自分は、たった三つの色しか見たことがなかった。
墨を落としたかのような夜空。色素など抜けきったような白い生物と、どこまでも果てなく続く白砂の砂漠。そして白い生物の断面から流れる血だ。
それらを見ることを繰り返すサイクルの中で、どれほど命を散らしたか。
ずっと、食べることしか考えていなかった気がする。
言葉を話す存在のことも、なにを言っているか頭で理解できてもそれに答えるくらいならと、時間も惜しくて食らいつく。
いつからか獲物は自分の姿を見るだけで逃げていった。
そうなれば場所を変え、自分の容姿すらも疑似餌に、新しい獲物がやってくるのを待つ毎日。
単純で、機械にでもなったかのようだ。
遊びと称して獲物を甚振ったことがあった。しかし心の底から楽しめない。弱者を統率したこともあった。しかし本当は謀反を企てていたらしく、自分も未練はなかったので不意打ちで残滅した。
楽しみなど、なかった。
これからもないと思っていた。
凝り固まったような日々を過ごすうちに、肥大しきった孤独が胸の中に居座る。
はじめて信じてもいなかった神に祈った。
この退屈が晴れますように、と。
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ゆっくりと意識が浮上する。
しかし肌触りのよい毛布に宿ったほのかな温かさに、
「ん、にゅ......」
特に意味のない言葉が口から漏れる。
ふかふかで、もふもふな枕。日光の下で干したばかりのようなクッションが憎い。
おいでおいでと招いてくる誘惑の睡魔の手を振り払うように、ニルフィは体を起こし、眼をこすりながら
広いが薄暗い室内だ。
それでもニルフィは定期的な睡眠を取る。
では、なぜ寝所などというものが、あるいは睡眠というものがニルフィに必要なのか。
ウルキオラの考察では記憶の整理のためらしい。
というのも、ニルフィは普段の生活の中でその観察眼が災いし、とりたてて意味のないものまで記憶してしまう。それを続けていくと次第に脳の処理能力が追い付かなくなり、オーバーヒートしてしまうからだ。ここからは人間と変わらないだろう。記憶の容量ははるかに多いとはいえ、限界はもちろん存在する。
その記憶の整理は睡眠を取る時が一番効率が良く、本人の意思に関わらず体は強制的に睡眠を欲するのだ。
「............」
寝ぼけ眼のまま周囲をおもむろに見渡した。
天蓋付のベッドの脇に置かれたイスには、朱色の髪の
ちょっとだけ心細さを感じつつ、ニルフィはベッドから飛び降りた。
その姿はいつもの死覇装ではなく、ほっそりとした肢体を浮き上がらせるような淡青色のネグリジェ。もちろんアネットの見繕ったものだ。初めてニルフィがこれを着た時、なぜかアネットは鼻頭を押さえながら上を向いていたが。
裸足のまま床を歩いて行き、ひんやりとした石材の感触で次第に目が覚めていく。
たしか、ニルフィが大泣きしてしまい、それをあやすために一か所に
ニルフィはおぼろげにしか覚えていないが、それまでの様は苛烈を極め、三つの通路がなぜか消滅したらしい。東仙は大層ご立腹だとか。
ニルフィは近い場所にあるアネットの部屋に行こうと、ふらふら廊下を歩き出した。
「嫌われて、ないよね?」
思い出すのはグリムジョーの言葉。もしかしたら寝る前の出来事のいい部分がすべて夢だったのではないかと嫌な予感がして、無意識のうちに奥歯を噛み締めた。もちろん、そんなはずはない。夢と現実の区別はできる。だから、怖がる必要もないのだ。
ふと、前方から探していた女性
「ニルフィ? 珍しいわね、もう目が覚めてるだなんて。起きてたのなら呼び鈴を使ってくれたらいいのに」
「今日はなんだか自分で起きれてね。それに、わざわざキミたちを呼ぶほどじゃないと思ったから」
アネットが困った顔で息を吐き出す。おそらく、ニルフィの主人としての自覚に対してだろう。呼び鈴を使わずに自分から従者を探しに行く王様などいないのだ。
だがニルフィは、アネットやグリーゼと完全な主従関係になりたいわけではない。
こんな自分と一緒にいてくれるだけで、彼女にとって十分なことだったから。寂しくなければそれでいいのだ。
