「何をやっているのだ、あのバカ者は!!」
千冬はモニター室で自らの弟の言動に憤慨していた。
「突入部隊はまだ壁を突破できないのか!?」
「む、無理です! 遮断シールドレベルが4に設定されています。扉も全て完全ロックされています!! 通常武装のISでは突破は不可能です!!」
その言葉に、千冬は苛立ちを隠せなかった。どんな時でも感情を押し殺して冷静でいられたブリュンヒルデはそこにいなく、ただ弟を心配する姉がそこにいた。
「クアッド・ファランクスを出せ! それならばシールドであろうが、何であろうが突破できるッ!!」
「む、無理ですよ、織斑先生!! 過剰攻撃すぎて一般生徒まで被害が出ます!!」
クアッド・ファランクスとはISの追加武装の一種だ。超重火器を搭載した、いわば超火力武装。しかし、生徒が逃げ惑うこの場で使うには余りに適していない武器でもあった。
もっとも、あれは機動力を殺すほどの超重量なので、そもそもこの場に持ってくること自体困難であるのだが。
「いいからしろ! 責任は私が取る!!」
「で、ですから~」
真耶の脳裏には3年前の彼女の姿が思い浮かぶ。SAO事件のニュースを見て他の教員の静止を聞かずに飛び出した彼女の姿が。
真耶は、彼女を何とか宥めようとする。IS学園の教員の殆どは元代表候補生。或はそれに準じる教員ばかりだ。
いま、この場で指示が出せるのは真耶か千冬となるのだが、的確な指示を出すのに適しているのはどう考えても千冬である。
だが、その千冬は今冷静な状態ではない。真耶は、どうにかして彼女を宥めようとするが……。
「しっかりして下さい、千冬さん!! そんな風に自分を見失ってどうするのですか!!?」
そんな時だ。モニター室の扉が急に開き、そこから何かを背負った箒が千冬に対して叱咤を放った。
「(なんて命知らずなぁ!!?)」
若干涙目で必死に彼女を宥めようとしていた真耶は箒のその行動に驚愕した。何と恐ろしい事をと思った。
「私に意見とは……篠ノ之、貴様いい度胸だな」
今の千冬には自分の弟しか目に見えていない。もし仮に彼女の友人である博士がいたのであればこう言うだろう。
『さっすが、私の親友(同類)だね♪』っと。
しかし、彼女と千冬には決定的な違いがある。
「貴方は、一夏の入学初日! 自分が言った事をお忘れなのですか!?」
「―――――ッ!?」
それは、自分の間違いに気付き、正す事ができる事だ。
彼女は確かにかつて『身内贔屓をするつもりはない』そう断言した。
しかし、今はどうだろう? 家族を心配するあまり、無茶苦茶な指示を出し他の生徒など顧みない言動。もし箒が諌めなければ、とんでもない方向に言っていたとしてもおかしくはなかった。
「今の私達にはあなたが必要です! それは皆だけでない、一夏にとってもです!!ですからッ!!」
「…………」
千冬はその事を理解すると。押し黙った。
そして、徐に握り拳を作り。
「フンッ!!!」
「ひぃい!!?」
次の瞬間、まるで衝撃波が出てきたかのように部屋が揺れた。千冬が自身の顔を殴ったのだ。
どうやら口の中が切れたらしく、少し出血をしていた。
彼女は、口からプッと血を飛ばすと鼻を鳴らす。
「ふん、半人前以下の癖に一人前の様な口をきくものだ」
「まだ短い期間とは言え、貴女の生徒ですので」
「まぁいい。今回は不問にしてやろう」
ちなみの真耶は『あわわわ』と震えていた。今の一撃は顔さえ吹き飛ばす一撃だった。並の人間ならば首が物理的に飛んでいたであろう。
どう考えればいいのだろう。
それほどの拳を繰り出す千冬を化け物と言うべきなのか、その拳を口の中が少し切れるだけで済んだ事で化け物と言うべきか。
彼女はただ、『あわわ』とせざるを得なかった。
「それで、篠ノ之。背中に背負っているのは何だ?」
「簪です」
「なに?」
よく見ればそこにいたのは奇妙なヘルメットを被った更識簪であった。
「なんでも、VR空間で一夏のサポートをしているとか」
『YES,アイマム! って、織斑君!? ビームが来るわ!?』
急にモニターが空中に投映され、少し雰囲気がいつもと違う簪が挨拶をする。だが、どうやら現在進行形で一夏のサポートをしているらしく、一夏へ指示を出しながら会話をしていた。
「では、簪をしばらくお願いします」
そう言うと、箒はそっとモニター席に座らせる。観客席で一夏のサポートを続けるよりもここに連れて来た方が安全だと箒は感じたのだ。
『ありがとう、箒ちゃん。本音!!』
「あいさ~!!」
『私のヘルメットにモニターコードを繋いで!』
VR空間内で簪は一夏のサポートを続けながら、いつの間にか潜入していた本音に対して指示を出す。
