記憶の壊れた刃   作:なよ竹

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おかげさまで1000ptの大盤に乗ることが出来ました。
これはひとえに読者の皆様のおかげです。


嘘と舌

 とにかく無我夢中であった。

 突然、多くの命が失われて人間が肉人形になった。異質で不可解な霊圧が肌で感じられた。

 そうして黒崎一護の日常は崩れて落ちる。今までの(ホロウ)の被害でさえここまで大規模なものではなく、記憶に新しい尸魂界(ソウル・ソサエティ)での戦いではここまでの命が散ったことはなかった。

 甘かったのだ。何もかもが。本当の戦場など、今の今まで経験したことはなかった。

 命が奪われるのは当たり前のことなのだ。

 目的地の山には、既にもう仲間であり友人である二人の霊圧が感じられる。......感じられていた。

 今では中学時代からの親友のものが消え去り、もう一人の少女の霊圧は吹き消される直前の蝋燭のように不規則に揺らめいている。

 失われる痛みは、一護本人は幾度も体験し、だからといって再びあの苦痛を味わうことなどしたくない。

 自分が、守らなくてはいけないのだ。もう手放したくはなかったから。

 焦燥が身を蝕み、得体の知れないものを相手にし、加減という言葉を彼から奪い去っていった。

 そして、斬った。

 小さな体から溢れる血を見ながら少女は目を見開く。

 

「--え?」

 

 呆けた表情は、次の瞬間には歪められた。

 

「......ぅ、あああああぁああぁぁあああぁああッ!? い、痛い!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! いたいよぉ!」

 

 地面へと身を投げ出し、必死に傷口を脆そうな手で押さえながらうずくまる。白い死覇装が赤い液体でじわじわと汚れていった。彼女の周囲に池が形成されるのに、それほど時間は必要なかった。

 金色の綺麗な瞳からは涙がとめどなく溢れる。口元に手を寄せ、声が出ぬよう、痛みに耐えるように袖を噛んだ。

 弱弱しく肢体を震わせ、あるいは痙攣させて。

 

「ッ! う、くっ......! あぁ......ッ」

 

 それでも苦痛は和らがないようで。

 這うように一護から離れようとする様は、幼くあどけない容姿と合わさり、一層悲痛さを助長させた。

 鈴の転がるような声は今は涙に濡れている。落ちた雫が血に混ざり合う。

 

「やだ......やだよぉ......。死にたく、ないよ......ッ」

 

 人間と変わらぬように思える錆び臭さが、そこから漂った。

 

「......ッ!」

 

 それを見て、一護が歯を噛み締める。 

 よくよく見れば、自分の妹たちとそれほど歳の離れていないような姿をしていた。そんな少女が苦痛に顔を歪ませて、抉られた傷口から血を垂れ流している。そんな少女を自分が斬った。

 もしかしたら見ないようにしていただけかもしれない。

 斬ろうとした瞬間に、自己嫌悪で刀を振るう手を止めてしまいそうになったはずだから。

 

「斬ろうとした瞬間に躊躇ったな? そのまま斬っていれば胴を真っ二つにしたものを。そのせいでソイツは死にかけの体を晒している」

 

 こちらも白い死覇装を着た青年、ウルキオラが冷めた口調でそう言った。

 隣の大男も冷めた目をしている。少女の醜態など興味がないように右肩を動かしていた。

 そのどちらも、いま血を流している少女に対して何の反応も見せない。

 

「おい! 助けなくていいのかよ!」

 

 ウルキオラが首を傾げながら訊き返す。

 

「斬った本人が言うのは滑稽だな。それよりもなんだ。ソイツの容姿に惑わされて情けを掛けたつもりじゃないな? だとすれば期待外れも甚だしい」

「何言ってんだ! 仲間じゃねえのか!?」

「お前こそ何を言っている。元から--そこには何も転がっていないぞ」

 

 突然のことだ。 

 むせるような血の匂いも。不規則に変質する特徴的な霊圧の気配も。荒れた細々しい息遣いも。 

 突然、消えた。

 一護が目をそこに向ける。何もない。あの大量の血液も、這って擦れた地面の跡も。

 なにより、あの小さな少女の姿がそこになかった。

 

 

 

「あぁ、痛い痛い。もう死にそうなほど痛い。ーー笑いすぎて、お腹がよじれちゃうよ」

 

 

 

 代わりに、抑えなど知らないような、それでいて品を下げない笑い声がからころと広場に響いた。

 

 

 ----------

 

 

 ヤミーが鬱陶しそうに右肩に座っていた小さな少女を追い払う。

 

