部長の「帰省」
一学期が終わり、遂に夏休みに突入した今日この頃、特に変わったことをするでもなく、アルバイトをしたり、家でゴロゴロしたりと有意義な(?)時間を過ごしていた。しかし、俺の生活にひとつ大きな変化が起きた。
それは夏休みに入って、朱乃とゼノヴィアが俺が住むこの家に移り住んできたこと。それが唯一変わったことである。
なぜそうなったかというと、部長のお兄さんーー魔王サーゼクスさんの提案で眷属同士のスキンシップ向上のためだそうだ。俺は悪魔じゃないから関係ない気もするんだけど、仕方ないから受け入れている。
俺は普通にベッドで寝ていたのだが、今朝はタオルケットの中に何か違和感を覚えていつもよりも早く起きてしまった。
それはモゾモゾと動いているうえに、すごく柔らかい感触が肌を通して伝わってくる。おそるおそる中を覗き込むと中にはーー、
「おはよう、ハジメ君」
…………朱乃がそこに潜り込んでいた。
「うわぁっ!」
俺は一瞬のうちに完全に目が覚めてしまった。すぐさま、ベッドの中から脱出する俺。すると、朱乃は急に不機嫌そうな顔をして頬を膨らませる。
「……ハジメ君は私のことが嫌いなの?」
涙目かつ上目使いでそんなことを言ってくる。
「いや、むしろ好きですけど、えーっとその……」
パニック気味に俺がそう答えると、彼女はいつもの笑顔を浮かべていた。
「うふふ、冗談のつもりで言ったのに」
あれが演技だって?本当に勘弁してくださいよ。
「ハジメ、腹が減ったぞ。早く朝食を作ってくれ」
今度はゼノヴィアがこの部屋に入ってきた。
「むぅ、朱乃副部長に先を越されていたか。ハジメ、そろそろ私の方もよろしく頼むぞ」
ゼノヴィアは何か勘違いしてる様子。そもそも、何を頼まれてんだ俺は?考えたくはないが、あのことなのだろうけど。
「ゼノヴィア、お前が思っているようなことを俺はやってないからな?あと、朝飯は今からすぐに用意するから待ってくれ」
俺はそう言って部屋から出ていき、一日が始まった。
◼◼◼
朝食を食べ終えて、しばらくすると部長からイッセー宅に全員集まるように。と連絡がきた。
「冥界に里帰りですか?」
イッセーが聞き返すと、部長はうなずいた。
しかし、いつの間にかイッセーの家が豪邸と化していたことには驚いた。昨日までは普通の一軒家だったはずなのに……。
「長期間の休みでないと、故郷へ帰れないもの。毎年のことなの」
「そうだったんですね。久しぶりの冥界、楽しんできて下さい」
イッセーは特に寂しがる様子を一切見せずにそんなことを口にした。
「何言ってるの?あなたたちは私の眷属で下僕の悪魔なのだから、主に同伴は当然。だから、一緒に私の故郷へ行くの」
どうやら眷属全員で冥界に行くらしい。となると俺だけ置いてきぼりになりそうだが……ってあれ?
「先生もこの場に呼ばれてたのか?」
突然、アザゼルがこの部屋に入ってきた。他のみんなはともかく、部長まで驚いているからサプライズでここに来たとみて間違いなさそうだが、驚きかたが半端じゃない。まるで俺が言うまで気が付かなかったかのように。
「いや、強いて言うならただの暇潰しだな。あと、俺も冥界に行くぜ」
「どこから入ってきたの?」
部長がたじろぎながらアザゼルに訊く。
「んなもん玄関からに決まってるだろ?」
しかし、アザゼルは平然とした態度で答えた。
「……気配すら感じませんでした」
そう口を開いたのは木場だった。まさか、木場ですら気が付かなかったとは。……ってことは気付いたの俺だけ?
「そうか、そりゃ修行不足の証拠だ。俺は普通に来ただけだからな。それよりも冥界に帰るんだろう?なら、俺はお前らの『先生』だから当然行くぜ」
部活動の顧問らしくそんなことを言う。そして、懐からメモ帳を取りだし、それを読み上げる。
どうやら、冥界でのスケジュールが書いてあるらしい。聞く限りでは過密スケジュールとまではいかないものの、やることが満載なのは間違いない。
「あと、ハジメも冥界に同行してもらう。理由は追々説明してやる」
……結局、行くはめになるのか。行かないと思っていたのに。
『いや~、楽しみだねぇ~』
鍠は呑気そうにしているけど、生きた人間が
◼◼◼
俺達が冥界入りする当日、なぜか、最初に向かった先は最寄りの駅ーー『駒王駅』だった。服装は正装である必要があるらしく全員が駒王学園の夏服姿。
そもそも冥界に行くために、わざわざ電車を利用するのだろうか?魔方陣でひとっ飛びは不可能なのか?
