展開が強引かもしれません。
「ただ、まっすぐ突っ込むだけか。だったら」
匙は右腕から俺へ再びラインを放ってきた。しかし、もうすでに一本繋がっている。ラインを気にしないのが得策だと踏んだ俺は怯まずに突進する。
「そう来るのかよ!」
俺の行動が予想外だったのか、匙は驚いている。ラインは俺に放ったものではなかった。それはどこかの店のライトに張り付いた。しかし、俺もラインがライトに張り付いた時にはすでに、匙を殴り飛ばせる射程圏内に入っていた。
俺は拳を振り抜く。しかし、匙はラインを束にして防御した。その後、匙は後ろに跳んで俺との距離をとった。
「くっ、仁村!グラサンを着けろ!」
匙ともう一人の女の子は懐からサングラスを取り出して着ける。
俺は敵のやろうとしていることを即座に理解して、腕で目を覆った。
\カッ!/
目を覆っていても光を感じるほどの眩しい光を発した。閃光弾の要領で一定時間、目をつぶすつもりだったんだろう。
ところが、俺の考えは甘かった。匙が間髪入れずに近づいてきた。さっきのは囮だったのか!
それでも、辛うじてその攻撃を確認できた俺は、体を捻ってかわした。
「逃がすかよ!」
俺に引っ付いているラインが引っ張られて、体勢を崩される。
「ぐはっ!」
匙のストレートをもろに顔面に食らう。さらに追撃が続き、次は腹に蹴りをもらった。引っ張られた勢いも加算されていて、匙の攻撃はかなりの衝撃を持っていた。
……やられた。このままじゃ、相手にペースを持っていかれる。でも、幸いなことにダメージはまだ大したものではない。そう思っていると、匙は左手に魔力の塊を集中させていく。
「それはまずいって!」
本能的に危険だと察知して、放たれた一撃をすぐさまかわした。それは床に大きな穴を空けていた。
「やるな、匙」
「兵藤、俺は本気だぜ。俺は現赤龍帝であるお前を倒す」
匙のあの瞳は覚悟に満ちていた。あそこからはとてつもない覇気を感じる。
匙は俺に手を向け、また魔力の弾を放とうとしていた。俺はそれを再びかわすが、匙の連弾はまだ続いた。
あんな出力の弾を、匙がなぜ連続して撃てるんだ?あいつは俺よりも魔力が低いはずなのに……。
その疑問の答えはすぐ目の前にあった。なんと、匙の右腕から右胸へラインが伸びていたのだ。
「お前は自分の命を魔力に変換してるのかよ!そんなことをしたらお前はーー」
「ああ、兵藤。お前の思う通りだ。俺の寿命は削れていくだろうな。ようは『命懸け』ってやつさ」
「死ぬ気かよ!」
「そうさ。死ぬ気だよ!お前は夢を鼻で笑われた俺達のーー会長の悔しさがわかるってのか?この戦いは冥界全土に放送されている。だからな、俺達を鼻で笑った奴らの前で、シトリー眷属の本気と覚悟を見せなきゃいけないんだよ!」
匙は自分の覚悟を語り終えると、俺に詰め寄り戦闘が再開された。
その横では、小猫ちゃんと仁村さん(という名前らしい)の戦いが終わりを迎えていた。小猫ちゃんが拳打を一発加えると、相手は膝をついたのだ。
『ソーナ・シトリー様の「兵士」一名、リタイア』
これで俺達が駒の残りの数では優位に立った。小猫ちゃんが一人取ったんだ。俺だって先輩として、負けてられない。
「……イッセー先輩、私も加勢します」
小猫ちゃんは俺達の間に入ろうとする。
「いや、ここは俺一人に任せてくれ」
しかし、俺はその申し出を拒否した。それに対して小猫ちゃんは首を横に振り、反論する。
「ダメです。これはチーム戦。協力するべきです」
「あぁ、それは俺もわかってるよ。けどな、俺は匙の全力に真正面から応えたいんだ。それに、匙はその気になればラインを小猫ちゃんに飛ばすこともできたはずだ。それなのにそうなかったのはなぜだと思う?」
俺の問いに小猫ちゃんは答えなかったが、無言で後ろに下がった。
「「ありがとう」」
俺と匙は小猫ちゃんに礼を言って、互いに向き合った。今回は禁手に至らなくていい。そうしないと、匙には勝てない。だから、頼む!
「ドライグ、俺に力を貸せぇぇ!」
俺は全神経を左腕に集中させ、気合いを入れて叫ぶ。しかし、ブーステッドギアは微塵も反応を示さない!
(どうしてなんだよ?動けよ、動いてくれ!)
俺達がそうモタモタしていると、匙はまた距離を詰めて、ガンガン攻めてくる。このままいったら、匙より先に俺の限界が来てしまう。
『……相棒、心に迷いがあるんじゃないのか?』
ドライグは俺にそんなことを言ってきた。
『言わなくとも、なんとなくそう感じる。相棒は剣と同じ位お人好しで、歴代の赤龍帝のなかで一番優しい男だ』
(それは前にも聞いた!今は関係無いだろう?)
『……さっき、匙に言われたことを無意識に意識しているのではないか?』
(…………っ!)
