Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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ようやく書き上げました。
まだまだ原作沿いになるあたりが自分達の力不足を痛感しますね。


Shock dancer

 あれほどまでに自信に満ちていた綾乃が、こうまで脂汗を流すものとは思わなかった。何か声をかけようと思ったが、最初に頼ろうと思った自分の事も意識の外へ追いやってしまったのか、彼女はフラフラと足取りも覚束ないまま階段を降りて行く。手助けしようとアンリは一歩踏み出したが、彼女のサーヴァントが肩を抱えてアンリに視線を投げたのを見て、ここはあのアーチャーに任せておいた方がいいのだと己を納得させる。

 

≪なんつー偶然…ご主人様とあの綾乃ちゃんが同じハーウェイに当たるとは思いませんでしたよ。どちらにせよ、あからさまに死臭を撒き散らしている男なんぞにウチのご主人様は負けませんけどね≫

 

 アンリは久しぶりに頭の中に響いてきた念話に、思わず苦笑する。

 

「死臭ねぇ? じゃ、オレはそこんトコどうよ」

≪ご主人様は敬意を以って相手の命を奪うことに加え、その魂から精神に至るまでをその身にお納めになっております。この意見も所詮は価値観の違いに過ぎないのでしょうが、私はそれをただの死とは思っておりません。死の先に拾った、価値あるもの。…実は、少しありすちゃんからご主人様の“中身”の事を聞いたのですが、私はそれを聞いて尚、貴方様は私がお仕えしたいお方であると思います≫

「んー…? なんかよく分からんが、まぁ別嬪さんにそうまで褒められれば悪い気も無いし罪の意識も薄れたかね。まだまだオレの中では体を返せと叫ぶ魂も数億くらいはあるが…ま、やっちまったもんだから仕方ない(・・・・)よな」

 

 余りにも軽い命の扱い方に自己嫌悪が蘇ってくるが、せっかく自分の事を肯定してくれている女性がいるのだ。いつまでも、ウジウジと人の小さな葛藤に悩んでいてはこの先に待ち受ける大きな壁は乗り越えることができない。

 ぐっと拳を握りこんで己の負の局面を「吸い尽す」と、ぱっと手を開いて如何にもだるそうなそぶりをして見せた。

 

「あー嫌なもんだ、歳食うごとに自己中が加速しちまってるわ」

≪むしろ私を振りまわす位のその感じが好ましいのですよ。そして、いつかはしっかりリードして貰ったりして≫

「十分振りまわしてるつもりだがな。こう、腕ひっつかんでぐるぐると」

 

 子供の遊びじゃないですか、と憤慨するキャスターの言葉はへらへらとした態度で受け流し、とにもかくにもこの五回戦を終えるまでにはどうにか自分達のメンバー全員が聖杯の間に辿り着かなくてはならないと決心を固めた。その裏には一つの確信があったのだ。恐らくや多分、という確率を通り越して「三鼓綾乃は決してレオナルドには勝てない」という確信が。

 ただ、正直言ってアンリには聖杯の間への二度目のアクセスが出来る確証はゼロだった。あの男、凛が名義した名が合っているなら「トワイス・H・ピースマン」と言う男になるのだが、アレが常にあの場所に居座っている限りは正式な手段でしかこちらの電脳体ごと月の情報記録聖杯(ムーンセル・オートマトン)に辿り着く事は出来ない、といった妙な想像もわいてくる。

 

「前途多難で済めばいいが…ったく」

 

 気苦労を口に出してみても、結局何も変わらない。

 アンリは頭のバンダナを引き締めると、マイルームに向かって足を進めるのであった。

 

 

 

「しっかし、綾乃嬢が猶予期間中にやられなけりゃいいがな」

「それは無いでしょう。星によればハーウェイの次期党首は公正を掲げて正々堂々と戦う意識の持ち主。猶予期間中は手合わせ程度の戦闘はするとはいえ、決してトドメは刺さないと思われます」

「ラニ嬢、オマエさんはそうは思うかも知れんが、綾乃嬢のサーヴァントはあまり神秘も関係ない戦国時代のアーチャーだ。対魔力も最低限だろうし、レオ坊のセイバーに接近を許すとあの太陽の剣でバッサリ行く可能性もある。…まぁ、今はようやく落ち着いたらしいがな」

