Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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遅れてしまってすまない。
四回戦はだれが戦うか、四択で迷ってしまってね。
結局ダイスを振ったから安心してほしい。


好奇食診
Eat eat you


 期せずして連れて帰る事になったアトラス院の錬金術師。また、サーヴァントが召喚されたままと言うこの上ない異常事態が巻き起こっている現状、運営(セラフ)側と管理者(ムーンセル)側でそれについての決着はついていた。

 人知を超えた、されど人の意識で認知可能な二つの存在は、異なる世界より訪れし従順な参加者の一人に、NPC越しでの命令を言い渡したのだった。

 

 

 

 

「―――と、そう言う事だ。巴アンリ。ラニ=Ⅷの対処に関しては其方に一任するが、同じく生き残らせたありすという少女同様にアリーナでの戦闘行為、決戦場への武力介入をさせた場合、ラニ=Ⅷはサーヴァント諸共データの塵に還される、という決定が下された。勿論、君が負けた場合は君側の全員がデータに還る」

「あくまで戦闘に拘るってか。じゃあ知識やら技術やらの提供は許されると?」

「さあな。今回に限り、私は“単なる伝言役(メッセンジャー)”として遣わされたに過ぎん。これをどう言った解釈と取るか、そして一蓮托生となった彼女たちを単なる駒として斬り捨てるかも自由。ふっ、聖杯(ムーンセル)は可能性を見出したく、運営(セラフ)は形式が破壊されなければそれで良い」

 

 このNPCの元となった人物が虚ろな人格だったからか、はたまた現人格をして本当にどうでもいいのか、言峰神父は小さな笑みを浮かべながら言い放つ。対するアンリも、成程、と小さく呟いてひらひらと手を振った。

 

「りょーかい。既に億を越える人間の面倒見てんだし、魔術師や英霊の一人や二人もちゃんと管理は可能ってな。ラニはこっちから戦闘は不可能だと言っておけば良い。…そんじゃ、お勤め御苦労さん」

「心強いことだ。では、一任するとしよう」

 

 言峰は修道服を翻し、少しばかり丁寧な動作で職員室の扉を開け放つと、彼に対する激励か、十字を斬りながらドアの向こうへ消えて行った。アンリのおとぼけた癖が少しばかり影響しているのかは知らないが、まさしく亡霊の様な状態で消えて行くよりはマシだと、目の前で姿を消された彼は苦笑を浮かべる。

 ラニの処遇に入る前、その他説明なども聞いていたからかは知らないが既に日はかなり上にまで昇っている。丁度昼休みの時間を告げるチャイムが鳴り響くと同時、彼の端末には新たな情報が映し出された。

 

4回戦開幕_

――The fourth selection

 

残り16人

 

 ご丁寧にも残り人数を表記する端末。

 そこに記されている人数がきっちり四度目であるトーナメントの数と一致していると言う事は、トリガーの取り忘れも無く、止めをさせなかったことで相打ちになった間抜けも居ないと言う事。あの朗らかな綾乃でさえきっちりと勝ち進んでいるのだから、戦争としては厳しい段階に入ってきたという事だろう。

 

「ふっ……かぁ~~!」

 

 少し力を入れて、両手を組みながら体を伸ばした。骨も肉も無いが、とりあえず精神上やっておくと気が晴れるのだから、やっておいても損は無い。

 それならば何故人型を維持しているのかと問われるなら、彼もまた「人間」が昇華した存在である英霊の枠に当て嵌められているからと答えるしかない。それに加え、彼自身常日頃から人型以外で過ごす気など毛頭持ち合わせてはいない。

 

 ともかく長い話も終わった事だ。そう思って職員室のドアに手を掛けると、かつて「藤村大河のNPC」が居た机が目に入る。そこで交わしていた無意味な話し合いを繰り広げた事を思い出し、少しばかり感傷に浸って目を閉じた。

 数秒を越えて再び眼を開けると、今度こそ職員室からおさらばする。対戦相手が決まるまで、自分の与えられた部屋に戻って一服しようと思ったアンリだったが、その安眠計画も無情なコール音によって遮られる事になった。

 