「おら、ニルフィ。さっさと降りやがれ。さっきから五月蠅くてかなわねえ」

「いやぁ、だってホントに面白かったからさ。見た? あの呆然とした顔。ここまで簡単に引っかかってくれるなんて、もう、面白すぎだよ。ねえ、ヤミーさんもそう思うでしょ、ね?」

「あーあー、よぉく分かったぜ。てめえの性根がねじ曲がってるってな」

 

 軽やかに、ニルフィがヤミーの肩から降り立つ。その身に毛ほどの傷を負っていなければ、パーカーのような死覇装にもほつれ一つ見当たらない。彼女のどこにも赤色など存在しなかった。

 クスクスと笑いを堪えながらニルフィは一護に尋ねる。

 

「ねえねえ、ホントに私が斬られたと思ったの? あんな不意打ちでもない直情的な攻撃で? もしかして、キミの渾身の演技でもなくって、本心から騙されてたとかじゃないよね」

 

 小馬鹿にした様子もなく、かといって嘲りや憐憫も含まれていない。ただ面白かったから大笑いしちゃっただけ。そんな子供らしい様子をニルフィはしていた。

 それがとにかく不可解だ。

 

「お前、なんで......」

「なんで......なんで、か。もしかして、なんでこうしてピンピン立ってて、面白おかしい場面に笑って、普通に話しているのか? って、訊きたいのかな。それとも心配してくれたの? コレ(・・)のことを、さ」

 

 ニルフィが何かを抱えるようにすると、その抱擁の中にもう一人の少女が現れた。

 体の前面に痛々しい裂傷を負っているニルフィだ。血が垂れ流されたまま、死にかけた様子を見せている。人形は泣き喚く力も失っていた。しばらくして、光の粒子となって空気に溶ける。

 そこでようやく、一護は気づいたのだろう。

 すべてが嘘の事象に自分が踊らされていたのだと。血も、肉も、匂いも、斬った感触も。全てが幻想に過ぎなかったのだと。

 

「私がケガしちゃうとアネットさんが凄く怒るんだ。それはもう、この街なんて滅んじゃうくらいに、ね。だからケガするわけにはいかなかったの」

「よく言うな。ましてや感謝してもらおうと戯言を抜かすとは。相手が一人芝居をしている間に、ヤミーの肩で爆笑していたというのにな」

「あ、それは言わない約束だよ」

 

 ウルキオラの指摘にニルフィは肩をすくめる。

 

「でも、そうだね。あえて言うなら」

 

 幻影は、あくまで小手先。前任の第7十刃(セプティマ・エスパーダ)の言を借りるならば、手品の類の誇るほどのないものである。たかだかそれに引っかかって動揺するなど底が知れた。

 

「キミは、誰も守れないほど弱いね」

「なんだと?」

「え、しらばっくれるの? そこで転がってるサドさんも重傷なんだよ。それに、オリヒメさんを助けられたのはタイミングが良かったからだって思ってるの? あれって、わざと私が待っててあげたのに、ね。本当なら二人は今頃、私が殺してるよ」

「てめえ......!」

 

 分かったような口を利く少女に対して、怒りという感情を持った。既に術中に嵌っているとは認識すらしていないだろう。

 先手を取ったことでニルフィに対する若干の侮り。彼女の儚げな容姿と不安定な霊圧から未だに強さを見誤る。そしてよく回り始める口から流れる、小馬鹿にでもしたような言葉への憤怒。

 何もかもが太刀筋を鈍らせ、ニルフィの有利にしか働かない一連の劇だ。

 一護が黒い刀を構える。

 

「一つだけ、訊きたい」

「なにかな」

「この町の人たちを殺したのも、それに茶渡の腕をやったのも、全部お前なのか?」

「ん、そうだよ」

 

 事もなげにニルフィが答えた。

 少なくとも茶渡をやったのは自分だと、その権利を主張しようとしたヤミーをウルキオラが手で制す。

 

「黙って見ていろ。全て、アイツの挑発だ」

「俺まで挑発されてやがるが」

探査回路(ペスキス)の他に忍耐も鍛えておけ」

 

 ニルフィは言われなくとも一護と戦うつもりになっているらしい。それは普段の臆病な態度ではあまり考えられないこと。常にある卑屈さが鳴りを潜めているとウルキオラはいち早く気づいていた。

 --遊ぶ目になっているな。

 歯車の噛み合わさりが悪くなったような霊圧の軋みがニルフィから発せられた。

 金の双眸は無邪気な光を残しながら濁っていき、ギロチンを思わせる色合いが強くなる。口の端が吊り上がり、あどけない顔が凄惨なものとなった。

 