 

 アンリが端末のメール欄を見ると、綾乃から心配しないでほしいといった内容の文章が送られてきていた。それをラニに見せれば、根性論では解決しない事柄の方が多い、という辛辣が言葉を受け賜ることになった。

 

「ご主人様、しかし今日の行動はこんなに遅くてもよろしいので?」

「今まで昼寝の一つもしてこなかったんだ。気絶して寝るより、意識して睡眠をとった方がこっちにしては精神が安定しやすいからな。つっても、油断しちまえばそれまでだが」

「ありす、お姉ちゃんたちと寝ててあったかかったよ?」

「むぅ~。ありすちゃんが言うならそれでいいかもしれませんが……」

「男に対する評価は辛辣だねぇ。ま、そっちの方が魔力溜まるんだが」

「そんな些細なことでも負になるのですか?」

 

 呟きに返したのはラニ。まぁな、と言ったアンリが肩をすくめて見せると、同時にキャスターが淹れた緑茶が運ばれてきた。

 

「ほんの小さな負でも生じた瞬間にオレの糧さね。少なくとも、この食事よりはずっと効率が良い」

 

 アンリは近くにあった湯呑をひっつかみ、湯気が立つ茶を流し込んだ。彼の口を通り過ぎた飲み物は即座に彼の体を構成する泥に飲まれ、ほんのわずかな魔力に還元される。

 

「こうして見ると、巴さんは本当にサーヴァント寄りの存在だと分かりますね」

「元々がサーヴァントモドキだったからな。受肉してようやく最低限レベルの英霊ってところだ。元々のオレはそこらじゅうに居る凡夫だったが、どうにも“アヴェンジャー”の影響を受けてこんな性格だって位自我も弱いんだがな」

「そんなことはありません。どちらにせよ、此処に居るご主人様が真実ならばそれでよろしいかと。だってぇ、イケメン魂ビンビンに輝いてらっしゃいますもの!」

「年月掛けて磨いて来ただけじゃねぇのか? ……いやそう考えると、この世に居る全ての人間の魂は炉端の石じゃなく、宝石の原石だってことになるのか」

「生まれた時から輝いているか、そうでないかで自分の価値に気付く人間がはっきり分かれる物ですからねぇ。ご主人様は一度死したと聞いておりますが、きっとその時に己の魂をよく見たのではないでしょうか?」

「…かねぇ。モノにするまでは借り物の力だったしよ、オレ自身の宝具が現れたことでようやく力が己と一体化したと感じたが…その実感も嘘つき宝具とお話宝具。オレの本質がすっかり見えちまってる」

「あれ、四つ目の宝具があるなんて聞いてませんよ?」

「戦闘には使えないし、それ使うとオレがオレじゃ無くなる。欠陥だらけさね―――っと、もうこんな時間か」

 

 話に夢中になっていたアンリが外を見ると、既に日はどっぷりと沈み込んでしまっていた。とにかくアリーナの確認だけでもしておかなければならないとキャスターを呼んだアンリは、彼女を連れて部屋の出口に向かう。

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくる」

「ラニさん、今度こそ裏切らないようにお願いします。あと、ありすちゃんを」

「分かりました」

「行ってらっしゃ~い」

 

 二人に見送られながら、マイルームを出て行くアンリ達。気楽な日常の光景は、やはり戦争中のピリピリとした空気にはおおよそ似合わない物だと言える。だが、それこそが彼らの大切にしたい物であり、この戦争と言う中においても続けて行きたい目標なのだ。

 だが、それ故にと言うべきなのだろうか。日常と言うのは、交通事故一つで崩れ去ることがあるように、脆い物だと実感してしまう事になろうとは。

 

 

 

 五の月想海。第一層目に辿り着いた瞬間、アンリの隣で実体化したキャスターは何かに気付いたようにすんすんと匂いを感じ取っていたのだが、何度か不思議そうに首をかしげては考えるように耳を動かしていた。

 

「……あれ? 匂いが薄い、いやこれは」

「キャスター、ユリウスかサーヴァントでも感じ取ったのか?」

「いえ…それが一度は漂ってきたと思ったんですけどねー。なーんか腑に落ちないっていうか、残り香しかないっていうか…感覚がごまかされてる? 何でしょう、警戒は怠らないでくださいご主人様」

