記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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お気に入り登録してくださった方、評価ポイントを付けてくださった方、誠にありがとうございます。頑張ってまだ遠い完結に持っていく所存です。
読者の皆様に感謝を。


十人十色

「ーーと、まぁ、怒りのせいで天井知らずのハイパーインフレ状態になったアタシが、スーパーハイな展開で赤カブを灰にして、幼女をめでたく救出しましたとさ。めでたしめでたし……ってなれば良かったんだけど」

 

 先ほどまでの周囲の空気が歪むような怒りはどこへやら、やや道化じみた口上で肩をすくめるアネット。

 彼女は自分の(あるじ)をお姫様抱っこしながら炎を消し去った。

 その様子に恋次は肩透かしを食らった気分となる。

 しかし、そうではないのだろうと刀の柄を握り直した。

 この女の実力は訊いている。そして見た。始解の斬魄刀でさえ問答無用に灰へと帰す能力は、非常に脅威だ。それをもってなお飄々とした口調を崩さないのは、彼女が食わせ者だからだろう。

 

「いいですよ。この場は見逃してあげるわ。こっちは早くこの娘の治療をしないといけないし、あなたが手を下したワケじゃないものね」

「……見逃す、だと?」

 

 心外だとばかりアネットが大きく肩をすくめさせる。

 

「あら、信じられないんですか? これでもアタシは演技に自信があるだけで、素で嘘を吐くのは苦手なんですよねー」

「ッ、お前らが出てくるのは、俺たちの迎撃のためだと思ってたんだがな。違うのかよ」

「さあ、どうかしら。ここで戦い始めたらニルフィにダメージがいっちゃうし、アタシはこの娘にまだ生きててもらいたいの。それにーー」

 

 言葉を切ったアネットが、抱えている少女の首筋を伝う血をこれもまた赤い舌で舐めとった。

 (なまめ)かしく、見せつけるように。お前に興味など欠片もなくなっていると言っているようだった。

 

「アタシが手を下さなくても、ここにいるとあなた、ホントに死ぬわよ?」

「…………」

 

 それが忠告などではないことは恋次にも察せる。

 なにしろ、アネットの目は内包する怒りに反してひどく冷ややかだったからだ。ここで恋次を見逃すのも、わざわざ自分が手を下すまでもないと考えているからだろう。

 刀身が半ばから消え失せた斬魄刀が重くなった気がした。

 

「それに、アタシが暴れないことに意味があるの」

 

 ニルフィの霊圧が極端に小さくなってしまった今、生死の判定が難しい。しかしここでアネットがキレて(・・・)しまわなければ生きていると知らせることにも繋がる。

 たとえ彼女がどれほど怒りを内包しようが、かろうじてそれを行動できる理性の糸は残っていた。

 

「というか、もう仇討ちしてやる部位が残ってるワケじゃなかったんですよねぇ。見るに堪えないってまさにああいう姿を指す言葉というか、侵入者の末路を体現してたというか」

「……なに、言ってやがる」

「ナニも何も、あなたのところの隊長さんですよ。あっちで血だるまになって転がってるわよ。生きてるとは思えないけど」

「なッ……!?」

 

 そんなハズはない。言葉にするよりも先に頭に思い浮かんだ否定であった。

 あの隊長が負けるような姿など想像できなかった。少なくとも相討ちという事実があっても何の慰めにもならない。

 

「あの人がやられるハズがねえ。デタラメ言ってんじゃねえぞ」

「信じる信じないは勝手にやってやがれって感じですね。で、どうしますか? その折れた刀でアタシに斬りかかってくるの? グリーゼじゃないけど、戦うのなら無駄なく秒殺してやるわよ」

 

 殺気が形となったかのように、アネットの周囲の砂が弾けてさらに粉となっていく。

 考える暇もなかった。他方からの助力が期待できない今、自分の力だけが頼りなのだ。

 ーーやるか?

 ーーけど、あの炎をどうする?

 ーーそれよりも先に、俺は勝てるのか……?