アネットはひょいとニルフィを抱き上げ、鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけた。
「......うん、もう涙は止まったみたいですね」
少し赤みの残るニルフィの目が瞬かれる。
「心配掛けちゃった」
「いいわよ、謝らなくて。もう泣かないって約束してくれたらね」
「ん~、また泣きそう」
「ニルフィが泣いちゃったら、アタシも悲しいんですからね」
「......そっか。じゃあゼッタイに泣かないよ。私はアネットに悲しんでほしくなんかないもん」
「よく出来ました」
互いの額と額が軽く触れ合う。それがくすぐったくて、ニルフィはかすかに笑いながら身じろぎした。アネットは少女を包み込むように抱いたまま、しばらく腕に力を込めて、その温かさがニルフィに伝わった。
「......アネット?」
突然、パッとアネットが顔を離す。
「それじゃ、もう少しでご飯も出来ますし、お風呂に入りましょうか。グリーゼを待たせるのも悪いですしね」
「うん」
身を預けられる温かさを名残惜しいと思いながら、ニルフィは頷いた。
泣くのはもう十分かもしれない。アネットが悲しむと、自分も更に悲しくなるだろうから。
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なんとなく。そう、なんとなくだ。立ち上る湯気のあとを追って遥か高い場所にある天井を見上げた時、ふいにニルフィの頭の中に思い浮かんだことだ。
最近、色々な人と交流を重ねたことで、分かったことがある。
自分への扱いが、完全に子供に対してのものなのだ。
たしかにすぐ泣きそうになるし道に迷う。もちろん、お菓子を貰えるのは嬉しいし、頭を撫でてもらえるのは気持ちよくて好きである。
しかし子供だから。
そんな理由で一線を引かれているような気がするのだ。
思い出すのはアネットとグリムジョーのやりとり。彼らは互いの気心が知れたように会話をして、むしろそれが挨拶のように接する、他人から見てもかなり親しい部類に入る関係だ。
しかし二人がニルフィと接すると、会話一つ取ってもささやかな気遣いを察せられる。
それが面白くない。言葉に上手くできないが、面白くないのだ。
そんな背伸びしたい盛りの考えが子供である証拠なのだが、ニルフィは割と本気で考えているため、まあ、いいだろう。
先に洗ってもらったニルフィは大浴場の端に浸かりながら、体を洗っているアネットを待っていた。
ふいに、平皿のような己の胸を見下ろしたあと、アネットに再び目をやる。
「............」
裏返したお椀のような......いや、大きさからいえばどんぶりだろうか。アネットが髪に手を入れるその都度、胸は二の腕に押し付けられて、むゆんと形状を変える。湯を流そうと手桶を持った彼女が肘を曲げれば、前腕に乗って下から持ち上げられ、重たそうに揺れ動く。今また胸に散った泡を落とそうと爪の先でしだけば、彼女の指の間から、弾けそうな水気を纏ってまろびでる。
ニルフィが同じように二の腕を寄せ合ってみるも、なぜか胸には虚しさだけが集まった。
視線に気づいたのだろう。アネットが振り返った。そんな些細な動作でも、揺れた。
「--? どうしました?」
ジト目になっていたかもしれない。ニルフィは口元まで湯に浸かった。
「ポボフゴバポポー」
おそらく、なんでもないよー、などと言ったのだろう。不服にまみれた声は泡となり、形を作らなかった。
その間にも、アネットのすらりと伸びた肢体や、折れそうなほどに細い腰を、自分自身でも気付かぬ羨望の眼差しで見ていた。
子供扱いされるのは、自分の容姿が子供のそれだからだとニルフィは決めつけた。
グリムジョーがアネットと気軽に話しているのは、彼女が容姿の年齢的にそう離れたものではないから。
考えてみれば、
だからきっと、アネットの言葉を借りるならば、ノイトラはむっつりさんなのだ。自分も大人の容姿になれば変に絡まれることもないかもしれない。
ノイトラが聞けば激昂しそうなことを考えながら、そうかそうかとニルフィは納得する。
大人というものになれば問題はすべて解決するのだ。
死覇装に着替えてから食事を済ませ、ニルフィはグリーゼの部屋を訪ねた。
