Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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晴れ晴れとした気分を胸に、1・2・3・4!
鬱々陰険とした血達磨を隣に5・6・7・8!

――さぁ、あなたはどちらに立っているのかしら?


Clear sky

 魂の一部を削られたとはいえ、それで巴・M・アンリという存在の根底が揺るがされる事は無い。問題はキャスター…いや、タマモに供給される魔力の全てにアンリとまったく同質の量の「悪」が流れ込む事だったが、彼女の真名を正しく認識したことで、その流れ込む最悪の因子も彼女の妖怪としての面が受け止め、これまで以上の力へと変換している。人間よりな英霊として召喚されたにもかかわらずこの様な現象が起きているのは、やはりサーヴァントの性質はマスターによって左右されることにも関係しているのだろう。

 時に、妖怪とは即ちおそれ(・・・)られるもの。人間の恐怖や怒り、絶望などを最も多くその身に受けたものが大妖怪と呼ばれ、死してなおその妖力や呪いが死した地より広がり災厄を引き起こすこととなる。

 しかし、逆に考えてみるとその妖怪の性質に近いアンリと言う存在もまた―――

 

「決して英霊とは言えませんね。邪神や悪霊、と言った霊的な俗称の方が適応されるかと思われます。神格の存在が身を落として人霊になった場合は族の英霊以下になる弱体化が常ですが、巴アンリ、あなたもその例にもれぬ存在と言えるでしょう」

「体質なんだからほっとけっつの。それにオレの周りの人間が皆な笑顔になるから良い能力だぞ? みぃんなハッピーうれピーよろピくねー! って奴だ」

「落ち込むための感情が無ければ、そりゃ天秤も反対側にストーンと落ちるってやつですよ。ご主人様も意外と腹黒だったんですねぇ」

「見た目からして黒いがな」

 

 アンリが近くにいれば、どれだけ落ち込んだ人間がいても片っ端から負の感情を吸いこんでしまう。そして全ての負が無くなれば、当然残った「善」の感情が無理やり引っ張りだされて心の均衡を保とうと増大する。

 そんな心を操る術を持っているかのような危険な男は、戻ってきた相棒の調子にいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべながらに腹黒とは人聞きが悪い、とおどけて見せた。

 

「それはそーと、まずは今から始める聖杯戦争脱出計画(物理込)の作戦会議だ。ありすも出てきておけ」

「はーい」

 

 にゅ、とアンリの肩口から突如として伸びた白く細い腕。そのまま破けた障子の向こう側を通るようにしてアンリの体内からありすが体を構成しながら出てくる。いつものゴシックロリータ調の服も健在のようだ。

 

「お兄ちゃんの中の人たち面白いね」

「そりゃあ一度死んでるから適度な悟りも開いてるかもな。とにもかくにも、ありすも席についてくれ」

 

 悟りと言う定義に適度も過剰もあるのかと言う突っ込みはさておき、これでこの月の聖杯に招かれたメンバーと相成った彼らは、一つの大きなちゃぶ台を囲んで座っていた。アンリと向き合う形になったのはラニとタマモ。ありすとアンリがその対面に並んで座ると、彼は泥の応用で作り上げた何かの系図を台の上に広げた。

 

「これは、ムーンセルの命令系統でしょうか」

「その通りだ。オレの泥が潜行してデータの流れに乗って行くうち、こうした流れが出来上がってな。間に副社長や部長は通してるが、基本的な機能はこの校舎内の役割しかねぇから精々が三段階に分かれる程度だった。総司令のムーンセルと、それを介してルールなどを作り上げ、ムーンセルに実施の助言するセラフ。そしてそのセラフの中にいる俺達をサポートするNPCのAIシステムやその他厳密な世界のルールだな」

 

 しかも、事実電子虚構世界(SE.RA.PH)が自分達の監視の全権を請け負っているに等しい現状だ。ムーンセルは膨大な演算の肩代わりをしているだけで、後はセラフからの異常を逐一報告されているに過ぎない。