 後ろ向きな考えに思い至り、奥歯を砕くように噛み締めて振り払う。腹をくくるしかないか。そう思ったとき、新しく姿を現した破面(アランカル)がいた。

 

「なにをしているんだ、アネット」

「あら、ハリベル。奇遇ね」

「とぼけるな。まさかとは思っていたが、今まさにニルフィのことを忘れて()りはじめようとしていただろう。その娘のために怒りを覚えても、なにを優先すべきかはわかるはずだ」

「そりゃそうですけども」

「お前は思っているほど平静を保てていない。ーーここは私が引き受けさせてもらう」

 

 褐色の肌をした女の破面(アランカル)だ。教えられなくとも、このハリベルという女が十刃(エスパーダ)であることに疑いを持つことはなかった。

 そして、ハリベルは周囲を見回す。

 

「居るな? ルドボーン」

 

 即座にアネットとハリベルの前に膝をついて現れたのは、牛の頭蓋骨を被ったかのような男だった。

 

「誰の指示なのかは聞かない。貴様らがここへやって来た本当の理由がニルフィの回収だろうが、な。だが言っておく。この周辺から葬討部隊(エクセキアス)を引かせろ。ーーこれ以上ニルフィを付け狙うネズミのような真似は許さん」

「……御意に」

「わざわざそんなことしなくても、近寄ってきたらアタシがどうにかするつもりだったんだけど」

「その時間も惜しいだろう。早くニルフィを連れて行け」

 

 苦笑気味に頭を振ったアネットが響転(ソニード)でこの場を去ろうとした。

 最後に、ハリベルの言葉が残される。

 

「ーー最善が最良だとは限らないぞ」

「…………」

 

 答えることもなく、アネットが少女と一緒に姿を消す。

 ルドボーンもいつの間にか居なくなっており、この場には改めて新手の破面(アランカル)が残ることとなった。

 

「貴様が侵入者の一人か?」

「見りゃわかんだろ。そういうテメエは十刃(エスパーダ)だよな。これで従属官(フラシオン)だってんなら、冗談もいいところだぜ」

「アレは特異なだけだ。私は十刃(エスパーダ)なのは本当のことだがな。おかげで、この戦いに邪魔が入ることもない」

 

 ハリベルは背に下げられていた斬魄刀を抜き放つ。剣の形であったが、真ん中が空洞になっている巨大な段平のような形状をしていた。

 戦いの回避という選択肢は元からないらしい。

 舌打ちをした恋次は己の霊圧を高めていき、

 

「卍解『狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)』」

 

 最大の対抗策で打って出た。

 巨大な骨のような蛇のとぐろに囲まれながら、恋次がふとした疑問を口にした。

 

破面(アランカル)ってのは、こうも仲間の危機に現れるようなもんなのか? (ホロウ)の姿からは想像もできねえんだがよ」 

「仲間ならば当然のことだ。……しかし本当の意味で仲間という概念を作ったのは、他ならぬニルフィだったというだけだ。ただ一人のおかげで変化が生まれた。これだけでは不満か?」

「いいや? そこだけはなんか共感できるな」

 

 そうか、とハリベルが静かに目を伏せ、そして再び視線が上げられると斬魄刀を構える。

 

「ならば、深くは語る必要もない。私は同胞の頼みを守ってやることができなかった。だから、私はここにいる。せめて犠牲が無駄ではなかったのだと証明するために」

 

 怒りとはまた違った、剣の(むしろ)を思わせる威圧感が女から放たれた。

 

「ーー討たせてもらう」

 

 相手の事情など恋次が知るよしもない。そんな時間が残っているはずもなかった。

 砂漠の中心で、霊圧が撒き散らされる。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

「お、おい。お前がいけよ」

不正解(ノ・エス・エサクト)。ここでお前が口にするのは『俺に任せてあとは見ていろ』、だろう? 大丈夫だ、骨は拾って……そもそも残ってればいいな」

「てめえ……!」

「シッ。陛下に聞こえてしまうぞ」

「あとで覚えてろよ」

 

