記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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少しだけ頑張ろうと思います

 二人の闖入者相手の登場に、不服そうな顔でニルフィが唇を尖らせる。

 

「邪魔、しないでほしかったな」

「いやぁ、スミマセンねぇ。アタシらもこの人たちに死なれるのは困るんですよ。ですから、お引き取りなさってくれやしませんかね?」

 

 飄々とした態度を崩さず、帽子の男がへらへら笑いながら言った。

 なんとなく釈然としない気持ちのままニルフィは右手で指を鳴らす。そうすると周囲に溢れていた血の海や肉片がなくなり、あとに残ったのは破壊痕の痛々しい、かつては林のあった山頂だった。

 どうするか確認するために、ニルフィがウルキオラに目を向ける。

 

「ウルキオラさん、指示は?」

「情報通りならこいつらは浦原喜助(うらはらきすけ)四楓院夜一(しほういんよるいち)だ。本当ならお前の相手をさせる奴らなんだが......」

「ここでまたお預けってことはねえよな? 止められても俺は行くぜ」

 

 人間の頭よりも大きい拳を鳴らしながら、ヤミーが一歩踏み出す。荒々しい霊圧が彼から発せられた。爆発する直前の爆弾を連想させ、無理にでも止めればそれこそ歯止めが効かなくなるだろう。

 

「そう言うと思った。ならリーセグリンガーも混ぜてやれ。それで妥協しろ」

「あァ? あんな奴ら、俺一人で十分だぞ」

「あの二人の危険度は黒崎一護よりも上だ。ともかく、お前の邪魔だけはさせない。出来るな? リーセグリンガー」

「合わせることならね。よろしく、ヤミーさん」

「チッ」

 

 不承不承といった雰囲気でヤミーが視線を逸らす。口ではウルキオラに勝てないと分かっているので、これ以上の駄々はこねない。

 戦えるのなら、それで良かったから。

 ニルフィはヤミーとの共闘の難易度の高さに内心ため息を吐きつつも、熱くなっている体を冷ますためにもう少し戦いに付き合おうとする。一護との戦いは拍子抜けもいいほどの不完全燃焼。渋々とはいえ、嫌とは思わない。

 

「......ん」

 

 左腕の刺すような痛みに眉をひそめた。浦原の紅姫から貰った槍で、二の腕の部分の死覇装が切り裂かれて、そこから血の流れる赤い線が見える。骨に届いてないとはいえ、決して浅くはない。

 ニルフィは傷口にそっと可憐な小さな舌を這わせた。ぴちゃりと背徳的にも感じられる水音が響くと、傷はたちまち塞がっていく。乾いた血も舐めとれば、怪我の証拠は破れた死覇装だけとなった。

 その光景を浦原は興味深そうに見ている。

 

「自己回復能力......おっかしいですねぇ、破面(アランカル)大虚(メノスグランデ)の時に持っていた超速再生の能力を失っているはずですが」

「超速再生ならこんな面倒な真似はしないよ。それに、あくまで応急処置程度だしね」

 

 生き残るために特化した能力。それがニルフィの元来の力である。殺傷能力はほとんど後付けのようなもので、自身の生存確率を少しでも上げるために進化していたのだ。その方法は他の破面(アランカル)たちとは異なった部類に入る。

 

「喜助、そうまじまじと見てやるな。おぬしが変態に見えてしまう」

「あっれぇ? 夜一サンはアタシの味方っスよね?」

「よせ、近寄るな。わしはあ奴らに、おぬしのような変態の仲間と思われとうない」

「ひ、ひどい......」

 

 浦原から貰った薬で一護たちを治療していた夜一が戻ってきた。

 二人のやりとりは日常風景でありがちなものだが、しかしここは戦場だ。軽口を叩きあいながらも一瞬の気のゆるみもしていない。

 単純な強さだけでなく、巧さや技量という点で目ぼしい。そうニルフィはあたりを付けた。

 特に夜一という女性。彼女は浦原とは違って刀を持っておらず、暗器の類も使いそうにない。ならばおのずと、夜一の戦闘方法は徒手空拳であろう。

 それは技の塊だ。特殊な異能も、圧倒的な霊力も必要ない。ニルフィにとってそのすべてが模倣の対象となる。

 今でさえ、夜一の重心の取り方や、何気ない足運びを目で追っていた。

 

