記憶の壊れた刃   作:なよ竹

17 / 53
更新期間が開いてしまい、大変申し訳ございませんでした。
言い訳をするならばこちらのパソコンがクラッシュ寸前で修理に出しており、データが無に帰した状態で戻って来たのが悪いんです(泣)


閉幕を下ろすのは

 限定解除。

 それをした途端、シャウロンは相対していた死神、護廷十三隊十番隊隊長である日番谷冬獅郎の霊圧が跳ねあがったのを感じた。日番谷だけではない。他の場所からも二つ、先程までとは比べ物にならない霊圧が空へと吹き上がる。

 光の帯が夜闇を切り裂いた。

 帰刃(レスレクシオン)五鋏蟲(ティヘレタ)』を発動させていたシャウロンは、唐突に己の右腕に違和感を感じる。

 

「な......何だと!?」

 

 鋭く伸びた爪を持つ手が凍り付かされ、砕け散っている。

 先ほどまでの日番谷の全力では傷つかなかった強靱な爪が破壊されたことに目を見開く。

 ーーなぜだ? 

 現世に侵攻した第6十刃(セスタ・エスパーダ)主従。先のニルフィたちの出現を危惧したことによる尸魂界(ソウルソサエティ)の援軍もろとも、空座町にいる霊圧保持者を皆殺しにするつもりだった。

 ディ・ロイとエドラドは返り討ちにされたようだが、シャウロンは日番谷を、イールフォルトとナキームはそれぞれの副隊長相手によく立ち回っていたはずなのに。

 

「--限定解除」

 

 霊圧の上昇により濃くなった冷気を振り払いながら、小柄な少年のような外見の死神は言った。

 

「俺たち護廷十三隊の隊長・副隊長は、現世の霊なるものに不要な影響を及ぼさぬよう、現世に来る際はそれぞれの隊章を模した限定霊印を体の一部に打ち込む。そうすると、霊圧を極端に制限される」

 

 ここまでの説明でシャウロンは理解した。

 つまり、隊長格相手に勝率のある戦いをできていたのは、相手が本来の力を抑えていたからで。

 

「その限定率は80パーセント。つまり限定解除した俺たちの力はーー五倍だ」

「......成程」

 

 タネが割れるとシャウロンは屈辱を味わう。それと同時に納得もした。

 所詮、自分たちは最下級大虚(ギリアン)。そんな自分たちで護廷十三隊の隊長格を殺せるのなら、藍染はそもそも十刃(エスパーダ)など作らなかっただろう。だから、これは危惧していながらも予想できたこと。

 相手の霊圧が二倍までなら良かった。しかし五倍となれば、今度は逆にシャウロンが追い詰められる側だ。

 

「終わりだぜ。シャウロン・クーファン」

 

 日番谷が刀を構える。限定解除前から卍解『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』を解放していた。霊圧が膨れ上がったその一撃を、さっきまでの前哨戦(・・・)のように受け止められる自信は、シャウロンにはない。

 シャウロンは奥歯を噛み締めた。視界の端ではナキームが、十番隊の副隊長である女の死神に背を斬られている。イールフォルトの霊圧も大きく乱れた。もはや、彼らでは勝利を掴むことすら叶わない。

 

「それでも、私は死ぬわけにいかない」

 

 噛み締めるように呟く。

 そしてシャウロンは声の限りに叫んだ。

 

「ーー退け!! 一時撤退だ!!」

 

 けれど心のどこかで分かっている。この場で、自分たちは死ぬのだと。

 手負いとなった最下級大虚(ギリアン)では力を吹き返した死神から逃げられない。

 それでも、シャウロンは空へと逃げる。

 --まだだッ。ここで、ここでは! 死ぬわけにはいかない!

