僕と君と初恋予報   作:京勇樹

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新たなバイトと気になる少女

LHRが終わると、明久は陽斗の案内で駅前のミセス・ドーナッツまで来た

 

理由はバイトの話し合いである

 

とはいえ、店側としては相当ギリギリだったらしく、陽斗の紹介もあってか明久は即座に採用された

 

「……で、ここが倉庫で反対側がロッカーよ。ロッカーは男女兼用だから、入ったら鍵を掛けてね」

 

「わかりました」

 

明久は店長である女性の説明を聞くと、頭の中で地図を作りながら頷いた

 

「とりあえず、今日はこのくらいで終わりね。明日から、本格的によろしく」

 

「はい、こちらこそ」

 

女性店長の言葉を聞いて、明久は頭を下げた

 

すると、陽斗が肩に手を置いて

 

「しばらくの間は俺も毎日入ってるから、わからないことがあったら聞いてくれ」

 

「うん、ありがとう」

 

明久と陽斗では担当が違うが、陽斗のほうがミセス・ドーナッツに関しては先輩である

 

その時だった

 

「あ! 新しいバイトの子ですか?」

 

という、少しおっとりした女性の声が聞こえた

 

「あら、良い所に来たわね。明久くん。彼女は本社契約の社員で、香月ひよりちゃんよ。私が出張とかで居ない場合、私の代わりに店長代理を任せてるの」

 

女性店長が紹介すると、香月(こうづき)ひよりはホンワカとした笑みを浮かべて

 

「よろしくね」

 

と挨拶してきた

 

「吉井明久です。明日からになりますが、よろしくお願いします」

 

明久は自己紹介しながら、目の前のひよりを見て

 

(社員ってことは年上だよね……年上に見えない)

 

明久がそう思うのも、無理はなかった

 

ひよりは今この場に居るメンツの中では、一番身長が低く言動もおっとりしている

 

自分と同い年と言われても納得してしまうだろう

 

「良かった~。この間バタバタ辞めていったから、どうしようって思ってたんだ~」

 

ひよりがそう言うと、陽斗が近づいて

 

「ひよりさん、これ倉庫に仕舞うんですよね? 俺が運びますよ」

 

と言って、ひよりが持っていた大きなダンボールに手を伸ばした

 

すると、ひよりはキョトンとした表情をしながら

 

「え、いいの? 結構重いよ?」

 

「大丈夫ですって。俺、結構鍛えてますから」

 

ひよりの心配そうな問い掛けに、陽斗は笑みを浮かべながら答えた

 

陽斗はバスケ部に所属しており、部活動だけでなく普段から体を鍛えている

 

「そう? じゃあ……」

 

ひよりは躊躇いながらも、持っていたダンボールを陽斗に渡した

 

その直後

 

「んがっ!?」

 

陽斗が奇声を上げて、膝を曲げた

 

しかも、結構気張った表情を浮かべている

 

「あ、明久くんは上がっていいわよ?」

 

「え、あ、はい……」

 

女性店長の言葉を聞いて、明久は手伝おうかと踏み出し掛けていた足を止めた

 

そして、心配そうな表情を浮かべながら陽斗に視線を向けると、陽斗はなんとか笑みを浮かべて

 

「あ、明久……明日から、一緒に頑張ろうぜ……」

 

と言った

 

「う、うん……またね……」

 

今手伝ったら、陽斗が怒られるだろうなと思った明久は、陽斗が腰を痛めませんようにと祈りながら、ミセス・ドーナッツを後にした

 

そして十数分後、明久は近所のスーパーに来ていた

 

目的はもちろん、特売品の卵である

 

「えっと、卵はっと……」

 

明久は卵売り場を見回すと、特売品という紙が貼られた棚を見つけた

 

そして棚に置いてあるのは、最後の卵パックだった

 

「「あった!」」

 

明久と同時に、明久にとっては聞き覚えのある女性の声が聞こえて、二人の手が卵パックの上に重なった

 

「「えっ?」」

 

手が重なった二人は同時に、互いの顔を見た

 

「吉井くん!」

 

「九条先生!」

 

明久と同時に卵パックに手を伸ばしたのは、担任の九条珠恵先生だった

 

九条先生は実は地元の産まれで、かつては今の高校に通っていたらしい

 

「明久くんは、今帰りなの?」

 

「はい。新しいバイトの面接に行ってました。九条先生もですよね?」

 

九条先生からの問い掛けに、明久は答えると同じように九条先生に問い掛けた

 

「ええ、今日の小テストの採点が時間掛かっちゃってね」

 

九条先生は微笑みながら、明久に返答した

 

「お疲れ様です」

 

明久は九条先生を労うと、残っていた最後の卵パックを見てから

 

「それ、九条先生に譲りますよ」

 

と言った

 

