織斑一夏はSAO生還者   作:明月誠

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現在絶賛放送中のマザーズ・ロザリオ編に関係のある様な、無い様なお話。
アクセルワールドは正直しっかり見ていなかったので、どこまであってるか分からないですが、楽しんでいただけたら幸いです。

まぁ、殆どキリトvsシルバークロウの焼き回しですが……(笑)


番外編②・ユウキに起きた奇妙な出来事

ある教室で一人の少女が、机の上で『くー』と可愛らしい寝息をかきながら眠っていた。

 

「もし、もし……」

 

そんな少女に一人の銀髪の女性が、軽く揺さぶりながら起こそうとしていた。その女性は不思議な人であった。両目を瞑っていながら、少女の場所がはっきりと分かっているようだ。

 

「ユウキさん?」

「ひゃわい!?」

 

可愛らしく寝ていた彼女であったが、名前を呼ばれた瞬間ビクリと体を震わせて起きた。

一瞬、寝起きで現状の思考が追いつかなかったが、目の前の女性を見てサッと顔を青ざめた。

 

「ク、クーちゃん先生……?」

「はい。あなたの担任のクロエ・クロニクルですよ」

 

そこでようやく彼女は今の現状に気が付いた。

 

「あ、あの!? ち、違うんですよ!? ちょっと帰りのHR中に眠たくなったといいますか、春の陽気に当てられたといいますか!!?」

 

「ふふ、心配しなくても今日はさしあたって特記事項もありませんでしたから」

 

だから、もう帰って良いと言われた。その事に彼女は、ユウキはほっとした。

物静かな担任であったが、彼女には逆らえない何かを何故か感じているのが、クラスの総意だったりする。

 

「そ、それじゃ! ボク、これで失礼します。先生、また明日……」

 

とは言え、途中で居眠りした事実は変わらないので気まずく感じているのか、急いで彼女は教室を出ようとする。

 

「あ、待ってくださいユウキさん」

「へ?」

 

だが、急に呼び止められ彼女の動きは止まった。

 

「1週間前に出した課題、今日が提出日ですよ? ちゃんと出してから帰宅してくださいね?」

「……へ?」

 

彼女の顔が青くなるのは、本日二度目であった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、どうしてこんな事に~」

 

結論から言えば、彼女はすっぱりと課題の存在を忘れていたのだ。

あの後、ユウキは頑張った(言い訳を)。

家に忘れてきた、と言い張った彼女であったがクロエは『7時までは残っていますから、自宅に取りに行ってくださいね? 皆さん、提出済みですから』と言われてぐうの言葉も出すことができなかったのだ。

そんな訳で彼女は今、学校の図書室にて頭を抱えていた。初日に少し手を付けた程度で、殆ど課題は終わってないからだ。

 

「うぅ、こうなったら仕方なぁ……」

 

しかし、彼女には1週間分の課題を現実世界において数分で終わらせる秘策があった。

 

「(本当は、こういう目的で使うの嫌なんだけどなぁ……)」

 

彼女は意識を集中させる。そして、小声で呟いた。

 

「バースト・リンク」

 

その瞬間、世界が止まった。正確には、彼女の思考が現実の1000倍になっているのだ。当然、体は動かないのだがアバターを使用した仮想世界……否、加速世界ならば話は別だ。

 

「よっと!」

 

止まった世界に、彼女に良く似た妖精が現れた。その妖精こそが、ユウキのアバターであった。

 

「ふふ~ん。インストールしていて良かった、ブレイン・バースト♪」

 

この加速世界は誰しもが入れる場所ではない。ブレイン・バーストと呼ばれるソフトがニューロリンカーにインストールされた者にのみ許された世界である。

ニューロリンカーはナーヴギアの数世代先の機器である。この存在によって人々は、仮想と現実の壁をさらに低くしていた。

 

「さ~て、課題、課題っと」

 

そう言いながら、電子化された課題をこなしていくユウキ。

因みに、この空間は初期加速空間(ブルーワールド)と呼ばれる、自身の視覚内でアバターを動かせる場所であった。

これで、時間の心配はなくなった。問題があるとすれば……。

 

