Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:幻想の投影物
最近主人公がありすになってきたんですが、本当はこうなるはずじゃ……
いやぁ、キャラクターが勝手に動くって本当にあるんですね。
書いていたら当初の方針とは126度ほどずれてました。
―――これで、はれてお兄ちゃんにおんぶにだっこになるんだ。
虚ろなる魂の中、全ての不幸と負を吸い尽す悪意の泥が渦巻く有限の空間の中。アンリにしばらく待っていろ、と言われて放り込まれた彼女は感慨深げに辺りを見回した。漆黒で暗黒で無ければならない筈のこの空間には、自分以外の魂が薄らと発光しながら、周囲を遥か遠くに至るまで照らし出している幻想的な光景が見える。そして、彼ら魂が魂だけの状態であるにもかかわらず、とても幸せそうである言葉を耳にした。
肉体が無い筈なのに、永遠の肉体に溺れた快楽を貪り続ける者。楽器が無い筈なのに、動かなくなった手を再び動かせると喜び演奏し続ける者。会えなかった家族、目の前で死んだ恋人に囲まれ、皆が等しく幻影の中で幸せの日常を送っている者。そして、ありすのように幻影に溺れることはせず、他人の魂の様子を眺めている者。
―――お嬢さん、新入りかい?
―――こんなに若いのに死んじまったんだねぇ。
―――いいや、この子がアンリさんが言っていたありすちゃんだよ。
―――ああ…よくよく見れば可愛らしい子供じゃな。
そうして達観した、魂の幻影を見せられていない者たちが距離と空間を越えてありすに言葉を送り、等しく全員と会話をする。混雑した全員の言葉が同じ電波に乗せられているにも関わらず、混線した様子は全く見えない辺りがこの空間の不思議さを引き立たせているようにも思えてくる。
唐突に、その言葉の内容の一部をありすは掻い摘んで聞くことが出来た。
―――あの子は良いなぁ。私も身体を持って久しぶりに外歩きたーい。
―――そんな事なら頼めばすぐ応じてくれるよ。なんたってあのアンリ様だぜ?
―――うっわ、様とか付けてんの!? アイツ、あたしらを殺した奴なんだよ!
―――地球を丸ごと食っておいて、何の罪悪感も無く幸せを享受してるなんて…!
―――……ああ、だめ。怒れない。怒りたくても怒りが湧かない……。
負の否定。この中に居る限りアンリを憎み、世界に絶望し、死にいたろうとする気力そのものが吸い取られ、なくなってしまう。無理やりにもポジティブな感情に戻される犠牲者たちは、更なるアンリへの反抗に及ぼうとして失敗し、ネガティブな感情を更に強く発露させ、またアンリの力へと変換される「
ありすは思った。この人たちは全員自分と同じで、それでも、それぞれの自我を保ち続けているのだと。それがとてつもなく羨ましくて、このまま自分だけが復帰できる権利をもらっていることを浅ましく思った。
だが、全ての決定は最早宿主となったアンリの思うがまま。彼の、常軌を逸した思考形態と中身の魂全てを同時に管理する神が如き所業の元でしか彼らの精神と魂は動くことが出来ない。その事に幾百年と嘆き続ける男もいれば、この全てを己のイメージで過ごすことのできる天国で己の欲望を満たし続け、その悪感情とすべきものを提供し続ける女もいる。当然、ありすのような幼子もいれば言葉を話すことも億劫だった赤子でさえ、そのままの姿でこの地に無造作に落とされていた。
まさしく全ての人間が、地球に居る人間の約三倍にも匹敵する数の人間が、このアンリ・M・巴の中で日々を送っていると言う、壮大かつ有り得ない事実をありすは理解する。なんて、偉大なる愚者なのだろう。その感想には幾ばくかの悲しみと、永遠の後悔が渦巻いていたのだった。
―――ああ、お迎えのようじゃな。白い童。
