クロスゲーム アナザー 〜あれから俺は〜   作:トナカイさん

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コウは男好きではありません。普通に、普通の思春期の男子です。
……誤解ないように(意味深)


第三話夢じゃないんだよな?

『星秀、名門破る!』

 

『樹多村光速160km/h!』

 

『4番・東3ホームラン8打点!』

 

「160km……」

 

翌朝、宿舎のラウンジでスポーツ新聞を手に取ってソファに座って広げると一面に俺達の試合結果が載っていた。

 

『独占スクープ 夏の甲子園史上初の快挙‼︎

光速男・樹多村光徹底解剖‼︎』

 

「カエルじゃねぇやぃ」

 

手に持っていた新聞を床に叩きつけた。

取材されるのは嬉しいが追いかけられたりあることない事書かれるのは正直うっとうしい。

昨日は試合直後からマスコミや新聞記者達がよってきて取材をさせられた。あまりマスコミは好きじゃなかったので逃げ出したかったが対応しないわけにはいかないと監督や赤石、中西などが騒いでうるさかったから仕方なく取材を受けた。

 

「めずらしいな」

 

後ろから声をかけられたので振り返るとそこには東がいた。

 

「お前がこんなに早く起きるなんて」

 

「よ!おはようさん」

 

挨拶を返すと東は……。

 

「肩に張りは?」

 

と聞いてきた。

俺の横を通りすぎようとしながら。

 

「……ねぇ」

 

「ヒジに痛みは?」

 

そう言ってこちらを向く東。

 

「……ねぇ」

 

新聞に視線を向けたまま答えると東はソファの横にある自販機でコーヒーを買いはじめた。

 

「なァ」

 

コーヒーを片手で持って立ち去ろうとする東に思ったことを聞いてみた。

 

「本当に160km出たのかな?」

 

新聞に視線を向けたままそう聞くと東は……。

 

「うれしそうだな」

 

と言ってきた。

 

「だって160kmだぜ、すごくね?」

 

高校の平均より40kmも速い球を投げたということになる。

一般的に高校球児の平均は120kmくらいだ。

140km出せば十分速球派と呼ばれる中で、160kmの球を投げたんだ。すごいと浮かれてしまってもしょうがないと思いそう言ったが東はこう言い放った。

 

「前にも言ったろ。気にするな、数字なんか」

 

どうでもよさそうな感じで言いやがった。

 

「いやいや、自信にはなるっしょ」

 

なんか前にも似たような会話したなーと思いながらそう言うと東は前にも言ってきたような感じの言葉を返してきた。

 

「お前が自信を持っていいのは、俺をここに引き止めたことだ。

数字じゃねぇ。何度も言わせんな!」

 

そう自信たっぷりに言って自身が寝泊まりしている部屋の方に向かって行った。

 

「……その自信を少し分けてくれよ」

 

立ち去る東の背中越しにそう呟いた。

 

 

 

 

 

新聞を読みつくした俺が時間を持て余していると起き出してきた中西が声をかけてきた。

 

「おはようさん」

 

「うぃーす」

 

「体は平気か?」

 

「ああ。問題ねぇよ」

 

「昨日は大変だったなー」

 

中西が言ってるのは試合のことよりもその後のことだろう。

マスコミなどのメディアの相手と同じくらい大変だったのは女性のファンの方だった。

バスに乗るまでサインや記念撮影を求められたり、宿舎の前で待ち伏せされたり、中には数人宿舎の中に入ってきた強者までいた。

サインだけしてすぐに追い出したが相手するのは大変だった。

女性に追いかけまわされて嬉しくないわけじゃない。

ただその後が大変だから嫌なんだ。

何が嫌かって……。

何より大変なのは青葉だ。

何故かそれまで勝利したことによって機嫌よかった青葉の機嫌が最悪になり俺を無視するようになった。

お互いまだはっきりと告白したわけではないが以前と比べたら格段と距離は縮まっていた。

それが昨日の騒ぎでまた元に戻ってしまったかもしれない。

嫌われたかもしれない。俺が青葉だったら嫌になるかもしれない。

嫌われても仕方ない。

だけどどんなに嫌われても、なんとなくお互いの気持ちはわかってしまう。

一葉姉ちゃんいわく「似てんのよ、コウちゃんと青葉は……」らしい。

似てるからわかるのか。わかっているから似た行動をするのかはわからないけど……。

どっちにしろ嫌な感覚ではないな……。

 

そんな事を考えながら中西の話に適当に相づちをうっていると中西が東がいったように昨日の試合で投げた後からの腕の心配をしてきた。

 

「ヒジに痛みは?」

 

「ねぇよ」

 

「肩に張りは?」

 

「ない」

 

「頭は平気か?」

 

「どういう意味だ……」

 

「なぁ、コウ。俺達本当に勝ったんだよな?」

 

「ああ」

 

「夢じゃないんだよな?」

 

