Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:幻想の投影物
これまで原作通りでタグ詐欺をしてしまい申し訳ありませんでした。
「…気がついたようですね。ここは既に他のマスターも使用していないとのこと。キャスター、あなたは存分に休養と魔力の節約に努めてください」
「な、ぁっ…!」
その声に反応して体を起き上がらせようとすると、全身に針でも打ちこまれた様な痛みが持続的に襲ってくる。体の至るところを串刺しにされた喪失感はいつぞやの那須野の時を思い出すが、こう思ってしまえば一度経験した痛み。耐えきれない事も無いと無理やりに手を動かすことが出来るようになる。
そのせいで自分の血液全てが流れ出る感覚が襲ってきたが、構わずに真っ先に浮かんだ疑問について、目の前の女に問いを投げかけた。
「ご主人…さま、は……どこに…」
「あなたに魔力を送るため、アリーナへ向かっています。彼は戦えますし、いつぞやのありすさんが召喚したジャバウォックという護衛もいるので心配はいらないものと思われますが」
何か問題でも、と言わんばかりの表情が恨めしい。ああ、確かにウチの御主人はその程度で倒れるような格の御方じゃないのは分かっていますとも。ですが、私が言いたいのはそんな事じゃない。
「トチ狂ったこと、言ってんじゃぁ…ねーですよ、この女……私の、私の、存在意義はどうなるって…言うんですか…」
「私とて、サーヴァントとして戦い、マスターと共にあり続けたいのは少なからず理解できます。ですがあなたがこの状態ではアリーナへ行っても消滅の危険性が高まるばかりで効率は非情に落ちるでしょう。彼もあなたの事は一度渋りましたが、あなたの容体を伝えたら納得してくれました」
「それが…余計だって言うんですよ……」
段々と痛みには慣れてきていたが、肉体の方が先に悲鳴を上げてラニに掴みかかったキャスターの手がシーツの上に落ちる。肉体が魔力欠乏の対策をイドの意識の中で行い、彼女の体は思うようには動かせなくなったものの、その瞳はラニの方を物理的に貫かんとばかりに向けられている。
だが、ラニはそれに関して不思議そうに首をかしげた。アンリにも言った様に、根性論をここでキャスターが言いだそうものなら確実なデータとして存在するこの電脳空間では術式や効率が全てと説き伏せるつもりだったが、その眼光を光らせるばかりでキャスターは体のどの部分も動かせずに荒い息を吐いて痛み我慢するばかり。
「――――」
「…今は眠って下さい。あなたのマスターが解決策を探して戻ってくるまで」
キャスターは口を開いて何か言いだそうとしたが、そのままぐったりと意識を暗転させて再びベッドに頭を預けてしまった。聞こえてはいないだろうが、そんな何かに関して必死な姿に、ラニは師の言った者を探していた頃の自分の姿が重なったようにも思える。
だが、所詮はくだらない妄想だと一蹴し、キャスターの動向を見張り続ける役に徹するのであった。
アリーナの中、偵察用の
≪聞こえますか、アリーナに入ったようですね≫
「通信良好っと。キャスターの様子はどうだ? そろそろ目覚めてる頃だと思うんだが」
≪一度目を覚ました後、あなたを案じてまた気絶しました。その時に起き上がって無理をしたようで、魔力残量が著しく低下しています。アリーナについて行くような暴挙はさせなかったのですが、再び目覚めた時はひと悶着起るかもしれません≫
「オーケー、こっちも急いで切り上げる。端末を空間の切れ目に翳せばいいんだな?」
≪ええ、防壁の解除はこちらで行います。それでは探索を開始してください。ありすさんも気をつけて≫
「はーい」
「ハイハイっと」
通信状態をオンにしたまま懐に仕舞いこみ、首をこきりと鳴らすと彼らはアリーナの中を進んで行った。前回ユリウスからの襲撃があった地点は良く見てみると死角が作り易い構造になっており、相手の姿が見えずとも襲撃をかわすのは難しかっただろうな、と事前準備を怠ったことによる後悔にも似た感情が噴き上がるが、それらは全て彼自身が吸収してしまった。次にはポジティブにいこうや、とありすに話しかけながら歩きだしていく。
「ところで、お姉ちゃんはどうやって治すの?」
