記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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それでも話は独歩する

 天蓋付きのベッドの下でニルフィが目を覚ます。

 

「ん......」

 

 薄暗い室内を見回し、いまだにぼーっとする頭を働かせる。

 

「そっか、夢じゃないんだ」

 

 忘れたい出来事は眠ったことにより、更に鮮明に記憶に焼き付いた。シャウロンたちはもういない。あの後にあったグリムジョーとのやりとりも、舌先に残る血の味が現実だったと教えてくれる。

 意識が落ちたあとにどうなったのだろうか。

 服は寝巻き用のネグリジェに変わっており、場所も第7宮(セプティマ・パラシオ)だ。きっとアネットが連れて来てくれたのだろう。

 --気まずい、かな。

 シャウロンたちが斬られた時、ニルフィの従属官(フラシオン)は主人を強引に止めた。それは間違っていない行為だ。もしニルフィが東仙に本気で襲い掛かっていたら、藍染からは何らかのペナルティを与えられていただろう。アネットとグリーゼは従者として何も間違ったことはしていない。

 しかし理論と感情は別物である。それにニルフィを拘束していた時のアネットの表情は、ひどく苦渋に満ちていた。アネットの内心を理解しているからこそ今は顔を合わせたくない。臆病かもしれないが、このもやもやした気持ちをどうしたらいいか、ニルフィにもわからないのだ。

 

「気分転換でもしよっかな」

 

 寝台を降りたニルフィはネグリジェを脱ぎ捨てると、そばに置かれていた死覇装に着替える。

 宮の霊圧を探知。アネットたちはそれぞれの部屋にいるようだ。

 ニルフィはその近くを通らないように厨房に行く。リンゴを何個かくすねると下官に一言伝え、砂漠へと足を踏み出した。

 迷いたくはないので宮が必ず視界に入る場所にまでしか行かない。

 

「............」

 

 何も考えることもなくトコトコ進んでいく。

 思い出したようにリンゴを一口、そのままかじる。シャキッと小気味いい音がした。ちょうどいい酸味のある甘さが口の中で広がり、果汁が喉を潤したことで頬が緩む。

 固まっていた顔がいつも通りになった気がした。

 

「ん、おいしい」

 

 リスが食べるような様子でリンゴを頬張りながら、適当な塔の上にまで駆け上がる。それなりに広い屋上の中央にやってくると糸が切れたように座り込んだ。

 胸の中で虚しさが込み上げてきた。

 喪失というものはここまでのものかと自分でも驚く。

 でも、涙は出ない。虚夜宮(ラス・ノーチェス)にやって来た頃はよく目に涙が溜まったというのに、枯れてしまったように出てこないのだ。シャウロンたちの死がとても悲しいのになぜだろう。それは自分が薄情だからではないのかと思うと、ニルフィはやるせない気持ちになった。

 

「--おっとォ、先客ってのは珍しいな」

 

 背後からの声に振り返る。

 そこにいたのは下顎骨のような仮面の名残を首飾りのように着けた黒髪の男。思考にふけっていたとはいえ、ニルフィはこの男が屋上にたどり着くまでに気配を感じなかった。

 警戒心が湧かなかったのは、男の漂わせる気怠さと、それとない哀愁のせいだろうか。

 

「お兄さんは?」

「お兄さん、ね。嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 

 欠伸交じりに答える男はニルフィの近くへと歩いてくる。

 

「スターク。コヨーテ・スタークだ」

「私はニルフィネス・リーセグリンガー。よろしくね、スタークさん」

「ああ、こっちこそな」

 

 スタークの名はニルフィも知っている。

 第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

 ニルフィは初めてこの男の姿を目にした。

 平常時では実質的に十刃(エスパーダ)の中で最も強い存在である。見かけでそうは見えないが、ならば幼女の姿のニルフィが十刃(エスパーダ)ということもおかしな話になってしまうだろう。

 

「先客って......もしかしてここってスタークさんの場所だった? ごめんね、知らなかったよ」

「いいさ。別に名前書いてたわけじゃないしな。たまに外に出れば、よくここに来るんだよ。......あ、隣いいか? いつもここで昼寝しててな」

 

 了承したニルフィの隣にスタークは仰向けに寝っ転がる。

 

「たしかに、良い場所だね」

「そうだろ」

 

 それだけ言うと、スタークは目を閉じる。

 無防備極まりない姿だが、彼をどうこうしようとなどニルフィは考えていない。

 ニルフィは静かに風景を眺めていた。

 とても静かである。こんな辺鄙な場所には普通なら破面(アランカル)は近寄らない。だから余計なしがらみもなく昼寝などできる。

 ささやかな風が頬を撫でた。偽りの晴天から注がれる日光がやさしい。

 会話もなく、無言の時間がゆっくりと流れる。

 --私が変、なのかな?

