Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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潜行を始めよう


沈没海域
Rite of passage


「あ゛~?」

 

 死者が呻いたような第一声と共に、保健室のベッドの一つがもぞもぞと動いた。

 真っ白なシーツによく映える、正反対の黒のイメージを持つ人物。「アンリ・(マユ)・巴」その人である。

 寝起きで形成が不安定な首をグチャグチャと鳴らして起き上がると、彼は先日から置かれている自分の状況を思い出そうとする。そう言えば、聖杯戦争に参加することになったのだなあ、と。それだけを考えると、ベッドに腰掛けて頬を叩き残った眠気を弾き飛ばす。いつもと違うのは、これから声をかける人物がいるということだろう。

 

「おはようございますご主人様(マスター)。目が覚めたようでなによりです」

「ああ…キャスター、おはよーさんっと」

 

 隣に姿を現したのは、少々艶めかしい和服を着こんだ女性。昨日彼が召喚したサーヴァントのキャスターだ。すぃ、と右手を見れば、この戦争の参加資格である「令呪」が淡くも赤く発光し自己アピールをしている。もぐりこんだ刺青(法典)の位置を令呪の下からずらして文字を浮き上がらせると、令呪の模様の上にアンリマユの呪いの模様が上書きされる。これでいいか。と彼はキャスターに向き直った。

 

「ご準備はよろしいようなので、説明させていただきます。

 ご主人様は見事聖杯戦争の予選を勝ち抜き、“本選”出場の権限を得ることが出来ました。すなわち、万能の願望機である聖杯に願いを託すチャンスを得たということです。私を呼んでくださって、本当にありがとうございます。偶然だとしても、こればかりは感謝しておかないと私の気が済みませんから!」

 

 そう言ったキャスターだったが、アンリが彼女を呼んだのには幾つかの「共通点」が存在していたからだ。ここで記すには、まだ時期尚早なのだが。

 さて、そのことは置いておくとしよう。畏れ多そうに礼を述べるキャスターにはそう畏まらなくともいい、と彼は告げたが彼女は形式を大事にしているのか、そういう訳にも行きません、と返して主人を納得させる。主人思いで人当たりのいい、友好的なサーヴァントのようだな、とアンリは彼女に対するイメージを固める。

 そこまでで一旦話を区切って、彼女は後はNPCに説明を任せますと霊体化した。必要以上にサーヴァントを人目に付ければ、外見から敵に情報を割りだされる恐れもある。それゆえの措置だということらしい。確かに、このサーヴァントは特徴的な点が多い。

 

「あ、巴さん。目が覚めたんですね?」

「桜の嬢ちゃんか……」

「はい、お久しぶりです。身体の方は異常ありませんから、もうベッドから出ていただいても大丈夫ですよ。それから、セラフの方からかけられていたプログラムも解除されたので、これで平常な思考をすることが出来ます。これまで申し訳ありませんでした」

「プログラム?」

「聖杯を求める魔術師は門をくぐる時に記憶を消され、一般人として日常を送ります。そんな仮初の日常から自我を呼び起こし、自分を取り戻した者のみがマスターとして本戦に参加する――以上が予選のルールでした。

 ですが、貴方は自我と記憶が強すぎるため、セラフは貴方へと行動範囲と情報の規制を行っていましたんです。それでも、貴方はこの世界への疑いを捨てていなかったようですが」

「そりゃ、まあ……難儀なこって」

「はい。貴方に修正を回し過ぎて、他の部分にエラーが出るほどでしたから」

 

 アンリはその「間桐桜」の言葉にようやく納得する。これまで、日常の中で変な返事しか返ってこなかったり、無意識にこの学園と与えられた「家」しか行き来しなかったのは、そう言うことだったらしい、と。

 続けて、こちらをどうぞと彼女は懐から取り出した物をアンリへ渡した。形状を見る限りは携帯できるタイプの機器だが。興味深々に見つめていると、続けざまに彼女は説明を開始する。

 

