「くうぅぅ~。せ、先輩、僕疲れました……」
「なに弱音を吐いてんだよ。今日の分はまだ始まったばかりだぞ!」
俺が旧校舎付近に近づくと、すでに特訓は始まっていたのか、二人の声が聞こえてくる。
「やけに早くないか?二人とも」
「ハジメ先輩。こんにちは……」
「おっ、来たか。いつもこんなもんだぞ?」
しかし、イッセーはすごいな。あの引きこもりをこんな短い期間でここまでの状態にすることができるなんて。
「ハジメ後は頼む。ギャスパーのことよろしくな!」
そう言ってイッセーは駆け出していく。
「お前、この後用事あるのか?」
「あぁ、部長と朱乃さんに呼ばれてて」
だから、ギャスパーの特訓を俺が任せられたのか。みんなよりも彼と会っていない分、俺はまだ慣れていない様子だから少し不安だが。
「さて、イッセーはいなくなるが、頑張ろうな」
「はい、よろしくお願いします……」
「じゃあ、いくぞ!」
イッセーがさっきまでしていたようにバレーボールを放り投げた。そして、それは空中で完全に停止する。その行為をただひたすら繰り返した。
一番最初に見たときよりも良くなっている。俺は素直にそう思った。
「いいね、この調子、この調子」
「本当ですか?ありがとうございます」
ギャスパーも特に緊張することがなく、良い感じの雰囲気で特訓が約1時間続いていった。
◼◼◼
「一回休憩をはさもうか?」
「は、はい。お願いします……」
ギャスパーはそう言うと倒れ込んだ。「寝るな!」……ってイッセーなら注意しそうだけど、
「なぁ、せめて座るぐらいにしとけ。あんまり体によくないぞ?」
俺が指摘するとすぐに起き上がった。ホント純粋で素直だな、ギャスパーは。
「ハジメ先輩、ひとつ質問してもいいですか?」
「あぁ、なんだい?」
「僕のことをどう思ってますか?」
ギャスパーは真面目な口調でそんなことを訊いてきた。
「どうって、そうだな……俺から見れば、同じ部活に所属している後輩だな。いきなりどうした?」
「……ただ、自分の周辺に時間を停められる者がいたら恐ろしく感じませんか?」
自分を蔑むようにそう言ってきた。おそらく、ギャスパーはそんなことを思う奴らが大勢いるところで育ってきたのだろう。たしかに、それで引きこもりになったというのなら筋が通っている。
「う~ん、たしかに時間が停まるっていうのは心地良いものじゃないかもしれない。でもな、互いの間に信頼さえあればそんなことは気にならないと俺は思う。お前はもう少しみんなを信用してみるんだ」
俺なりの持論をぶつけてみると、ギャスパーはポカンとした表情になっていた。
「そんなことを言ってくれたのはハジメ先輩が初めてです」
「そうだったか。少なくともオカルト研究部のみんなはそう思っているはずさ。たとえ言葉に出していなくても」
そういえば、朱乃も人間と他の種族の間に生まれたハーフだ。朱乃もギャスパーともに共通して自己嫌悪していた。
全部を理解してやることは難しいだろうけど、存在を否定しないで、受け入れてやることぐらいなら俺にだってできる。
「まぁ、暗い話はここまでにしておこうか。特訓の続きを始めよう」
「はい!」
ギャスパーは晴れやかな顔をして返事を返してきた。そして、日が落ちるまで特訓は続いていった。
◼◼◼
「みんな、行くわよ」
朱乃の告白やギャスパーとの特訓に付き合ったあの日から1週間が経過した今日、ついに会談の日が来てしまった。
会場は駒王学園の職員会議室で、時間帯は休日の深夜。そして、学園全体を強力な結界に囲まれているらしく、誰も外から入ることができず、もちろん出ることもできない。
さらに、結界の外には三大勢力の各軍勢が周りを覆うように待機している。いつ戦になってもおかしくない空気だと木場は言っていた。
今回、ギャスパーは会談には参加させずに留守番をしてもらうことになっている。理由は神器を完全に使いこなせていないからである。まぁ、あの一件の該当者ではないから参加する必要がないというのもあるが。
「ギャスパー、おとなしくしていろよ?」
「わかってますよ。イッセー先輩」
「俺のゲーム機置いておくから、暇になったらそれで遊べばいい」
「あ、ありがとうございます」
「イッセー君は面倒見がいいよね」
木場はそんな言葉を漏らした。
そして、部長が部屋を出ていきそれに俺達は続いた。
◼◼◼
「失礼します」
部長は会議室の扉をノックした後に入っていく。そこには高級そうなテーブルが用意されていて、それを囲むようにそれぞれのトップがすでに座っている。全員が真剣な面持ちで待機している。
「私の妹と、その眷属だ」
サーゼクスさんが天使、堕天使陣営に部長達を紹介する。
「それと、彼は今回の襲撃の際にコカビエルを退ける活躍を見せた剣一君だ」
俺の紹介までするのか。しかも、俺だけ名前出してるし。
「報告は受けています。改めてお礼を申し上げます」
この金色の羽の天使長さんはたしかミカエルさんとかみんな呼んでいたっけ?
