Fate/deep diver ~天月の逆杯~ 作:幻想の投影物
聖杯戦争が三回戦と言う事もあって、本格的に空気が変わってきている。
その二日目、どこか浮足立ったマスターも多く存在し、ここにきてようやく死を実感していると言う生き残りのマスターもそう少なくは無い。そして、葛木…いや、ユリウスの手によるマスター狩りが行われた事もあって、不戦勝で勝ち進む者や組み合わせで殺された者、そう言った者たちを含めて残りのマスターの数は正式には「23人」しか残っていなかった。
その中でもカスタムアバター(学生服じゃないウィザードの外観変更)たちは誰ひとりとして脱落して居ない。いや、アンリと戦った者以外は全員生きていると言ったところか。
そう言った者たちは見た瞬間に癖のあるばかりだと言うほかに、しっかりと見合う実力を持ち合せており、完全に気が狂っているようにしか見えない物でさえも他とは一線を凌駕するような、思いもよらないハッキング攻撃を行ってくる。此処で言うハッキングとは魔術に相当するものだが。
そんな、全てのカスタムアバター持ちが独自の能力を駆使しているのに対して、殊更ありすという存在は目立っていた。どう見ても聖杯戦争そのものを知らない素振り、外観に見合わぬ三回戦まで勝ち残っていると言う実力。継ぎ接ぎだらけの格差に、対戦相手であるアンリ以外も彼女には警戒を抱く者もいる程だ。
だが、だからこそ対戦相手は理解する。彼女は遊んでいるだけなのだと。ありすはその遊びを戦いとして捉えていると言う事を。
「いや、難しいもんだ」
「それはそれは。貴方が悩むだなんて珍しい」
呟くアンリに話しかける人物がいた。
驚いてそちらを見てみると、輝くような赤色の制服を着込んだ貴公子、レオナルドがどうもと礼をとって挨拶する。聞いてみれば、何をするでもなく立ちつくしているアンリを見て何か面白い話が聞けそうだから話しかけてみたとの事。
オレはエンターテイナーじゃないんだが、と苦笑する彼に対して、レオナルドは微笑を携えた。
「言っては何ですが、貴方は名だたる出のマスター達の中ではかなり有名になっていますよ。こちら、ハーウェイ財閥の“あのユリウス”を退けた猛者として」
「んな大袈裟な。レオ坊もそう思ってるわけじゃないんだろ?」
「いえ、貴方の実力は高く買っております。いざ戦うとなれば全力を出させて頂きますよ」
その答えに溜息。額に手を当てるオーバーな動作はレオナルドを笑わせていた。
そんな時、半透明の白衣の青年が二人の間を貫通して通り過ぎていった。幽霊特有のぞわりとした感覚もなく、本当に
こう言った存在は総称して、確か――
「サイバーゴースト、ですか。セラフの中枢に記録された幾兆をも超える生命の設計図から漏れだした疑似生命体です」
「こうもあっさりと死者の再現っていう最上の神秘を再現された感想は、魔術師としてどうだ?」
「そうですね……これほどの奇跡は聖杯なら当たり前かと。それとは別に、やはり、聖杯は我らハーウェイが回収するに相応しいものだと思いました」
魔術師としての感想は少なく、逆に答えとして返って来たのは党首としての感想。根っからの人の上に立つ気質を持ち合せているのだなぁと彼が思った頃には、サイバーゴーストの姿は消えていた。
此処で愚痴るのもいいかと、口を開いた。
「まぁ、オレのお相手アレと同種なんだよな」
「…ふむ、確かにこのセラフで行動できるほどに再現されたものなら、参加権が手に入ってもおかしくは無いでしょうね。予選もあれほど無邪気な子供なら、自覚はせずとも自我を認識して居るままでしょうし。大人になる事の弊害をあの門で試されているのでしょうから」
「うわーお、予想以上の考察にこっちは腹いっぱいだよ」
「おや、申し訳ありません。どうしても貴方相手だと話しやすくていけない」
一気に考えを述べてしまった非礼を詫び、レオナルドは踵を返してまた会いましょうと言った。二人はその場で別れ、再びそれぞれの日常に戻っていく。
キャスターの動揺を気にしながらも、ありすの呼びだした怪物を何とかしようと算段を立てるアンリなのであった。
「で、どーいうこった?」