 言わば、幹までしかない大木の様なものである。全ての情報と言う栄養をセラフと言った根っこが吸収、選別して幹が伸びるように一方的に送り続ける。とはいえ、本物の木と違う所を上げるなら、それ以上変化はしても成長はしない事だろう。

 

「後は普通のハッキングと同じだ。こうした末端の端末からアクセスして大本に辿り着く。そして直接接触した後に此方の都合のいいようにシステムを書き換えて、オレらはドロン。後は遠坂嬢に事の次第を伝えて、丁度いい場所に移動するだけだな。問題は残るが」

「やり方から発想まで。ハッカーとしてはどうしようもなく幼稚な策。どう考えても問題しかないと思われますが、そちらで言う問題とはどのような?」

「容赦ねぇでやんの。まぁ、これらの行動を起こせるのはオレが決戦の日にしかできないってことだ。NPCも必要最小限になればごちゃごちゃした流れを強制的にオレの手に握ることが出来るし、ユリウスをぶっ倒してからの方が無駄な妨害もなくスムーズに行けるだろ」

 

 あっけらかんと言い放つが、その道のりはかなり厳しいものである。だが、そんな無茶を通してもムーンセルの防壁をかいくぐる事は不可能に近いだろうし、何よりこれは世界の意志そのものに喧嘩を売っているようなものだ。

 目に見えず、触る事も難しく、何処にいるかも分からないのに的確に此方を潰せる力を持つ敵に真正面から立ち向かう、と言った表現が正しく当てはまるかもしれない。

 

「つーわけだ。とりあえずはこの五回戦を勝つ事が当面の目標になる。場所に関してはオレの中でもウィザードに似たような能力を持った魂に体を与えて視聴覚室で作業させてるから、セッティングに関して心配ねぇよ。不安ならラニ嬢、遠坂嬢と結託して視聴覚室をカスタマイズしてきてもいいが?」

「そうですね、改造はともかく視察を行わないことにはどう扱うかも予想が付きません。それにあなたの説明はあまりにも不十分で要領を得ない物ですので、あなたが言う者たちと語らって様子を見てきたいと思います」

「オーケー。そんじゃありすは綾乃嬢んトコ行って来い。しばらくご無沙汰してたし作戦概要もオレの一部になったお前なら分かるだろ」

「とりあえず、お兄ちゃんの頭の中の事を言えばいいんだよね」

「十分だ。それじゃキャス……ああっと、そんな顔すんなっての」

 

 流石に一日二日、ましてや一時間程度しか経過していない中で突如として呼び方を変えることは難しかったらしい。むくれたタマモの方を見たアンリは、改めて彼女の真名を呼び名として口にする。

 

「玉藻、アリーナで暗号鍵取りに行くぞ。何時かも言ってたが、前哨戦でリタイア何ざ笑い話にもなりゃしねぇからな」

「はい♡ どこまでもお供いたします、ご主人様」

 

 流暢な発音と共に彼女を呼び、各人は割り当てられた役割を胸に長屋と言っても過言ではない程に拡張されたマイルームを後にする。誰も居なくなった寂しい部屋には、ただただ偽りの泥が波風立たずに残るのみであった。

 

 

 

「それで、キャスター」

「あー! 早速呼び方戻ってる無いですか」

「人前だ。早々に真名晒すわけにもいかんだろうに」

 

 アリーナに侵入して直後、アンリは彼女に向き直って話しかけた。流石に殺気を先ほどからアリーナ中に撒き散らかされているからには敵がいるからの配慮だったのだが、タマモにとってはせっかく名前呼びになったのに、人前では名字呼びの無駄に空気を読む恋人の様な感じがして少し残念だという思いをオーバーに表現してしまう。

 そんな彼女をどうどうと諌めた彼は、今回の戦いについて聞く事にしていた。

 

「正直なところ、あの中国気功を使うサーヴァント。やっこさんは“アサシン”と呼んでいたが、勝てるか?」

「本来のアサシンは山の翁の一族に伝わる歴史による力の積み重ねの筈なんですが、アレは一代だけの技量でそれに匹敵して“アサシン”というクラスをもぎ取った規格外。正直なところ、暗殺者というクラスは相手を殺すことにおいては最強の補正を持つクラスですから、こう言った一対一の戦いって言うのは凄ぉく不利で……」

