Fate/deep diver ~天月の逆杯~   作:幻想の投影物

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存在証明

戦争に望みを。


Demonstration!!

「勝ち抜いたマスターが私に説教されるなど、お前くらいしかいないだろうな」

「そこにはもう触れないでくれ……」

「ククッ、まあいい。トリガーはあるな?」

「ほらよ」

 

 ついに、アンリとダンの決戦の時間となった。

 言峰に言われるままにトリガーデータの入った端末を扉に近づけると、前回の時の様に鎖が剥がれおち、用具室の扉は決戦場へ続くエレベーターになった。これの行き先にはダンとアーチャー、そして彼らと戦うコロッセオの様な決戦場が待ち受けているのだろう。

 

「では、存分に殺し合いたまえ。君の無事を祈る事にしよう」

「ご贔屓ありがとうございますよっと」

 

 言峰の言葉を受け流しながら、実体化したキャスターと共にエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

「…来たか」

 

 対戦者、ダン・ブラックモアがアンリの到着に待ちわびたように呟いた。

 

「………」

「………」

「……うぅ~」

 

 この沈黙に最初に根を上げたのはキャスターだった。言葉は不要と言う空気を出していたと言うのに、彼女のあざとさのある可愛らしい声で場の空気は少しだけ軟化させられた。

 

「この沈黙、何とかなりませんかね? こっちの一回戦の対戦相手はベラベラ喋ってたんですけど」

「へぇ、そりゃ勝てるわけだ。情報完全にばらされたら、そりゃ勝率も変わってくるわな」

「そう言うそっちは私の正体、気付いたんですか?」

「はっ、当然だよ。そっちのマスターに知らせないよう、優しい俺は黙っておいてやるが」

「むぐぐ……」

 

 それなら条件は一緒になってしまったのかと、アドバンテージを得た気になっていた彼女は悔しげに唇をかんだ。どうどうと落ちつく様に告げたアンリは、こうして沈黙を保つのも華が無いだろうと思い、思い切ってダンに話しかけた。

 

「ダン爺さん、あんたは妻の為と言ってたけどさ、聖杯には黄泉返りを望んでいるのか?」

「…いや、会いたいとは思っているが、そんな事に聖杯を使う気は無いさ。それに、やり直せない道程が在るからこそ、人間と言う生き物は輝くのだから」

「どっかの騎士王に聞かせてやりたい言葉だな」

「となると、アーサー王かね? 知り合いには見えないが…」

「一方的に知ってるだけさね。……しかし、戦いを前にして、ちょっと雑談がすぎたかね」

「ふむ、そうかもしれないな。戦いはよろしく頼むよ、アンリ君」

「こっちこそ」

 

 今から片方の死が確定している試合をするとは思えない程、さっぱりとした会話だった。それを聞いていたアーチャーはよほど自分の主がフランクに話した事が意外だったのか、大きく目を見開いている。

 

「おいおい、旦那も随分舌が回るんだな」

「集中しろアーチャー。これより赴くのは戦場だぞ」

「……俺には厳しいねぇ」

「ぷくくっ、見ましたご主人様? あいつ怒られてやがりますよ」

「オマエも集中しろっつの。アーチャーには苦し紛れのクリーンヒットしか入れて無いだろうが」

「…はーい」

 

 どちらのマスターも自分のサーヴァントには強く当たる性分のようだ。

 

 そんな事をしていると、エレベーターが停止して四人はコロッセオの中に転移されていた。壁を挟んでいない1日ぶりの再開に、両者からにじみ出る闘気がぶつかり合って空気をチリチリと鳴らしているような錯覚が在った。

 

「……では、始めようか」

「何時でもどうぞ―――っと!!」

 

 二人のマスターが片手を掲げた瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。

 最初に動いたのはアーチャー。右手を地面にたたきつけ、弓に絡みついたツタがそこに撃ちこまれると、キャスターに向かって地面が隆起して行く現象が起きた。そんな見え透いた攻撃方法に態々当たる事もなく、彼女はひらりとその場を離脱して数枚の札をアーチャーに投擲する。

 

「……っとと、追尾式かよ。――旦那ぁ!」

「分かっている。火力を上げろ、アーチャー」

 

 ダンが使った魔術でサーヴァントの弓に不思議な光が灯った。おそらく、筋力を一定時間強化するタイプの電脳魔術(コードキャスト)なのだろう。アーチャーが言った矢は、キャスターの放った札を撃墜するどころかそのまま貫通してアンリたちを襲った。

