Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:幻想の投影物
というより、Fate/EXTRA CCCついに発売しましたね。
まぁ作者達は買う暇もなく、入学式やバイト探しですぐには買えませんけど。
すっかり夜だと言うのに、アンリ達のマイルームはまだほんのりと明るく見える。
それもその筈。ありすの発動させている名無しの森という固有結界が木漏れ日を延々と演出し続けているからであった。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
「おーうただいま…で、何故に名無しの森?」
「ラニお姉ちゃん凄いんだよ! 名無しの森であなたにもワタシにもならないの!」
「あー、成程。随分と
「むぅ…はーい」
渋々、と言った風にありすは名無しの森を解いた。
途端に部屋は元の御殿を映し、怪しく犇めく森の囁き声も、張り付いた木の影も何もかもが消えて無くなる。ようやく普通の空間に戻った様子を見て、アンリは心底安堵の息を吐いたのだった。
「巴アンリ。この子は一体…?」
「ん、まぁサイバーゴースト兼、次の旅の道連れってとこだ。詳しいオレの説明が欲しけりゃ、そこに日誌として書いておくが?」
「……手札を隠さないのですね」
「オレが使う本当の力は、対策を取られた程度じゃ効かんよ。多少すっからかんになる覚悟で圧倒的な魔力の渦を作れば、サーヴァントだってぶち抜くかもな。あくまで理想論だが」
「変幻自在、そう言う事ですか。ある程度は理解しました」
「おろ、なんか一人で納得しちまってるよ」
ともかく今日は疲れた。ということですぐさま寝床の準備を整えるアンリ。
布団も自分の体の一部と言う事に何の違和感も覚えず、彼はすぐさまありすとキャスターを読んで静かに寝入ってしまった。外国人だからだろうか、ラニの分は高級そうなベッドと言う形で部屋の壁側に鎮座している。
この時、本当にラニは自由だった。
ありすの固有結界や、その際にした「お茶会」。そして話し合ったありす視点でのアンリは正に白馬の王子様と甘事を囁く悪魔が混ざり合ったイメージなど。更には、そうして与えられたイメージを覆す程無防備さをラニ達に晒している。決して自分たちが裏切らないと言わんばかりに。
「……師よ、貴方の言っていた星の持ち主は…彼、なのでしょうか」
自分の何かを変えてくれる人。
自分に何かを与えてくれる人。
そんな想像ばかりをしていたが、アンリはまったくの逆の存在だった。自由にさせ、言うだけ言って自分に何かを芽生えさせようとする人。与えてばかりではなく、その与えた物を栄養として自分の中にある種に太陽を当てる。
しかし、そうして考え込んだラニもありすの固有結界の中に半日近くも取り込まれていた弊害か、目の前が突如歪んで倒れ込みそうになった。あわや近くの家具に激突か、他人事のように自分の行く末を想像した瞬間、暖かな掌に抱きとめられる。
「バーサーカー?」
「…………」
問いを投げても、狂戦士がその意思を伝える事は出来ない。
ただ言える事は、己の主に傷を付けさせないよう静かに動くのみ。
今日は星を詠むにも時間が遅い。
ならば隠す物は無いと曝け出す、この異質な悪神に甘えて眠るとしよう。
ラニはベッドに手を掛けると、真新しいシーツの感触に包まれながら、ゆったりと目をつむるのであった。
「……朝か、おはようキャスター」
「おはようございます、マスター」
日がある程度に昇った時間、二人はピッタリ同時に目を覚ました。
隣で寝ているありすやベッドの上のラニを起こさないよう布団から抜け出すと、二人が寝ていた布団は床と同化して消えて行った。本当に泥の変幻自在な性能には呆れるばかりである。
「そういや、今日は軽くパン食にするか?」
「えぇ……もしかしてご主人様、あのラニとかいう小娘の為に気を使ってます?」
「歓迎会どころじゃないんでな。ちょっとした配慮の一環さね」