「リーセグリンガー、お前がやる気になったのは構わん。だが、『オレンジ色の髪』と『黒い卍解』から、そいつが黒崎一護であることに疑いはない。俺たちの第一任務はその死神の調査だ」

「うん、はいはい、できるだけ殺さないように甚振るんだよね」

「......ああ、それだけ守って勝手にしろ」

「はーい、らじゃー」

 

 道化のようにおどけた態度で敬礼し、ニルフィは一護と向き合う。

 

「じゃあやろっか、クロサキさん。この三人の中で最弱な私を倒せないと、これからの戦いだと瞬殺されちゃうよ」

「なら、俺はお前に勝てばいいだけだ」

「そう、勝てばいい。勝てれば、ね」

 

 ニルフィが、とん......と、その場で軽くジャンプする。瞬間、その姿が掻き消えた。これ見よがしに大きくなった霊圧。その発生源はーー少し離れた場所にいた、織姫の背後。先の続きをするように手刀が織姫の心臓に狙いを付けていた。

 

「ーーてめえ!」

 

 一護がそれに追いすがり、霊圧を纏わせた刀を振り下ろす。

 しかし、

 

「黒崎、くん......」

「......ッ!」

 

 ニルフィが織姫を引き寄せて盾にしたことで、織姫の顔の前で刃が止められた。

 

「残念。オリヒメさんごと斬ってれば、私の本体も斬れたのにね」

 

 拍子抜けしたように。ニルフィは織姫を抱えたまま響転(ソニード)を使い、かなり離れた場所に姿を現した。有沢という少女も一緒だ。まだ木々が生えているのを見ると、山の下のほうなのかもしれない。

 

「さて、オリヒメさんはもう逃げていいよ」

「どういうこと?」

「いやぁ、クロサキさんの甘さがどれくらいか分かったからさ。キミがいると彼は本気を出せないんだ。なんていうか、キミはクロサキさんに必要とされたいんだよね?」

「......あたしは」

「うん、わかってる。だからこそ言っておくよ。--キミはクロサキさんの邪魔になってる」

 

 織姫は苦しげな顔をして俯いた。力が足りない。それは元から分かっていることだ。それでも自分は何か役に立てるのではないかと考え、そして今の状況に繋がっている。

 ニルフィは響転(ソニード)を使って一瞬姿を消すと、茶渡を引きずるように再び織姫の前に現れた。

 幼い容姿の破面(アランカル)は急速に接近してくる粗い霊圧を感じ取る。あまり時間がないことを理解し、早口で話す。

 

「それでも、私が見た限りだとキミの能力は伸びるよ」

「え?」

「必要とされたいなら、もっと力を付けてからにしてね。焦ってると死んじゃうよ」

 

 なぜ助言をしたのか、ニルフィにも分からない。このまま戦いの余波で織姫が死んでも赤の他人であるニルフィには関係ないからだ。せめて言うならば、面白そうだったから。ニルフィの興味がそそられるモノを織姫が持っていたからこそ、ここで死なせるには惜しいと思ったのだ。

 

「じゃあね、またいつかお話ししよ」

 

 ニルフィはその場を響転(ソニード)で後にし、移動途中だった一護の前に現れた。

 彼はこの山の至る所に現れた、ニルフィの作った偽りの織姫の霊圧を辿って飛び回っていたところだ。

 

「ッ! お前か、井上たちをどこにやった」

「どこに? んー、そうだね。もしかしたら天国とか?」

 

 リアクションは斬撃で返された。荒々しい、力任せの刃だ。

 破面(アランカル)は元から高い基本ポテンシャルを持っており、死神と違って技術を磨いていくような存在は珍しい。己の身体能力に物を言わせた戦い方が主である。その点、この一護も同じだ。

 ニルフィには筋力という点で難があるものの、高い身体能力を持ち合わせている。

 彼女が欲しいのは技術だ。それを見て、理解して、己がモノとする。一護の戦い方は、ニルフィにとってなんの価値もない。

 

「......ウルキオラさんの命令だし、ね」

 

 意味がないからといって、無意味に殺すのも(はばか)られる。

 絶え間なく放たれる斬撃を掻い潜りながら、少女が呟いた。

 

 

 ----------

 

 

 ニルフィの誘導によって、戦闘区域は再び禿げた山頂付近へと戻る。移動に邪魔な木が生えておらず見通しのいい場所だ。

 そこではある種の異様な光景が出来上がっていた。

 血の海だ。一対一の戦いでは決して見られないような量の血があらゆるところに飛び散り、水たまりが池となり、さらには海と化そうとしている。むせかえるような鉄錆び臭ささが風だけではなくならずに留まっていた。