 続け、キャスターが飛来する矢を迎撃するために炎天と密天の符を同時に投げ、着弾と同時に立つ火柱を密天の風で散開させ、両陣営の間に目隠しの弾幕を作りあげる。その際にアーチャーはマントで己を包んで狙撃体制に移行。ダンはそんなサーヴァントでも、この様な地では真正面から戦っているのだという結論をつけて行動支援のために彼と同様姿を隠した。

 そして火の粉が晴れた時、英霊としての装備になったアンリが逆手短剣を握りしめており、彼の支援をするような形でキャスターが後ろに控えている。

 

「……どこ行った?」

「魔力反応あります。ご主人様、三時の方向へ」

「よしきた……無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)!」

 

 宝具を発動させた彼にキャスターが密天の札を渡すと、宝具の泥で作りだした槍にそれらを貼り付け、キャスターの指示方向に投擲の構えを取った。そんな無防備な彼に複数方向からの矢が迫ったが、キャスターの浮遊する鏡によってそれらが弾かれる。

 嫌な予感がしたアーチャーが槍を先に封じてしまえと狙いをつけた瞬間、いつの間にかそれは彼に向かって投擲されていた。

 

「――おおぉぉぉ!?」

 

 直撃はしなかったが、彼のいる近くに刺さった瞬間に裂傷を作るほどの暴風が彼を襲った。複数個をまとめた場所で発動させることで魔術の相乗効果を図っていたのか、前の全方位に炎天符撒き散らかした時の様な破壊力が密集された一撃が解放され、コロッセオの壁が在った場所は散りさえ残らない程に切り刻まれていた。

 あれがもし当たっていたらと思うと、アーチャーはマスターが加わった事で似通ってはいるが確実に違った戦法を取ってくる相手に戦慄した。

 

「アーチャー、こうなったら正面から行くしかない」

「おい旦那、それは……」

「この様に隠れている時、私やお前に当たってしまっては元も子もないだろう」

「…へいへい。従いますよ」

 

 右手に矢を番えると、余波を受けて破壊された瓦礫の粉塵を突き破りながらキャスターたちに攻撃を加えた。まさか出てくるとは思わなかったのか、アンリは不意を突かれたように取り乱し、その場で足を滑らしてしまう。最悪の形で隙を作ったマスターに向かって、これは好機とアーチャーが矢を放つのだが……

 

「いかん、下がれアーチャー!」

「へ? うおおっ!!」

 

 斜め上から振り下ろされるキャスターの鏡と、後方の下から迫っていたアンリの泥が鋭い槍を創りだして彼を陥れていた。一瞬でダンの指示に従ったアーチャーは何とか事なきを得たが、地面の突き出した泥の先からアンリの上半身が「生えて来た」光景を見て、魔力で編んだツタを右腕に巻いて刃を受けとめる。

 神秘としてはアーチャーの方が上なので、アンリの刃は彼の守りを打ち崩すことなく弾かれてしまった。

 

「……おいおい、マジか! お前、ホントにマスターって言えるのかよ?」

「残念。オレはアンリ・マユだ」

「そうか。やはり君は英霊の能力を持っていると言う事なのだな」

「ご名答! さぁ、こちらは英霊二人。そちらは人間が一人。さて、どう―――」

「ちなみに、英霊としては最弱だ。人間以外には勝てないオプション付き」

「って、マスタァァァッ!? 何言ってるんですか!」

 

 それは良い事を聞いたと、アーチャーは再び地面にツタを撃った。左手で応戦しながら一歩一歩下がるたびに地面にツタを打ち込み、次の技に繋げるための下準備を整える。次の動作を察したダンが再びアーチャーにコードキャストを唱えると、両手をツタで覆ったアーチャーが最後の仕上げとばかりに腕を振り上げた。

 これは大技が来る。そう思ったキャスターが相手がツタなら炎で焼けばいいと、発火した状態の炎天の符を投げたのだが、アーチャーはこれを待っていたかのように口角を釣り上げた。

 

「待ってたぜぇ。罠にかかって御苦労さん!」

「キャスター、防御を張れ!」

「させぬよ。少し止まっていてもらおう」

 

 上級呪術である呪層界の結界を張ろうとしたキャスターは、ダンの新たなコードキャストによってその動きを止められてしまった。硬直の効果時間はほんの一瞬に過ぎないが、その間にアーチャーはツタの全てを絡ませた一矢を放った後。途中で接触したキャスターの呪符によって発火した状態の茨が彼女に迫った。