「え、でも……」

 

明久の言葉に、九条先生は戸惑いの表情を浮かべた

 

「日頃お世話になってますし、やっぱりこういう時はレディーファーストということで」

 

明久はそう言うが、九条先生は首を振って

 

「それを言うなら、明久くんに譲るわ。昔、明久くんのご家族にはお世話になってたし……」

 

と言った

 

実を言うと、明久は九条先生のことをよく知っている

 

なにせ、今は行方知れずの姉の先輩だったのだ

 

九条先生は明久の姉と部活動で知り合い、度々吉井家に来ては一緒にご飯などを明久と一緒に作っていた

 

吉井家では、母親が亡くなってから明久が台所を担当していた

 

なにせ、明久の姉と父親は料理などはてんでダメだったのだ

 

ゆえに、必然的に明久が台所に立つことになった

 

そして、九条先生は明久の姉が行方知れずになった後も訪れては、明久と一緒に料理を作ったりした

 

ゆえに、明久は九条先生の性格をよく知っている

 

(こうなったら、とことん引かないなぁ……)

 

明久はそう思うと、卵パックを見てから

 

「そうだ……先生、それでしたら……」

 

ある提案を口にした

 

数分後

 

「ごめんなさいね、明久くん。分けてもらって」

 

明久と九条先生の持っているビニール袋の中には、半分になった卵パックが入っていた

 

明久が提案したのは、簡単に半分こだった

 

「いえ、一人暮らしには多いな。って思ってたので、ちょうど良かったですよ」

 

明久がそう言うと、九条先生は悲しそうな表情を浮かべて

 

「一人暮らし……もう、一年経つのよね……」

 

と呟いた

 

「ええ……母さんが死んで約十年、父さんが死んで一年経ちました……ようやく、一人暮らしに慣れてきましたよ」

 

明久は微笑みを浮かべながらそう言うが、九条先生は悲しそうな目で明久を見つめて

 

「でも、一人でのご飯は寂しいと思うの……」

 

「先生……」

 

九条先生の言葉を聞いて、明久は何も言えなかった

 

なぜならば、九条先生の言葉は真実だったからだ

 

約一年前までは、明久は父親だけとはいえ、一緒にご飯を食べていた

 

それが当たり前であり、日常だった

 

だが、父親が交通事故で死んでからは一人でご飯を食べている

 

それが時折、明久は寂しく思えた

 

だが、死んだ両親を心配させまいと気丈に振る舞ってきたのだ

 

すると、九条先生はポンと手を合わせて

 

「そうだ! なんなら、今度久しぶりにご飯を作りに行こうかしら!」と言った

 

「い、いやぁ……それはどうかと……」

 

九条先生の言葉を聞いて明久が狼狽えていると、視界の端に制服姿で一人歩いている椎名雪の姿が見えた

 

(え? こんな時間に一人で?)

 

明久が内心で驚いていると、九条先生が

 

「もう、明久くん。今更遠慮するような仲じゃないでしょ?」

 

と苦言を呈した

 

「いや、そうは言っても、周りから見たら、教え子と教師ですから……と、それよりも先生。聞きたいことがあるんですが?」

 

「ん? なにかしら?」

 

明久の言葉に、九条先生は首を傾げた

 

「椎名さんって、どんな人なんですか?」

 

「椎名さんって、クラスメイトの椎名雪さん? もう、明久くん。クラスメイトのことは、ちゃんと知っておかないとダメでしょ?」

 

明久からの問い掛けに、九条先生は深々とため息を吐いた

 

「う、すいません……」

 

九条先生からの指摘に、明久は頭を下げた

 

「まあ、いいわ。椎名さんね……椎名さんは結構良い子よ。ただ、表情が固いから結構誤解されるわね」

 

「なるほど……」

 

九条先生の説明を聞いて、明久は頷いた

 

(まあ、九条先生にしてみれば、大半の生徒は良い子なんだよね……康太に関しては言葉を濁すけど)

 

明久がそう思っていると、九条先生が小首を傾げて

 

「でも、なんでいきなり椎名さんのことを?」

 

と明久に問い掛けた

 

「あ、いえ……今朝、陽斗と話した時に椎名さんの噂話を聞いて、少し気になったんです」

 

という明久の返答を聞いて、九条先生は腰に手を当てて

 

「明久くん。あんな噂話なんて信じちゃダメよ?」

 

「わかってますよ。人を噂と見た目で判断してはいけない、ですよね?」

 

九条先生の苦言に明久がそう返すと、九条先生は笑顔を浮かべて

 

「その通りよ♪」

 

と頷いた

 

そして、明久は先ほど椎名雪が居た場所に視線を向けたが、もう既に居なかった

 

(なんで、こんなに気になるんだろ……)

 

明久は内心で首を傾げた

 

 


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