「うへぇ、やっぱり多いよぉ……」

 

一週間分の課題をしなくてはならない彼女の精神が耐えられるかどうかであった。

 

「うぅ……。ボクのばかぁ。なんで忘れてたのかなぁ?」

 

今更嘆いたところで、現実は変わらない。しかし、どうしても愚痴らなくてはやってられなかった。

そんな時だ、視界に何かが映ったのは。

 

「……?」

 

不審に思い、彼女は顔を上げた。そこには……。

 

「なに、あれ?」

 

人の形をした白い靄がユラユラと揺れていた。その存在が何なのか分からず、首を傾げる。しかし、ある考えに至り彼女は再び顔を青くした。

 

「ゆ、幽霊だったりして~」

 

ブレイン・バーストはバースト・ポイントと言う物があり、何をするにしてもこのポイントが重要になってくる。そして、ポイントを全損すれば、ブレイン・バーストは強制的にアンインストールされる。

さらに言うのであれば、全損したプレイヤーはブレイン・バーストでの記憶をすべて失うという話さえある。

そして、さらにユウキはこんな話を聞いた事がある。

『消えた記憶は加速世界に残留して、幽霊のようにさまよい続ける』と。

 

「(あわわ!? ど、どうしよう!!?)」

 

すでにこの瞬間、彼女はパニック状態に陥っていた。急いで加速世界から脱しようとするが、課題という壁が彼女を踏みとどまらせていた。

 

「(うぅ、でも課題……って、うわ!? こっちに近づいてくる!!?)」

 

ユラユラと何かはこっちに来る。そこでふと、ある可能性に気付く。

 

「(いや、でも! もしかしたら同じバーストリンカーかもしれないし!?)」

 

そう考えながら、彼女は近くの対戦相手を探すマッチングリストを開く。そこには、自分と同じ学校のバーストリンカーの他にパッと見、見覚えのない名前を見つけた。

 

「(ビンゴ、あった!……だけど、なんか変だな?)」

 

だが、そのネームは奇妙な事に若干ノイズが入ったように見えにくかった。そのような表記の状態は初めてのため、彼女は内心首を傾げた。

 

「(えぇっと、チ、ナ…ツっ!? に、兄ちゃん!!?)」

 

だが、その名前を読み上げて彼女は驚愕した。それは自分の大好きな兄の名だったからだ。だが、それはあり得ない。兄も、彼女と同様のバーストリンカーだが、兄のアバター名は『ホワイト・ブレード』だったはずだからだ。

 

「(さては、ボクの知らないシステムで悪戯してるんだな!?)」

 

だが、彼女はそう言った結論にたどり着き、意を決して対戦を申し込む。

 

「デュエルだ!!」

 

その瞬間、彼女の世界が再度変わった。荒廃した街並み、大崩壊でも迎えたようなステージへと。そして、彼女の姿も変わる。女性的ながらも紫色のメタリックなボディ、そして頭部からは長い髪……正確にはそのような物があった。

そして、その右手には一本の細い剣が握られていた。

加速世界でも、美しさベスト10に入ると言われる『パープル・オーキッド』である。

 

「さぁ、来い! 兄ちゃん!!」

 

だが、現れたその相手に彼女は驚きを隠しきれなかった。

 

「えぇ!!?」

 

そこに現れたのは、白い鎧を纏った生身の人間。そんなアバター、今までブレイン・バーストの中では一度たりとも見た事がなかった。

もっとも、そう言った姿でブレイン・バースト内に入る事は出来なくもないが、少なくとも彼女は見た事も、聞いた事もなかった。そもそも、現実の世界の姿を知られるのはリスクが高い。

 

「に、兄ちゃん!? そ、それどうやって……」

 

だが、途中まで言いかけて彼女はある事に気が付いた。

 

「(違う……)」

 

確かに目の前の男は、自分の兄に恐ろしいくらい似ている。だけど、違う。大好きな兄の姿を見間違えるはずがなかった。

 

「君、誰? どうして、ボクの兄ちゃんに似ているの!?」

 

だが、目の前の男は戸惑った表情を浮かべながら、腰にあった剣を抜き不思議そうにぶんぶんと振るだけであった。

 