 

「ちぃ!」

「ご主人様!?」

 

 キャスターを守るため、アンリが大量の泥を練り上げて壁の様にアーチャーの攻撃の前に展開した。ほんの一瞬、攻撃は泥にせき止められたようにも見えたのだが、呆気なく形もろくに整えられていない魔力の塊を突き破って二人に狙いをつけていた。だが、その一瞬さえあればアンリには十分。キャスターの方向に走って彼女を抱きとめると、宝具の力で足を逆関節にしてバッタのようにその場から離脱した。

 しかし、身動きの取れない空中ではアーチャーの格好の的になる。アンリは硬直の解けたキャスターの肩を掴むと、彼女を盾にするようにして後ろに隠れた。

 

「女を盾に? 人道もねーのかよ!」

「生憎人間じゃないし、これが最良の選択なんでな」

「その通りです。結!」

 

 次に飛んできたのは普通の矢。なので、キャスターが張る結界を盾にし、着地するまでは防御範囲を最小限にする事が一番だと考えていたのだ。女性を盾にすることに罪悪感はあったが、それ以前にキャスターはサーヴァント。この戦いの場においては性別を気にしていては勝てる試合も勝てなくなるだろう。

 大した傷もなく着地すると、すぐに二人は散開した。狙うはアーチャーへの挟撃。一回戦のライダーにしたような事だが、実質二体一はかなり優位なのだ。それを活かす戦術の一つとしての挟撃は在り来たりだが効果が高い。

 キャスターは属性魔術を用いない追撃型の呪符を数枚ほど投げ、アーチャーのたった一つの武器を封じる行動に出た。そして鏡の出っ張りと丈夫さを利用して高速回転させ、チェーンソーの様にアーチャーに迫る。アンリもいつもの逆手短剣から一本の剣に持ち替えて横に振りかぶっていた。そして範囲内だと言う事を確認すると、バットを振るうように剣を薙いだ。同時にキャスターも鏡を叩きつけたが、アーチャーはキャスターの攻撃だけを弾く行動を取っていた。

 そして、もう片方は―――

 

「……爺さん、やるなぁ」

「いや、君のベースが人間並みでよかった。これならば私にも勝ち目はある」

「……くはは、まぁ人間には勝てても超人には勝てないんだよな、オレ」

 

 ダンの両手に握られた西洋剣によって、しっかりと止められていた。

 ギチギチと刃の鍔競り合いが続くが、老練の姿をしていても此処は電脳空間。全盛期の時と同じ感覚で発揮されたダンの身体能力によって、技術の無いアンリの刃は横にずらし流されてしまう。

 

「君が戦うのを見て、私も何かできることは無いかと思ってな。力及ばずながら、共に戦わせて頂こう、ロビンフッド」

「……は、あっちのマスターの言うとおり、無茶だけはせんでくださいや」

 

 背中を並べ、アーチャーは再び上にツタを巻きつかせた。正面に西洋剣を構え、ダンは起き上がったアンリの刃を再び受け止め、弾き飛ばす。

 キャスターが至近距離で放った刃はツタの棘が穴を開け、彼女の振るう鏡も存外に近距離慣れしているアーチャーの腕によって止められる。その反対で切り結んでいるアンリとダンがいるのだが、ダンも全盛期の力を出し続ける事が分かったからか、地面、虚空、アンリが持つ手から繰り出される刃の数々にひるむことなく応戦し、弾き、叩き落とし、時には彼の身体をその剣で切り裂いて明らかな優勢を保っていた。

 

 鏡が舞い、ツタが絡め取った。

 刃が踊り、意志が叩き伏せた。

 背中合わせのアーチャー陣営は、それぞれが歴戦の戦友の様に息の在った戦闘を繰り広げる。ダンに泥が迫れば正確無比な狙撃で撃墜し、アーチャーに呪符が迫れば後手にふるった刃が札を切り裂く。

 両陣営ともに決定打の無い剣閃だったが、それは遂に終わりを告げた。

 

「アーチャー、決めるぞ!」

「応さ!!」

 

 下に身を伏せたアーチャーの後ろからダンがキャスターに剣を振るい、しゃがんだアーチャーがアンリを下段から蹴り飛ばしたのだ。大きく後退したキャスターと、蹴られた腹を押さえながら地面を足で擦るアンリ。一気に引き離されたこの瞬間を待っていたかのように、アーチャーは地面に拳を打ちつけた。