「こちらに聖杯戦争に関するデータが受信されます。本選の参加者は逐次チェックを怠らないように、とのことです」

「はいよ」

 

 この端末は先ほど彼女が言った通り、管理者から聖杯戦争参加者への連絡メッセージの確認と、校内の一定範囲への瞬間移動。それに加えて道中で手にするアイテムや情報のデータ化保管といった事を行える。言わば、四次元ポケットの電脳対応型と言ったところ。

 そのままアンリが端末を何処かへ仕舞おうと思った瞬間、それは手から初めより何も無かったかのように姿を消した。どこへ行ったのか、もう一度手元に…と思えばまた一瞬で手元に現れる。なるほど、荷物として嵩張らない機能もプリセットされているようだ。

 とにかく外に出ようと思って保健室のドアを開けて廊下の窓の先を見ると、いつも見ていた空は二進法データの配列へと変わっていた。明るさや色からして昼夜の動きはあるようだが、空の中には作りこまれた電脳風の配列が絶えず並んでいる。幻想的な人口の景色とは、こう言うことを言うのだろう。

 

「っし、屋上行ってみるか」

 

 あそこならこの世界が予選とどれだけ違うかも分かるだろう。そう思って、彼は屋上へと足を進めるのだった。

 

 

 

「なんだ、大まかな作りは予選と大して変わらないのね。それに作りこみもコピーされた跡が残ってるし、何だ。かなり手抜きも見られるじゃない。本当にこんなんでこの場所安全なのかしら。それに―――」

「……何かいたよ、おい」

 

 屋上への扉を開けた瞬間、どう見ても制服に見えない赤い衣装の少女がブツブツとこの世界を調べ回っていた。壁や地面をぺたぺたと触って確かめる目つきは真剣そのものだが、行動だけを見るとどう見ても頭の痛い子にしか見えない。

 そこまで考えて、脚にぐっと力を入れた。

 

「そこの、ちょっと」

 

 関わらない方がいいだろうな、と思った彼は、死角になる場所に移動して空を見つめていようとしたのだが、何が何でもアンリ・M・巴という人物は厄介事(しかも一番面倒なもの)に巻き込まれる運命らしい。こんな些細なことにその体質が働かなくても、と嘆くのだが、生憎少女は待ってくれない。一応対戦相手になるかもしれない相手なので、渋々そちらへ歩を進めた。

 

「素直に従うなんて、貴方も大概ね」

「求められたら応えなきゃならねぇんだよ。ほっとけ、二つの意味で」

「こっちはそうもいかないの。あなたもマスターなら、私のことを探りに来たと考えるのが普通でしょ?」

 

 だから。そう言った少女の指には、宝石が幾つか挟み込まれていた。

 

「ここで潰しておくのも、一興じゃない?」

 

 挑戦的にこちらへガンを飛ばしてくる真っ赤な少女。彼の頭にあかいあくまと言う呼び名が思い浮かんだのは、この少女――遠坂凛の人となりを知っているからに他ならない。とはいえ、この校舎内で争う気も無いアンリは、深々と息を吐いた。そしてひらひらと手を上にあげて闘わないということをアピール。

 

「……はあ」

「な、何よその反応!?」

「校舎内じゃ決闘はご法度。そんぐらいは知ってんだろ?」

「う……まあ…あの変な神父から聞いたけど……その反応は」

 

 ―――やっぱり脅しじゃなかったのね。そう言って宝石を収めた彼女は、先ほどアンリの言った戦わず(ルール)を実践する気になったようだ。この戦争で気が強く好戦的なのは悪いことではないが、狂戦士(バーサーカー)のようにいつでもどこでも暴れ回ることができる、という訳でもない。この世界にはセラフという監視者がおり、それで初めてこの聖杯戦争は着々と「進行」されていくものなのだから。

 それでも、彼女はアンリを見てから鼻を鳴らす。見た目か、それとも彼女なりの主観で何かの確証を得たのか、凛は得意そうに言った。

 