「結論としては?」

「普通には無理臭えっすよ。何ですかアレ、目の前にいるのに存在を消す透明化とかチートも甚だしいってやつです。しかも存在を隠しているから物理攻撃に還元される私の魔術は干渉できませんし、あの変な防御を突破しない限りは万策尽きたも同然かと」

「それを聞いて安心さね。ここで驕り高ぶって余裕とか言ってたら碌すっぽ対策も出来ずにやられてただろうからな」

 

 こうして自分に対しては素直に何事も報告してくれるタマモの事を、アンリは気にいっていた。嬉しさを隠そうともせずに行った台詞の後、彼女は神妙に頷いて彼の考えに同意する。

 

「いつの世も欠点を認めぬ者に天照らすことはありませんよ。…と言う事ですが、ご主人様は何らかの手段をお持ちで?」

「い~や、いっそオレの魂圏に放り込もうかとも思ったが、流石にそんな怪しい所に奴もノコノコと入ってはこないだろうしなぁ。あっちに入れちまえば、世界法則がオレの制御化になるからムーンセルの枷も気にせず強者で遊べるのによ」

「良いですよねぇ、強い奴を這いつくばらせて見下すのって」

「良いよなぁ。でもそれってほとんど実現できないどころか、いたぶる時間があればその隙に反撃されるのがオチだよなぁ」

「「はぁ……」」

 

 妙に気が合う趣味を持っていたとしても、とにかく今のままでは五回戦を勝つというノルマを達成する事も叶わない夢である。

 

「どちらにせよあの根暗と戦闘狂も此処にいるみたいですし、完全復活した私の実力でアタックかけちゃいます? あっちもこんな殺気をまき散らしてまだまだ遊ぶ気のようですし、アプローチくらいは掛けられると思います」

「そうだな。いざとなったら世界に嘘でもつきゃあいいだけの話だ。“攻撃を喰らったが、気功が及ぼす悪影響までは浸透しなかった”って具合にな」

「事前に知らないと駄目とは言え、ご主人様の宝具って簡単に時空に干渉してますよね」

「元々が神さまなんて言う実体のないモノが源流だ。そりゃ摩訶不思議ワールドでも問題ねえだろうさ」

 

 呑気な会話を続けながら、彼らはついに目標の敵がいる所までトコトコと歩いてきた。彼らがアリーナに侵入した事を知っていたからか、はたまた此方に歩いてくるという愚かな行動に死を与えんと思っていたのかは定かではない。しかし、確実に彼、ユリウスはこの魔術師主従のために足を止めて待ち受けていたのだった。

 

「ご機嫌麗しゅう」

「…貴様らは何だ? 実力差も分からず危機さえ抱こうとしない。愚か者にしては小賢しい程度には使え、蛮勇かと思えば絶対の自信を持って俺に相対する。それほどまでに不愉快な感情を抱かせたいらしいな」

「そりゃ、オレは悪神だしなぁ。人間を弄繰り回すのが日課つっても過言じゃねぇよ」

「万能の王となりうるレオを差し置き神を語るか。碌な戦いでも出来ぬ矮小な身で」

「神さまは祈られて、願いを叶えるのが役割だ。戦い辺りはギリシャの色ボケ神連中にでも任せておけばいいさね」

「成程、ならばアフラマズダの御前に送られろ。結局はゾロアスターの大神も光の神の前では掌の上で踊る孫悟空に等しいらしいからな」

「その願いは聞き届けられねぇな。御前はウチの相棒だけで十分だっつの。目移りしねぇようにしっかりと抵抗はさせてもらうぜ」

 

 ―――だから覚悟しとけ、人間。

 そう言ったアンリ・M・巴という男は、既に人間と言う範疇から逸脱したのだと言外に告げる。己が持つ殺害権限は、本来星の意志にも等しい存在が持つべきガイアの最終概念兵器。それを一個人として有するアンリにとって、ユリウスも己の刃が通るべき肉袋でしかないという認識に変えた。

