Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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■き太陽は地に落ちた。
かのものは落陽に涙を流し、衝哭せずにいられない。


Sunset

 白銀の鎧に罅一つ無く、槍が突き立てられた穴は最初からそこにあったかのように空いていた。空虚な黒い影の中から染み出してきたのは鎧を染め上げんとする紅い血液の塊。解放したばかりのダムの様に、槍を引き抜かれた場所からとめどなくセイバーの血が流れ出て行く。

 剣を落とすことこそなかったが、セイバーは無様に膝をつき、相手に頭を垂れてしまう程の死に体である。朱色の槍に血液の赤は似合わないと言わんばかりに血糊を払ったランサーは、忌々しげに額に皺を寄せた。

 

「チッ……しっかり捉えていたとは驚いたぜ。やはりその武、疑うべきでは無かったか…セイバー!」

「ぐっ…お―――」

 

 一喝したランサーの肩口からは、焼けただれた肉の嫌な匂いが迸っている。

 あまりに鋭すぎる一撃に、傷口の方が斬られた事を忘れていたと同時、太陽を模すガウェイン卿のエクスカリバー・ガラティーンは傷口をそのまま焼き切っていたのだ。体の芯に響かせる灼熱を喰らって、ランサーもまた無事では無い筈。それでも立っているのは、彼の伝承に起因した生き汚さや如何なる時であっても戦乱に身を置いた史実から生まれたスキル「戦闘続行」によるもの。

 熱で傷口はふさがっているように見えるが、ランサーの内臓器はその熱でやられている。溢れそうになる血を口から吐き出して、ランサーはがくっとその場に跪いた。

 

嬢ちゃん(マスター)……見たかよ?」

「分かった。分かったわよランサー…休んでいなさい。今の貴方は足手まといになるから」

「へっ、人使いの荒いことだ。変わんねぇな……」

 

 ランサーが霊体化して消えると同時に、ガウェイン卿もその姿を消し始めていた。しかしランサーの様な休息のための霊体化ではなく、破れたことによる消去を伴った消滅。気丈に倒れ込む事だけはしまいと歯を食いしばって、彼は己の主へと視線を移した。

 

「ガウェイン。敗れましたか」

「聖者の数字も……かの因果を越える槍には届かなかったようです…申し訳、ありません」

「構いませんよ。元よりトワイスさんも僕達に聖杯を譲る気は無かったようですし……あなたの様な英霊でも、終わりは必ず訪れる事を知りました。この想いを抱いて地上に戻れない事が、非常に残念ですが」

「それ…では……一足、先に―――」

「ええ。おやすみなさい、ガウェイン」

 

 ガウェインの体はレオの言葉が終わると同時に消え去った。それと同時に此処には一人、また()者の運命を決定づけられた人間が一人出来上がることとなる。レオへの虫食いの様なデータ浸食は、サーヴァントと言う籠が消え去った途端に発生し、瞬く間に彼の全てを喰らい尽して行った。

 

「ああ、言い忘れてました。巴さん、あのお菓子――――」

「レオ坊。オマエ…?」

 

 彼はゆったりと凛達のほうを向き直ると、笑顔を見せた。

 

 ―――お い し か

 

 言えぬままに、黒いデータの残骸へと分解される。

 

「レオ……こんなあっさり終わるなんてね」

「人の命は等しく無価値で、有意義だ。彼の死もまた、私や誰かの成長を促す為に十分なものを遺した事だろう」

 

 上から、どこまでも人を均一に見た言葉が投げかけられる。トワイスの眼鏡の下にある目は、ちょうど光の反射で覗き見る事は叶わなかったが…彼の表情は、最初に見た時からずっと変わりないのだろう。

 

「達観的な言葉ですね。己の駒が減ったというのに、こちらの戦力が減らせなかったのは其方でしょう? それとも…やはり、あなたの“マスター権”は別のサーヴァントを持っている事になるのでしょうか」

