この
名前は井上織姫。特異な能力と彼女の気質から、進んで数奇な人生のレールを歩むことになった少女だ。学生服のまま何も持たず、数人の
織姫は俯きがちだった視線を周囲に奔らせる。
一番近くには織姫のまわりをぴょんぴょんと跳ねまわる幼女がいた。とても楽しげだ。敵意などは以前と違って感じられず、むしろ今は歓迎しているかのようである。
頭にとある絵本の一場面が思い浮かんだ。『おむすびころりん』。老人がある穴へと握り飯を落としてしまった。けれど穴の住人であったネズミたちはその握り飯を喜び、老人を歓迎する踊りをしたという。ニルフィネスという少女は踊ってはいないが、まさにそのネズミのような無垢な喜びを体現していた。
「ん? どーしたの?」
織姫の視線に気づいた少女が立ち止まって見上げて来る。
答えあぐねていると、先頭を歩いていた頭に鎧の一部のような仮面を付けた青年が言った。
「リーセグリンガー。さっきからちょろちょろとソイツの周りを飛び回るな。女の歩みの邪魔だ」
「あ、あたしは別に......」
「女。お前には言ってない。そしてリーセグリンガーをあまり甘やかすな。いつまでたっても餓鬼のままになる」
別に邪魔というほどでもなかったが、男の言葉に少女は唇を尖らせてそっぽを向いた。
けれど織姫には悪いと思ったのか、子供らしく素直に謝る。
「ごめんなさい。ちょっと邪魔だったよね」
「そういうことって、ないんだけど......。えっと、ニルフィネス、ちゃん?」
「ニルフィでいいよ。ちゃん付けするなら、ニルちゃんがいいなぁ。ニルフィちゃんだと語呂が悪いしね」
織姫は曖昧に頷く。まだ最初の邂逅との落差が掴めないのだ。
あの時、織姫はニルフィに殺されそうになった。その下手人になるかもしれなかった少女が目の前でくるくる回っているのを見るとは思っていなかった。久しぶりだねオリヒメさん。そう言って、ついさっき友達に会うような気軽さで織姫に抱き着いてきた。織姫は小さな体を抱き留めながら、ただ戸惑うことしかできない。
なんとはなしに目が流れる。自分をここへと連れてきた青年の背中に目が留まった。
「あの人がね、ウルキオラさん。私をここに連れて来てくれたのもあの人なの。そういえば、いっつも誰かを連れてきてるよね。仕事なの?」
「余計なお世話だ」
ウルキオラは振り返らずに言った。
平坦な枠に嵌まったような声。織姫を連れに来た時も、護衛の死神たちを死の間際に追いやった時も、こんな声だった。
『......そうだ女。お前に話がある』
護衛として付いていた死神の左半身を吹き飛ばしながら、事もなげに言った。
続けてもう一人の身体を吹き飛ばし、二人の身体を再生させている最中の織姫を見る。
『俺と来い、女』
続けられた言葉に、織姫は逆らえなかった。
『言葉は「はい」だ。それ以外を喋れば殺す。「お前を」じゃない。--「お前の仲間を」だ』
大人しく織姫が従っているだけだからか、今のところ何もされていない。ただついて来いとだけ言われてやって来た。
けれど、一つの視線が気になる。
少し後方を歩いている中性的な男の
自分だけならまだ分かる。しかし隣をちょこちょこ歩くニルフィにさえ、むしろ強く睨みつけている。
親の仇を見る目が生易しいと思えるほどだ。
しばらく歩いていると、彼との距離が近く、先頭とは離れていく気がする。ニルフィが歩調を変えて、それに織姫が釣られたせいだ。
ニルフィが男に嬉々とした様子で尋ねた。
「ねえねえ、ルピさん。なんでそんなにケガしちゃったの? ていうか、なんであんなに簡単にやられちゃったの? キミの言ってた弱い死神さんたちにさ。もし道化を目指してるのなら私も手伝ってあげるよ?」
目を剥いたルピが右手でニルフィの襟首を持ち上げる。身長差からニルフィの足が床から離れてしまった。
見ていればよかった。けれど思わず、織姫が止めに入る。
「--ッ! 離してあげてくださいっ」
「お前は黙ってろ!」
「だからって、こんな小さい子に」
「うるさい!」
血を吐くように叫び、ルピは少女を今にも喉笛を噛み千切らんばかりに睨んだ。
「......どうしたの、ルピさん? 喉が苦しいよ。私、自分があっさりやられたからって、八つ当たりはよくないと思う」