ありすを起こさないようゆっくりと頭を撫でてから厨房に向かったアンリは、キャスターのエプロンを結びながらにそう答えた。キャスターがまったくもう、と頬を膨らませながら僅かな嫉妬を見せると、悪い悪いと彼が笑う。
「それは別にいいとして、あのランサーの正体。いやぁ、自白するとは思わなんだ」
「自分の歴史語っちゃってますからねぇ。私達サーヴァントには古今東西のサーヴァントの真名や情報が入ってるって言うのに、自分からベラベラと喋ったおかげで簡単に照合できましたよ」
「…ん? もう真名も分かったのか」
「はい。それに、あの時―――
“無辜の怪物と創作されながらも”
―――って言いました。無辜の怪物、怪物に創作。そして槍と言えば、一番ポピュラーな奴が浮かび上がりますから」
「…創作物では槍とかは持ってなかった気がするんだがなぁ。
「Exactly。その通りでございます」
吸血鬼とは、誰もが知っている西洋の怪物であり、恐怖の対象としても国籍問わず、特に日本ならばそれを元にした物語が幾つもあるほどに有名な存在だ。しかし、それほど知られているにも拘らず、その元となった人物と言うのはあまり知られていない。
英霊とは人間だった者、もしくは人間の要素を含んでいる者が伝承などを元にしてスキルを与えられ、クラスと言う枠に押し込まれる事で生まれる形である。故にその怪物の元となった人物もまた人。悪名高きその名は、こう言った名称でも親しまれていた。
「“串刺し公”、ヴラドⅢ世。しかも人格がちょっとキ○ガイじみてる辺りを考えると、キリスト教の信仰とか、その辺の狂信スキルも入っちゃってますね。おかげで洗脳とかできませんよ」
「十万人の自国の民を殺した厳罰主義。一人殺せば人殺し、千人殺せば英雄で、十万人殺せば悪魔や悪鬼羅刹の類ってか。オレも人の事言えたもんじゃないが匙加減の難しいこった……っとと、砂糖入れ過ぎたか?」
「ありすちゃん用に甘い味付けですか。にしても良いですねぇ、現代って砂糖を幾らでも使えるんですから」
「日本はある程度の時代まで砂糖は貴重品だったからなぁ。坊さんが弟子に“ぶす”という毒だと言い聞かせてまでとっておきたかった、つぅ話しもある位だ」
「あぁ…あれってどうなったんでしたっけ?」
「弟子が全部喰っちまって、謝る際の言い訳が酷かったもんだ。わざと高級な皿を割り、罪の意識でこの世を儚み自殺しようと“ぶす”を食ったが、死ねなかったと泣き落とし。命を掛けた謝罪と言う名目だったから、坊さんも怒るに怒れずめでたしめでたしッと、完成」
黄金色に程良い焦げ目をつけたフレンチトーストが出来上がり、甘い匂いがマイルームを漂って行く。その美味しそうな匂いに食欲が引き立てられたのか、ありすとラニが寝ている障子の向こう側から欠伸をする可愛らしい声が聞こえて来ていた。
「むむむ、これからはパン食も馬鹿には出来ませんね。すっごい美味しそう…」
「後は暖めた牛乳と一緒に出せばオッケィ。そっちのちゃんと掛けてくれたか?」
「同時に二つの事が出来なければ良妻にはなれませんよ。ご主人様との有意義なお話の間にも、しっかりレンジは回しておきましたとも」
「英霊が現代技術に慣れるってのも何だかねぇ。ま、元々の
「おはよう…ありす、待ってるね……」
「おぅ、すぐ持ってくからな。―――キャスター」
「御意に」
日常生活での見事な連携。大きめの皿に乗せられた四人分のフレンチトーストを持つ、異形の二本腕が新たに生えているアンリと、呪符の上に持ち切れない分を乗せて運ぶキャスターが今に向かうと既にありすが座布団の上で眠そうに待っていた。
「あれ、あの女は起こしてないんですか?」
「バーサーカーに起床は任せといたから直ぐ来るだろ」
「狂戦士にって、ご主人様も大概ですねぇ」
「甘い匂い…わ、美味しそうっ」
食欲をそそる甘い香りに、ありすは寝ぼけた瞳をぱちくりと瞬かせて歓喜を示す。
ちょうどその時に襖の一つが開かれ、まったく格好の変わらないラニの姿が現れた。