「…対戦相手を発表。二回掲示板まで、か。……キャスター」

≪お傍に≫

 

 クラス名がばれないよう、ほとんど人の居ない廊下に声が響かない様な小さな声で呟くと、霊体化した彼女がすぐさま隣に現れた。待ち構えていたのか、はたまた霊体化すると校舎の何処でも簡単に移動できるのかは知らないが、こうしてすぐ傍に迎えるのは奇襲対策も兼ねているのだろうかとどうでも良い事に少し意識が行ってしまう。

 

「対戦相手、だとさ」

≪ようやく決まりましたか。私とご主人様の生贄四匹目が≫

「せめて糧と言ってやれよ、オレの喰う特性的な意味で」

 

 相も変わらず身内以外に過激な言動をする狐の発言を訂正しながら、彼は階段を一段ずつ踏みしめて行った。残りも少ない他の参加者とシフトの時間が被っていないためか、真昼間の廊下に出て来ている人物はちらほらともおらず、賑わっていたあのころが懐かしいと少しばかり感慨にふける。とはいえ、彼の「中」では此れまでの参加者の魂も造られた日常を満喫しているのだが。

 ようやく掲示板の前にまで到着すると、豪華でも質素でもない、中間のただの紙切れが貼り付けられているようだ。対戦相手は一体誰なのかと覗きこむと、少し特徴的な内容が目に入る。

 

「……ランルー君? らんるー……らん、らん、」

≪ご主人様、それ以上いけない≫

 

 目の前にあの黄色と赤で構成された教祖がいると言う訳でもないのに、洗脳されかかっていた自我をキャスターが何とか引き戻した。そもそも全人類の悪意をその一身に受けていると言うのに、精神汚染にも近しい影響を受けたのかは分からないが、とりあえずは助かったと彼女に礼を言う。

 続いて、四の月想海が次なるステージだと表記されている事を確認すると、その瞬間。

 

「ん?」

「………アハァ」

 

 何かが此方を見ている事に気付いた。

 

「フフ……」

「これはまた、食欲に満ちた視線をお持ちのようで…ランルー君、で合ってんのか?」

「ウン…。キミ、スゴク…スゴォークオイシソウ……キニイッタ……」

 

 痩せぎすで、穴のあいた目の部分からしか表情を読み取れない影が、先ほどまで自分が昇っていた階段の辺りに出現していた。その人物の間延びして片言になった声からははっきりとした性別が分からなかったが、骨格や一般男性より整えられた赤の巻き毛から女性であることが分かる。

 とはいっても、初対面でランルー君…彼女を女性と認識できる者も随分少ないだろう、と言うのがアンリの見解だったが。

 

「モシカシタラ……」

 

 ぶつぶつとうわ言を繰り返すように呟きながら、彼女は階段の影に溶け込むようにして消えて行った。たったこれだけの接触で狂人や異端の人間扱いされそうな彼女も、アンリにとってはユニークな女性だと言う程度の印象しか抱けなかった。

 ただ、アンリが気になるのは人格では無く此処まで来た経緯の方。ランルー君の来ていた服は、裾が風に一切なびかない程にきっちりと縛られており、ウィンナーの様な縛り方をされていた。そして、肝心なのがアンリ自身が感じられる「感情」について。

 読心術とまではいかないが、何度も言った様に彼は人が発する感情を表面に出ている者なら容易く読み取ることが出来る。とくに欲望に結びついているものなら更に読みやすいのだが、その他一切を考慮してもランルー君から感じ取れたのはゆるぎない「食欲」のみ。三大欲求で性欲にしか頭が行っていない愚者は多かった物の、こうまで食欲にしか関心がいかないのも珍しい。

 

≪うっわ、ガリガリですねアレ。見た目で落とさないと女なんてやってられないってのに、な~に考えてんでしょうか≫

「第一印象に繋がり易いかもしれんが、だれしもが見た目じゃないと思うがなぁ。つうか、それだったら見た目不細工はどうなるんだっての」

≪え、そんな人種がいるんですか!?≫

「……悪い方の意味で受け取っとく」

 