一人の老人の姿をした魂が、天高くどこまでも行きつづける地面を指さし、ありすに上を見上げさせた。そこには生と外の光が薄らと穴をあけ、ありすが飛び込んでくるのを待っている。他の脱出したい、と思う魂が亡者の様に、そこに向かおうとして「外に出れた幻影」の中で眠りについて行った。
最初から、ありすという特定の人物以外にあの門を通る術は無いのだ。そんな残酷なアンリの一面を垣間見た気がして、ありすはおそろいだね、と微笑んだ。
「神経結合、及びに内蔵器官の再生に成功。死体のデータをもとに再構成したマスター・ありすの肉体と魂と精神の融合を開始。波長の飽和性をチェック」
「チェック完了、魂魄の安定を確認。魂の癒着に問題はありません」
―――声が聞こえる。
「血液代用の流体が活動を開始。心臓、脈、共に滞りなく動作中。あ…
「上昇? 下降じゃ…ああ、サイバーゴースト故の霊子結合率か」
お兄ちゃんが体を作ってくれるって言ってたけど、普通に泥かと思ったらすごく手間かけてるんだね。でも、何だろう。ずっと魂だけだったからかなぁ? すっごく、身体が重い。…でも、頑張って速くいかないとお兄ちゃん達が次に進めない。
早く起きて、あたし。早く起きて、
「覚醒まで数秒だな…キャスター、状態異常は」
「見受けられません。バイタルは魂魄の癒着直後から安定を維持していますが……これって、異常だったりします?」
「普通に有り得ん。少なくとも一度安定状態に入ってから睡眠をとらせて、オレの泥が霊子と魂に合わせて最適化を待たねえと目が覚めること自体無い筈だ。こんなに早く起きたら魂と肉体が合致してない状態で乖離しちまう。…ったく、今は眠ってろっつうの」
……でも、眠いかも。
「あ、意識暗転。ご主人様何したんですか?」
「完全に端末として独立させたとはいえ、オレの泥であることには変わりないからなぁ。ちょちょいと自分の筋組織に別々の命令を出すように、この体を強制的に睡眠状態に落としただけだ。要は漫画とかの首の後ろをトンってする奴だ」
「例としては分かりやすいですけど、趣旨変わってません?」
こてんと寝息をたてて眠るありすを身ながら、無事に魂の顕現を行えた事に安堵するアンリ。自分を構成する肉体に憑依させるのならこんな手順はいらないのだが、宝具の発動という概念を通さないままありすを自由にさせるには、こうした手間暇をかけて新しい一つの肉体として構成するしかなかった。
ありすは驚異的なまでの自意識と回復力で早期の覚醒を図っていたようだが、早く目覚めるよりもありすが幾らでも辺りを駆けまわれるくらいに元気になってから目覚めた方がずっと嬉しい。
ラニから借りていたモニター類を複製した霊子装置を再び泥に還元すると、彼は後は鳴らすだけだと言って立ちあがった。丑三つ時より数時間にわたって続けていたせいで身体が凝り固まり、背筋を伸ばせば軽快な音が響き渡る。
「っと…んじゃまぁ、コイツが頑張ってもぎ取った勝利の報告をもらいに行きますかね」
「ここでお待ちしております、
「応」
ひらりと手を振りマイルームの入口に移動する。ヴラド公にはかなりの痛手を負わせていたから敵と遭遇する事は無いだろう。いくら怒りや感情に任せていたとはいえ、ああまで簡単に相手を圧倒出来たことに驚いているが所詮それは一時の偶然でしかない。あちら側も罠にはめられたと言う事で、マスターの補正は受けていない状態の戦闘はかなり手加減をして貰っている形になっている筈だ。マスターありきのサーヴァント戦としては実力の半分ほどしか発揮できていなかっただろう。
だからこそ、実際の決闘の時が恐ろしい。あれが正しい主従として自分の前に立ちふさがった時、果たして此方はまともに闘えるのだろうか。