「馬鹿にして!」

 

だが、その姿は自分を見ていない。そう感じた彼女は手にある剣を構え、思いっきり加速して彼へと斬りかかる。

その姿にようやく目の前の男も反応を見せるが、もう遅い。

 

「やぁ!!」

 

その筈だった。

 

「ッ!!?」

 

ガキン、という音と共に彼女の手に衝撃が走った。弾かれたのだ。絶対に決まったと思ったこのタイミングで。

 

「(今のに反応した!?)」

 

そして。続けざまに目の前の男、チナツの剣が彼女の腹部目掛けて突き刺さってくる。

 

「ッ!?」

 

辛うじて避けるが、なびく髪の毛(正確にはそれに似たもの)が何本か切り裂かれてしまった。

 

「この! 女の子の髪を!!」

 

その怒りをぶつけるかのように、彼女は二撃三撃と連続して攻撃を繰り出す。だが、その全てをその男は剣で弾いてみせていた。

 

「(この人、強い!!)」

 

未だに、一撃のクリーンヒットを入れきれていないこの状況に、彼女は確信する。チナツなるプレイヤーは自分よりもずっと強い存在だと。

 

「(だけど、必殺ゲージはだいぶ溜まった!!)」

 

彼女は、それを確認すると自身のアビリティを発動させながら再度攻撃を繰り出す!

再び、その剣は弾かれそうになるが、今の彼女にはそれをスローモーションで感じていた。

 

「見える!!」

 

彼女はそのぶつかりそうになった剣を、避けながらチナツの懐に潜り込む。

 

「この至近距離なら!!」

 

強烈な突き。その一撃でチナツは一気に吹き飛ばされ、近くの壁へと激突した。

 

「よし!!」

 

今のでチナツのHPバーはかなり減少した。

彼女のアビリティは他のプレイヤーのように『飛行』『幻視』等と言った派手なものではない。『超感覚』自分の感覚が極限までに研ぎ澄まされ、周りがどう動くのかを瞬時に感じる事ができる能力。

感じるだけなのだ。だからこそ、彼女は加速世界でも、現実世界でも剣技を身につけ、強くなる努力をしてきた。彼女が目指すのは”父”と同じ『絶剣』の二文字だ。

 

「さて、これで流れはボクに傾いたよね?」

 

立ち上る砂煙の中、彼女は身構える。それでも、未だに油断できない状況であろうと感じていたからだ。

そして、その予感は的中した。

 

「ッ! 来た!!」

 

舞っていた砂埃を吹き飛ばすほどの速さで、チナツが突進してきた。彼女は咄嗟に『超感覚』を発動させ、その剣を受け止めた。

 

「(コレがなかったら、今頃首が飛んでた!?)」

 

その一撃はあまりにも速かった。もし、超感覚がなければきっと受け止める事ができず、首が吹っ飛ぶ一撃敗北を迎えていたであろう。

そして、今まで逆にパープル・オーキッドが押される番であった。流れが自分に向いたなどは幻想であると感じてしまった瞬間だ。

今までのは、勝負でも何でもなかったのだ。一方的に自分が攻撃をして、それをいなされただけ。だが、一撃が入ってしまった事により相手が本気で自分を倒そうとしているのだ。

 

「(くぅ!! アビリティ発動ばっかりで、ゲージが溜まらない……)」

 

彼女のアビリティは必殺技ゲージを継続消費するものであった。それはつまり、必殺技を放つための物を消費するという事。そのため、起死回生の必殺技を放とうにも放つ事ができない状況であった。

 

「(って言うか、一撃一撃が重過ぎる!? なんでこんなに早いのに、大型武器並の衝撃なの!?)」

 

さらに言うのであれば、チナツの攻撃は一撃一撃が重かった。まるで大型アックスの攻撃で設けているような感覚だ。

 

「……ん?」

 

だが、そこである事に彼女は気付いた。チナツのHPバーが攻撃を受けてもいないのに減っている事に。さらには必殺技ゲージも減っている。その事から彼女はある結論に辿り着いた。

 

「(そうか、きっとこれはこの人のアビリティ!!)」

 

