Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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最近他のほうにインスピレーションが行き過ぎて、中々こちらを書けませんでした。
それでも何とか書き上げましたので投下します。


Play the hypocrite

「っしゃぁ水面見えてきたぞー!」

「私も元が元ですからねぇ。真っ暗闇よりはおひさまの下の方が調子が出てきました」

「……心底すまん」

「え、何でそこで落ち込むんですかっ!?」

 

 アリーナの第二層。

 ようやく水面が見えてきた明るい海の底で、漂うワカメに一回戦の少年を思い出していた二人は気楽な気持ちで歩き回っていた。敵の姿はエネミーとして多く感じ取れるが、毎度毎度と潜り込む度に感じていた殺気に満ちた重苦しい雰囲気は無い。

 抑圧から解放される自由を謳歌する二人に、戒めるような少女の声が届けられた。

 

≪それではオペレーションを開始します。アリーナの構造はほぼ一本道。アリーナでの戦いには制限はつけられますが、トラップに関しては一本道なので避けて通れないのは当たり前でしょう。これまでそう言った被害を経験した事はありますね?≫

「キャスター、ラニが仕事催促してくるんだが」

「そこは従いましょう。じゃないと勝てる試合も勝てません」

「それもそうだな」

≪……ともかく、私達もマスターである限りは仕掛ける側に回ったとしても何の文句も言われません。トラップによって相手を確実に追い詰め、決戦で“良い勝負”などと言う無駄な事は思い浮かべずに、勝利をもぎ取るための準備を進める…これは聖杯戦争を勝つ上で当たり前のこととして考えてください。あなたはどうにもその傾向が見られませんので、忠告させていただきます≫

「わーってる。赤子も喰い殺した事のあるオレにとっちゃ今更汚ぇだの言える立場じゃないさね。そんで、トラップの方は造り終わってんのか?」

「ラニさんと私による敵のアサシン…いえ、李書文限定の特製トラップです。これで落ちなかったらもう男じゃないって奴ですよ。最近はようやくアレも型になってきましたからね」

 

 既にアサシンの真名は朝の間に見破っておいた。

 二の打ち要らず、などと御大層な言葉で言われた歴史上の人物は中国の河北省にて生を受けた武人「李書文」ただ一人しかいない。晩年ならば狐を狩る槍がある、と言った発言も六合大槍を重視した積み重ねによって極めた史実が合致していることから特定は直ぐにできた。

 気を扱う術を心得ているのは、伝えられた「二の打ち要らず」が牽制のみで相手を倒してしまった。という史実が遠当ての様な技術=気の扱いも可能という解釈から生み出された物として間違いないだろう。

 

 しかしアンリは、そんな事よりもキャスターの最後に言った言葉が気に掛かった。

 

「…“アレ”? 聞いたことないんだが…」

「え、と。私ってキャスターだから近接攻撃は今までみたいに呪符を体に張った捨て身のインファイトしかしてないじゃないですか。だから安全面を考えた近接用のスキルでも作ろうかなって思ったんです。去勢拳」

「……きょ―――いんや、最早突っ込んだら負けか」

≪成程、確かに近接スキルの一つがある無しでは戦局が大きく左右――≫

「真面目な解説もいらねぇっての……」

≪がんばれお兄ちゃん! ありすが見ててあげるからね≫

「残酷な子に育っちゃって悲しいもんだぐぇっ!?」

 

 本拠地の二人に追撃を喰らって肩を落とす彼であったが、油断をしすぎたせいか、その横から突如として現れたエネミーの尻尾の針に貫かれることになってしまった。横腹を貫通した針はマスターである人間を殺すには十分であり、まさかアンリもこの様な所でリタイアするとは―――なんてことは無かった。

 

「知ってるか? 李書文は力比べを申し込まれた相手に、深く壁に突きさした鉄棒を抜いてみろと言った。だが、力自慢の挑戦者は引きぬく事は終ぞ出来なかったってな」

「と言う訳でエネミーさん、あなたがリタイアですよ」

 

 キャスターがペタッと直に貼り付けた札から火の手が上がり、エネミーだけが綺麗に燃やしつくされる。アンリは穴のあいた体に「穴」から調達した泥を追加して修復すると、昼飯が零れ出て無いだろうな、などと言う冗談を零していた。