「キャスターはな、いまのありすと同じで魔力で作られた体だ。オレから送られる魔力の流れは感じるな?」
「うん。ちょっと死ね死ねってうるさいけど」
「そう、オレの魔力はそうして負の怨念が入っててな、オレが魂を取り込んだ相手じゃないと精神汚染のおまけがついちまう。意図的に悪意だけを抽出して送ってたのが今までのキャスターへの供給方法だったんだが、そうすると作業工程で魔力が当初に送る量を10としたら2か3くらいしか残らないんだよ。んで、今回そのなけなしの魔力を通すパスがズタズタの穴ぼろになったから、それを治して繋ぎ直す為にオレの汚染された魔力じゃあなく、このムーンセルそのものが持ってる魔力が必要なんだ」
「えーっと…?」
「早い話が、純鉄でつくられたパイプにオレの交じりものだらけの鉄は合わない。だから別の所から純鉄を掘り起こそうってぇ話だ」
「あ、そうなんだぁ」
「うっわ、ずいぶんと興味の無くなったお返事で」
「だって難しいもん。知識としてお兄ちゃんから流れ込んでても、理解はできないよ」
「いきなり車の運転させるってことだな、そりゃ、オレが悪かった……っと、発見!」
雑談しながらエネミーを斬り伏せて行くと、ルール違反を主とするユリウスが暴れ回ったせいなのか、今までになくほころびの多いアリーナのウィークポイントに到達した。四回戦の初めに見つけたあの穴よりはずっと規模も小さいが、これくらいならプロテクト次第でラニ程のハッカーなら解析できるのだろう。
端末をかざすと、1・2秒で返事が返ってくる。その結果は―――
≪難解ですね。流石はムーンセルの創造物と言ったところですか≫
「駄目だったか?」
≪一種のダミーの様な物と考えていただければ≫
「成程、そんじゃ次だな」
おどけた様子で肩をすくめ、やはりそう簡単に上手くいく筈がないようだと息をつく。
「(これからダミーがある事を考えると……)ありす、一応ジャバウォックは出しておいてくれ。時間稼ぎにタイムロスが出たら笑い話にもならねぇからな」
「うん! それじゃ、おいでジャバウォック!」
そうして赤く禍々しい巨躯を持った怪物が三度、この世界に君臨する。ありすの一連の行動を見守る表面上は余裕綽々、と言った風のアンリだが、実際のところはキャスターの消滅の危機と言う言葉に関してかなりの危機感を持っていた。それ故に、普段のマイペースさや相手を馬鹿にしたような虚を突く行動を主とする彼にしては少し行動を起こすのが速くなってしまっている。
彼自身、なぜこんなにも焦りを感じているのかが分かっていない。ただ、キャスターを早く楽にしたいと思っているのか、無意識のうちに彼女に対して依存の傾向を持ってしまっていたのだろうか。恐らくはその両方だろうという自己分析をしながら、やはり進む足取りは心なしか大股になっていた。
彼が思うに、焦りは負の感情ではなく、己を駆り立てる
「お兄ちゃん、6つ目の切れ目だよ」
「―――ああ、いつの間にかこんなとこまで来てたのか」
ふと足元を見れば、自分的には2つめ、しかしありすが言うには6つ目の空間の裂け目に到達していた。気付けば己が握る歪んだ刃やジャバウォックの手にはデータの残骸が先ほどより多くこびり付いており、道中のエネミーを倒しながら此処まで来たのだと実感する。
(サンキュー、考え事してる間にオレの体動かしてくれてたのか)
(いつも良い夢見せてもらってる礼ですよ。そんじゃ、頑張ってください)
「っし、じゃあラニ、頼んだぞ」
自分の代わりに戦闘を行ってくれていた魂の一つに感謝を告げると、端末をその裂け目に近づけて反応を待つ。此れまでの裂け目も閉じずに修復されないことから、一日や二日ではこの綻びが無くなることは無いとは思うが、それでもやはりキャスターの事を考えると万が一を想像してしまう。
≪解析出ました。その場所なら問題なく魔力の道を作ることが可能です。割込回路も正常に動作しているようですので、戻ってきても構いませんよ。お疲れさまでした≫
「普通に終わってよかったね、お兄ちゃん」
「……そう上手くいけばよかったんだがなぁ」
「え?」
また、面倒な感情に囚われている間にゴタゴタガ始まっていたらしい。
すっと振り向くと、此方に向かってきている黒い影が見えるのだから。