HPを犠牲に超攻撃力を得る。それが目の前の男の能力。その事に気が付いた彼女は一度距離を取り、超感覚の能力を外す。

すでに彼のHPは半分を切っていた。きっとそろそろ能力に頼らず、必殺技を使うために温存するであろうと考えての事であった。

そして、その予感は的中した。相変わらずの早い一撃で、彼女は何度か攻撃をくらう。だが、今までほどに重くは感じなかった。

そして、彼女も負けていない。カウンター交じりの切り返しで攻撃を繰り出していた。

互いのHPが減る中、それぞれは最後の一撃のために力を温存し始めていた。そして、その時は来た。

 

「きっと、向こうも必殺技を使ってくる……」

 

でも、それでもと彼女は考える。勝ちたいと。自分よりもはるかに強いであろう男に。

 

「ボクは、勝つ!!」

 

その瞬間、彼女の剣が光を放つ。必殺技を放つ時に発せられるライトエフェクトだ。

同時に、チナツの剣も光を放っていた。

 

「行くぞ!!」

 

チナツ目掛けて、神速ともいえるスピードで走り出すパープル・オーキッド。そして、彼もまた彼女目掛けて走り出していた。

 

「ボクの最強の剣技! マザーズ・ロザリオ!!」

 

神速で放たれるその連撃に対し彼もまた彼女への連撃を繰り出す。互いに自身の攻撃に躊躇することなく斬り合う二人。そして、最後の一撃が同時に放たれようとしていた。

 

「うぉおおおお!!」

 

この一撃に勝つことができれば、自分の勝ち。だからこそ、彼女は渾身の力で最後の一撃を繰り出そうとしてた。

激しい金属音の後、両者の剣が吹き飛んだ。その結果に、苦い顔をした。

 

「(相、打ち……いや、違う!!?)」

 

その時だ、彼女は見た。いつの間にか彼の左手に二本目の剣が携えられている事に!!

 

「二刀流? ここで!!?」

 

迫りくる刃。彼女は内心敗北を覚悟した。

が……。

 

「はぁ!?」

 

その剣は、自分をすり抜け、さらにはチナツはすぅっと姿を薄くしていった。

 

『強いな、お前。またいつか戦おうぜ』

 

今まで一度も声を発しなかった彼は、最後の最後でそんな事を言いながら姿を消していった。その場に残ったのは、彼女一人と≪回線切断≫の文字だけであった。

 

「……結局、なんなのさ……」

 

 

 

 

 

 

「くっくっく! で? 対戦相手は幽霊だったと?」

「わ、笑いごとじゃなかったんだからね!? すっごく怖かったんだから!?」

 

いくらほぼ敗北が確定した勝負であっても最後までする事ができず、彼女は不完全燃焼を感じていた。すぐさま再びマッチングリストを開き再度デュエルを申し込もうとしたが、それは適わなかった。

僅か数秒だ。数秒で彼の名はマッチングリストから消えていたのだ。それはあり得ないはずだった。何故ならその数秒とはあくまで加速世界での話だ。現実ならばその数秒でマッチングリストに乗る範囲外に行く事も可能かもしれないが、違うのだ。

その事から、彼女は再び考えた。兄に良く似た幽霊なのではないのかと。

怯えた彼女は神速で課題を終わらせ、急いで帰宅して兄にしがみついた。目を白黒した兄・千夏であったが、理由を聞くと笑いが止まらなかった。

 

「まぁ、ぶっちゃけた話、加速世界で別のアバターを使う方法もない事もないから、別にあり得ない話じゃないのかもな」

「え? そうなの?」

「あぁ。俺も話を聞いただけだから実際に見た事はないけどな」

 

彼の名は千夏。先ほどユウキが対戦した相手と同じ名をしている少年であった。さらに言うのであれば、彼はユウキにブレイン・バーストをコピーインストールした『親』でもあった。

ブレイン・バーストはコピーでしかインストールすることができず、それ故にコピーをした、されたの関係は『親』と『子』で表されているのだ。

 