ありすに促されるまま座布団の一つに座り、アンリ達と共に同じちゃぶ台を囲む。
「おはよーさん、ぐっすり眠れたか?」
「はい。快眠がとれたのでそれほど疲労は感じないようです。しかし、これは…?」
「あれあれ? アトラス院とか言うところの出だって聞いてましたが、これも知らないんですかホムンクルスの女」
「いえ、存在は知っていますが、どうして私の前にこれが用意されているのかと」
ラニの発言に、何を言っているんだとアンリの視線が突き刺さる。
あまりに敵味方の境界線が薄いアンリの常識で当てはめると、既にラニは保護や仲間の対象に入っているから当たり前の行動として朝食を用意したのだが、どうにも意見の食い違いがあるようだと分かった途端、彼は重苦しいため息を吐いた。
「あのなぁ、もう運命共同体に近しい感じになってんのに、お前さんを蔑ろにするような輩じゃねぇんだよオレは。生憎バーサーカーは食事も無理だろうから流石に自重したが、食う必要が無いと言ってもお仲間で食卓を囲むのは異常な事なのか?」
「私が仲間、ですか」
「そうそう。だからそっちがどう思っていようと此方としてはそっちが嫌と言わん限りは対応を変えるつもりはまったく無い。ま、オレの自己満足みたいなもんでもあるから気にくわねぇなら其方側に合わせっぞ?」
「………いえ、逆に御手間を掛けてしまったようで申し訳ありません。このような待遇があるとは、予想外でしたので」
「…んー、なんか中途半端だがオーケー。しこりも取れた所で合掌といきますか」
アンリが手を合わせるのに従い、キャスターとありすがそれに続く。一応は日本の食事様式を知識の上で理解しているラニはそれに続き、全員が合掌した事を確認すると彼は号令をかけた。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
それと同時に皆の手はフォークに伸びる。
洋食を日本式で頂くと言うのもいささか滑稽な有様だったが、ひとくち食べ始めれば、そんな疑問も吹き飛ぶほどに楽しい食の時間が過ぎて行くのだった。
「あぁ、甘い。やっぱ現代サイコー!って奴ですよご主人様」
「そりゃあ良かった。そっちの二人は甘さ強いとかそんなん無いか?」
「ううん、とっても美味しいよお兄ちゃん!」
「いえ、美味だと思います」
一つ、また一つと口にしながら食パンを四つ切にした一口サイズのフレンチトーストは消費されていく。時折量をねだったありすにアンリが自分の皿から与え、甘やかし過ぎは良くないとキャスターに怒られる場面もあった。
そう言った戦争とはかけ離れた団欒を前にしたラニは、知らずかくすっと笑みをこぼしていた。耳聡いアンリがその音に気付いたが、何も言わずにキャスターに怒られながらヘラヘラと笑い続ける。そんな様子を、血が繋がっていない筈なのに家族の様だと感じたラニは、人として正しい感性を持っているのだろう。
―――師よ。貴方の言っていた器を満たす者とは、一人では無く……
口の中に感じる甘くふわりとした触感。
味覚をそれに預けながら、ラニは微笑ましげに彼らの方へ視線をやった。
自分は最後の並行変革機を埋め込まれたホムンクルスとして最後の使命を全うするためにこの地へ舞い降りた。しかし、その結果が最後の手段も使えず世界の一つさえ吹き飛ばせない敗者としての生存。
それに何の意味があるのかと茫然自失になりかけていたが、この目の前の光景を見れた事は、自らの胸の内に何かしらの温かみを与えてくれる。これが、器が満たされると言う事なのかは分からない。それでも、私はこの温かみを尊いと思った―――
「ラニ嬢、フォーク止まってるが…小食だったか?」
「すみません。少し考え事をしていましたので…いけませんね、温かい間に食べてしまわないと」
「おう、食え食え。若いうちにたらふく食っとけば、しっかりした体も作れるからな。ホムンクルスだろうが、人間がベースなら一緒だろ」
「……はい」
ここでまた、アンリの言葉に考えさせられた。