様々な思惑と思索を張り巡らせながら歩きまわっていると、目当ての言峰神父が他のマスターに結果報告をしている姿が目に入った。そのマスターにもアンリには見覚えがある。あれは、そう。ありすと遊んでくれている、協力関係のマスターである三鼓綾乃だった筈だ。
あちらもアンリに気付いたのか、言峰と会話を終えると此方に小さく手を振っていた。
「よう、そっちは結果どうだった?」
「エネミーを指定数狩る奴だったからぱぱっと狙い撃って終わり。昨日一日で全部やっちゃったよ。そっちは?」
「今から結果発表。つーことだ、神父どの」
アンリの振り返る先には、待ち受けていた様な顔の言峰神父。
彼は意気揚々と口を開いた。
「こちらから出向く手間が省けた。巴アンリ、貴様の結果は―――」
ほかならぬ、ありすの犠牲の下にこの勝負は行われた。そんな時に何も知らず
そうして思案していると、言峰の口端が持ち上げられたことで現実に戻された。
「負け、だ。君の敵対側のマスターには既に情報マトリクスを渡してある。君がどれだけサーヴァントの情報を隠そうとも、ムーンセルはどのような英霊が与えられたのかを観測しているのでね。これも公正の下の判断だ、恨まないでくれたまえ」
「…さいで。にしても負けちまったってか? やっぱ現実だよなぁ」
「ちなみにカウントは君達が6、相手が8だ。惜しかったな」
「そういう細かい情報とかいらねぇっての」
それにしても負けかと、少なからず気落ちする。既に相手の真名は掴んでいるので情報マトリクスの開示そのものには残念がる場所は無いが、ありすの苦労が全て無駄になったと言われているようにも思えて、そこだけが気になる点だ。
だが、やはり過ぎた事は仕方がない。生きるすべての時間を順風漫歩で過ごすなど夢のまた夢であるし、選択肢を迫られた時に正解があることすら感謝すべきである。最初から全てが悪手、と言う事もあり得るのが現実だ。
「だが、君達にとってはそう悪い事でもあるまい? マスター・ありすは死亡したものの、君自身の一部となったことで庇護される者に対する“攻撃してはいけない”という枷が無くなったのだ。これで彼女を存分に戦闘に参加させることが出来るだろう?」
「それとこれとは別問題。感情の問題だっつの。NPCでも疑似魂は与えられてんだから、そのくらいの情緒理解くらいは―――ああ、お前さんのベースが問題か」
「そうらしいな。寧ろ残念がる様子に、私は少なからず悦を感じている。…ふむ、他のマスターに報告しなければならないので、これにて失礼させて貰おう」
「あいよ。監督役も楽じゃねぇな」
コツ、コツ、コツ、
足音を残しながら歩いて行く壮年の神父を見送ると、アンリは綾乃に振り返った。
そして―――異常を感じ取る。
「…綾乃嬢、どうし」
「………ホントなの?」
信じられない、信じたくない。これはそんな目だ。
大切な者を失った時の、家族を返せと非難する人間の目。
戦争中に赤紙を渡された家族を見送る時の目。
アンリは経験上、これから「面倒」なヒステリーが始まる可能性が高いと踏んで、仕方ないなと説明する口を開いた。
「厳密にはお前さんと会った時から既に死んでいた。それをオレが生き返らせていて今もありすは改めて死んで、オレの一部になって肉体を与えられている。マイルームでゆっくり眠っているから、お前が心配するようなことは何もない。ちゃんと脱出した時には帰ることが出来るから安心しろ」
ただし、言葉は濁流の様に有無を言わさぬ結論付け。
深い言及をされれば何がどうして、と効かれるであろうことを危惧しての対策だったが、思惑通り、綾乃は死んで生きているという言葉の繰り返しにどっちがどっちの状態なのかよく分かっていないようだった。
「…つまり、大丈夫ってことだ」
そこで見計らって、彼は「
