記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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脇役を活躍することにかけて随一な藤田和日郎先生ってやっぱスゲェわと思う今日この頃。


事ここに至ろうと、我々の辞書に諦めの文字はない

 虚圏(ウェコムンド)にもはや無事な場所など無いのではないのか。そう思わせるような事態になっているのは少女の姿をした骸骨兵が原因だろう。

 それはこの第五の塔も例外ではなかった。

 

「き、来てる! そこまで来てるってロリ!」

「わかってるってば! ていうかメノリ、とっととソイツ捨てなさいよッ」

「そうだけどさぁ……!」

 

 織姫は情けない声を上げるメノリに担がれ、骸骨兵たちに占拠された塔を脱出している最中だった。ツインテールの破面(アランカル)ーーロリは帰刃(レスレクシオン)を発動しており、中距離からなぎ払う攻撃で、なんとか骸骨兵を近づけさせないようにするのに精一杯だ。それを織姫が一瞬しか持たない盾で援護し、メノリが虚閃(セロ)で怯ませる。危うい均衡だったが、なんとか三人は入口付近まで降りてこられた。

 しかし、なぜ破面(アランカル)の少女二人と織姫が協力する流れになったのか、当事者の彼女たちにもわからない。

 

 ロリたちが第五の塔にやって来たのは、藍染が織姫を用済みと宣言したことを機に、懲りることなく織姫に再び暴行しようと思ったためだ。

 しかし織姫のいる階層に辿りついたはいいものの、どこからか現れる骸骨兵たち。

 骸骨兵はルドボーンのそれよりも強かった。むしろ戦闘が得意ではないロリたちでは一体だけでも太刀打ちできないほどに。

 

 ロリたちは骸骨兵に倒され、喰われかけていたときに織姫に助けられたのだ。

 そして忌々しいことに、また傷を癒されたりもした。

 もはや織姫をどうこうする以前に、借りを作りたくなかったのと獲物を骸骨兵に奪われたくなかった、そしてここから生きて逃げるためには織姫のチカラが必要だったという理由もあり、彼女を担いで不本意な逃避行をすることになる。

 

 幸運だったのは骸骨兵たちの目的が喰らうためであったことだろう。

 いかにロリたちが数字持ち(ヌメロス)の端くれといえど、十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)級の虚閃(セロ)を連発されていたらすでに消し炭になっている。それをしないのはやはり、できるだけ喰える状態で殺したいためだ。

 さらにはニルフィの普段は隠している嗜虐趣味までコピーされているのか、文字通りいたぶる程度の攻撃しかしてこないのが幸いしている。まあそれが彼女たちにとって幸せかどうかとしてだが。

 

「見えた、出口!」

「メノリ交代!」

 

 前方を走っていたロリが振り返りながら立ち止まり、その脇を織姫を抱えたメノリが駆け抜けていく。

 

 奇酸瀑布(ディリティリオ・ベネノ)

 

 ロリは霧状となった物質を溶かす毒を散布した。

 あくまでこれは足止めのためだ。それを突き破ってくるであろう前に逃げようとするが、突如として足を止めた骸骨兵たちの挙動に違和感を覚える。

 

「……なによ?」

 

 今更この程度の技で尻込みするような敵ではないと知っている。

 だからこそ、すぐになにか別の要因があるのではないかと警戒してしまう。

 

『――――』

 

 まるでエサに興味を失ったように、クルリと踵を返して去っていく骸骨兵たち。もしや本体(ニルフィ)と同じで虚を突いたいやらしい攻撃を仕掛けてくるのか。そう思って構えるものの、本当にロリたちを見逃したようだった。

 

「……ぁ」

 

 ドッと疲れが襲いかかってきたことで、刀剣解放を解除したロリは荒い息で肩を上下させる。

 もしこのまま障害物のない外に出れば。そしてそこで四方を囲まれていれば。……おそらく自分たちは成すすべなく喰われていたと、心のどこかで理解していたためだ。

 

「――ロリ、大丈夫なの!?」

「大丈夫じゃ……ない」

 

 心配して一人で戻ってきたメノリにぞんざいに返す。

 今日は厄日だ。

 アネットに文字通り灰にされて、そして生き返ったかと思えば今度は喰い殺される直前だった。

 それもこれもあの崩姫(プリンセッサ)と幼女に関わったのがすべての原因である。

 