 

「最近再生速度上がったか? なんか首以外なら真っ二つにされても一瞬で復活できるような気がしてきやがった」

「ご主人様の魂を食べたせいで、体が本能的に足りない分を急速に掻き集めようとしているのだと思われます。…ところで、もう一口いいですか?」

「これ以上喰われるとオレがぶっ倒れるっての。欲張り狐は妲己だけで十分だ」

「流石にあんなのと一緒にされるのは嫌です! でも美味しかったのは本当ですよ。熟成された日本酒よりもずっと甘美……」

 

 うっとりと魂の味を思い出したキャスターを放っておくと、アンリは端末の通信に呼びかけた。

 

「ところで仕掛ける点はどのあたりにする? 相手は曲がりなりにもアサシンっつうし、広いスペースが丁度いいと思うんだが」

≪そこから進み、三差路を右に行った所が地形ステージを利用した広場になっています。そこの効果が効き始めるタイムロスも考えて、その途中に在るポイントに仕掛けましょう。方法はいつも通り端末を接触させるだけで結構です≫

「あいよ。っしゃ、そんじゃキャスターさっさと行くぞ」

「えへへへ……って、ああ、置いて行かないでください!」

 

 エネミーを各個撃破が可能な主従と言うありえない存在故、別々の方面からの奇襲と言う事も考えられるのが彼らの成せる戦術の一つでもあるのだが、それはキャスターが望まない上に、単独行動スキルが無いというのにマスターの傍を離れるサーヴァントなどまずあり得ない。

 幾ら自由に見えても、結局のところは大きなルールに従わざるを得ないのは他の参加者とまったく同じ。変えようのない事実は必ず存在するのである。

 

「っと、この岩盤辺りで良いのか?」

≪トラップの上を確実に通る場所にしておきたい……そうですね、早々に見破られる事は無いと思われますが、効果としては気を揺さぶる物ですから一瞬の方が成功確立は高いでしょう。岩場の中心になるよう設置してください。出力を上げて此処の岩場全体を効果範囲にしておきます≫

「一歩踏み出しただけでアウトってか。プログラムはからっきしだ。後は任せた」

 

 そう言って地面に端末を翳すと、その触れた箇所に直方体の物体が転送される。黄色い光をじわじわと吐き出し始め、淡い黄色の光は岩場の端から端まで行き渡っていく。それは目の前で大量の水で薄められる塗料の様に色を失っていくと、魔力での探知でも探せない程の透明感と不鮮明さでトラップとして設置された。

 

≪作業は完了です。お疲れさまでした≫

「つってもアリーナ来ただけだがな。疑似空間で疲れるっつうのも不思議な話だ」

「そこはムーンセルの再現力マジパネェでいいんじゃないですか?」

「だったら、オレの泥の本質も再現してほしかったんだんがなぁ。ま、サーヴァントにとっちゃ最悪の効果だし、キャスターも消えずに済んだから大丈夫か」

 

 さらっと恐ろしい事を言うアンリだったが、彼の泥は人の悪意を練り固めたモノである事は承知の上であると仮定して話を進めよう。その本質は単に悪意を吸い取って彼の魔力へと変換するだけではなく、その悪意の中に存在する人間の意志が相手に「拒絶」を押しつける事こそが本質であるのだ。

 そうなれば、信仰や伝承で語られているサーヴァントは語るべき人間にその存在そのものを「拒絶」される事で力を失い、闇に呑まれる。とはいえ、彼自身が強く意識せねばそのような力を使えない辺りを考えれば、結局宝の持ち腐れであった訳であるが。

 

「気になるところですが、まぁ聞かなかった事にしましょう」

「脂汗隠れてねーぞ。気にしないってんならオレも見なかった事にするけどな。ケケケ」

「う~ん、やっぱりご主人様はそう言った悪役面が似合っちゃいますね」

「そりゃ良かった」

 

 他愛も無い会話を繰り返し、彼らは何事も無く第二層から姿を消した。

 後は、ユリウスを確実に倒し、その一日と言う短い機嫌の中で脱出の機会を探るのみだ。

 