 どんな過去を持っていても、明確な敵として現れた以上は排除すべき障害だ。ありすのように戦いと遊びの判別がついていないならともかく、慎二のようにゲーム感覚としても殺しに来ている相手に見せる慈悲はない。勿論、利用する価値が在るならとことん利用するスタンスではあるが。

 

「話はつきましたか? ではでは、お下がりくださいご主人様。これから先は私サーヴァントの役回りでございます故、あの女湯にでも潜り込んだら大惨事な女の敵を潰しにかかりましょう」

「ほう、修行ばかりで色事にかまける暇はありなんだが、女湯とは良い事を教えてもらった。せっかく現世の稀人として招かれたのだ、堪能させて貰うとしよう」

「げ、冗談で言ったのにこの有様ですよクソ暗殺者が。まぁいいや、女の敵は悪即斬。呪まーす!」

「悪と明確に呼ばれるのもいっそ清々しいものだ。どれ、我が姿を捕え切れるか? 東洋の狐精よ!」

 

 瞬間、今まで声が聞こえていた場所から気配が消失した。それでも暗殺者としてはありえない、遊んでいるとしか思えない程に放出された殺気の出所を辿ってタマモが防御の陣を取り、神宝される鏡を盾として見えぬ拳を防ぎきる。まるで削岩機がぶつかったような衝撃が鏡の中を跳ねまわり、操作しているタマモにフィードバックとして威力を伝えてきた。

 アサシンの一打目は確実に防がれている。これだけでも、彼女が自信を持つには十分。

 

「ほう、耐えたか。ならば後二手。それだけを打ち込むこととしよう。その間にわしの暗殺技術を探るも良し、この拳の対策を練るもよしだ」

「うっわ余裕綽々。腹正しいけど反撃できないのがまた…」

「そらそら、呆けておる暇は無いぞ!」

 

 後方から聞こえて来た声に反応し、タマモは防御障壁を「前方」に展開。まったく予想道理というか、アサシンの望むままの展開になっているらしく、攻撃を防がれた筈のアサシンは再び呵々と笑う。

 直後、彼女の張った結界の魔力流が淀められ、行き場を失った結界が自壊した甲高い音が鳴り響く。割れたステンドグラスのような破片を撒き散らしながら、それは東洋の異色舞踏に光の装飾効果を付け加えた。

 

「コォォォォ……」

 

 中国拳法特有の呼吸法。呼吸によって気を流す、というのはアスリートの例にもよくあげられるように、存外によく知られている事実だ。しかしその呼吸と言う物を習得するまでにはたゆまぬ鍛錬の日々と己を高め続ける意志が無ければどうしようもない。

 そしてサーヴァントとして呼ばれる程の実力を持つとなれば、最高級の戦闘技術に発展させた呼吸法と言う証明を自らを以って行っているともいいかえることが出来るだろう。タマモは彼の次に繰り出すであろう技を、その身に受けたが故に警戒していた。そして、彼女の読みは今ここにきて当たることになる。

 

「気密よ集え、逆巻く刃となれ―――呪相・密天!」

 

 本来の用途は風を操ることにより、凝縮させた風の刃で球状の小範囲を粉みじんに切り刻む呪術。しかし彼女がこの場で使ったのは、アサシンの攻撃を反らす為であった。

 詠唱の直後、アサシンの殺人拳が完全に消し去った気配と共に飛んでくる。隠そうとした不自然なものでは無く、逆に自然と一体化しているからこそ違和感を感じないアサシンの暗殺術は、なるほど、確かに恐ろしいモノだと認めよう。しかし自然を統べるは自然と共に生き、遍くこの世を想像せし神とも妖怪とも呼ばれる化生の者共の方が上手である。

 タマモは待ちに待ったアサシンの攻撃に、ニヤリとアンリ顔負けの悪の笑みを浮かべた。

 

「…! ア…シ…、戻――」

 

