第25話 シャルル
学年別トーナメントが終わって数日、一夏は1人で訓練していた。
射撃を中心に使用してくるようにシミュレーションを設定し、白式の生命線である零落白夜を使うにあたり必要となるエネルギーを節約するため、バリアと瞬時加速を使わないように敵機を撃破していく。
≪戦闘終了≫
自己ベストを更新したというのに表情は険しく、休憩しながら記録を振り返る。
(もっと、もっとだ……千冬姉はもっと速い)
あの日、エネルギー残量が少なかったとはいえシグーにあっさりと負けた。
あれがもし千冬姉だったら、同じ状況でも一撃を与えることは難しくなかっただろう。
「あれ、一夏だけ?」
「まあな」
最近は国へ報告する学年別トーナメントの報告書を書くのに忙しいらしく、箒も毎日ISを借りることができるわけではないため、1人で訓練する日が続いていた。
ラウラに至ってはトーナメントが終わってすぐ帰国し、今日帰ってくるそうでシンが迎えに行っている。
報告書が書き終わったのかそれとも息抜きかは分からないが、シャルルが声をかけてきた。
「あ、それって織斑先生の……」
「ああ、千冬姉の公式試合の記録さ。
俺の戦い方で一番見本になるのは、やっぱり千冬姉だからな」
「いつ見ても刀1本で圧倒する光景はすごいね」
「それよりも、用があって来たんじゃないのか」
「そうだった……さっき山田先生に会ってね、今日から男子の大浴場解禁だって。
詳しいことは寮の掲示板に貼ってあるから後で見てくるといいよ」
「本当か! 夜にはシンも帰って来るし、皆で入ろうぜ」
「わ、分かった……じゃ後でね」
そう言うとシャルルはアリーナを後にする。
正直に言えば一緒に入るのは避けたかったが、反射的に答えてしまった。
そのことを後悔するがもう遅く、シャルルはどうやって乗り切ろうか頭を悩ませる。
――――――――――
「よっしゃー、久々の風呂だ」
IS学園に来てから部屋についているシャワーだった一夏は、久々の湯船に歓喜する。
その声に反応して先に来ていたシンが肩まで浸かりながらこっちらを振り向く。
しかし、この広い浴槽の中にはシンしかおらず、シャルルの姿が見えない。
「あれ、シャルルは?」
一夏が聞くとシンは腕を出してある方向を指差す。
それにつられてそっちを見ると、桶を壁のように積み上げてその内側に座り、バスタオルを胸まで巻いてシャワーを浴びているシャルルがいた。
「何やってんだ……?」
「恥ずかしいってさ」
思わず口から漏らした言葉に呆れたようにシンが答える。
同じヨーロッパ出身でもこうも違うものかと一夏は思いながら、桶を取りにシャルルの方へ近づいていく。
「ここには俺たちしか居ないんだから、そんななに恥ずかしがることないだろ」
するとシャルルは顔を上げて一夏の方を見る。
その行動に一夏は納得してくれたと思ったが、どうやら違うようだった。
一夏が桶に手をかけて取ろうとした瞬間、シャルルは突然立ち上がった。
「あ、待って一夏!」
「うわっ」
桶を取り返そうと突然立ち上がったせいか、不安定だった桶の壁が崩れ、それに巻き込まれるように2人が倒れこむ。
床に仰向けに倒れた一夏を潰さないように、シャルルが覆いかぶさるように踏みとどまる。
「いてて、悪い大丈夫……か!?」
転んだシャルルを心配した一夏に驚愕の光景が写りこむ。
さっきまで巻かれていたバスタオルはほどけ、背中から両サイドに垂れており、そこには男性には本来ないはずの豊かな胸が目の前にあった。
それは明らかに女性の上半身であり、眼下に広がるその光景に一夏は混乱した。
「あ、シャルル、え、あ……」
「!!!!」
状況が飲み込めたシャルルは言葉にならない何かを発しながら、素早い動きで一夏から離れた。
しかし立ち上がろうとはせず、バスタオルで全身を隠しながら座り込んでいた。
「えっと、その……2人とも大丈夫か」
湯船から上がったシンが声をかけるが、その声はどこか困惑していた。
シャルルは気づいていないが、動揺しているせいか座り方は完全に女性的であり、バスタオル越しに胸の膨らみが確認できたりと隠しきれていなかった。
「シャルル……おまえ女だったのか!?」
そして状況が理解できたのか立ち上がりながら一夏は確認してきた。
決定的な一言をもらい、シャルルは観念した。
「うん、僕は女だよ……」
……
…………
浴場でシャルルが女であることが発覚した後、3人はシンと一夏の部屋に集まった。
あの場所であの格好のまま色々と話を聞くのはマズイと判断したからだ。
「……本当に女だ」
部屋についたシャルルを見てシンが呟く、シャルルは部屋着なのかジャージを着ていたが、それでもなお主張している胸部を見れば、男性と判断する者はいないだろう。