 

 

 次の日、行動を開始するまでにアンリは図書室に訪れていた。

 ユリウスは暗殺者だの黒蠍だの言われる辺り、絶対にこのような表の歴史には名前が無いだろうが、問題は綾乃と当たってしまったレオの事である。アレは敵と判断した者に恩情をかける性格ではないと思っていたが、せめて猶予期間位は設けさせてくれるような歴史や弱みはあるかもしれないと想像していたからだ。

 

 しかし、その結果は凄惨たるものである。アンリの座っている席の辺りには本が巻き散らかされているが、彼が調べたハーウェイ関係の歴史は全て完全無欠の歴史であり、その欠点は今のところほとんど見つかっていないのだと語っていたからだ。

 

「あークソ…つぅか(やっこ)さんのマスターはサーヴァントじゃねぇんだから歴史とかマジ意味無ぇだろ。ああ、やめだやめだ。こんな完璧超人なんざ見てたらオレが狂っちまう。李書文の事でもおさらいしとくきゃ―――」

「……ああ、珍しく出会いましたね。お久しぶりです」

「んお? おぉ、レオ坊か。見ないうちにすっかり変わってねぇなあ」

「仰りたい事が分かりませんね。相も変わらず言葉遊びがお好きなようだ」

 

 そうしてアンリが打ちひしがれている所に、噂の云々と言う訳ではないが、レオナルドその人が現れた。相も変わらず迷いの欠片も無い瞳は直視するには眩しすぎて、自分の悪神としての在り方に真正面から文句を言っているようにも思えてくる。

 太陽の剣を持つガウェイン卿が控えているのだから当たり前か、と無駄に納得した彼は、姿勢を猫背のままで正してレオに向き直った。

 

「オレに何か用かい?」

「いえ、見かけただけですから挨拶をば。……しかし、こうして見ると改めて不思議に思います。万人を等しく見るべき僕が、あなたに対してはこうまで嫌悪を抱いてしまうとは。悪神と名乗っているようですが、その辺りも関係はあるのでしょうか?」

「さぁて、ね。オレ自身自分を把握しきれてねぇし、時々新しく宝具が使えるようにもなるから詳しい事は知らん」

 

 ひらひらと手を振る彼は明らかに真面目な態度ではなかった。向き直ったにもかかわらず、適当な事を抜かすアンリの姿はよほどレオには失礼に見えている事だろう。だが、レオは表情一つ崩さずに言葉を紡いでいく。

 

「英霊が宝具を持っているのではなく、得る、とは。また不思議な事を言いますね。……あなたなら兄さんを打ち負かす事もあるかもしれませんし、参考までに聞きますが…幾つの宝具を持っているのでしょうか?」

「あ~っと……ひぃふぅみぃ…戦闘用には三つ。日常用が二つ、クソ役にたたねぇのが一つだ。虚偽する穢神(ドゥルジ・ナス)は戦ってる最中でいきなり発現して、信仰せし神の醜形(タローマティ)は他人に縋る想いの時に出てきたんだったか」

「まさか本当に答えてくるとは驚きました。いえ、もう一つの意味でも十分驚かせていただきましたよ。まさか日常用とは」

「名前だけじゃ効果のほども分からんだろ。ただの悪神(ゾロアスター)仲間の名前だしな」

 

 英霊としてはあるまじき、しかし、堕落を良しとする悪神としては正にそれらしい場面でのカミングアウトだった。その中でも炬燵の中で出てきたドゥルジ・ナスが自他問わずの生命線を担う役割になるとは、一体誰が予想できたであろうか。現に、その能力を知ったばかりの頃の自分は「世界の理に喧嘩売り過ぎだ」と言って苦い笑みを浮かべていた事を思い出す。

 レオもそろそろ彼と話すにも時間が惜しくなったのか、早々に切り上げるようにしてそれでは、と退席を告げた。

 

「まぁ決戦までは綾乃嬢に手を出さねぇでくれると助かる。一応はお前を不戦勝にするつもりだしな」

「また僕達だけでエレベーターに乗る機会が訪れるのですか。これで3回目になるかと思うと、少し寂しいモノですね」

 

