした。この戦いはあなたの勝ちで決まっちゃいましたねっ! あそこの哀れな残骸もようやく妄執から解放されました……本当に、礼を言っても言い足りない位です!」

「よせやい。精々が人類の希望を打ち砕いたことぐらいしかしてねぇって」

「迷いなく人類全体に迷惑かける発言も流石ですっ! いよっ、慈悲の欠片もない大悪党ぉー」

「はっはっは!」

 

 あまりにも、あんまりである。せめて最後が近いのに、これは酷い。

 

「と、巴さん……? あなたは、裏切ったのでは」

「裏切るも何も、全部演技に決まってんだろうに。正真正銘の死人が、死んだ後に思いついた計画に乗れって? 馬鹿馬鹿しい、テメェは安心して地面の下で眠ってろって話だ」

「な、に……何を言って…君は、人類を憂い、人類を愛しているからこそ私の復興の選択肢を取ったのだろう? それが、何故こんな…聖杯を破壊するなど」

「チート使ってまで楽しなくとも粘りゃいいだけだろうが。与えられ、限られた力だけを使って前を進むために模索する。そう言う点では戦争は最高に至上の選択肢だろうが、テメェのそれは全人類の人形化と同じなんだよ」

 

 いつしかレオにも言った。

 トワイスの結論では、確かに人間は進歩を続けるだろう。だが、その中身は決して変化する事は無くなる。管理された戦争、管理された人間、管理された資源。それは箱庭の中で子供が遊ぶ人形だ。

 役割を見つけてこそ人間は知を生みだした。その知による考えを無くし、役割を与えられた人間はただの人形と化す。熾天使が聞いて呆れる人間牧場の完成だ。

 

「言いようも無い闘争心に駆られて戦争が勃発し、言い様のない残虐性が語りかけて体が勝手に戦争を続けさせる? んなもんは人間がロボットに置き換わるだけさね。救いも何もありゃしねぇ……進み続けて、テメェの言う救済が訪れたとして尚、人類は止まれない。進歩は進化に続き、進化の果ては死の一片道だ。医者やってたんなら進化論は自滅と言う死が最終だと知ってるだろうに」

「だからと言って、現状を早々に打破しない理由にはならない。君は、神の与える祝福を握りつぶしたんだ。この世界を殺すつもりだと言うのか?」

「いんや、そこの奴らに任せりゃ人類は絶対数を失いながらも、未来に自信持って進めるだろ。なまじ聖杯なんてもんがあったから、“いざとなったら聖杯の奇跡が全てを解決する”っつぅ考えに甘んじて、ここの人間どもは進歩ほったらかしで聖杯戦争繰り返してたんだよ。だったら、そのセーフティーを消せば嫌でも自分で歩き始めるだろ」

 

 その考えを聞いてあきれたのはこの世界に生きる凛達だ。

 全ての未来を全て凛に託した揚句、無責任に後ろの道を崖に変えた。その状態でアンリは凛達の背中を転ばせる勢いで押し出したのだ。なんて無責任な奴だと、絶句するには十分な言葉である。

 

「究極論ですね。可能性、要素、そう言った論証を立てるために必要な事柄を知らない幼児の様な考え方です」

「それを言ったらご主人様は終わりですって。黙っておいてあげてください」

「これは失礼しました。魔術師兼任の錬金術師としては等価すら成り立たない論は正しくないという考えですので、つい」

「え、え…? ここ、ボケる所?」

「三鼓さん、そう言うあなたも中々にずぶといと思うわよ」

「和やかなものだな、我らがマスターは」

「俺らって何のために戦ってたんだ?」

「この戯れの為と言うなら、流石に現世に留まる気が失せるものよな」

 

 などと言った掛け合いが続く中、聖杯機能の崩落は突如としてピタリと収まった。

 アンリの入力した崩壊の願いは叶えられていたが、そこの最中に在る生きた人間全てが脱出してから、という部分が歯止めをしているのだ。まぁ、聖杯は既に壊れ切っているので生きた人間を死亡と言う意味で脱出の結論に結び付けるにはそうそう時間は無いだろう。

 それを分かっていたからか、脱出するべき人間の中に含まれないトワイスは、まだこの中に人間が残っているこの時間に聞かずには居られなかった。

 

「君は……何者だ?」

「人間の願いを叶える悪の神サマ。同時に、こんな悪神に縋る人間は斬り捨てる悪人だ」

 

 その言葉こそが全て。願いを聞き入れ、全てをかける様な願いには刃を向けるのが悪神。気取った悪魔が神となったアンリマユの化身は気まぐれで面倒臭がりだ。一体誰が、他人の全責任を負う様な高尚な願いを最後まで叶えなければならない? 少なくともアンリにとっては、まったくもってその必要は無い。

 

「そう言う訳だ仏さんよ。オマエさんが出張る様な時間じゃなくなった。人類は心配せずとも、多分……恐らく…一歩くらいは進めるんじゃないか?」

 

 なんとも締まりのつかない答えだ。

 答えを投げかけられたセイヴァー、仏陀は光輪の七つ目を光らせる。

 神々しくも恐ろしいまでの得体の知れなさを発揮させつつ、彼はアンリへ正面から向き合った。仮にも仏と向き合ったアンリに動揺は一切見られない。

 

「……人の善悪は無い。ですが、あなたは悪を名乗る。苦しみ虐げる悪は同時に、我らが道の快楽をも意味する。快楽とはすなわち、解脱に不必要なもので在り、人間であり続けるには不可欠な感覚。であるならば、あなたの選択は決して間違いではない」

 