 たとえ叶わないとしても、己を奮い立たせる。

 

「逃がすかよ」

 

 気づけば、全力で逃げていると思ったのに、すぐ背後に日番谷の斬魄刀が迫っていた。死があと一メートルもしないうちに届く。 

 振り返りながらシャウロンは諦めた。もう、生き長らえないと。

 シャウロンは生に固執しているのではない。自分たちの王が、『王』であることを見るために生きるのだ。そのために何もかも捧げた。だから死に対しての恐怖はない。悔しさだけが残る。

 ーーグリムジョーは......生きるか。

 たとえ自分たちが死んでも、主であるグリムジョーは生きて虚夜宮(ラス・ノーチェス)に戻るだろう。

 --保険は掛けておきましたが。

 この侵攻を、ニルフィの成長事件の際に第6宮(セスタ・パラシオ)にやって来たグリーゼにだけ教えている。それを伝ってニルフィにも届くだろう。グリムジョーは望まないはずだと思いながら、できれば彼女にグリムジョーが『処分』などされないよう、そんな旨を託してきた。

 だから、あとのことは心配ない。

 

「......無念」

 

 斬魄刀が喉元に届く直前、シャウロンは眼を閉じた。死を受け入れるように。

 

 

 

 

「まったく、男ってこういうのカッチョイイ~、なんて思ってるんですかね?」

 

 

 

 

 覚悟とか、信念とか。そんなものをぶち壊すかのように女の声が割って入る。

 シャウロンは眼を見開く。それは日番谷も同じだった。日番谷の斬魄刀がシャウロンの喉元の前で止められている。

 いくつもの薄く細い板を重ね合わせたような扇だった。鉄扇という武器にカテゴライズされるその特徴的な斬魄刀の持ち主を、シャウロンは知っている。すぐ右前の空中に立つように、女は左手に持つ鉄扇で必殺の刃を受け止めていた。

 朱色の髪が夜風になびいている。アネットだ。

 シャウロンが疑問を口にする前にアネットが鉄扇をひねる。

 

「遠慮はいらないかしら?」

 

 そこを起点として紅蓮が吹きすさぶ。

 

 炎翼舞(ラ・プルーマ)

 

 その熱気に押されてか、日番谷が死神の高速移動法『瞬歩』を使ってまで距離を取る。

 アネットはちらりと別方向を見やった。ナキームが死神の斬魄刀の能力であろう灰に身を包まれそうになっている。その様子に目を細め、身に纏う炎を凄まじい速さで灰に叩き付け、押し返す。その隙にナキームは離脱する。

 警戒した死神の二人が合流し、アネットの出方を伺う。

 

「なぜ、ここまでやって来た」

 

 かすれた声でシャウロンが問うた。アネットは火炎をコートのように纏いながら肩をすくめる。

 

「どうしても何も、アタシのご主人サマからの命令よ。あ、お願いかしら? まあどっちでもいいけど、あの馬鹿(グリムジョー)を連れ戻しに東仙の代わりにやって来たんです。どうせ負けてるだろうし救助も兼ねて、ソッコーで」

「......そこまでは、頼まなかったはずだ」

「前にあなた、言いましたよね? 自分の主人を少しは信頼しろって。じゃあ他人の主人にまで目を向けなくてもいいってわけじゃないでしょう」

「まさか」

「アタシの主人を見くびってたみたいですね。あなたたちを見捨てるなんて選択肢を取るような娘じゃないわよ」

 

 アネットの主人にとって、今までの交流はたかが馴れ合いだと割り切れるものではなかった。

 すべてを知ったうえで必要最低限の行動だけをするはずがないと、なぜ気付かなかった?

 

「ならば......アネット嬢。貴女の他にも来ているのは」

「そう。グリーゼも来てるし、もちろん自分も行くってきかなかった子も、ね」

 

 イールフォルトがいたであろう方向に閃光が奔った。

 

 

 ----------

 

 

 阿散井恋次は護廷十三隊六番隊副隊長である。赤髪で眉毛から額、首から上半身にかけて大仰な刺青を入れている強面の男だった。限定解除によって本来の力を取り戻し、対戦相手のイールフォルト・グランツにとどめを刺そうとしていた。

 彼の卍解は『狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)』。斬魄刀が巨大な蛇の骨の様な形状に変化し、恋次自身は狒狒の骨と毛皮を身に纏うものだ。

 撤退の合図を待っていたかのようにイールフォルトが後退する。しかし、無駄だ。

 狒狒王蛇尾丸の口元に霊圧を集中させる。

 

 狒骨大砲(ひこつたいほう)

 