「……また、会えるんだよね?」
「少なくとも、四回戦はずっと寝てるだろうがな」
とりあえずは無事だと再三にわたって説明すると、彼女は顔を綻ばせて学校から出て行った。いつもの弓道場に行ったようだが、そんな彼女の後を付けるのもまた忍びないと、その後ろ姿を見送る。
「……新しい協力者、探さねぇと駄目かもなぁ」
それは、どう言う意味だったのだろうか。
答えるべきアンリの姿もまた、一階から消えていた。
「彼らは行きましたか」
決戦当日。身支度を整え、未だ眠り続けているありすをラニに任せてアンリ達は決戦の場へと赴いていた。取り残されたラニは、現在アンリ達の庇護下に在るのでトリガーを取得するなどの行為を必要としない。それどころか、場合によってはこの四回戦を勝ち抜いた後に復帰さえ可能であるとされるいた。
アンリの座を蹴落として、と言う前提条件があるのだが。
「バーサーカー、そこに居ますね?」
彼女が呼べば、赤き百戦錬磨の将が霊子を集わせこの場に顕現する。
理性無き獣と落とされたバーサーカー。このクラスは本来、弱くとも狂える史実を持った英霊が他のクラスに対抗するために作られた適正なのだが、そうした弱いサーヴァントがバーサーカーを請け負ったという事例はこの月の聖杯戦争においてもほとんど観測されていない。
元より、英霊として狂える歴史を持つ者のほとんどが高名な騎士であったり、その力の強さと野心に燃えた結果から主を裏切り、史実として「狂える者」と認識された者の割合が高いからでもある。
実は、ラニも自分の
「…………」
赤き偉丈夫は黙したまま、命令を待つ機械の様に無言を保つ。
この「静」に徹した姿をさらす巨人がまさか、かの三国の歴史に名を刻みし飛将軍であると知った時には、三国を争いし将は目を向いて高らかに叫ぶであろう―――この凶の戦士は自制を知ったのか、と。
それほどまでに恐れられる者の名を、
しかし、その野心の高さはバーサーカーの適正を持ってしまう程のもの。裏切りの将としても名を馳せてしまった彼は、その伝承に反して静かにラニの隣に立ちつくしていた。
「アンリ・M・巴。貴女は師の言葉に触れる人物でしたが、私が解釈する真に触れる事は叶わなかった。ですが、興味深い星を見せてくれたことに感謝します。故に―――」
彼女の周囲に、投影されたコンソールとモニターが大量に展開される。
部屋の隅々にまで広がったモニターが映し出していたのは、彼らの日常風景。ラニから見た、ラニの観測したアンリ達のデータの全てがそこに詰まっていた。
彼女は、左手を蟲を払うように振った。
「あなた方の観測はここで終わりを告げるでしょう。私は、師の元に聖杯を届ける必要がある。私は、師の言った人物を探し出す必要がある。そのために、あなた方が見せてくれた余計な感情は不要。あなた方の存在は不要」
払われた先に在った、アンリ達の日常のデータが次々と消失して行く。
アンリの笑った、料理をしている姿。
キャスターが割烹着姿で布団を整えている姿。
ありすが浴衣を着て、ピースと笑顔を見せている姿。
思い出の様に列挙された映像が節々から崩壊して行く。それら全てはデータの塵に変えられ、バックアップも保存もされずに消えて行く。
ラニが少しだけ頬をほころばせ、白ご飯を頬張る姿も――――
「ッ」
手が止まる。
何故?
回答は不可能。理解不可。
私の意志はこれらすべてのデータを不要としている。これらのデータはサーヴァント使役のメモリを圧迫している。故に消去。故に要領を空け、更なるサーヴァントの精密支援を想定とした作戦データを取り入れる。
これが全て。その筈。きっと。
何故、何故何故何故? この手は、最後の消去のキーを押すことが出来ない。
「…………」
バーサーカーが此方を見ている―――何故?