 この世界では命は散るためにあると言っても過言ではない。しかしニルフィは、アネットたちのようにドライになれる気がしなかった。なんの面識もない破面(アランカル)を殺すことにためらいがないのは、十刃(エスパーダ)の就任の時に証明して見せている。

 --ああ、これってエゴなんだ。

 ニルフィの今の気持ちは、大切なおもちゃが壊れた時に感じるものと同じ。子供の感情。

 みっともなく未練たらたらと引きずっていく。

 フードに入れていたリンゴを取り出して食べ、それが三個に増え、芯はまとめて虚閃(セロ)で燃やし尽くす。そしてしばらくぽーっと空を見つめてから、ニルフィが口を開いた。

 

「起きてる? スタークさん?」

「......ああ」

 

 眠ったわけではないようだ。適当な話題をふっかけてみる。

 

「スタークさんのこと、虚夜宮(ラス・ノーチェス)だとあんまり見ないけど、ずっと自分の宮にいるの?」

「ああ。外に出ても、大体はここに来るな」

「任務とかは?」

「ここ最近はあんま無いな。ウルキオラって奴が来てからだと特に」

「そうなんだ。......あ、そういえばアネットが言ってた。仕事勤めの人を『社畜』なんて呼ぶみたいだけど、家に引きこもってる人は『家畜』って呼ぶのはホントなの?」

「......嬢ちゃん。その言葉は、不特定多数の大人の心を粗いナイフで抉るようなモンだ。誰にも言っちゃだめだぞ」

「はーい」

 

 胸を押さえながらかろうじて言い切るスターク。彼のトラウマを刺激したことにニルフィは気づいていない。なんとも末恐ろしい幼女だ。無意識に相手を再起不能にさせようとしている。

 強引にスタークが話題を変える。

 

「それより、嬢ちゃんはこんな辺鄙なトコに何の用だ? なんの面白みもないトコだぞ」

「ちょっと、ね。顔合わせるのが気まずいから逃げてきちゃった」

「俺もだ。ウチの宮にもうるさい奴がいてな」

「似た者同士だね」

「......嬢ちゃんよりはちょっとばかしランクが下がるかな」

 

 内情的に重いのはニルフィのほうだ。無職の男が言われるようなことを、ニルフィと容姿的な幼さが近い少女から言われて逃げてきたとは、なんとも情けない。

 彼らが出会ったのは偶然か、はたまた必然か。

 

「でも、スタークさんはその従属官(フラシオン)さんのこと、嫌ってないでしょ」

「どうしてそう思う?」

「ホントに疎んでたらもっと嫌な顔するから」

「生憎、俺って低血圧なもんでね。表情に出すのも億劫なんだわ」

 

 しかし口で言うほどスタークの雰囲気は悪くない。本心では大切な存在なのだろう。

 

「嬢ちゃんは......」

「え?」

「嬢ちゃんは、どうしたんだよ。さっきから物憂げな顔しちゃって」

「顔に出てた、かな?」

「ああ」

 

 スタークが言うからには、そうなのだろう。グリムジョーがそばに居れば湿気た顔をするなとでも言うだろうか。同じように、彼の従属官(フラシオン)たちも。そこまで考えたところでニルフィは、現実を思い出すと内心でため息を吐く。

 今度は、自分でも情けない表情をしていると感じられた。

 

「これって独り言なんだけど、ね。うるさくて寝られなかったら言ってね」

「俺でいいなら愚痴でも聞いてやるさ」

 

 ほとんど会話もしたことのない相手。けれど今はだれでもいいから、聞いてみたいことがあった。

 

「仲間が殺されて悲しいって思うのは、おかしいのかな?」

 