 遠ざかる破面(アランカル)の背へと、狒狒王蛇尾丸の口からレーザーのように巨大な霊圧の砲弾が発射された。

 その光線はイールフォルトを消し飛ばそうとした......が。

 

 甲霊剣(インモルタル)

 

 突如として間に割って入って来た人物に光線が蹴散らされる。

 

「なに!?」

 

 思わず恋次は声を上げた。消耗しているとはいえ、己の全力の霊子を叩き込んだ一撃だった。それをいともたやすく、あろうことが剣で切り裂く(・・・・・・)なんて芸当を見せられるとは思ってもいなかった。

 霧散した狒骨大砲のあとに残ったのは、それを真正面から叩ききった人物のみ。 

 

「......無駄のありすぎる攻撃だな」

 

 鋼鉄のワイヤーを束ねたような筋肉が白い死覇装越しからわかる偉丈夫。蟲の顎のような仮面を持つ破面(アランカル)だ。彼は己の斬魄刀であろう幅広の大剣を持ち直す。刀身に纏わせていた霊子が儚く散った。

 イールフォルトがその男に訊く。

 

「どういうつもりだ、兄弟? どうしてお前がここにいる?」

「......主の『お願い』だ。説明はそれだけでいいな?」

「なるほど、あのお姫様か。情報を流したのはシャウロンあたりだが......助かった。礼を言うよ」

「......主に言ってやれ。俺だけならば、お前たちを見殺しにしていたところだ」

 

 大剣の持ち主が恋次を見る。

 --クソッ、あいつ強えぞ......!

 イールフォルトがかすむような霊圧はもちろん、その所作だけでも隙が無い。

 

「......死神、名は? いや、自分から名乗るのが礼儀だったな。俺はグリーゼ・ビスティーだ」

「答える必要なんかねえな。それより、てめえが十刃(エスパーダ)か? このタイミングで仲間のピンチに急いで駆け付けたってわけかよ」

「......俺はただの一従属官(フラシオン)だ。このイールフォルトと同じな」

「てめえが従属官(フラシオン)、だと?」

 

 同じ格だと言われても、イールフォルトとグリーゼでは天と地ほどの霊圧に差がある。

 

「......憶測などは勝手にそちらでやってくれ。............赤カブよ」

「名乗んなかったからって勝手に命名するんじゃねえよ!」

「......ム、すまない。............紅のパイナップルよ」

「赤カブがダサかったから抗議したんじゃねえ! むしろさらにダサくなってんだろうが!」

「......そうか、ならーー」

「俺は阿散井恋次だ!」

 

 恋次はさらにこのグリーゼという男がわからなくなった。のっそりした熊のようであり、どこかとぼけた様子がある。グリーゼは恋次の名を聞いて頷くと、背を翻した。

 

「......夜分、こちらのが失礼したな阿散井恋次。これで俺たちは帰らせてもらう」

「なに? 待てよ!」

 

 何事もなかったかのように去ろうとするグリーゼを見て、恋次は叫んだ。恋次の消耗は激しく、このまま戦闘が始まらないことがなによりも重要なのである。しかし呼び止める。

 自分の存在が無視されたような、そんな憤りを感じて。

 

「......なんだ」

「ここまでしやがって何もしねえで帰るだと? こちとらハイそうですかって見逃すわけにはいかねえんだよ。せめてそいつ(イールフォルト)だけは仕留めさせてもらうぜ」

「......止めておけ。霊圧が不安定だ。今のお前は......そう、水分を失ったパイナップル同様だ」

「その例えがムカツクが、人の戦いに割って入るヤツには分からねえだろ」

「......分かっている上での行動だ。それに、こちらもスケジュールがみっちりでな。主の睡眠時間をこのようなつまらぬこと(・・・・・・)で削りたくない」

 

 グリーゼが威圧的に霊圧を解放する。空気が密度を持ったように恋次の体を潰し、ちょっとの衝撃でたたらを踏みそうになる。

 だが、恋次は好戦的な目をグリーゼに向けた。恋次の戦いをつまらぬことだとグリーゼは言ったからだ。

 それは許せるものではない。

 

「てめえの後ろにいるヤツのせいで腹貫かれたやつがいるんだよ」

「......そうか。謝罪しよう。それはこちらの総意ではないと知ってくれ」

 