「正解だよ、ラニ=Ⅷ。目の前で行われる闘争―――いつ手出しをしてしまうか、私の動悸が激しく自己主張するぐらいには殲滅の命を下しそうだった」

「戦争嫌いが、殲滅たぁ笑わせる……いや? 魂すら無い精神の人形が、そんな高尚な洒落を言える筈もねぇか」

 

 両手を此花のように開いて、アンリは口に三日月を作った。トワイスは視線を移動させると、彼の方を向いて状態を少しだけアンリ側に下ろす。興味のありげな行動は、やはり表情の変化がないままに行われた。

 

「ようやく口を開いてくれたね。ああ、そうさ。確かに私は戦争を憎んでいると、周囲にはそう思われていたようだ。事実、生前の私もずっとそう思っていたよ。そう、心停止の三秒前までは」

「破壊的快楽に目覚めたか? はたまた言い様のない痛みに悦楽を感じたか?」

「いいや、分かっているのはそちらではないか?」

「戦争だろ。いうなれば、“我々には戦争が必要だ”ってところだ。面倒臭ぇ」

 

 遠まわしにアンリに言わせようとするトワイスに、アンリは心底嫌気がさした。

 目の前の人形は、ただの記憶から作り上げられた精神の具現。人間の精神は評価に値するが、それ以外の肉体・魂はこのムーンセルで発生した紛い物。人間を気取り、人間の全てをその手でどうにかしようとする人間以外の物体が、アンリにとっては何よりも気に喰わない。

 何よりも、このトワイスという残照(アマリモノ)には勇気がない。意志がない。後ろを振り向く気兼ねがない。継ぎ接ぎのほうがまだマシだと、アンリ自身の魂がこの男の全てを否定している。

 

「そう。戦争―――それは、この世界に必要なことだ。戦争の肯定は、今際の(カレ)が抱いた最後の事実(げんそう)。争いは過ちでは無いと知ったのは、確かに事実としてこのムーンセルに記録されている」

「だったら、そのまま何もしなければよかったじゃない」

「愚問だね、遠坂凛。君は志半ばにして倒れた時、次があると知ったらまた立ちあがるだろう? それと同じだ。私もまた、君達と同じく諦めの悪い人間だったのだよ。君のランサーがどんな絶望的な戦いの中でも、決して敵の前では後退を取らなかったようにね」

「一緒にしないでよ……それで、あなたの夢は何だったの? 返答次第によっては、私たちがやってあげようじゃない」

「ならば言おう。―――戦争だ。地球に住む人類すべてに、まったく等しい条件で同じステージに立ち、殺し合いをしてもらう」

「……バッカじゃないの?」

 

 至極まっとうな意見を口にしたのは、この場で最も「普通」の人間に近しい綾乃だった。ハーウェイ領での生活は、安定していて…安定し過ぎていて詰まらないと言うほどには平穏な暮らしを遅れていた。日々に特別なスパイスが欲しいと思ったのも、一度や二度では無い。だが、

 

「私達は死なないために進んできたのに、戦争? 皆死んでしまう核兵器だって残ってるのに、戦争? そんなの、一日で地球ごと全部終わっちゃうじゃん」

「だが、それは君個人の感情だ。十を救おうとした時、一を斬り捨てて他の九を救えるならばそれが最善だ。新病の臨床実験、新たな手術法の確立のための第一候補、沈没しかけた船から人を逃がすレスキュー隊員。こう言った全ての物事は、一と言う事象を斬り捨てて残りの九が少なからずの前進を見せている。君の様な安定を求めた人類が増えたからこそ、私はこの戦争と言う祈りを捧げる時を待っていた。人間は、争わなければ前に進めない生き物だ。それは人類史の始まりから変わらぬ史実。繁栄のためには、他の崩壊が必要だ。創造を行うためには、新たな破壊が必要だ」

 

 トワイスは立ちあがった。柱の上から見下ろす目に何かを宿したまま、彼は言葉を続けて行く。

 