「長ったらしい話は俺の性に合わねえんだよな。とっととやっちまうぞ、チビ」

「ん、お先にどうぞ」

「おうよ」

 

 ヤミーが無造作に、浦原と夜一の元へと歩み寄っていく。

 間合いに入るのに数秒とかからない。

 

「現世にいるのは次から次へとジャマくせえ連中だと思ってたトコだ。割って入るってことは......てめえらから殺してくれって意味で、良いんだよなァ!?」

 

 叫びと共に、頭上で掴みあった両腕がハンマーのように闖入者たちへと振り下ろされた。

 前に出たのは夜一。腕の形をした鉄槌が当たる直前、ヤミーの木の幹のような二の腕に手を添える。その瞬間、手品のようにヤミーの巨体を半ば回転させながら宙に浮きあがらせた。

 しかし最後までさせず、ニルフィが夜一の背後に響転(ソニード)で姿を現す。その気配に夜一が舌打ち。ヤミーを転がそうとするのを断念し、左足で後ろ回し蹴りを小さな破面(アランカル)に叩き付ける。その脚をニルフィは絡め取るように抱く。はずされるのに一瞬の隙。その隙のあいだにヤミーが空中で地面に手を叩き付けることで体勢を整えた。

 

「ーーらぁッ!」

 

 起き上がりざまの裏拳がニルフィごと夜一を襲った。

 そこへ裏拳を防ぐように赤い盾が展開される。浦原だ。腕と盾が接触した直後、衝撃によって地面がへこむ。土の欠片が跳ねあがり、生き残っていた雑草がはじけ飛んだ。

 ニルフィは右手の指を夜一の眼前に突き付ける。

 

 幻光閃(セロ・エスベヒスモ)

 

 ニルフィの技の中で最速のものだ。文字通りの光の速度。放った瞬間ならば避けるのは不可能である。

 放てれば、の条件が大切だが。

 夜一はニルフィに防がれていた左足を軸に体を回転させ、右足を今度こそ少女の鳩尾に食らわせる。ニルフィは躱しきれずに弾丸のように吹き飛んだ。

 空中にありながら、ニルフィの体からあらゆる光を(はら)む色が爆発した。

 

 虚楼響転(オブスクーロ・ソニード)

 

 光の乱舞が一瞬で終われば、浦原と夜一を囲むように無数のニルフィが出現している。

 

「これは......」

 

 夜一が面倒そうに周囲を睥睨(へいげい)した。けらけらと笑う同じ容姿をした少女たち。ある意味で趣味の悪いことだ。

 

「よそ見してんじゃ、ねえよッ!」

 

 巨大な手でヤミーが夜一に掴みかかった。

 その手の上に、いつの間にか夜一の姿がある。彼女は飛び跳ねるとヤミーの横面に、左足で回し蹴りを叩き付けた。

 

「ぶ......ッ!?」

 

 衝撃で空気が震える。ヤミーが倒れ込まないうちに死角からニルフィが接近。地面に降り立った夜一の無防備な背中に襲い掛かった。

 

「アタシを忘れちゃ困りますよ」

 

 紅の斬撃が分身体を切り裂く。数多(あまた)にいるニルフィの幻影が二人に突撃していき、地響きを立てて倒れたヤミーに追撃を許さない。

 

「ヤミーさん、生きてる?」

「クソッ、クソッ、あいつら! 殺してやる!」

 

 タフさは見かけどおりのようだ。すぐさま立ち上がり、ニルフィの分身たちと大立ち回りを繰り広げている二人を射殺さんばかりに睨みつける。

 

「相性が悪いんだよ。ヤミーさんは怪獣みたいに暴れるのが本業なのに、さ。私が最後までやろっか?」

「黙ってろ、ニルフィ! あいつらは俺がやる!」

「そう? でもごめんね。獲物は私が奪おうと思うの」

 