 狒狒王蛇尾丸を操り、グリーゼへと突進させる。重量と速度の乗った一撃。イールフォルトの帰刃した姿をも倒せると自負できる。

 しかしそれは相手が格上でなければの話だ。

 巨大な蛇の頭部を大剣の腹で受け止めたグリーゼが首をゴキリと鳴らす。

 

「......なにか失礼でもあったか? 何をすれば貴様は納得してくれるんだ。菓子折りが目的か?」

「戦いだよ!」

 

 狒狒王蛇尾丸による重い連撃を受け止めながら、グリーゼはため息を吐く。それは心底困った人間がするものと同じだった。

 

「......あまり殺すなと言われていたが、仕方ない。あまり(・・・)だ。必要と判断した」

 

 呟くと、大剣で蛇の頭部を大きく上へと弾いた。その衝撃は凄まじく、数多の狒狒王蛇尾丸の関節がはずれる。

 

「......阿散井恋次。斬撃というのは極めればどうなるか、知っているか?」

「鉄をも斬れるんじゃねえのか」

「......そうだな」

 

 死神にも鉄を斬れそうな人材はいる。グリーゼが言ったことはさして珍しいことではない。

 会話をしながらも恋次は次の一撃にすべてを賭けた。

 

 狒牙絶咬(ひがぜっこう)

 

 節の途切れた蛇尾丸の刀身を一斉に相手に突き立てる、刀身を折られた時の非常用の技。非常用とはいえ、切り札の一つである。

 グリーゼに数十の骨のような巨大な刀身が迫る。

 それさえも些事であるかのようにグリーゼは大剣を肩に担ぐようにして構えた。距離は二十メートル以上。そこから移動し、恋次に直接斬撃を叩き込むよりも先に、全方位からの狒牙絶咬(ひがぜっこう)が当たる。いかに強かろうが鋼皮(イエロ)を貫ける威力があった。

 しかしなぜか、もうすでにグリーゼは大剣を振り抜いた体勢になっている。

 

「......だが、それも過程の一つだ。そこから先の斬撃というのはーー」

 

 あまりにもその剣戟は、速すぎた。

 

「--()ぶ」

 

 駆霊剣(ウォラーレ)

 

 骨の刀身を掻い潜った不可視の斬撃が、恋次の左肩を斬り飛ばした。

 

 

 ----------

 

 

 十番隊副隊長にして、胸元を大きく開いた死覇装に身を包む美女。彼女の名は松本乱菊。

 隊長である日番谷と共に、彼女は一人の女型の破面(アランカル)と対峙していた。

 

「ちょっと、隊長」

「なんだよ」

「あの炎、なんかめっちゃヤバいですよ。総隊長とは別方向でなんか危ないです」

「どういう意味だ?」

 

 乱菊は自分の斬魄刀を日番谷に見せる。刀身の至る所が黒く欠けており、ボロボロになった斬魄刀だ。ナキームという肥満体の破面(アランカル)を仕留める寸前で始解の『灰猫』が炎に邪魔され、ぶつけあっていたら違和感を感じて慌てて通常の状態に戻したのだ。

 そうしたら、こうなっていた。

 どうやら灰猫が本物の灰にされてしまったようだ。今それができるのは護廷十三隊の総隊長だけであるが、灰猫とぶつかりあった炎はそこまでの火力はなかったように思える。あの女の破面(アランカル)が操る炎には裏があるはずだ。

 このままではせっかく倒せそうだった最初にいた破面(アランカル)たちに手を出せない。シャウロンとナキームは女の後ろにいる。

 

「何者だ?」

 

 日番谷の問いに、女が嬉しそうに答えた。

 

「アタシは現第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、第一の従者であるアネット・クラヴェル。よろしく、死神の隊長さん」

「アネット嬢。たしか最初に従属官(フラシオン)になったのはグリーゼ殿のはずでは」

「はいそこー、黙ってないとアタシも無言のまま殴りますよー? こういうのはノリが肝心なんですよ」

 

