戦いの神(笑)ですが何か?   作:マスクドライダー

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どうも、マスクドライダーです。

危ない危ない……前後編で収まらない所でしたよ。今回は、モロに私の趣味が前面に押し出された回になりました……。

どういう事かと言いますと、まぁ格闘技関連……と言うよりは、プロレスですね。ガタックがプロレススタイルだと知って以来のファンなのです。

今回もいくつか技が出ていますが、申し訳ない!文章だけで伝わらなかった場合は、技名で画像検索して頂けると助かります!

あっ、全く興味が無かったら……それはそれで全然オッケーです。むしろ助かる気さえします……。まぁそんな感じで、いつものいってみましょう。

それでは皆さん、今回も良しくお願いします。


いざ、更識家へ(後編)ですが何か?

「姉貴、始めの合図を頼んでいいか?」

 

「貴様、楯無様を姉呼ばわりだと……」

 

「良いのよ、私がそう呼ばせてるんだから」

 

 お互いに向き合ったところで、真は楯無に対してそう呼びかけた。当然ながら……これも柴を挑発する目的である。心の底から真派である楯無は、ピシャッと扇子を開く。

 

 そこには『合法』の二文字が……これには柴も黙り込むしかなかった。決して表には出さないが、真はケケケケ……と悪魔のような笑い声を心の中で上げている。

 

「はぁ……。ルールは、そうね……動けなくなった方が負け、で良い?」

 

「異論は有りません」

 

「同じく」

 

 楯無は真の嫌な部分を見抜いているのか、溜息を吐きつつ審判の役割をこなし始める。そして楯無が提唱したルールは、あくまでダウン負け……。

 

 一応ではあるが、真が殺されないように予防線は張ったらしい。それでも真は、死ぬまで柴に挑み続けるだろうと……そう思っていた。その時は、本気で自分が止めなくては……とも。

 

「それじゃ、位置は良いかしら?……始め!」

 

「オラッ!」

 

「フン……」

 

 真は楯無の合図と同時に……いや、それよりかは食い気味に動き始めた。真は長身を生かしたリーチの長いハイキックを、柴の顔面目がけて放つ。

 

 並の人間であれば、一撃で倒せることが出来そうな威力だ。しかし柴はそれを、この程度といった軽い感じで受けてみせる。だが、それも真の狙いの一つだ。

 

ギュッ!

 

「卑怯とか言うなよ、暗部さん!」

 

「チッ……下らんマネを……!」

 

 真が柴の腕に防がれているのは、脚の部分である。そこから足を器用に動かして、足の指で柴の髪の毛をしっかり掴んだ。そのまま脚を真横へ動かして、柴のバランスを崩しにかかる。

 

 頭部は、バランスを保つうえで大事な部位である。そこを思い切り引っ張られれば、流石の柴と言えど軽くよろける。それと同時に真は髪を離して、高く振り上げる。これまたリーチを生かした……高所からの踵落しだ!

 

「喰らえ!」

 

「むぅ……!」

 

ズダン!

 

 柴は、バランスを崩された事をあえて利用した。結果的に真は、柴の回避に勢いを付けたのみで留まる。柴は地面をごろりと転がりつつ移動し、真とある程度の間合いが出来た場所で立ち上がる。

 

 お互いの印象はここまでは想定通り……と言った風に、共通していた。だがしかし……真と柴では、少し意味合いは違っている……。真が思っているのは、やはりこれくらいは躱して来るかと言う意味だ。

 

 対して柴は、やはりこの程度か……と言う意味である。2人の『想定内』には、これほどの差が産まれていた。だが悲しい事に、生身で言わせれば……それは紛れも無く正解なのだ。

 

「次は、こちらの番だ」

 

「ッ!?」

 

ババババッ!

 

 真に対して、まるで漫画で見るような速度の連続蹴りが襲いかかる。だが、回避においては真が最も得意な部類だ。簪もかかっていると言う事で、集中力も非常に高い。

 

 見てから回避……回避できない物は確実に防御。この応酬を眺めている先代楯無こと鞘香は、感心を示すような表情を見せた。だがしかし……それではまだ甘いと目を細める。

 

「シッ!」

 

(問題ねぇ……避けれる!)