あの赤きサーヴァントが何処の英霊かと聞いた事は無い。敵のサーヴァントを調べた事も無い。このサーヴァントの圧倒的な力は、ウィザードが軌道修正を施すだけで敵を屠ってきた。
今回もまた然り。宝具に隠されていると思われるあと三つの形態。それを開示し、圧倒的なパワーをつけるために余分な
「ラニお姉ちゃん、何してるのかしら?」
「ありす、さん」
確か、巴アンリの言葉では今日一日はずっと眠っている筈では無かったか。その予想を、自分の予定をあっさりと裏切って、いつの間にかあの白いマスターが此方をじっと見据えていた。
その瞳は、何処かで見たことがある。機械的で、無機質で、この聖杯戦争に参加している中では一人しか観測しなかったが――――誰であったか。
「この沢山の窓…そう、分かったわ! あたしも混ぜてほしいな」
思い出せ。
この状況は、あのサーヴァントの力を持ったままの少女は危険だ。
ジャバウォック。あの怪物は巴アンリの持つヴォーパルの剣を基調としたレジストを掛けない限り、バグに等しい力で部屋ごと圧殺される。まだキャスター陣営の庇護下に過ぎない自分は、参加者であり絶対者であるアンリ・M・巴と同等の権限を持ってしまった的対象・ありすに敵う事は無い。その戦闘を容認する前に、ムーンセルからのルール違反で消されることになる。
「お姉ちゃん? 黙ったままは寂しいわ。あたしはずっと、寂しかったけど。でも、お姉ちゃんももう一人じゃないんだよ。あたしはアリスを友達にして、あたしはアリスを失った。でももう一人じゃないんだよ。あたしはお兄ちゃんに助けられて、あたしはお兄ちゃんの一人になった」
此処で出すべき回答が戦闘に外に思い浮かばない。
オパールの心臓は自壊寸前のオーバードライブによって意味崩壊。臨時回路の出力はメインに及ぶべくもない。対処は不可能。結論はソレしか出ていない。
私は、私は――――?
「きっとお茶会は楽しいわ。あたしは見たの、お兄ちゃんの中にはたくさんの人たちがいた。どこまでも暗くて、皆が光る夢の世界。夢と幻が甘いジャムを与えて、昨日も明日も無い今がずぅっと続いていたわ。きっとみんな出てくると、この小さなお星さまは溢れだしちゃんじゃないかしら? お姉ちゃん。あたしと似てて、でも違うラニお姉ちゃん」
私を見てくる。曇りも何もない、鏡の様に全てを跳ね返す視線で。
鏡? 鏡。そう、鏡でしたね。
「今のお姉ちゃんはあたしと一緒。どこまでも寂しくて、ずっと後悔している」
「よしなさい」
止めてください。
後悔はしていません。後悔と言う理念が不明です。
ああ、ですが―――この胸のわだかまりは。
「本当は、
「やめなさい」
ああ、ああ、この小さな少女の目は見たことがある。
何処かで見たことがある。
毎日、その日の朝に見たことがある。
これは私だ。
認めてしまう。
「ありすも負けて、ラニお姉ちゃんも負けて、お兄ちゃん達が勝っている。お兄ちゃん達は止まらない。
「私は負けていません。まだ、師の元に聖杯を持ちかえる為の機会は―――」
「お姉ちゃん」
小さな声。小さな体。
なのに、どうしてこの身は竦んでしまう――――?
「見ようよ」
駄目。
「
違う。
「見えて無いんだよね?」
見えている!
「負けたんだよ、ラニお姉ちゃんは」
負けてなど…いません!
「だって、さっきから
「先ほどから、貴女の言動が理解できません。貴女の行動は精神的な状態と正常な状態の符合が取れない事ばかり。見えないのですか? 私は、この新たな
「何もないじゃない」
何も、ない?
「お姉ちゃん、さっきからずっと一人遊び。あ、でもおっきぃ人がいるから一人じゃないよね。でも……ずっとずぅっと何も持っていないのに、そっちばかり見ていてつまんない。あたしは生きてるよ? 死んだけど、此処に居るよ? それが信じられないから、あたしにも見えないもので遊んでるの?」
「見えない、もの……」
「ここは赤の王さまが見た胡蝶の夢じゃない。あたしを助けてくれた黒いウサギの掘った穴の中。何処までも真っ暗で、どこまでも小さな光に溢れていて、面白いけど終わりの無い世界。お姉ちゃんは、その中で終わりを見つけようとしてるんだね。その、手で形を作ったなにかで」
曇った鏡は曇を加え、普通の鏡は全てだけを映す。
私の眼は、曇りを見ていた?
手が、軽い。
いままで、私は何を持っていたのだろう?
この手に在った筈の四角い感触。聖杯戦争の情報端末として渡されたチケット。
端末が、この手には最初から無かった。
「思い出しました。そう、私はこの部屋を出入りする時―――」
巴アンリに開けてもらっていた。
端末を扉に翳した覚えなど無い。
そもそも、あの死地から生還した時。目覚めた後。彼らがまとめて出かけていた時に、聖杯戦争の監督役NPCである言峰神父が話しかけて来ていて。
―――敗者の君には権限は無い。端末は各陣営、マスターが持つ物だ。
回収された。なのにソレを何故、私は持っている気でいた? 幻影を目にしていたなど、そんな私の精神状態は観測できなかった。いや、私自身がチェックを怠ってしまったのか。
「ラニお姉ちゃん、諦められなかったんだね」
「……私が、執着するなど」
「それは嘘。嘘嘘嘘!