 レオの発言から考えるに、どうやら猶予期間中にレオの対戦相手は脱落していたらしい。それがエネミーによるものか、トリガー取得忘れによるものなのか。はたまた彼ら自身が手を下したのかは分からないが、情報も十全に得られない時期に敵を退けるという事は、それだけの情報量をものともしない地力があるという事だろう。

 ただ、アンリとしてもキャスターの真名が分かったからには100%以上の力を引き出して戦うべきだと考えていた。それがレオのそれに匹敵するかはどうかはともかく、真名の分かっている英霊同士が二人同時に戦えるという利点を生かさない手は無いだろう。真名の理解以前に、この二人の場合はあまり変わらないかもしれないが。

 

「ですが、この戦いから背を向ける者に僕の対戦相手が含まれるというのなら見逃しましょう……ええ、いいのですよガウェイン。戦いを前に尻尾を向ける輩は逃げさせればよいのです」

 

 霊体化しているガウェインに語りかけたレオは、アンリにこれ以上は流石に時間の無駄でしょうから、と断ってからその場を去って行った。あれほどに接触点を持っていた二人の関係も、あちら側にしてみれば淡白な夢の些細事の一つとしてとらえられていたようである。

 

「さぁて、戻って可愛いサーヴァントに頭下げに行くとするか」

 

 とはいえ、彼の頼みなら頭を下げるまでもなく十分に聞いてくれるだろう。どこまでも卑屈に下から見上げる事を生きがいとしている彼は、腐った性根のままユリウスのサーヴァントを実体化させるための準備を整えに行く。

 閑散とした図書室では、もう彼ら以外のマスターの姿はほとんど見られないのであった。

 

 

 

 

 マイルームに戻っていたアンリは少しだけ驚いた。

 作戦会議の途中、ユリウスを確実に結界の罠へと追い込むためにまずはアリーナに入れる必要がある。しかしアリーナに一度潜ってしまえば、次の日まで探索は不可能になるのだ。つまりそう簡単にサーヴァントの調子を見たり、好きに戦闘での調整を行う機会を相手は一日分逃すことになってしまう。

 効率的な考えを重視する魔術師と言う生き物のほかに暗殺者をも兼任するユリウスは、簡単には此方の考えに乗ってくれる事は無いだろう。ましてや、タマモの独力とはいえアサシンに一撃入れているのも事実だ。あの時は矛盾点を見破る為の大きな布石になってくれたが、今となっては相手が警戒を強める一手にもなってしまっている。

 

 

 ここまでが前置き。アンリが驚いたのはこの後の事だった。

 

「じゃぁあたしが黒い人を穴の中に押し込んであげる! ウサギを穴の中に追い込むのは得意だもん」

「では私も彼女の提案に参加させていただきます。いつまでもバックアップばかりではいざという時に対処の腕がなまる可能性がありますし、あなたには聖杯を譲ってもらえるという大願も約束して下さいました。この為には私の身、一つ程度幾らでも差し出しましょう」

 

 逞しきは女性の(さが)か、と言えるような冗談でも無かった。

 

「オイ、ソイツはチョイとばかし無理があるんじゃねぇのか?」

「え? ありすはもう死んでるから、やられちゃってもお兄ちゃんにまた体作ってもらえるよ?」

「私も自分がどうなろうと、アトラス院の師の元へ聖杯を持ちかえる事を約束して下さればそれで結構です」

「――と言ってるみたいですし、ご主人様も任せてみてはどうですか?」

「いや…ただランルーくんの時のありすを思い出しちまってなぁ。……流石に二人目は難しいし、いざって時のバーサーカーが惜しい」

 

 バーサーカーはムーンセルからの規約によって事実上は戦う事を封じられているサーヴァントの一体であるが、アンリの宝具を使えば世界の定理を誤魔化して宝具の発動一度分くらいは自由にラニが動かすことが出来る。

 これは本当に緊急時になったときの保険なので、ここでいつ失うとも知れない工作行為にラニを繰り出すのに躊躇していた。もちろん、ありすも失敗確率は低いだろうが既に全てが終わった少女に様々なものを背負わせるまでも無いと考えている。