 にこにこと笑いながらニルフィは指を鳴らした。

 途端、浦原たちを取り囲んでいたニルフィの幻影たちが霊子をまき散らしながら爆発する。余波だけで遠くに合った木々をなぎ倒すような威力だ。

 

「てめえ!」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。まだあの人たち、生きてるからさ」

 

 土煙が晴れた。未だに立っている二つの人影がある。

 浦原が帽子を押さえながら刀を突きつけており、後ろの夜一も無事なようだ。ただの虚閃(セロ)ならば完璧に防げただろうが、全方位からの攻撃で多少の手傷を負っている。

 しかし、ニルフィの予想よりもまったくダメージを与えられていない。

 

「いやぁ、すごいっスね。正直焦りましたよ」

「その割には服がちょっと焦げてるくらいだけどね」

「まさか。これは続ければきついっスよ」

 

 言葉ほど動揺しているようには見えなかった。のらりくらり。そうやってニルフィの探りから躱していってる。

 浦原の手札が見定められないことに警戒した。夜一は格闘術のようなものとシンプルだが、この浦原という男の戦い方が考えられないのだ。

 ふらふらと実態を掴ませず、相手の隙に滑り込むような。ニルフィの戦い方と共通点が多い。まさか相対するとここまでやり辛いとは思えなかった。

 爆発から、一旦仕切りなおす空気となる。

 

「やり辛いこと(かな)わん」

「そうかなぁ?」

「そこのデカブツだけならば、軽くあしらえたんじゃがな。破面(アランカル)にしろ、元が(ホロウ)である存在が共闘のような真似ごとをするとはの」

「真似が私の専売特許だからね。特保は誰にも渡さないよ」

 

 夜一が嘆息し、服に付いた(ほこり)を払った。ニルフィとしてもヤミーがやられるのはまずいと分かっている。

 彼が簡単に殺されるとは思っていない。ただ、彼に斬魄刀を解放されると、ここら一帯が荒野になりそうな気がするのだ。そんな戦いでは学べることも学べなくなる。

 ちらりとニルフィがウルキオラを見やった。

 彼はまだこの戦いを止めるつもりはないようで、傍観に徹していた。ウルキオラのことだ。戦力調査の一環として、この戦闘を気の済むまで眺めているのだろう。

 

「じゃあ、ヤミーさんはあの下駄の人ね。私はあの女の人と戦うよ」

「オイ、ニルフィ。てめえ調子乗ってんじゃねえぞ。勝手に仕切りやがって」

「ヤミーさん。自分でも分かってるんでしょ? キミはいま本調子の半分以下の力しかないし、その体で相性の悪い相手と当たったら踵落とし食らっちゃうよ」

 

 今はまだ時期が悪い。そう伝えようとしても、ニルフィの幼い知識のボキャブラリーでは駄目なようだ。

 ヤミーは一層低い声で怒鳴り散らす。それにニルフィは微かに眉を寄せながら対応した。

 

「だからって納得できるワケねえだろうが!」

「キミが納得するしないの問題じゃないの。ここで戦うには、何もかも足りないのさ」

「俺に大人しく見てろだぁ? なら勝手に乱入しても文句はねえよな?」

「もう私一人で戦うよ」

「てめえ、いい加減に......」

 

 浦原たちと戦う前に、ニルフィを潰そうとヤミーが拳に力を込めた。

 仲間割れならば結構と浦原は事態を見守る。

 殺気に晒されているであろうニルフィは、首をかしげさせながらヤミーの顔を、怒りに染まった両目を見据えた。

 たったの一言。

 

ヤミー(・・・)

「......ッ!」

 

 さんを付けずに、ニルフィが巨漢の名を呼んだ。それだけでヤミーは押し黙る。

 

「これは余興だよ? ホントの戦いはこれからあるの。ここで潰されて、それに参加できなかったらもっと鬱憤が溜まるでしょ? だから、さ。ここは私に任せてよ」

 

 口調も、抑揚も。身に纏う霊圧も変化がない。今までの話し方とはなんら変わることのない。

 凄惨な表情がどこにいったのか穏やかな表情をするだけで、怒りの権化の言葉を奪う。なにを言い返しても無駄なような、すべてを無意味に思わせる微笑み。

 