 

「森の恵みよ……圧制者の毒と成れ。“祈りの弓(イー・バウ)”!!」

「ッ! 炎天よ、――三度奔りて指を伝え!!」

 

 両指いっぱいに挟んだ炎の呪符が先に効果を発揮するが、アーチャーはダンの肩を抱えてコロッセオの上部に移動して彼女の攻撃を避けた。そして、この場所に来たのは狙撃を行う為ではない。「宝具の発動範囲から逃れるため」だった。

 

「これは、先ほどの―――!?」

「キャスター! これは宝具だ、下手にスキルで対抗するな!」

 

 アンリの忠告空しく、二人は揃って茨の渦に取り囲まれてしまった。その茨から漏れ出る瘴気はイチイの毒をふんだんに含んでおり、宝具の凄まじさをその肌で感じさせる。

 先ほどアーチャーが地面に撃ちこんだ場所から流れは発生しており、幾重にも連なって壁となった茨を前に、アンリはこれはヤバいと冷や汗を流す。実際、それどころではないのだが。

 

「キャスター。悪い」

「どうしました? 諦めるわけでは無さそ…っ?」

「先に逃げろ」

「マスター? ……あっ」

 

 彼女の腕を掴むと、英霊としての筋力を利用して茨が上を閉じ切る前に彼女を上空へと逃がした。そのままアンリ一人を茨が包みこんで行き、キャスターは完全に閉じられた茨の箱に残ったマスターへと呼びかけを続ける。だが、それは無駄だとアーチャーが彼女を諌めた。

 

「無駄だって。どうせ勝ちが決まってるから言っとくが、アレに飲まれた奴はイチイの毒のパラダイスだ。これが晴れるころにはズタボロの動かぬ人形になってるだろうよ」

「なら、此処であなたを倒せば!」

「その距離から、どうやって? 宝具がアンタのマスターを潰すほうが早いっての」

 

 これこそ打つ手なしと言ったところだろう。

 だが、その中で確かにキャスターは感じ取っていた。パスを通じて、膨大な魔力が使われようとしている気配があったのだ。その時に乗せられていた言葉は、茨の外側に届く事は無い。だが、確かに聞こえたのは彼の「宝具」の名前。

 

「……“虚偽する穢神(ドゥルジ・ナス)”…?」

「なんだって?」

「――いかん、アーチャー!!!」

「は―――?」

 

 ドスドスドスッ、と言う音と共にアーチャーの両腕と片足がコロッセオの壁に縫いとめられた。彼を縫いとめた武器は、どこか見覚えのある赤黒い色をした銛。それが飛んできた方向は、突き刺さっている向きからして茨で覆われている場所からだった。

 だが、そこには既に茨の姿は無い。アーチャーの攻撃は起点を使って扱うデリケートな宝具であり、これが消滅するにはアンリを握りつぶすか、それが打ち破られる事が条件の筈なのだが、彼に後者を行う余裕など無かった筈。だが、実際に茨は完全に消えていた。

 

「はぁぁあああああっ!!」

 

 そして、作られたチャンスを無駄にするほど、キャスターもデリケートな心のままではいられない。すぐさま持ち直し、手には爆炎を纏った呪符が握られていた。

 炎の拳が迫る。彼女はサーヴァントの野性的な脚力で縫いとめられたアーチャーの上空に踊りだていた。

 

「くそっ、まさか…嘘だろ!?」

「炎―――天ッ!!」

「アーチャー!!」

 

 逃げ場は無い。

 縫いとめられたアーチャーを逃がす為、ダンが令呪を発動させたが間に合わない。

 キャスターの拳が正確にアーチャーの心臓を捉えていた。

 そして―――豪炎。

 

「がぁぁぁああああああ!!!」

 

 コロッセオの地面に向かい、アーチャーは炎上しながら落下して行く。そして、尚も拳を彼に叩きつけたままのキャスターがその威力を加速させ――激突。柔道の受け身の要領で集約された重力を利用したキャスターの拳と、地面が跳ね返した衝撃によって彼の胸には鮮血の花が咲く事になった。

 

 

 

「ぐ、……てめぇ、何で生きてやがる…!?」

「宝具だよ。一日一回しか使えねぇし、効果もランダムに起きる運任せだがな」

「んだよ……そりゃ」

 

 わけわかんねぇ、と力なく両腕を地面に投げだしたアーチャーのもとに、敗北の判定になったことで既に分解されかかっているダンが歩いてきた。既に頭や手の一部が分解され、見るに堪えない姿になっている。それは、アーチャーとて同じ事だったが。