 だが女性陣は納得しなかった。最終的にアンリが折れる形になり、タマモはそんな彼に時には相手の意見を素直に聞き入れる事も大事なのです。と諭されてしまったが。

 

「……かぁ~~っ! 仕方ねぇか」

「ご理解いただけたようでなによりです」

「オーケー。そこまで言うんだったら先にアリーナに潜って待ってるさね。……ああ、死んだら心の底から盛大に弔ってやるよ」

「死後の事を考える必要はありません。成功率は90%を超えています」

 

 自信満々に言うラニの隣で、ありすもその通りと言わんばかりに頷いた。こうなれば人の意志には弱いアンリが口出すできる権利は消失する。後は野となれ、山となれというやつである。

 そんなこんなで、アンリとタマモは先に部屋を出た。早めにアリーナに潜り込んでおかねば、あの二人がユリウスとアサシンを追い込んだ際に先を越されるという間抜けな結果につながってしまうからである。そして、アンリは道化の仮面の上に愚者の仮面をかぶることにした。あからさまでも、此処まで来るならばおろかの一言しか言いようのない無様さを演出するために。

 

 

 

 

 再びアリーナに入ったアンリは、変わらない景色に飽き飽きしながら興味津々にアリーナに侵入する初期転送位置の様子をうかがっていた。

 

「さて…一世一代のデケェ芝居を打たなくちゃならねぇらしいが、道化役者は慣れてるか?」

「どうでしょうか。私たちサーヴァントは所詮伝承が作り出した幻影。その身を持って世界を渡り歩いたご主人様ならともかく、生前の“記録”も統一されぬ私では、はたして道化を演じた事すら無かったような」

「それなら学んどけ。相手を苛立たせ、不況をワザと買う事で生きていく綱渡りの御業って奴をな」

 

 ニタリと粘つく様な笑みを浮かべたアンリの手元で、端末が鳴った。

 

≪お兄ちゃん、黒い人がそっちに行ったよ!≫

「御苦労さんだありす。校舎は壊してねぇだろうな?」

≪問題ありません。私は危うくアサシンと思わしき相手から一撃を喰らいかけましたが、彼女のジャバウォックが身代わりになってくれました≫

≪でもね、ジャバウォック学校で使っちゃったから神父さんに取り上げられちゃった≫

「…上々だ。命を預かる側としては誰も傷ついてねぇならそれでいいさね」

「ご主人さま、奴らの匂いが漂ってきました」

 

 彼女の言葉に、アンリは視線を切り替える。ヘラヘラと卑屈な態度を一変させ、何事にも挑発をかけるようなうざったらしい目つきは見ているだけで不快な感覚を漂わせていた。ただ単に顔の造詣が良くない人を見ると息が詰まったような感じがするだろうが、彼のそれは嫌悪を顔の良し悪し以上に不快より酷くさせる。

 タマモもそんな彼の様子を見て思わず嫌悪感が抱きそうになったが、これが彼の仮面なのだと思えばごく自然に受け入れる事が出来た。後は―――彼らを迎え撃つのみ。

 

 一方、アリーナに入ったユリウスはアンリがあからさまに放出させた悪意と敵意のないまぜになった空気を吸っていつもの無表情を更に引き締めていた。暗殺者と言う立場上、ハーウェイの意向に沿わない私欲に溺れた連中を刈るときと同じか、それ以上の感情が込み上げてくる。

 つまりは、気持ちの悪い蟲を見下ろす様な無情な殺人機械。これほどまでに自分を魚出た対戦相手もいなかったのだが、と現状に甘んじていたユリウスは、相手の不快な空気を吸って改めて決殺を誓った。

 

「ふん…幼子とアトラス院を差し向けてきたと思えば、ご丁寧に罠を張っていたようだな」

「どうするのだユリウス。前に儂に一撃入れたように窮鼠猫を噛むとも言うが、今回ばかりは釣り餌も尋常では無いぞ」

「奴らの相手をして熱も入った。この気にいらない空気を吐きだすのが奴の口であるなら、息の根を止めるまでだ」

「ほう、それでこそよな。相分かった、少々気を昂ぶらせるとしよう」

 