「了解。んじゃ、ちょっと眼でも飛ばしておくか」

 

 アンリが右腕を切り取ると、宙に浮いたそれは敵サーヴァントに切り裂かれた時の様に消滅はせず、空中でぶにゅぶにゅと蠢いた後に真っ黒な鳥になって何処かへと去って行った。普通の使い魔とは違い、アンリの分体でもあり本体でもあるこの鳥たちは、リアルタイムでアンリの視覚に情報を送り続けてくれる優れモノ。ただ、難点はあくまで人間の意識でしかないアンリにとっては其方に気を取られ、泥の分の頭痛に加えて本体の感覚がまばらになってしまう事だ。

 しかしキャスターが傍に居ることでその危険性はいくらか薄まることになる。問題は、彼女がアンリを守り切れるかという点に尽きるのだが。

 

「あら可愛い小鳥ちゃん」

「かっこいいのも可愛いのも趣味だ。その辺は気にすんな」

「はい、それでは進みましょうか」

「オーケー。そんじゃ進む……訳にもいかねぇか」

 

 彼女の言葉に同意して足を踏み出すと、すぐその足を止める羽目になった。

 

「………」

 

 何の感情も抱かず、嵌めこまれたガラス玉の様な眼でこちらを見抜くユリウスの姿が直前に現れたからだ。その異常な雰囲気には少し飲まれそうな錯覚が生まれるが、キャスターは相手がサーヴァントを連れていない状態だと分かるや否や、嬉しそうに口の端を吊り上げる。

 

「あら、サーヴァントも連れずに…って言うか、何であんなに近くに居るのに気付けなかったんでしょう? とにかくご主人様、この場でやっちゃって、後はじっくりと――」

「獲らぬ狸の皮算用。其方の国では、そう言ったか」

「キャス―――」

 

 彼女の言うとおり、はっきりと異常を敏感に感じ取っていたアンリが警告を発したが、敵の「動き」の方が速かった。

 それは、一瞬の出来事。

 

「あ、れ…?」

 

 彼女の背中に、確かな人の右手による陥没の跡が生じる。だが、そこには何もない。アンリがイドの無意識による目で見てもそこには存在せず、ただ列記とした質量が感じられるだけ。「そこに在るのに居ない」という珍妙な出来事を認識して混乱している間に、キャスターの体は無機質なアリーナの地面に投げ出されていた。

 

「ユリウス、貴様の言った通りだった。この男には一切の()はないが、サーヴァントならばその構造は人体そのもの。よもやマスター殺しと呼ばれる我がクラスが―――」

「喋り過ぎだ。行くぞ」

「ふむ、失言だったか」

 

 悪びれもしない様子の声は、倒れたキャスターの後ろから聞こえてくる。だが、その距離は決してあの「手」が届く様な位置では無い。正に神速、正に風の如き手付きで一連の行動を終わらせ、即離脱によってあの声が聞こえる位置にまで下がったと言う事なのだろうか。

 

「……野郎」

「やめておけ。ただ、死期を早めることが望みなら応じてやらん事も無いぞ?」

「チッ」

 

 手に武器を握った瞬間、全身を包み込むような場所を悟らせない殺気がアンリの全身を覆った。完全に、実力も技量もステータスも正体不明の敵サーヴァントの方が上であると感じさせるにはそれで十分。アンリは忌々しげに舌打ちで己の無抵抗を訴えると、その殺気もまた四方へと散って行く。

 

「…しかし」

「どうした、首でも削いでおくか?」

「いや、違和感があったような、無かったような…いや、結果を見れば死は目前。些細ごとだな。気にするな、ユリウス」

「そうか」

 

 言葉数も少ない、ビジネスライクな会話をしながらユリウス達は去って行く。ただ、サーヴァントはともかくあのユリウスの姿は釣り餌に過ぎなかったのか、魔力と共に闇に溶け込んで行くように姿が消えて行った。

 残されたのは、小さく呻き声を吐きだすキャスターと、何もできずに武器を握るアンリ。

 しかし、倒れた彼女には少し違和感を感じた。強いて言うならば、そのはだけた様な巫女服モドキの下に在る彼女の軟肌が隙間から見える筈なのだが、その表皮が異様に白い物で覆われていたのだ。