「それよりアンタ、あの女は?」

「出口のそばに置いといたけど……」

「もうあんなのいいから逃げるわよ! アレに関わったら今度こそまた殺されて……それでまた生き返らされて、また殺される気がするもん! それでまた生き返らされて……ああ! いやよ、そんなの!」

「……そう、だね」

 

 ヒステリックに叫ぶロリにメノリも同意する。

 自分たちが織姫の近くで死ねば、必ず彼女はロリたちを再生させることだろう。

 死ぬというのはかなり精神にクるもので、一度ならともかく、一日に何度も生き返ることになると発狂する。そういった予感が一度生き返った少女たちにはあったのだ。

 

 いまだに恨みはあれど恐怖が打ち勝ち、やはりまともな命が惜しいと思わせた。

 話がまとまりかけたとき、二人は揃ってとある霊圧を感じとる。

 

「グリムジョー? それにドルドーニのも……かなり近いけど。そうだメノリ! あいつらの近くにいれば死ぬ確率が少なくなるわよ!」

「ど、どうだろ。ドルドーニならともかく、グリムジョーだと出会い頭に虚閃(セロ)で上半身吹き飛ばされたり、ロリは脚折られそうな気がするんだけど……」

「なにワケ分かんないこと言ってんの。藍染さまが帰ってくるまで、どんなことしてでも生き残んなきゃ……」

「……うん」

 

 自己主張の弱いメノリはとっとと前を行くロリを追いかけるしかない。

 

「……あれ?」

 

 ようやく出口を潜ると、近くに置いていた織姫の姿がなかった。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 行き場のない不安から来る胸騒ぎがしたため、走りにくい砂上を織姫が必死に駆けている。

 ほかの誰でもなく、偶然屋外にいて近くにいただけの彼女だからこそ、その戦いの一部始終を見て感じることができた。

 

「――待って!」

 

 織姫の悲痛な色に染まった叫びは、たしかに届いた。

 荒れたクレーターの中央。そこに悠然と立っている白い髪が何房も混じった髪になったいるニルフィのそばに、四人の破面(アランカル)が倒れふしていた。

 そのうちの一人である見覚えのある青年、グリムジョーの肉体の損傷は特にひどく、まるで無防備なままに機関銃の掃射でも食らったかのようだった。

 ニルフィはそんな彼の肩口に顔を近づけ、肉を()もうとしている。

 

「……ッ!」

 

 織姫は虚夜宮(ラス・ノーチェス)に連れてこられた初日、ニルフィとグリムジョーの関係はおおよそながら察している。

 あれほどグリムジョーの腕が治ったことに歓喜した少女が、いまでは彼を傷つけているのだ。

 グリムジョーだけではない。ほかの三人の破面(アランカル)もまた、ニルフィとはなんらかの好ましい関係であったはずなのに。

 

 奇獣が赤い両目をグルリと動かして織姫を見つけると、ニルフィもまた身体を織姫へと向ける。

 上げかけた悲鳴を抑えた自分を褒めたかった。

 ニルフィの瞳からは滂沱の涙が溢れている。それが口元に塗れている血を流し、首筋を伝って胸元を汚していた。それはまだいいくらいだ。グリムジョーの血を丁寧に舐め取ろうとすれば普通はこうなる。

 しかしなぜ立てるのかと思うような、不釣合いなほど大きな裂傷がニルフィの小さな体に刻まれており、それが臓腑まで見えそうな深さまで達している。痛々しいという言葉でさえ不足なほどに。

 そこで自分の傷に気づいたかのようにニルフィが能力を行使する。

 

「――――」

 

 超速再生。

 決死の覚悟、命の代償、そうして刻まれた傷が拍子抜けするほど跡形もなく消えてしまった。

 

「……あ」

 

 彼らのことはなにも知らないはずなのに、織姫は胸が締め付けられたようにビキリと痛む。

 

「ニル……ちゃん」

「――――」

 

 織姫にさして興味を示すことなく、またニルフィはグリムジョーに顔を寄せる。

 それを防いだのは半透明な逆三角形の盾だった。

 

 三天結盾(さんてんけっしゅん)

 

 ニルフィが盾に弾かれて尻餅をつく。

 そしてゆっくり、邪魔をした織姫に殺気混じりの視線が送られた。

 

 首が飛ぶビジョン。身体が破裂するビジョン。閃光で焼き殺されるビジョン。それらが幻覚となって織姫を襲うが、喉がカラカラになって喘ぐような息しかできなくなっても、ニルフィから目をそらすことだけはしなかった。