 アサシンも随分と乗り気の様だ。このまま仕留めてやろうとアリーナの中腹部で行き止まりの方面に歩いて行った彼は、ふと、目の前で立ちつくす例の主従を見つける。それは十年来の友人の様に、軽々しく話しかけてきた。

 

「ぃよう暗殺者殿。ドブネズミ専用のネズミ寄せの御感想はどうだ?」

「何もかもが不快だ。前は偶然にも一撃入れたようだが、今回はそのような隙すら与えん」

「きひゃひゃひゃ! ソイツは重畳。ああ、それから此処はサーカスの会場にしてみようと思ってんだよ。何なら見世物小屋にでも行ってみるか? お前が檻の中のサル役だけどなぁ…?」

「ほう、こりゃあたまげたぞ。よもや主人の方が餓鬼と同類であるとはな」

 

 顔を無くし、仮面を顔としたアンリの本性がそれだと思いこまされたアサシンはくつくつと次なる戦闘に飢えていた。気の淀みや筋肉の動きから相手の行動を先読みできる達人級のアサシンと言えど、絶えず流動する泥の塊であるアンリを正しく認識するのは不可能だったようだ。

 実のところは、彼が宝具で本当に狂った相手の魂を「穴」から表面に引きずり出しているだけなのだが。

 

「やれ」

「応さ!」

 

 ユリウスの言葉を受け、全ての気配を自然と一体化させたアサシンがアンリへと近づく。すると、今まで沈黙していたタマモが突如として顔を上げ、狭い通路に並べられた見えない呪符を一斉に発動させた。

 それは先日のアサシンの透明化を打ち破ったものと同じ術式。自然の感覚を狂わせ、アサシンそのものを浮き彫りにして目標と挿げ替える魔術の炎符が彼に向かって飛び込んで行ったが――――

 

「やれやれ、儂らとて木偶では無い。対処の方くらいは心得ておる」

 

 その全てが到達してもすり抜けていく。ユリウスはルールブレイクを何度も行ったにもかかわらず、その全てのペナルティを受けずに法の隙間を縫い歩く男だ。一度きりの小さな失態に対する対処方法は報告書を書くよりも簡単な事。

 それによってアサシンにはタマモの呪術による自然干渉を完全に無効化する数式が入力されいた。だから、彼は透明化の無敵状態を保ったままで会ったのだ。

 

「……ヤベぇ、逃げろキャスター! あいつにはもう通じなくなっちまった!」

「ご、ご主人様!? ちょっと待って下さい!」

 

 苦し紛れに泥から作りだした武器の数々を牽制に投げ捨てると、アンリはタマモをつれて一目散に行き止まりの方へと走って行く。偽りの体であったとしても、その息遣いや瞳孔の開き方から、ユリウスは本当にアレ以外の対抗手段を持っていないのだと分かるや否や、意気込んでいた雰囲気を拡散させた。彼に残るのは、ただ作業を早めに終わらせようとする決意のみ。

 

「……追うぞ」

「急く必要も無かろう。もはやアレは……」

 

 最後まで言葉にせず、アサシンは姿が見えぬままにユリウスと歩調を共にする。アンリ達をもはや障害ですらない炉辺の石と断定し、ただ処遇を決めるためだけに。

 そうして進んで行くと、地形の岩場を利用した少し広めのステージに足をかける事になった。ユリウスは反応がする方向を狭い行き止まりの先だと感じ取ると、歩調もゆっくりとしたまま獲物を追い詰める狩人の様に慎重に歩いて行く。アサシンもその後ろにいたのか、岩場へと一歩目を乗り出した瞬間―――ソレが発動する。

 

 

 

 息を切らして逃げたアンリは、仕掛けのある向こう側で伸び伸びと柔軟体操をしていた。その姿には先ほどまでの狼藉っぷりは見えず、いつものように全ての物事に対して等しく軽い心持ちで接するような温和なもの。彼から発せられる嫌悪感は未だに収まっていないが、ユリウス達の目の届かない所では徹底的に素を出し切る性分のようだった。

 

「っし、これで相手も御開帳っと」

 