「悪かったな、俺のところのバカが迷惑をかけた」
すまなそうな態度はいっさいない堕天使総督のアザゼル。
サーゼクスさんから指示が出され、俺達は椅子に座るように促された。生徒会長はすでに座っていて、その隣に部長が座り、イッセー、朱乃さん、木場、アーシア、ゼノヴィア、小猫ちゃんと続いていき、一番端に俺は座った。
それをサーゼクスさんが確認すると口を開いた。
「全員が揃ったところでここにいる者たちは最重要禁則事項である『神の不在』を認知しているとして、話を進める」
その一言で会談の幕が上がった。
思ったよりも順調に話し合いは進んでいった。ミカエルさんとサーゼクスさんはもちろんのことだが、アザゼルも真面目に発言していた。内容の全てを理解することできなかったが、要点はなんとなくわかったので、そこのところは問題なかった。
「さて、リアス。そろそろ、先日の事件について話してもらおうか」
ようやく、部長の出番か。
サーゼクスさんに促され、部長と会長、朱乃が立ち上がり、この間起こった事件の一部始終を話し始めた。
部長は冷静かつ淡々と概要を話していくが、緊張しているのか手を僅かに震わせていた。
全てを言い終えた部長は、サーゼクスさんからの一言でようやく着席した。その表情は安堵しているようだった。セラフォルーさんもウィンクを送っていた。
「さて、アザゼル。この報告を受けて、堕天使総督の意見を聞きたい」
サーゼクスさんがその問いを訊いたことにより、ここからはアザゼルからの説明が始まった。
戦争に興味を一切持たず消極的で、神器にしか興味のない者。そんな堕天使総督はここ数十年神器の所有者をかき集めていたらしい。本人は研究のためであると言っているが、他の陣営からの信用度は限りなくゼロに近く、警戒されている様子。
「はぁ、神や先代ルシファーよりはマシかと思っていたんだが、お前らもお前らで面倒くさい奴らだ。あー、わかったよ。ーーなら、和平を結ぼうぜ。天使も悪魔も鼻からそのつもりだったんだろ?」
ようやく、最重要項目に入ったってところか。話を事前に聞いていた俺以外の方々は驚きに包まれている。
その言葉にミカエルさんは微笑みながら、サーゼクスさんはうなずいて同意した。それを確認したアザゼルはさっきまでとはうって変わって真剣な面持ちを浮かべ語りだした。
「もし、次の戦争が起これば、三すくみは今度こそ共倒れだ。そしてこの人間界にも多大な影響を与え、世界は終わる」
そして、腕を広げながらこう締めくくった。
「神がいなくても世界は回るのさ」
俺はアザゼルを信じてみて正しかったのだと改めて思った。
「まぁ、こんなところだろうか?」
サーゼクスさんが放ったその一言でそれぞれの代表者は大きく息を吐いた。今回の会談は一通り終わったようだ。
そこから先はアーシアやゼノヴィアが異分子とされた理由をミカエルさんが説明、謝罪したり、イッセーが堕天使によってなぜ殺されたか、その理由をアザゼルから語られたり、他にも会談とは関係のない事柄が話された。
ーー突然俺の目に広がる景色が灰色になる。そして、周りをぐるりと見渡すと、アーシア、朱乃、小猫ちゃん、会長さんは停止していた。
逆に、三大勢力のトップや部長とイッセー、木場、ゼノヴィア、そして、グレイフィアさんにヴァーリは動けている。
これはギャスパーの時間停止か!しかし、なぜ?
『僕達囲まれてるね』
『ハッ、どうやらそのようだな』
鍠と麟は感づいているようだ。おそらく、他の二人も気づいているだろうけど。
(囲まれてるって、敵かよ!いったいどこの誰が?)
「テロだ」
アザゼルがそう呟く。それと同時に閃光が窓の外に広がった。
あの時、アザゼルが言っていたことはこのことだったのかよ。
「くそっ!」
俺はすぐさま窓際に走っていく。もちろん戦うためにだ。しかし、アザゼルが待ったをかけた。
「おい、剣一。一人で外の奴らと相手をする気か?」
そう言うと同時に3枚のラウズカードを投げてくる。
「だとしたら、どうするんだ?」
俺はカードを掴み、訊く。
「あいつらはただのテロリスト集団じゃない。最大級に性質が悪い。なんでも、三大勢力の危険分子を集めているそうだ。おまけに『
「相手がなんだろうが関係ない。ここにいるみんなを守るために俺は戦う」
踵を返して、窓を開け放ち俺は飛び降りていく。
「変身!」
〈TURN UP〉
空中で変身が完了し、着地する。
空には黒いローブを被った魔法使いのような奴らが無数に浮いていた。
〈リモート〉
そして、ギラファアンデッドとコーカサスアンデッドを召喚した。
「ハジメ、ここにいる敵は殺していいんだな?」
「あぁ、奴らはテロリストだ。構わない」
「へぇ、甘いハジメにしては珍しいね」
「無駄口叩くのは後にしてくれ。二人とも行くぞ!」
「フン」「はいはい」
〈フロート〉
俺達は空中にいる目標めがけて飛翔していった。