東方単車迷走   作:地衣 卑人

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二十二 邂と鉄

 

 

 

 

 

 草木が俺のライトを打つ。

 追い越した樹木の伸ばした蔓が俺のハンドルに絡みつき、振り払い、引きちぎりながら強引に藪の中を走り行く。

 地底と地上を繋ぐ洞窟。あの洞窟を抜けた先……正しくは、放り出された先。勢いが強すぎて、洞窟を飛び出した直後に地面に減り込むというハプニングはあったものの、無事地上へと這い上がった俺は幻想郷を求め走り出したのであった。

 しかし、現在地が何処なのかも分からない上、何処を見ても森ばかり。とりあえずは、走っていれば何れ森を抜けるだろうと、駆け出した次第である。

 

「むぅ……視界が悪い」

 

 走れど走れど、視界に映り込む緑の量は減りもせず。まるで、閉ざされた結界にでも閉じ込められたよう……

 いや。実際に結界の中に囚われているのか。何者かが、俺のことを結界に閉じ込めている。走れど走れど同じ景色が続くのは、俺が実際に同じ場所を走っているから。真っ直ぐに走り続ける物が、ぐるぐると回り続けるということもあるまい。

 ブレーキを掛けクラッチを引き、ギアをニュートラルへ。見知らぬ誰かの手中を律儀に走り続けるほど、俺はお人好しではない。

 

「……何方でしょうか。こんなに回りくどい方法で引き止めるなど」

「あらあら」

 

 視界が歪む。激しい違和感と共に現れ出たるは、一体の妖怪。

 

「始めまして。普通自動二輪車さん。ちょっと、声をかける機会を探していたもので」

 

 紫のドレスに金髪。周囲を歪ませる、妖気。

 見てわかる、力有る妖怪。しかし、今は、それよりも。

 

「……250ccのアメリカンですよ。普通より、少し小さ目です」

「あら、ごめんなさい。そちら方面には疎いもので」

 

 扇で口元を隠し、笑う。妖怪らしい妖怪。そして、何故か未来を知る不気味さ。

 

「貴方は」

「私は、八雲紫。お会い出来て光栄ですわ、無機質の王様」

「私を無機王

(ノーライフキング)

と申しますか。その名は、不死者の王の方が相応しいのでは?」

「……やっぱり、この時代で作られた物では無いのね」

「貴方は、時を越えれるのですね」

 

 バイクを知り、俺が生まれた頃に書かれた本の事について知り。それを、問い掛けに含ませる、とあらば。

 遥か先まで見通す賢者。成る程、其の筈。知るどころか、経験済みなのだ。

 

「貴方が、地上の賢者」

「そう呼ばれておりますわ。自分で言うのは、流石に自惚れが過ぎるけど」

 

 地上に来て、いきなり会えるとは思わなかった。寧ろ、彼方から待ち構えていたような……

 

「地上と地底を繋ぐあの風穴も、私の管理下ですの。害為す者が、互いに行き来しないように見張るのも私の仕事ですわ」

「私は道具。為すのは益です」

「気狂いに刃物は持たせるな」

「持ってみますか?人の真価は、事があって分かるものと言いますし」

「免許はありませんけども」

 

 クスクスと笑う。

 しかし、隙が無い。

 

「そう、警戒しないで下さいな。私は、貴方に興味があるだけなのですから。どうして貴方が時を越え、さらに地底から現れたのか。物で有りながら、人の魂を持つのか。何故、かような力を持ったのか」

 

 八雲紫が、空間に一本の線を引く。

 

「如何?ちょっと署まで」

「減点ですかねぇ」

「それは、貴方の行い次第」

 

 空間の裂け目が広がる。俺が通るのに、不都合がない程度まで。

 

「不安なら、一緒に通りますけれど」

「どうです、乗ってみますか?」

「あら、ありがとう」

 

 八雲紫が、俺の後部座席に腰掛ける。

 

「いいですわねぇ、男女の二人乗り。まるで、青春ドラマ」

「ドラマも近頃、すっかり見なくなりましてねぇ。私も憧れはしましたけど」

 

 何となく、懐かしい。彼女しか知らない、未来の世界。彼女としか話せない、未来の話。

 

「バイクなんて、始めて乗ったわ。スピードは、出さないでね」

「なら、エンジンだけ駆けときますね。折角のバイク、エンジン音が無いなんて寂しいでしょう」

「あら、分かってるわね。なら、安全運転でお願いね」

「了解です、お嬢さん」

 

 空間の裂け目。趣味がいいとは言えない、未知の空間へと向けて、俺は超低速で走り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、藍。良いものを見つけたわ」