 自分の従者には汚い物フィルターが掛かっている事を確認したアンリは、分かりやすいように首を振って息を吐いた。そのままマイルームの入口に端末をかざして認証を待っている間、先ほどのランルー君についてもう一度思考を傾けた。

 

 気になっていたのは、ガリガリに痩せているのに頭の中は食欲しかなかった事。

 それだけなら単に乞食の類だと割り切れるのだが、その執着やこの聖杯戦争中で疑似的ながらも食事が可能な事を考慮すると、どうにも腑に落ちない点ばかり。それに、最初の「気にいった」と言う発言からカニバリズムを嗜んでいたとしても、それこそ地球には無駄に人類が蔓延っているので簡単に喰う事が出来る筈だ。

 

「サーヴァントの事考えた方が良いってのに、なんだかなあ。…お、やっと認証終わった」

≪あ、彼女なら既に中で寝てると思います。起きてるかも知れませんけど≫

「あーうん。雑務すまんかったな」

≪いえいえ、ご主人様の為ですもの♪≫

 

 いつもより時間のかかった端末認証も気にはなったが、ラニの受け入れやその他についてセラフ側から介入でもあったんだろうと決めつけ、さっさと中に入って行った。

 その後ろ姿をじっと見つめる二つの眼があったのだが、それに気付く者はいない。

 

 

 

 

「いやぁ、マスターってのは人間ばかりだと思ってましたが、妖怪もいるんですね」

「ありゃ仮面だろ。つうか、人外筆頭はこの陣営全員だと思うが?」

「そうでしたねー」

「あたし人間じゃないの?」

「そうさね。お前さんはユーレイなんだぞー」

「きゃー! すごーい!」

「この子も馴染みましたねぇ」

 

 目を覚ました瞬間、そんな温かみの溢れた会話が繰り広げられていた。

 あの崩壊する仮想現実空間(アリーナ)の中、師の命令を実行するためと脱出の手段を探した結果、どこか別の場所からアクセスされている空間のほころびを見つけ、その穴をサーヴァントの宝具で広げて飛びこんだ結果、なんとか生き残る事が出来たようだが。

 

「あれ、新しい穴のお誘い?」

「早速トリガーが生成されたってよ。まぁ四回戦は始まってんだし当たり前か」

「早いに越した事はありませんよ。いっそアリーナであのピエロ潰しちゃいます?」

「そうか、キャスターは道化(オレ)がそんなに気にいらないか…」

「ふぇ? あ、その、ご主人様の事を…悪く言ったと言う訳ではないのでして、えぇっと」

「お姉ちゃん……」

「ありすちゃん!? そ、そんな目で私を見ないで! あ、でもちょっと心地いいかも…」

「「うわぁ…」」

「あれ、私の発言ミスった?」

 

 目の前で訳のわからないコントを繰り広げられる理由にはなっていない。それよりも、自分のイメージとしては飄々としながらも常に余裕を持った珍しい人物である、と彼の事を見ていたのだが、師も言った様に理想図は容易く崩される物と言う事なのだろうか。この三人のやり取りを見る限り、少なくとも自分が抱いた巴アンリ像は早々に打ち砕かれてしまったようだ。

 

「ないわー、マジないわー……ん? お客さん、目ぇ覚めてたか」

「あ、丁度良かった! はい、お茶!」

「…ありがとうございます」

 

 呆然としていたところに、湯気の立っている茶を少女から目の前に差し出された。確か、この少女は巴さんの三回戦の対戦相手だった筈。その筈なのに、どうしてこの場に生きて存在しているのか。自分の様な抜け穴を探す事が出来たとも思えない。となると、目の前の人物が全てのハッカーに出来ない事をしでかした、と言う可能性が浮かび上がってきた。

 

「……? 令呪がまだ、残っているのですか」

「セラフからのお達しです。生き残らせるために令呪の使用権や所持権はそのままにしておきますが、今後一切の戦闘への直接的な武力介入、および現存させたサーヴァントの攻撃命令を禁ずる、ですって」