「我々の繁栄した人類史の喪失は、積み重なって現状の荒廃した地球を生みだした。あまりにも不釣り合いな損失と利益の比重は、誰が見ても損失に傾いていると言えるだろう。その利を得るために失ってきたものは、人類にとっても、個人にとっても余りにも大きすぎる。店頭の買い物や、錬金術師の等価交換と同じことだ。釣り合っていなければ、我々人類はただの破壊(はんざい)者でしかなくなってしまう。(カレ)は思ったんだ、この様な未来は―――間違っている」

「そうだろう? そうでなくてはいけない。全ての人類を代弁してもいい。この月にある記録がそう言っている。私たちはこのような荒れ果てた社会の為に命を差し出したのではない。栄えある未来を夢見て、この命を時代に託したのだと」

「だが、その怨念が届くのは過去の時間じゃない。今この時も進み続けている今でしかない。不確定な未来に思いを馳せるのではなく、この今を生きる者たちにそれを支払わせるべきなのだ」

「だから、同じ条件で、我々の生きた百年間を始めからやり直す。これまでの百年、ハーウェイの手によってまったく変化の無かったスタートラインを、今この時間から引き直すべきなんだ」

 

 トワイスはどこまでも無機質に言う。

 

「生存競争、他者との比較、優劣をはっきりと人類同士に分からせる。そうして起こすべき全ての戦争の果てに、我々は別の道を見つけるべきなのだ。だが、あまりにもこの世界に住む人間はその現実から目を反らし続けている。ハーウェイの者など持っての他。人類から演算機として作り出されたラニ=Ⅷや、この世界とは全く別の異界から来訪した不可解な存在、巴・M・アンリ。この二人こそが、私の求める可能性となってくれるのだろうと予測した。何度も何度も、ムーンセルの演算機能を使って私の理想通りの答えを探したよ」

「その結果だ。結果―――君は此処に来た」

「既定の道を全て破壊し、手に握る凶刃はどんな敵も無慈悲に切り捨て、精神の根底では動揺すら見せなかった。だが、その過程で君は感情の表層んて何度も悩み、挙句の果てには“己の生存が第一”と言う無意識下に抱いていた臆病な自己をようやく肯定し、君のサーヴァント、キャスターに魂を食わせるにまで至った」

「己の存在理由を、根底から覆す変化を見せたのだ。異界の者であっても、この闘争の中で変化と言う選択肢を迷いなく取った。更には、この戦争の駒でしかないキャスターにまで、人か妖かの選択肢を掲げた。更には、ラニ=Ⅷという人形にも、ありすというサイバーゴーストにもだ」

 

 人では無い者達にばかり手を指し伸ばしていたアンリは、人に関心がないようにも見えたのだろう。ムーンセルにアンリの内面を記録する事は出来ない。言い様のない感情や、アンリの内心を記すのは遍く指し記す万象(アヴェスター)唯一つであって、月がその情報を共有する事は出来ない。

 情報となって、あくまで本人のコピー品でしかないトワイスはそれに気付く事は無い。そこに在る情報と、生前の己が抱いた可能性が全てだと考える不完全な心では、それに気付く事は無い。

 

 トワイスは停滞している。人類に前進を歩ませようとしたこのAIは、心の成長を途中で止めてしまっている。これがもう少しでも進んでいたとするなら―――アンリの手が差し伸ばされることもあっただろう。

 

「君なら分かる筈だ。等しく可能性を見出すべく、人間の優劣と未来を決定づける戦争がこの世界を生かす要因になるのだと。悪神の名を背負ってまで、人間を愛している君ならば、必ず」

「……戦争。ああ、良い響きだ。怨念が飛び交い、怒りや憎しみが生まれて殺された者の肉親が殺した当人ではなく、殺した勢力への復讐を糧にして銃を手に取る日々……ぞくぞくするじゃねぇか」

「君の願いは、私の見た夢とは程遠い破壊のみに絞ったものなのだろう。だが、始まりに至る過程までは私たちの道は一致している。さぁ、君ならば相応しいものとして聖杯を手にするべきだ。彼女たちは、恐らく戦争を止めようとするからね。私が相手をしておいてあげよう」

