東方単車迷走   作:地衣 卑人

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十八 二人と鉄

 錆の匂いが近付く。そして、妖力でも神力でもない、別の力の気配も。

 それは、法力。かつて、聖が使っていた魔法の源。封印された力。

 そんな法力を放つ存在たるそれは、もう、俺の目の前にまで迫っていた。

 

 聖輦船。やっと。やっと、見つけたのだ。聖と志同じくした仲間たちを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「船?」

 

 時は、聖輦船発見の数刻前。朝ご飯の塩鮭をおかずに、ぬえが白ご飯を頬張りながらそう問い掛けた。

 

「ええ。船です。私の仲間たちを探すのならば、まずはその船を探すした方が手っ取り速い……そして」

「やっとそれが見つかった、ってわけね」

 

 もごもごと咀嚼を繰り返すぬえを眺めながら、フェムトファイバーを使って空いた皿を片付けていく。

 

「そっか。見つかったのかぁ……」

「ええ。見つかったのです」

 

 報告を受けたのは、ぬえが起きる少し前。釣竿の憑喪神が見つけ出したらしい。なんでも、潮の匂いがしたとのこと。

 ぬえが起床するのを待ってからその報告をしたのだが……何となく、言葉に詰まる。ぬえは何も言わず、俺もそれに倣う。喜び半分、悲しみ半分。複雑そうな顔のぬえを見ると、人間だった頃の事を思い出す。俺も、この体になる前は、姿と精神面で言えばぬえと同年代だった……筈である。

 悩んで、悩んで、悩んで。そんな年頃だった。その後どうなったかまでは、覚えてなんかいないけども。

 

「……ねぇ」

「私は」

 

 ぬえの問いかけを遮り、言葉を続ける。

 

「私は、道具。今の持ち主に従いますよ」

「……ありがと」

 

 安心した様子で、ぬえが立ち上がる。黒い髪が微かに揺れ、すらりと長い足が俺に跨る。

 

「もう、行くんで?」

「会いたいでしょう?お仲間さんたち」

「ありがとうございます。あ、ヘルメット忘れないで下さいね」

「……いいじゃない。息苦しいのよ、アレ」

「駄目です」

 

 渋々とヘルメットを被り、俺のエンジンを駆けるぬえ。彼女も、俺の扱いに慣れたものである。

 ノーヘル、飲酒、危険運転を繰り返そうとするのは、大問題だが。

 

「行くわよ。その、『船』まで」

「安全運転で、お願いしますね」

 

 

 かくして、赤と黒の影が小屋から飛び出して行ったのであった。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

「そして、今に至る、っと」

「誰に説明してるのよ」

 

 間の抜けた相棒の声を聞きつつ、改めて目の前の『船』を見る。

 錆の臭いがきつく、本当にこれが空を飛ぶのかと疑ってしまう程に泥塗れな船体。でも、確かに、この船からは私達妖怪の苦手とする力……仏の力が宿っている。

 こんな物を守る妖怪がいるなんて、俄かには信じ難いけど。

 

「ああ……懐かしい……さて、引き摺り出しますかね」

 

 彼の体から紐……腕の代わりの、私が寝る時にいつも握りしめているあの紐を、船の先頭にくくりつけていく。

 

「ぬえ嬢。下がっていて下さいな」

 

 私は何も言わずに、空へと浮き上がる。このくらい離れれば、十分か。

 

「さて……!」

 

 エンジン音が、地底に鳴り響く。私が聞いたことも無いほどの音量。そして、流れ出る妖気。

 こんなにも膨大な妖気を隠し持っていたこと自体、私は知らなかった。それこそ、私を上回るくらいの量の……

 

「何だかんだで、強いんじゃないの」

 

 妬ましい。と、言っても僻んでいるわけでは無い。

 いつか、彼を追い越す。唯、それだけを決意して彼を見つめ直した。

 

「ふぬぬぬぬ……ぐおお」

 