「んで、対戦を覗き見してたオレのとこにお前さんを管理するっつうおハチが回ってきやがった。マイルームの行き来位ならフリーパス出しとくが、あんまりあの部屋の隅とか弄らん方が身のためだ。ウチのサーヴァントの工房モドキらしいからな」

「モドキじゃありませんー。立派な工房です!」

「魔術用具が1割しか無い場所を工房とは呼べねぇっての」

 

 この主従はどうにも仲が良いようで、また目の前で言い争いを始めてしまった。

 どうするべきかも分からずに、名も知らぬ少女が差しだしてくれた茶を啜っていると、その子から服の裾を引っ張られている事に気がついた。

 

「白いお姉ちゃん、ありすとこっちで遊ぼ!」

「遊ぶ、ですか?」

 

 とにもかくにも、この状況をずっと続けるわけにもいかない。

 要約起き上がった少女、ラニ=Ⅷは多少の混乱を残しつつ、目の前のありすという女の子から何かしらの情報を聞いておこうと「遊び」に参加するのだった。

 

 

 

「あ、危なかった……」

「ありすちゃん…あの真っ黒な方からトンでもないもの貰ってたんですたよね…」

 

 命からがらマイルームから逃げ出したアンリとキャスターは、自我が壊れていない事を喜びあいながらも転がり込むようにアリーナの中へと転移していた。

 二人がしょうも無い事で言い合いを始めた後、ありすがラニと遊びの宣言を行ってしまった事が現在の状況を作りだした事に繋がる。ありすには彼女のサーヴァントであったナーサリーライムの力の片鱗が譲渡されており、「不思議の国のアリス」という範囲ならばサーヴァントとまったく同じ能力を有してしまっている。

 ありす、ラニの両人とも傷つけるためと言う目的で戦闘には使えないが、何度も示唆されているように、間接的な戦局のちゃぶ台返しなどは認められている。なので、彼女が決戦の時以外のアリーナなどで力を使う事は許されているのだが……

 

「いや、名無しの森はダメだっての。危うくまた正体不明魂の塊Xになるところだった」

「何かパワーアップしてる気がしないでもないんですが…いや、気のせいじゃありませんよね」

 

 ありすの展開した名無しの森は、マイルームを覆った途端にアンリに多大な負担を負わせることになっていた。具体的に言うと、アンリが内包する全ての魂が自我を見失い、その混乱が実体化している彼の肉体を不安定な形に変形させてしまう。

 いつぞやの様に奇形の姿をさらしそうになったが、あまり時間もかけずに脱出したので何とか彼らは無事だった。取り込まれたラニがどうなっているかは考えたくもないが。

 

「とりあえず、ラニ嬢にはアムシャ・スプンタの加護があらんことを……」

「あれ、善神の方に祈っちゃって大丈夫なんですか?」

「いいんじゃねーか? どうせ中世辺りから暇してるだろうよ」

「あはは……それはそうとご主人様、早速嫌な感じが尻尾にキテマス。キテマス」

「あいつら早速いるのか…にしても最近マジック見て無いなぁ、世界渡り歩いてからテレビも無縁になっちまってるし」

 

 そうしてアリーナの中を歩いていると、お試し用と言わんばかりに新たな色にメイクアップした攻勢エネミーが寄って来ている事に気付いた。しかし、それらもアンリが一歩歩く度に虚空から出現する泥の槍で貫かれ、プログラムの残骸へと還されていく。もはや、力試しとしての意味すら失っているエネミー共に未来はあるのだろうか。

 

「無いと思いますねー」

「考え口に出てたか?」

「そりゃ妄想垂れ流しでしたとも」

「…………そうだ、一昨日の夜、寝ていたありすにキャスターが―――」

「わー!? ちょ、何で知ってるんですか! ご主人様爆睡してましたよね!?」

「あの部屋、全部オレ」

「あ」

 

 こうなってしまっては痴態も性癖も全てがアンリに筒抜けである。その事をばら撒く気も無ければ、妙に悟りきったアンリが己の欲望の為に使う事も無いのだが。

 

「昨日独白してたろ? 今更忘れてるとか…」

「あー、いやぁそうなんですけど……」

「……うぅむ」

「……ぬぬぬ」

 