 

「いや、負けてしまったな。だが余りにも先ほどの減少は不思議だ。よければ、教えてはもらえないだろうか?」

「分かった」

 

 何故か宝具による傷は一つも無いアンリは、ダンの目を見つめ返して言った。

 

「あれは“虚偽する穢神(ドゥルジ・ナス)”。オレに向かって“起ころうとする事象”に対して、結果を変える未来干渉系の宝具だ。その効果は“ウソをつく事”で、世界そのものに対する嘘をつく事が出来る」

「嘘つきか……」

「ダン爺さんは好きじゃないかも知れねぇな。ま、それでさっきのは“オレは宝具に覆われても死ななかった”という嘘をついたんだよ。そしたら世界はそれを受け取り、少し先の現実で本当にオレを死なないようにした。その結果は、無傷、重傷、軽傷と、その場で変わる可能性もあったがな」

「……成程、単純に運に負けていたのか。三分の二は結局受けてしまえば毒で君は倒れるが、無傷で通り抜けて私たちは勝つ可能性を失った。そこで油断しきったアーチャーの不意を突き、このザマと言う訳か」

「おーい旦那、俺も結構頑張ったのに酷くないっすかね?」

 

 胸部の大半を失い、焼き尽くされていると言うのに、アーチャーは随分と余裕が在りそうだった。そんな先ほどまでと変わらない軽口に、ダンは苦笑する。

 

「いやしかし、生きる気力を持たなかった時点でやはり此方の負けとなってしまっていたようだな。先ほど、決戦の前にアンリ君は私に聞いていたな、“妻を蘇らせるのが望みか”と」

 

 だが、馬鹿な事をしたよ。と、ダンはアンリに笑った。

 

「それは、昨日まではそうだった。だが、振り返ることなく前向きに生きている君を見てね、過去を振り返るのは格好悪いと思い、先ほどは見栄を張らせて貰ったのだよ。…年甲斐もなく、な」

「……あらら、旦那も随分女々しい願いだったんすねぇ。今初めて聞きましたよ、それ」

「仮にも英雄様のマスターになるのだ。主人たる悠然とした態度を取ろうとするのは当然だ」

「相変わらず、最期までお固い事で」

 

 でも、と彼は頬を掻く。

 

「嫌いじゃなかったっすよ。くだらないっつても、騎士の真似ごとは良い経験になった…んじゃないかと。ああ、生前に縁が無かったけど、格好つけるくらいには楽しませて貰いましたわ。どの辺が騎士かどうかはさておいて、ね」

「正面から戦った。それだけで十分だろう」

「それならよかった。戦いなんて上等なもん、しっかりと味わせていただきましたよ。座に還っても、旦那の事は忘れたくは無いって思うくらいにはさ」

 

 それじゃ、また今度。

 気楽にウィンクして、ロビンフッドの二度目の現世は終わりを迎えた。

 華々しくは無いが、それでも彼は楽しかったのだろう。戒律に縛られながらも、決して悪くは無いと思えた経験。それを感じ取ったのか、ダンの表情はどこか清々しいものだった。

 

「すまない。ありがとう、アーチャー」

 

 彼もまた、最期は迫っていた。

 アンリはそんな老人の姿を、ずっと見つめている。

 

「……さて、アンリ君。あのアーチャーから不意を突く様な作戦、実に見事だった。力業にも近い策だが、意外性としては我が生涯の中で一番だったと言わせて貰うよ」

「そっか、ソイツは良かった。冥途のいい土産にはなりそうかい?」

「日本という国に合わせるなら、六文銭は持ち合わせていないのでね。脱衣婆への通行料代わりにさせてもらうとしよう」

「…神サマ経由で話は通してもらっとく」

「はっはっは、それは助かる。……さて、意外と長く持ったが、そろそろ私も妻のもとに召される時間になったようだ」

 

 ダンの姿は既にほとんどが分解されている。

 それでも、老人は最期まで生き生きと立ち続けていた。

 

「この先に何が待っているか、聖杯が本当にあるかは分からない。だが、君がその先を進むと言うのなら。……迷いなく進むといいだろう。余計なお世話かもしれないが、な」

「……応、進ませて貰うわ」

 

 答える声は無く、頬笑みを向けたままにダン・ブラックモアと言う人物は聖杯に分解された。ゆっくりと空を見上げ、未練も後悔もない瀬戸際の表情。確固たる答えを胸に抱いたまま、還って行くのだった。