 

「残念、本命はこちらだ」

 

「何っ!?ぐあっ!」

 

 それまで連続蹴りを放っていた柴だったが、それを取りやめて逆の脚で攻撃する『モーション』をほんの一瞬だけ見せた。だがそれは、一種のフェイントである。

 

 柴は、真の回避能力の高さを見抜いてこの行動をとったのだ。これは真の回避に存在していた……ある欠点をついた攻撃である。実は真の集中力ピークは、裏を返せばただの『過敏反応』とも取れる。

 

 だからこそ真は単なるモーションに反応して、それを避ける体勢が出来てしまった。それを見た柴は、難なく右足の蹴りを真の顔面へ命中させる。

 

(クソが……なんつう重い蹴りだ……!)

 

(……倒れんか)

 

 柴としては、今の一撃で真を沈めるつもりだった。だが真は、鼻血が出てきたもののまだまだ余裕そうだ。この異常な頑丈さも、真の長所であろう。

 

 さて、初撃は奪われた……ここからどうして攻めたものか、そう考えていると真はいつの間にやら人が集まっている事に気付く。恐らく更識の人間で、様々な年齢層の男女達だ。

 

「あの人……タダ者じゃないですね」

 

「ああ、あの回避はマネできるもんじゃねぇぞ」

 

「もしかすると、柴さんにも勝つかも……」

 

「いや、それはねぇだろ……。柴は、まだ『アレ』を使っちゃいねぇ」

 

「馬鹿野郎!それこそ殺しちまうだろうが……」

 

 ワイワイガヤガヤと言うよりかは、ヒソヒソと真と柴の対決を観戦しているらしい。だが真にこれが聞こえていると言う事は、集中力の低下を意味していた。

 

 それは本人が一番に分かっているらしく、ブンブンと左右に大きく首を振った。すると周りの喧騒は気にならなくなり、集中力は再び高まる。

 

「それに頼るから、貴様は三流なんだよ……ZECT!」

 

「ヘッ……利用価値は、他にもあらぁ」

 

「面白い……見せてみろ!」

 

バッ!バッ!ブゥン!ゴッ!

 

 今度は足技で無く、拳を用いた攻撃だった。それもフェイントにフェイントを重ねて、攻撃の出所がかなりややこしい。もはや過敏反応どうこうでは無く、これは誰でもひっかかる。

 

 さらに真は、自身の長所が裏目となって避け辛いときた。当然真の顔面には、柴の拳がヒット……しかし、柴からすれば不可解な事が起こる。

 

ゴシャッ!

 

(!? な、なぜ……俺も殴られている!?)

 

 そう……なぜか柴も真の拳を顔面に受けていた。真は、攻撃を避ける事に神経を使っていない。避けられないのであれば、反射神経を用いて自身の頬に柴の拳が触れた瞬間を待っていたのだ。

 

 攻撃している間と言うのは、どうしても隙は大きくなる。真はそこを狙って喰らえばダウンは必至なほどのパンチを、柴の顔面へとクリーンヒットさせた。

 

「しゃらくせぇ……三流にダウン取られてるテメェは、一体なん流だ?暗部さんよぉ」

 

「し、柴さんが少しでも倒れた……!?」

 

「あのガキ……ウチでも十分やっていけるな……」

 

 柴は少し倒れてすぐ立ち上がったが、それでも更識の人間は動揺を隠せないでいた。それだけ柴が更識内では実力と地位を併せ持った存在である事を臭わせる。

 

 この光景を他の構成員に見られている事は、柴にとって屈辱でしかなかった。簪の事が相まってか、完全なる殺意を真に対して覚える。そして柴は、構えた……。

 

「「!?」」

 

「お母さん!?お父さん!?」

 

「良いわよ、続けなさい」

 

「そんな……!」

 

 柴が構えを取った瞬間……これだ。簪や楯無を含めた更識の人間すべてが、先ほどとは違う意味でざわつき始める。楯無ですら止めに入ろうとしたあたり……かなりやばい奴だと真は柴の構えを観察する。

 

 腕の構えは、カマキリを参考にして作られた拳法である蟷螂拳に近い。だが掌は開かれているし、姿勢もそこまで低くない。つまりは……これが、柴流……?