 アネットと名乗った女は、なんというか、とても残念そうな人柄だ。

 艶やかに月光を反射する朱色の髪。スタイルの良い体を包むチャイナ服のような白い死覇装の右側には腰辺りまでの深いスリットが入っており、そこから清楚なはずの白が妖しい色香を湛える美脚を晒している。ここまでの美女はそういない。けれど口を開けば残念さがひどい。

 

「その霊圧で十刃(エスパーダ)じゃないのか」

「アタシが? まさか。自己紹介したように、ただの従者よ。だからここにいるんだけどね、うしろの二人を殺させないために」

「それは出来ない相談だな。そいつらを仕留めてお前たちの戦力を裂くチャンスだ。みすみす逃すわけねえだろ」

「フフッ、戦力を裂くチャンス、ね」

 

 思わせぶりに微笑むアネット。その表情には全力の隊長・副隊長の二人と相対してなお、余裕がある。

 --といっても、まずいわね。

 乱菊はちらりと日番谷の『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』を見る。まだ若い日番谷では卍解を完璧に使いこなせず、制限時間が付いている。それを表す十二枚の氷の花弁は、あと二枚もない。

 やるならば短期決戦。あるいは見逃すしかない。

 乱菊が口を開いた。

 

「あんたの言った通りなら、あたし達がうしろの奴等を斬りに掛かれば手負いの二人を守りながら戦うわけでしょ。けど見たところーーこの近くにその主人の霊圧なんか感じない。強いといっても同じ従属官(フラシオン)ってやつでしょ? あたし達二人を相手にするんじゃ、あんたの目的なんて潰せるわよ」

 

 至極当たり前のことである。乱菊と日番谷は手負いとはいえ、まだ全力で戦える。数の上でも総力的にも、また状況的にも乱菊は勝っていると思った。

 そんな乱菊の言葉に対し、アネットはすぐに答えた。

 

「アタシの主人がここにいない理由は簡単よ。ちょっと馬鹿を連れ戻しに行ってるだけだから。それにあなたたちを侮ってるワケじゃないですよ」

 

 理には適っている。侮っていないというのも、あながちウソではないのだろう。

 しかし。

 むこうがこちらの力量を正確に見切っているのなら、ますます腑に落ちない。

 アネットが自分の主人を待たずに一人で姿を現し、立ち塞がった理由。

 乱菊はまっすぐに視線の先の女性ーーアネットを見つめる。

 理知的なその表情が、一瞬、思慮遠謀を企む策略家のようにさえ思えた。

 

「じゃあどうしてーー」

 

 乱菊は尋ねた。

 その、変わらぬ微笑みを浮かべる女の破面(アランカル)に向かって。

 

「どうして、あんたはわざわざあたし達の前に姿を現したの?」

「それはもう、察しておられるでしょう?」

 

 アネットの浮かべていた微笑が、ほんのわずかに喜色を増した。

 乱菊の心の中で警告音が鳴り響く。日番谷も同様に構えを取る。

 --まさか、この破面(アランカル)......!

 そんな乱菊の警戒を涼しい顔で真正面から受け止めて。

 そして、アネットが言った。

 

「主人なんかに頼らずにアタシが一人で出てきた理由はただ一つ。......一人で二人の死神を相手にし、アタシの主人にむんむんに褒めてもらうためよ!」

「............」

「............」

「......?」

 

 一瞬。

 相手がなにを言ったのか理解できなかった。

 アネットの後ろの破面(アランカル)たちが重いため息を吐いたのが印象的だった。

 

「......ごめん、今、なんて?」

「聞こえませんでしたか?」

 

 と、アネットは変わらずの毅然とした態度で繰り返す。

 キリッ、という擬音が聞こえたような気がした。

 

「あなたたち二人を一人で相手にし、アタシの主人にむんむんにお褒めの言葉を貰うため。そしてナデナデしてもらうためよ!」

 

 近くに熱源があるというのに、夜風がひどく寒々しい。

 

「そ、そう......ナデナデ、ね......」

 

 もしかしたらその『褒め』とか『ナデナデ』とかは、破面(アランカル)特有の隠語で、アネットの将来とか出世とかに多大な影響を及ぼす事柄なのかもしれない。

 そう思わなければ、なにもかも投げ出したくなってしまうからだ。

 

「......何をしている、アネット。こっちが時間オーバーで怒鳴られると思ったんだがな」

 

 アネットのすぐそばに一人の巨漢が現れる。その隣には手負いの破面(アランカル)。おそらく、恋次と戦っていた敵だ。

 --って、いつの間にか恋次(あいつ)の霊圧が消えてる!?