「お前がッ。お前なんだろうが!」
「なにがー?」
とぼけた様子のまま、ニルフィは器用に首をかしげて見せる。
声にならない叫びをあげてルピが拳をその顔に振りかぶった。だが、吹き飛んだのはルピのほうだ。ニルフィが空中で体を捻り、ルピの横っ面に杭打機もかくやという勢いで蹴りを叩き込んだ。ルピは壁に叩き付けられて弾かれる。
「聞いただけなのに、ね。正当防衛だよね? 行こう、オリヒメさん」
「え、でも」
「いいからいいから。死んじゃいないし、あとからついてくるよ。現世でも殺されるはずだったのにしぶとく生き残っちゃったし、ゴキブリ並さ。こんなチビ助な私に蹴り飛ばされても、腐っても
強引に織姫の手を取ったニルフィが先を行ってしまった者たちの背を追う。
二人の背後で、獣のような叫び声が届いた。
「ん、ここだね」
時間の間隔が狂ったせいで、どれほど歩いたかわからない。ついに織姫は目的地に着いたようだ。
織姫の横に立つニルフィに、顔の下半分を仮面で覆われた長身の男が耳打ちする。
「......
「気を付けてるよ?」
「......人間が我々のように丈夫だと思うな」
「あ、そういえばそうだったね。クッカプーロみたいな?」
「......もうそれでいい」
誰も、先程すさまじい威力で蹴り飛ばされたルピを心配する者はいない。それを見て織姫は、ここは死神の世界とはやはり違うのだと実感した。
そうしているうちにルピがやって来た。髪が乱れ、まさに幽鬼のようにニルフィを睨みつけている。もはや眼光だけで殺意が届きそうだったが、当のニルフィは我知らずというようににこにこしている。
二人の確執は織姫には知りえないことだ。
わかったことといえば、ニルフィは幼い見かけに反し、やはり
考えているうちに扉が開き、促されて織姫も中へと入る。
一歩、一歩と進むうちに、後戻りできないのだなと実感が湧くようだ。薄暗い巨大な部屋の全貌が見え始め、そして高い壁の上に置かれた石造りの椅子に腰かける男が、織姫を見下ろした。
「--ようこそ、我等の城『
体が強張ってしまうのを耐え、屈さないように見上げるだけで精いっぱいだ。
「......井上織姫......と言ったね」
「......はい」
重圧が織姫を襲う。空気がチリつくような鋭さがありながら鉛の海に沈められたような感覚が織姫を蝕む。
体中の力が吸い出されるような、感じたこともないものだ。
ただの人間でしかない少女の体はそれだけで砕けそうだった。
「早速で悪いが、織姫。君の
「は、い......」
幸いと言ってどうなのか、織姫は重圧から一瞬で解放された。
観察するような藍染の目はどことなく愉悦に浸っているように見える。
ほかの
「どうやら君を連れてきたことに、納得していない者も居るようだからね。......そうだね? ルピ」
頬に青あざを作ったルピは、亡者のように低く押し殺された声で返す。
「......当たり前じゃないですか。ボクらの戦いが全部......こんな女、一匹連れ出すための目くらましだったなんて......。そんなの、納得できる訳ない」
「知らなかったのかい? 任務の詳細はニルフィに教えさせるように言っていたんだが」
「......!?」
体の節々を震わせながらルピはニルフィを睨む。もはや血の涙さえ流せそうだった。藍染がいなければすぐに襲い掛かっていただろう。
当のニルフィは知らん顔してそっぽ向いている。
それを上から見ていれば何があったかなど分かるはずだろう。しかし藍染は答えを聞くことなく、ルピに建前だけの、本心は一かけらほども入っていない言葉を投げかけた。ルピの神経を逆なですることすら分かっているだろうに。
「済まない。君が、そんなにやられるとは予想外でね」
「............!」
歯を噛み締めてルピが屈辱に耐える。
涼しげな顔のまま藍染が続けた。
「さて、そうだな。織姫。君の
すべては当てつけでしかない。
「グリムジョーの左腕を治してやってくれ」
普通ならば不可能な藍染の提案。ザエルアポロでさえ代用品を用意しなければ可能の言葉を掴むことすらできないそれは、今のルピには最高の鬱憤の晴らすモノとなる。
溢れる言葉を押しとどめることなく、声高く吐き出した。
