「……ほっ!」
とある遺跡型のダンジョンにてリンは羽を広げ軽くジャンプした。しかし、その体は宙に浮かぶ事なく、リンはそのまま地面に足をつけるのであった、
「ん~、やっぱり駄目ね」
「現実よりかは高く飛んでいますけど」
ケットシーは身軽な身体能力が売りの一つである。その事を感心しつつ、セシリアも自信も羽を広げて飛ぶことを試みた。しかし、彼女もまた宙に浮く事はなかった。
「なるほど、これが飛行無効エリアですのね」
「ふむ。ALOは特性上飛ぶ事が多いが、海中エリア等もあるらしいし。飛ばずに戦う事も覚えた方がいいな。もっとも、海中ならばウンディーネの力が必要だが」
ここは、彼らが捜していたクエストにより発生したダンジョンであった。あのツバキとモッピーの追い掛けっこがこのクエストの発生点を見つけるに至ったのだ。
「まさかツバキがモッピー斬ろうとして、モンスターを斬ってしまうとは」
「しかも、結果的にクエストNPCを助けるなんて、流石だよ」
「まるで褒められた気がせん」
チンクとシャルは感心したようにクエスト発生に繋がったツバキの行動を思い出していた。だが、ツバキとしては皮肉を言われている気分になってしまい素直に喜ぶことが出来ていなかった。
「で、この【翼を捥がれた天使】ってクエストが発生したわけだけど」
「内容としましては、聞く限り典型的なモンスター討伐と言った所でしょうか?」
その件のNPCは自身を天使と自称した。確かにその見た目は美しく、いかにも造形であると感じてしまう風貌であった。人の美しさの基準を機械的に理解、認識できるカーディナルであればこそできる風貌だと思えた。
その人物はこう言った。自分は光をつかさどる天使である。しかし、邪悪な魔物が天使の力の源である翼を捥ぎ取り奪い去ったと。その翼を取り返してほしいと。概ねこう言った内容をチナツ達に伝えクエストが発生したのだ。
「問題は、我々でクリアできるクエストかという事か……」
「まぁ、チンクさん? それは少し私たちを見くびり過ぎなのでは?」
「そうよ。私達だってもうビギナーじゃないんだからね!」
チンクは少しツバキ達の実力を過小評価するきらいがあった。確かに、SAOのデータを引き継いでいるチナツやチンクに比べれば彼らのステータスが劣っているのは事実だ。しかし、彼女たちは何もチナツ達のおんぶ抱っこを続けてきたわけではない。彼女達なりに不慣れなこのゲームを精いっぱい頑張り、楽しいと感じているからこそココに居るのだ。
「まぁ、確かにキリト達に比べると劣っているけど、足手纏いにはならないよ! だからチナツ達も……チナツ?」
シャルはチナツに話を振ろうとして、何か違和感を覚えた。彼はこちらの話を全く聞いておらず、ボーっとしているように見えた。
「どうしたの。チナツ?」
「へ? あぁ、悪い」
チナツは少しバツが悪い顔をしながらシャルに謝罪をする。シャルはそんなチナツが少し心配になるのであった。
「もし具合が悪いのなら、一度―――」
「あぁ、いや。そう言う訳じゃなくてな……」
一夏はそう言いながら視線を移動させる。その先には遺跡に開いた大きな横穴が存在していた。
「結構。この場所ってボロボロな所が多いなってさ」
「そうだね、それは確かに」
その会話を聞いて、リンは穴から外の景色を眺める。
「うっひゃ~。これはまた、たっかいわね~」
「おい、気をつけろよ?」
「平気よ~、もし落ちても飛べば―――」
「いや、飛べないぞ? ダンジョンに入る前に私が確認した。どうやら飛行禁止はダンジョン周辺も入っているらしい」
呑気な顔をして横穴から外を眺めていたリンであったが、チンクのその言葉に固まってしまう。このダンジョンは階層と階層の間に細長い階段の通路が存在している。現在一つ目の階層をクリアしたチナツ達は、二つ目の階層に向かう途中である。一つ目の階層でもそれなりに強力なネームドモンスターが存在していた。階層はまだいくつか存在している事から、クエストはそれなりの難易度で、なおかつ報酬も高いと予想できる。
ここまで死に戻りとか冗談じゃない。リンはそう思いゆっくりと横穴から離れチナツへとへばりつくのであった。
「さぁ! 次の階層に行くわよ」
「おい、歩きにくいっての……」
チナツは呆れつつもどこか気が晴れない自分を感じていた。原因は分かっている、数日前の菊岡との話だ。この落ちたら駄目という状況がかつてのあの時の状況を思い出させてしまっているのだ。
「(……いつもなら、落ちないように気をつけないとな~って思うぐらいなんだけどな)」
タイミングが悪いな。そう思うチナツであった。
【----------――――――――――――――――――■■▲ッ!!!】
「っち、うるっさいわねぇ!!」
チナツ達はあれから二つの階層を攻略してきた。だが、ここでネームドモンスターを相手に苦戦を強いられていた。