「......あーあー、分かった、分かった。クソッ、見てりゃあいいんだろ、見てりゃあよ」

「うん、ありがと」

「今度こそてめえの戦いを俺に譲れ。それで手打ちだ」

「あははは、それでいいよ」

 

 興が削がれたようにヤミーは舌打ちと共に頭を掻き、ウルキオラのいる場所へと戻っていった。

 浦原と夜一にニルフィが向き直る。成人の姿をした二人と相対すると、少女の幼さが一層際立った。

 

「一人とは、随分と大きく出たの」

「ヤミーさんはこっちにとっても大切な戦力だからね。こんな余興で降りられたら、もし腕を失くされたりでもしただけで大損害なの」

 

 それより、とニルフィが夜一を見据える。

 

「キミの使ってたあの格闘術。なんて名前?」

白打(はくだ)じゃ。それを知ってどうする」

「だってさ、不便でしょ? --これから自分が覚える技術の名前を知らないなんて」

 

 十刃(エスパーダ)最速による響転(ソニード)での踏み込み。その速度が乗った手刀が夜一の首に噛みつこうとする。

 しかし『瞬神』夜一にとっては甘い攻撃。難なくいなし、カウンターで肘をわき腹に、腹部へ手刀をねじ込んだ。

 防御に霊力をまわしていたニルフィは腕を交差して耐えきる。ドン、と鈍くて重い音が響いた。

 ニルフィが跳ぶと、夜一の肩を狙って左回し蹴り。

 夜一がそれを受け止め、反撃に転じようとしたとき、

 

「ちぃっ!」

 

 接触していた左足を軸にしてニルフィが右足を夜一の鳩尾へと突き込む。威力はあまりない。それを弾いて夜一は少し距離を取った。

 夜一が驚いたのは今ニルフィが使った技が、この戦いで夜一が最初に少女に使用した技だからだ。

 長い年月を掛けて研鑽した技が、一度の体験だけで完全に模倣された。

 

「あ、はずしちゃったか。まあ、どういう技か知ってるもんね」

 

 結果には頓着せずにニルフィが苦笑紛れに首を振る。

 ......そして突拍子もなく、再度の響転(ソニード)で夜一の眼前に現れた。

 

「技はこれだけってことはないでしょ?」

「ほざけ」

 

 容赦のない蹴りが少女の肩に入った。

 しかしそれは幻影で、本体は夜一のすぐ背後に。ヤミーを蹴り飛ばした時と同じような、左回し蹴りが瞬神の頭部を襲った。当たれば首がもげる、死神鎌のような蹴りだった。

 夜一は咄嗟に屈んで避ける。その上を華奢な足が風を抉った。夜一は両手を地面に突き、全身のバネを引き絞って後方へとドロップキック。両足はニルフィのわき腹に突き刺さり、彼女を地へ落とした。

 それすらも痛打に感じていないかのようにニルフィがすぐさま飛び起きる。

 そしてほぼ一方的にニルフィが(なぶ)られる状況が再開された。

 殴打の余波で土が剥がれ、蹴りの風が唸りを上げる。

 何もしなければ倒される。夜一は迎え撃つしかない。全身を凶器として、腕を、脚を、叩き込む。

 これは格闘の間合いであり、浦原も加勢するに出来ない状況だった。

 少女がすぐに倒れないのは他にも理由がある。

 ニルフィは現在、ほとんどの霊力を鋼皮(イエロ)に注ぎ込んでいるのだ。どちらかといえば耐久力が見かけどおりの脆弱なニルフィだが、その霊力は最上級大虚(ヴァストローデ)のもの。そこからの全力防御は簡単には崩せない。

 攻撃力が極端に弱くなるのがダメだが、相手に手傷を負わせるだけならば十分だ。

 

「とりゃあ!」

 

 可愛らしい掛け声と一緒に、夜一の使った技を真似て使う。裏拳から、その勢いを殺さずに回し蹴りに繋げる技。それに夜一は対処する。

 ここでも悪循環が働いていた。なにが来るのか分かっている夜一は、最善の対処法でニルフィの攻撃を防ぐ。それは相手に夜一の攻撃の攻略法を教えているのと同意義で、時間を掛ければ掛けるほど追いつめられるのは夜一だ。