 一歩踏み込むたびに血の雫が跳ねる。刀を振り回すたびに黒い死覇装に血がしみこむ。

 それらは全て、幻影にして幻覚。あってないようなものなのだ。

 しかし。しかしだ。そんなことは一護の慰めにもならなかった。

 

「アッハハハハハハ、いまのは残念でしーーガッ!?」

「うわぁ、派手にやっちゃったアグッ!!」

「とりゃ~......ギィッ!?」

 

 それもこれもすべて、こうやって全方位から向かってくるニルフィの精巧な分身のためだ。

 あえて一護でも目で追える速度で彼女らは突撃してきて、わざと一護に斬らせるようにしている。避けるのは悪手だ。一度攻撃を回避しようとして、分身とは思えぬ機動力で左腕を切り裂かれた。

 一護の選択肢は二つ。斬り続けるか、死ぬかだ。

 

「クソッ、なんだよ......! なんなんだよ!」

 

 もうやめろ! 口にしないだけで心の中で叫ぶ。

 ニルフィの作り出した幻影は、あまりにもリアリティがありすぎた。斬れば血を噴き出すし断末魔を上げる。そのたびに顔は悲痛なものとなり、一護の網膜に焼き付いた。

 容姿は幼い少女そのもの。一護の生来の性格や、妹の存在が頭を離れず、太刀筋は鈍る一方である。

 割り切ることの出来ない一護の精神は、分身を斬るたびに同じだけの傷を残す。

 攻めているように見えて、追い詰められているのは一護のほうだ。そう長い時間を掛けないうちに、彼の心は折れるだろう。

 

「うん、甘い甘い。もし私がオジさんだったら、チョコラテのように甘いのだよ! って言うね」

 

 分身だけけしかけて姿を現さないニルフィの声。

 無限に湧き出しているのではないかと思うほどの幻影の群れを斬り続けながら、一護が叫ぶ。

 

「こんなことして何の意味があるんだよ!」

「ないよ、そんなの。逆にキミにはあると思うけど? サドさんたちの仇とかぁ、命が惜しくて私を切り刻もうとかぁ」

 

 舌足らずな声から、本人が首をかしげているのまで頭に浮かぶ。何も考えていないのも連想させられた。どんな言葉を掛けても、一護ではその心に届けられるはずもないのだから。

 何人かのニルフィの分身が銃の形にした手を一護に向けた。

 

「ばーん」

 

 重光虚弾軍(バラ・インフィニート)

 

 視界を覆い尽くすような弾丸の群れが、死神を囲った。逃げ場はない。歯を噛み締めて、一護は刀を横なぎに振るう。

 黒が弾けた。

 

 月牙天衝

 

 自らの霊力を刀に喰わせて、刃先から超高密度の霊圧を放出し、斬撃を巨大化させて飛ばす斬月の能力であり唯一の技。

 それは虚弾(バラ)の壁を食いちぎって散らす。霊子の欠片が空中で消えぬうちに、特徴的な霊圧へと向けて再度の月牙天衝。あまり時間は掛けられなかった。短期決戦を元から望んでいたが、この戦いをすぐにでも終わらせるために全力を以て放つ。

 手ごたえからして、黒い斬撃は間違いなく不安定な霊圧を捉えたはずだ。

 

「残念、はずれ」

 

 それらも、すべて偽りの結果。

 ニルフィはずっと一護の傍にいた。彼女はピースサインを右手で作り、指先を一護の目の先に添える。

 

 幻光閃(セロ・エスベヒスモ)

 

 視覚や眼球という器官を焼き切るような光量が一護に襲い掛かった。その痛覚とは関係のない苦痛によって、一護は咆哮を上げる。

 技ともいえないような足払いで死神は地面に転がされた。

 ニルフィは確信している。もう一護の目はこれから一生使い物にならないと。

 --まあ、オリヒメさんに治してもらえるだろうけど。

 少なくともこの戦いでは回復しないということだ。

 

「ク、クソ、眼が......!」

「むしろ感謝してほしいくらいだけどね。キミは私の見た目に、さっきまで油断してたんだよ」

 

 ならば見えないようにすれば、もっと力を引き出してくれるのではないか。

 ニルフィとしては一護に本気を出すように促しているつもりなのだ。

 

「それよりも失望したよ。なんで命がけで戦わないの? ううん、命は懸けてるんだろうけど、全力じゃない。むしろオリヒメさんのほうが頑張ってた」

 

