僕と君と初恋予報   作:京勇樹

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そろそろ、最終回が近いです


前進

「吉井! 吉井ぃ!」

 

重傷の明久と付き添いの雪を乗せて、救急車は近くの病院である花形総合病院に来た

 

明久を乗せたストレッチャーの隣を雪が一緒に走っていると、手術室の手前の部屋から一人の男性、太一が現れて

 

「雪っ!?」

 

と驚愕の表情を浮かべた

 

執刀医が太一だと気付くと、雪は太一に駆け寄って

 

「父さん! 吉井はあたしを助けるために!」

 

と懇願した

 

すると、太一は真剣な表情を浮かべながら雪の肩に両手を置いて

 

「大丈夫だよ、雪。私に任せなさい」

 

と言うと、帽子を被って手術室に入っていった

 

雪は父親を見送ると、灯った手術中というランプを見上げて

 

「吉井……っ!」

 

と明久の無事を祈って、両手を組んだ

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

どれだけの時間が経ったのか、雪が手術室前のソファに座っていると

 

「雪ちゃん」

 

と女性の声が聞こえて、雪は視線を向けた

 

そこに居たのは、一人の白衣を着た女性だった

 

「あなたは、日向さん……」

 

その女性こそが、太一の再婚予定の相手

 

日向美香(ひなたみか)である

 

「話はこの子から聞いたわ」

 

と言うと、日向は視線を僅かに後ろへと向けた

 

「この子?」

 

雪は首を傾げながら、日向の視線を追った

 

そこに居たのは、あの少女だった

 

瑞恵(みずえ)と言います。瑞恵」

 

日向が促すと、瑞恵は泣きそうな表情を浮かべながら、雪に近づき

 

「お兄ちゃんは、大丈夫?」

 

と問い掛けた

 

雪は瑞恵の頭を撫でると、手術中のランプを見上げて

 

「大丈夫……父さんが必ず助けてくれるから」

 

と言った

 

その直後、手術中のランプが消えた

 

それに気づいて雪が思わず立ち上がると、手術室のドアが開いて、中から太一が現れた

 

「父さん。吉井は……」

 

雪が近寄って問いかけると、太一は帽子を脱いで

 

「大丈夫……手術は無事に終わったよ」

 

と微笑んだ

 

太一のその言葉に雪が安堵していると、手術室から明久を乗せたベッドが出てきた

 

明久は痛々しい包帯を巻いているが、胸部は安定して動いていた

 

その後、太一の指示により明久は個室へと運ばれた

 

それに雪は付き添い、今は明久の寝ているベッドの横の椅子に座って泣いていた

 

あの事故を自分の責任と感じていたからだ

 

なお、日向親子は瑞恵が眠くなったので帰宅した

 

そして雪が泣き続けていると、太一が入ってきて

 

「雪、少しは休みなさい」

 

と雪に言った

 

「明久君なら大丈夫だよ。今は麻酔で眠っているが、すぐに起きる」

 

太一がそう言うと、雪は首を振って

 

「あたしが……道路の真ん中で止まってたから……それに……家族のことだって……吉井は一人なのに……」

 

と泣きながら言うと、太一は明久に視線を向けて

 

「そうか……彼は吉井先生の息子さんか」

 

と少し驚いた様子で言った

 

「父さん、知ってるのか?」

 

雪が問いかけると、太一は頷き

 

「もう、何年前になるか……この病院にね、凄腕の外科医が居たんだよ……それが、吉井隆正(よしいたかまさ)先生だった……私が尊敬した医師だったよ」

 

と語り出した

 

「その吉井先生はある日突然、病院を去ることになったんだ……私が理由を聞いたら『息子のためだ』と言ってたんだ」

 

太一はそう言うと、雪に視線を向けて

 

「吉井先生に比べて、私は父親らしくないな……」

 

と呟いた

 

「父さん……」

 

その時、ノイズ混じりで

 

『外科の椎名先生。外線5番で連絡が来ております』

 

と放送が掛かった

 

「すまないね、雪。呼ばれたから、行かないとな」

 

太一はそう言うと、部屋から出ようとした

 

「父さんっ!」

 

雪が呼ぶと、太一は足を止めて振り向いた

 

すると、雪は大きく深呼吸して

 

「家に帰ったら……ちゃんと、話そう」

 

と言った

 

すると、太一は微笑みを浮かべながら頷いて

 

「ああ、そうだね……話そう」

 

と言ってから、部屋から出ていった

 

その時、明久の手が動き、ゆっくりと目が開いた

 

「椎名……さん?」

 

明久が名前を呼ぶと、雪は振り向いて

 

「吉井! 起きたのか!」

 

とベッドに近寄った

 

「ここは……」

 

「花形総合病院だ! 待ってろ、今ナースコールで」

 

雪はナースコールを使って、看護士を呼ぼうとした

 

だが、それを明久は首を振って止めると酸素マスクを外して

 

「ちゃんと、話せた?」

 

と雪に問い掛けた

 

「吉井……」

 

「太一さんだって、父親なんだから……ちゃんと話せば、聞いてくれるよ」

 

明久のその言葉に、雪は再び涙を流した

 

生きてるのが奇跡的だというのに、明久はそれでも、雪を心配していた

 

「ありがとう……ありがとうっ!」

 

雪は感謝しながら、明久の頭を抱きしめた

 

その数分後、雪は改めてナースコールを押して看護士を呼んだ

 


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