「で? 他に情報は?」

「ん~、レベルも未表示だったし……、やたら兄ちゃんに似てたけど、本当に知らないの?」

「あぁ、心当たりはないな」

「えぇ~。もし幽霊でなくても、それはそれで問題なような……」

「ただの他人の空似かもしれないだろ?」

「そうだけど~」

 

兄のその言葉に、納得ができずブツブツと言うユウキ。そんな彼女を尻目に、彼は机の上に料理を置く。

 

「ほら、晩飯だぞ。今日は父さんも、母さんも帰ってこないから、俺が作ったのだけどな」

「わ~い、兄ちゃんの御飯大好き~!!」

「はいはい」

 

しかし、ご飯と聞いた瞬間彼女の悩みは吹っ飛んだのであった。食い意地の張ったユウキちゃんとは彼女の事である。

千夏はBGM代わりにテレビをつける。調度IS特集として今までのモンド・グロッソでの数々の名勝負が映し出されていた。

 

「ねぇ、兄ちゃん?」

「ん?」

 

進む食事の中、彼女は今回の件とは別に聞きたい事があったのをIS番組を見ながら思い出し、兄に尋ねた。

 

「本当に、IS学園に行くの」

「……あぁ」

「やっぱり、女の子だらけの場所が良いんだ」

「ちげぇよ」

「どうだかー」

「兄を馬鹿にするとはいい度胸だ」

 

そう言いながら、彼は出してあったユウキのご飯を下げるような素振りを見せる。

 

「わ~!? 嘘嘘!」

「ったく」

 

急いで謝るユウキを見て満足したのか、千夏はその伸ばした手をひっこめた。

 

「けど、だからって……」

 

それでも、ユウキは何か納得のいかない顔で小さくある事を言う。

 

「ブレイン・バーストを止める事ないじゃん……」

「別に止めるわけじゃないっつの。ただ控えるだけだ」

「一緒だよぉ」

 

今まではほぼ毎日彼らはブレイン・バーストをプレイしていた。だが、今となっては一緒にプレイしているのは一週間に2、3回のみとなっていた。

ユウキは怖いのだ。このままプレイ回数が減っていき、彼が本当に引退してしまわないのか心配してしまっているのだ。

 

「千冬伯母さんも言ってたじゃんか。昔と違って無理に入学する必要はないって」

 

ISは通常女性にしか、もっと言うのならその中でも適正のある者にしか扱えない。だが、彼は偶然にも扱えることが発覚した。これが、唯一の例外であったのなら話は別だった。

だが、彼は唯一の例外ではなく、二つ目の例外であった。無論、ある程度の自己防衛手段を持たなくてはいけないが、かつての例外とは違って無理にIS学園に入学しなくてもいいとお達しが来ていた。

だが、それでも彼はIS学園への入学を希望していた。

 

「加速世界は、俺の始まりの場所だ」

 

彼はぽつりと、その言葉を呟いた。

 

「いろんな奴と戦った。だけど、いつもどこか物足りなかった」

 

彼は古参のバーストリンカーとして様々な相手と戦った。流石にレベル9の王達と戦う事はなかったが、それでもレベル6でありながら、レベル7、8と上位の相手にも一歩も引かない戦いを繰り広げてた。

それでも、どこかいつも物足りない何かを感じていた。彼は、それは王との戦いを切望しているためと思っていた。

だが、あの日ISを動かしてしまったあの日、空を飛んだあの日、彼は感じたのだ。

この空で、モンド・グロッソ三連覇の覇者”絶剣”を討ち果たしたいと。

 

「だから俺は、もっとISを学ばなくちゃいけない。勝ちたいんだ」

「兄ちゃんは、見つけたんだね。目標を……」

 

兄のそのまっすぐな言葉に、彼女は否定する言葉が見つからなかった。むしろ、そんな彼の姿を見たら応援したくなる気持ちになってしまっていた。

 

「む~、けどボクだっていつか兄ちゃんに勝ちたいって思ってるんだからね! 負けた時、ISを理由に絶対しないでよ」

「ば~か。お前がいくら鍛えても俺には勝てねぇよ」

「なんだとー!!」

 

そう言われムキになるユウキを見て、千夏は楽しそうに笑っていた。

 