「ああ」

 

「甲子園で闘っているんだよな?」

 

「ああ」

 

「ありがとう、な」

 

「何が?」

 

「お前や東がいなかったらずっと夢のままだったよ」

 

「夢じゃねえよ」

 

そう夢じゃない。俺は、俺達は甲子園で闘っているんだ。

憧れの聖地で。夢の舞台で。

 

「お礼を言うなら俺の方だ」

 

俺は中西の方を見て、彼の目を見つめながらずっと言えなかった言葉を口にした。

 

「あの時、小学生の時、お前が野球に誘わなかったら俺はここにはいねぇよ。

あの時、クラスのチームで投手やらされなかったら……中学の時だってお前が俺を草野球に誘わなかったら俺は野球をやってなかったよ。

星秀に入って、プレハブ組に入って、大門野球を潰して、地区大会で竜旺に惜敗した時だって、今年甲子園に行けたのだってお前が俺の横で……ファーストやサードを守ってくれたからだ。お前がいたから今、俺は喜多村光はここにいる。

だからありがとう」

 

俺がそう言うと中西は泣きだした。

ポロポロ涙を流した。

 

「……目に、ゴミが入った」

 

そう言って顔を隠したが俺にはわかるよ。

嬉しいよな。照れるよな。

俺もかなり恥ずかしいんだぜ?

 

「なあ、中西。全部終わったらまた草野球やろうぜ」

 

背を向ける中西にそう言うと彼は……。

 

「ばーか、この前も言ったろ。

俺はともかくお前の場合、世間が許さないって……」

 

中西は立ち去る前に目を真っ赤に充血させながら俺の方に振り向いてとびっきりの笑顔で笑いながらそう言ってきた。

 

 

 

宿舎の中庭に出ると1人黙々とバットを降る大柄な男がいた。

丸刈りの頭がトレードマークで図体に似合わずに頼りがいがあって試合になるとチームの司令塔をこなす捕手の赤石だ。

 

「誰の図体がデカイんだ?」

 

「あ、いや……森のクマさんの話を……」

 

「誰がクマだ!」

 

たまに鋭い奴だ。

 

「今日も早いな」

 

「ああ。昨日はあまり打てなかったからな」

 

いやいや、5打数3安打してたろ。

 

「甘い球を見逃すことがあるからな。

いつどんな球がきても打てるようにイメージトレーニングしとかないとな」

 

顔に似合わず、凄い奴だな。

 

「顔に似合わず……は余計だよ」

 

「読むなよ、人の心を」

 

「コウは顔にでやすいからな」

 

そうか?自分だとポーカーフェイスだと思っているんだけどな。

 

「体平気か?」

 

「大丈夫!大丈夫!」

 

「お前の大丈夫はアテにできねぇんだよ」

 

そう言って俺の肩やヒジを触ってきた赤石。

 

「寝違いで左腕を痛めても、打球が左手に当たって痛みがあっても無理してでも投げる奴だからな」

 

まだあの時の事を覚えているのか。

 

「もう無茶はしねぇよ」

 

「だといいんだけどな」

 

「怪我なんかしてられないだろ?」

 

「あん?」

 

「決勝まで……負けられないからな」

 

「……ああ」

 

『舞台は超満員の甲子園!』

超満員の舞台にふさわしいのは決勝だと思う。

 

若葉が、小学5年の夏に見た夢。

亡くなる朝に赤石や青葉に語った夢。

 

『コウがピッチャーで赤石君がキャッチャー。

舞台は超満員の甲子園____。

そうそう、中西君もいたわ。

バッタバッタの三振の山にアルプススタンドは大騒ぎ!

センターを守ってる青葉も大ハシャギ!』

 

なんて言っていたと青葉から聞いた。

女子の青葉が試合に、甲子園のグランドでプレイすることなんかできないんだけどな……。

 

『いいじゃない、夢なんだから』

 

若葉の声が聞こえた……ような気がしたがいいのか?

 

夢だからいいのか?

 

「コウ。決勝まで勝とうぜ!」

 

「ああ。超満員にしようぜ」

 

俺と赤石はそう誓いあった。

同じ女の子を好きになった者同士。

彼女の最期の夢を、願いを叶える為に……。

 

「練習しないとな、決勝まで行く為に……」

 

赤石は手に持つバットをビュンビュン振りだした。

練習熱心な奴だ。

邪魔しちゃいけないな。

 

「コウ、待ってろ。

あと100回振ったらお前の球を捕るから……」

 

「お構いなく」

 

決勝に行く為に、俺は俺のできることをしよう。

 

 

「さて、決勝まで行くためには……」

 

「行くためには?」

 

赤石が聞いてきた。

 

「ゆっくり休まないとな、じゃあお休みー」

 

「……しろよ。練習を……」

 

赤石の呟きを聞き流して俺は二度寝をする為に部屋に戻った。

 

 

 


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