クロスゲーム アナザー 〜あれから俺は〜   作:トナカイさん

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第七話 嫌〜な感じだな……

「……もう、お父さん達早く!」

 

「ちょっと待ちなさい。まだ支払いが……」

 

「そんなに慌てなくても、大丈夫よ?」

 

「そうだよ。まだ始まったばかりだろ?」

 

急いで球場に駆けつけようと駅前からタクシーに乗ったけど。

既に相手の攻撃は終わっていて。

星秀の攻撃に変わっていた。

そのことをラジオで知ってしまった。

ああ、もっと早く来るんだった。

検査が長引かなけば……初戦から応援に来れたのに。

私はそんなことを思いながら、タクシーから降りると目の前に立つ甲子園球場を見上げる。

 

ここなんだよね?

青葉ちゃん、樹多村君?

若葉さんが見た……夢の舞台は。

 

 

 

頑張れ!

みんな頑張れ!

 

 

負けるな!

赤石君……。

____________________________________

 

 

一回裏。星秀学園の攻撃。

 

 

キーン!

 

打ち上げられた白球は空高く飛び、風の流れに乗ってそのまま観客席(スタンド)に落ちていった。

 

ワー!

 

『せ、先頭打者本塁打(ホームラン)! 星秀学園。一番、遊撃手(ショート)千田。初球をフルスイング! 打った打球は一塁側の観客席(スタンド)に入りました!』

 

ワー! ワー!

 

「ナハハハ! どうだ見たか! これが星秀学園、切り込み隊長。千田様の実力よ!」

 

一塁側の観客席から溢れんばかりに観客の声援が鳴り響く。

 

「嫌〜な感じだな……」

 

盛り上がる観客席とは打って変わり、俺達星秀学園のベンチでは前野監督が不安気な表情でそう呟いた。

 

「今の……投げ損ないか?」

 

隣にいた東に聞くと。

 

「ああ、何かしらの変化球がすっぽ抜けたみたいだな」

 

投手を見ながら東はそう告げた。

 

「黒石裕也。左投げのオーバースロー。

スタミナ、スピードはAクラス。

キレのいい変化球を投げるが制球力(コントロール)はやや甘め。

投げる球種はスライダー、フォーク、シュート、チェンジアップ。

青葉ちゃんのデータによると、直球はMAX155㎞/h。千川リトル出身。中学生の頃はシニアでそれなりに活躍して野球特待生として策士学院に入学。趣味は落語。好きなものは弱いものいじめ。ジャイアニズムの継承者でもある一方、ズボラのところもあり、穴の空いた服も平気で着る。期限が4、5日過ぎた牛乳を平気で飲む。部屋は散らかし放題。一度部屋の掃除を始めるとしつこい、無神経な人などと周りの評判はよくない。(同級生と幼なじみ談)野球のセンスはともかく、人としてどうなの? といった内容が書かれてます」

 

マネージャーの大久保がマル秘ノートを見ながらそう告げた。

 

「おい、青葉の奴、さっき俺と似てるとか言ってなかったか?」

 

ソイツのどの辺が似てるんだ、どの辺が!

 

「まあ、性格はともかく、ズボラなところとか、ピッチングフォームは確かにお前や月島と似てるかもな」

 

おい、納得するなよ、東⁉︎

 

「それと……」

 

「それと?」

 

「あっ……いえ。性格はともかく、速くていい直球(ストレート)やキレのある変化球を投げるかなりいい投手(ピッチャー)……でも、胸はときめかない、ようです」

 

『胸はときめかない』

 

大久保から告げられたその言葉を聞いた俺は、昔、若葉に告げられた言葉を思い出す。

 

『青葉に好かれたいなら簡単よ』

 

「……」

 

『160㎞のストレートを投げればいい、だけなんだから』

 

無言になる俺の肩をポンッと叩いて。

 

「よし、行くか!」

 

東はバッターサークルに向かっていった。

東が向かった打席には既に中西が立っていた。

 

『さあ、二番打者を遊撃手(ショート)ゴロに抑えました!

次く星秀学園の攻撃!