「まあいいわ。どうせあなたは何処かで負けるだろうし」

「そりゃあ面白い。それじゃ、ご期待を裏切る様に頑張ってやろうじゃねえか」

「たかがチンピラ風情、私の足元にも及ばないわよ。ま、実力は買ってあげるけどね」

 

 勝ち誇った顔を前面に押し出した彼女を、アンリは微笑ましいと言った風に見ていた。もし、自分が育てる子供がいたら、こんな感じで生意気に育つのだろうかと。

 

≪この女、ご主人様を前にしてなんと身の程知らずな…シメちゃいましょうか?≫

≪だから、校舎内で争い事は厳禁だっつの。鍋にぶち込むぞ≫

 

 きゃっ! いやん、冗談ですよお。などと返すキャスターに、想像以上の性格をしていたことを感じ取った彼は、頭が痛いと額を覆った。視界の端に見えた向こうの遠坂凛も同じく、自分のサーヴァントに何か言われたようで顔を真っ赤にして何もない空間へ怒鳴りつけている。念話があるだろうに、とは口に出さないのがアンリの優しさ(せいかく)だ。

 

「まあいいや。遠坂凛、清掃員のお兄さんが宣戦布告しておく。気張って勝ち残れよ?」

「あんたに言われなくても、一回戦の奴なんて闘いにすらならないわよ」

「そりゃ良かった」

 

 明らかに笑いの混ざった口調で言うと、アンリは早々にその場を退場した。空を見る筈だったのに、結局は小娘一人と会話をしただけ。まあ、聖杯戦争に出る「強い」人間の人となりを知れたのでよしとしよう、そう思った彼は、口笛混じりに階段を下りて行ったのだった。

 

「はあ、飛んだ大物ね」

≪嬢ちゃん、アイツと当たっても負けんなよ?≫

「……ハン、上等よっ。あんたはしっかり見ておきなさい」

 

 

 

 さて、そう一息ついた彼はゲームの進行役でもある言峰神父を探し始めた。

 聖杯戦争の説明を受けるほかに、薄らながらに思い出してきた記憶の中の神父は、マスターたちに口頭で聖杯戦争の対戦相手や二次説明を行う役割だった。ゲームとしての記憶も既に10年以上前の事。世界を幾つも移動したという濃い出来事の記憶に、元々の自分の記憶はかなり薄れてきている。まあ、流石に家族の姿は思い出せるのだが。

 そんな懐かしさに浸りそうになって、彼はそうではないと首を振って考えを戻した。さっさと神父を見つけよう。そう思って歩き出そうとして―――

 

「本選出場おめでとう。これで君は、正式に聖杯戦争の参加者となる」

 

 背後をとられる。

 

「…突然だな、おい」

「何かな?」

 

 いや別に。と返答して声のする方向へ振り返る。

 そこには、神父服に身を包んだ神父らしくない暗い雰囲気の持ち主、言峰綺礼が悠然と立っていた。その黒い瞳を見続けると、どこかに引きずり込まれそうな気さえしてくる。錯覚であることは、重々承知なのだが。

 

「さて、君は探していたようだが……私が“言峰”。この聖杯戦争の監督役のNPCだ。

 これより、君たち魔術師はこの先にある『アリーナ』という戦場で戦うことを宿命付けられた。この戦いはトーナメント形式で行われる。一回戦から七回線まで勝ち進み、最終的に残った一人に聖杯が与えられる。つまりは―――ただ、殺し合えばいい。

 それから、戦いは一回戦ごとに七日間、1~6日目までは猶予期間(モラトリアム)が設けられる。その間に君は算段を整えればいいだろう。7日目に相手マスターとの最終決戦が行われ、勝者と敗者が分けられる。という仕組みだ。さて、ここまでで何か聞きたい事はないかね?」

「なら、対戦相手を。こっちにはまだ決まったとも書かれていないからな」

「ふむ……それは」

 