 

「……駄目、だよ。駄目だよ、そんな……そんな、辛いこと、したら」

 

 大切なものを捨てるということを理解しているからこその懇願だ。

 織姫は虚夜宮(ラス・ノーチェス)へ来るために、数多くのものを捨ててきている。友人も仲間も恋もなにもかも、だ。

 その辛さを彼女はよくわかっていた。

 それは身を引き裂かれるような痛みという表現さえ生易しい。

 

 果たして、織姫の部屋を訪れて仲間が傷つかない世界を無邪気に夢見たニルフィにそれが耐えられるだろうか?

 人形のような表情のまま涙を流している少女の痛ましい姿を見て見ぬ振りなど、織姫にはできるはずもない。

 

 盾が邪魔とばかりに奇獣が腕を振り上げる。

 ダメだ、あれ以上仲間思いの少女に冒涜的な行為をさせてはいけない。ただそう思った。

 

「――やめて!!」

 

 気付けば織姫は咄嗟にグリムジョーとニルフィの間に身体をすべり込ませ、両手を広げて青髪の青年を守るように立ちふさがった。

 落とされる拳。

 再び発現した盾など木っ端のように砕け、織姫ごとグリムジョーは叩き潰されてしまう、それだけ力のある攻撃。

 盾が割れた音を聴く瞬間、情けなくも織姫はギュッと目をつむってしまった。

 即死にあるかどうかもわからぬ痛みに備えて身体を硬直させること、一秒、二秒。

 しかし金属じみた音のあとに想像していた衝撃が襲ってくることはなかった。

 

 おそるおそる目を開けると、白い腕で逆手に掴んだ斬魄刀の刃が見えた。まるで彼女を守るかのように三天結盾(さんてんけっしゅん)に代わる盾となって奇獣の拳を受け止めている。

 しかし互いのあいだからは拮抗するような軋む音はなかった。

 

「……俺が止めてやるまでもなかったか。その寸止めが、おまえのこの女に対する借りを返すということなのか」

 

 ガラス玉のような眼窩がニルフィを貫く。

 

「――そうだな、リーセグリンガー?」

 

 その男を認識した瞬間、ニルフィはクレーターの外へと弧を描くように宙返りする。

 そして奇獣が大口を開け、虚圏(ウェコムンド)の端まで響き渡るような咆哮を上げた。

 

仲間(コピー)を呼んだつもりなら無駄だ。最後の一体はさっき始末してきたばかりだ」

 

 このような状況でさえ声音を変えず、色白の青年がクレーターを上がっていく。

 倒れたものたちを一瞥し、わずかに動きを止める挙動をすると、それが幻覚だったかのように機械的に足を動かして彼らに背を向ける。代わりに懐から取り出した小袋を織姫に投げ渡した。

 

「……女、それを持ってろ。渡さなければうるさい奴がいるんだ」

 

 クッキーの入った小袋を抱えた織姫が見守るなか、青年は砂坂を上りきり、威嚇する奇獣を背負ったニルフィと相対した。

 きっかけはわからない。

 ただ両者の姿が掻き消えると、幾重にも重なる衝突音の発生源がすさまじい速さで空を模した天蓋をそのまま突き破っていく。

 月明かりだけが頼りの空の下、絡み合うように接近していた二人は同極の磁石のように距離を取り、軽やかな身のこなしで屋上に着地した。

 

 青年の任務は虚夜宮(ラス・ノーチェス)の防衛だ。

 すでに死神たちの交戦意欲は低く、あちらはほぼ無視しても構わない。そして目下の問題であったがん細胞のような骸骨兵たちを処分すれば、次の対応優先順位となるのは――ニルフィだ。

 

 すでに虚夜宮(ラス・ノーチェス)にはいくつもの、少女を“止める”ために刻まれた傷跡が生々しく残っている。駆け回っていた青年は自然と目にすることも多くなり、そのたびになぜかグリムジョーなどの破面(アランカル)の顔が頭に浮かんだものだ。

 遠くにあるヤミーの戦闘痕を横目に、青年が口を開いた。

 

「本来ならばおまえが最初に戦うはずだったのは、ゾマリ・ルルーではなくあいつ(ヤミー)だった。その場合、あの男は気兼ねなくおまえを殺そうとしただろう。……だが初めて他人のために力を使った、あの馬鹿で間抜けで阿呆で、そしてどうしようもなく直情的にしか行動できなかったあいつは……どうだった?」