「な、何がでしょう…?」
キャスター陣営のマイルーム。日本貴族御用達の和風御殿の煌びやかな部屋の中では尋問が行われていた。どこぞのカエル顔も真っ青な高等尋問官兼魔法魔術学校校長の座にいると言う訳ではないが、そんな純血主義のおバカも跳ね上がるほどの威圧を吐き出しながらアンリの言葉がキャスターに突き刺さる。
「どうもこうも、さっきの動揺は何だったんだってハナシだ」
「い、いえ“童謡”でしたら何時でもお聞かせ出来ますが…」
「“動揺”な」
「はひゃい!」
何時もニヤニヤ暴利払いのアンリが、今回ばかりはずっとニコニコ恐喝払いの様相である。
「い、いーじゃないですかっ! ご主人様も何かしらやらかしてきたわけですし、今回ばかりは見逃してくれてもっ」
既に高めの声を更に裏返して叫ぶ彼女に、これまでしてきた数々の借しが在る事を思い出し、アンリは一応はその場で矛を収めることにしたようだ。
まあそれも無理なは無い。キャスターが話さないならそれでいいと彼は思っており、現在はそれをも上回る大きな問題を抱えているのだ。すなわち、それはあの呼びだされた怪物をどうにかしなければならないと言う事。重ねて言うようだが、アレは本格的に不味い物の一つであると、その存在感だけでサーヴァントにさえ悟らせるほどの物なのだから。
仕方なしに話を戻すと、告げると、彼は独自の考察を述べた。
「すると、アレで前の二名は“遊ばれた”確率が高そうだな」
「見るも無残に潰されてそうですね。どこがとは言いませんが」
無論、
その後もしばらくの間はあーだこーだと言いながら時間を過ごしていたのだが、いつの間にか夕方に差し掛かる時間帯となっていた。このまま一日を過ごしてしまうとその分対策も立てられなくなるので仕方なしに外に出る事にする、と言う事で話がまとまる。
支度を整え、キャスターが霊体化している事を確認すると戸を開いた。
「うおぉっ」
「お兄ちゃん出てくるの遅いよ、今日も遊ぼ!」
瞬間、目の前にいた白色にぶつかりそうになる。
何とか身を捻って彼女を避けると、体勢を崩してしまって床に倒れこんでしまった。突然のことでまともに受け身も出来ないものだから、重なった運の悪さで間接部を強打する。アンリ・マユの通過儀式に比べると痛みは耐えられるが、やはり痛い物は痛い。
「お兄ちゃん、ひとりで遊んでる?」
「ちがわい! 痛っつつ……」
非常に情けなくも、ありすに手を貸してもらって彼は立ちあがった。
そして遊びの内容はかくれんぼだと告げ、ありすの姿がそこから掻き消える。あまりに唐突に始まった彼に残されたルールは、あたしは隠れる場所を変えないから頑張って、というものだった。
ありすのフリーダムさはアンリの比ではないようで、常識人を超えたと自称していた彼は、あんまりな展開に思わずため息を吐き出した。転生してからというもの、自分の周りに悪人は存在できない筈なのに苦労が絶えないと嘆く彼。そんな姿に、めげないでと念話も使わず祈りをささげるキャスターなのであった。
「あ、見つかっちゃった。でも遅いよ!」
探し回って巡り巡って、アンリは結局アリーナに向かっていた。何処に居ても見つからないし、恥を忍んで青崎姉妹のいる教会でも話をうかがっていたのだが、結局見つからない。ならば時間を無駄にする事もないだろうと思ってアリーナに向かってみれば、入口の前で彼女は待ち受けていたと。
そんないきさつでとんだ取り越し苦労だと思いながらも、愛想笑いでありすに接していた。アンリは子供には優しくの心情の持主だからである。口調の方は別として。
「見つかったからにはご褒美だよね。…んーと、それじゃあ、お兄ちゃんには一つだけ何か教えてあげるね」
「お、そりゃ助かった」
ありすの言葉に、苦労も無駄ではなかったのだと思いながら、彼は質問の内容を頭の中で整えていた。それじゃ、と切り出したのはやはりアレについて。
「あの“お友だち”をどかす方法知らないか? 遊びたいのはやまやまだが、あれじゃ遊ぶこっちがプチトマトみたいに潰されそうでな」
「あの子にてかげんして欲しいんだね。それじゃ、今度は宝探しにしましょう!