「まずいな、HPが削れない」
「って言うか、少し削っても自己回復が働くとか、厄介すぎるよ」
ツバキとシャルはそう愚痴りながらポーションを飲む。このネームドモンスター……見た目は単なる剣士型石像タイプモンスターであった。攻撃力は大したものではないが、防御力はそこそこあり、ある程度の時間が経つと自己修復を行いチナツ達は苦戦を強いられていた。しかも……。
「って言うか、自己修復のたびに壁やら床に穴が開くんですけどーー!!?」
このモンスターは近くの壁や床の一部を吸収することによって回復を行っていた。そのため、徐々に足場も削れていき、壁にも穴が開きまくっていた。吹き飛ぶような攻撃をくらえば、そのまま外に飛ばされる可能性もあり、床の穴も外に繋がっている。踏み外せば真っ逆さまである。
「まずいな、これは―――」
チナツやチンクもいるとは言え、やはりこのパーティはトップランカーと言うにはまだ力が足りなかった。彼女達はIS学園の生徒という事もあり、ゲームに避ける時間が少ないという理由もあるが、それはある意味仕方がない。ゲームのために現実を犠牲にするわけにはいかないのだから。
なにより、そんな事をチナツ……一夏も望んではないのだから。
「チナツさん! このままではモンスターよりもフィールドに敗北してしまいますわ!!」
「分かっている!!」
セシリアは焦りながらチナツに進言した。一方チナツも足場に気をつけながら攻撃を続けていた。
「(やはり、駄目か。目に見えてダメージ量が減ってきている)」
なにも攻撃によって減ったHPがすべて回復するという訳ではない。現に今現在ネームドモンスターのHPは3割程度減っているのだ。しかし、床の穴や吹き飛ばし攻撃を気にするあまり攻撃回数が減っていき、徐々にダメージ量よりも回復量の方が増してきているのだ。
「(これ以上、回復を許したら勝てない)」
最後には足場が完全になくなり戦闘自体が行えなくなる可能性もある。それならば―――。
「(スキルコネクト……は無理だ。あんなのキリトだから出来る、とんでもスキルだ)」
スキルコネクトとはキリトが編み出したシステム外スキルである。両手に片手剣を装備して交互にソードスキルを放つことでスキル後の硬直をせずに連続でソードスキルを放てる技である。口で言うのは簡単だが、現在キリト以外が成功した姿は見た事がない。チナツも何度か練習したが10回やって1回出来るかできないかである。自分には不可能と判断していたのだ。
「っと、なれば!! チンクッ!!」
「時間稼ぎだな、任せろ!!」
「なんで名前を呼ばれただけでわかるのよ」
「まさに、阿吽の呼吸というモノだな」
チンクは素早く短剣を構え、モンスターへと突進する。それに続くようにリンは両手剣を盾代わりにチナツの防御に回り、ツバキはチンクの後に続いた。
「シャルさん!!」
「うん、僕たちは魔法でみんなのサポートだね!!」
そんな彼女達をシャルとセシリアは魔法でサポートする。一方チナツは急いでウインドウを開き装備を次々に変更していく。
「(よし、後は―――ッ)」
チナツは魔法演唱を行い、バフが付加されるのを合図に一気に駆け出す!!
「チンク、スイッチ!!」
「任せろ!!」
チンクが後ろに下がると、チナツはソードスキルモーションをしながら突っ込んで行く。光り輝くエフェクトを発生させながら、モンスター目掛けてスキルを放った。
「ぜやぁああ!!」
なんて事のない、初期の単発スキル。確かにスキル後硬直も短く、連発も可能だが、現状で放っても決定打に欠ける……はずだった。
「え!?」
「なん、だと」
だが、チナツの攻撃量は明らかに増大していた。流石に一撃で半分も削るという訳ではないく、精々両手剣スキル並みの攻撃力と言った所だ。だが、動きが鈍い両手剣と違い軽く連続性のある片手剣によるその攻撃は両手剣以上にモンスターのHPを削っていった。
「―――ッ!!」
だが、チンクだけはチナツの緊張した顔に気付いた。まるで一撃でも食らったらHPが全損するかのような雰囲気を感じ取ったのだ。そして、すぐに動きを始めるのであった。
「ぼさっとするな!! このまま全員で一斉攻撃だ!! いくぞッ!!」
「わ、分かっているわよ!!」
「出し惜しむな、一気にいくぞ!!」
チンクは短剣から攻撃力重視の両手剣へと切り替え突貫する。
「ウォオッ!!」
【●●―――ッ!!?】
両手剣特有の威力のある一撃にモンスターはよろめき、それに続き仲間たちが次々と攻撃を切り出していった。
「(よし、このまま押し切れるッ!!)」
チナツは勝利を確信して、一気に懐へと潜り込み、そして―――。
「これで、終わりだッ!!!」
最後の一撃、ヴォーパル・ストライクを顔面目掛けて放つのであった!!