次は三番打者、中西です!』

 

実況が告げ、歓声が上がる中、中西はバットを構える。

相手の投手(ピッチャー)捕手(キャッチャー)のサインに首を縦に振ると。

足を上げて、投球動作に入った。

左腕から放たれた白球は……。

 

『ス、ストライク!』

 

外角低めいっぱい。ストライクゾーンギリギリにストレートは決まった。

 

「は……速え。150キロは出てるぞ」

 

「ひ、左で150キロって……打てんのか? あんな球……」

 

チームメイト。特に下級生からそんな不安気な言葉が出る。

 

制球力(コントロール)悪いんじゃなかったか?」

 

バッターサークルに向かおうとしていた赤石に問いかけるが。

 

「ま、月島も実際に間近で見て取ったデータじゃないからな……」

 

頬をぽりぽりと掻きながら、赤石は答えた。

投手を見ると、次の投球動作に入っていて。

 

『ボール!』

 

内角高めに外れた。

 

「ふぃー……あんなところにあのスピードでビシバシ決まったら堪らんなー」

 

前野監督は相手投手を見ながらそう呟いた。

 

「ええ。堪らないですよ……決まれば、ね」

 

赤石がそう呟いた瞬間。

 

『ス、ストライク!

三球目は内角高めに決まって、これでワンボール。ツーストライク!

追い込まれました中西!』

 

実況がそう告げていた。

内角は中西の苦手なコース。

どうやら相手もこちら側の弱点は知らべてあるみたいだな。

 

「……堪らんな」

 

前野監督の呟きを背に赤石はバッターサークルに向かって行く。

 

『これもストライク! 内角高めいっぱいの球を振らされました中西! さあ、追い込まられた星秀学園。

次の打者は……』

 

「大丈夫、打ちますよ。東なら……それに。東の次は赤石ですから」

 

俺はそう監督に告げた。そう。今、打席に向かったのは星秀が誇る脅威の四番打者。

東 雄平の打席だ!

東なら打てる!

そう思っていると。

 

「でも……一塁、空いてますよ?」

 

マネージャーの大久保がそう告げた。

 

……⁉︎

 

監督と顔を見合わせたその時。

 

ワー! ワー! ブー! ブー!

と一塁側、星秀学園の応援団が座る観客席(スタンド)からブーイングが上がった。

視線を打席の方に向けると。

 

『おっと⁉︎ ここは敬遠策⁉︎ 策士バッテリー、一打席目から勝負をしません。東を歩かせる為に捕手は立ったままです!』

 

バシ!

バシ!

バシ!

バシ!

 

四球(フォアボール)!』

 

東は歩かされた。

だけど、これはチャンスだ!

次の打者は赤石!

東ほどではないけど、長打力のある打者だからな。

バットを構えた赤石に対して、相手は大きく振りかぶった。

 

「……二塁も空いてますよね?」

 

大久保がそう呟いたが……まさか、な。

いくらなんでも初回から勝負を避けたりしないだろう。

そうネクストバッターサークルで思っていたその時だった。

 

ワー! キャー!

 

悲鳴にも似た声が、観客席(スタンド)全体から聞こえ。

赤石がいるはずの方を見ると。

赤石が片膝をついて俯いていた。

 

『おーと、これは危ない! 危険球だ! 黒石選手、突然の制球力(コントロール)の乱れ! これはどうしたことか⁉︎ 黒石選手が投げた球は、赤石選手の左肩に当たりました』

 

『大丈夫ですかね? キャッチャーにとって肩を痛めるというのは致命的なことですからね』

 

場内実況が聞こえる中。

 

「……すぐに冷却スプレーの用意を」

 

「は、はい!」

 

監督はマネージャーの一人に指示を出した。

急いで冷却スプレーを探すマネージャーを遠目に見ながら。

俺は呆然とすることしかできなかった。

 

「……赤石?」

 

『ただいま、治療の為一時中断となります。再開まで今しばらくお待ちください』

 

場内放送(アナウンス)が流れ、赤石がベンチに運ばれていった……。

俺も赤石の方に駆け寄ろうとしたが。

 

「大丈夫、ちょっと掠っただけだ……心配はいらねえよ」

 

俺にも聞こえるくらいの声の大きさを出した。

結局、一度ベンチに戻った赤石だが……。

治療を拒否してすぐに一塁に走っていった。

俺はふと、マウンド上にいる相手の投手(ピッチャー)を見ると。

……見間違いだよな?

きっと緊張で手元が狂っただけだ!

大舞台で緊張しただけだ……。

そう思いたかったが……俺は見てしまった。

マウンド上に立つ相手の投手(ピッチャー)

黒石 裕也。

ソイツの顔がほんの一瞬の間、笑みを浮かべていたのを。


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