「――――」

「……無駄な問いかけだったな。その能力でどれだけ記憶を残せているんだか」

 

 迷いを振り払うように首を振り、改めて青年が尋ねる。

 

「止めるつもりはないんだな、リーセグリンガー?」

「――――」

 

 答えは意志として。

 

 『豹王(パンテラ)

 

 ニルフィと奇獣の姿がより獣じみたものに変貌したことで、そうか、と青年が目を瞑った。

 

 

「――(とざ)せ『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

 

 

 黒い液体が舞い上がり、雨のように降り注ぐ。

 天蓋内では禁じられている特定番号以上の帰刃(レスレクシオン)

 それにより、天蓋をこのまま崩落させそうな霊圧の重さが虚夜宮(ラス・ノーチェス)を襲った。

 

「策でも数でもおまえを止めるのが不可能だったならば、あとはこうするしかないだろう」

 

 第4十刃(クアトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファー。

 彼の背中に巨大な漆黒の翼が形成され、仮面の名残が四本の角のついた兜のようになり、服もロングコート状のものに変わる。

 目元のより大きくなった仮面紋(エスティグマ)のせいで、そこから覗く彼の黒目は深淵のようだった。

 

「――単純な実力でケリをつける、ただそれだけだ」

 

 煌々と輝いている三日月を背後に控えさせ、ウルキオラがそう言った。

 この時まで胸に渦巻くナニカを知るために、彼もまた少女を止めようと霊子の槍を握る。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 現世、空座町。

 正確に言うならば、その町の座標につくられたレプリカの空座町上空。

 四方に突き刺さった“転界結柱”により住人たちは眠らされたまま尸魂界(ソウル・ソサエティ)に送られており、浦原喜助や護廷十三隊のおかげで彼らに被害の出ない戦闘空間が作り出され、その上空に浮かぶ者たちを見るものはいない。

 

 しかし移動させられたのは住民のみであり、空座町に跋扈(ばっこ)する(ホロウ)や地縛霊などはそのままだ。

 町のあちこちで彼らが自壊や破裂するなどの怪現象が起こっている理由もまた、上空に浮かぶものたちが原因でもある。

 それもそのはず、一同に会しているのは護廷十三隊の副隊長以上のクラス、あるいは破面(アランカル)でも指折りの十刃(エスパーダ)を含めた藍染惣右介たちなのだから。

 木っ端の霊魂など彼らの出している霊圧だけで押しつぶされるのだ。

 

「皆、下がっておれ」

 

 最初に一手を投じたのは一番隊隊長、また護廷十三隊総長である山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)

 彼は現存する斬魄刀でも最強と称される刀を、普段隠している鞘代わりの杖から抜き出した。

 すると元柳斎の背後に塔のごとき火柱が上がる。

 

「万象一切灰燼と為せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 炎を纏わせた刀身を一閃すると、龍のように流れた陽炎が再び炎へと戻り、藍染ら虚圏(ウェコムンド)側の死神たちを壁となって取り囲んだ。

 

 城郭炎上(じょうかくえんじょう)

 

 これにより、藍染はしばらく身動きの取れない状態になる。

 

「うおっ、あちっ」

 

 すぐそばに生まれた炎の壁からスタークが慌てて身を引いた。

 逆にいえば残った破面(アランカル)たちの反応はそれくらいのもので、バラガンもハリベルも、トップが隔離されたというのに動揺はない。

 ――ああ、藍染は自分たちに任せるのか。

 当初の予定がほんの少しだけ変わったくらいの認識であった。

 

「……さァて、どうしたモンかのォ。敵は山ほど、ボスはあのザマだ」

 

 憮然とするバラガンのハリベルが苦言を呈した。

 

「藍染様に口が過ぎるぞ、バラガン」

「お前は儂に口が過ぎるぞ、ハリベル。なんじゃ、前々から思っとったが、ニルフィがお前のところより儂のもとに来るのが気に入らんのか」

「貴様は菓子で釣っているだけだろう。しかし残念だろうな。その老体ではあの子と外で遊んでやることもままならないはずだ」

「失敬じゃな、儂は生涯現役だ。この前などあの小娘を肩車してやったわい」

 