「あ、そうだ。さっき電話があったけど、今度の休みに明日奈おばさんが来るみたいだぞ?」

「うぇ!? 明日奈おばさん!?」

「なんだよその反応。明日奈おばさん、悲しむぞ」

 

ユウキは何とも言えない微妙な顔をしながら、唸るような声を上げる。

 

「う~ん。あの人苦手なんだよねぇ……。あ、もちろん大好きだよ? 手作りの美味しいお菓子いつも持ってきてくれるし」

「お菓子が基準かよ」

 

ユウキは明日奈が苦手であった。子供の事からよく構ってくれていたが、彼女が成長するにつれ、その構いたがりはどんどん増していた。

 

もっとも、本人が言うには『苦手であって嫌いではない、むしろ大好き』との事であった。

「だって、おばさん。隙を見ては僕との養子縁組を進めようとするんだもん。ボク、他所の家の子になる気はないのにぃ……」

「はは、おばさんなりの冗談だろ?」

「(いや、半分本気だと思う!!)」

 

しかし、千夏は明日奈がなぜそんな行動をするのか心当たりがあった。もっと幼かった頃、家族ぐるみで遊園地に行った時の話だ。

疲れて息切れしている明日奈を振り回して楽しそうにはしゃぐユウキ。そんな彼女を見て、兄としては子供ながら申し訳なく感じていた。ベンチで一休みしている明日奈に謝罪をしようと近寄った時。彼は聞いたのだ。

 

『ユウキは元気いっぱいだなぁ。それにしても、そっくり。まるで本当に生まれ変わりみたい……』

 

そう言って、一粒の涙を流していた明日菜を今でも覚えている。

きっと明日奈は今ではもう会えない誰かとユウキを重ねているのであろう。彼はそう思っていた。

 

「はぁ。それにしても、結局今日ボクが戦った人って誰だったのだろう……」

「おいおい、まだ悩んでたのか?」

「う~ん。どっかで見た事があったはずなんだけ……あぁあ!!!?」

 

だが、そこまで言いかけると急にユウキは大きな声を上げた。

 

「ど、どうしたんだよ?」

「この人、この人だよ!! 間違いないよ!!」

 

そう言い、ユウキはテレビに映った男性のIS操縦者を指さした。モンド・グロッソ三連覇の覇者”絶剣”を。

それはつまり……。

 

「って、お父さんじゃーん!!」

「何一人でノリツッコミしてんだよ」

 

彼らの父親であり、千夏が現れるまでの唯一の例外であった男、織斑一夏の姿であった。

 

「はぁ、じゃあ何か? 父さんが今日の対戦相手だったってのか? あり得ないだろ?」

「う、うん。そうだよね」

 

ブレイン・バーストをインストールする幾つかの条件には、生誕後まもなくからニューロリンカーを使用している事がある。父の世代はVR技術が発達したばかりの仮想世界の黎明期である。

当然、ブレイン・バーストをプレイ出来るはずはない。勿論、可能性としてはゼロではないだろうが、少なくとも一緒の家にいながらマッチングリストを開いた際には『チナツ』の名前は乗っていなかったはずだ。

 

「う~ん、けど見れば見るほど戦い方とかそっくり……」

 

結局他人の空似という事に話は流れていったが、それでもユウキは釈然としない何かを感じていた。そんな時、電話が鳴り千夏は受話器を取った。

 

「はい、こちら織斑……あれ? 父さん?」

 

電話の相手はどうやら父であったようだ。

よくよく考えてみれば、父は母と共に海外にいる。仮にブレイン・バーストをプレイ出来たとしても、今日対戦ができているはずもない。

 

「あぁ、こっちは大丈夫。うん、うん」

 

父と言えば、昔小学生の頃にあった宿題をユウキは思い出していた。自分の名前の由来を調べるという、低学年にはよくある物であった。ユウキはそれを聞いたとき、父はあっけらかんとこう言ったのをよく覚えている。

 

『元カノとの約束だから』

 

子供ながら、ポカンと口を開けたのを今でも覚えている。家族が大好きなユウキはあわや家族崩壊の危機かと恐怖した。だが、母は……。

 

『これだけは、仕方ない』

 