「でね、どうすればアネットやハリベルみたいに、ボンッキュッボンッてなれるの? もしかして、お菓子ばっかり食べてたのが間違ってたのかな?」
「......少なくとも、その相談に俺を選んだことが、人選ミスと言う名の間違いに思えるが」
手入れをしていた大剣を壁に立てかけながら、グリーゼはため息を吐く。
「......そもそもなぜ俺だ? そういったことはアネットのほうが向いているだろう。もしくは邪道にしろ、バラガン殿の
男であるグリーゼよりも、ニルフィの望む『大人の女性になりたい』ということでアドバイス出来そうな人物はいる。だからこそ、なぜ武芸一辺倒のグリーゼに尋ねに来たのかが分からない。
部屋に置いてある最低限の家具のから一抱えもある丸いクッションを取り出し、ニルフィに放る。危なげなくそれを抱きかかえたニルフィは床において腰掛け、グリーゼも互いに向き合うように床に座った。
かすかに俯きながら、ニルフィは囁く。
「だって、さ。こんな話をマジメに聞いてくれる人って、グリーゼしか居ないんだもん」
子供だから。この場合もそんな理由で流されてしまうだろう。一時の気持ちの高ぶりと断じ、あとはうやむやにされてしまうはずだ。
グリーゼはそれができるほど器用ではなかった。ただそれだけだ。そのことを伝えようとし、ニルフィの表情を見て口を閉ざす。少し悲しげな顔をされただけで止めてしまうのは、やはり彼が主人に対して甘いからか、はたまたこれが不器用の
「私ね、大人になれれば、みんなに子供扱いされないって思ったの。それに......」
初めて声に心の羨望を混ぜ、
「みんなと同じ場所に立てると思ったから」
誰に言われるまでもない彼女への気遣いは安寧と一緒に、その節、痛みを与えていたのかもしれない。
しかしそれは、ニルフィが大人になったとして解決する問題なのか。グリーゼはそう思うものの、やはり彼は不器用ゆえに押し黙るしかなかった。
「普通の人間みたいな方法じゃ、ダメなのは知ってる」
「......俺は
「......藍染様でも無理かもしれないな」
むしろ、出来たのならばたしかに神だ。それに彼も忙しいだろう。藍染の元へ鬼道を習いに行くこともあるニルフィだが、願いが願いなだけに難しいのではと思ってしまう。
確かめるだけ、不可能という文字が鮮明になってきたかのようだ。
グリーゼは再度、ため息を吐いた。
「......その姿でも需要はあるんじゃないか?」
「私のニーズに
一刀両断された。
普通の成長が無理となると、あとはーーとある
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「大人になれる薬? 無いよ、そんなもの」
その男は肩をすくめながら言い切った。
クッカプーロと遊ぶために
「そ、そんなぁ......」
情けない表情でニルフィがうなだれる。壁に寄りかかっていたグリーゼは無表情に二人のやりとりを見ていた。
ホールのような大きさの研究室には実験器具がひしめいている。駆動音がBGMとなり、壁を覆うような試験管やフラスコに入ったあらゆる色の薬剤が、部屋にらしさを与えていた。
この宮の持ち主にしてみたら
「僕は忙しいんだ。子供の遊びに付き合ってあげられる他の奴等ほど時間はないんでね。その貴重な時間を僕から奪おうというのかい? その分だけ科学の発展が遅れるんだよ」
ザエルアポロはスポイトから一滴、水色の液体の入っているフラスコに落とした。すると液体は黄色を経て、なぜか漆黒に変わった。いつもならニルフィが目を輝かせる光景も、落胆している彼女にとっては些事となる。
「そもそも、動物の成長がなぜゆっくりか分かるかい? 急速成長では肉体が耐えられないからだ。クローンとして一日で人間をホムンクルスのように作っても、せいぜい寿命は一年もない」
「でも、
「ああ、お姫様。あれは変化であって成長ではない。
馬鹿にした物言いながら、間違った認識をしているのが気に入らないからか、とても丁寧に分かりやすい説明をしてくれた。
ザエルアポロの手はその間も止まらず、作業が終わった時にはフラスコの中身が、なぜか小指ほどの球体に代わっている。保存も終え、冷めた目でザエルアポロはニルフィを見下ろす。