 バラガンが指を鳴らすと、配下たちが空中に即席の玉座を作った。

 ドカっと座る主人の背後で、従属官(フラシオン)たちが口を真一文字に引き結んでいたのは、『あのあとちょっと腰痛めてませんでした?』という命知らずなことを言いそうになったから……かもしれない。

 

「……ともかくだ。ボスが身動き取れん以上、儂が指令を出させてもらう。文句は言わせんぞ」

「いいんじゃねえの――あ痛! なにすんだよリリネッ――痛い!」

 

 内野がやかましいのをバラガンは無視する。

 スタークは頼りなく、ハリベルも戦っている方が性に合っている。

 どちらにせよ、彼を除いた二人の十刃(エスパーダ)に指揮など向いていないのだ。

 

「ふむ」

 

 たしか視線の先にいる破面(アランカル)の出方を伺っている死神たちとの会話において、足元の重霊地は偽物とのことだった。尸魂界(ソウル・ソサエティ)で作成されたレプリカと入れ換えたと。

 藍染は尸魂界(ソウル・ソサエティ)まで侵攻して重霊地を手に入れれば良いと言っていたが、果たして、そんな面倒なことをする必要があるのだろうか。

 こちらにも時間がない(・・・・・)というのに。

 ならば入れ替えたという話の理屈として、四方にある柱を壊した場合はもとに戻るということ。

 

 腰を据えてからわずか数秒。

 バラガンの決断は早かった。

 

「ポウ、クールホーン、アビラマ、フィンドール! 東西南北、すべての柱を潰せ」

『ハッ、陛下の仰せのままに!!』

 

 重要な拠点にだれも配備していないのは考えずらく、凡百の兵隊を無駄死にさせるより従属官(フラシオン)たちに対処させたほうがいい。

 それにバラガンの配下たちとニルフィは関わりすぎた。

 できるかぎり、仲間の死は少なくしたかった。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「はいはいはいはァ~~~~~~い!! ちゅうも~~~~~~~~~~く!!」

 

 リズミカルに手拍子してからポーズを決め、南の塔へとやってきたエキゾチックなオカマが視界ダメージ必須なバチコーンという擬音のするウインクを飛ばす。

 

「バラガン陛下の第一の従属官(フラシオン)、シャルロッテ・クールホーンちゃんが来ましたよ~~~~っ」

「な、なんだコイツ……」

 

 九番隊副隊長の檜佐木修兵(ひさぎしゅうへい)はドン引きしていた。

 命懸けの戦いを予想していたのに、やってきたのはどう見てもイロモノ枠なオカマなのだ。

 そんなある意味正しい檜佐木のリアクションにシャルロッテは憤慨する。

 

「なによちょっと貴方! せめて美しいくらいの感想言いなさいよ!」

「その感想はべつの相手に言いてえな」

「アラやだっ、貴方よく見たら地味だけどイケメンじゃないっ。……でもダメね、なんかむっつり臭いわ。もしかしたら小さい女の子に性的な視線送ったりでも――」

「するわけねえだろ!」

 

 なぜ敵とこんなことを語らねばならぬのか。

 うんざりしながら檜佐木が斬魄刀の始解『風死』を顕現させる。

 しかし小さな女の子という言葉に反応したわけではないが、日番谷先遣隊を壊滅させたという警戒令の出されていた、件の少女らしい姿も戦場にないことにも気づいた。

 

「……あのニルフィネスって奴はどうした?」

 

 シャルロッテは一瞬だけ顔を暗くする。

 しかしそれが幻だったかのように、いまにも歌いだしそうなほど陽気な表情をつくってみせた。

 

「ニルちゃんはあたしのマブダチよ。残念だけど、死んでなんかいないわよ!」

 

 自分に言い聞かせるように、強く、強く、破面(アランカル)が拳を握った。

 

「あたしたちが今日ここで刀を抜くのも、あの子のためなのよ。あたしたちは変わったわ。いつまでも終わらぬ夜の世界から、まるで闇の天幕が失せて朝になるように! あの子はね、あたしたちをいつも照らしてくれる……そう、太陽なのよ! たとえなにがあろうと曇らせてはいけない、美しい輝きの!」

 

 大振りな斬魄刀を片手にシャルロッテがポージングを決める。

 

「そしてあたしは月! あの子のおかげでもっともっと輝ける存在なの! ……そこをどきなさい。あなたごときにかかずらってる場合じゃないのよ」

「いいだろう……なんて言うかと思ったか?」

「そう、罪深いわね。――月が直接お仕置きよ!!」

 