 夜一はそれを嫌って突き放そうとするも、ニルフィに元来の回避能力に硬い防御が合わさったことで上手くいかない。

 とにかく、しつこいのだ。

 腹をくくり、夜一が空気を裂くような裂帛の声を響かせる。

 突き。掌底。熊手。半月蹴り。踵落とし。足払い。吊柿。投げ技。

 あらゆる技を一連の動作に昇華させ、夜一はこの戦いにケリを付けようとした。

 

「喜助ッ!!」

 

 投げ飛ばされて宙に体を晒したニルフィへと紅の斬撃が飛ばされる。その数、四。

 ニルフィは空中で回転しながら足に霊圧を込め、それらを叩き落とした。

 皮肉にも、その技は夜一がニルフィに対して使った技だ。

 

「うん、なるほど。使いやすいね。というより、使う人が巧いからなのかな?」

 

 ニルフィは満足そうに深く頷く。

 尸魂界(ソウルソサエティ)を探しても、この夜一ほどの白打の使い手はいない。これもまた皮肉だ。ニルフィは最高の使い手から白打を学んだようなものなのだから。

 

「あちゃー、夜一サン。さっきの方と違って、今度はもの凄い相性の悪い方に当たりましたねぇ」

「なにを呑気にしておる! さっさと片を付けるぞ!」

「これが呑気に見えますか?」

 

 夜一とニルフィが戦っている間に、浦原は何もしていなかったわけではない。

 ただ、恐ろしいまでに数の多いニルフィの幻影に手を焼いていたのだ。下手に刺激すれば爆発するような地雷まで混ざっている。夜一に被害が行かないよう、それらの処理に追われていた。

 二人は未だに本気を出してはいない。理由は戦闘区域に織姫たちが居て、巻き込む可能性があるからだ。

 このままではジリ貧だと、冷静さの中に焦りが紛れ込む。

 

「ヨルイチさん、だよね? まだやるの?」

「抜かせ。おぬしに見せた技は初歩の初歩。底など見せたつもりはない」

「でも、手足は限界でしょ? 一杯私のこと殴ったり蹴ったりしたからね。硬かったでしょ」

 

 夜一の奥の手には最高戦闘技術として、高濃度に圧縮した鬼道を身に纏い戦う瞬閧(しゅんこう)というものがある。これは白打と鬼道の合わせ技と言えるものだ。

 まともな使い手は夜一しかいないとはいえ、織姫や茶渡の能力とは違い、どこまでいっても極めれば誰にでも可能な技術。それをニルフィに盗まれることへの懸念があった。そして周囲を巻き込まないためにも、手札を出すのを渋った結果だ。

 瞬閧(しゅんこう)なしの生身で鋼鉄よりも硬い物体を殴り続ければ、衝撃は骨に響き、皮や筋肉は千切れかかる。

 物事を観察するのに優れたニルフィの目はそれらを見通していた。

 

「まだ出し渋ってる技がいっぱいあるよね? それもとびっきりのが! それを私に見せてよ!」

「はて、なんのことやら」

 

 どうにかしてニルフィは夜一から技を引き出そうとする。けれど戦いの最中でも流されており、上手くはいかない。

 理由は、今の状況だけでは夜一たちは本気を出さないからだ。 

 それならば、どうすればもっと力を見せてくれるのだろうか。

 無邪気な笑顔のままニルフィは頭の中で計算し、そして単純な答えに辿り着く。

 --もっと危機的な状況にしちゃえばいいんだ!