そのドライグの言葉に俺は黙るしかなかった。たしかにあの時、考えてはいけないことが俺の頭をよぎっていた。俺は今の匙に勝てるのか?ーーと。
俺とドライグが喋っている間も、匙は攻撃の手を一切緩めなかった。俺はずっと防戦一方だった。
『それは相棒の長所であると同時に、短所でもある。彼らの夢は俺の価値観で推し測ることはできないが、お前にとっては、たしかに共感できるところがあるのかもしれない。しかし、お前にだって目標があるだろう?』
ドライグは言葉を続ける。俺は匙の攻撃を捌き続けながら聞く。
「ちっ!しぶとい」
すると突然、匙は攻撃を止めた。……かと思うと、腕に繋がれていた自分側のラインを放し、俺の足下の床に繋がせた。俺はそれを引っ張るがビクともしない。そして、匙の手元にはいままでよりも大きい質量をもった魔力が集中していた。それをさらに圧縮させるかのように小さくし、ソフトボール大ほどの弾が作り出された。
『何よりも「絶対」に勝ちたいと思うことが一番大切なのではないのか!そうだろ、相棒!』
……そうか。今のいままですっかり忘れていた、先生からの最後のアドバイス。それを聞いた瞬間、俺の迷いが消し飛んだ。……ハハッ、そうだったな、ドライグ。
「俺はお前がうらやましかった。お前と比較して俺は、全てのことにおいて劣っていた。同時期に「兵士」になったのに、俺には何もなかった!だから、お前に勝って自慢を、自信を手に入れるんだ。これで……終わりだぁ!」
匙は先ほど創った渾身の一撃をついに放ってきた。
俺だってこの勝負、負けられない!主である部長のためにも!それにハジメが今の俺と同じ立場なら、神器が使えなくとも絶対に諦めないはずだ。なら俺もーー
「よし、獲った!」
「先輩ッ!」
俺にその一撃が当たる瞬間、匙と小猫ちゃん、二人の声が聞こえてくる。
\ドォォォン!!/
己の身体に渾身の一撃をまともにもらったが、なんとか耐えきった。服も体も全身ボロボロではあるが、俺は立っている。
「ーーッ!生身で耐えきったってのか?」
驚愕した表情の匙。
「生憎、俺もお前と同じ位諦めが悪いし、根性だけなら誰にも負けない自信がある。俺は絶対に諦めない!」
俺の決意に呼応するかのように、ブーステッドギアの宝玉に輝きが灯った。
『相棒、ついに至った。禁手に至ったぞ!今ならいける!』
ほんとか?都合が良すぎるだろ!しかし、それを気にしてる場合じゃない。ここからは俺のターンだ!
「変……身!」
『Welsh Dragon Balance breaker!!!!!!』
その音声が鳴り響くと同時に、赤く輝く膨大な量のオーラが俺を包み込み、それは真っ赤な鎧と化していった。そして、オーラの余波で俺に繋がっていたラインを全て吹き飛ばした。
「っしゃあ!」
先ほどとは打って変わって、俺の方が俄然有利の状況となった。
「ちっ、それでも……勝つんだ。俺は今日、……お前に勝つんだ!」
匙の戦意はまだ死んでいない様子。ラインを俺に放ってくる。俺が纏ったオーラで何度弾き飛ばしても、匙は負けじと何度も放ってきた。
俺は背中のジェットを吹かして、一瞬の内に匙の懐に潜り込んだ。そして、拳打のラッシュを浴びせ、店の壁に叩きつけた。匙はその場で倒れ込む。
「今のでお前はもう立てないはずだ。匙!」
お願いだ。これで倒れてくれ!しかし、俺の思いとは裏腹にあいつは立ち上がり、俺に向かって殴ってくる。
「まだだ、…………まだ俺は……負けてない」
「くっ!」
今度は回し蹴りを胴体目掛けて全力で振り抜き、再び壁に叩きつけた。
それでもなお、匙は立ち上がってくる。さっきの俺の攻撃によって足はガクガクで、息が絶え絶えだというのに。
「はぁ……はぁ…………まだ……だ」
「匙…………」
…………いままでなんで俺はこんな簡単なことに気が付かなかったんだろうか?俺のライバルは、倒すべきライバルは白龍皇であるヴァーリだけだと思っていた。でも、それは間違ってた。こんな身近にライバルはいたんだな。匙、今度お前には謝らないといけない、ゴメン。そして、俺に気付かせてくれてありがとう。だからーー
「ハァァァァァァッ!」
『BoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!!』
俺もさっきのお前のように、今持てる限りの渾身の一撃を放つ!
「ハッ!」
真上に跳び上がり、空中で体を捻りながら一回転させ、
「ダァァァァァァッ!」
右足で蹴り込んだ。
\ドゴッ!/
俺の跳び蹴りは匙に突き刺さり、そのまま後ろに吹き飛ばした。
急所を避けて攻撃はしたが、匙の意識はもうすでに無いだろう。奴の体は光に包まれた。しかし、ついさっきまで俺のことを殴っていたその両手は、力強く握られたままだった。それはフィールドから完全に消え去るまでずっと。
『ソーナ・シトリー様の「兵士」一名、リタイア』
俺の両手は自分自身でも認識できる位に震えていた。その両手を小猫ちゃんは、俺のそれよりも小さい手で優しく握ってくれた。
「小猫ちゃん……俺は……」
俺は言葉に詰まってしまったが、小猫ちゃんは微かに笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「かっこ良かったです。イッセー先輩は私の自慢の先輩です」
その言葉は今の俺にとって十分な位届いた。