 

 紫と世間話などをしながら、境界を抜けた先。そこにあったのは、一件の民家。どうやら、彼女の家らしい。

 俺から降りた紫は、中にいるのであろう誰かに向かって声を掛けつつ、戸を開いた。

 

「お帰りなさいませ、紫様……なんです、それ。猫車ですか?」

「ふふ。良いものよ。良いもの」

 

 良いもの良いものと、褒めちぎられても照れる。性能などはエンジン音を聞かせただけに過ぎないので、道具として良いものだと言っているのでは無いのかも知れないが。何にせよ、褒められるのは嬉しいことだ。

 

「なんですか、良い物って。妬きますよ」

「あらあら、ごめんなさい。さ、これを磨いておいて頂戴。仲良くなって損は無いわ」

「了解しましたー」

 

 藍と呼ばれた少女……もふもふしてる。見たところ、九尾。始めて見る、妖獣の頂点。紫曰く、彼女は、紫の式神らしい。式神と言えば陰陽師などが遣う使い魔の事と記憶していたのだが、紫の言う式神とはコンピュータのことらしい。素体となる依代に、術者がプログラミングを施す……インストールすると言った方が的確なのかもしれない。唯、俺の知識にある式神とは別の存在であるということは確かだ。

 彼女は、紫の道具。ある意味、俺と同類と言えるのではなかろうか。妙な親近感が湧く。

 

「……それにしても、何なんだか。絡繰の類ではあるようだけど……」

 

 持ってきた雑巾で俺を拭きながら、藍が言う。こうして磨かれるのも久しぶりだ。

 

「……私と役割が被る事は、まず、無いかな。私の仕事まで取られちゃ、堪らないわ」

 

 どうでもいいのは回したいけど、なんて、少しばかり愚痴を吐きながら俺を磨く。

 やはり、彼女も道具。持ち主に従順な姿勢。やはり、道具たるものこうでなくてはならない……というのは俺の勝手な意気込みである。

 

「……妖気を感じるな。まあ、普通の道具では無いのだろうけど。どう操作するんだ?」

「馬みたいに跨ぐのよー」

 

 お茶を入れた湯呑を二つ、急須を一つ盆に乗せた紫がやって来る。

 

「跨ぐ?これは、乗り物なのですか」

「ええ。馬より速い優れものよ。次は、その棒を握って」

 

 藍が俺に跨り、ハンドルを握る。

 

「次は、左側に着いてる鍵……これこれ、これを回すの」

 

 紫が藍の手を誘導し、俺のキーを回させる。キーが回り、俺のメーターのランプが点灯した。

 

「おお、何か点いた」

「次は……えーと、どうするのかしら」

「紫様?」

「えと、えーと……ああ、もう、エンジンかけて!」

 

 慌てふためく紫が命令するのは、藍ではなく俺。キーを回すまでは分かっていたらしいが、どうやらスターターまでは知らないらしい。

 仕方が無い。俺は、スターターのスイッチを押し込み、エンジンを駆けた。ついでに、アクセルも思いっきり回しておく。

 

「うあっ!?」

 

 突然の爆音に藍が仰天し、車体から飛び退く。それを見て、紫が隠しもせずに愉快そうに笑う。

 全く、趣味が悪い。俺は、心の中で笑うに留めているというのに。

 

「紫様!なんなんですか、これは!」

「自己紹介、よろしくね」

「了解ですー」

「な、喋っ……」

 

 動転したままの藍に追い打ちをかけるべく、俺は芝居がかった口調で自分の紹介をする。更に混乱するように、更に動揺するように。

 俺もやはり、負けず劣らず趣味が悪い。

 

「私は乗り物、自動二輪車。又の名をオートバイ。俗に言いますると単車という物でござい。ブイ型二気筒エンジン搭載、排気量250ccのアメリカンにて御座いまする」

「あ、え?ちょ、ちょっと待ってくれ、情報を整理するから」

 

 頭を抑える藍。それを見てニヤつく紫。本当、趣味が悪い。俺は顔に出ないから良い。

 

「……エンジンとか言うものは分からないが、後はまあ、大体理解出来た」

 

 出来たのか。

 

「唯、なんでお前は意思があるんだ?物だろう?」

「貴方は、紫殿の道具と聞きましたが」

「ああ。私は式神。紫様の忠実な道具。しかし、私が意思を持つのは獣の体という意思のある依代があるからだ。物が意思を持つといえば……」

「まあ、憑喪神ということにしておいて下さいな。私にも、よく分からないのです」

 