 神父の視線が虚空を捉えると、次には不思議そうな表情へと変わった。これは、おかしい。そう呟いてから、アンリへと事の詳細を告げる。

 

「妙な話だが、こちらのシステムにエラーがあったようだ。君の対戦合わせは明日までに手配しよう。それから最後にもう一つ。本戦に勝ち進んだマスターには、個室が与えられる。これを端末に入れておけ」

 

 神父が手をかざすと、端末の中に古風な形をした鍵のデータが送り込まれた。表記された「マイルーム認証コードを入手しました」というメッセージからして、これが神父の言う「個室」を管理するプログラムということらしい。

 サンきゅ、そうして短く礼を告げると、言峰は満足そうに頷く。

 

「2階の教室。『2-B』が入り口となっている。今入力(インストール)した端末を教室の扉にかざしてみるといい。それから、アリーナの空気にも慣れておくといいだろう。これから君たちが殺し合いをする場の空気にな。

 場所は、予選の時通ったあの“扉”だ。では、健闘を祈る」

 

 後ろ手を組んで颯爽と立ち去る神父を見送ってから、アンリは二階へ向かった。

 ほどなくして到着した教室の入り口に端末をかざすと、施錠を開けた時に似た音が響く。戸をスライドさせて中に入ると、机の配置された教室そのものが目の前に鎮座していた。チョークの置かれた黒板、中身は空であるものの、きっちり並べられた40個の机と椅子。このまま聖杯戦争の試験勉強でも始めろという暗示なのだろうか。

 

「……何ともまあ…改造は自分でやれってか?」

「ここは私にお任せを。ご主人様の手を煩わせるわけにはいきませんので!」

「キャスター…それは戦闘の時に言ってくれ」

 

 怒られちゃいました! と言ってはしゃぎ始めるサーヴァントは、今まで会話をほとんどしていなかったせいかは知らないが、鬱憤を晴らすほどにハイテンション。仕方ないか、そうして深く息を吐いた彼は、魔力と意識を集中させて「宝具」を発動させる。それは、己の身体を構成する泥を最大限に扱うための儀式でもあった。

 告げられた名は、言霊となって現実に回帰する。

 

「『無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)』」

 

 先ほどまでの空気と言ってん、実に素っ気なくてやる気も無いまま宝具名が呟かれれば、キャスターとアンリのいる場所を除いて部屋一面が泥で埋め尽くされる。教室の机をひっくり返して細かく砕いて貪り尽くし、本棚や黒板といった壁の突起物を削ぎ減らすように泥は邪魔なものを喰らっていく。やがてそれらが部屋の6面に癒着すると、そこから家具が「生えてきた」。雑草のように箪笥や布団、行燈と畳が姿を現し、和室風の部屋が出来上がっていく。

 その中、ちょいちょいと手まねきされたキャスターは、目の前の光景に少々混乱しつつも己のマスターの元へと向かった。すると、いきなり頭の上に手を置かれて再び驚愕する。その時、アンリはまた呟いた。

 

「……成程(な~る)? 完成図はこんな感じか」

 

 そう言った瞬間、ほぼ完成していた部屋の一角に新たな泥が集結する。それはキャスターが思い浮かべていた改造された部屋の完成図。女御殿染みた彼女専用のスペースを再現するためでもあった。そうして、それらが形成される頃には部屋は立派な和室御殿へと変貌する。台所だけは平安貴族もびっくりの現代風キッチンが置かれていたが。

 

「まあ、居住区には充分だろ。飽きたらまた変えればいいしな」

「ほへー」

 

 何気も無くそうのたまう彼。記憶を持っているだけに、マイルーム改造計画は元より頭にしていたのだろう。でなければ、こんな風に凝った部屋は作れない筈だからだ。

 

「おお、ご主人様はお凄いのですね! それに、キャスターのサーヴァントの思考を読み取るなんて、読心魔術にも優れておられるとは」

「生憎、未熟なもんで表層のイメージしか掴めねえがな」

 