それにしても、一夏曰くセシリア以上箒未満もあるこの質量を今までどのように隠していたのか不思議である。
「はは……えっと、どこから話そうか」
シャルルは少し悩みながらも、少しずつことの経緯を話し始めた。
自分は愛人の子供であり、2年前に母親が亡くなって引き取られたこと。
IS適性が高かったため、非公式にデュノア社のテストパイロットになったこと。
その時期から経営が悪化し、正妻の息子である兄をITDOに出向させたこと。
一夏のニュースを知り、そのデータを盗むことを画策したこと。
男性同士であれば接触しやすくなり、その後は広告塔に使えること。
「ふう、喋ったらなんかすっきりしたよ」
一通り話し終えると、シャルルはお茶を飲んで一息つく。
話を聞いていた2人の反応はそれぞれ違い、シンは話の内容に頭を抱え、一夏は彼女に向かって真剣な表情で問いかける。
「これからどうするんだ?」
「分からない。
バレちゃったから、退学して帰国して……その後は良くて牢屋かな」
「本当にそれでいいのか。
そりゃあ、親がいなけりゃ子供は生まれないさ。
だからって、親の言う事が絶対じゃないだろ!」
「僕だって、できる事ならちゃんと女の子としてここにいたいよ。
でも……」
「だったらここにいろ。ここにいれば外からは手出しできない。
俺たちが黙っていれば卒業までは大丈夫なはずだ。
それまでに何か方法を……」
「ダメだ」
「なんでだよ、シン」
一夏の提案にシンはストップをかけた。
この案は、IS学園の所属生徒は外部機関からの干渉を受けないという特記事項を利用してデュノア社からの命令を拒否し、卒業までの間に対策をするというものだ。
「俺たちが黙っていたとして、3年間隠し通せるのか?
それに隠したままっていうコンプレックスを抱えたまま過ごせるのか」
「無理、だね。
現に1か月で2人にバレたんだし、嘘をついたまま皆といたくない」
「そうだけどさ、だったらどうすればいいんだよ」
シンの意見には納得した一夏だったが、解決策が閉ざされて苛立っていた。
一夏はシャルルを助けたいと思っており、シンもシャルルの意思を捻じ曲げて利用しているデュノア社には怒りを感じている。
だがシンはその感情を素直に出すことはできなかった。
なぜならシンもまた、彼女と同様に嘘をついてIS学園にいるからだ。
インパルス限定で“ISを動かせる男性”ということになっているが、実際には“男性にも動かせるIS”のパイロットに過ぎない。
だがドイツ政府という強力なバックがついているため、仮に発覚したとしても身の安全は保障されており退学以上の事にはならない。
主導したドイツは国際社会から非難を受けるだろうが、 同時に“男性にも動かせるIS”の存在が知れ渡っているため、その技術が欲しい国は表向きの批判で済ませるだろう。
外交において有利なポジションを得ることができるため、発覚したときのリスクというのはほとんどないと言っていい。
完全なバックアップにより安全が確保されているシンとは違い、大企業とはいえデュノア社は一企業に過ぎない。
ここまで考えて、シンはとある疑問を抱く。
「あれ、なんでシャルルは男として入学できたんだ?」
「どういうことだ」
「大企業とはいえデュノア社だけでこんな事できるのかってことだ。
アーベント社でも俺を入学させるためにはドイツ政府の協力が必要だった」
「言われてみれば……俺の時だって日本政府が色々と手を回してくれたみたいだし」
「少なくてもフランス政府は知らないはずだよ。
国に知られたら開発許可が剥奪されるから絶対に正体を明かすなって言われたから」
普通に入学するだけなら何も問題はない。
だが、特例として入学するからにはそれなりの伝手がなければならない。
しかもIS学園は国を通り越して国際的な機関である。
そこに不正入学するとなれば、一企業だけでどうこうできるものではない。
「つまり、他に手を貸した奴がいるってことか」
「ああ、だが相手次第だとさらに面倒なことになるぞ」
「ごめん、僕には知らされてないんだ」
シャルルが知らない以上、デュノア社以外の相手を知る術がない。
彼女を助けたいという気持ちこそあるが、それが逆に焦りを生んでいた。
どうしていいか分からなくなったころ、扉が叩かれ声が聞こえてきた。
「一夏いるか」
「箒か」
一夏が返事をして扉を開け、シャルルは物陰に隠れた。
するとそこには箒だけでなく鈴、セシリア、ラウラ、簪も一緒にいた。
「皆揃ってどうしたんだ?」
「ああ、新聞部が学年別トーナメントのベスト4にインタビューをするそうだ。
その日時の打ち合わせをしたいんだが、シンも含めて今から時間あるか?