 

「おい、犬。死にたくなければ、簪お嬢様の事は今すぐ諦めろ」

 

「簪を諦めるくらいなら、死んだ方がマシだね」

 

「そうか、ならばせめて手加減はしてやろう!」

 

 ダッ!と、広間の床を蹴り上げて柴は真に突っ込んだ。だが単純に真っ直ぐと言う事では無く、反復横跳びのようにして細かく進路を変えている。これも真の過敏反応を狙っているのだろう。

 

 真は初めて発覚した自身の欠点に舌を打ちながら、柴へ向けて強力な前蹴りを放つ。しかし……柴はそれを簡単に避けて見せた。そして柴は左手を真の腹部に添えて、左手の甲へ右掌で張り手を打つ。

 

ズドン!

 

「!? うぐぁ……はっ……!ごふっ!?」

 

「真……!」

 

「終わったな……」

 

 すると真は突然に吐血し、その場に蹲った。これぞ、柴流が奥義……その名も『打震』。柴流の極意は、外部破壊で無く内部破壊にある。

 

 自身の左手を右手で打つ事で、その衝撃を相手の内部……つまりは、内臓や骨へと伝える技だ。今回の場合は、真はそれを腹部へ受けた。それはもう……吐血するのも頷ける。

 

 そして誰かが呟いた……終わったなという一言……。柴は言われるまでも無く、勝利を確信していた。手応えは、打った本人が一番よく解かっている。

 

「貴方の孫も、大したことはありませんね……会長?」

 

「ハハ、確かにな。私の孫は、君と違い単に喧嘩慣れしていると言うだけだ」

 

「フッ……所詮はその程度。それならば金輪際、更識とは関わらないと……」

 

「そんな事より、余所見をしていて良いのかね?加賀美家の男児は……打ちのめされてからが本番だぞ」

 

 それまで体ごと陸の方を向いていた柴は、周囲のざわつきが最高潮に達している事に気が付く。陸に指摘されて真の方に目をやると、柴は愕然とする。

 

 真が……立っているのだ。手加減は本当にしたとは言え、立てないほどの威力は出したはず。それだけで無く、打震を腹に打って立ち上がった人間など、真が初めてだった。

 

「き、貴様……なぜ立って……」

 

「なぜ?なぜってそりゃぁ……愛だろ」

 

 息をするのも辛いのか、コヒュー……コヒュー……と、喘息の様な息を漏らしつつだが、それでも真は立っている。そして、真が断つ理由は……やはり簪への愛だ。

 

 柴に向かってニヤリと笑みを向けると、今度は簪の方へ振り返って『な?』といった感じの笑みを見せた。すると簪は、目に涙をためながら力強く何度も頷く。

 

「ぐ……貴様……!それほど更識での地位が欲しいか!」

 

「……アンタ、さっきからそればっかりだな。わざわざ口に出すってこたぁよ、アンタの方が……そう言うのにこだわってる証拠じゃね?」

 

「!?」

 

 そもそも柴は他流派の家系である。それ故、自身の家から更識での地位を……と申しつけられている可能性も十分にあり得る。そう指摘した際の柴の反応は、真から見れば……十中八九そうとしか思えない。

 

 これに対して、真は特に何も感じない。名門同士……そういう事があっても仕方が無いとさえ思える。なんでここまで冷静でいられるのか、それは……簪はもはや自分のモノであると言う絶対的な自信からくるものだった。

 

「約束したんだ……ずっと一緒だってな」

 

「何……?」

 

「だから……どんな理由だろうと、テメェごときに簪は渡さねぇ!簪は、俺の……全てなんだよ!」

 

「ほ、ほざけ!」

 

 大勢の人間がいるのを忘れているのか、真は堂々とそうやって宣言して見せた。陸と鞘香はニヤニヤと笑い、黒鋼は……何を考えているのか分からない。

 

 簪は……真の言葉が嬉しくてたまらずに、ついに涙を堪えられなくなってしまった。悲しい涙では無く、嬉しい涙で……。楯無は優しく、簪の頭を撫でた。

 

 柴は動揺を隠せないながらも、またしても打震を打つ構えを取った。そして、数瞬の間を置いて真へと突っ込んで行く。しかし動揺しているせいか、動きはさほど読み辛くは無い。

 

(そこだ……!)