 とんとん、と頭を指で叩いて彼は苦笑する。それが得た力を極めていないという情けなさか、それともいつの間にか得ていた変な力だったからか。それは分からなかったが、とにかく彼は苦笑した。

 そして一転して満足げな息を漏らす。勝ち抜くことを前提として、これからの「長い間」の生活空間は整えた。後は神父の言葉にしたがってアリーナにでも行こう。そう思った矢先、キャスターが話しかけてきた。今になって気付いたのだろう、アンリ自身に関することだ。

 

「そう言えば、ご主人様って……」

「まあ、ちょっとは話しといたほうが良いか。…アリーナで話す。今はまま、何もいわんでくれや」

「分かりました。それがご命令とあらば」

 

 元々、魔術師たちが英霊の事を皮肉った「奴隷(サーヴァント)」という名称なのだろうが、キャスターは反対に、皮肉も通さぬほど見事に従者(サーヴァント)という意味が当てはまる性格らしい。その性格の一部がぶっ飛んでることには目を瞑ろう、と思わずにはいられないのだが。

 兎にも角にも、霊体化させたキャスターを連れてアンリはアリーナの方向へ向かう。その道中、何も言うなと入ったものの、忠実に一度も声を発してこないこのサーヴァントは本当に……、そう彼は感心していた。

 

 

 

 一の月想海・第一階層。

 一面を覆う真っ暗な背景には、時折出力を調整しているのか、はたまたデータを送っているのか、幾つかの光が筋となって回路の中を縫うように走っていく。おおよそ電脳らしい空間…それがこのアリーナの光景だった。

 そして、参加者が通る正四面体を組み合わせた通路には、何匹か現実では見られない浮遊物体を確認することが出来る。それらはこの世界ではエネミーと呼ばれており、マスターやサーヴァントの技量を測る役割をもっている。同時に、この程度に負けるようでは到底次に進むことはできないという死を運ぶ危険な存在でもあった。

 

「あのお人形を連れていた時みたいに仮想敵(エネミー)が徘徊しています。全てぶっ壊しちゃいますけど一応気を付けてくださいね。それから……」

「その辺も、道すがら話そうぜ。あの辺まで探索しながらな」

「了解ですっ」

 

 指さした先に居る、通路を邪魔するように迂回していたハチを模した雑魚敵(エネミー)を目標と言ったアンリの言葉にキャスターはっきりと頷いた。其れを確認して、一行はアリーナへの第一歩を歩み始める。その中、早速とばかりにサイコロが中央で割れたばねで繋いだような敵が現れた時にアンリはおもむろに口を開いた。

 

「ん、じゃあちょっと見てろ」

「はい?」

 

 そう言った彼の手には、異様な形をした短剣が握られていた。

 ところでこの世界には、コードキャストというサーヴァント補助を主とした簡易魔術が存在している。戦闘中に筋力をワンランク上昇させたり、敵を一瞬ひるませたりするプログラムハッキングによって行われる魔術だ。それは元から戦う力を持たないマスターが唯一サーヴァントを補助できる技術で、マスターも参加者の一人だという証でもある。だが、良くも悪くもアンリは他のマスターと一線を画している。

 サーヴァントよろしく武器を構えると、目前のエネミーに向かって一閃。明らかに距離が足りていないというのに、刃から迸る不可思議な泥が斬撃を延長したことによって、敵は両断された。ジュワッ、という音を立てながらデータの海へと還元されていくエネミーを見やって、こう言うことだと彼は笑った。

 

「んじゃまあ自己紹介と行きますか。

 オレは現英霊、そんで悪神(アンリマユ)やってるアンリ・M・巴だ。これからよろしく頼む」

 

 ニヤリと口元を吊り上げて、どこまでも可笑しそうに――彼は笑った。

 信じられない、という風に口を開けるのは当然キャスター。それもそうだろう。本来この聖杯戦争に参加するマスターは生身の「人類」が虚構世界へ入るために魂をデータ化させ、そうしてやっとこの月の最奥までやってくることが出来るのだ。それを、眼前の男はその前提を容易く覆した。英霊が、マスターを務める。本来なら予選の段階で消されていてもおかしくは無いイレギュラーが、何の障害も無くこの戦争に参加しているのだ。驚くな、と言う方が無理があろう。