「…マスターは健在、だがサーヴァントはそうはいかなかったようだな。それでも生きているとは、アサシン。あの女サーヴァントに手心でも加えたのか?」
「呵々、如何に女と言えど我が拳には手心の混ざる余地は無しというものだ。事前に防御策を練っていたあやつらの策が我が殺拳を上回っただけのことよ」
「そうか。では今回は確実に首を削いでおくしかないな」
そうして怨念が響きそうなほどの殺気をアンリ達に叩きつける。そのまま相手のアサシンは拳を構えた――らしいのだが、その前にん? という疑問の声をアンリの耳は聞きとっていた。
「そこの幼子はどう言う意味だ? よもや戦わせるわけでもあるまい」
「アサシン、余計な口を挟むな」
「まぁ良いではないかユリウス。こやつらの命尽きるまでの行楽だ。それで…答えは?」
「あたし、戦えるよ! 幾ら見えなくたって―――ジャバウォック!」
己が物語の主人公たるありすの号令によって、ジャバウォックは凶悪なプレッシャーと共に駆けだした。そして、その途轍もない魔力に加えてアンリから引き出された悪意に浸されたジャバウォックは、三回戦の頃より更に一線を凌駕した身体能力と暴力によってユリウス達に襲いかかる。
その手は振り上げられ、死の影を彼らの頭上へと落としたのだが。
「―――くだらん」
「―――くだらぬ」
筋なき暴力ほど、正道と邪道を極めし者には脅威になりえない。アサシンが動いたのか、空間が拳の形に揺らめいてジャバウォックの首筋へと回りこむ。目で見て確認する事は敵わないが、その身のこなしはまさしく暗殺者の如く精密な動作だった。そして、古来より中国に伝わる気の径脈を遮断する「点穴」を放つ。
余分な力はいらない。衝撃を拡散させる必要も無い。最小限にまで細められた一点を押される。たったそれだけでジャバウォックの体は石になったかのように硬直する。怪物を一瞬にして始末するその早業たるや歴史と積み重ねの恐ろしさを物語っていた。
「ぁ、嘘……」
「ありす、退くぞ。もう一度お前を失ったら、今度こそ魂は輪廻に返される」
アンリがその言葉を紡ぐ間に、あの恐るべき正体不明の怪物ジャバウォックは足元からデータの塵へと還って行く。風に流されるように消えて行った巨躯の向こう側から見えたのは、どこまでも冷徹な視線を向けるユリウスの姿だった。
「人型にしたのはぬしらの失態よ。よもや怪物すら点穴があるとは思わなんだが」
「己の技を漏らしてどうする。どの道、逃がしはせんが」
「…ありす、こっちに来い」
あまりにも容赦のないその視線に萎縮したありすを抱き寄せると、彼は足元から泥を地面に広げるように展開。一瞬にしてアリーナの床全体を覆い尽したソレは吐き気を催すほどの悪感情を孕んでおり、彼らはその中に迷い無くズブズブと沈んで行った。彼らの体が泥だからこそできる芸当。もしキャスターを連れていたとするならこうは行かなかっただろう。そのことにだけ、キャスターが居ない現状にアンリは感謝する。
「なんだアレは…? 逃がすなアサシン」
「応とも。……と言いたいところなのだがなぁ」
アサシンが駆けだした時には、既に彼らの頭は地面の中。そして四方八方へと散って行った泥の水たまりからは全てアンリ達の気配がする上、アンリが取り込んだ無数の魂が気配を発しながら去って行く。追いかけた水たまりが偶然アンリ達の可能性はあるかも知れないが、ユリウスでは追いつけない早さだった事も関係してアサシンは追跡を断念した。
「あれでは拳も通じんな、さてユリウス。おまえはどう対処する?」
「依然することは変わらない。レオの為に障害を排除するのみだ」
「方法を聞いたんだがなぁ。ああ、何処にあやつらの耳があるとも知れぬここではそう易々とは話せんか」
一人納得した様子のアサシンは、逃げられた以上アリーナに留まる意味は無いと悟ったユリウスの後に続いて去って行った。
「一戦一殺の心がけも通じぬか。いや、心躍る相手よな」
去り際に、暗殺者らしくない言葉を残して。
アリーナ某所。適当な所に逃れたアンリは泥の水たまりから自分とありすの体を再構成し、アリーナの中に感じていたユリウス達の殺気が消え去っていることを確認するとほっと一息をついた。
「とはいえ、馬鹿正直に帰還ポイントにも行けねぇからなぁ。焦り過ぎてリターンクリスタルも持ってきてねぇし」