 そう言った先で彼が見たのは、完全に透明と化していたアサシンのサーヴァントが岩場に足をかけた瞬間に薄らと色素を取り戻していくような光景。やはりというべきか、その姿はユリウスが「放課後の殺人鬼」として名を轟かせている頃に見たサーヴァントと同じ「赤い中華服の偉丈夫」。

 鋭い目つきと燃えるような赤い髪が特徴的な、とてもアサシンとするには先ほどまでの透明化が無ければ疑っていたであろう見た目。しかし、そのサーヴァントから発せられる闘気はこれまでであって来たサーヴァントの中でも別格だった。

 

「は、ははははは! 見ろユリウス、大事だ。儂の気功を儂自身に返すばかりか、陰陽自在の八卦炉が土地の力を蓄えておったか、体にまで傷がつけられおったわ!」

 

 そのサーヴァントは愉快そうに笑っていた。ユリウスの白黒させる目を気にも留めず、ただただ己の技が破られた事に対して心底嬉しそうな笑みを浮かべる。爛々と光る目の中に光源である炎を揺らめかしながら、アサシンは高らかに言い放った。

 

「いや、見事なものよなぁ…我が圏境の根幹となる神経剄を傷つけるとは! これでは決戦の日までどう足掻こうと治る事はできぬ」

「愉しんでいる場合か…! しかし、何故俺は先ほどまでああも簡単に乗せられた…? いや、敵をすぐに補足しろアサシン。近くにいる筈だ」

「その必要もあるまい。奴らは目の前だ」

 

 アサシンが静かに構えを取った先、敵意を向けた方向からはアンリがゆったりと歩いて半透明なパネルの坂道を登って来ていた。彼らもまた、岩場を利用したステージの一端に辿り着くやいなや、戦闘態勢を整えている。

 

「さぁて、オレの観客の心をも溺れさせる劇場はどうだった?」

「……そうか。出力の高い精神に干渉する術式の使い手。それで俺の思考をこの場所まで誘導させたという事だな」

「それもあるが、アサシン殿は戦いたくてうずうずしてたらしいんでな、ご要望にお応えするよう、其方の頭にも少しばかり囁いてたっつぅ訳さね」

「ほぅ、そうかそうか。儂までもがおぬしの術中に嵌っていたとはな。見事と言っておこう、道化役者のサーヴァントよ」

「一応クラスは復讐者(アヴェンジャー)だ。専用スキルは無いけどな」

「復讐者か……無意味な役職だ」

「よく言われる。だが、復讐って意外と面白ぇぞ?」

 

 逆手持ちの短剣をクルクルと弄びながらアンリは笑った。

 ユリウスはそれ以上会話も必要ないと断じたのか黙り込みを決め始める。対し、アンリのキャスターは言いたい事が合ったようで、一歩踏み出してアサシンへと言い放った。

 

「それで、ようやく出てきたという訳ですし。やっぱり此処で死んじゃってください。ご主人様を食べる機会を作ってくださった事には感謝しますけどぉー、私も痛いのは大ッ嫌いですので。その苦しみの数倍は味わっていただくおつもりですよ」

「満漢全席とは用意のいい。まずはつまみ食いと行こうではないか―――と思ったが、見た所、我が国の伝承に在るダッキの類であると見た。狐の化かした飯は不喰(くわず)に限る」

「……どーして皆が皆ダッキだって言うんですかねぇ…? あの贅沢狐と一緒にするとか舐めてんですか!? むっかぁーー! 高天(タカマ)の両親に灼熱の中華料理にして送ってやるから覚悟しなさい!」

 

 言葉が終わった瞬間、タマモの隣から数本の槍が投げ込まれる。

 しかし難なく弾いたアサシンは、手で二回招き寄せる挑発を以って、魔術師と復讐者に答えを返すのであった。

 




遅くなって申し訳ありません。
一応エンドの構成を考えていたら3パターンほどできてしまって、当初の予定からどうにも外れていったんです。少し先の展開が判りにくい状態ですが、たぶん一番長くなってしまうであろう五回戦をお楽しみに。

あと、なんかアンリの愚者モードが違和感ありすぎて申し訳ない……

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