今期聖杯戦争の為に作られたと言っても過言ではないこの肉体、この精神、この魂。
しかし聖杯を手にすることが不可能となった今、期が過ぎた後の私は何を目標として生きればいいのか。そんな事を今まで考えすらしなかった。いや、考える事に気付くことさえなかった。
一度生まれた疑問は新たな疑問を生み、思考の奥深くへと意識をいざなってしまう。
だが今は、それらを振り切って用意された食事を楽しんでみるのも良いかもしれない。
こんな事を突然思えるようになったのも不思議だが、一時の想いに身を任せてみるのも悪くないかもしれない。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
再び合掌を経て、彼らの朝食は終わりを迎えた。
アンリが食べ終わった皿を台所に持って行こうとすると、彼の端末が突如として出現して虚構に満ちた電子音を鳴らし始める。しかしそれがいつもの運営側からの通知では無く、メールが当てられたのだと理解するや否や、物珍しさと好奇心からその中身を開く事にした。
「……追って伝える。ラニとありすの制限について、か」
新たに生やした六本ほどの手で食器の後片付けをしながらも、彼は元の手で端末の画面をスクロールして行くと、変更点とも言うべき内容が以下のように記されていた。
ありす、ラニ=Ⅷ
以上の敗者二名の行動制限について。
アリーナへの同行を許可。敵マスター及びに敵サーヴァントへの直接攻撃の類で無ければ、あらゆる技能、あらゆる使い魔の使用を認める。しかし万が一にも敵陣営への肉体的ダメージが意図的に行われる事があれば、対象者を排除とする。
規則に従った懸命な判断をされたし。
それ以上はスクロールも出来ず、内容がぶっつりと斬られている。
随分と消去の条件が低くなった者だと不審に思いながら彼は端末を閉じる。綾乃との聖杯戦争脱出の約束もあり、このような馬鹿な真似をする筈がないだろうと復唱しながら、なればどれ位の協力がこの条約とやらに干渉しないのかを考え始めた。
ラニも聖杯については既に諦めているかもしれない点を含め、先ほどの様子を見ればある程度の協力はしてくれる筈。それに予想外とは言え、固有結界や宝具を受け継いだありすも直接攻撃より補助に向いた術を持つ。それらを組み合わせれば、この電子世界からの非常脱出は可能であろうとも思える。
「……だがなぁ、アクセス権を弄らない事にはどうにも」
シンクの水を止め、洗い終わった食器の水を吹きとっていく。
一応この世界で言う魔術は何とかなる、何となく、と言った曖昧な概念で発動できる事もあるが、やはり慎二のようにコンソールを出現させてプログラムを弄った方が効果が高いと言うのも事実。
アンリはそんな真似など不可能で、出来ることと言えば宝具の無駄打ちをして常識や条理と言った者を思い通りに歪めることしかできない。だがそれも通じるのは「アタリ」と言えるような世界の亀裂だけであり、それはアリーナで見つけた穴に注ぎこんだ自分の体の一部で目下捜索中である。
膨大な量を注いだとはいえ、広大な月のデータを洗いざらい調べ上げるのだからこの四回戦は確実に全日消費する事になるだろう。それが、この四回戦さえ終われば、の二つ目の意味でもあった。
「って、もう一通メール? 差出人は……なんつーか、タイムリーなヤツだな」
From三鼓綾乃
ありすと少し遊びたい、という変哲もない内容のメールだった。
拒否する理由も無いので、寧ろ暇を持て余してしまいそうなありすの為にもなるだろうと、メールを返信。構わない、と返した所で丁度ありすが台所に歩いて来ていた。
「ねぇお兄ちゃん、紅茶ある?」
「ちょっと待ってろ。…ああ、そう言えば綾乃ちゃんから暇だったら遊びに来いって来てたぞ。またオレらも忙しくなるだろうし、行ってみたらどうだ?」
「やった、綾乃お姉ちゃん弓道教えてくれるんだ。あとで行くから、お姉ちゃんに言って欲しいな」