【■■■■■―――ッ!!!?】
そのスキルは皆の予測した通り最後の一撃となった。モンスターのHPは全損したが、チナツはその刹那に違和感を覚えるのであった。
「(消滅しない―――?)」
そして、この状況で何が起きるかを今までも経験していた。すぐにその場を離れようとするチナツであったが、ヴォーパル・ストライクは威力こそ高いが硬直が長いスキル。スグに離脱につなげるのは不可能であった。
「チナツ、危ないッ!!」
ツバキがチナツを庇うように前へと躍り出る。その瞬間―――。
「ぬぅぅッ!!?」
「ツバキ―――くそッ!!?」
モンスターの体は爆発とともに炸裂して、その衝撃でツバキは吹き飛ぶのであった。チナツは吹き飛ぶ彼女を抑えようとするが、その衝撃を殺しきれず一緒に吹き飛んでしまっていた。
「チナツ、ツバキ!?」
周りの仲間達が二人を助けようと手を伸ばすが、その手が届く事はなかった。チナツとツバキはそのまま吹き飛び、外へと投げだされるのであった。
「(まるで、あの時だな)」
今日は心からALOを、ゲームを楽しめてないなぁ……と感じていた。チナツは、あの“はじまりの街”で起きた事件を思い出していた。
あの時と違う事と言えば、一緒に落ちていっているという事か。結局自分一人では誰も助けることが出来ないのか、そんなネガティブな気持ちになっていた。
「まったく、何を弱気になっている?」
「……え?」
諦めかけ体の力を抜きかけていたチナツを、ツバキはしっかりと抱きしめ離れないようにしていた。
「お前が言ったのだろう」
俺達は、一人じゃない……と。
そう彼女が言った瞬間、何かが彼らに向かって飛んできた。
それは矢であった。矢は一瞬で彼らを通り過ぎる。だが、その矢には紐の様なものがついていた。ツバキは迷う事なくその紐を掴んだ。吹き飛ばされた直後に比べ、衝撃はいくらか緩和している事もあり、ツバキは何とかその紐を握ることに成功した。
「しっかり掴まっていろ、チナツッ!!」
その紐から強い力を感じた。ツバキはしっかりとその紐を握りしめるのであった。そして、その紐の先では……。
「よし、ツバキが紐を掴んでくれた!!」
シャルは自身の放った魔法が付加された矢をツバキが掴んだのを確認すると仲間に聞こえるように発言した。
「よぉし、いくわよ!!」
「息を合わせて一気にひっぱりますわよ!!」
「当然だ」
紐はチンク、リン、セシリアが持っていた。彼女達はチナツ達が外に吹き飛ばされても焦る事はあっても、諦める事はなかった。たかがゲーム。だけど彼らは真剣にALOを遊んでいたのだ。
「いくぞ!!」
「「せーのッ!!」」
彼女達は一斉に力を入れ、思いっきり引っ張るのであった!!