 

「サーヴァントとしての交戦経験も豊富。まあ、文字通り一緒に戦って行こうぜ?」

「……何と」

「クッカカカ……不満か? それならば、オレはここで負けてもいいが」

 

 彼は、どうせ次の世界に送還されるだけだからな。と続けるつもりであったが、それを言うことはできなかった。震えているキャスターが、突如飛びかかってきたからである。感情の波打ち方からして交戦の意志は無いようだと判断したアンリは、彼女をふわりと受け止め……腕ひしぎをかけた。

 

「あ、あだだだ! ご主人様何するんですか!?」

「こっちのセリフじゃ阿呆。何いきなり飛びかかって来てんだっつの」

「い、いえ……あまりに魅力的なご主人様に我慢がならなくなって……いったぁ!?」

「あ、ヤベ」

 

 知らずに外れる寸前まで技をかけていたようだったので、彼はするりとキャスターのやわ腕を放してやる。彼女が痛がった瞬間、少し変な音が聞こえていたのは無視したが。

 

「んで、魅力的ってどーいうことだ?」

「いえいえ、ご主人様はサーヴァントに匹敵するお方なのでしょう? 異教徒とか、そんなこと関係なしにサーヴァントコンビなんて最強じゃないですか! 私たち絶対優勝間違いなしですよ!!」

「卑怯とか、んな事は考えねぇのか?」

「はっ、聖杯戦争なんてやったもの勝ちです。ご主人様、トップとったりましょう!!」

 

 鼻で笑われた上、やったるで宣言を噛ましたサーヴァントの逞しさに、サプライズを突きつけようとした彼は、狐につままれたような気分になる。実際キャスターは狐っぽいので言葉そのままなのだが。

 しかし、いろんな意味でキャスターが肯定的なのがアンリにとって嬉しいことだった。知っているサーヴァントの中には卑怯大嫌いの高潔な騎士様や、魔力タンクのマスター希望なサーヴァントが多いかったのが一つの要因。もう一つは、これからの相棒が否定的にならないでくれたこと。その存在するあり方からして「他人に依存する」性分のアンリにとって、キャスターは大当たりだったということだろう。

 

「そうかい。ま、オマエさんが良いならオレも嬉しいさね」

「そうと決まれば、探索始めましょうご主人様。私たちの愛の力を、管理者に見せつけてやるのです!」

「ちょっと待てや、愛はどっから出てきた」

「もちろん、私の溢れるご主人様への想いからに決まってます」

「……前途多難だな、こりゃ」

 

 愛が重い(疲労的な意味で)とはこのことか。

 彼は、何かと女運の無い衛宮少年や、黒桐くんの気持ちがちょっぴり分かった気がした。いや、多分彼女の言っている愛は恋愛的なものではないのだろうけど。

 流石のアンリといえど、いくらこの世界についての記憶を持っているからと言っても、その知識は数年経ったもの。劣化しているそれらに向かって、早くこのキャスターの詳細を思い出さないものかと対処法を必死に探るが、結局記憶は時間の海へと埋もれたまま。

 真実を話したことで妙なハイテンションに陥ったキャスターを隣にしながら、不定形な泥の人(アンリ)はゆったりと進む。

 

 今日の第一歩は、上手くいったというべきなのだろうか。

 そんな些細な問題を抱えながらに、悪神は笑う。

 




急ごしらえの一品。
小説内の人物が妙に物分かりがいいのは、そうしないと物語が進みにくいから。
まあ、シナリオ担当の未熟ですね。私達メイン書き手は支持とプロット見ながらそれっぽく書いてるだけですしおすし。

それでは、またお会いしましょう。アンリ君の独演ミュージカルにお付き合いいただき、まことにありがとうございました。

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