 ジオ=ヴェガとフィンドール。

 バラガンの従属官(フラシオン)である彼らは、ホールの上の玉座に腰を据えた自分たちの主人をちらりと見上げた。

 とてもとても不機嫌そうだ。左手の指で肘掛を叩き、霊圧が不穏なオーラとなって放出されている。普段ならばここまで感情を(あら)わにするバラガンも珍しい。しかしそれをまじまじと見つめるには、かなりの勇気が必要だった。

 

「……やっぱり、あのチビのことだよな?」

 

 ジオ=ヴェガの言うとおり、この宮まで届くほど荒ぶっていたニルフィの霊圧が急激に弱まった瞬間から、ああなのだ。

 

正解(エサクタ)。陛下は彼女を一定以上は認めているからな。お気に入りのモノを傷つけられて怒りを覚えない者は、そもそも気に入ってすらいないものだ」

 

 もう一度、二人は玉座を見上げた。

 “お爺ちゃんマジ(おこ)”な状態のバラガンにひと睨みされてすぐに視線を逸らす。

 やたらとこの空間はピリピリしている。自由にくつろいではいるが、無断でホールを出るのがためらわれるほどだ。ふたりの他にもバラガンの配下たちは多くいた。

 そういえばついさっき葬討部隊(エクセキアス)がなにやら戻ってきて報告し、さらに機嫌が悪くなっていたのだ。なにやらそばにいるポウやニルゲになだめられていた。

 

「そういや、陛下とあのチビってかなり前からいたんだよな。それで敵対とかしてたっていう」

「たしかにそうだな。最後の方は自然災害のようなものとして割り切ってはいたが、実力自体はたしかに認めていたんだろう。不適切な言葉になるかもしれないが旧友のようなものだ。陛下にとってかつての知己は、もはや片手の数ほどもいなくなっている」

 

 ジオ=ヴェガたちはバラガンの元々の配下の中では若輩か中堅といったところである。

 昔から仕えたまま今も生きている者はほとんどいない。

 いくらかの最上級大虚(ヴァストローデ)を配下にしていたが、当時の『剣八』に倒されていたり、藍染たちが虚夜宮(ラス・ノーチェス)を乗っ取りに来た時に最後まで抵抗したのが彼らで、結果は、今を見ればわかるというものだ。

 ザエルアポロだけが生き残っているが、今ではさほど交流もなかった。

 二人も含めて主だった従属官(フラシオン)たちは繰り上がりで選ばれたに過ぎない。 

 傲岸不遜な大帝も懐かしみを覚えているということか。

 

「それに陛下ご自身は自覚していないようだが……」

 

 言葉を切り、フィンドールは仮面に覆われて外からは見えない目を細めたように思えた。

 

第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)の言葉になにか思うところがあったのかもしれないな」

 

 アーロニーロの認識同期はジオ=ヴェガも受け取った。たしかに心が動いたのも事実だが、それがバラガンも同じだったとはあまり想像できないでいる。

 

「なら、俺らはこんなトコにいていいのかよ」

「……言いたいことはわかる。だが」

 

 ちょうどハリベルの霊圧が探査回路(ペスキス)に反応した。

 

「今から我々が行ったところで残っている(・・・・・)かどうかもわかったものではない。それに我々は現世に侵攻するための兵だ」

「だからって、俺らはじっとしてていいのかって訊いてんだよ」

「そう、だな」

 

 口ではどう言おうともフィンドールも含め、ここにいる多くの者はニルフィに情の沸いたものたちだ。

 

「ははは……。変化というのは、ここまでのものか」

 

 破面(アランカル)が情などとは笑い話もいいところだろう。しかしニルフィが与えてくれたのは変化だ。同じ時間を百年単位で繰り返す退屈を忘れさせてくれた。変化とは、久しく味わったことのないものだった。