 

「…こんな時にモラルとか言ってる場合じゃねぇな」

 

 意を決したアンリが確認のためにキャスターの裾を捲りあげると、いつの間にか彼女の服の下には怪しく赤色に文字が光る呪符の群が貼り付けられていた。それは黒天洞の守りを展開する時に使う術式の波長にもよく似ていたが、その効力は実際に発動した黒天洞よりは効力が低そうにも感じられた。

 

「こりゃあ……アイツが言ってた違和感はこれか」

「申し訳…ありません、ご主人――」

「いい。今は喋るな。とにかく保健室で間桐のお嬢に権限使ってもらわねぇと」

 

 それにしても、とアンリは軽くでありながらもキャスターの容体を見たが、彼女は苦しそうにしていても血の一つも吐いていない。陥没した背中の跡には酷い腫れも残っていないようで、外傷や表面上は全くの原因不明にも思える。

 ただ、一つ感じられるのは彼女と繋がっている筈のパスが酷く不安定になっていると言う事。そして彼女自身を構成するエーテル体も掻き乱され、多少強引にでも魔力を送ってやらなければ数刻の後にキャスターと言う英霊は霧散してしまうだろう事が分かる。

 一刻も早く対処を取らなければならない。苦しげに息に交じって大量の魔力を吐きだすキャスターにもう何も言うなと耳元で語りかける。彼女の体を抱き上げると、彼は口の中で歯を軋ませながらも脱出ポイントに向かうのだった。

 

 

 

「お兄ちゃん、こっちにお姉ちゃんを下ろして!」

「ワリィな、不安になったか?」

「ううん。絶対大丈夫だから、早くお姉ちゃんを治そうね」

 

 マイルームに辿り着いた瞬間、こちらと意識や記憶をリンクさせているありすが一時的にでも治療を施す為の設備を整えて待ち受けてくれていた。こう言う時に限って「ありすが殺されていてよかった」などと不謹慎な事を考えてしまうのだが、現状を打破するためには逆に死んでいる彼女をこき使う位の気兼ねで無ければやっていけない。同じくマイルームに控えていたラニもある程度の事情は察していたのか、寝かされたキャスターに手を当てるとその状態異常をはっきりと感じ取ったようだった。

 

「これは…魔力欠乏による消滅? 巴さん。彼女とのパスは、もしや」

「その予想の通りぶっつり断ち切られちまってる。切れ込みが入ってぶら下がったホースに蛇口を思いっきりひねった時みたいに、辛うじて必要最小限の魔力は供給してるが…このままだと、三日しか持たねぇ」

「それだけ続くあなたの無尽蔵さに脱力ですが、その計算ですと丁度決戦の日に彼女は消えることになります」

「んなこたぁ…言われなくとも分かってッ―――」

 

 ガラにもなく声を張り上げそうになり、彼は二度目の舌打ちと共に、戒めの拳を自分の頭へ打ちこんだ。鈍い音が響き渡り、大きく息を吸った彼は何とかいつもの余裕を取り戻せたようだが、やはり陰りは消えていない。それでも幾分かマシになったのか、彼はゆっくりとその口を開いた。

 

「クソッ、イライラしてても始まらねぇな」

 

 悪態を隠し切れてはいないが、先ほどよりはマシな精神状態に戻った彼はラニに仮のパスの作成を依頼する。そしてキャスターへ送る魔力を少しも無駄にしないよう集中して目を閉じ、魔力をパスへ押しだす作業に移るのだった。

 

 

 

 

「ほう、ここに姿を見せていると言う事は仕留め切れなんだか」

「アンタか、アサシン殿」

「こうまでして見抜けぬ方が木偶と言うものよな。しかしサーヴァントは死には至らずとも瀕死のようだ。おぬしが連れておらぬのが何よりの証拠よ」

「さて、そりゃどうかね?」

 

 翌朝、保健室に場所を移したキャスターを落ちつかせ、マイルームのラニと話をつけようとした帰りだった。入ろうと端末をかざした瞬間、未だに正体の見えぬ年季の入った声が語りかけて来たのだ。

 