「バカな! そりゃ無茶だよ藍染様! グリムジョー!? あいつの左腕は東仙統括官に灰にされた! 消えたものをどうやって治すってんだ!! 神じゃあるまいし!!」
「ルピさん。黙って見てなよ」
「ッ! また、お前だ! お前が邪魔する! そのせいでッ」
「お口チャックすらできないの? 藍染様はオリヒメさんに、やれって言ったんだよ。それの邪魔をしているのは、いまキミだけだ」
目を引きつらせて押し黙ったルピを放り、ニルフィが織姫のそばまでやってくる。
小さな少女が見上げる。
「お願い。治してあげて」
織姫は頷く。
たとえ他人にどれほど否定されようと、織姫に拒否権はない。
だからニルフィに頼まれようと、どれほどの想いを押し付けられようと、織姫はやるしかなかった。
グリムジョーの傍に織姫が歩み寄る。失われた左腕のある場所に、織姫が両手を添えた。
結界がそこを包み、
「私はーー拒絶する」
グリムジョーは
そして織姫はその小さな可能性すら手繰り寄せられる。
ルピが叫んだ。
「おい! 聞いてんのか、女! 命惜しさのパフォーマンスならやめとけよ! できなかったらお前を殺すぞ! その
声からは次第に力が失われていった。
骨が生まれた。肉が張り付いた。パーツが組みあがっていく。
「ない......ん......」
完全に再生させられた腕が、完成した。
その異常な光景にグリムジョーさえも目を見開く。己の左腕を握り、そして開き、それを繰り返す。動きにぎこちなさはない。慣れ親しんだように動いている。
これで良かったのか。織姫がそう思いながら下がっている間にも、ルピは困惑やぶつけられない怒りに振り回されているようだ。
「な、なんで......。回復とか、そんなレベルの話じゃないぞ......。一体何をしたんだ、女......!?」
その様が愉快なのか、藍染は口の端に笑みを刻みながら口を開く。
「解らないのかい。ウルキオラは、これを『時間回帰』、もしくは『空間回帰』と見た。そうだね?」
「はい」
ウルキオラが肯定したことにルピが口を震わせる。
現実を受け入れたくないように、辛うじて声を出す。人間がそんな高度なチカラを持つはずがないと。
しかし藍染は現実を突きつけた。
「これは、『事象の拒絶』だよ」
織姫の能力は対象に起こったあらゆる事象を限定し・拒絶し・否定する。何事も、起こる前の状態に帰すことのできる能力。
それは『時間回帰』や『時空回帰』よりも更に上。神の定めた事象の地平を易々と踏み越える。
「これはーー神の領域を侵す
それこそが織姫がこの場所へと連れてこられた理由なのだろう。
ルピはもはや何も言えなかった。たとえどれほどの否定の語彙を並べ立てたところで、目の前にある答えを塗りつぶすことなど不可能であると知らしめられたから。
そこで、織姫は腕の調子を確かめていたグリムジョーに声を掛けられた。
「......おい、女。もう一か所、治せ」
示された右わき腹の後ろにも、皮膚どころか肉を削ったような傷の痕がある。織姫はそこも再生させてみると、『6』の数字が現れた。霊圧がグリムジョーの全身を駆け巡る。軋ませるように左拳を握る。
ルピがその姿を見て、押し殺すように言った。
「何のつもりだよ、グリムジョー」
「......あァ?」
獲物を狙う、まさしく豹のような眼光となり、牙を見せつけるようにして凄惨な笑みを青年が浮かべた。
一触即発。
そうなるかと思いきや、グリムジョーは霊圧を消し、胸に飛び込んできた小さな少女を受け止める。
「グリムジョー! よかった。治った! やっと、治ったんだね! うれしい、私うれしいよ!」
歓喜に打ち震える声だ。ニルフィは屈託のない満面の笑顔でグリムジョーに抱き着く。グリムジョーは抱きしめ返すことも少女の言葉に同意することもせず、ただニルフィの好きなようにさせているようだった。どう接すればいいのかわからない。グリムジョーの顔にはわずかにそんな困惑があったと思うのは......織姫の気のせいだろうか。
これが絵本の物語のワンシーンなら、あとはめでたしめでたしと終わる場面だ。
けれど何もかもぶち壊すように声が引き裂いた。
「ーーふざけんな! なんでお前が『6』なんだよ!