 

 

 

「ご主人様、アレはあまりにも無茶が過ぎます。どうしてそう死に急ぐような真似をするんですか? 幾らご主人様の身体が幾らでも作れると言っても、首から上に攻撃を受ければ死ぬと言っていたではないですか!」

「…死に急ぐ、か。爺さんのおかげで立ち直れたが、オレも長い生にどっか疲れてたのかもなぁ。楽しみたい、生きたいとは考えていても、行動に自然に死を求めていたのか…? なぁキャスター、お前はどう―――」

 

 パァン、と平手が放たれた。

 叩かれた方向に首を曲げ、アンリは茫然と彼女に視線を向ける。

 

「……何故? そんなの分かるわけ無いじゃないですか。私はサーヴァント、そして貴方は我がマスター。まず、この関係が在る時点で貴方を案じるのは当たり前です! 私は、それを超えて巴アンリという人物をマスターと認めているんです!」

 

 彼がそこにいると証明するように、しっかりと背中に手を回して抱きついた。

 

「長すぎる生に疲れた? ならば何故笑えるのですか。行動に死を求める? ならば何故この戦争を勝ち抜くと誓ったのですか? たった今思いついた後ろ向きな事を口にするのはおやめ下さい。私は貴方の魂に輝きを見出しました。ですが、それは今のあなたではありません! 私のご主人様は、気弱なマスターが務まる事は無いと知れ!」

 

 まくしたてるような言葉は、アンリの攻めるべき点を見事に貫いていた。

 彼も大概、気楽思考でデリカシーが無いとは言われてきたが、こうした隔絶された状況に置かれた事は無い。常に隣に複数の人がいるからこそ、彼という存在は重宝されてきた。

 では、今回それは戦争攻略には役に立っているだろうか? 答えは否である。

 慎二との関係は良いものではなく、敵対心をむき出しにしていたおかげで相手が試合中に令呪のブーストを使って苦戦に陥らせた。先ほどの二回戦も、相手と正々堂々を誓っていたせいであちらの不意を突く事でしか勝利は掴めず、あまつさえは相手のマスターに良いようにあしらわれる有様。

 キャスターが望むのはこの聖杯戦争を主人と勝ち抜き、仕えるために生き残る事。だというのに、彼はその願いを受け取ったと言っておきながら自ら苦境に顔をのぞかせていたのだ。キャスターも自分勝手、と言えるかもしれない。だが、それを真剣な振りをしながら話半分に受け取った彼はもっと悪いと言えよう。

 

「……貴方がこれ以上聖杯戦争に望む気が無いと言うのなら、私も此処で身を引く心づもりです。貴方が私のマスター。そのマスター無くして戦争を勝ちぬことは敵わないのですから」

「……辞退か」

「さぁ、どうなさいますか?」

 

 判断を迫られる。

 後には引けないのだろう。いや、確実に後に引くことは許されない。

 アンリも死ぬ確率は低いのだからと遊んでいた。だが、それはアンリだけの話ではないと諭されている。今此処に現界しているキャスターも共に消滅すると言う事をどこか理解して居なかったからだろう。

 キャスターの言葉は心に染みた。

 そんな時に思い出す。この時の感覚は、生前にどうせ不幸だからと未来を諦めていた時に叱られた時と同じだなぁと。

 

 だから、あのとき果たせなかった答えを紡ごう。

 

「……戦いに臨んでいただけで、聖杯戦争に臨む気持ちは確かに弱かった。すまなかった。これから、共に戦ってくれるか?」

「その言葉に偽りはありませんね?」

「無い。これまで斃してきた、二人のマスターに誓って」

 

 他人の命を引き合いに出すのはどうかと思うかもしれない。だが、聖杯戦争で斃してきたマスターと言事実が、その言葉に重みが増すことになる。

 

 首を振ったキャスターはアンリを真っ直ぐに立たせると、その頭を深く垂れた。

 

「どこまでも、ご一緒いたします。ご主人様」

「ここに契約する。キャスターはオレのサーヴァントだ」

 

 長く続いたエレベーターの扉が開かれる。

 勝ち残ったマスター(・・・・)だけが進む事が出来る道への扉が。

 

 

 

 二回戦終了_

 残り_32人

 




何度か日をおいて書いていたらなんか話の筋がねじ曲がってる気がします。

……うん、これからしっかり強制していきたいと思います。
それでは、ありがとうございました。

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