 外野が何か言っているようだが、生憎と乱しに乱した自然の気流によって声はかき消されているのだろう。タマモの狐耳をもってしても聞き取ることが難しかった声が、この人間の範疇を出ないアサシンに届く筈も無い。故に、マスターの忠告も聞こえぬアサシンはただ一戦一殺の信念のもとに獲物へと己が肉体と言う名の武器を振り下ろす。

 ただ、タマモは完全にその流れを読んでいた。ラニが星を詠むかのように、先ほどのアサシンがタマモの行動を促しワザと防がせたかのように。彼女もまた、アサシンを思い通りの動きにするために嵌めたのである。

 アサシンは気付いていない。風の刃は自分の透明化技術を破るには至ることはなく、スズメバチのように自分が二撃目を与える時は決殺を意味している。そう確信しているから―――気付かないのだ。

 

 拳がタマモに当たる寸前、風がふわりと弾けて周囲に散った。たったそれだけの行為で、タマモの魔力が辺りに満ち、自然と言うそのものの定理がタマモの世界として浸食される。残留魔力が一時的でも世界の中に残り続けるがために。

 その一瞬さえあれば、彼女がアサシンの透明化のブレを見つけ出すのは簡単だった。突如として異界となった隙を一瞬にして立て直すことのできる魔術師が居ないように、アサシンのその綻びも一瞬で周囲に適応、修復される事は決して無い。

 揺らいだ箇所はアサシンの腹や腕の辺り。丁度いい、と内心でせせら笑ったタマモは、アサシンの襲い来る拳の箇所を正確に見切り、腕に左手を当てて起動を反らし、己は跳びかかるアサシンの懐に入ってもう片方の手を握る。更に駄目押しと言わんばかりに、大量の呪符が握りしめられていた。

 

「ほぅ―――」

「炎拳でも喰らいなさい!」

「――ガァッハ!?」

 

 この状況下で感心したような声を洩らし、叩きつけられた炎を纏った見事なアッパーに感心は苦痛へと変えられる。呪符としての効果の多くはアサシンが纏う不可思議な透明法によって絞りかす程にしか届かなかったが、揺らぎを正確に討ちぬいたタマモの直接殴打はこの上ないダメージを蓄積する。

 

「最近のキャスターは体育会系なんですよ。そうじゃなきゃやってられないって言うか、ご主人様に逃げられちゃいますからね♡ っと、アチチ」

「呵、々々々々! ほれ見ろユリウス。こ奴らは独力で我が圏境に入門を果たしおったぞ! 二の打ち要らずも最早衰え、化生の類には通用しなんだか! いや、これならば年老いた槍士であれば狐を狩るには最適であろうになぁ!」

「……アサシン」

「いやぁ愉快愉快。この戦争、始まって以来ようやっと我が体に傷を作る相手と巡り合えるとは! しかしそれだけに残念よの、我がマスターがユリウスである以上、主らと拳で語らえる機会は最早無いのであろうが故に」

「喋り過ぎだ。戻るぞ」

 

 心底楽しそうな笑い声を上げるアサシンを、ユリウスは忌々しげな舌打ちと共にリターンクリスタルを割る事で連れて行った。止める暇も無く起こされた行動に対処しきれず、ずっと機会をうかがっていたアンリでさえ、ぽかんと見送ることしかできないでいた。

 

「…あのアサシン、随分と土産を残していったな」

「私には理解できませんけどぉー? 多分武術家の在り方とかそう言う固っ苦しい矜持から来るもんですよアレは。儲けもんですから素直に受け取っときますけどね」

「圏境に、二の打ち要らず…いや、“无二打”つった方がいいか。ああまで言う中国武術を極めた人間ってのは、探せば簡単に出てくるだろうな」

「ですが透明化の謎も解けました。一種の賭けでしたけど打ち破るきっかけにはなりましたし、ラニさんに頼んで専用の解呪魔術(デスペルトラップ)を作ってもらう事にしましょう。方向性も決まりましたし、ここの演算機能を使えば一瞬で出来ると思います」