「あとは君を改造するという手もあるが、それだと他の
それでも諦めきれず、ニルフィは必死に手を握りしめて訴えた。明日だけでもいい。体だけでも大人になって、皆と同じ視点になりたい、と。面倒くさそうなザエルアポロとのにらめっこはしばらく続いたが、彼はうるさいハエを追い払うかのようにシッシッと手を振っただけだった。
「粘ってもムダだ、さっさと帰りたまえ」
「そっか......」
ニルフィは桜色の唇を尖らせて、肩を落とす。
「ザエルアポロさんなら作れると思ったんだけど、やっぱり不可能もあるんだね」
背を向けた男の目元が、一瞬だけ引きつった。
「藍染様でも無理そうだから、もしかしたら、って思ったんだけど。やっぱり
ザエルアポロの目には面倒くさそうな色は既になく、傍目には何を考えているのか分からない。
「ごめんなさい、いきなり押しかけちゃって。ついでに無理難題も押し付けちゃったみたいだね」
「まて」
部屋を出ていこうとしたニルフィに声が投げかけられた。
「それは、僕に対する挑発行為か何かかな?」
「え? ううん、違うよ」
ただの無意識な高レベル煽りスキルだ。
ニルフィの顔には純粋な落胆があり、それを怒るに怒れなくさせる。きっと、ザエルアポロなら可能だと、心の底から信じていたのだろう。彼女の言葉は、いたずらにザエルアポロの科学者としての自尊心に刃で切りつけたようなものだ。
ザエルアポロの実験は、今まで畏怖と蔑視に晒されたものである。しかし少女が寄せたのは期待。彼女に応えられなかったからといって思う所はない。けれど、期待されていながら『出来ない』と思われるのは、彼にとってプライドに唾を飛ばされるようなものだった。
努めて冷静な声で、ザエルアポロは自分の道具を呼ぶ。
「ーーロカ。2番格納庫の奥にある、瓶詰の黄色いアレを持って来い」
なにがなんだか分からずに立ち尽くしているニルフィの前にザエルアポロが来る。
「君は勘違いしてるんじゃないかな。肉体を大人にさせる? 生命の研究をしている僕にとっては初歩に過ぎないことだ」
その程度など簡単にできる。暗に、そう伝えた。
「これから君に与えるのは、ある研究の失敗作だ。......おっと、そんな顔をしないでくれ。君の望む最低限のことを満たしているし、なによりソレは、僕自身のために作ったものだからね」
気に入らなかった。よく理解もせずに、自分の研究能力が肉体の成長すら不可能だと思われるのは。
リスクとリターンを鑑みて、丁度いいものがある。
ニルフィの目に少しだけ希望が宿った。
「僕はね、かなり以前、自分の肉体を半分に分けるという行為をした。しかし実験は失敗だ。片割れはカスだったし、器を半分に分けただけでも力は一割も残らなかったからさ。なぜか分かるかい?」
「えっと......器の中身が全部こぼれちゃったから?」
「はっ、頭はそこらの愚図よりも回るようだ。たしかにそうさ。最も重要な中身も流れ出ていってしまった」
「それとどう関係あるの?」
「そう急かさないでくれ。話はこれからだ。器は半分に割れたが、傾ければある程度の中身は受け止められるだろう? しかしそれでも高が知れている。ここで君に与えるものについてだ」
研究者が右顔半分が髑髏の仮面で覆われた女性が持ってきた瓶を受けとる。
中には黄色い飴玉のようなものが敷き詰められていた。ザエルアポロはその中から一つ取り出すと、ニルフィに与える。
「僕は器が半分に割れたなら、補完すればいいじゃないかと単純に考えたわけだ。元は僕だったからね。しかし失敗して、この駄作を僕は薬と呼びたくなかった。それだけだ」
頭に『?』マークを浮かべるニルフィに朗々と語った。
「これを食べれば確かに肉体は全盛期に戻った。しかし器が戻っただけで、中身は空っぽさ。おまけにその効果も半日というくだらなさ。
「すごい!」
「駄作で喜ばれても嬉しくないよ」
「でもすごいよ! 私、失礼なこと言っちゃった!」
「これで分かっただろう? こんなことは僕にとって訳ないと」
そこまで喋り倒したザエルアポロは眼鏡のような仮面の名残を指で押し上げる。彼が気づいているか分からないが、その顔はどことなく満足げだった。