“ヴォーパルの剣”、それがあればあの子とも遊べると思うの。どこにあるかは、頑張って探してみてね!」
「ヴォーパルの剣か。なるほど」
現状ではどうやってもあの怪物を取り除くのは不可能。そこで問いただしてみたところ、彼女は惜しげもなく打開策を提示してくれた。その策は所詮敵側の提示したフェイクかもしれないと疑うのが本来だが、ありすの場合、生憎とそんな邪な心は持ち合わせていないだろう。
アリーナに向かった彼女を見届けると、キャスターはアンリの言葉について聞いてきた。知ったかのようになるほど、と言ったのが気になっていたらしい。
「そっちは話さないのにか?」
≪うぅ、そこでまた話をぶり返すのですかっ≫
「はいはい、分かってるって。…まあヴォーパルの剣は鏡の国のアリスに出てきた“ジャバウォック詩”ってナンセンス詩に語られた勇者の持ってた剣だった。つまり、十中八九アレの真名は“怪物ジャバウォック”。名前のない勇者に倒された正体不明のただの“怪物”だよ」
「純正の怪物」。
その点において「この世全ての悪」である自分が戦うには厳しいコトは間違いないが、ありすの言った剣の役割は例に挙げるとこんなものだろう。メデューサが怪物になる前の姿で、かつて殺された武器であるハルペーの前では、彼女の方が逆に石になったように動かなくなったことから、ヴォーパルの剣さえあれば割と楽に戦えるだろう。いやはや、別の知識はこう言うところで役に立つものだ。
すらすらとその詳細を述べる彼は、それにしても、と手に顎を乗せた。
「“名無しの勇者”……。元の名を使ってないオレにはおあつらえ向きの冒険譚じゃねぇか」
≪それは良いんですけど、本のタイトルって……≫
「そ、ありすに読んでやった本だよ。オレの中にいる豪華声優陣揃い踏みでな」
≪やっぱりですか≫
「まぁ今は剣を探せそうな奴を探さんとな。ってぇと……」
遠坂凛。最も親しい(?)マスターとして話くらいは付けれそうな相手だ。それにあの知識量は感嘆するレベルであるので、少しくらいは頼っても罰は当たらないだろう。ただ、アンリの知る限り、金は掛かりそうだが。
と言う事で凛を探そうとキャスターに伝えると、後ろを見てみろと言われる。
「おお!」
「な、なによ?」
「あー、ワリィワリィ。それよかヴォーパルの剣って知らねえか?」
「ホントに急ね。確か理性の無い相手に有効な
「いやまぁ、チョイとした要りようでな」
「そうねぇ…私の専門外だけど、
「気前がいいじゃねぇか? どうしたよ」
「ま、ちょっとね。……そうだ。アトラス院のマスターが居れば錬金術は使えるかもしれないわよ」
「心当たりは……あるな。情報サンキュ」
「あら、ちょっと待ちなさい」
そのまま去ろうとすると、肩を掴まれ引き留められた。
何か言いたげな彼女の顔を見て、そう言えばそうだと彼女もついさっき言っていた魔術師の等価交換の原則を思い出す。最早この聖杯戦争ではそんな事を言う真面目た輩はあまりいないのだが、妙に古風なのが遠坂凛という人物だ。
「…で、なにをお求めで?」
「そうねぇ、魔術の媒体なんて丁度いいと思わない? たとえば輝石とか、宝石とか、特別な鉱石とか」
「これ持ってけ」
一応は魔力の塊であるので、自分が所持する聖杯の泥をこね、泥をこね、泥をこね、悪意や負の魔力と言ったものを抽出する。そのどす黒い気配に凛も顔をしかめていたものの、完成品を目にした途端に目の色を変えた。
なんということでしょう。ただの泥が、ダイヤモンドに早変わりしてしまったのです。
「ほらよ」
先ほどと同じく、淡白な返答でダイヤを投げ渡す。彼女の危なげな瞳から察し、このままでは延々と対価要求されそうだと思って急ぎその場から離れて行った。