『そんな訳で織斑先生、織斑君のサポートは私に任せて下さい。伊達に一週間付きっきりじゃなかったもので♪』
「(うわぁ。更識さん、なんて命知らずな……)」
「ふん、いいだろ。どのみち通信科の生徒はこの場にいない。お前に任せよう」
どのみち、千冬は突入部隊への指示、政府への連絡、その他諸々をこの場で取り仕切らなくてはならない。今の彼女に一夏のサポートをする事は叶わず、また以前の様に素人同然の箒にさせるわけにもいかなかった。
「ただし、下手な事はするな」
『勿論。彼には責任をとって貰わないといけないので♪』
私の心を奪った責任をね♪ 彼女はあえて誤解されそうな発言をすると一夏のサポートを続けつつも、モニター室から流れてくる情報を集めていた。
「(ここは、もう良いな……)」
箒は、簪の様子を確認すると扉へと走っていく。
「では、私は失礼します」
「待て、どこに行く篠ノ之」
そんな箒を千冬は呼び止める。しかし、箒はまっすぐな目線で千冬に言うのであった。
「私に出来る事をしに」
「……そうか。無茶だけはするなよ」
「はい!」
千冬には箒が今なそうとする事が何となく分かった。本来ならば止めるべきなのだろう。
しかし、彼女の目を見てそれは出来なかった。
その眼はあまりに真っ直ぐ過ぎたのだ。IS学園入学時の彼女とは全く違う眼であった。
勿論、千冬からして見ればまだまだだが、所謂一皮むけた状態と言った所か。
「(オルコットといい、篠ノ之といい、一夏の奴に少しでも関わるとと大なり小なり成長するものだな)」
セシリアならば、経験からの驕り。箒ならば、視野の狭さ。そして、千冬は知りえないが簪なら、自身の自信。
その事に千冬は考える。まるで一夏が教師みたいではないかと。
そして、そこから今の一夏を素直に認めたくない理由が分かってしまった。
「(ふ、そうか。私は―――)」
いつの間にか、誰かを護り、導く立場になりつつある一夏が嫌なのだ。
2年以上眠っていた癖に、勝手に姉の手から離れかけている弟に腹が立って。そして、寂しいのだ。
『チャージ5段階のビームは斬らないでよ、織斑君!!』
「いや、そう言われてもな!? 段階とか分からないし」
『そこら辺の指示は私が出すから!! ほら、次は避ける!!』
「お、おう!!」
一夏は、簪のサポートのもと、戦いを続けていた。今までのIS戦はあくまで競技であった。だが、目の前の敵は違う。
明らかに競技規定以上の出力を持った機体であった。一夏は、どの攻撃なら今の自分でも斬る事ができるか、或は避けるべきかの判断が付かなかったが簪のサポートで戦う事ができていた。
確かに、零落白夜の能力はどんなビーム兵器も斬り裂くが、エネルギー消費も大きいため常時する事が出来ない。簪のサポートは今の一夏には必須であったのだ。
「鈴!」
「分かってるわよ!!」
無論、鈴との連携も忘れていない。意外な事に、鈴は一夏を主軸に戦っていたのだ。
それは、無意識的なものであった。
今までずっと一人で訓練を続けてきた鈴と、SAOを通じて誰かと一緒になって戦う事を無意識に考えている一夏。
例えゲームの中といえど、誰かと協力して戦う意識を一夏は得る事ができていた、だからこそ鈴は、無意識に連携プレイは一夏を主軸にするべきだと感じていたのだ。
これは一夏にとって不幸中の幸いとも言えた。下手に反発されるよりずっと良い。
「くそっ!!」
しかし、一夏の攻撃は繊細さに欠けていた。当然だ、相手がISという事は操縦者がいるという事に他ならない。
SAOだって死ぬ覚悟が必要な戦いは幾つもあった、だが殺す覚悟を持って戦ったことは一回たりとも一夏にはありはしなかったのだ。
(……残念ながら、覚悟がなかったとして――してしまった事がないと言う訳ではないが)
「(それに、現実にシールドエネルギー残量はあっても生身の人間にHPバーなんてあるわけもない!)」
そして、二つ目の理由は加減が分からないという事。SAOでは、HPバーが0にならなければ、それで良かった。だが、現実ではそうはいかない。相手の死の基準も分からなければ、大怪我をさせない保障もない。
緊急時に何を甘い事を、と考える人間もいるかもしれないが、人間割り切るにはそれなりの時間、もしくはきっかけが必要であり、一夏にはそのどちらもなかったのだ。
「(だけど、なんだ。この違和感)」
しかし、一夏には奇妙な違和感があった。まるで、こう言って手合いに馴れているような感覚だ。
「そうだ、コイツ……」
『動きが、ルーチン臭いわね』