その声に反応したのは、グリムジョーでも、藍染でもなく、ニルフィだった。
グリムジョーから飛び降りるとニルフィは不思議そうな顔で藍染に尋ねる。
「ねえ、藍染様。グリムジョーの腕がもう元通りだから、またグリムジョーは
「ああ、そうだ」
「もうルピさんは
ルピの見ている先で、藍染はそちらに目をやることなくたしかに頷いた。織姫は事態の奥深くが見えないが、今はルピの地位の話をしているのだろうとは察せた。
「へえ、そっか。そうなんだ」
子供が納得するように幼女は繰り返す。
「ねえ藍染様。お願いが、あるの」
子供らしからぬ、熱に浮かされたような表情で、ニルフィは藍染に『お願い』をした。
続けられた言葉にグリムジョーは悔いるように奥歯を噛み締め、治された手を握って血を滲ませた。
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ルピは真正面に立つ少女を見ているだけで、怒りで我を忘れそうになってしまう。
場所は先ほどの玉座の間からはさほど離れていない部屋だ。いや、部屋というよりも広場か。500メートル四方もある正方形の空間で、家具や石材も無く、ただ頑丈さだけが取り柄の闘技場として存在する場所だった。
口火を切ったのは、ニルフィだ。
「どうしたのルピさん? また返り咲けるチャンスが転がり込んだんだし、もっと嬉しそうな顔しないの?」
ニルフィが藍染にせがんだお願いは一つ。
元から6番の数合わせのために入れられたのが可哀想だから、自分の7番の数字を掛けさせて戦いたい。
二つ返事で藍染は了承した。
「ホントにどうしたの? もうヒツガヤさんに無様にやられちゃった傷はオリヒメさんに治してもらったでしょ? まだ痛むのかな、不名誉の傷は」
「......てめえが」
「え?」
「てめえが! あの時! 邪魔したんだろうが!!」
叫び、ルピは獣の手のように曲げた右手でニルフィの顔をえぐろうとする。木の葉のようにふわりと避けたニルフィが困惑した顔で訊いた。
「わ、私? なにもしてないよ?」
柳眉を不安そうに寄せ、無垢な目に困惑を滲ませる。
その様は冤罪を突き付けられたいたいけな少女のもの。けれどその姿はルピにとって怒りを助長させるものでしかない。
日番谷の千年氷牢を受けた時だ。ルピは触手を回転させて氷柱を薙ぎ払う腹積もりでいた。
だが、いざ間合いに氷柱が迫ろうとした瞬間、
「......破道のー」
ルピにしか聴こえなかったであろう、少女の囁き声が。
体の各所に霊圧の塊が一瞬のうちに叩き込まれた。すべて急所や関節といった要所ばかり。致命傷にはほど遠いものだったが、ルピの身体のバランスを崩すのには十分すぎた死角からの妨害。そしてルピは氷に成すすべを無くされて飲み込まれた。
それを問うと、
「え~? ホントに私の声だったの? たしかに鬼道は使えるけどさ、私以外にも隠れていた死神がいたんじゃないの?」
「--ッ! --ッ!」
もはや声にならない叫び声をあげてルピが打撃を繰り出す。
ニルフィは苦も無くそれらを避け続けた。
「てめえの声だったんだよッ。どういう手品使って隠れてたのか知らねえけどな!」
「口調変わってるよ? それに確証もなしに犯人扱いは止めてほしいなぁ。だから世の中から冤罪がなくならないんだよ」
ルピが斬魄刀を抜き放つ。狙いはニルフィの喉笛。ニルフィは突き出された斬魄刀の腹を撫でるように触れる。軌道のずれた刃が空を切った。
「あああああああああああああッ!! 殺す、殺してやる!」
「口動かさないで手を動かしなよ。そう吠えてると、弱く見えるよ。なんてね、藍染様のマネ~」