それとシャルルがどこにいるか知ってたら教えてくれ」
(どうする、今のシャルルを合わせるわけにはいかないし……)
「もしかしてさっきまでデュノアさんいたの?」
「え、何で」
「だって、机の上に湯呑が3つあるから……」
箒が皆を連れてきた事にも驚いたが、簪の指摘に一夏はさらに動揺した。
先ほどまでシャルルと話していたことも加え、完全に思考も言葉も詰まってしまった。
そこで比較的冷静さが残っていたシンがフォローに入ろうとするが、先にシャルルが何かを決心したように物陰から出てきた。
「一夏、ありがとう……僕も覚悟を決めたよ。
皆、僕の話を聞いて欲しい」
全員を部屋の中に入れ、シャルルは2人に話したことをもう一度話した。
……
…………
シャルルの話が終わっても、2人部屋に8人いるとは思えないほど静かだった。
そして最初に口を開いたのは鈴だった。
「……一夏のデータには手を出してないでしょうね」
「うん、誓ってもいいよ」
「なら、私は協力してあげる」
「ん、私は初めから協力する気だったが」
鈴の言葉に箒が続く。
そしてセシリア、ラウラ、簪が顔を合わせる。
「もちろんわたくしたちもですわ」
「でも、あくまで一生徒として……代表候補生としては協力できない」
「すまないな、流石にこればかりは……」
「ううん、皆ありがとう。僕のためにそこまでしてくれて」
「はいはい、感動するのは後。それよりどうするか考えましょ」
鈴の言葉に促されて、それぞれ解決策を考え始める。
だが、彼女の正体がバレたうえでIS学園に戻ってくる方法など考えつかなかった。
「こればかりは教官に事情を説明してこちら側についてもらうしかないのでは?」
「千冬姉か……やっぱそれが一番だよな」
協力するといった手前、より有用な解決策を提示したかったところだが、やはり事が事なため自分たちでは解決できそうになかった。
「まって、ただ織斑先生に言うだけだとダメな気がする」
「簪、何か考えがあるのか?」
「まず正体が完全にバレたうえで復帰することはまず不可能……
だから彼女の正体をバラさないで、内々で無かったことにさせるのが一番だと思う」
「理屈は分かりますが、そうさせる事ができるのですか?」
セシリアの問いに簪は続ける。
「絶対とは言い切れないけどね。
シン君の言ってたデュノア社に協力している人がいるって話だけど、もしかしたらIS学園に協力者がいる可能性がある。
なら、デュノア社とその人物に対してIS学園に彼女の正体を報告すると脅しをかける。
男性として入学させた事実を揉み消して女性として正式に入学させろってね」
「男として入学させることができるなら、それを揉み消す力もあるってことか」
「となると、内通者はIS学園の運営をしている上層部の誰かだな……
なるほど、そこで教官の力を借りるというわけだな」
簪からシン、そしてラウラと続く。
「うん、織斑先生なら上層部の事についても知ってるはず。
それにただ協力してくださいって言うより、具体的な方針を含めて説明した方が協力してくれると思うから……」
「なら、他にも協力してくれる方が必要ですわね。
でしたらシャルルさん、先日お会いしたお兄さんに協力を仰げませんか?
それと……」
セシリアはトーナメントで出会ったエリックの事を言うと、真剣な眼差しでシャルルに告げる。
「お父さんが日本にいるうちに一度お会いしたほうがよいかと」
セシリアの言葉に一瞬飲まれそうになった。
でも……
性別を偽っていると分かっても、助けようと動いてくれる。
そうした仲間たちを見ていると自然と勇気が湧いてくる。
だからこそ、自分も逃げずに立ち向かわなければいけないと思った。
シャルルは皆を見回した後、力強い声で答えた。
「分かったよ、セシリア。
兄さんと一緒に父さんと会う……そして、僕の気持ちを伝えるよ」
彼女の答えに全員が頷く。
希望的予測ではあるが、先にデュノア社長と決着がつけばそこからIS学園にいる内通者に話が行き、こちらの要求が達成される可能性もある。
「それならこっちはその話し合いの結果を見て動いた方がよさそうだな」
「でも千冬さんにはシャルルの話し合いの件も含めて先に言っとくべきよね」
「その件については俺とシンとシャルルで伝えるよ」
箒の提案を鈴と一夏がまとめ、今後のスケジュールの話し合いに入る。
全員の結束のもと、この計画が無事に成功することを願って。
ここでようやくシャルルの正体がバレました。
今回は正体発覚~説得の展開が中々決まらず、時間がかかってしまいました。
最初はシンも一夏と一緒に説得してもらうつもりでしたが、書類誤魔化してる点は同じなので控えめにしました。
シンとラウラは内心で冷や汗をかいている事でしょう。