ああ、そうでした。確かに嘘でした。
私が執着することは
自分の
彼女言葉は、どうしてこんなに胸を締め付ける。
「…………」
バーサーカー、あなたは知っていたのですね。
私を見ていたのは、その手に何も無かったから。
私に手を伸ばそうとしたのは、虚無を気付かせようとしたから。
その全てを知っていて、狂える身でありながら、私を何度も正そうとした。
狂える身であったから、同じく狂った私を正しく治そうとした。
「…………」
ああ、気分が悪い。体長は悪くない。心が痛い。心なんてものがあるとは思えなかった。でも、あった。私には、確かに存在していのですね。それを、ずっと気付いていたのはこの二人、あの二人。
「また黙っちゃった。バーサーカーさん、お願い」
「……」
巨躯が動き、その手が広げられる。
私のサーヴァント。その真名は裏切りの将。今知った。
だから、このように
全部分かったつもりでいたのを、気付かされたかもしれない。死の恐怖が迫っていると言うのに、この身はずっと、今までよりもずっと軽い――――
「バーサーカー」
「………」
私が問いかけても答えは出ない。
止まらない手がゆっくりと顔を覆い尽して、私の視界に影を落とした。私の顔も、ずっと陰っていたのかもしれない。だとしたら、これほど似合った者は無いだろうに。
狂える戦士は右手を伸ばす。
そのまま、頭を撫でられた―――?
「――――――!」
温かな毎日。
それは私が見ていた。
彼らの姿が、ありすの姿が、アンリの姿は、キャスターの姿を。その全てを見て来た。
笑っていた。
笑う。威嚇行為を源流とする、人間の感情を顔面の筋繊維によって起こされる現象。
このサーヴァントは、確かに口元を吊り上げている。それは、狂った殺人衝動では無い。口元だけでも伝わってくるこれは、この日常に浸った彼らの様な心の温まるもの。唐突に、師の言葉が思い起こされる。それは聖杯戦争に赴く直前、ダイブをする時に薄れてしまった、ぼやけた内容しか覚えていなかった筈の―――
―――ラニ、人形と自称するその身を大切にしてくれる人を探しなさい。
言葉が蘇る。
いた。師の言葉の人物が。
気付かなかっただけ。認めなかっただけ。認識できなかっただけ。
こんなにも近くに、私の求める人はいたのか。
ああ、何故だろう。心が軽く、体が軽く、どうして私の目元はこんなに温かい。
「あ、ラニお姉ちゃんだけいいなぁ……っわわ、い、いたい…」
「バーサーカー。少し力を緩めてあげなさい」
―――! いま、私は何と命を下した?
彼女を気遣った。そんなことが、有り得るのだろうか。
……いや、もう目を背けるわけにはいかない。今の言葉が、私の本心。ずっと隠し続けて来た、この数日でずっと触れ合ってきた心の形。私は、それを大切にしなければいけないのだと、人形の身では無い私が言っている。自分自身の心に従いたくなっている。
師よ、やはりあなたは正しかった。
私は、きっとこの温かさを忘れないのでしょう。
だから、必ずやあなたの元へ戻ります。
アンリ・M・巴。そのために私は協力すると、この場で誓う。
キャスター。あなたの華々しい飾り付けには称賛を。
ありす。私に全てを気付かせてくれた、その無垢な精神に仕えましょう。
私は人形、ラニ=Ⅷ。
私はマスター、ラニ=Ⅷ。
どちらも私で、新たな私を作りだした。
本当にどうしてこうなった。
本当は六日目の残り時間をランルーくんとの掛け合いを書くよう手位だったのに、書きだしたら指が止まらない……
次回、ようやく四回戦の決戦です。
今までにないほど濃い戦闘を書いていきたいと思います。