 そして敵の戦力が増えた。あの巨漢もアネットと同等の力があるように思える。このまま戦えば負けるのは死神のほうだ。

 

「あらら、ちょっと時間が経ってますね。さっさとグリムジョーを回収して帰りましょうか」

「......どうやら向こうも終わりそうだ。虚圏(ウェコムンド)で合流するぞ」

「アタシたちが『説得』に行かなくてもいいみたいね」

 

 巨漢が空中に指を添える。すると空間が口を開き、黒腔(ガルガンダ)が姿を現した。

 日番谷が挑発する。

 

「逃げんのか?」

「安い挑発には乗りませんよ。それに、買いたたかれるのはあなたのほうですし。......まあ、今夜はお騒がせしたわね。でもヤンキー連中ってそんなもんだから、大目に見といて」

 

 炎を消したアネットはもう興味がないというように黒腔内へと入っていった。他の破面(アランカル)たちも同様だ。

 その背が消えていくことを、乱菊は最後まで止められなかった。

 

 

 ----------

 

 

 空座町住宅街上空。そこでは衝突音が絶えることなく響いていた。

 グリムジョーは四肢を武器に、卍解を解放した黒崎一護と激突を繰り返している。そこから撒き散らされる衝撃波が空気を鳴動させるようだ。

 しかしグリムジョーの顔色は優れない。それは自身が劣勢になっているからではなく、むしろ一護に対して手ごたえを感じないことの方が大きい。

 踵落として一護を上空から叩き落としたグリムジョーは、アスファルトにできたクレーターに向けて叫ぶ。

 

「......ちっ、こんなモンが卍解かよ。ガッカリさせんじゃねえよ死神! 卍解になってマトモになったのはスピードだけか! あァ!?」

 

 あまりにも気に入らない。軽すぎる斬撃ではグリムジョーの鋼皮(イエロ)を貫通できず、防御もおろそか。これが本当に脅威にまで成長するのかと疑問を持つほどだ。

 しかし霊圧の高まりを感じ、グリムジョーは眼下の土煙を見やる。

 土気色の煙の中に黒が混じり、その比率を大きくしていく。終いには霊圧だけで濃い煙幕が晴れた。

 そこにいたのはやはり一護。しかし彼の『天鎖斬月』には、漆黒の霊圧がまとわりついていた。

 --なんだ? ニルフィに使ってたヤツと同じだが......違うな。

 霊圧の密度が先ほどと段違いだ。面白い。そう思い、グリムジョーはあえて避けずに防御に移行する。

 一護が刀を振り上げた。

 

 月牙天衝

 

 黒い斬撃だ。それがグリムジョーに向かって放たれ、両腕を交差したグリムジョーと衝突。ズン、と腹に来る衝撃音と共に爆発する。

 

「なんだ、今のは?」

 

 軽い口調でグリムジョーが言った。

 しかし、その左肩から右わき腹にかけて大きな裂傷を負い、この戦いで初めて血を流す。

 笑みが口元にできるのを自覚した。

 

「そんな技使えんなら最初から使えよ」

「ガッカリせずに済みそうか? 破面(アランカル)

 

 一護は息を乱しながらも虚勢を張る。

 

「ははははははははははっ!! 上等じゃねえか死神! これでようやく、殺し甲斐が出てくるってモンだぜ!」

 

 気持ちの高ぶりを抑えられない。

 だがどういうわけか一護は顔を抑えたままその場から動こうとはしなかった。それに業を煮やしたグリムジョーは己の斬魄刀を引き抜こうとする。

 

「オイ、ボサッとしてんなよ死神。次はこっちの番だぜ」

 

 いざグリムジョーが斬魄刀を引き抜こうとしたとき、その右手を小さな手が抑えた。

 

「そこまでだよ、グリムジョー」

「......何の用だ、ニルフィ」

 