「いいねぇ。最っ高だ……オレの言葉と、オマエの理想。それを聞いた事で此処にいる奴らから負の感情が湧き出してきやがった。特に綾乃嬢は絶望が濃いか? 遠坂嬢は憤怒、ラニ嬢は最悪の想定を否定……ああ、心地いい程に力が溜ってきやがる。人間の意志ってのが入ってくるなぁ」

「私が作り出した、ただ一人の身を押し上げるこの戦争で決して後退を選ばず、決して人間への非情を捨てなかった君も、よくぞここまで育ってくれたものだ。聖杯戦争と言うそれそのものを知らず、異界から紛れ込んだ者が居たと知った際には驚いたよ。だが、その異邦の可能性こそが、南蛮から渡来したペリーのように改革を与えた。この聖杯戦争の枠組みそのものを飛び越え、此処までやって来た。人の願いを聞き入れ、死に際のマスター全員に君なりの救いを与える傲慢さは―――正に人類そのものだ」

「ああ、オレは自分の好きなようにやって来た。その結果、此処に来れた事に否定なんざ一片も無ぇってやつさね」

「だから打ち込んでくれ。恐らく君がその身に経験してきた、途方も無い記憶と共に―――“止まるな”と。恐らく君はそれでこの世界と繋がりを失うかもしれないが、人類は闘争の道を選ぶことに間違いは無い。万能の杯、セブンスヘブン・アートグラフは地球の全てに影響を与えるだろう。地球の全てに、その観測した未来を進ませるだろう。その全ての観測結果を集約した観測機は、願いの成就をも可能にする方法を確立しているのだから」

「気高く飢えた獣は、どん欲なまでに勝利を掴む―――」

「その通りだ。さぁ、言えることのない大いなる欠落を生みだし、人類に意欲を与えてくれ。未来はの命運は君の手にゆだねられた」

「そしてオレこそが希望になると。ああ、英雄の凱旋が待っていそうで楽しそうだなぁ」

 

 ひゃひゃひゃ、と悪は笑う。

 アンリの口から滲み出る愉悦の感情は誰が聞いてもこう言うだろう。本気である、と。

 それほどまでにアンリと言う人間が今この時は最低の性格になり下がったと感じられる。嘲笑った彼の瞳に渦巻いていたのは、人間が人間であり続けるがための薄汚い欲望の色。いままで穏やかだった黒真珠の瞳に輝きなどなく、ゆらゆらと炎のように揺らめいていた、我欲で汚れている色ばかりが浮かび上がる。

 

 選択肢がその手にあること自体、アンリにとっては非常に稀だった。

 

 少しばかり昔語りをしよう。

 「彼」が「アンリ」となり、「アンリ・M・巴」となってからと言うもの、彼の意志に関係なく、世界の危機に彼と言う精神は直面させられてきた。時にはほのぼのとした割合が高い世界もあったが、必ず彼の手に渇きと熱が握られる事態を避ける事は出来ない日々。アンリは必ず戦いを強いられ、その度に代弁者として仲間から「頼られる」幸せに見える毎日を送る。

 しかいそれらは、後に全て水泡と帰す。

 アンリが再び彼らと出会うためには、自分の体が世界に引き寄せられていない時間を狙うしかない。しかしそれは、時には一世紀単位で戦いを強いられる彼にとっては叶わぬ約束となる事も少なくは無かった。彼に与えられている選択肢は、世界に選んでもらい、その選んでもらった世界の危機を取り除く手伝いをしなくてはならない。

 

 そんな時に、与えられたのだ。

 この世界一つどころか、自分の条理にすら干渉できるかもしれない万能機の全権を。ならば譲ってくれたこの男に対して、アンリが淡い期待を抱く事も全く自然なこと。アンリは誰にでも優しく、どんな人間の願いでも叶える事を余儀なくされるが、たいていそういう場合は相手の人間はアンリの宝具の効果によって「悪」としての望みを遂行できない。故にアンリは、優しい願いを聞き入れることばかりしてきた。