階段のあたりまで歩いてくると、おおよそ女の子や淑女には相応しくない歓喜の声が一階に響き渡った。いうまでもなく、凛の叫びである。
≪ああは成りたくないですね。なんていうか、貧乏根性と言うかがめついと言うか≫
「言ってやるな。十人十色という言葉があるだろ」
この世には知らない方がいい事が在る。あれはその最たる例だと言って、アンリは苦笑した。
「ふっふ~ん♪」
まぁ、その後は桜から手作り弁当を貰い、マラカイトを凛からもらい、ラニに頼んでヴォーパルの剣を作ってもらったと言ういきさつがあった。
そうして手にしたのがこの剣。それはいま、アンリの手の中で弄ばれていた。昨今の学生に「ペン回し」というひとり遊びが流行っているが、言うならばそれは剣回し。当然振りまわすたびに彼自身に傷が入るが、その程度では即座に再生してしまう
そうして遊びながら、彼はアリーナの中を歩いていた。その隣にいるキャスターは、危ない遊びをするアンリを見咎めるように見ていた。
「それってぇ、一回限りの筈ですよね。そんなぶんぶん振りまわしても大丈夫なんですか?」
「この概念の効力を発揮してねぇから大丈夫じゃないか? つかキャスター的にはそこんとこどうなんだよ?」
「……まぁ大丈夫じゃないんでしょうか」
「何か最近連れねぇなあ」
「誰のせいだと思ってるんですかっ!」
そうして軽口を交わしながら道なりに進んで行くと、エネミーに遭遇。
キャスターの札を巻いた歪な剣を振り続ける。刃が通り抜けると、敵性体はデータの残骸をまき散らして消滅した。後には何一つ残らない。
それはまるで、弱肉強食の世界のようで、電子の海での末路のようで、循環する自然の摂理の様で、なによりも、
「目の前にそびえたつ、怪物が人を喰った跡のようで。ってな」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!」
轟きを上げる怪物に、キャスターと二人対峙する。
エネミーを排除し、此処に来るまでの負担はなるべく少なくしてきたつもりだ。
「さて、効いてくれよ…!」
振りまわしていたヴォーパルの剣をかざす。それはジャバウォックに光を放つと、見る見るうちに怪物の魔力と威圧が小さくなっていく。サーヴァントをも斃せそうな威圧感も、存在感も、子供が間違えて風船の空気を抜いてしまった時のようにしぼんでいった。
そして、ヴォーパルの剣はその役目を終え、発していた魔力をほとんど枯渇させた。が、その剣は砕ける事も無く、剣自体はもう一度使えそうなほどには効力が残っているようだった。それでもこの場でこの剣の役割はもう終わっている。端末に剣を収納すると、札の巻かれたタルウィを振り上げた。
「ご主人様、これならいけそうですね」
「だが油断は禁物。油断すると……」
「■■■■―――…■■ッ!!」
ジャバウォックは腕腕を薙ぎ、力を押さえられた怒りを爆発させる。
その際に出現したばかりのエネミーが巻き込まれてしまった。
「――ああなる」
ポリゴンを撒き散らし、消失。
今までのマスターの事は知らないが、死に際だけは垣間見る事が出来たようだ。
武器を構え、二人は臨む。そして戦いが始まった。
まずは様子見。そう言わんばかりに腕を振り下ろしてきたが、それを回避。転がり込んで後ろに回ると、地面に直撃した腕の威力でアリーナが揺れる。揺れに足を取られてバランスを崩したところに、すかさず振り返った
故に―――
「氷点よ、砕け!!」