 鉄なのか、人なのか。

 俺は、鉄として、妖怪として生きることを選んだ。今更、掘り返す話でも無い。

 

「それより紫殿」

「何かしら、単車さん」

「私が地底より赴きましたは、貴方様に頼みがあっての事にございます」

 

 そのことを伝えた途端、紫の雰囲気が和やかな物から、張り詰めた物へと変わる。その目は、何処か冷たく。真剣さと、冷徹さ。

 やはり、賢者。なんでもほいほいと相談に乗ってくる気は無いようである。

 

「……それで、その頼みと言うのは」

「魔界に封印された我等が師、聖白蓮の解放に、手を貸して頂きたい」

「聖、白蓮……人間でありながら妖怪の側に着き、人と妖の共存を望んだ僧侶ね」

「ご存知でございましたか。私は、彼女の下でその考えを広めるべく働いておりました」

 

 紫が扇子を広げ、口元を隠す。

 

「それで、その僧侶の封印を解いたとして、私になにかメリットがあるのかしら」

「幻想郷」

 

 ぴくりと、紫の眉が動く。口元は、隠したまま。しかし、少しでも感心を向けれたのならば構わない。

 

「妖怪の賢者が、遥か先の世まで妖怪を存在させるために作った郷であると聞いております。彼女は、喜んでその助けをしようと動くでしょう。力有る僧、命蓮上人が姉、白蓮。必ずや、貴方の力となり得ましょう」

 

 暫し沈黙が流れ、不意に、扇子の閉じる音が鳴り響いた。

 扇子が隠していた彼女の口元、そこにあるのは、笑み。

 

「私も、その僧侶が封印されたのは惜しく思っておりました。彼女は、人と妖の仲介を為すことが出来る人材。いつかは、幻想郷に招き入れたいと、そうまで思っていたのですが……」

 

 言葉が濁り、笑みが消える。

 

「ごめんなさいね。実はもう、試してみたの。聖の封印に干渉できるか、否か。でも、封印は、解くことが出来なかった」

 

 申し訳なさそうに、紫が言う。

 

「何か、封印を為すのに使われた特殊な力。それが無いことには、あの封印は解けない」

「そんな……」

「貴方には、心憶えがないかしら。封印される瞬間を、見たのでしょう?」

 

 白蓮の封印。それに使われた力。

 あの状況を、思い出す。紅白の巫女、光輝く光弾、結界。巫女が摘み上げた、一切れの破片……

 

「あ」

 

 破片。飛倉の破片。それを使うと、あの巫女は確かに告げた筈だ。

 

「飛倉の破片です。巫女は、命蓮上人の飛倉の破片を使って封印しました。その力の正体は」

「法力、ね」

 

 紫が溜息を吐く。折角、結界を解く力の正体が分かったと言うのに。

 

「飛倉は、今、何処にあるのかしら?」

「……地底、ですね」

「巫女が使ったもの以外にも、破片はあったのかしら?」

「沢山ありました、けども……」

「今は何処だかわからない、と」

「……イエス」

「はぁ……」

 

 張り詰めた雰囲気は何時の間にやら消え、唯、項垂れる二体の妖怪。藍は、終始黙っていた。

 

「……でも、時が経てばその破片も幻想郷に集まり出すわ。人間に忘れ去られるに連れて、ね」

「どういうことで?」

「妖怪拡張計画。貴方が地底に潜っている間に、地上では人間が妖怪の勢力を押し始めた。私が危惧していた通りにね。だから、私は幻想郷にある作用を持った結界を張ったの」

 

 紫が、俺に腰掛ける。

 

「妖怪を惹きつけ、幻想郷内に取り込む結界。遮断する結界ではなく、妖怪達を集める結界。これは、妖怪に限ったものではなく、人々が忘れた物すらも惹きつけて行くわ。そう、例えば」

「……法の力、ですか」

「そういうこと。だから、気長に待ちなさいな。どうせ、その破片だけじゃ足りないでしょうしね。飛倉が地上に顔を出し、破片が揃わなければ聖は救出する事が出来ない。それならいっそ、人と妖怪が共存する世界に聖を招くのも、中々、よろしいんでなくて?」

 

 人々が法力なんて物を忘れ、村紗達が地上へと解放されるまで。一体、どれだけの時間が掛かるのだろうか。

 ならば。

 

「幻想郷の開発に務めよと申しますか」

「ええ。猫の手も借りたいくらいに忙しいの」

「狐の手があるでしょう。尻尾も合わせれば、十一本」

「それでも、藍は一人しかいないの。藍がしなくても良い、けれどもしなくてはならない仕事。それを貴方にお任せしたいのです」

「……具体的には、何を」

 