 これは名案だ。

 

「よしっ、決めた! ヨルイチさんが本気になれるように、私、頑張るからさ」

 

 ただでさえ不可解な霊圧の質がさらに変化していくことに、夜一は眼を細める。全ての分身を片付けた浦原はその隣に立ち、なにがあっても対応できるように構えた。

 ニルフィはパーカー風の死覇装に付いたフードを目深に被る。アネットの趣味で長い垂れ耳......可愛らしいウサギの耳を模した布地が背中まで垂れ流されるように縫い付けられていたが、今はそんなことなど些事だ。

 

「いくよ」

 

 楽しげな金色の目が、ちろちろと覗いた。前かがみとなって、その目元もすぐに隠れてしまう。

 そして、発動する。

 

 無貌姫(カーラ・ナーダ)

 

 何かを、しようとした。

 それが何かを浦原と夜一は予想できなかったし、それを知る前にこの戦いは止められてしまったからだ。

 

「まて、そこまでにしろ」

 

 ひどく淡々とした無機質な声で、先程まで傍観者だった破面(アランカル)が制止させる。

 

「......ウルキオラさん。まだあの人たち、力を隠してるんだよ。見ておかなくていいの?」

「俺はそこまでにしろと言ったはずだ。聞こえなかったわけではないだろう」

「そ、それはそうだけどさっ。こっからでしょ!?」

「お前はこの侵攻の目的を忘れているな。まず一つは『現世にいる死神の実力の調査』。そしてもう一つは『ニルフィネス・リーセグリンガーの実戦経験の向上』だ。いまお前が使おうとした技は、それを度外視した遊戯(・・)でしかない。これで二つの目的を果たしたと判断した」

「えっ......と。これから真面目にやるからって言えば?」

「無駄だ。任務は完了した。退くぞ」

 

 有無を言わせぬ口調でウルキオラは言った。

 ウルキオラは指をなにも無い空間に添え、するとそれだけで黒腔(ガルガンダ)が開く。

 

「そっか」

 

 潮時であると判断し、ニルフィは呆気なく思うものの、納得をする。狂暴性を表すような光は消えていき、無邪気で無垢な色が代わりに金色の瞳に取り戻された。

 フードを外すと、小さな口を精いっぱい開いて息を吸った。

 魂吸(ゴンズイ)ではない。周囲に漂っている霊子を根こそぎ奪い取っていき、山にはほとんど霊子が残らなくなった。

 

「しょーこいんめつ」

 

 ニルフィは霊子を飲み込むと、開いた空間へと歩いて行く。これでニルフィたちの戦った痕跡である霊子は無くなり、そう簡単に今後の対策を取らせないようにする。

 

「......逃げる気か?」

 

 夜一からの挑発にニルフィは肩をすくめながら答えた。

 

「そうだよー、逃げるよー。ま、このままキミたち二人がかりで、足手まといの人たち二人のお守りをしながら私と戦うなんて、どっちに利があるか判ってないはずないよね」

 

 憮然としながら夜一は答えない。

 代わりに、感情の荒れ方が表に出たような声がニルフィの耳に届く。

 

「オイ、待て!」

「ん、なにかな、クロサキさん。って言っても、なにが言いたいか分かるんだけどね」

 

 この結果では納得できるはずもないだろう。ならばここでニルフィが暴れまわってしまえば明確な勝敗が付くだろうが、それすらも一護を納得させることは出来ない。

 勝たなければ、倒さなければ意味がないのだ。

 口を開きかけたニルフィを遮るように、ウルキオラが言った。

 

「--黙れ」

 

 空気が鉛ような重さを得る。

 

「貴様に関しての任務は接触の瞬間から済んでいた。最初にリーセグリンガーの幻影を見抜けなかったな? それだけで底が知れるというのに、終始遊ばれたまま退場するとは、醜態極まる」

 

 針のように現実を突きつけた。

 

「差し当たっての任務は終えた。藍染様には報告しておく。貴方が目をつけた死神もどき(・・・)はーー殺すに足りぬ、(ゴミ)でしたとな」

 

 言い返す言葉が見つからないのか、一護は膝を突いたまま俯いていた。

 気の毒に思いながらもニルフィは視線をはずし、黒腔(ガルガンダ)の中へと足を踏み入れる。

 

「バイバイ」

 

 いずれまた会うかもしれないと思い、手を振った。そこに悔恨も愉悦もなく、空気のように軽い気持ちしか入っていない。

 黒腔(ガルガンダ)が口を閉じた。




ニルフィ は あたらしい わざ はくだ を おぼえた !
ニルフィ は あたらしい わざ ほほう を おぼえた !

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