「ここでやろうってか」

「いいや、理の無い殺しはせんよ。戦いになれば必ず相手を殺す心がけではあるが、おぬしも此処で倒れる事は望んではおるまい?」

 

 姿を見せていないあたり、この場で戦う事になると読んだアンリはその手に歪んだ槍を握ったが、彼の行動は気が乗らないというアサシンの一言で納められることになる。だが、姿の見えない相手に挑むのは確かに愚の骨頂。キャスターがやられていることで多少の焦りを抱くアンリは早まったようだと己に叱咤を加えた。

 

「しかし、おぬしのサーヴァントは中々の腕前と言ったところか。あの違和感、服によって拳がずれたかと思ったが、去った後に儂の腕に火傷が残っている事に気がついてな、魔術師のサーヴァントらしい避け方だが気にいったぞ。そちらは、何の指示も下していないことに多少の疑問は感じたがな」

「ああ、確かに普通の主従とは違うし、他の奴らが持っていてオレ達が持っていない物はある。だが肝心な指示を出すことが無かったのは…こっちの失態だ」

「呵々、そうも容易く己の責を認められるか。これは潔い心の持ち主よ、殺すのは惜しいが、おぬしらとは万全を期した状態で戦いたくなってきたぞ」

「ったく、どうにも敵に気に入られる事ばかりだな」

 

 面倒臭げに姿なき声に溜息を吐くと、普段から苦労している彼の様子を感じ取ったらしい相手が笑い始めた。コケにされても何とも思わないが、せめて気にいったのなら同上くらいは欲しいもんだと心の中で文句を垂れる。当然、相手は何の反応も示してはくれないのだが。

 

「じゃ、赤色の中国系偉丈夫アサシンさんよ、この辺でオレはさよならだ」

「…ふ、やはり覚えていたか。再び見える時こそ、おぬしらの最期とならんようにな」

「助言どうも。んでもってそう言う位なら戦うな」

「それは無理な話だ」

 

 呵々々、と上機嫌に笑う声が遠ざかり、サーヴァント特有の圧迫感が消え去った。

 この場で戦う事にならなかったのは幸運だったが、どちらにせよ、足を止めている場合では無い。相手が去った内にマイルームに戻ったアンリは、待ち受けていたラニと正面から向き合う位置にどっしりと腰を下ろした。

 

 運命共同体であるラニにとっても深刻な事態に陥っている。だが、そんな危機を感じさせないほど冷静な彼女を見て、少しキャスターの事で心が荒ぶっているアンリは落ちつくことが出来ている。この奇妙な巡り合わせに感謝しつつも、彼は早速本題に入った。

 

「それで、何か対抗策は見つかったか?」

「そう簡単にいかないのが現実ですが、率直にいえばパスをつなぎ直して清浄な魔力を流し続けることが出来ればキャスターの魔術回路を乱す異常を追い出すことが可能です。が、現状はあなたとの繋がりが消えかけています。繋ぎ直す事は容易ではないでしょう」

「……自前の水が無いから、他所から持ってくるってことか」

「はい。魔術師としては当然の考えですが、それで正解です。巴さん、貴方が直接令呪を消費して魔力を繋ぎ直す、と言う手段も考えましたがそれでは不確実性が高い。ですので、此方の術式をアリーナに植えつけて来てください」

 

 そう言ってラニが差しだしたのは、小さな黒い子箱。何らかの霊装である事は明白であり、この場においての使用法と言えば一つだけだろう。

 

「キャスターの霊子体を作り上げたムーンセルその物の魔力を流し込み、自己修復機能の一部を間借りするってところか?」

「そこまで辿り着くとは流石の慧眼をお持ちですね。…それとたった今、便宜上これを“割込回路”と名付けましたが、これを使って来てください。使うべき場所はこの回路が反応しますから、高性能なダウジングと思っていただければ」

「了解だ。突然の重労働、すまねぇな。ホントはショートカットしてさっさと聖杯に辿り着かねぇとならないのに」

「肝心のサーヴァントが再起不能となれば仕方のない事です。私のバーサーカーを貸すことが出来れば、キャスターの代理として聖杯戦争を続けることも出来たのでしょうが……」

「アイツの代わりか。実力はともかく、本当の意味ではバーサーカーとはパートナーに慣れないと思うぜ」

「やはり呼び出したマスターが違うからでしょうか」

「いや……」

 