≪それでしたら、此方で既に魔力の引き出し準備は出来ていますので此方で強制転移を行えます。キャスターへの試運用として調子を試してみる事も出来ますよ≫
「ラニ!」
そう言えば通信が入れっぱなしだったと思い出し、彼は急いでその端末に手を触れる。その中に移りこんだ彼女の顔の向こうには、まだ苦しげな表情ながら眠っている様子のキャスターも見てとれた。とりあえず、この時間内に消滅と言う最悪の事態は避けることが出来たようだ。
≪ユリウス・ベルキスク・ハーウェイですか。こうも的確にあなた達の潜行タイミングに合わせて襲撃してくるとは、やはりルール違反の行為で大まかな動向を見張っているのでしょう。とにかく、あなた達が無事で安心しました≫
「少なくとも、アリーナにオレ達が入ったことぐらいは感知してやがるんだろうなぁ。敵ながら天晴、キャスターをやったことは許さんがな。怒りはしねぇが」
「お兄ちゃん、やっぱり……」
「そう言うこった。難儀な体質でねぇ」
やれやれ、と首を振った後に端末のラニに目を合わせる。
「ま、とっとと送ってくれや」
≪分かりました。強制転移開始、
「ありす」
「うん」
しがみついてきた彼女を放さないようにしっかりと押さえ、端末を媒介として発動した転移の術式を全身で受ける。発光が強くなり、まぶたを閉じた向こう側さえ白く染まったかのように思われたその時だった。
「が――――ぎ、い、異常じじじじじ事態は発生……ラニ=Ⅷにせ、せせせ精神介入者アあああリ。自動防壁を展開かいかかかい、失敗――――≫
肉声とも通話先の声ともとれる空間の狭間で、確かにラニの状態異常を告げる彼女自身のホムンクルス故に存在するのだろう情報防衛の声が聞こえてきた。そう言えば、割込回路は彼女のお手製だったと、アンリは薄れゆく意識の中で思い出す。
―――ああ、それならば自分を覗かれても仕方がない。
恐らく、彼女は見てしまった。天上に坐する無限の世界に遍く手を伸ばす神の存在を。気まぐれと不幸の量に匙加減を加え、運命をその手で左右する事が出来る最上の神秘を。イエスの父神の創造主である、「」の中心に存在してしまう存在の姿を。
その神秘は、まったく神秘性を問わない自分という一般の魂だからこそ無視する事が出来た。一度そうして耐性が付いたから、直視しても己を浄化されずに済んだ。ああ、だというのになんと言う残酷な事をしてしまったのか。彼女は、ラニは見てしまったのだ。何の用意も無く、世界のコトワリを司っている者を。
その神秘は魔術師の網膜を焼き、その神格は魔術師の脳を覆らせる。基本である等価交換の存在を無視した魔法、それを作り出したあの存在。それを「知らない」というフィルターも無い彼女が見てしまえばどうなるか? 答えは、先ほどのバグだ。
(ラニ=Ⅷ、悪かったな)
言葉は出ても、恐らくまだ転移は出来ていないのだろう。何ともまぁ、オレらしいとんだ失態だ。良くて廃人、悪ければ死人を作り出す。悪神らしいミスで、悪人らしい行いをしてしまった。
白い光が意識を塗りつぶす。確かのこの光は―――
「………朝、か」
「お兄ちゃんやっと起きた! 早く、ラニお姉ちゃんが、お姉ちゃんが…!」
ありすの必死な声で意識が強制的に覚醒へと導かれる。どうやら一晩ほど眠りこけ、時間を無駄にしてしまったようだ。ありすもつい先ほど目覚めたのか、この現状に関して大きな混乱を見せているようだ。
だが、やはりラニの事を考えるとキャスターに次いで最悪の事態が起きたのだろう。それだけは、アンリの頭の中で覚悟している未来の決定事項でもあった。そう、意を決してありすの指さす方を見てみれば、
「こりゃ、酷い」
そうとしか言えなかった。恐らく、彼女の脳には負荷が高過ぎたのだろう。
耳や目、鼻や口からは血の筋が滴り落ちており、空けられた目は虚ろ。目には光が無く、それでも、心臓が動いていることだけは分かった。人間の作りだしたホムンクルスなのに…いいや、寧ろホムンクルスだからこそ死なずに済んだのだろう。それと、特定の神を信仰していなかった事も幸運な点にあげられる。
多少脳を神秘に侵されただけで、「」の一端を垣間見ただけで、傷はそう「深く無い」。
「ありす。一旦“戻ってろ”」
「……分かった。お兄ちゃん、絶対に二人を助けてね」