疑問が山のように出てくる俺だが、それとは関係なく部長と朱乃はエレベーターがある方向に歩いていく。
まず、部長と朱乃が先に入ると、部長に呼ばれてイッセー、アーシア、ゼノヴィアが先にエレベーターへと乗っていった。
しばらくすると、エレベーターが戻って来た。
「じゃあ、僕達も行こうか」
木場を先頭に残りのメンバーが入っていく。全員が乗ったことを木場は確認するとボタンは押さずにICカードらしきものを電子パネルにかざした。すると、エレベーターは下へと降りていった。
「この駅の地下には秘密の階層があるんだ。普通の人間が一生気付くことがない領域がここ以外にも結構隠されてる」
悪魔のオーバーテクノロジーには毎度驚かされているので、もう考えるのはやめた方がいい気がしてくる。
下っていって一分、ようやくエレベーターは停止して扉が開いた。俺の視界に広がっていた光景は限りなく広い空間だった。よく見てみると駅のような意匠が所々に見受けられる。
「全員揃ったわね。三番ホームまで歩くわよ」
部長と朱乃が先導し、俺達はその後に続いた。目的地までは迷路のようにいりくんでいるのか、右に行ったり左に行ったりと複雑なルートを歩いていく。
また開けた空間に出ると、そこには悪魔式(と思われる)の列車がすでに俺達を待っていた。
「グレモリー家所有の列車よ」
……予想はできていました。さすがです。
驚きを通り越して呆れていると、列車のドアが自動で開いた。そして、全員が乗車するとすぐに出発していくのだった。
◼◼◼
俺は席に座ると、すぐさま寝てしまった。持論であるがやはり電車内は寝るに限る。
なので、いつの間にか人間界を離れて、冥界に着いていた。
「ハジメ、もうすぐ着くらしいぞ。起きろ」
イッセーの声で俺は起きた。
「ん~、よく寝た」
俺達は降りる準備をし始める。徐々に列車の速度は落ちていき、静かに停止した。そして、アザゼルをただ一人残して全員が降りていく。
どうやら、このまま魔王さん達がいるところまで行くためらしい。適当な男に見えても、一応トップだから忙しいのだろう。
「じゃあ、またあとで」
「お兄さまによろしくね、アザゼル」
イッセーと部長はアザゼルに軽く挨拶をして、駅のホームにアザゼルを抜かしたメンバーで降りた瞬間、
『リアスお嬢様、おかえりなさいませ!』
いきなり、怒号のような声で俺達は迎えられる。その後、間髪を入れずに花火が上がったり、楽団の演奏が始まったりと、それはお祭り騒ぎのようだった。むしろ、下手なお祭りよりも賑わっている。
「お嬢様、おかえりなさいませ。お早いお着きでしたね本邸まで馬車で移動しますので、どうぞお乗りください」
見知った顔の銀髪の女性ーーグレイフィアさんが一歩前に出てきて、俺達を馬車に誘導していく。
そういえば、荷物をまだ列車から荷物を運んでないけど……と思っていたら、他のメイドさん達が俺達の荷物を運び出していた。
全員が馬車に乗り込むと馬車は蹄の音を軽快に鳴らしながら進み出した。そして、わずか数分で巨大な西洋風の城らしき建物の入り口に到着した。それが本邸と部長は言っていたが、何気に「お家のひとつ」とも言っていた。こんなのがまだあるのかと思うと、すごくもったいない気もしてくる。
「お嬢様、そして皆さん、どうぞお進みください」
そして、巨大な城門が開かれると、グレイフィアさんが会釈をして俺達を進むように促してくれた。
「さぁ、行くわよ」
部長が家に足を踏み入れようとしたときだった。小さな人影が部長の方に飛び込んで来た。
「リアス姉さま!おかえりなさい」
それは見た目が8~10歳くらいの紅髪の少年だった。
「ただいま、ミリキャス。ずいぶん大きくなったわね」
「えっと、部長。この子は?」
イッセーが訊くと、部長は簡単に紹介してくれる。
「この子はお兄さまの子供で名前はミリキャス・グレモリー。つまり、私の甥ということになるわね」
なんと、サーゼクスさんの息子さんだったのか。
「初めまして、ミリキャス・グレモリーです」
「こちらこそ初めまして、俺……いや、僕は兵藤一誠というものです」
……イッセー、子供相手に緊張し過ぎだぞ。…………ん?ところでサーゼクスさんのお相手はどんな人なんだろうか?でも、サーゼクスさんの性格を考えると、人一倍しっかりした女性じゃないとつとまらないのは間違いなく言えることだろう。
「屋敷へ入りましょうか」
部長は再び入り口の方へと歩き出した。
複数の門をくぐり、ようやく玄関ホールにたどり着いた。このホールには丸々一戸建ての家が建ちそうなぐらいの広さがある。
部長とグレイフィアさんがこの後のことを話し合っていた。それによれば、部長のお父さんは夕飯の時、みんなに挨拶をしたいと言っていたらしく、それまではそれぞれ用意されている部屋で休んでいいとのこと。
イッセーとアーシアはこういった場所に慣れていないのか、やや疲れているように見える。規模がおかしすぎるからしょうがない気もする。
「あら、リアス。帰っていたのね」
ふと、上から声がかけられた。それも女性だ。
階段から下りてきたその声の主は俺達とあまり歳が変わらないくらいの女の子だと思った。さらに部長に似ているから尚更そう思える。唯一違うところといえば、髪の色が亜麻色であることだろうか。
しかし、部長に姉妹がいるなんて誰からも聞いたことが一度もない。それに相手は悪魔。そう考えると可能性としては、
「お母さま。ただいま帰りましたわ」
……やはりそうでしたか。
「えぇぇぇぇぇぇっ!?部長と歳がひとつふたつぐらいしか変わらない美少女じゃないですか!」
イッセーは見事に引っ掛かっていた。まぁ、俺も今日のような驚きの連続がなければ深く考えなかっただろう。
「初めまして、私はリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーですわ。皆さん、よろしくね」
部長のお母さんが自己紹介が終わると、俺達は客室へと通されて一時休息をとるのだった。
微妙な切り方でごめんなさい。