 彼としての人格はとうの昔に混ざり切って、今ここにあるアンリという求められる人格が皆の手から手へ渡っては留まる事を許されない。一緒について来れる人間がいる事が唯一の救いかもしれないが、彼らは―――死んでいる。生きた温もりはとうの昔に忘れ、ただアンリの為にと考える人形になり果てる。この世界で彼の一部となった「ありす」とて同じ運命を辿る事だろう。

 

 そんな無間地獄を塗り替えられるとしたら? アンリの傍に生きた人間が居て、アンリはとめどなく移ろい続ける世界のどれかに留まる可能性があるとするなら。

 一歩、また一歩と。いつの間にかトワイスの座っている柱の山の向こう側へ歩いてたアンリは、振り向きざまに笑みをこぼしていた。

 

「ぎひひひひっ、ひひ……万能機に、願いを打ち込めばそれでいいんだったよなぁ?」

「そうだ。では―――彼女たちの足止めは私が務めよう」

 

 アンリの問いかけに、トワイスは応える。

 トワイスの手が上がり、彼の背後には神々しい一人の英霊が現れた。薄く此方を見つめる目は、森羅万象を見通すかの如く。菩提樹の台座に座った英霊は、荒々しさなど一片も感じられないトワイスのように、悠然とその地に御身を降ろしていた。それが当然であるのだと、自然な現象であるのだと、誰もが知らずに心の中でそう思う。

 

「サーヴァント・セイヴァー。聖杯はこの私に、救世を司るこの英霊を与えたもうた。だが、この事実など結局は夢の為に必要だった道程に過ぎない。唯一人間の中で真に悟りを開き、世を識った彼は私の夢の為に動いてくれている。彼女達の事はもう気にする事は無い、巴アンリ。君はこのまま前に進み、人類にその全てを捧げて歩ませてくれ」

「ひゃは、ぎゃはははははッ! オーケー、オーケー……オマエの願い、全てこの耳で聞いてやったよ。オレを以ってして、聞き惚れる程の演説だ。世界のピエロのハートを射止めるなんざ大層な壊れ物だってぇ話だ。テメェはよ」

「っ、さっきから聞いていれば…アンタ何ソイツに共感してんのよ!? 私たちを地上に返して、貴方もどうにかこの月から脱出するんじゃなかったの? 此処まで裏切る気でも起こしたって言うの? 答えなさい。私は、何も言わないアナタの考えを理解する事なんて出来やしないんだから!」

 

 セイヴァーの物言わぬ圧力に気圧されながらも、その向こう側にいるアンリに向かって凛は声を張り上げた。そうだ、その通りだ。周りのマスター達もその想いに共感し、我に返って己のサーヴァント達を出現させる。凛のランサーはまだ戦闘に耐えられないが、バーサーカー及びにアーチャーは健在。宝具一回分の疲労があるアーチャー組に対し、バーサーカーは現界程度の魔力しか消費していない。ラニの魔力もまだまだ余裕がある。

 戦闘態勢を整えた彼女らの傍らで、タマモだけは何も言わずに立ちつくしていた。その手元に武器となる神鏡すら出現させずに、ただじっとアンリを見つめている。

 

「遠坂嬢。そうは言ってもオレを許してねぇんだろ? 内側から込み上げる怒りの感情が声にも出てやがるしな。綾乃嬢は裏切ったのか、という失望に変わったか。だが流石はラニのお嬢だ…精神に動揺一つねぇ。己を律することに関しては天才的な人間だな」

「ですが、私もその答えを聞きたいと思っています。あなたの口からハッキリと、トワイスに与するのか私たちの当初の予定通りに事を進めるのかを聞かせて貰いたい。あなたを攻撃するのはそれからでも遅くはありません。あなたは、英霊との真っ向勝負では霊核を狙われればひとたまりも無いのでしょう?」

「そうとも。そこのセイヴァー…だったか? トワイスのサーヴァントの攻撃一つで消え去る様な、よわっちい英霊モドキだ。だが、コイツが守ってくれるんなら攻撃とかも意味はねぇよな」