 

「おっと、そうはさせねぇぜ」

 

「何っ!?」

 

 柴が真の身体に左手を添えようとした瞬間だった。真はあえて柴との距離を詰めて、ほとんど密着した状態となる。真は打震の弱点を見破っていたのだ。

 

 添えた方の手が詰まってしまえば、本命の張り手が打てないのだ。仮に打てたとしても、柴の左腕が伸びている時ほど威力は出ないハズ。

 

「ふん……ぬぅぅぅぅ!」

 

「!? くっ……降ろせ!」

 

「ああ、それが望みなら降ろしてやるよ!」

 

ズダァン!

 

「ぐはっ!?」

 

 真は柴の股へ右腕を潜り込ませて、逆さになるように抱え上げる。そしてそのまま勢いよく投げ落として、柴を機の床へと叩きつけた。これは、プロレスのボディスラムという技である。

 

 単に筋力頼みだった訳だが、あまりにも簡単に技が掛かった事に違和感を覚える。これはもしやと、真は未だ倒れている柴に対してエルボードロップを繰り出す。

 

「そらっ!」

 

「クソッ!」

 

 柴はゴロゴロと床を転がって、回避するだけだった。寝転んだ状態からの反撃など、心得ているはずなのに……。真の疑問は、此処で確信に変わった。

 

「初心忘るべからず……か、ありがとよ……親父」

 

(先ほどまでとは、違った意味で攻撃の鋭さが違う……?)

 

「さてさて、加賀美流の戦闘術をお披露目と行きましょうか」

 

 そう言うと真は突っ込むでもなく、ズンズンと柴の方へ歩み寄っていく。距離を急に詰めるような様子も無い……。何のつもりかは知らんがと、柴はそう思いつつ打震を真へと放つ。

 

 しかし真に添えた左手を瞬時に掴まれて、何か組技を仕掛けられてしまう。左腕を脇で固めるようにして、両脚はそれぞれ柴の頭と左足に引っかかっている。これもプロレス技で、その名も卍固めだ。

 

「ぐおおおお!」

 

「やっぱりか、テメェ……プロレスの返し技は知らねぇな?」

 

「し、知るはずないだろうが……そんな物!」

 

 プロレスとは、一種の興行……言ってしまえば、格闘技と言う名のパフォーマンスでありエンターテイメントである。しかし実際の技等々は……確実に痛い。

 

 プロレス技の中には、相手を簡単に殺傷できてしまう様な物がある。一応は返し方が存在するのだが、その辺りはマニアックなので割愛しておく。とにかく拳法家である柴は、返し方を知らない。それだけ分かれば十分だ。

 

「オラ、とっととギブアップしろや。この技そのまま耐えてっと、首の骨がイッちまうぜ」

 

「誰が……貴様なんぞに、貴様なんぞにいいいい!」

 

「はぁ……しゃぁねぇ」

 

 このまま本当に殺してしまっては元も子もない。真は卍固めを解除して、柴から離れる。これで振出し……とまではいかない。やはり真は、打震を受けたダメージが大きく本来ならば立っているのがやっとの状態だ。

 

 打震の恐ろしいのは、そこだ。本気でも無い一撃を喰らっただけで、継続的にダメージが襲い続ける。やはり真でも耐えきれなかったのか、真はその場に膝をついた。

 

「くっ……!」

 

「は、ははは!やはり俺の奥義には敵わんか!止めを刺してやろう!」

 

「かかったなアホが!」

 

「な、なにぃ!?」

 

 辛いのは確かだが、コレは真の策略だった。再度攻め直すよりも、こうして誘き寄せる事に成功する。死んだふりも立派な戦術の一つだろう。

 

 近づいて来た柴の脚に掴み掛かり、自分の体ごと捻って転倒させると、真は素早く柴の両足を両脇で抱えた。そのまま柴にまたがった状態で、体を反らす。お次は、逆エビ固めである。