 力一杯引っ張っているからか、おかしな声が聞こえてくる。ギュルギュルと回転する車輪と、軋む大地。少しずつではあるが、確実に船は動き出している。

 そして、その法力も。埋れた船が姿を表すに連れて、溢れ出す法力もより大きなものへと変わっていく。その目覚めは、もう遠くない。

 

「いつまで……寝てるのですか……船長!!」

 

 岩肌に亀裂が走り、崩れ落ちる音が反響する。転がり落ちる岩や砂の中から、それは、その全身を曝け出した。

 

「……全部、出てきたわね」

 

 彼のエンジンの音が止まったのを確認し、彼に近付く。無機質で、表情の一つも無い彼だけども、こころなしかその姿は疲れているようにも見えた。

 

「ええ……これで、そのうち目を覚ますことでしょう」

「ふぅん……そう言うものなの?」

「一応、まだ封印は完全には解けていません。少しずつ、解けていっているみたいなので……」

 

 何時になりますかねぇ、なんて、彼が他人事のように言う。私としては、彼の所有者を決める為にもさっさと出てきて欲しいのだけど。

 

「……なんで、私の方が心配してるのよ」

「はい?」

「なんでもない」

 

 彼を置いて、私はまた地面を蹴る。そして、その勢いのまま、宙へ。

 

「私は引っ込んでるわ。何かあったら、呼んで」

 

 振り返ることなく、彼に言い残す。今は、私はいない方がいい。

 再開の場面に、邪魔者は要らない。自分を卑下するわけでは無いけど、それくらいの気配りは、私にだって出来るから。

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 ぬえの姿が闇に溶ける。気紛れで、子供っぽくて。やたら、人間味のある妖怪。自分から姿を隠してくれた気遣いは、少しばかり失礼かも知れないが、実を言えばありがたかった。

 前の持ち主と、今の持ち主。その二人の間を取り持つことなんて、俺には出来やしないだろうから。

 

「……そろそろかね」

 

 俺の中にある法力……寺で暮らしているうちに何時の間にか取り込んでいた力。それを、未だ封印の解けずにいる聖輦船へと流し込みながら呟く。

 一輪や雲山。そして、村紗との再会。やっと、と言うべきか、ついに、と言うべきか。何れにせよ、この時が来てしまった。

 前の持ち主と正式に別れた訳では無いにも関わらず、新しい持ち主と共に居るこの現状。彼女等の封印を解くことが出来たから、俺としては本望。この際破門されても嫌われても良しと腹を括る。

 

「……ここ、は……」

 

 聞き慣れた声。そして、姿を表した、その人物。

 

「おはようございます。村紗船長」

 

 眠たげな顔で、俺を見る村紗。その後ろに一輪、そしてもくもくと雲山らしき雲が立ち上る。

 

「封印、解けたのね。いや、解いてくれたんだ」

 

 村紗が俺の前に降り立ち、そして、俺と同じ目線になるようにしゃがみ込む。

 そして、幸せそうな顔で。

 

「ありがとう」

 

 俺は、村紗に抱きつかれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「百年とちょっと、か」

 

 一輪が俺の言った言葉を繰り返す。彼女等の封印されていた期間。やはり、三桁の空白は大きい。

 

「聖もまだ、封印されてるんだよね……」

 

 俺の上に腰掛けた村紗が呟く。聖の封印されているのは、魔界。地底と魔界は、俺が調べた限り繋がってはいない。地上経由でしか聖の元へはいけないのである。聖を、救出する前に、如何にして自分達が地底から脱出するか。悩みは増える一方……だが。

 

「船長」

「ん?どうしたの?」

「少し、話があります」

 

 村紗が一輪に視線を向ける。対する一輪は、眠たげな顔で。

 

「……私は、少し船で寝てるから。話して来なさい」

 

 封印が解けた後の、何とも言えない疲労感。やはり、俺があの時感じたように、一輪達も眠気が襲っている真っ最中らしい。

 となると、村紗の方も……

 

「私は、そんなに疲れて無いけど……とりあえず、話って?」

 

 船へと飛んでいく一輪を見送りながら、村紗が俺に問いかける。はてさて、なんと言えばよいものか。

 