と苦笑いしていた。中学生になった今でも、その言葉の真意が理解できていなかった。

けど、娘に対して元カノとか普通に発言するであろうか。

結婚して子供も中学生になった今でも、父に対して女の眼で見つめる女性達を何人も知っているユウキは何時父が重婚可能な国への移住を求めるか分からず、ハラハラしていた。

……もっとも、そう言った女性達は損得なしに千夏にもユウキにも優しくしてくれているので、満更でもなかったりするのだが。

 

「お~い、ユウキ?」

「ふえ!? な、なに!?」

「父さんがお前と変われって」

「う、うん!」

 

父に関する事を思い出していたせいか、なんとなく気まずげな表情を思い浮かべながらユウキは電話を取る。とは言え、ユウキは家族大好きッ子。すぐに嬉しそうに最近起きた出来事を話していた。

 

「うん、うん。え? お母さんに変わるの?」

 

だが、父も満足したのか次は一緒にいる母に代わると言いだした。ユウキは母も大好きなのでそれに頷いて答えた。

 

「え? ちょっと、お父さん!!?」

 

だが、最後に父に何かを言われたのか、動揺していた。

 

「あ、お母さん? お父さんは!?」

 

母に父の事を聞くが、既に部屋を逃げる様に出たとの事である。その事に、ユウキは気になるモヤモヤが広がっていた。

彼女は最後にこう言われていたのであった。

 

『どうだ? 昔の俺は強かっただろ?』

 

……と。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、結局なんだったんだろ?」

 

ここはIS学園。1年生である織斑一夏は進級を控えた時期に姉に呼ばれ、新しく設立されたシミレーションルームを訪れていた。

目的は、新たに導入された仮想世界でのIS訓練をテストするため。

もっとも、まだISシミュレーションソフトは完成していなかったため、とある科学者が作ったISコアとVR機器のハイブリットマシーンがどこまで使えるかの実験テストであったが。

どうにも、教員でも高精度の仮想空間に、さらに言うのであれば自分の精神を反映してくるマシーンの不快さに耐えきれず碌なテストもできていなかった。

そこで、SAOを経験してVR耐性のあり、なおかつ専用機持ちの一夏ならば、という話が上がりこの場に呼ばれていた。

当初の話では、マシーンを使用してダイブしても、そこにあるのはIS学園の近くを参考にして作られた浜辺であるはずだった。

だが、ダイブした彼を待っていたのはSAO時代の自分の鎧を纏った今の自分であった。しかも、ご丁寧にかつてホロウ・エリアで手に入れていた剣・雪羅まで装備しているというおまけ付きであった。

さらに言うのであれば、ダイブした先も荒廃した街並みで、更には実際のプレイヤーがいるであろう、誰かまでいた。

 

「(けど、驚いたな)」

 

とは言え、このマシーンの凄さには感心した。今までのVR機器は意志力までを拾う機能はない。だが、今回彼は何のモーションもなしに、自分の意思一つでソードスキルを発動で来ていたのだ。

そして思う。今は専用のISコアと接続された特殊VR機器でしか人の意志を拾う事は出来ないが、何れはISコア無しでも人の意思を仮想世界に繋ぐ事ができるのではないだろうかと。

何となくではあったが、今日対戦した相手はそう言った機械とつながった未来の人間なのではないか。

 

「なんてな」

 

そこまで考えて、一夏は首を振った。そんなバカみたいな話あるわけないと。以前、自分が解決した事件でも粗悪なISコアもどきと、アミュスフィアのハイブリットが出回った事があったが、今回の対戦相手はきっとそのマシーンを研究している企業の人間か何かだろう。その証拠に、互いの声が聞こえなかったと言う不具合もあった接続が完璧でなかった証だ。

そこまで考えていると、彼に強い衝撃が襲った。

 

「いっくん!!?」

「どわぁ!? た、束さん!!?」

「ふぇえ!! 良かったよぉ!! モニターが急に映んなくなって心配したんだからね~!」

「ちょ、分かったから止め……!!」

「ん~、グリグリ~」

「頭を押し付けないでくれ!!?」

 