「その辺りはムーンセルさまさまってトコか。この演算機能を利用してひきこもってる奴もいそうなもんだ」

 

 実際、そのような人物がいることに入るのだが、このアンリ達の行軍の歴史には語られる事は無い。アンリ自身も感知し得ない存在が故に、その存在もまたムーンセルの強制シャットダウンに巻き込まれて消滅する事であろう。諸行無常というものは等しく訪れるのだ。決して、それは残酷であるとは言えない。名乗り出ない物が悪であるのだから。

 

 さて、そのような考察はさておき、アンリ達も予想していた襲撃者を退けた事で、アリーナの最奥部にぽつねんと浮かんでいるトリガーコードの入ったデータボックスにまで辿り着いていた。慎二を相手にしていた時とは違い、陰湿な感知結界もトラップも施されていない辺りは手段を選ばずで攻めてくるハーウェイ家の黒蠍としては拍子抜けする所もあったが、何もないならそれで吉である。

 

暗号鍵(トリガー)取得ってな。ラッキーもアンラッキーも等しく受け止めるべきと言うべきか」

「私達も随分と内容の濃い日々を過ごしてきましたからね。ご主人様の(戦っている時の)荒い息遣いに、(武器を振るう時は)激しく攻める雄々しい御姿、もっと、もっとだと(血や魂を)求める必死なご様子…どれをとっても見惚れてしまいますぅ」

「何が言いたいかはよーく分かった。さっさと帰るぞ淫乱ピンク」

「なっ、全てのピンクがそうとは限り―――」

 

 体をくねらせながら反論するタマモだったが、彼女が全てを言い切る前に襟首を引っ掴んだアンリが転送ポータルに引き込む事で声は強制的に中断させられた。直後、鈴の鳴るような軽快な音が鳴り響き、このアリーナで生きている人間は誰一人としていなくなる。

 

「―――?」

 

 後に残ったのは、騒ぎを聞き付けてきた影の様なのっぺりとしたエネミーだけだった。

 

 

 

 

「ませんよ!」

「転送中の力説お疲れさん。よ、ありす」

「あ、お帰りなさい! 綾乃お姉ちゃんも決戦の日は一日ずれるから来れるって!」

「そりゃ良かった。あのレオ坊の事だし、流石の与一殿でも敵わねぇだろうからな」

 

 適度に騒ぐタマモを流しつつ、アンリは花の様な笑顔(実際はいつもの悪人ニヤケ面)をありすに向けてあいさつを交わす。三鼓綾乃の無事も確認できたことをよかったよかったと思いながらありすが遊んできたかを聞いていると、ドアの所からスゥー、と開く音が聞こえてくる。

 正門から帰って来たのはこの御殿の雰囲気に似合わないNo.3、ラニ=Ⅷだった。

 

「戻っていたのですね。視聴覚室の大規模アクセス装置は大方見てきましたが…あれは魔力あっての手段だという事が良く分かりました。聖杯には聖杯と、と言ったところでしょうか。何と言うべきか、魔術師としての観点から言わせてもらいますと“ふざけないでください”…でしょうか」

「酷ぇな。オレは何時だって真面目に、全力でふざけてるつもりだってのによ」

「その心構えが他の人をキレさせる要因じゃないんですか? というか、ご主人様は私の話し聞いてました?」

「ピンクが云々辺りからありすに集中を切り替えてたが何か文句でも?」

「ぐぬぬ……」

 

 呆れかえるような会話を続けていく中、ラニが空気を呼んだ咳払いをした事で場の空気が真面目ムードに切り替わる。作戦を始めるいつものようにちゃぶ台を取り囲んだ四人は、居間の真ん中で湯気の立ち上る茶を前に、真剣な顔つきへと変化して行った。

 

「それじゃ、今日の振り返りから行くぞ」

「では私から。まず、私がアサシンと再度対峙した時、前の奇襲の時から感じ取っていた野生のカンと言いましょうか、そのようなものから対策を考えた結果、これが功を成しました」