 相手からしてみればなに言ってんだと思われる質問かもしれない。死神ならともかく、破壊衝動に身を任せる(ホロウ)から進化した破面(アランカル)が、そもそも『悲しみ』なんて感情を持つのがおかしい。それを自覚した上での質問だった。

 スタークは薄く目を開く。しばらく青空を眺めていたと思うと、ゆっくりと視線をニルフィへと移した。

 

「いや......、どうだろうな。少なくとも俺は、嬢ちゃんの言ったことが変だとは思わないぜ」

「どうして?」

「どう、つっても。あれだ。俺にもなんとなく。ああ、なんとなくだ。理解できるからな」

「なんとなく?」

「......いや、違うな。ちゃんと知ってる感情だ」

 

 要領を得ないスタークの言葉にニルフィは安堵の息を漏らす。

 

「変だって言われちゃったら、こんな感情、捨てなくちゃいけなかったかも」

「大げさだな」

「ううん、大げさでもなんでもないよ」

 

 それを聞いてスタークが難しい顔となる。

 

「嬢ちゃんは難しく考えすぎじゃないか?」

「そうかな。でも、私が変わらないと、私のまわりから全部なくなっちゃいそうなの」

「死んじまうってのは仕方ないことだろ。どんなに嫌がっても、覆せない。それよりだったらそばに死ににくいやつを置いといたほうが、まだいいと思うんだがな」

「死んじゃう人は見捨てろってこと? そんなのは私が嫌だ。だったらもっと力をつけて、頭もよくなって、解決できるようになんだってする。見てるだけなんて、耐えられない」

「それは......」

 

 スタークは言葉を切ると、しばらく黙り込む。虚空をにらむような目は遠くを、記憶を探るように見ていた。おそらく、否定の言葉を探しているのだろう。

 しかしスタークは、ため息と共に別の言葉を口にした。

 

「ーー俺は、見てるだけだったな」

 

 声には寂寥が含まれる。『孤独』を死の形に司る十刃(エスパーダ)。彼は力なく首を横に振る。

 

「嬢ちゃんにはなんか偉そうに言っちまったな。そうだ。俺は嬢ちゃんみたいに頑張ろうなんて、思ったこともなかったよ。妥協に走っただけで満足した野郎だ」

 

 スタークが身を起こす。手袋に包まれた手で顔を覆いながら、その隙間からニルフィの瞳を見据える。どこか眩しそうに目を細めていた。

 

「嬢ちゃんは幸せ者だよ。ようやく得られた仲間ってやつに満足するんじゃなく、価値を見出してる」

「どうかな。私はスタークさんが昔、なにがあったのかなんて知らない。勝手なこと言って困らせちゃった?」

「いいや。けど言えるのは、感情ってモンが俺らの中にあるってことだ。寝たいから寝る。食いたいから食う。ただの虚(ホロウ)と違ってくだらない動作ひとつ取っても、感情ってやつが纏わりつく。何をどう思おうが、そりゃ自分の勝手だ」

 

 問題なのは自分がどう思うかで、他人の言葉など判断材料にしないほうがいい。

 ニルフィが大切だと思えば、それは大切なものなのだ。だからおかしくとも何ともない。自分の考えたことに従おうとするのは当たり前のことなのだ。

 

「なんか説教臭くなっちまったな」

「ううん、なんとなく整理はつきそう」

 

 あとはこの感情をどの方向に持っていくかだ。そしてもう決めた。 

 もう何も失わないくらいに強くなる。

 他人のためではない。自分のためだ。守るために強くなることと同意義で、プライドの高い破面(アランカル)たちからしてみればうっとおしいものだろう。

 それでもだ。

 元からエゴでしかない動機であるならば、そのエゴを貫き通そうと思う。

 

「さて、と。俺はそろそろ戻るよ」

「ありがとね、話に付き合ってくれて」

「そう大層なコトしたつもりないさ。......ああ、時間があればいつでも俺の宮に来ていいぞ。嬢ちゃんに興味のあるやつがいるんでね」

 

 立ち上がったスタークは伸びをすると、響転(ソニード)だろう、それを音もなく使ってその場から姿を消した。

 性急すぎやしないかと思ったニルフィだが、すぐにその理由に気づく。

 入れ替わるようにアネットが塔の上に姿を現す。表情からは焦りが見て取れた。

 