「------ッ!」
とぼけた様子で怒りが破裂するほどに膨れ上がる。
すべてがニルフィのせいだ。もはや
そもそも、最初に姿を見た時から気に食わなかった。
理由は......そうだ。思い出す。仲良しこよしをしよう、などと宣言したことがルピの琴線に触れたのだ。それに苛立った。ルピがなによりも嫌う行為をニルフィは嬉々としてやる。仲間同士の馴れ合いなぞ、反吐が出るだけだと言うのに。
そして何よりもーー弱い。
そうとしか思えなかった。強者特有の威圧感がまるでない。幻影は多少操るのだろうがその身にまとう霊圧など砂漠にいる
グリムジョーを見た時の、笑顔。ルピがなによりも嫌悪する表情だった。
「--だから! てめえは! この場所に! いらないんだよ!!」
人体を破壊させるためだけにルピが足を振るう。
「......へえ」
ニルフィが踏み込んだ。目測を誤った蹴りは本来の威力には到底及ばない。ニルフィはルピの足を難なく受け止め、引き離される前にねじる。足払いを掛ける。ルピの身体が空中に浮き、さらに回転させられ、床にうつ伏せで叩き付けられた。左腕をニルフィにねじ上げられて拘束される。
「奇遇だね。私も、ルピさんは
冷笑したニルフィがルピを拘束したまま右足でルピの頭を踏みつける。ぐりぐりと、プライドごと甚振るように。ホットパンツから伸びる白く繊細な足をゆっくりと動かしながらニルフィは言った。
「この戦いはね、キミの数字取りのチャンスだけど、もちろん私にもメリットがあるんだ。あ、痛めつけることだけじゃないよ? ルピさんにね、言ってもらいたいことがあるの。今までの私の大切な人たちを侮辱する言葉を取り消す、ってね」
「ぐっ、ぉ......言う、かよ」
「言ってよ。怒ってるんだよ、これでも私はさ。まあ、現世で死んでくれなかったのは残念無念だけど、このほうがよかったのかな? こうやって公式でキミを痛めつけることができるから、さ。向こうで死んでたらキミにこういう屈辱を感じさせられなかったし」
けらけらと笑ってニルフィは腕の力を強める。ビキリ、と嫌な音がルピの肩から響いた。
「ほら、言わないと肩が砕けちゃうよ?」
「馬鹿、かよお前。ボクがお前なんかに言うワケ、ないだろ。あんな、骨の抜けた、クズたちになら......なおさらな」
「............」
「ボクは言わないぞ? お前の、悔しそうな顔、臨むまでさ......!」
無言のまま見下ろすニルフィ。表情と呼べるものが張り付いてない空っぽの顔だ。
わずかに拘束の手が緩んだのをルピは見逃さなかった。肩から骨の粉砕された音が出ようが、強引にニルフィの腕を振りほどいて距離を取る。
斬魄刀を抜きながら声を出す。
「
刀剣解放の状態となり肩も治ったルピが、触手を揺らめかせながら歯を食いしばった。
「それにボクはこんなところで死ぬつもりなんかない! また
八本の大木の幹のような触手がニルフィに殺到した。
それを見越していたようにニルフィは最初の一本を身を捻って躱し、次の二本の束を風に舞う木の葉のようにいなす。反撃もすることなく、ニルフィはただ避けることに専念する。
ルピの喉から哄笑が漏れた。
「は、ハハハハハッ! 避けるだけじゃんかよ! それじゃあボクのことは倒せないぞ!?」
それぞれの触手の先端に鋭い棘が万遍なく生えた。一本が届いたと思えばもう次の一本が放たれ、あるいは数本同時に少女へとおそいかかる。それでもニルフィは避けるだけだ。
避けて、避けて、避けて......それで。
「はは、は......?」
--いつになったら仕留められるんだ?