それは、突如発生した氷山に阻まれる。怪物が振り返ろうとした際には、すでに彼女の札がその拳に張り付いていたのだ。そして、彼女の呪言と共に改革されたプログラムが氷と言う結果をその場に顕現させる。ジャバウォックの拳は、氷山の突出した箇所に激突し、その手諸共運動を制止させた。が、それもほんの一瞬。
次の瞬間には氷山は粉砕され、裏拳は再びアンリの元へ。しかし、その頃にはアンリは既に移動しており、ジャバウォックの股下をくぐりぬけていた。そして――
「シャッッッッッッ!!!」
ジャバウォックを正面に据える為、振り向く行動とともに怪物の膝へ剣を突き立てた。
キャスターの炎天符が巻かれた剣は、ずぶっと深く不思議な感触と共に肉に沈み込む。武器をジャバウォックに埋めたアンリは、すぐさま別の武器を生成。取り出した武器は、カーボン製の和弓。次いで即座に魔力を込めた矢を番え、その矢じりには、泥の形状を保ったままの凝縮した負を纏わせる。
足踏み、胴造り、弓構え、打ち起し、引き分け、会、
「疾ッ―――!」
「燃え上がれ!!」
離れ、呪言。念話も、会釈も無く同時に引き起こした攻撃。狙い違わず、矢は怪物の頭部を射抜き、負の爆弾を浸透させる。そして、怪物が染み渡る負に打ち負け頭を抱えた瞬間、方角の南を意識して配置した札から、体内を遡る炎の竜を形成した。
目の様な場所から、背部の羽の様なものから、身体に沿った回路の様な模様から、火炎放射のを思わせる、体内に留まりきらない火炎を吹き出すジャバウォック。身体が燃え上がり、羽のようなものから発せられる熱は、杓杖の形状を思わせる。
と、アンリが残心。弓道八節を終える。
同時に、内側から破裂したジャバウォックは、虚構世界の残骸の一員と成り果てていた。
「The vorpal blade went snicker-snack!(ヴォーパルの剣が刻み刈り獲らん!)
まあ、この場合は人の英知…火で追いやられる、古代の神秘は無くなった。ってところだろうがな」
詩の一節。
これで新たに怪物は弱点を持った。加筆修正が必要だな。などとおどけていると、
「やっぱり、楽勝でしたね!」
「いつものことだが大技任せて済まんな」
「いえいえ♪」
というようにキャスターが慰労をかけてくれたので、ほっこりと心が休まる。
相手は「人間」の要素を何一つ持ち合わせていない。それはつまり、アンリの前衛という立場を最悪の物にしていた。だが、最終的に気が無く無事に終わらせる事が出来た。これは、中々に有難いだろう。
「あらら、本当にヴォーパルの剣を手に入れるなんて」
「ふふ、本当ね。いったいどうやったのかしら」
突如声の聞こえた方に視線を移すと、楽しげに笑う
「宝探しはお兄ちゃんの勝ちだね」
黒と白の少女が二人。球体関節の様なドレスを着て、呼吸も等しく此方を見ている。どこか気味の悪い無機質な感覚が場を支配していた。
「じゃあ、次は何して遊ぼうかしら?」
「また、考えなきゃね。じゃあ、お兄ちゃん。
呼吸ぴったりくるりと回って消え失せる。くすりとほほ笑む顔二つ。
彼女たちが完全にアリーナから消えたことを確認すると、キャスターは警戒を解いて鏡を下ろした。ありすとアリスの関係について気になるところが在るようだが、先ほどのジャバウォックが英霊ではなかった事に対しても残念な感情を抱いているらしい。あまつさえはここで倒しておきたかった。そう考えるのは、この聖杯戦争の参加者として普通だ。
「むう……ご主人様の読み通り、サーヴァントじゃありませんでしたね。もしそうならここで相手は敗退だったのになぁー」
「ま、
「おお、そう言う見分け方もありましたか」