 昨日の事。

 たったそれだけのことで、二人共に決して人には聞かせられないだろう言葉をペラペラと話していた事を思い出す。アンリの言葉は彼女に聞こえてはいないが、キャスターの言葉は一字一句逃さずアンリの記憶領域に収まっている。

 あれも互いの中を深めるためのイベントだったと割り切れればいいのだが、そう簡単に割り切れるようなら、喜怒哀楽では表現しきれない感情を持つ人類をやっていない。

 何となく気まずい雰囲気になったまま、ぎこちない愛想笑いを互いに浮かべつつアリーナの中央部分に到着した。奥の方を見てみれば、緑色のトリガーが入ったデータボックスが光の柱に支えられている。

 

「…取っておきましょうか」

「そーだな」

 

 まだキャスターの悪寒は消えていないが、トリガーを取らなければ不戦敗となり、ラニ陣営、ありす、アンリ陣営を含めた五人が消滅してしまう。

 そんな未来はご免こうむりたいので、早々に箱を開けて暗号鍵を手に入れた彼らは、ふと、とおってきた道に景色の歪みが在る事に気がついた。

 

「…お? キャスター」

「はい、空間の裂け目ですね。セラフも管理が行き届いていないと言うか、新品作るならバグは消しておけと言うか……」

「愚痴ってても仕方ないから――――あ」

 

 いつものニヤついた表情に、アンリは悪どさを含めた笑みを浮かべた。

 

無限(アンリミテッド)の残骸(・レイズ・デッド)

「え、突然宝具っ。どうしましたご主人様」

 

 手を口に当てながら驚くキャスターをよそに、アンリはその空間の裂け目にここぞとばかりに泥を注いでいく。水の量にして数百リットルも消費したのち、彼は泥をセメントのように――事実(こて)を使って――裂け目を塗り固めてしまった。

 空間と同化した彼の泥は修復しようと魔力を欲していた修復場所にそのまま取り込まれ、何事も無かったかのように傷を塞いでしまう。一応はただの修復作業に見えなくもないが、彼が何かをしたのは明らかであった。

 

「良い仕事した……」

「やり遂げた様な表情で言われましても……っうげ、奴ら来ましたよ」

 

 大工のようにかきもしない額の汗をぬぐう動作をした彼は、突如として追いつかれてしまったキャスターの嫌そうな声を出す原因となった二人組の方に目を向けた。

 

「アレ キミ、大工サンダッタノ…? サッキノモ美味シソウダッタケド」

「おいーっす」

「オイーッス…」

「なんで親しげに声かけちゃうんですかっ、ウチのご主人様はまったく」

 

 やれやれだぜ、と主従似たように首を振るキャスター。

 そんな平和なやり取りは敵サーヴァントにどう映ったのか。朗らかで訳のわからない敵マスターとはまた違った観点で、呟く様に敵は言葉をこぼした。

 

「……奇跡だ」

 

 一体何が? そんな疑問に答えるように、漆黒の鎧に身を纏ったサーヴァントは、謳うように言葉を繋げて行く。

 

「奇跡だろう。

 奇跡である。

 奇跡でなくてなんと口にすればいい!

 そうであろう、我が宿敵よ! なんという運命、なんという試練なのか!」

 

 試練という意味ならトーナメントが「それ」だろうが、このサーヴァントの濁り切った瞳は別の場所に向けられていた。

 

「そう、この奇跡に至る我が半生を語るとするならば! 第一に我が生涯を捧げた伴侶には、初夜にして逃げられぇぇえ!」

「ウン 初夜デ 勢イ余ッテ 殺シチャッタンダヨネ、キミ」

「……うげぇ」

 

 敵サーヴァントの自分へ酔いに酔った演説が始まると、あんまりな内容にキャスターはえずいた。流石のアンリも、あまりに狂気に満ちたサーヴァントの気配を一身に受けてしまい、心なしか頬が引き攣っている。

 

「我が魂を捧げた信仰には、斬首をもって酬いられ!」

「ウンウン アンナニ頑張ッタノニ、自国ノ貴族ニ 暗殺サレタンダヨネ」

「……猟奇っ的ぃ」

 

 韻を踏んで呆れかえるアンリ。

 だが、何も見えていないような濁った眼は虚空を見つめ、そのサーヴァントの体は開放するかのように広げられる。

 

「そう! かようにも我が信仰は砕かれた! 神の愛を見失い、神の愛を否定され、残されたのは堕ちるばかりの我が名声! だが―――!