ルピの頭にふと、そんな疑問が湧くほどの時間が過ぎた。
触手の攻撃範囲からニルフィは一歩も出ていない。
異常だ。
ようやくニルフィに対して心の底からの危機感を覚える。それは今までわざと目を逸らし、胸の奥に押し込めていたものだとは気付けなかった。
ルピの背に冷や汗が流れ始める。触手を一旦引かせると、息一つ乱していないニルフィが、さっきまで戦いすらなかったかのように佇んでいる。本当に、さっきまでのことが戦いにすらなっていないとでも言いたげに。
「なん、だよ......お前。なんで何もしてこないんだよ!?」
「やってるよ。ちゃんと避けてあげてるじゃん。あれで終わりって訳じゃないよね? アーロニーロさんならもっと嫌らしい策を使って私のことを追い詰めるよ?」
なんてね、と少女が肩をすくめ、
「ルピさん。これからキミの人格とかプライドとかへし折ってあげる。ホントは東仙さんにやろうと思ったんだけど、予行演習としてはちょうどいいかもね、うん。キミが泣いて床を舐めながら『今までの言葉を取り消します』って宣言するように、私はキミの心を砂よりも細かく砕いてあげるよ」
一歩ニルフィが前に踏み出す。無意識に、ルピは一歩下がった。
見てしまった。少女の目を。金色だというのに、さっきまでルピが抱えていた負の感情すら生ぬるく感じてしまうほど、
「必要なのは、そうだね。痛みだ。ルピさんにはこれから発狂すら許されないような苦痛を与えてあげる」
「......く、来るな」
「私たち
「ーー来るなッつってんだろ!」
身を守るように触手を回転させる。唸るような音と共に極太の触手は風を切り、その手前でニルフィが足を止めた。
恐怖が滲み始めたルピの顔。それを見てニルフィが嗤う。
「クフッ、アッハハハハ......アハぁ。いま、私のことを怖いって思った? 思ったんだよね? 一日前まで見下していた相手を怖がって、さ」
けらけらからからふふふのふ。
無邪気でありながらねじまがった心にすり替わり、少女の姿をした所謂バケモノは高い声で笑い声を響かせる。
ああ、愉快だと。滑稽すぎて笑い死にさせるつもりかと。相手に万言の侮蔑の感情を向けながら、狂ったスピーカーのように身を震わせた。
「だからって、赦したりするつもりなんか無いんだけど。......さあさあさあさあ、解体ショーのはじまりはじまり」
酷薄な笑みを張り付けたままニルフィがフードを目深に被った。
剥き出しの小さな八重歯がそこから見える。
消えた。少女の姿が、ルピの目の前から消えた。
ルピは知らない。
それが少女を『何者でも無くす』ことで得られる完全な隠形の極致だということを。
「どこだァッ!」
触手の回転数を上げながらルピが叫ぶ。危険だ。アレを自分に近づけさせたらダメだ。本能が警告を発し、触手の壁で身を守る。
だが、
「ぁ......?」
右腕に違和感がありそこに目を向けた。
切り刻まれ、血が噴出している。それだけならばまだいい。だが無残な見た目以上に、神経だけをずたずたに斬られたことで苦痛の咆哮を上げる。
どこからともなく声が届いた。
「ザエルアポロさんからは人体の構造について教えてもらったんだ。いっぱいね」
その声の方向に触手を突き出す。空振り。
「特に拷問の方法が勉強になったよ。傷口に作った薬を滲ませるだけで、もう軽い拷問になるんだもん」
あらゆる場所に触手を振り回すが、小さな少女の身体をついぞ捕えることはできなかった。
ピッ、とルピの左足に紅の線が奔る。瞬く間に肉が削がれて神経が引きずり出された。驚くほど綺麗な手際だった。崩れ落ちそうな体をルピはなんとか踏ん張らせる。
「くそ、がぁ......ッ!」
「言いたくなった?」
「黙れ、黙れ黙れ黙れェ! ボクを、コケにしやがって......ッ」
「--そっか。まだそんなに吠えられるんだ。もっと痛めつけて、壊してあげるよ」
宣言と共に、そして下手人の姿すら現れることなく、ルピの右足が切り刻まれた。
......。
............。
........................。
しばらくして、削れた部屋の床にゴシャリと落下したモノがあった。血の水たまりが盛大に跳ねる。
刀剣解放の状態もすでに解けていた。四肢は綿密でありながら好き勝手に破壊され尽くし、胴体にくっついているだけと表現したほうがよかっただろう。それはさっきまでのこと。立つための足はルピの胴よりも少し離れた場所に転がっていた。