早い話が、所々に動きの重複が見られるのだ。これは、ルーチンで動くモンスターを相手に2年以上戦ってきた彼らだからこそ分かる、経験であった。
「まさか……」
『無人機、なのかしら?』
「はぁ!? ありえないでしょう!?」
その考えに、鈴が否定する。そう、ISは操縦者……それも女性がいて初めて動く機体だ。勿論コンピュータ制御も起動実験の際に行われるが、ここまで繊細な動きを指せるのは不可能だ。
そう、だからこそ今の世の中になったのだから。
「ま、試してみるか。鈴!」
「ったく、分かったわよ!」
一夏の合図で二人は同時に、左右に別れ敵機へと突っ込んで行く。左から鈴、右から一夏だ。
ほぼ同時の攻撃に対して、敵機は両手を広げ手の甲についている銃口を左右に向け発射しようとする。
「させないわよ!!」
だが、鈴が青竜刀を敵目掛けて思いっきり投げる!
《―――――――!!!!》
その予測外の動きに一瞬敵は固まったが、すぐに上空へと飛んで逃げる。だが、初めての動きだったのか若干動きが鈍く、その隙は―――。
「いくぞっ!!」
一夏には十分すぎた。彼の剣は敵の右肩を的確に狙い……。
「―――ッ!?」
何とか肩を上半分斬る事に成功したのであった。切断までは至っていなかったのだ。
「(しくった!?)」
内心、一夏は己のミスを呪う。そのミスの原因は初撃のレーザーにあった。
単純にその時の痛みが今になって出てきたのだ。彼は確かにデスゲームの中で死の恐怖と隣り合わせの中戦う覚悟を身に着けていた。
しかし、現実での痛みを伴う戦いにまだ慣れていなかったのだ。
「くそ、肝心な時に!」
『反省は後よ。それよりも、決定的ね』
「そうね。にわかには信じられないけど」
もし仮に操縦者がいた場合、今の一撃は明らかに操縦者の肩を露出させてもおかしくはなかった。だが、切断面には機械こそ詰まっているが、操縦者がいる様子は確認できていなかった。
「で? 無人機ってわかったからってなんなの?」
しかし、問題はそこだ。相手を殺してしまう危険性がなくなったとはいえ、敵の機体の性能は競技目的の物とは明らかに違う。
確かに、各ISはそれぞれ安全のために競技規定のリミッターが付いているが、それを外したからと言って競技目的のISでは圧倒的に有利となる事もないはずだ。
通常の武器ならであるが。
「そうでもないさ。雪片の……零落白夜の制限を突破できる」
『そう。バリアを貫き、絶対防御すら切り裂く真の力が……ね』
白式の単一仕様能力、零落白夜。シールドを切り裂き、絶対防御を強制発動させる事で敵の稼働時間を減らすもの。しかしこれは競技用の力にすぎない。
本来の力は、敵本体をも切り裂く超攻撃力なのだ。
「まぁ、問題があるとすれば……」
《■■■■■――――――ッ!!!!》
「ちょっと、来るわよ!?」
そんな時だ。まるで雄たけびを起こすかのように機械音を発しながら敵機は二人目掛けて突っ込んできた。
「―――ッ!?」
「正面から受けるな、鈴!!」
まず狙われたのは鈴だ。彼女目掛けて強烈な突きが飛んできた!!
「きゃぁあ!!?」
先ほどの攻防で武器を無くした鈴は自身の手甲で受け流そうとする。しかし、それは失策であった。受け流す事が出来ないほどの強力な一撃により、彼女は地面へと叩きつけられれる。
「鈴!? やろぉっ!!」
すかさず一夏も攻撃を繰り出す。しかし、その攻撃はあっさりと回避される。
「ッ!? コイツ―――!?」
『学習している!? 明らかに動きが……って、織斑君、避けて!?』
「しまッ!? ぐうう!!?」
一夏もまた、強烈な突きに吹き飛ばされてしまう。何とか合流を果たす二人だが状況は芳しくなかった。
「ちょっと!? 無敵の零落白夜はどうしたのよ!?」
「無茶言うなよ。攻撃反応速度が今までと段違いなんだ!」
『それに、白式のエネルギー残量からして零落白夜発動時間も長くは続かないわ。確実に決めれるタイミングが欲しいわ』
「もう! 結局振出しに戻ってるじゃない!!」
元より、白式は短期決戦仕様のISだ。時間をかければどんどん可能性がなくなっていくのも仕方なかった。
『策はあるけど、ちょっと隙が大きいのよねぇ。それも二人の協力プレイだしねぇ……』
「じゃぁ無理じゃない。こっちから何かアクションを起こせば向こうは反応するわよ!?」
実際に、そうこういっている内に向こうは右手をこちらへと出し手の甲にある銃口を向け始めていた。
「何とか時間を稼ぐ方法は……「では、その時間。ワタクシ達で作って差し上げましょう!」……この声は!?」
「まさか!?」
次の瞬間、何かが一夏達の頭上を通過して、無人機の腕を撃ちぬいた!