 バラガンでさえ、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の真の主人であった頃も、その退屈のせいで自分の軍を半分に分けて戦わせようとしたのだ。だからだろう。いつも変化を与えてくれる貴重な存在として手厚く世話を焼いたこともあるのは。

 

「やれやれ、俺も自分で思っているほど感情を支配できていないらしい」

「そりゃそうだろうな。あのチビの見せてくれた箱から箱に移動する瞬間移動マジック見てめっちゃ興奮してたもんな」

「いや、俺はそれ自体にもそれなりに興奮していたが、バニーガール風の衣装を着ていた彼女に興奮していたんだ」

「訊かなけりゃよかった」

 

 しかし、と肩を落とすフィンドール。

 彼はやや力のない動作で首を振った。

 

「どうすることが正解なのかわかっているというのに、ままならないものだ」

 

 ちらりと視線をはずしてみる。

 奥の壁際ではシャルロッテが凄まじい形相で腕組みをして、全身から血管を浮き上がらせている。あまりの禍々しい姿に周囲には誰も近寄らない。教えてもらわなくともブチギレているのだろう。ニルフィとこの宮で一番仲がいいのは彼だった。

 さらに視線を移せば、高速で貧乏揺すりをしているアビラマが目に入った。周囲の仲間が諫めなければ、先走って宮を飛び出しそうだ。

 

「我々は軽々しく動くことはできない。第3十刃(トレス・エスパーダ)もそれは覚悟の上だ。それでも、それでもだ。彼女らが動いたことを誰が責められると思う?」

 

 その言葉にジオ=ヴェガは何も言わないまま肯定を返す。

 

「へっ、陛下! その、どちらに?」

「散歩に決まっておろう」

「お言葉ですがたかだか散歩のために滅亡の斧(グラン・カイーダ)を持ち出されては困ります! どうか、どうかお願いですからお気をたしかに!」

「ハリベルの小娘だけに獲物を取れるのも癪なのでな。ちぃっとばかし、道端の虫を踏み潰しに行くだけじゃ」

「後生です! 後生ですからどうかぁ!!」

 

 そろそろ自分たちもバラガンを静めに行かなければならないだろう。

 二人は顔を見合わせると、いまやるべきことを行動しはじめた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 第8宮(オクターバ・パラシオ)の地下深く。

 さらにその最奥で、ザエルアポロは自分が着用するわけではないサイズの装甲や機器の調整をしており、整頓されていながら装備の多さで雑多に見える研究にいた。

 ふいに、作業の手を止める。

 いま気づいたとばかりにザエルアポロが振り返ると、入口のそばに膝を突いたルドボーンが控えていた。

 

「その様子だと、捕縛は失敗した、という所かな?」

「ハッ、我々の力及ばず、そして最低限の出来事として処理するには……」

「口上はそれはもういい」

 

 うるさそうに手を払うザエルアポロ。

 

「君への言及はあとにするとして、事態の詳細を聞こうか」

 

 そしてルドボーンは語りだす。

 最初の侵入者以外にも隊長格の死神が現れ、アーロニーロと交戦をしたこと。そしてその死神と戦ったことでニルフィが相討ちに持ち込まれて倒れたことなどだ。

 どさくさにまぎれて回収するようにも命令していたが、ルドボーンたちの愚鈍さのせいで横槍を入れられたとも考えた。まさかハリベルが出張ってくるとは予想していなかったとはいえ、大きなチャンスを逃したことには変わりない。

 ーー元から期待していなかったとはいえ、やはりこの程度か。

 出来の悪い生徒が、やはり出来の悪い結果しか残せなかったことを確認した教師のように、ザエルアポロがため息を吐く。

 

「まぁ、いい。たかが数十人だけ(・・・・・)葬討部隊(エクセキアス)を動かす許可を出しただけで、上手く事が運ぶとは僕も思っていないよ。それに、無闇に対象と交戦をしたワケではないんだろう?」

「…………」

「ともかく情報はわかった。あとはもう下がっていいよ」

 