「第六感とは、また不確実要素を基準にした者ですね。私には真似のできない事です」

「エジプトニーソは黙らっしゃい。…コホン、ええっと、それで私が気付いたアサシンの透明化ですが、微かにでも反撃を可能とした点、相手の言葉から考察しますと相手は自然との一体化によって暗殺者然としたスキルを発揮しているのだと思われます。気配を消していたなら違和感位は感じられますが、それも無かった。仮に自然と同調したと考えるのならば、これらの違和感が消失した理由もつけられます」

「―――つぅ事は、ヤツを無力化するにはこのムーンセルが作り出す自然現象に干渉した措置を取る必要がある、と」

「そうですけど、今回はその逆にしようかと思ってます。ラニさん、錬金術師として活動しているなら自然干渉は不可能でも、人体構造に関してはお手の物ですよね?」

 

 アトラス院の魔術師は全てを式によって計算し、分割思考や高速思考と言ったおよそ人間の範疇を半ば外れた頭脳を持つ者ばかりが集まる辺境の者共。中でもクローン体としてロールアウトされたラニ=Ⅷは恐らく名前からしてラニシリーズの八号機という意味合いを持つのだろう。

 故に、その8号機に至るまでの経験や魔術特性は全て彼女の体に製造工程にて集約されている。とくに表の世界では禁忌とされる人工生命さえ容易く主流とする魔術師たちの脳波我々一般人には理解の及ぶところでは無いのだろうが、それ故に彼女はタマモが訪ねる通りの優秀な人体系の魔術を得意としている。

 

「はい。特定人物のサポート、つまりは私のバーサーカーを十全の物とするためこの戦争に参加する以前、我が師より最終調整を受けて来ています。データさえあればリプログラミングによるサーヴァントの干渉も不可能ではない筈です」

「おお、予想以上の大言じゃないですか。私から自然関係のアプローチは掛けてみますから、後でコレ。一緒に解析お願いしますね」

「了解しました。巴さんの真理を見たのでできる幅も広がっています。後で私の工房にお越しくだされば、すぐに対策用の霊装も作成できます」

 

 タマモが取りだしラニに渡したのは一枚の呪符。しかしそれは攻撃用や防御用の呪符では無く、タマモお手製の生きた日記のようなものだ。九十九神要素を含んでいるためか、自動記録要素もあって相手のアサシンのデータはこれに詰まりに詰まっている事だろう。

 

「アサシンについて大体話はまとまったか」

「ラニお姉ちゃん、あの赤いお姉ちゃんとお話はしてないの?」

「残念ながら、彼女もアリーナに潜っていたのか遠坂凛と接触する事はありませんでした。命令(オーダー)をこなせず申し訳ありませんでした、巴さん」

「まぁ視聴覚室の調整してくれただけでもありがたいって奴さね。――さぁ! 今宵はこの辺で解散だ、解散っ。一番四人全員が働いた面倒な日だったかもしれねぇが、やる事やったらすっかり眠って明日に備えんぞ!」

 

 手を叩いて解散を促すと、ありすは寝室に、ラニとタマモはラニの工房へ向かって対策霊装作りに勤しみ始める。まだまだ分からない未来を馳せ、その中心で我が物顔で踊る道化師アンリは満足そうに笑って、言った。

 

「戯曲となるか、舞台劇となるか。どちらにせよ、普通の奴にとっちゃ詰まらねぇもんはさっさと終わるべきだな」

 

 眠りこけてしまえば、そのまま死神の鎌が首に迫ってしまうのだから。

 




自己解釈多様で申し訳ありません。
設定としてひねり出したことに後悔はありませんから反省もしてませんが。

そして遅れに遅れて実に申し訳ありません。1000文字書いたら展開が…を繰り返した末、ようやく書き上げることができました。
そして結局、ユリウスとは正面切って戦うことに。相手のことを思いやっていたEXTRA主人公と違い、戦い殺すことに躊躇の無いアンリはどのような結末をもたらすのか? 果たして一行の企みが報われる日が来るのか?

次回はまた時間がかかりそうですが、必ず完結します。ここまでお疲れさまでした。

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