 仏陀の言葉が続く中、背後の天輪(チャクラム)全てに色が灯る。

 赤色(ムーラーダーラ)橙色(スワーディシュターナ)黄色(マニプーラ)緑色(アナーハタ)青色(ヴィシュッダ)紫色(アージュナー)白色(サハスラーラ)。光る蓮華で表された人体でチャクラと呼ばれる箇所を表す7色。それが今、かの仏陀の流れをくみ取り人類創生に匹敵するエネルギーを生成し天へと高く昇って行った。

 

 それは、アンリマユへと降り注ぐ。

 

「………ありがとよ、仏さん。しかし“ありす”も逝っちまったか」

「あなたの中の迷える魂は涅槃に。人類は遍く覚者へと転生する」

 

 アンリの中でも怨嗟を吐き続け、恐らくは絶対に成仏の道を歩むことのできない魂たちに、仏陀の蜘蛛の糸は垂らされた。アンリの中で絶対的な力の総量は減少したが、それ以上に仏陀の所業には舌を巻かざるを得ない。

 

「だからあんたは十分に演じた。ここらで幕引きとさせてもらうさね、人の子」

「人の善悪に価値は無い。命あるものは必ず滅び、それは英雄たちですら例外ではない」

 

 アンリの作りだした捻じれた刃が仏陀に迫る。

 しかしそれは殺意、敵意では無い。感謝とねぎらいの込められた悪神からの贈り物。

 現世に落とされた仏の現身は何の抵抗も無くその刃を己が体に通した。

 天輪が崩壊する。仏陀の体はその場に在りながらにして死を迎える。

 血すらも流さぬ不可思議な死が訪れる中で、転生にて悟りし者が答えた。

 

「人が進もうとした心の中には、救世の神が必ず宿る。悟りへ到達する事は内なる神と肩を並べ、数多の魂を悟りへ導く足がけとなる。世の末はこの血塗られた道に倒れし者たちと共に見届けましょう。御身に光あれ、人の子らよ」

 

 光すら残さずに仏陀は消え去った。

 それがきっかけだったかのように、聖杯に入力された自滅のプログラムが己を消しにかかる。この聖杯の中枢機関も、世界の端から消去が始まっていた。

 

「………そう、か。そういう―――」

 

 その中でトワイスが消えたことに気付いたものはいない。

 己が死ぬかもしれない状況に陥って、凛達はようやく我を取り戻した。アンリがあの仏陀を難なく切っただとか、トワイスが死んだとか、聖杯が最早機能していないなどと言う事は全て後回し。

 ―――脱出。

 これこそがアンリ達が立ちあげた原初の理念であり、この共闘を組むことになった最大の理由。さらにはあのトワイスの話を聞いて思ったこともある。実行に移さなくてはならない使命感に駆られた凛が一番に、その静寂の中から声を張り上げた。

 

「ランサー、他のサーヴァントも霊体化してマスターの所に戻って! アンリ、あんたまだ他に策とか持ってるんでしょうね!? 此処までしておいてこれまででした、何て認められないんだからっ!」

「わーってるわーってる。ラニ、そんじゃこないだの要領でオレに接続しろ。んで願え。現実へ通じる穴を作れってね」

「私がですか? あなた自身の聖杯機能を考えればミス三鼓が適任かと思われますが」

「一般人にアレ見せるわけにゃいかんだろ。手順とオレの中身知ってるお前しかできん」

 

 こうして会話を交わしている間にも、聖杯の間は既に半分以上デリートされている。最早否応と言っている余裕は一切残されていない。ラニは、頷かざるを得なかった。

 

「タマモ、お前は実体化して残ってくれ」

「当たり前です。私は、あなたと共に」

「? ともかく、リンクスタートします。ミス三鼓はミス遠坂の傍へ」

「わ、分かった」

 

 ラニの手がアンリの腕に触れる。そして彼女の手を腕が変形した泥が浸食し、ラニの精神はアンリの持つ聖杯と直結させられた。流れ込んでくる悪意を掻きわけ、いつしか見た脳が焼き切れそうな神秘を宿したアンリ曰く「神さん」の記憶の防壁を突破し、聖杯へ至った彼女は言う。

 

「地上へ通じるゲートを作成。我々の精神が肉体に戻る道を」

 

 直後、割られた窓ガラスの様に穴が生じてラニと凛、綾乃はその中に吸い込まれていった。その穴は何か特別な効果でもあったのか、霊体化していた筈のサーヴァント達の姿が再び見えるようになっている。

 だが、自分の肉体とのリンクと言うのだろうか。消去される慎二が死ぬ事を感じ取ったように、そう言った繋がる感覚が確かに三人に刺激として訪れている。これを辿って行けば、難なく地上へ戻って人類がすべきことの為に動きだすことが可能だろう。

 だが――――アンリ達は?

 

「…おい、アンリとか言ったな。お前らは」

「まぁ、お幸せに。せいぜいこき使われんように頑張れや、ランサー」

「……へっ、気取りやがって」

 

 未来への喜びを胸に抱く凛達とは違い、ランサーだけがアンリ達が残り続けている事に気付いた。だが呼びかけ空しく現実世界への切符を取り払ったアンリは、巻き戻しのテープの様にふさがっていく空間にひらひらと手を振って別れを告げるのであった。

 




もうちっとだけ続くんじゃ


…うん、もうアンリが何言わせてるか判んない。
展開も書き始めたころに決めていた予定と87度くらいずれた。
後は本編最終話と後日談だけなのよね。長くなるといった手前、こうして結局短くなってしまったことをこの場でお詫び申し上げます。

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