「……船長は、私の事をどう思っていますか」

「貴方のこと?」

 

 不思議そうに首を傾げ、俺の問い掛けに対する答えを探す村紗。彼女とこうして会話するのも、本当に久しぶりだ。

 

「大事な仲間、だよ。同じように聖を慕っている、ってことを除いても、ね」

「……そう、ですか……」

「そうだ、折角地底に落とされたんだから、色々乗せて回ってよ。あっちの方の明るい場所って、街でしょ?案内してほしいな」

 

 ……言えない。腹は、括ったつもりだったのだが。今は、別の持ち主がいることなんて。彼女もやはり、俺にとっては大事な人物なのだと実感する。が、今はぬえが俺の主人。一体、どうすればいいのか……

 

「もう。なにやってんのよ」

 

 その時だった。

 暗闇から現れた彼女が、俺と村紗の前に降り立ったのは。

 

「はじめまして、村紗水蜜さん。私は封獣ぬえ。コレの今の持ち主です。よろしく」

「え、ぁ、あ、よろしく……って、持ち主?」

「そ。私がコレを譲って貰ったの。だから、今の所有者は私」

 

 ぬえの言葉に、棘がある気がする。対する村紗は、ぬえの発する妖気に腰が引けている状態。しかし、その目に浮かぶのは恐れではなく、悲しみ。一体、何がそんなに悲しいのか。

 

「……そうなんだ。道具、だもんね」

 

 俺に腰掛けたまま、村紗が俺のタンクを撫でる。

 

「持ち主、かぁ。じゃあ、私とはもう、会えないんだよね……私だって、聖の命令には逆らえないもん。仕方ないね」

「ち、ちょっと。勝手にあなたの物を私のだなんて言われて、怒りもしないわけ?」

「怒らないよ。仕方がないじゃない」

 

 ぬえが、苛立たしそうに村紗を睨みつける。双方のこんな表情は、みた事がない。

 

「その程度なの?あんたの、そいつに対する思いは。そいつはずっとずっと地底を探し回って、誰よりも心配してたのに、あんたは、こいつを手放すことに未練もないの!?」

「手放すなんて、そんなこと思ってないよ。私は、持ち主なんてものじゃないもの……ずっと一緒にいてくれた、大事な、とも、だち……」

 

 村紗の目から涙が零れ落ちる。持ち主ではなく、友達。村紗が、そんなふうに俺を見ていたなんて知らなかった。

 

「私は、彼の……名前も知らないけど……それでも、友達なの!その友達が、誰かに仕えたいって言うなら、離れたくなくても、我慢して応援しないといけないじゃない!だから、だから私は……!」

 

 村紗が、俺から降りる。俺を挟んで、ぬえと向き合うように。

 

「私は、身を引きます。彼を、どうか、よろしくお願いします」

 

 深々と、頭を下げる村紗。ぬえは、村紗の言葉に動揺しきっている。

 

「まっ、まってよ、頭なんて下げられても、私、そんなつもりじゃ」

 

 ぬえの想像していたであろう展開とは、かけ離れた状態らしい。概ね、口論の後冷たく突き放し、所有権をもぎ取ろうとでも考えていたのだろう。彼女もまだ、幼い。そしてそれは、村紗も。

 

「ぬえ。水蜜」

 

 二人の体がびくりと跳ねる。両方黒髪ショートという点を除いても、彼女等はどこか似ている気がする。

 

「お二人共、もう少しゆっくりお話し下さいな。私は、二、三日引っ込んでおりまする故」

「え?ちょ」

「待っ」

 

 二人の言葉を聞くこと無く、猛スピードで走り去る。彼女等は、話し合えば和解できる。そして、二人とも納得できる答えを見つけ出せる。

 そんな、希望的予想をもって。

 

「何処に行くかなぁ……さとり殿に匿って貰うか」

 

 普段は出さないほどの速度で、地底を駆け抜ける。

 二人の、大事な持ち主を残して。

 

 

 


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