リアルなら不可能だろう。しかし、ここはVRMMO。しかもリンとチンクはSTR重視のプレイヤーであったのも幸いした。彼女たちの力はダイレクトに紐に伝わり、チナツとツバキは勢い良くこちらへと戻ってくるのであった。
「セシリア!!」
「分かっていますわ!!」
とは言え、この場は穴だらけのフィールドのままだ。このままでは、そのままチナツ達は落ちていってしまう可能性もある。セシリアはそれを防ぐために風の盾を出す魔法を詠唱するのであった。
セシリアの発生させた風の盾はふわりとチナツとツバキを包み込み、ゆっくりと二人は着地するのであった。
しっかりと地面に着地するツバキ。それに対してチナツは尻餅をついてポカンとするのであった。
そんなチナツを見て、ツバキは苦笑いをする。今彼が何を背負っているのかはわからない。それでも、今できる事は確かにあった。
それは―――。
「どうだ、チナツ。何とかなっただろ」
ツバキは、チナツに手を伸ばしながらこう言った。
「皆の力だ」
思っている事を口にする事が彼女に出来る事であった。それが、その言葉が、チナツに大切な事を思い出させた。
「はは、」
自分はどうやら、大切な事を忘れていた。確かに自分は一人では何もできない。そういう意味ではあの頃と何も変わっていないのかもしれない。
だが、しかしだ。
「あはははッ!!」
何も出来ないからこそ、仲間と一緒に歩くという事を知っているじゃないか。
そんな当たり前に感じていた事を忘れていたのだ可笑しくて、チナツは思いっきり笑ってしまっていたのであった。
「で、さっきのアレはなんだったのよ?」
「へ?」
先ほどの階層を脱出したチナツ達は更に上の階層を目指し走っていた。長い階段の途中、リンはふとチナツへ質問を投げかけるのであった。
「さっきのって?」
「とぼけんじゃないわよ。さっきのモンスターのHPを急にガリガリ削り始めたじゃない!」
「あぁ、あれか」
先ほどチナツは急に攻撃力が増していた。その疑問を解くべくリンはチナツに質問したのだ。
「そう言えば、少し以上でしたわね」
「ひょっとしてアレが“薄命剣”スキルなの?」
「いや、違う。と言うよりALOに薄命剣スキルはねーよ」
「そうだな。あのスキルはもっとガリガリHPを削るからな」
「あれよりもすごいの!!?」
どういう思惑があったかは定かではないが、このALOにはソードスキルが実装されていた。しかし、SAOではユニークスキルとして扱われていたものは、弓や二刀流などの一部のスキルしか実装されておらず、クシナが使っていた鉄扇、チナツが使っていた薄命剣などは実装されていなかった。
まぁ、薄命剣スキルは本当に死ぬわけじゃない只のゲームで実装するにはゲームバランスが崩れてしまう代物なので当然といえば当然であった。
「かといって、システム外スキルって訳でもない。単なるバフの重ね合わせだ」
「いやいや。単なるバフであそこまでなるならもっと情報が広まっているでしょ?」
「勿論バフだけじゃなくて、STR上昇の防具でガッチガチに固めてるからなぁ」
「へぇ~、ならどうして普段からその装備にしないの?」
シャルはその事を疑問に感じ首を傾げながら言った。するとチナツは気まずげな顔をして笑うのであった。
「いや~、あはは」
「(む、チナツ。誤魔化そうとしているな)」
ツバキはそれを直感的に感じ、グイッとチナツの肩を掴むのであった。だってこんな反応するって事は後ろめたい事がある証拠だもの。
「話せ」
「お、おう」
幾らデスゲームではないとは言え、言いにくかった。その防具はSTR上昇値はすごいが、肝心の防御力は紙であり防具の意味をなしていないという事を。勿論、一部の防具がそういったものにして他の防具で補うのはよくあるが、チナツのように全て同様の効果を持つ防具で固めるプレイヤーはそうはいない。
「ついでに言うと、バフも効果が高い分時間も短いから俺のMPじゃ足りないから、HP→MP変換スキルを使っててな。いやぁ、さっきはギリギリだった」
その言葉に一同絶句した。たとえモンスターの攻撃を防御してもそれだけでHPが全損する。もし仮に高範囲攻撃が来たらそれだけで終わりだ。
その事を聞くと、チンクはチナツらしいと思った。まるで疑似零落白夜である。
だが、他の面々は微妙だ。それも当然だろう。まるでそんな無茶な戦法を取らないといけないぐらい自分達は頼りにならないと言われているように感じる体。
「さ、さぁ!! もうすぐクエストも大詰めだろうし、急ごうぜ!!」
その事を気便に察したのか、一夏は急に走り出すのであった。
「あ、逃げましたわ!!?」
「待ちなさい、一夏!!」
「リアルネームを言うんじゃねーよ!!?」
次の階層に辿り着くまで、彼らの鬼ごっこは継続するのであった。
「あ~あ、私もALOしたいわね~……」
「それは、駄目。今回の夏休みは専用機を完成させるって決めてたでしょ」
「んもう! 簪ちゃんったら、かった~い。そんなんじゃ、愛しの一夏君に嫌われちゃうぞ~♪」
「そ、そんな事ない!! 織斑君は頑張っている人は好きだって言ってくれたもん!」
「だから頑張ってるのね~。いやん、簪ちゃんってば け・な・げ♪」
「もう! からかわないで!?
クシナ!!」
※以上。一人芝居
「かんちゃんが……壊れたぁ~」
この後、無理やり休ませた。