 くすくすと笑いながら、紫はまた扇子を拡げる。

 

「大したことではありません。貴方は、幻想郷の人間に使われるだけで良い」

「妖怪に馴れさせよと言うことですか」

「理解が早くて助かりますわ。妖怪の中にも人の側に着く者がいる。それだけを知らせることが出来れば良いのです」

「そんなことで良ければ、喜んで。人の寿命は短いですし」

「ええ。多くの人と関わることになるでしょう。時には、妖怪を退治することにも」

「いいので?」

「許可しますわ。でも、あくまで使い手の意思に従いなさい。それだけが、唯一の条件」

「それは、言われずとも」

 

 俺の前に、裂け目が入る。俺が通ってきた、あの裂け目。紫は俺から降り、藍の横に。

 俺は、エンジンを駆けた。

 

「では、御機嫌よう。地底へと繋がる風穴は、既に幻想郷の中。貴方の働きに期待しますわ」

「では、これで。幻想郷、大いに走らせて頂きます」

 

 そう、言葉を残し、開いた裂け目へと体を潜らせる。文字どおり一瞬で、あの洞窟の前へと舞い戻った俺がミラーを確認すれば、先の裂け目は既に閉じた後。賢者のと謁見は、どうやら幕を閉じたようである。

 

 目の前に空いた大穴。俺は、一輪が用意し、後部座席横に括り付けてくれた荷物に呼びかけた。

 

「紙と炭よ、出ておいで」

 

 荷物の中から、一枚の紙と細く切った炭が這い出してくる。炭は鉛筆の代わり。筆は、フェムトファイバーで扱うには難し過ぎる。

 

「えー、と。拝啓、雲井一輪様、と……」

 

 紫に聞いた話を要約し、手紙に書く。封印を解くには飛倉が必要で、寺の面子が地上に出て来ないと封印が解けないこと。逆に言えば、それさえ叶えば聖は復活出来るので安心して良いこと。俺は地上の賢者に言われたように、聖の願う人と妖怪の共存を実現するために動くこと、など。

 一通り報告を書き終え、手紙を飛行機の形に折る。紙飛行機とは、懐かしい。

 

「地底の、雲井一輪の所までお行き」

 

 紙飛行機を投げる。投げた紙飛行機は急降下し、地底へ続く穴の中へ。

 これで、報告も終わった。俺は、木炭に荷物の中に戻るように指示し、空を見る。

 

「まずは、人里をさがすかね」

 

 人間が、俺をそう安々と受け入れてくれるか、否か。考えても仕方が無い。とりあえずは、動くことだ。

 エンジンを駆け、アクセルを回す。森の中、山の麓。川さえ見つければ、人の里はその下流にあるので楽に見つかる。

 

「さって、と。行くか!」

 

 一人、改めて喝を入れ、俺は走り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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 聞いたことの無い音が、山の方角から近づいて来る。獣の唸り声でも、妖怪が地を駆ける地響きでも無い、もっと騒々しく、調子がかった音。

 

 妖怪退治用に力を込めた刀を握り締め、その音の主が姿を表すのを待つ。森の中、開けた空間。その真ん中に立てば、流石に相手も気付くだろう。

 正体の分からぬ妖怪は、里に入る前に此処で断つ。刀を握る手に、力が入る。

 

「来るか」

 

 森の中から飛び出してきた妖怪が、俺から少し離れた所で止まる。赤い体に、車輪。眩しく光る一つ目。物が化けた者なのか、その体に生物らしさは見受けられない。

 

「もし、そこの人」

 

 妖怪が話しかける。

 

「口がきけるのか」

「達者なもので御座いましょう?」

 

 頓珍漢な答え。真面目に話す気があるのか。

 

「人里へ向かいたいのですが、何方になりますでしょうか」

「理由を聞こう」

「何、少しばかり親睦を深めようと思いまして」

 

 冗談を言うだけの知性はあるらしい。面倒な妖怪が現れたものだ。

 

「通すと思っているのか」

「てことは貴方の後ろ側に向かえば良いのですね。ありがとうございました」

 

 しまった。まさか、本当に知らないとは思わなかった。

 だが、しかし。

 

「貴様は此処で切る。人の里に行かせはせぬ」

 

 近付く魔の手は、切り払えばよいこと。

 