 シャルロッテ・クールホーンVS檜佐木修兵、開戦。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 西の柱。

 そこに着地したチーノン・ポウの巨体に、十一番隊第五席である綾瀬川弓親(あやせがわゆみちか)は眉をひそめた。

 

「これはまた随分と……美しくない敵だね」

 

 ポウの肉体は主立った従属官(フラシオン)よりも巨体の持ち主であり、両腕は異様に長く大きく、虚ろな顔立ちが不気味さを増長させている。

 当のポウといえばさほど反応することなく、自らも思ったことを口にした。

 

「その割には貴様の顔も随分と醜いものだな」

「……この借りは返す心づもりだったんだけどね。どうにも、この決戦に来てないみたいで拍子抜けだよ」

 

 弓親はいまだに腫れの引かぬ顔を包帯で隠していた。死覇装に隠れているが、カラダのほうも先日までは見れるものではなかった。

 日番谷先遣隊にいた彼はニルフィによって一度スクラップにされており、あとの引かぬその怪我を承知の上で防衛陣に加わらせてもらったのだ。

 すべてはここまで自分を醜くさせた少女を倒すために。

 

 残念に思っている彼の頭上からため息。

 なぜかポウがやれやれと首を振っていた。

 

「貴様のことは知っている。拍子抜けしたのはこちらのほうだ」

「どういう意味かな?」

「彼女に殴られたり蹴られたりされてからまずすること、それすなわち怒るでも悲しむでもない。――悦ばねばならぬのだ!!」

「…………は?」

 

 呆ける弓親を置いて、ポウが腕を振り回しながら力説する。

 

「あの時すごカタ! 殴られル、痛いけど気持チイイ! ワタシ、目覚めた、あの柔らかくてしなやかな手や御御足(おみあし)でしばかれるコト。すべて快感にナル! アレ、運命の日ダタ!!」

 

 いつもは隠している虚圏(ウェコムンド)の辺境出身ゆえの方言がダダ漏れである。

 しかしポウがここまで熱狂するのも理由があった。

 かつてニルフィが初めて虚夜宮(ラス・ノーチェス)にやってきた日、実は彼女が最初に攻撃した相手は他ならぬこのポウなのである。

 

 特殊な性癖に目覚めさせられ、また最初にやられたという誇りを持ち、間違ったベクトルでニルフィのファンとなるのにそれほど時間は掛からなかった。

 しかもなまじニルフィにサディストの適正があるのがいけない。

 模擬戦ではタフなポウの倒れぬギリギリのラインの打撃でしばきまわすなど、二人の相性は教育に悪すぎる方面でピッタリだったのである。

 

「……とりあえず、君はここで殺しとかないといけない存在なのはわかったよ」

「ゴホン。バラガン様の従属官(フラシオン)である限り、私に真の敗北はない」

 

 ポウはすべてを弓親に語ったつもりはない。

 この秘すべき考えは従属官(フラシオン)――バラガンも含めた第2十刃(セグンダ・エスパーダ)主従に共通するもので、言わずとも互いに理解していることだから。

 

 ニルフィは笑っているべきだ。

 泣かせてしまうのはなによりも避けねばならぬ事柄だ。

 退屈だと思わなくなったあの日常を、笑顔の絶えぬあの日々を。

 一抹の寂しさを背負っていた主人が求めていた、あの時間を。

 

「……我々は、陛下に捧げねばならぬだ」

 

 ポウのつぶやきは拳と刀の風きり音によってかき消された。

 チーノン・ポウVS綾瀬川弓親、開戦。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「うおおおおおおおおおお!! ()ってやる()ってやる!! ()ってやるぜえ~~~~……ってオイ! なんでオメーも一緒にやらねーんだよ! ノリ悪ぃヤツだな!」

「前ブリなしにそういうことされて乗っかれるワケねえだろ」

 

 北の塔を守る十一番隊第三席、班目一角のもとへとやってきたのはアビラマ・レッダーだ。

 アビラマは戦闘前に自分の士気を鼓舞するため、相手を倒すという気持ちを込めて互いに絶叫しあうというのを仕来りとしている。

 しかしそれに乗っかったのは過去にも現在にも、ニルフィただ一人であるのが悲しい現状である。

 