キャスターが感心するように言って、それを少しくすぐったく感じながらも、ジャバウォックが邪魔で進めなかった先にあった緑の
―――トリガーコードイプシロンを入手しました
その表示が出るとともに、やっと終わったと胸をなでおろした。横を見てみると、いつかのように彼女もお疲れムードを漂わせている。
「今回はめんど……一筋縄にはいきませんねぇ。なにはともあれ、これでバッチリです!」
「この辺なら、すでに二つ分くらいは情報手に入れていそうなもんだがなぁ」
端末に吸い込まれた
「もうちょいありすと遊べばなあ……」
「ご主人様、何言ってるんですか」
「んあ?」
アリーナから帰還して、マイルームでそんな会話を交わす。
別に、いっぱい遊びたいからそう言ったんじゃないからねっ! と言った訳ではないが、視線にはそう言う類の言葉を乗せておく。ただ、流石はキャスターと言おうか。一瞬でその意味を理解して、その上でため息をつかれてしまった。実に解せぬ。
「それはおいおい解決できるとして、このヴォーパルの剣だが……」
「理性を持たない相手に対して効果を発揮する代物ですが、これじゃあ怒ってる猪を止める事も難しそうですしねー。ぷぎぃ」
最早、ヴォーパルの剣にある魔力は枯渇寸前。形を保っているだけで全ての魔力を使っている状態だった。
「んー……………………そうだ」
「思いついたん――」
「いよっと」
「――です…ぇぇぇえええ!?」
おもむろに、アンリは剣を自分に突き立てた。切腹するように腹の辺りを剣が貫通し、常人なら死に至るであろう、サーヴァントでも耐えきれない程の重傷の筈。だが、そこから聞こえてきたのは血肉の裂ける音ではなく―――「咀嚼する音」
ゴギメギバリバリバキバキグチャメリグキゴシャ
獣が我先にと噛み砕くような、そんな不規則な音が響き、ヴォーパルの剣は剣の形を失って行く。貪られた剣が無くなったと同時に、アンリは腹の穴を何事も無かったかのように埋めてしまった。
「これで、本当のバーサーカー戦対策は完璧かね?」
「ちょ、ちょっとご主人様何やってるんですかぁ!?」
「いや、概念吸収をば」
自分の中には様々な魂と魔力と負の感情が渦巻いている。だから、このヴォーパルの剣がこのまま使えなくなるぐらいなら、自分自身がヴォーパルの剣と同じ効果を出せばいいんじゃいかと思った故の結果だった。
だが、ハッキリ言わせてもらおう。
何故成功したんだ。
「お、いい感じに馴染んだな。……って、キャスター?」
「う~~~ん…………………」
流石のキャスターと言えども、面食らってダウンしたらしい。疲労も相まって、完全に気を失っているようだった。
「ったくよぉ……可愛い寝顔晒してっと、頭撫でちまうぞー?」
そう言いつつも、ゆったりと彼女を撫でる。やはり、サーヴァントと言っても、普段から良妻を目指している女性。髪の手入れは欠かしていないようで、ふわりとした感覚と共に、髪の毛の間を指が抵抗なく通りぬける。慰労の意味を兼ねて優しく撫でまわしていると、それはもう気持ちよさそうな寝息を立てるようになった。
「従者が主人より先に寝てて、誰が守るんだっつうの……いやまあ、キャスター。オマエが
その疑問に答えるものは誰もいない。
問いを投げた人物も、深くも浅い、眠りの世界へと―――
待っていたよ。お姫様を救い出す、名無しの勇者君。
見事怪物を打ち倒し、その手に栄光を掴んだようだね。
さあ、夢の国へご招待さ!
夢の国と言っても、ハハッのほうではありません。
まったく、僕がそんな危ない真似をするはずないよ(甲高い声で
そんな感じで、ありす編第二話です。
今年はお疲れさまでした。
今年中にありす編終わらせれたらな、と思います。