「……その発言、あなたは」

「さぁて? どうだか。オレの言葉は天の邪鬼? それともオオカミ少年か、ピエロが踊るのは観客を楽しませるため。オレの言葉一つで命運が決まるたぁ…道化も出世したもんだ。さながら世を遍く照らす黒い太陽ってか?」

「ふざけないでよ。あなた、一体誰の味方なの!?」

 

 ケラケラと体全体を使ってアンリは込み上げる笑いを表現した。背後でそれだけ騒がれているにもかかわらず、セイヴァーは眉ひとつ動かさずに不動を貫いている。

 

「さぁ、彼女らの御託はこれまでだ。時間はゆっくりあるが、その間に我がサーヴァントと言えど流石に三体の英霊相手は厳しいだろう。行って打ち込んできて欲しい、巴アンリ。君こそがこの世界を救う最後の手段なのだから」

「分かってる…分かってるっつうの。だけどよ、その前に一つウチのタマモに聞いておきてぇんだ。オマエの願いが全ての終止符なら、この聖杯戦争が終われば全ての英霊は消滅するかもしれねぇだろ。だったら、一つ聞いておきたいことぐらいあったって構わねぇと思わないか? なぁ、トワイスさんよ」

「……時間はそう多くは無いのだがね。だが、彼女達も最後の希望としてキャスターに期待しているようだ。この時間位なら、構わない」

「サンキュー。黒太陽の導きがあらん事を、ってな」

 

 トワイスが隔てる柱一本分の距離を置いて、アンリは正面からタマモを見据えた。対するタマモもまた、アンリの瞳を見て離さないと言わんばかりに視線を送る。

 硬直と、しばしの空虚な時間。先に口を開いたのはアンリの方だった。

 

「オレについてきてくれるか?」

「……何をいまさら」

 

 タマモらしいが、アンリに対する彼女らしくないままに、彼女は鼻でその問いを嗤う。

 ふんすと腰に手を当て、タマモは呆れたように言い放った。

 

「信じるも信じないも、アナタの答えはいつも正しい。私はあなたに仕えましょう。私は貴方の御心のままに、全ての道を共に行きます。どのような選択を取ろうとも、私はそれを肯定することしかしません」

「おうよ。それを聞けて安心しちまったオレも……中々に残酷らしいな」

 

 また笑い方を変えて、ケッケッケ、とアンリが肩を震わせる。

 それっきりだった。アンリは片手をひらひらと振ると、タマモに背を向けて聖杯の元へ歩きだす。凛達が望んでいた展開とは正反対の状況になったと知り、サーヴァント達がアンリを止めんとマスターの指示で攻撃を開始。瞬く間に戦場に発展したその場で、唯一静を保っていた最強のサーヴァントが目を開いた。

 

「―――かの者の選択こそ、人類が悟りを経て真如へと至る道であるならば」

 

 途端、衝撃。

 目に見えない聖なる流れが発生し、アーチャーの矢を全て弾き飛ばす。バーサーカーの突進を妨害する。

 

「我は衆生を救済すべく、(ヴァジュラ)を持ちてそれを導かん」

 

 再び衝撃。

 マスターの位置まで押し戻された全てのサーヴァントが苦々しげにマスター共々顔をしかめる中で、タマモ一人はアンリの背中を追っている。彼女の視界が聖杯の中へ伸びる階段を上って行くアンリを捉えたまま、全ての運命が動きだす音がした。

 

 戦いは今、電子の海で――――

 




最終決戦という名称があるのかもしれない
戦いは続くのか? そう聞かれれば何も言えぬであろう。

何を以て、戦いと謳うかは当人しか知り得ない。
我々は声も届かぬ傍観者でしかないのだから。




と言うわけで裏切り回。
アンリもストレスは溜まります。自分自身の悪意は吸い取られて魔力になりますが、発生しないということではないのです。その時の悪意に満ちた思いは必ず記憶に残り、自我を侵食する要因となりうるのですから。

あ、まだまだ続きますよ? 本編。

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