 ここまで接近されていたのにまったく気が付かなかった。グリムジョーの睨むような視線をニルフィは流し、その金色の眼で彼の傷跡を見る。

 

「それやったの、クロサキさんかな?」

 

 ギチリ、とニルフィの霊圧が軋みを上げる。表情に変化はない。むしろ穏やかであり、それは凍るような殺気とは無縁のようであった。

 グリムジョーが呆れのため息を吐く。

 

「お前が来たってことは、俺たちのことを止めるためだろ。てめえが暴れちゃ意味ねえだろうが。それとこんなモンはかすり傷だ」

「グリムジョーがそう言うのなら、別にいいんだけどさ」

「納得したぜ。シャウロンがてめえらにチクりやがったな」

「怒らないであげて。東仙さんの代わりに私がここに来たのは自分の勝手だから。シャウロンは、助けてほしいなんて一言も言ってなかったよ。それに他のみんなも。私が無理言って自分で来たの」

 

 それに、とニルフィは続け、

 

「藍染様は怒ってるんじゃないかな」

 

 急速に熱がさめるような感覚を覚えながらグリムジョーが舌打ちする。

 

「ディ・ロイとエドラドは死んじゃったよ? こんなの、もういいじゃん。帰ろうよグリムジョー」

 

 ニルフィが黒腔(ガルガンダ)を開く。グリムジョーがそれに従わなかったとしても、アネットやグリーゼの霊圧も感じる今、ニルフィは有無も言わさずにグリムジョーを連れ帰させるだろう。

 勝手な行動をしたニルフィにそれほど怒りはない。

 彼女ならば、自分のやろうとしたことを止めると確信していた。だから言わなかったし、当たり前のことをしただけだと思える。

 それにディ・ロイとエドラドの死。それをなぜニルフィは、主であるグリムジョーよりも悲しむことができるのか。彼らの名を呼んだ時の彼女は無表情に近かった。

 グリムジョーが背を向けた時、下から声が聴こえた。

 

「ま、待て! どこ行くんだよ!」

「ウルセーな、帰んだよ虚圏(ウェコムンド)へな」

「ふざけんな! 勝手に攻めて来といて勝手に帰るだ!? 冗談じゃねえぞ! 下りてこいよ! まだ勝負は、ついてねえだろ!」

「......まだ勝負は、ついてねえだと? ふざけんな。勝負がつかなくて命拾ったのは、てめえのほうだぜ死神」

 

 一護は力量差を理解できないまで無能なのか。それが苛立ちを燻らせる。

 

「さっきの技はテメーの体にもダメージを与えるってことは、今のテメエを見りゃわかる。撃ててあと2・3発ってとこだろう」

 

 仮にあの黒い斬撃を無限に撃てようとも、解放状態のグリムジョーは倒せない。

 

「俺の名を、忘れんじゃねえぞ。そして二度と聞かねえことを祈れ」

 

 歯をむき出しにして獰猛に笑う。

 

「グリムジョー・ジャガージャック。この名を次に聞く時が、てめえの最後だ、死神」

 

 黒腔(ガルガンダ)がその口を閉じた。




『原作との変更点』
東仙よりニルフィが行ったほうが、グリムジョーはごねない。




オリジナル技

炎翼舞(ラ・プルーマ)

アネットの能力によって生み出された炎。触れた物体を問答無用で灰に帰すが、それは能力によるものであり山本総隊長と比べて火力頼りではない。基本的に意のままに操れるが燃費が悪く、焼き芋を作ったり湯を沸かそうとしても芋やヤカンが灰になる。

甲霊剣(インモルタル)

グリーゼの使う技。霊子を一部に集束させてその物体の耐久力や鋭さを向上させる。意外とデリケートで、霊子の操作が巧くないとむしろ使わない方がマシな結果になる。

駆霊剣(ウォラーレ)

グリーゼの使う技。飛ぶ斬撃であり、黒い月牙天衝と比べて威力は落ちるが剣を振るう限り連射が可能。極めた翔ぶ斬撃を元に少しの霊子を纏わせているだけで、燃費のいいエコな技である。
グリーゼの使う技はどれも習得は難しいが極めれば誰でもできるので、ニルフィも教えられる限りはすべて使いこなせる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。