「--ニルフィ」

「あぅ......あ、アネット」

 

 気付けば、宮を飛び出してかなりの時間が経っていた。いつまで経っても戻らないニルフィを心配して探しに来たのだろう。アネットの髪は少しばかり乱れていた。

 しかしアネットはニルフィの少し手前で立ち止まり、悔いるような、言葉にしがたいといった表情となる。

 見つけたはいいが、どう話しかけていいかわからないのだろう。昨日の今日だ。咄嗟のことだったとはいえ、ニルフィにとって最善のことではない。

 けれど、

 

「アネット」

「......えぇっと、その」

「大丈夫だよ」

 

 嫌いになるつもりはない。こうして探しに来てくれたのも、アネットにとってニルフィは大切な存在だからだ。

 アネットの目の前まで来たニルフィは、従属官(フラシオン)に目線を合わせてもらえるように膝を突かせる。アネットの背に腕をまわして抱きしめた。

 

「大丈夫だよ。私、強くなるから。だから、そんな顔しないで」

 

 自分からアネットを抱きしめたのは、はじめてだったかもしれない。

 

 

 ----------

 

 

 市丸ギンはとある破面(アランカル)のもとへと足を運んでいた。

 

「こんなトコまでわざわざ何の用かなぁ? 死神さんは?」

「いい報せを持ってきたんや。そう警戒せんといて、ルピくん」

 

 破面(アランカル)の名はルピ・アンテノール。左側頭部に仮面の名残が付いている、中性的な容姿の小柄な少年のような風貌をしていた。

 そんな彼は警戒心を隠そうともせずに、さっきまで座っていたというのにわざわざ立ち上がって構えるなど、ギンを信用していないことがわかる。

 むしろそれでもいいと、ギンは飄々とした態度を崩すこともない。

 

「ボクに? 君がそう言うとなんか不吉な気がしてならないんだけど」

「まぁまぁ、そうツンケンせんといて。ルピくんも聞いてはるやろ? グリムジョーくんが十刃(エスパーダ)落とされたって話」

「......まあね」

 

 グリムジョー・ジャガージャックの十刃(エスパーダ)落ちの話は、瞬く間に虚夜宮(ラス・ノーチェス)に広がっていた。現世に独断専行で侵攻したことの罰則が理由となっている。実際には東仙がグリムジョーの腕を斬ったことで戦闘能力が激減したためだ。

 それはともかく、十刃(エスパーダ)の座が空いたことが虚夜宮(ラス・ノーチェス)の空気をざわめかせていた。

 宮殿のあちこちで破面(アランカル)たちが情報を交換し、たまに私闘を繰り広げながら、この話題を知らぬものはいなくなった。

 元第7十刃(セプティマ・エスパーダ)ゾマリ・ルルーが、ニルフィネス・リーセグリンガーに返り討ちにされてからさほど時間も経っていない。ニルフィの十刃(エスパーダ)就任の際に藍染が容易く十刃(エスパーダ)の更新をしないと公言しており、そのこともあって次に誰が据えられるか話が広がっていた。

 

「隊長から伝言や。次の第6十刃(セスタ・エスパーダ)は君みたいやで」

 

 その言葉にルピは目の色を変えた。

 

「そうか! あの人もついにボクの力を認めてくれたって訳だね!」

「そうみたいやね。数字はあとで渡されるみたいやし、ボクがここに来たのはこれを伝えるためだけや」

 

 ギンの言葉をもはやルピは聞いていないようだ。

 それもそうだろう。この場では十刃(エスパーダ)とはそれだけの価値のある称号だ。自らの力が証明された(あかし)。力を何よりも重んずる破面(アランカル)にとって、これほどらしい地位は無い。中にはホントは興味ないという少女もいるが、あくまでごく一部の意見でしかない。

 

「喜んでるトコ悪いんやけど、君にひとつ忠告せなあかん」

 

 水を差されてルピは眉をひそめる。早く言えとでも言うようにギンを睨んだ。

 これから十刃(エスパーダ)となる存在を前にしてもギンは飄々とした笑みを崩さず、カパリと口を開けた。

 