「そう言うと思って既に返してある。存分に遊びに行って来いよっと、紅茶が入りましたぜお嬢さん」
淹れ終わった紅茶を渡すと、アンリは真上近くまで昇って来た疑似太陽の位置を確認する。まだまだ正午までには時間があるようで、マイルームの一角に置かれた時計の短針は9の辺りを指示していた。
「……図書室辺りでヴラド公でも借りてくるか。キャスターはラニ嬢の指導で忙しいようだしなぁ」
ちらりと居間に目をやれば、ラニへ女らしさを熱心に教え込んでいる彼女の姿。
常にこう言った気迫で聖杯戦争の相手を倒してくれれば万々歳ではあるのだが、逆に7日間という
とりあえずは念話で図書室へ向かう事を伝えた彼は、マイルームを後にするのだった。
「っと、検索ワードは“ヴラド三世”……おわ、やっぱ無駄にヒットが多いな…」
本棚の検索機能を使ったものの、やはり吸血鬼の大本となったポピュラー性からヴラド三世についての記述やそれとはまったく関係の無いだろう過去の論文などと言った文献までもが引っ掛かり、タイトルだけでは正確な情報を調べる事が難しくなっている。
だが同じサーヴァントが複数の他マスターに呼び出される事も無いだろうと思ったアンリは、とにかく関係のなさそうな物を除いたほとんどの資料を貸し出しさせてもらう事にした。大量の書物も、ここはデータで出来た世界と言う事で端末の中に重さの無いデータとして詰め込む事が出来る。ともかくも、と呟きながら資料の大半をコピーしたアンリは、どこか煮詰まらない程度に本を読める場所を探して校舎の中を練り歩き始めた。
様々な場所を探す中、アンリは人もほとんどいなくなって必要性が薄くなり始めている購買部の一角に座る事に決めた。そこは購買部のNPC以外人影は居なくなっていて、あの絶品とも言うべき「激辛麻婆」を勧めてくれた辛党の参加者も敗れ去ったのか、はたまた「満足した」という言葉の通りに油断したのか、ともかく居なくなっている事は確かである。
「……ま、充足を得た魂なら昇天させるのが筋さね」
アンリとて、辺り構わず魂をその身に取り込む訳ではない。
怨嗟に満ちた、もしくは後悔と言った負の感情に身を包みながら死んでいった者の魂を取り込むことで、自分の魔力を生みださせ、自分の中で幸せな生活を送らせているのだ。この世に未練の無い善人や役目を果たして悟りきった魂を取り込んだ所で、その魂にとっても余計な事であるし、彼にとってもまったく不本意だ。
とにかく終わった事に目を向けている時間は無い。すぐさま端末を取り出すと、コピーした資料を立体スクリーンとして空間投影する事で複数の資料を同時に読み取り始めた。
その中には、あのランサーが言っていた己の妻を一夜にして殺してしまった事なども書かれているような信憑性が高い情報を少しずつ抜粋していった。
それらを頭の中に詰め込んで行く中、唐突に横から差し入れの様にジュースが差しだされている事に気付いた。
「ん、すまん」
「イイヨー 別ニ」
くっ、と三本目の腕を生やして飲むと、ジュースはドリンクバーでやる人もいるであろう、「ミックスジュース」の味がした。味から察するに、カルピス2割とメロンソーダが4割、そしてオレンジジュースが1割に、残りをコーラでもブチ込んだ物なのだろう。ジュワッと響く炭酸の刺激が舌を刺激し、頭に程良い衝撃を与えてくれる。同時にキンキンの冷たさが少しばかり熱中し過ぎていた頭を覚ましてくれた。
だが、味としてはそんなによく無い。寧ろ不味い。一体誰がこんな物を差し出したのかと疑問に思って顔を上げると、予想外にも程がある人物が此方を見下ろしていた。
「ソレ、美味シイノ?」
「不味かったがナニカ。つか、また唐突に接触してきやがったなぁ」
ボサボサの赤毛を揺らしながら、クスクスクスクス不気味に笑った彼女は、自分の対戦相手でもあるランルーくんその人であった。
「ランサーノ事、調ベテルンダ」
「そっちでいきなり暴露してくれちまってるからな。後は弱点とかを知ってオレ達が勝つだけだ。おっと、自信満々だな、とか月並みな事は言わんでくれや」