 虚言を交えてあえて挑発したし、全力を出し切れるようにお膳立てまでしてやった。霊圧の振れ幅が尋常ではないが、高ければ十刃(エスパーダ)にも匹敵しそうなのだ。ニルフィのような無意識の操作ではないので、わざわざ引き出させなければならない。

 それでも、一護はニルフィの望んだ結果を出してくれなかった。

 以前に読んだ、『少年』と『少女』の本について何かを知るきっかけを作ってくれるかと思ったが、期待外れもいいとこだ。

 一護にとって、織姫や茶渡たちはその程度でしかなかったのだろうか。

 答えを欲しているのに見つからない。その苛立ちが(くすぶ)り、ニルフィの手を腰の後ろの斬魄刀に掛けさせようとしている。

 

「ねえ、目の前に仇がいるんだから、殺すつもりで掛かって来てよ。あ、今は目が見えないんだったね」

「うるせえッ!」

 

 荒削りの斬撃が上段から振り下ろされて空気を裂く。ニルフィは手の平で柄をかちあげる。同時に肘を腹部へと突き刺した。

 崩れ落ちる一護を見ながら、静観していたウルキオラに尋ねた。

 

「どうするの? もう私もクロサキさんから知りたいことはなにもないよ」

「藍染様が目を付けたというが、まさかこの程度とはな」

「ヤミーさんは代わる?」

「そんなゴミみてえなヤツ潰して、なにがおもしれえんだよ」

「そっか」

 

 一護に足りないのは、実力ではなく覚悟だ。

 今ならば霊圧がかなり高まっているというのに、なにかを抑えるために集中力を欠いている。勝つためにはどんな手段でも使えばいいのに。そうニルフィは思う。

 今のままではどんな幸運が起きても勝利など掴むことは叶わないのに。

 そこでふと、覚えのある霊圧が近づいてきた。

 

「黒崎くん!」

「井上......? 井上なのか!?」

 

 織姫だ。一護は光を映さなくなった目をそちらに向ける。

 息を切らして、それでも足を止めることはなく、来るなと叫ばれてもついには一護の元へとたどり着く。

 

「ん、ちょうどいいね。クロサキさんにとって、オリヒメさんはとっても大切な人みたいだし」

 

 不穏な空気がニルフィから発せられた。それは猫がネズミを甚振るようなものとは違い、無邪気であるがゆえに残忍な子供特有の雰囲気であった。

 感動の再会。大切な存在。

 それらをぶち壊したら、一護は答えを教えてくれるのだろうか?

 

「......偽善的かつ独善的で結構だよ」

 

 一度ならず二度逃がした織姫を、今ここで消すのに躊躇いはない。惜しいとは思っても、掛け金はもう払っている。

 このシチュエーションを悲劇に変えるならば、いったいどうすれば上手くいくだろうか。

 

「ま、過程はどうでもいっか」

 

 虚閃(セロ)を弱い威力に設定し、一護も織姫も巻き込むようにし、さらに一護だけが生き残るようにする。

 期待を胸に、ニルフィは無造作に二人へと手を向けた。

 

 虚閃(セロ)

 

 霊子の奔流が音もなくすべてを巻き込んだ。

 ......巻き込んだはずだ。土煙も巻き起こっている。それにしては手ごたえがない。そのことにニルフィは小首を傾げ、すぐに理解する。

 ニルフィと人間の間に、いつの間にか血のような色合いの盾が出現していた。 

 紡がれる言葉は、静かでそれとなく気怠げ。

 

「ーー()け」

 

 紅姫

 

 その盾から噴き出すのはこれもまた朱色の幾本もの槍。溢れだすような槍の速度を見誤り、ニルフィは一つの槍を腕で防いだ。死覇装と鋼皮(イエロ)を切り裂いて、繊細な白い肌に一本の赤い線が生まれた。赤い槍はたしかにニルフィに傷をつけた。

 ウルキオラたちのいる場所へと宙返りをしながら飛びのく。

 目を細めるニルフィの視線の先で、盾は硝子(ガラス)のように砕け散った。

 

「どぉーーもぉーー、黒崎サン、井上サン。遅くなっちゃってスイマセーーン」

 

 ここが命のやりとりをする場とは理解していないような、呑気な間延びした声だ。目深に被った帽子と下駄、さらには甚平という現代において胡散臭さ全開の格好。しかしその立ち振る舞いに隙は見いだせない。

 隣には褐色の肌をしたネコ科の動物を連想させるような美しい女性。視線だけで破面(アランカル)たちを牽制している。

 そんな二人が、死神と異能者の少女を護るようにして立っていた。




ニルフィ「斬られたと思った? 引っかかったなっ(ドヤァ!)」

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