「けどツイてるぜ、破面(アランカル)。どうにも俺たちゃ似たもの同士らしい」

「似てる? そりゃ冗談だろパチンコ玉。同じ方向のベクトルってだけで、進む先はまったく違うぜ」

 

 アビラマは腕組みをしながら空中で一角を見下ろし、先ほどとは打って変わって静かな口調で名乗った。

 

「バラガン陛下の従属官(フラシオン)、アビラマ・レッダーだ。名はなんだ死神」

「おう、十一番隊第三席、班目一角だ」

「ああ、ああ、知ってるぜ。てめえ、エドラド殺してニルフィにボコられたんだろ。それでその怪我ってワケか」

「心配しなくてもオレは問題なく戦えるぜ。オメェだけじゃねえ。ほかの破面(アランカル)相手だろうとな」

 

 一角もまた弓親と同じように全身に治療のあとがあった。

 リベンジも兼ねることで強引に決戦に参加し、そしていまに至るというわけだ。

 それを察せぬアビラマではない。

 これまで辛酸を舐めさせられたのは彼も同じなのだから。

 

「そういや、あのガキはどうした? もしかして向こうで隊長が斬っちまったのか?」

「オイオイオイ、そりゃアイツに対する侮辱かよ。強ェぞ、アイツは。たしかに泣き虫で弱虫で豆腐メンタルで寂しがり屋でチビでうっかりで方向音痴で能天気で楽天家で怖がりで腹ペコでサドで鬼畜で変態かもしれねえが……強ェぞ、アイツは。俺の友達(ダチ)は。俺たちで止められるかもわかんねえくらい、ずっとな」

 

 だから死んでいるはずがない。

 まだ終わったワケでもない。

 噛み締めるようにして言い切って、一拍。

 

「だがなぁ、ホント……ここにニルフィいなくて良かったなお前。あいつと会ってたらロクな死に方してねえぞ?」

 

 ニルフィがいまだにどれだけ覚えているかわからない。

 もしかしたら自分の顔さえ忘れているかもしれないと思うと、想像しただけで苦痛だった。

 しかしあの執念じみた仲間を害した相手に対する復讐心など、たとえ記憶がなくとも消えることはないだろう。

 

「ロクな死に方だと? そりゃおかしいな。オメェだったらロクでもなくない死に方させてくれるって聞こえたんだが」

「いや、間違ってねえよ。とっととお前を倒して終わらせる。俺が、俺たちが、ホントに戦うべき相手はお前じゃない」

「ああ? そりゃどういう――」

 

 言葉を待つことなく、破面(アランカル)の戦士が斬魄刀を引き抜いた。

 

「もう一度言うぜ、死神。悪ぃな。俺はとっととお前を殺させてもらう。楽しむ間もなく、だ」

「――――ッ!」

 

 唱える。

 

(いただき)を削れ『空戦鷲(アギラ)』」

 

 すぐさま一角はそれまで肩に乗せていた始解の『鬼灯丸(ほおずきまる)』の切っ先をアビラマへと向けた。

 アビラマが解号を口にすると、たちまち鳥神(ガルーダ)を思わせる姿へと変身したのだ。

 

「おいおいおい、随分とまァ、せっかちすぎるんじゃねえのか?」

「そりゃあ俺も戦いは好きだぜ。だけどな、俺にとってこの世にもっと大切なことは三つある。一つはバラガン陛下に御身を捧げること! 一つは戦いの儀式をすること! そしてもう一つは――仲間のため、友達(ダチ)のために剣を抜くことだよ!!」

 

 アビラマが風を巻き上げながら上空へ飛翔した。

 

「せいぜい吠えろよ班目一角。せめて俺の勝利に色をつけるためになァッ!!」

「ハッ、笑わせんな! この戦い、存分に楽しませてもらうぜ!」

 

 アビラマ・レッダーVS班目一角、開戦。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 東へと向かったフィンドールは塔を守る死神にまずはこう尋ねた。

 

「最初に聞いておきたい。君は何席だ?」

「吉良イヅル。三番隊副隊長」

 

 左目を髪で隠している吉良の言葉に、そうかとフィンドールが鷹揚にうなずく。

 

「たしか三番隊といえばこちらの市丸ギンが所属していた部隊か。その上で訊きたいのだが――」

 

 金属音。吉良が振り抜いた刀を、フィンドールは予想していたとも言いたげにいとも容易く防いでみせる。

 静かながら怒気を含んだ声音で吉良が言った。

 