「自信満々ダネ」
「言ったよコイツ」
仮面の奥から見える、ぬらりとした双眸からは何を考えているのかは読み取れない。
ただ、こんな会話を交わしながらも自分に食欲その他の感情があるらしい事は分かるのだが。
しかし、これは一つの好機でもある。如何様にして彼女がこれほどまでに過食であり、拒食を好むのか。その口にする愛する者とは何なのか。ヴラド公との決定的な相性の差は何なのか。
今この時点で、アンリは対戦相手ではなく探究者としての興味に突き動かされていた。
「ま、あれほど腹減ってるって感じなら、オレの一部でも味見してみるか? 生憎といろんな所が無くなっても困らないんでな」
どうぞ、と言わんばかりに命を差し出す彼は、きっと人間としても異常なのだろう。
そこに命としての意味が無いにしても、敵となる相手を前にして無防備を曝すと言うのは狂人の行為に等しい。その身を以って差し出された側のランルーくんと言えば、難しそうに唸り始めていた。
「ウーン…別ニイイヤ。ランルーくん、愛シタモノハ食ベタクテモ食ベラレナクナルシ」
「こりゃ予想外、随分控えめな発言だな?」
「デモ食ベタイナァ…」
「はっきりしねえ奴。ま、まともに聞いたところで無理か」
はっ、と分かり切った事を聞いた己を嘲りながら資料に目を戻すと、ずっと見つめているランルーくんの視線が突き刺さる。既に聞きだせる事も無く、どうしたものかと頭をかいたアンリはふと、その彼女の着ている特徴的な服装が気になった。
前世の全国チェーンしていたハンバーガーショップのキャラクターにも似ているが、流石にこの世界では違うだろう。第一、見た目が陽気でも中身が妖気すぎる。
「ああ、そうだ。その格好なんかモチーフでもあんのか?」
「レンレンバーガー、ランルーくんハソコノマスコットダネ。ランルーくん、名前モチガウケド」
「むしろ本名だった方が名付け親の精神を疑うっての」
ケラケラ、クスクスと笑みをこぼした彼女の姿は、普通の人間なら気分を悪くする程の狂気に満ちていた。親族の言葉を出された途端にこれだ。身近な人間が一体どうなったのかなどこの反応だけでも十分に理解できる。
推測にすぎないが、彼女の歩いて来た轍には食べ残しの肉片がこびり付いている。いや、食べ残すことすら無いのかもしれないが。
「ま、色々と話せて少しは疑問も無くなったさ。今度は敵として正々堂々やらせて貰っとく」
「フーン…真面目ダヨネ、キミ。バイバーイ」
ぶかぶかの袖口から僅かに指の端っこを見せながら、彼女は手を振って居なくなった。
結局差し入れはくれたとしても、ランルーくん自体は何も口にしていない事から、いよいよ不可思議な相手だとアンリは考えていた。こう言う手合いは深く考えた方が負けだと言うこともあるが、それはは一先ず置いた末の結論である。
どちらにせよ、決して楽して勝てる相手ではない。ヴラド公はそのネームバリューからもステータス補正は受けているだろう。それを召喚した相手も、慎二やダンと違って主従仲が良好なことから強敵だなぁと薄く笑った。
「残りのマトリクスは追々埋めて行くか……」
情報の足りなさから予想外の事だって起こりうる。これまでにそう言った情報が関係したような事は敵の宝具の攻撃ぐらいしか無かったような気がするが、何事にもベストを尽くせずに負けました、ではまかり通らない。
今頃は綾乃と遊んでいるだろうありす、部屋で女子談義を続けているキャスターとラニ、そのサーヴァントであるバーサーカー。そして自分の中の輪廻に戻されていない魂の数々。有り得ない程の命を預かっている身としては、消滅などまっぴらごめんである。
だからこそ、脱出を図るのだ。その布石の期間としての四回戦は、どうにかしてランルーくんを斃して進まなければならない。
自分の道は屍と死者で溢れている者だと実感して、とんだ
何を書いていたのか訳がわからないよ。
と、ともかく前半はまだ正気を保てました。
それではまた次回。