 やはりと言うべきか、この辺りの価値観に関してはまだまだラニは疎いようだ。その辺りは追々知って行けばいいだろうとその場で彼女の代わりは居ない事をほのめかす言葉を掛けるだけに留めると、彼女はとにかく心に留めておくことはしてくれた。

 

「どちらにせよキャスターの消滅は時間の問題だ。ありす、今回ばかりはついて来い。ジャバウォックはまだ出せるな?」

「うん。お姉ちゃんみたいにはできないけど、囮にはなってくれると思うよ」

「オーケー、それで十分な働きをしてくれるさね。ラニ、オマエさんは保健室のキャスターを――どうした?」

「………いえ、別に何かあると言う訳ではないのですが…」

 

 アンリが立ちあがってアリーナに向かおうとすると、ラニは何か言いたげな視線で彼の事を見ていた。その事を聞いても彼女自身分からないことの様で、自分の行動に首をかしげている。

 それを見たアンリは、どうにもラニの心は酷く不安定な物だと理解する。師の言っていた人物とやらが自分のバーサーカーだと見つけた事は良いが、それからの彼女はこれまでに無かった感情的な行動が増えて来たようにも見える。これもその一環なのだろうが、キャスターは挿げ替えのきく物だと言った直後、既に死んでいるありすを使うアンリの態度に心を動かしているのだ。

 このちぐはぐな状態は乗り切ってしまえば人並みの感情や心が手に入るだろうが、逆に対抗手段を模索しなければバランスをとり切れずに心の均衡はこれまでの常識と釣り合う事が出来ずに崩壊し、真の物言わぬ人形になってしまうだろう。

 

 ただ、その事を今とやかく言っている暇は無い。ありすを連れてアリーナに足を進めていると、アンリが考えているラニの異常に気付いたのか、ありすが此方を見上げて来ていた。

 

「また、やることが増えちまったな」

「お兄ちゃん、あたしに出来る事はある?」

「そうさね…心と命と、そんで自分の大切さを一緒に教えてくれ。どうにも、オレだけじゃ価値観が違いすぎるんでな」

「うん! 分かった!」

 

 元気よく答える彼女は、本当に二度も死んでいるとは思えない程だ。死の感覚は絶対に慣れる事は無く、そして死んだ後も勝手にムーンセルに再現され、勝手にアンリの一部として取り込まれた彼女は相当な辛い経験をしてきている筈だ。

 更には己の心の安寧でもあった「アリス」を目の前で亡くし、アリスの最期の思いと力をその小さな身に背負ってしまっている。重責に耐えきれないと言うのが当たり前だと言うのに、この絵本の中から抜け出してきた様な少女は体全体でそれらを受け止めて糧としている。

 いっそ憐れにも思える彼女はその境遇に甘んじることなく、己と言う悪しき存在と共に歩んでくれているのだ。それが、一体どれだけ精神の支えとなってくれているか。

 

「絶対、お姉ちゃんを元気にしようね!」

「ああ、大人の厄介事に付き合わせちまってワリィな」

 

 本当に、申し訳なくも頼もしい。そして何よりも、彼女の様な「純真無垢」な少女がこの問題に関わることに多少どころでは無い罪悪感が生まれてくる。ラニも承知の上であるキャスターの復活法、その名は「体液交換」。それは、魔術師が行うもっともポピュラーな契約方法でもあり、もっとも子供の情操教育には悪い物であるのだから。

 




ありすという少女を生き残らせた(?)結果、ある意味最大の難所だと思うんですよ。この場面。
ここまでチートモドキのアンリなら「宝具使え」「普通にわかるだろ」と思ってるそこのあなた、はっきり言ってウチのアンリ君人心掌握くらいしか役に立てる技能はありません。そりゃ敵にトドメは差してますが、実際不意打ちや虚を突く一撃ばっかりですからね。まともに戦ったら一気に倒れます。
嘘つき宝具(ドゥルジ・ナス)はすでに起こった事象は捻じ曲げられませんし、アンリ君自身予想だにして無かったのでアサシン先生の攻撃は防ぎきれないんですよね。

こんなことなら、パワー系チートの主人公にしても良かったと後悔するこの頃でした。

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