 深く一礼したルドボーンが去っていくのを見送ることもせず、ザエルアポロがさっきまで手を付けていたいくつもの装備や機器を一瞥する。

 探査回路(ペスキス)の範囲を広げてみればざわめきがひどい。

 これがたった一人の少女が倒れたことでおこっているのだから、なかなかに滑稽だろう。

 

「しかし、そうか。もっとも可能性が小さかったが運というのも侮れないな。ヤミーではないが、幸運(スエルテ)と叫んでおきたいくらいだ」

 

 形のいい顎に手を添え、思考をめぐらす。

 ーー十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)の回収すらできなかったが、まあいい。奴らの価値は低い。

 ーーそれにしてもこの混乱はうってつけだ。

 ーー許可を貰っているとはいえ、他の奴らの邪魔が入っては興冷めだからね。

 前々から準備をしていた物がついに日の目を見ることになるだろう。

 ーーけれどやっぱり、アイツ等はわざわざ蟲蔵に主人を運んでこないか。

 ニルフィの治療にはロカが当たることになるだろう。しかしザエルアポロの指示で不穏な行動を見せてしまえば、即座に灰にされるか首が飛んでいくので、役に立ちそうにない。

 手は打っていた。

 それでも、壁はかならず一枚は残ってしまう。

 話は通していてもスムーズに進む可能性のほうが低かった。

 これでは自分から宮を出向かなければいけないことになる。ザエルアポロの純粋な戦闘能力は十刃(エスパーダ)の中でも高くなかった。宮の中での戦闘こそが本領を発揮できるのである。

 

「ルミーナ、ベローナ」

 

 手を叩き、共にボールのような体型をした二人の男を呼び寄せる。カエルのように跳ねながらやって来たのは改造従属官(フラシオン)であることを表すような異形であった。

 

「ザエル、アポロ様! ザエル、アポロ様!」

「お呼びです、カ!?」

「これから研究材料(ニルフィ)の回収に行くぞ。すぐの他の奴らも呼んで準備をしろ。あまり時間を欠けるようなら肉壁にして作り直すこともないと思え」

「えェ!?」

 

 従属官(フラシオン)たちが素っ頓狂な声を上げた。

 それは最後の消滅宣言にではなく、前半の部分に。拒否を示すかのように冷や汗を流しながら。

 

「そ、ソれは……」

「なんだい? 僕の言ったことが理解できないくらい、君のことを低脳に造ったつもりはないんだけどね。今さら障害にいる奴で怯えたわけでもあるまいし。……ああ、まさかとは思うが、彼女に情なんてものを覚えてるんじゃないだろうね?」

 

 冷ややかな目で睨まれたルミーナは震えながら萎縮した。それが何よりも答えだというのをわかっていながら、ザエルアポロはさらに言葉を投げかける。

 

「さあ、答えてくれ。簡単だろう。イエスかノーのどちらかを口にすればいいんだから」

 

 いまだに狼狽(うろた)えている二人に苛立ちを覚えながら、答え次第では廃棄も考えるザエルアポロ。

 それを感じても、ルミーナとベローナはそんな主人に思わずといった様子で尋ねた。

 

「ほ、ホントに? ニルフィ、頭いい。殺す、虐めるしなくても、使える!」

「ダカラ、そんなことしなくても、ダイジョウブ」

 

 なおもたどたどしく身振り手振りで必死に言葉を連ねる二人。

 

「ザ、ザエル、アポロ、様は。それで、イイノ!? ニルフィ、虐める、イイノ!?」

「ニルフィ、ザエルアポロ様のコト、信じてる! ザエルアポロ様、ニルフィのこと、気に、入ってた! ベローナたちに、ニルフィ、優しくしてくれた! 怖がら、なかった!」

「…………」

 

 ニルフィは飴玉騒動のあとも、アネットに隠れてちょくちょく第8宮(オクターバ・パラシオ)に足を運んでいた。彼女いわく知識を得るためらしい。その宣言に違わず、ニルフィはスポンジのごとくいくつもの知識を短期間で取り込んでいった。