「『セシリア(ちゃん)!!?』」
その何かは、セシリアのビットであった。
「辛うじて残ったブルーティアーズ1機ですが、お役に立てて光栄ですわ」
『1機ってまさか、セシリアちゃん』
「えぇ。以前簪さんがおっしゃっていた、フルチャージ状態のビットを爆発させる戦術を使ってシールドに穴を開けさせてもらいましたわ」
以前簪はセシリアにある事を思いついて話した事があった。それはブルーティアーズに極限までエネルギーを溜め撃ち抜き爆発させる戦法だ。
必然的に、それを行った場合ビットは壊れてしまう上、そもそも威力が高すぎるため、競技規定に反するため普通は使えないのだが、セシリアは遮断シールドを突破するために1つのビットを残し実行したようだ。
『呆れた。ただでさえ、織斑君との試合で幾つか駄目にしてるのに……。本国に怒られても知らないわよ』
「ご心配なく、IS学園に借りを作るという理由があれば国も煩くは言わないでしょう」
「け、けど。いくらセシリアでもビットなしに一人でアイツの相手は……」
そう、今のセシリアはビットが一つしかない状態だ。特殊兵装もなしに、ましてや接近戦はナイフ一本しかない彼女では一人で無人機の相手はつらいはずだ。
更に言うのであれば、シールド突破のためにエネルギーも多く使用しているため高威力のレーザーは撃てず、本当に時間稼ぎの低出力の攻撃しか出せないのだ。下手をしたら、時間稼ぎすら難しい。
そう、一人ならば。
「ならば、2人ならばどうだ?」
「な!? 箒!?」
そこには学園に配備されている打鉄を装着した箒の姿そこにあった。
「馬鹿!? 量産機程度で何考えているの!?」
「ふん、確かに私一人ならば無謀かもしれない。だが、私達は一人じゃない」
「えぇ。そしてそれを教えてくれたのは一夏さんですわ」
その二人の強い言葉に、一夏はじっと考える。
「信じていいんだな」
「ちょっと、一夏!?」
一夏のその言葉に、鈴は驚愕する。
「無論でしてよ」
「あぁ、時間稼ぎは任せろ!!」
その言葉とともに、二人は無人機へと突っ込んで行く。
「ちょっと、本当にいいわけ!?」
鈴の疑問は尤もだ。セシリアは特殊兵装を失った状態で、箒に至っては学園配備の機体を使用している始末だ。
「今は信じるさ、二人を。それにな、鈴……」
「な、なによ?」
「仲間を信じる事が、戦いに勝つことに繋がるんだぜ?」
「い、一夏」
その言葉に、鈴は再び彼の成長を感じらずにはいられなかった。しかし、何度も見せつけられた所為か、今度は不思議と苛立ちは感じられなかった。
諦めにも似た感じ……いや、むしろ……。
「簪!! 指示を頼む!!」
「ッ!?」
だが、そこで鈴の意識は現実へと引き戻される。
『勿論。時間もないしね』
「……で、結局私達は何をすればいいの?」
『ん~、じゃぁ聞きにくい事を聞くわよ? それじゃぁ、織斑君?』
「なんだ?」
『織斑君って、M?』
「「は?」」
この状況下で可笑しな事を言う簪に二人は思わず声を揃えてポカンとしたのであった。
……ふざけろよ。
ふざけろよ、ふざけろよ、ふざけろよ。
誰だよ、束さんのおもちゃのプログラムを弄った馬鹿!!
はいはい、もー分かってるよ。どうせお前なんだろ?
分かってるんだよ、ムカつく!!
いっくんにちょっかい出したいだけなんだろうけど、余計な事すんなよ!
消してやる、お前なんて消してやるからな!!
クソかやb…………。
「え? なに、このメッセージ? こわッ!?」
会長。間違いメールにビビる。