「その名を、僕の前で軽々しく口にしないことだ。死ぬにしても傷浅いままのほうがいいだろう?」

「これは失礼。君だけに名乗らせていたことも怒らせた原因かな? ならば名乗っておくが、バラガン陛下の従属官(フラシオン)兼“会”の実行部隊隊長を任される、フィンドール・キャリアスだ」

「……その“会”というのは知らないけどね」

「崇高なる素晴らしい組織さ」

 

 三度ほど斬り結ぶと相応の火花が散る。

 この数秒のうちにフィンドールの顔色は変わることなく、吉良は困惑を目に混じらせた。

 フィンドールが強引に距離を取らせ、警戒の色を強める。

 

「……従属官(フラシオン)とはいえ、思ったよりも弱すぎるね。だいたい死神の五席くらいの実力しかないように思うけど」

正解(エサクタ)。そう、これでも俺は頭脳労働専門でね。本来の戦い方はこういうのさ」

 

 呼虚笛(シルビード)

 

 両手に付いた刃をフィンドールが吹くと、空中に開いた黒腔(ガルガンダ)から大型の(ホロウ)たちが次々と現れた。

 数が多いというのはそれだけで厄介でもある。

 慎重ゆえに迂闊に攻められなくなった吉良を前に、再びフィンドールが質問した。

 

「名を口にしてはいけないのなら……まあ、仮にI氏と言おうか。長年一緒に仕事をし、信頼を置いていた相手。そのI氏と戦うことになった君の心境を聞かせて欲しい」

「……なぜそんなことを? まさか(ホロウ)の延長にいる君たちに、まともな仲間意識があるのか?」

正解(エサクタ)! 我々には通じる心がある。我々には交わす言葉がある。そこは死神となんら変わらないと思っているよ」

 

 その上で訊きたいんだ、とフィンドールが続けた。

 

「君はかつての仲間と刃を交えることになったこの時を、いったいどう思っているんだ?」

「どう、とは?」

「なんらかの感情の昂ぶりがあるのか、あるいは心の揺らぎさえないのか。なんでもいい。教えてくれ」

 

 純粋な疑問なのだろう。

 意外にも真摯なフィンドールにため息をつき、すでに答えを出している吉良は真っ直ぐに答えた。

 

「やらなければならない、だから、やるんだ。過去を悔やんだところで時間は戻らない。だったら現実を見て、解決のために努力するようにしているよ」

「なるほど、そうか……」

 

 フィンドールは己のなかで反芻すると、子供がはしゃいだ時のように笑みを浮かべた。

 

「どうやら俺は正解を選べていたようだな。生きることは困難な問題の連続だ! 少しでも多く正解を選択したものが生き残る! そして正しい道を選べていたのだと知った時こそ、嬉しいことなどないっ」

 

 (ホロウ)たちが咆哮する。フィンドールの激情に触れたかのように。

 吉良はこれまでの小手調べとは違う本物の命のやり取りをする気配を感じ、始解の『侘助(わびすけ)』を出しながら空中に立つ破面(アランカル)を見上げる。

 

「悪いけど、君たちの事情なんて僕にはわからない。知るつもりもない。そう勇んだところで死が辛くなるだけだよ」

「さきほどまでの正解(エサクタ)はどうした! まさか、まさかだ!」

 

 ありえないとばかりにフィンドールが哄笑した。

 

不正解(ノン・エス・エサクト)! 俺は君になんか殺されやしないさ。やらなければならない、だからこそやる。いい言葉だ。ならばその時まで俺の命は陛下のもの! 矢尽き刀折れようとも、君に敗北する理由などこの世にはない!!」

 

 フィンドールは吹っ切れたように吉良に斬魄刀を突きつける。

 彼のこれまでの迷いは消えていた。

 思い起こせば答えはすでに近くにあったのだ。

 覚悟として、意地として、愛情として。

 たとえ牙を交えようとも、救いたい、ただそれだけのために命さえ賭けられる。

 自分たちがやろうとしていることはソレなのだ。

 

 まずはこの牙で邪魔者を排除せねばならない。

 フィンドールは宙を駆け、斬魄刀を振るう。

 

 フィンドール・キャリアスVS吉良イヅル、開戦。




現世での対戦相手変更はバタフライエフェクト効果。
原作主人公さん行方不明なのもバタフライエフェクト効果。

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