「任せとけ。やるだけやるし、やってやるさね」
己の中に戻って行ったありすの魂を見届け、彼は行動を起こした。辺りを見回して見ると、ラニの言っていた通り強制転移が施されたようで場所はいつものマイルームでは無い。カーテンで仕切られたベッドに、少し感触があしらわれたデザイン。改造した部屋には無い、石造りの見慣れた天井と言えば、そう。
「……ここは、保健室か。桜、桜はいるか?」
「おや、巴さん。いつの間に―――ラニさん!?」
「これ、
ラニを抱き起こし、流体の泥へと変化させた腕で顔の至る所から噴き出ている血を拭う。ぬぐい去った後からは出血はしておらず、この保健室の権限で既に治療は施されているようだ。
「症状は強すぎる神秘を垣間見たことによるオーバーフロー。一時的なもんで、しかも自分の目で直接見た訳じゃないからそこまでの損傷は無い筈だ。ここの電脳体に修復は可能か?」
「…その神秘の度合いにもよりますが、ダイブしている本体へのフィードバックが無ければ治療は可能です」
「オーケー、すぐにやってくれ。多少無理をさせてでも、オレ達には今日の間にやることが山積みなんだ」
「分かりました。保健室のNPCとして権限を最大限使用してみます。果報をお待ち下さい」
そう言って、ラニの方を桜に預けるとアンリはキャスターの寝台を移し、奥の方へと移動させた。抱き上げた彼女を尻尾に気をつけてそっと下ろすと、苦しくないように体勢を整えてやる。そして先ほどのやり取りの間に練っていた悪意を無くした魔力を桜から借りたコップの水に混ぜると、それを飲ませて魔力の補給を行った。
「よし、まだパスは回復しちゃいねぇが応急措置は出来たな。このまま無理しなければ2日は持つか……」
「ご主人…さま………」
「…キャスター、起きたのは嬉しいが無理はすんなよ。生きているのに生命の流れを中断させられたんだ、痛いどころの話じゃないのはオレだって“よく知ってる”」
「……す、みま…せん。私が…不甲斐なく、って…」
「そんな事はねーよ。こう言っちゃなんだが、お前が寝ててくれたおかげでアリーナで新しい発見があった。ラニの協力でパスを取り戻したらすぐに実行に移すぞ」
「…ぇ?」
興奮冷めやらぬ様子のアンリの表情は、パスの繋がりを無くしたキャスターであってもよく分かる。彼は、喜びに顔を綻ばせていたのだ。ニタリとした悪意の籠った笑みでは無く、心の底から嬉しそうな、新たな発見をした子供の様な笑み。
「作戦はちゃんと回復してから話す。…こうして聞いてると、すぐに回復したくなるだろ? すぐに戻って来れると思うだろ? やる気が出てきたんなら―――お前はそれでいいんだ。しおらしい姿とか、おしとやかな姿も珍しいが、オレはお前の元気な姿が一番好ましいからな」
「……あ、その……ありがとう、ございます」
「ったく、どんだけ褒められ慣れてないんだってんだ? この程度で顔赤らめるなって話だよ。だがまぁ、その調子でいてくれや。お前が元気でいてくれれば、オレはそれで本当に」
再び作り出した魔力を込めた水をキャスターに呑ませると、優しく彼女を撫でながら眠りにつかせようとする。その安心感のある主の手に撫でられたからか、彼女は次第に瞳をとろんと潤ませながら舟を漕ぎだし、その瞼をゆっくりと閉じて行った。
「身体状態は……ここが気の乱れた場所か。此処を治したら、後はラニが起きるのを待つだけだな」
彼女が呑んだ水の魔力。その中にほんのちょっぴりだけ含ませた泥を操作して、彼女の体の異常を直に己の目で観察する。本来ならプログラムに頼るウィザードと違い、こうした芸当が出来るのはアンリだからこそなのだろう。少し古典的な方法ながらも、異常な数値を探し出すよりは楽な方法だ。
そうして、己の周りで仲間となった者たちの身を案じながら、アンリの午前は過ぎて行く。あまりにも急な流れだったが、その中で確かな発見の手ごたえを感じたまま。
CCCの影がちらついて、設定をつなげるか物語をつなげるか、はたまたつなげまいかで恐ろしく迷います。そのせいで執筆は遅れるわ、仮免試験で二回堕ちるわ……いやぁ、頭が悪いと苦労します。
とにかく、ようやく次回からはオリジナル。これでゲームを同時進行させながら書いていく手法を取らずに済むわー。