「私は物。私は道具。人に作られ、人に使われるのが存在意義にてございます。その為には、人の元へ行かねば」

「ふん。化けた者が人に使われるなど。見え透いた嘘を吐くでない」

「生憎、嘘を嫌う方々の街で暮らしておりましたゆえ、嘘は得意でござらんのですよ、侍殿」

「侍ではない。私は、妖怪退治を生業としているだけの者。だから」

 

 刀を抜き、構える。白刃は、向かい合う妖と同じ煌めきを以って真っ直ぐ、敵を捉える。

 

「退治屋の頭領たる私に会ったが運の尽き。人に害為す妖怪は、全て、断ち切って見せようぞ」

「……そんな姿勢だから、人と妖怪は共存出来ないのです。人に歩み寄り、共に生きんとする妖怪もいると言うのに、その声を聞きもせず、その刃を振り下ろす」

「人と妖怪は相入れぬ。妖怪はいたずらに人を食い殺しては厄をもたらす。妖怪など、皆同じ。だから私は全て絶つ」

「仕方が無い。切ると言うなら、私も抵抗せねばなりません。それに……」

 

 相手の発する妖気が増し、途轍もない量に膨れ上がる。恐ろしい程の量の妖気。此処までの力を持つ妖怪は、相手取ったことが無い。

 

「私が封印される前と人間は変わっていないな。真に独善的で、偏狭頑固である!いざ、南無三!」

 

 奴が飛び出す。俺も、その動きに合わせ刀を振るう。

 格が違う、勝てるはずの無いであろう、その妖怪に向って。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

「話になりませんね。最近の妖怪は、こんなのに負けるのですか」

「ぐぅう……」

 

 肩で息をし、傷だらけになった青年を眺めながら言う。

 内心、勢いで聖の真似までして負けたらどうしようかと心配で仕方が無かった。安堵の溜息を吐きたい所だが、それを堪えながら言う。

 

「……殺すがいい」

「は?」

「私は負けた。さっさと殺すがいい。しかし、里には手を出すな。私の血肉でお前の腹は満たせるだろう」

 

 えらく男前なことを言ってくれるが、そもそも俺は人を食いに行くわけではない。使ってもらう為に行くのだ。

 

「いや、私、人なんて食べませんし……てか、口無いですし」

「は?なら、何故」

「だから、私は物であり、道具なのです。乗り物。だから、人に使われたいと思って人里へ向かっているのです」

「本当なのか?嘘じゃないだろうな」

「なんで嘘つく必要があるんですか。大体、本当に人里襲う気なら貴方程度軽く撥ねて先に進みます。貴方に気圧されて立ち停まった、なんて考えないでください。自惚れが過ぎます」

「……道具にしては、失礼過ぎやしないか」

「なら……いやはや、まさか私を此処まで追い詰めるとは。あの刀捌き、只者では無いに違いな」

「止めろ、胸が痛くなってきた」

 

 退治屋と言えど、からかってると面白い人物である。根は、悪い奴じゃ無いのだろう。

 持った刀も、数えきれない程妖怪を切ったものだと分かる。腕も確からしい。地上の妖怪と地底の妖怪との間には、どうやら随分と力の差が生まれてしまったらしい。

 少しばかりの寂しさを覚えながら、男に言う。今は、これからのことを考える時だ。

 

「人里、案内して下さいな。出来るだけ多くの人に使われたいのです。退治屋の頭領たる貴方が使えば皆安心できるでしょうし」

「……信じて、良いのだな」

「なんなら、諏訪大社まで赴きましょうか?彼処には、私を知る神々がいらっしゃる。この鉄の輪も、洩矢神様から頂いたものですし」

「神……確かに、神の力が籠っている……何故、始めに見せなかった」

「どうせ聞きやしなかったでしょう」

「確かに、な」

 

 乾いた笑みを浮かべ俺を見る。

 

「乗り物と言ったな。乗せて行ってくれ」

「では馬のように、跨いで下さいな。人里は」

「そっちの方へ真っ直ぐ、だ」

 

 俺に跨り、指差す。一本の獣道。十分に走れそうだ。

 

「足に力を込めて。振り落とされたら怪我じゃすみませんよ。ヘルメットは……貴方は、兜があるからいいか」

「なら、頼んだ。里の連中にも、私が説明する」

「了解」

 

 エンジンを駆け、獣道を駆け出す。人里。普通の人間に乗られるのは、本当に久しぶりである。

 一悶着はあったものの、これで、紫との約束も果たせそうだ。

 

「妖気はなるべく隠して過ごしますから」

「当たり前だ」

 

 かくして、俺と人間との生活は幕を開けたのであった。

 





 予期せぬ出会い。
 人と妖怪の新しい関係作りへ……

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