 思えば、片手間で教えていただけのはずが、ザエルアポロは直々に指導してやっていたものだ。

 薬に関しての研究も手伝わせたことがある。

 ニルフィの人徳ゆえか、すぐに異形の従属官(フラシオン)たちとも打ち解けた。ザエルアポロの指示ならば何でもやるような彼らでも、ニルフィが実験の材料になることを見過ごすのは耐えられなくなるほどだった。

 

「……たしかにそうかもしれないね」

 

 考え込むかのように眼鏡を押し上げる。

 

「よくよく思い返してみれば僕も彼女にはそれなりの思い入れがある。必要が無くなるのを分かっていながら、なぜ僕は手づから知識を与えていたいたんだろう。精神学は専門外なんだが……難しいものだね」

 

 改めてさっきまで調整していた装備を見回し、ザエルアポロは肩から力を抜いた。

 さらに困ったかのように笑いながらルミーナたちを見る。初めて見せたような笑みだった。

 それを見てホッとしたかのように息をつく異形の二人。

 そして、

 

「ーーだけど、それだけだ」

 

 ザエルアポロはいつの間にか手に持っていた筒のようなボタンを押す。

 その瞬間、ルミーナとベローナ、主人にとって必要のないモノとして認識された二人が無残に破裂した。血を撒き散らすこともできずに風船のようにあっけない処分だった。

 

「……僕を糾弾してもいいし、非難するのも構わないよ」

 

 靴音を響かせながらザエルアポロが扉へと歩き出す。

 その途中に散らばっていたルミーナたちの残骸を、なんの感慨もなく踏んでいく。

 

「たしかに彼女は科学者や研究者として、僕を尊敬してくれていただろう。彼女が僕に向けてくれていた感情は実に心地よかった。出来るならばむしろ、本当に助手にしておきたいくらいだったよ。それは決して嘘ではない」

 

 けれど考えて欲しい。

 次の言葉へと続けるなかで、そうザエルアポロが言った。

 右手でまた眼鏡を押し上げるようにして顔を隠し、手が下げられたあとには酷薄な笑みが浮かんでいた。

 

「僕は完全な命を生み出すために、己の体を割くようなマネをする男だよ。(カス)を蟲箱にするし部下はためらいなく殺すことができる。そんな僕が彼女を切り捨てる算段を整えないとなぜ信じられたんだーー?」

 

 多くの者が変わっていく中で、彼は、少なくともザエルアポロは変化を受け入れなかった一人であった。

 それを悲しむことができる人物はこの場にはいない。

 

「……それで、これを聞いてなお僕に直談判したい奴はいるのかな」

 

 扉の前でザエルアポロが振り返った。見えないだけで控えている従属官(フラシオン)たちの視線が、ルミーナたちの残骸とザエルアポロを行ったり来たりしている。

 十秒も待っても出てくる者はいなかった。

 

「なにをしている。ーーさっさと準備をしろ!!」

 

 叫びが恐怖を生む。

 それに突き動かされるようにして慌ただしく這い出してきた異形たちに興味を示すことなく、扉に手を掛けた。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 変わる者。変わろうとする者。そして変わらぬ者。

 その中心にいる少女が倒れたことで、元ある歯車が段々と狂い始めていった。

 それがどのような結果を生むのか、まだ誰も知ることはない。




ハリベル「ーーここは私が引き受けさせてもらう(キリッ)」

 ハリベルに置いてかれた従属官(フラシオン)たちの会話。

アパッチ「やべえ! ハリベル様が速え!? つーか、もう見えねえじゃん!」
ミラ・ローズ「あのおチビの霊圧が消えかかった瞬間、あたしらの前からも響転(ソニード)でハリベル様が一番で消えたからね」
スンスン「落ち着けと仰られてましたけど、一番そわそわしていたのはハリベル様でしたのに」

 心配のし過ぎでいの一番に飛び出した第3十刃(トレス・エスパーダ)
 ニルフィの怪我で何気に一番焦っていたのはハリベルだったそうな。

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