しかしそばにやって来たグリーゼを見て不愉快そうになる。
「なにか文句でもあるのかい?」
「......毒や、危険な物は含まれていないのか?」
「あるわけないだろう。これは元は、僕が自分のために作った薬なんだ。毒は毒で、薬は薬だ。どっちも混ざっては効果が現れるはずもない」
「......危険では、ないんだな」
「当たり前だろう。本当ならこんな舐めた口を効いてくれたお姫様は毒りんごで眠ってもらうべきだが、そのままこの程度のものを作れないと思われては不快だ。いつもなら蟲でも入れるが、それもしていないと誓おう」
嘘は言っていないのだろう。ニルフィの認識を改めさせるためだけに、ザエルアポロは最低ランクの物を与えて、それでもこの程度は可能だと教えてやりたいのだ。
いつもは冷静沈着なはずだが、どうやらニルフィの煽りが心の底から気に入らなかったようだ。
「ほら、これで話は終わりだ。さっさと帰ってくれ。まったく、無駄な時間を取られた」
半日しか持たないけれど、大人になれる薬丸。ニルフィは金色の目を見開いて、手に持った黄色い飴玉を見つめた。
「ありがとう! ザエルアポロさん!」
「......フン、出来るなら、二度と来ないでくれ」
ニルフィは飴玉を大切そうに握りながら、グリーゼと一緒に宮を出た。
そして移動し、グリムジョーのいる
「......主よ。まさか本当にそれを使うんじゃないだろうな?」
「使う! 早く大人になってみたい!」
「......やはり駄目だ。さすがに怪しげなものを、俺の目の前で見ながら食べられてはたまらない」
「あっ!」
グリーゼは恨まれてもいいと、飴玉をむしり取って握りつぶした。細かな欠片となって黄色い破片は砂漠に散っていく。
名残惜しそうに見ていたニルフィは嘆息した。
「つまーんない」
「......ザエルアポロには悪いが、他の奴等も食べるなとお前に忠告したはずだ」
ザエルアポロからお菓子を貰っても食べるな。ニルフィは理由をあまり知らなかったが、口酸っぱく言われていたのだ。禁止されてしまうのではないかと予想していただけに、ニルフィは唇を尖らせる。
いじけたようにニルフィは宮に入っていき、グリーゼは嘆息しながらそのあとを追う。
待っていたかのようにシャウロンが扉の前に立っていた。
「おや、姫君と......グリーゼ殿ですか」
「......押しかけてすまない」
「いえいえ。それよりも貴方にお話しておきたいことが......。ああ、グリムジョーは上の階にいますよ。ニルフィネス様は先に行かれてください」
「うん、わかった!」
すぐにニルフィは駆け出して行き、階段を上って行った。
まるで、グリーゼとこのまま一緒に居ては、気付かれてしまうからとでも言いたげに。
............ここで、グリーゼは疑問を抱くべきだった。あれほど大人になろうとしていたニルフィが、魔法のような飴玉をあれほどあっさりと諦めたのか、と。
そして気づくべきだった。
ニルフィのポケットにもう一つ、ザエルアポロの所から勝手に拝借した黄色い飴玉が入っていたと。
子供は得てして頑固であり、一つのことに集中したら視野が狭くなる。それが今の彼女の状態だ。なまじ行動力があるだけに手に負えない。
コレは奪われると予想していた。だから何個かの予防策を張っていたのだ。
無邪気に、無垢に。貪欲に、強欲に。子供特有の感情で。
てってけと階段を上りきり、グリムジョーの元へと走っていく。
「グリムジョー!」
「......てめえか。昨日の今日で何の用だ?」
「見て、コレ!」
「飴、か? はっ、てめえみてェなガキにはお似合いだな」
「ん、今からでもそんなセリフを言えないようにするからね」
「あァ? 出来るもんならやってみろよ」
こうして、ニルフィは躊躇いなく飴玉を口に放り込んだ。
「この、
「......あ?」
グリムジョーが止めようとしたときには既に遅かった。
コクン、とニルフィが球体上のナニカを飲み込み、ドヤ顔となってグリムジョーを見る。
「............」
「............」
「あれ? おっかしいなぁ。これで私も大人になれるはずーー」
バゴォオオオオオオオンッ!!
グリムジョーの眼前で、ニルフィが閃光と共に爆発した。