「ニルフィ……、ニルちゃんにちょっかい掛けるのは止めとき」

「はぁ?」

 

 訳が分からないとでもいうように、ルピの表情の不快の度合いが大きくなる。

 

「なんでボクがあの子供に遠慮しないといけないんだよ。あいつはNO.7(セプティマ)。ボクはNO.6(セスタ)。格が上のはずだろ?」

「遠慮じゃあらへん。ただ、ちょっかい掛けるのは止めとき言うてんの。あの娘とキミは、相性悪う思うんや」

「ハッ、そんなことか。何度か見たことあるけど、ただのガキだったよ。他の十刃(エスパーダ)に取り入って媚びてる雑魚だ。ゾマリが死んだのも油断してただけだろ?」

 

 ギンは内心でため息を吐く。

 --ああ、アカンわ。

 --この子、ニルちゃんのこと完全に舐めきっとる。

 ルピの気性から穿った見方しか出来ないのが原因だろう。彼の言ったことには多大な語弊がある。

 十刃(エスパーダ)との交流はただ仲良くしたいだけ。道に迷ったとき以外、ニルフィは一度も彼らに庇護を求めたことなどない。むしろ他の十刃(エスパーダ)のほうから構いに行っている節があるのは、ギンでも驚いていることだ。

 そしてゾマリが死んだこと。たしかにゾマリは油断していただろう。しかしその油断を突いたからといって、仮にも十刃(エスパーダ)を無傷で倒すのは難しい。しかしニルフィはそれを成し遂げている。

 --まァ、実際にあの娘が戦ってるトコ見ても信じられへんよなぁ。

 --いや、もしかしたら見たからこそ信じたくないんやろうな。

 現実を見ないようにしているのかもしれない。あの脆弱にしか見えない存在に自分が負けていることが許せないから。

 ニルフィの十刃(エスパーダ)就任後、耐えきれなくなり襲い掛かった破面(アランカル)もいた。......まあ、その輩はアネットとグリーゼによって影で消されており、それをニルフィは知らないのだが。

 

「キミがそう思うんなら別にいいんやけど」

「なんだよ、その言い方」

「なんでもあらへん。ボクもはなから忠告聞いてくれる思うてへんし」

 

 ルピの十刃(エスパーダ)入りは、おそらく一時的なものになるであろう。

 これからの任務の内容と少しの事情さえ知っていれば、おのずと未来は推し量れる。それを知っているギンからしてみれば、ルピは道化にしか見えなかった。

 あくまでのらりくらりと、ギンは必要以上のことは言わない。

 

「あ、もしかして君もあの子にほだされてるクチ? 心配してわざわざ言いに来たの?」

「あんな可愛いコからのお願いなら喜んで引き受けたんやけどね。生憎、お願いしてきたのは隊長なんや」

「そ。でも君の警告ってあれだろ。そのニルフィネスってやつに変なことしたら、いま従属官(フラシオン)やってる二人が黙ってないから、とか? やっぱりアイツは強い奴の影に隠れてるだけだろ」

 

 ギンは静かに首を横に振る。

 

「一番危ないんはニルちゃんや」

「なんでだよ」

「あの娘は優しすぎるんや。だからキミとは相性が悪い言うてんの」

「ますます訳わかんないんだけど?」

 

 口で言ったところでルピには理解できないことだろう。

 ニルフィには地雷がある。あるいは逆鱗と呼べるものが。

 それに触れてしまった東仙は、あの時、藍染が止めていなければタダでは済まなかったことが察せられる。

 ギンにとって共感できる感情であった。だからこそ分かるのだ。ひとたび抑えを失えば、どんなことでも決行すると。

 --ま、忠告なんて元から無理やったな。

 ルピは必ず地雷を踏み抜くだろう確信がギンにはあった。

 

「ふん、これでくだらない話は終わり?」

「そうやな。思ったより立ち話しすぎてもうた。あと、宮のほうはもう空いてはるから、要望とかは無理なモンでもない限り下官に言うといて」

「せっかくのいい気分が台無しだよ」

 

 歩き去っていくルピの背を見ながら、ギンは一瞬だけその笑みを濃くした。

 --さてはて、どうなるやろうね。

 彼も身をひるがえし、人知れず邂逅の場となった空間に静寂が戻った。


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