今彼に抱き着いているのは、篠ノ之束。ISの生みの親にして、今回のマシーンの設計者であった。

 

「そこまでにしておけ、馬鹿者」

「あぁん。ちーちゃんのいけず~! もうちょっと、いっくんに抱き着きたかったのに~」

「歳の差を考えろ、この馬鹿。他の連中は認めても、お前だけは認めん」

「ぶーぶー。愛に歳の差は関係ないもん!! まぁ、流石の束さんもVRMMOで20歳差のカップルが出来たという話にはドン引きしたけどね!!」

 

彼女はこのIS学園に身分を隠しているのだが、その理由、更に言うのであれば一夏に対して求愛行動をとっているのには先ほど上がった事件が関係してくるのだが、その話はまた別の機会だ。

 

「で? 結局、なにがあったの?」

「えっと、なんて言ったらいいのかな……」

 

一夏は、何が起きたのかを話していく。自分が今回見た世界、自分が体験した出来事を。

結局、仮想世界でのIS訓練のカリキュラムはセキュリティーの兼ね合いからも次期に組み込まれる事はなかった。今後のテストを繰り返し、安全性を確立してからの導入という話で決着がついたのであった。

この後一夏は、数度にわたってテストに協力した。何となく、もう一度彼女に会ってみたかったから。

だが、結局彼女と再会するのは仮想世界では適わなかったのであった。

それでも、一夏は確信していた。いつの日か、きっとまた会える事を。

 

 

 

 

 

 

 

○キャラ紹介

 

 

・織斑夕季

織斑一夏の娘にして、バーストリンカーである少女。

名前の由来は一夏曰く『一日だけの元カノとの約束』であるという事。

元気の塊、病気とは無縁の少女。やたら明日奈に可愛がられている少女でもある。

ブレイン・バーストでのデュエルアバター名は『パープル・オーキッド』。オーキッドの語源から彼女の事を『むらさきん○ま』と馬鹿にする輩もいるが、そう言った馬鹿は”白刃”、『ホワイト・ブレード』に切り刻まれる。

IS適性も高いが、本人は興味を持ててもその道に進む気はない様子。

 

 

・織斑千夏

織斑一夏の息子にして、『パープル・オーキッド』の『親』であるバーストリンカー。

デュエルアバター名は『ホワイト・ブレード』。レベルの高い相手にも勝負を挑み、見事勝利することからそれなりに有名である。

また、例外その二の男性IS操縦者でもある。

IS技術の発展がかつてと違い、落ち着きを見せたためか彼はIS学園への入学を強制されたわけではなかった。それでも彼は現実の空に何かを見出しIS関連への道へと入っていった。

因みに、親子関係は良好。

余談だが、父と同様にフラグメーカーでもある。

 

 

・織斑一夏

モンド・グロッソ三連覇の覇者。

学生時代の白を協調したISとはうってかわって黒をベースにした『”第一世代IS”黒騎士』を愛機としている。

このカラーは、世間では姉離れの決意の表れなど言われているが真偽は定かではない。

第一世代のISのため、何の特殊能力も無く、更には発現した単一仕様能力も封印しているが、剣一本で世界の覇者にまで登り詰めた化け物。

その圧倒的な剣技から人は彼を『絶剣』と呼んだ。

現在は、IS学園で教員をしつつ、IS関連のシュミレーターへの協力にも積極的である。

 

 

・織斑■■■

織斑一夏の妻にして、千夏、夕季の母

髪は金髪……いや、黒髪、茶、銀髪であったような……。 もしかしたら、水色? いや、ピンクかもしれないぞ?

料理も上手……いや、下手だったような?

歳は年上、いや同い年? もしくは年下?

スタイルもグラマーで……いや、スレンダー?

そもそも、一人だったか?

 

あ、年の割に若々しい人である。

 

(どうやら、あらゆる可能性が混じったため、情報が混濁しているようだ)

 




……………。

どうやらこの時代には、モッピーはこのモッピーワールド(仮)からは旅立っているようだ。



……………………。


うっそぴょーん!! モッピーは皆の心の中にいつまでもいるよ!! ねぇねぇ、心配した? モッピーいなくて悲しかった!!?(ドヤ顔)

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