 無辜の怪物と創作されながらも、この手は、ついに真実の愛を得た!」

 

 サーヴァントは気障な男が求婚するかのように、ランルーくんへ跪いて顔を向ける。対し、向けられた方は慣れたように何のリアクションも見せずにただ立ちつくしていた。

 

「そうであろう、妻よ! 過食にして拒食のマスター、真に愛したモノしか口にできぬ哀しき(ひと)よ! 貴女に出会えただけでも、我が槍は滾り狂うというのに、おお……!」

≪槍…ランサーですかね? この言い方の場合は、夜の槍――≫

「言わせねぇよ」

 

 思わず言葉に出し、ハリセンでキャスターの頭をひっぱたく。ハリセンの出所は当然名がら彼の泥である。そんなコントが目に入ったのかどうかは知らないが、敵のランサーと思わしきサーヴァントは嗚呼、嗚呼、嗚呼! と三段構えで声を張り上げていた。

 

「見ろ、あの極上の供物たちを! 神はさらに希なる機会を与えてくださった! …であろう、東洋の狐精よ。気高き眼差しに空に浮かぶ月さえ霞む。貴女こそオレが求めたミューズ! そのしなかたな肢体をこの槍で貫く! 貫かずばおれぬ! 何故なら――――」

「「「…………」」」

 

 うっとりするように、微笑んだサーヴァント。だが、オッサン顔がそれをしたところでキモいだけ。ゆえにアンリ達は絶句していた。それでも続くのが、このサーヴァントクオリティ。自分のマスターでさえ辟易した視線を向けているのにも気付く事は無い。

 

「そう、何故なら。――――おまえたちは、美しい。真理を教えよう、好敵手よ。葬儀において神父は語る。故人は神様に愛されすぎて天国に召し上げられた、と。

 然り、愛とは“死”だ。死こそが“愛”だ。オレは愛するが故に―――おまえたちを殺したくて仕方がない!

 今ここで、血祭りを繰り広げてもよかろう? 我が妻よ!」

「ウーン……デモアノ人、泥アソビシテタミタイダシ……」

 

 ぶかぶかの裾を曲げながら考え込んだランルーくん…否、彼女は、迷っていた。

 まだまだ自分は相手を愛しているとは言い難いし、アンリ自身にも惚れやすい性から来た一目ぼれに近い形と言うだけであって、自分の感情はまだ憧れの粋を出ない。それを伝えたとしてもこの黒いのは止まらないだろう。

 自分の願いと成るようになれと言う気持ちを込めて、彼女は口を開いた。

 

「ソレニ、食欲マダ湧カナイカラ今ハイイヤ」

「むぅ、食欲が湧かぬのなら仕方がない。この戦いが始まってから初めて出会えたそなたの晩餐だ。命拾いであるぞ貴様ら! 我が妻に感謝して早々に立ち去るが良い!!」

 

 命令し慣れた様子でガハハと笑ったサーヴァントは、これ以上は手を出さないと言うアピールなのか、手に持っていた槍を自分の後ろに放り投げて両手を開きながら笑い続けていた。

 アンリとしてもまだまだ情報収集などが残っているので、無駄な交戦は避けたいところ。利害の一致を理由に闘志に燃えているキャスターを何とか諌めると、困ったように、それでいて面白可笑しく二人の様子を見つめていたランルーくんに手を振って、リターンクリスタルを使用した。

 

「マタネー」

「お、じゃあな」

 

 軽く手を振り返すランルーくんに好意的な笑みを浮かべ、彼らの視界はアリーナより不安定な風景を映し出す部屋へと変えられるのだった。

 

 

 

 

「は? まだ展開してんのかよ」

 





まだまだアンリ君の受難は続くようです。
…次回、収拾つくのかなぁ

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