僕と君と初恋予報   作:京勇樹

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家族の問題

キス未遂事件から数時間後、二人は作成したポスターのデータを持って明久が以前バイトしていた印刷屋に向かった

 

理由はもちろん、ポスターを刷るためである

 

明久の頼みを聞いて、印刷屋の店主は快くポスター50枚を格安で印刷してくれた

 

明久と雪は何回も感謝すると、街中に繰り出してポスターを貼る作業に移った

 

明久が嘗て働いた喫茶店や、スーパー、郵便局などに子犬のポスターを貼らせてもらった

 

明久が頼むと、店主や責任者は快くポスターを貼る許可や子犬のことを聞いてくれると約束してくれた

 

そして、今働いているミセスドーナッツに行くと、ひよりが働いていた

 

聞いてみると、店長は本社に呼ばれて留守らしい

 

明久が話すと、ひよりはポスターを貼る許可をくれた

 

ポスターを貼るとミセスドーナッツを出て、次には公民館や動物病院、電柱などにポスターを貼っていった

 

「大分貼れたね……」

 

明久は紙袋に残っているポスターを見ると、微笑みながらそう言った

 

「ああ……吉井、ありがとうな」

 

雪はそう言いながら頭を下げた

 

「気にしないで、僕も気になってたんだから」

 

明久がそう言いながら、一歩踏み出した時だった

 

「雪っ」

 

という、男性の声がした

 

振り返るとそこに居たのは、白髪が特徴的な少し疲れた印象の男性だった

 

ただ、よく見れば雪に少しばかり顔の輪郭が似ている

 

それに、雪を名前呼びしたことから判断すると、恐らくは父親だろうと明久は思った

 

「雪……」

 

その男性が心配そうに一歩踏み出すと、雪は怒った表情を浮かべて

 

「来るなっ!」

 

と叫んだ

 

そして雪は男性を睨み、男性は困った表情で雪を見ていた

 

「まあまあ、落ち着いて椎名さん……えっと、そちらの方は……」

 

雪を宥めてから、明久は男性に視線を向けて困惑した

 

すると、明久が困惑した理由を察したのか男性は懐に右手を入れて

 

「済まないね。私はこういう者だ」

 

と明久に名刺を差し出した

 

「あ、これはどうも……」

 

思わず頭を下げながら、明久は名刺を受け取った

 

名刺には

 

《花形総合病院 外科医 椎名太一(しいなたいち)

 

と所属と担当と名前、下部には電話番号まで書いてあった

 

「椎名って、まさか……椎名さんのお父さんですか?」

 

明久が問い掛けると、太一は頷いて

 

「父親とは言っても、最近は父親らしいことは出来てないがね……」

 

と言って、雪に視線を向けた

 

釣られて明久も見ると、雪は複雑な感情が入り混じった表情で父親である太一を睨んでいた

 

数秒後、雪は身を翻して駆け出した

 

「あ、椎名さん!」

 

雪が駆け出すと、明久は太一に軽く会釈してから雪を追い掛け始めた

 

雪は近くの自然公園に入るが、走る速度は緩めなかった

 

「椎名さん……椎名さん!」

 

明久が何回も呼び掛けるが、雪は一切反応せずに走っていた

 

だから明久は、意を決して

 

「雪っ!」

 

雪を名前呼びした

 

すると、雪はようやく止まった

 

「椎名さん……どうして、走り出したの?」

 

明久が問い掛けるが、雪は答えなかった

 

ふと気づくと、雪の肩が震えている

 

どうやら、泣いているらしい

 

明久は頭を掻くと、雪に近づいて

 

「椎名さん……僕の家に泊まる?」

 

と問い掛けた

 

すると、雪は驚いた様子で振り向いた

 

「どうせ、さっきの様子だと家には帰りづらいでしょ? だったら、僕の家に来なよ 服なら大丈夫。母さんと姉さんのがタンスに残ってるから」

 

と明久は言ったが、雪は

 

「でも……」

 

と俯いた

 

「ほら、行くよ……」

 

明久は予想していたのか、雪の手を握って歩き出した

 

「あっ……」

 

雪は引かれるがまま、明久の後を付いていった

 

そして、自宅に入ると明久は仏間に入り

 

「ここを部屋に使って」

 

と言うと、収納スペースから敷き布団と掛け布団を取り出した

 

「……いいのか?」

 

雪が問い掛けると、明久は頷いて

 

「何があったのかは知らないけど、一回考えて整理を付けたほうが良いと思うんだ……」

 

と言いながら、布団を敷いてから収納スペースに有る引き出しから淡い青色のパジャマを取り出した

 

「ん……同じくらいだね」

 

明久はそのパジャマを広げると、雪の体に重ねて確認した

 

「これは?」

 

「姉さんの昔のパジャマだよ……姉さんって、身長高かったからね」

 

雪からの問い掛けに、明久はそう答えると身を翻して

 

「少し待っててね……お風呂沸かしてくるから」

 

と言って、仏間から去った

 

雪はそれを見送ると、膝を抱えて座り込み

 

「私はどうしたらいいんだ……母さん……」

 

と泣くように呟いた


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