「............ぅ」
最初は四肢だけを狙った攻撃は次第に胴へと及ぶ。腹からは出てはいけないものが溢れ、中性的であったはずの顔はもはや判別がつかない。皮が付いている部分が珍しいほどだった。血が刻一刻と全身から流れ出している。
「ぁ、ぁ............」
それでも、ルピは生きている。生かされている。
ザエルアポロの技術と、グリーゼの
痙攣する肉塊の手前の空間に墨を垂らしたかのようにニルフィが現れた。ウサ耳の余分な生地が付いたフードを下ろし、右足でルピの頭を無造作に踏みつける。満面の笑顔でさっきまで解体していた家畜に声を投げかけた。
「ねえルピさん。言ってよ。今までの発言を撤回します、ってさ」
ルピが震えた。喉と肺だけは声を出すためだけに無事である。だが悪態をつくことはできない。もう殺してほしかった。傷と薬の生み出す常識を逸した痛覚が脳を破裂させそうだ。許しを請え。もう解放させてほしい。砕かれた自尊心から、そんなみじめな声がさっきから響いている。
何が何だかわからなかった。何をしてくるのかわからなかった。何を考えているのかわからなかった。何をされるのかわからなかった。冷たい氷のようにルピの全身を凍えさせていた。
何度も何度もルピは抵抗したのだ。
そのどれもが阻止されて徒労に帰す。
少女はただ行動していただけだ。あらゆる手を使い、今までの発言を撤回させるために。
なにがそこまで彼女を駆り立てているのかわからない。だがルピはそれを考察することすら放棄し、喉を震わせる。
「わ、かった......」
「なぁに? わかった、だけじゃ私はわからないよ」
「て......て、っかいする......。あやま、る、から......」
もう楽にさせてくれ。
プライドもなにもかも捨て去った懇願。
それを聞き、ニルフィはにっこりと笑う。
「うん。ちゃんと聞いたよ。ありがとうね、ちゃんと謝ってくれてさ。怪我を少し治すね」
ルピの頭から足がどけられた。ニルフィがその足でルピの胴を引っ掛け、仰向けにさせる。体を温かな光が包み、応急処置程度でしかないとはいえ、他とは違い練度の低い回道がルピを癒す。
わずかばかり体の感覚が戻った気がした。
予想では殺されると思っていた。けれどニルフィは雑にだがルピの身体に処置を施していく。
呼吸がだいぶ楽になった。助けられたことに、ルピは困惑の声を出す。
「......ボクを、殺さ......ないのかよ」
「え?」
「なんで、こんなコト......すんだよ。......見捨てられないとか、かよ......」
ルピの言葉にニルフィは困ったように笑顔となる。
そしてしゃがみこみ、
「えいっ」
細腕を回復させているルピの腹に突き込んだ。
絶叫するルピ。その叫びの合間を縫うように、ニルフィが笑顔のまま言った。
「殺すつもりだよ? キミにはもっともっと廃人になるくらい痛みを与えてから、ね」
なぜだ、と。ちゃんと言ったはずだと、ショートしそうな頭の隅にそんな言葉が思い浮かんだ。視線にも現れていたのだろうか。ニルフィができの悪い子供に教えつけるように答える。
「べつにさ、誰もキミが言葉を撤回したからってそれで全部水に流すなんて、言ってないよ?」
ずぶずぶと肉に手が埋め込まれていく。臓腑を掻き分け、背骨を掴んでシェイクした。
失神したかと思えば痛みで現実に引き戻され、また失神させられる。その感覚がだんだんと短くなっていき、逆に痛みだけはさらにクリアになる。ルピの喉からは意味のない空気だけが吐き出された。
「東仙さんにやれたらどんなに最高なんだろうね? ......あれ? 気絶しないでよ」
ニルフィの口の端が吊り上げられた。
「どんなに泣いて赦しを乞うても、私はゼッタイに赦したりなんかしない」
叫び声がすぐに収まることはなかった。
主人公は隠れS気質。
......最近になって艦これをやり始めました。知り合いに誘われて新しいサーバーにイン。でもレベルがまだ8の弱小提督です、はい。
建築のやり方がわからずに資材をめっちゃ投入した結果当たった霧島さんとがんばりま
す。ちなみに二度目は球磨さんでした。アドバイスなどがあれば上から目線で構いませんのでこの卑しい新米に教えてください。
でも課金はゼッタイにしないよヒャッホー!