 

「柴の攻略法が、プロレス技とは……盲点だ……」

 

「でも……あのガキ、妙にプロレス技をかけ慣れてる感じだな」

 

「どちらにせよ、柴さんを追い込んでるなら凄いですよ……!」

 

 この状況……どう見ても、柴劣性で真優勢であった。少し倒れた所を目撃されただけでも、屈辱を覚えた柴だ……。このまま黙っているのは、考えにくい。

 

 柴は雄叫びを上げながら、腕立て伏せの要領で床から体を浮かせる。逆エビ固めの抜け方としては、コレは正解だ。柴は無理矢理にでも体を反らし、後方に居る真の頭を捉えた。

 

(なんつう柔軟さだ!?)

 

「せやぁ!」

 

「ぐぅっ!」

 

 倒れ込む力を利用して、頭部を思い切り引っ張る。すると真は、柴の頭上から飛び出すように地面へと倒される。これにて再び、上下は入れ替わった。

 

 真は仰向けに倒れている。ここから柴が取る行動は一つしかない。既に真は、左手で押さえつけられて身動きが取れない。柴は非常に小さく死ねと呟くと、手加減の欠片も見えない打震を真へ見舞った。

 

バチィ!

 

「ごふぁっ!!」

 

(勝った……!馬鹿が、つまらんことに拘るから死ぬことに……)

 

「あ~……スンマセンね、更識の皆さん。後で掃除しますんで……」

 

「!? う、嘘だ……本気で打震を打ったんだぞ……!?生きていられるはずが……」

 

 真は口元の血を拭い取りつつ、そんな事を言った。どうやら自分の吐いた血の事を気にしているらしい。冗談か本気かは分からないが、とりあえず真は『よっこいしょ……』といった感じで立ち上がる。

 

 柴流は活人拳でなく殺人拳……当然に打震は、相手を殺すための技である。打震で死なずしても、殺傷与奪は柴にある場合が多い。なのに……真は二度も立ち上がって見せた。

 

「へ……加賀美家男児は……何度だって立ち上がる……そう……だろ?……爺ちゃん!」

 

「うむ、お前も新も……立派な、私の息子と孫だ」

 

「理由になってないだろうが……!!」

 

「そりゃ……そうだ……理屈じゃ……ねぇんだよ……俺が……立ってるのは……!」

 

 柴は真の気迫に押され、もはや足が動かないでいた。対して真は、一歩……また一歩と、確実に柴へと近づいて行っている。しかし……柴は、臆しても迎撃の構えは取っている。

 

 そうして真が射程圏内に入った次の瞬間の事だ。フラリと……真の身体が、前へと倒れて……。今度こそ柴は、勝利を確信した。だが……次の瞬間!

 

「かかったな……アホが!」

 

「!?」

 

 柴は同じ手に引っかかった。真が倒れ込むふりをしたのは、油断を誘うためと倒れるふりをして柴の後ろへ回り込む目的だ。そうして真は、柴の腰をしっかりと抱きこむ……そして。

 

「おらああああっ!親父直伝……最終奥義!サンズ・リバー・スープレックス!」

 

「うわああああああああ!?」

 

ズドォン!

 

「……ただのジャーマンスープレックスじゃん」

 

 真は体をブリッジで反らして、柴を頭から床へと叩きつけた。誰かが呟いた通りになんら普通のジャーマンと変わらない。しかしその反りが、相手を三途の川より向こうへ送るための架け橋となるのだ……。

 

 と言うのが、新の談である。真はホールドを解除すると、ブリッジの状態からそのまま起き上がった。大の字に倒れた柴を見て、高らかに右腕を天へと突き上げる。

 

「勝負ありね……。楯無ちゃん!」

 

「あ、はい!そ……そこまで!勝者……加賀美 真!」

 

ワッ!

 

 真の勝利を楯無が告げると、それまで静まり返っていた場は一気に盛り上がった。真はやれやれと呟くと、しんどそうにその場へ座り込んだ。

 

 そんなお疲れの真に、飛び込む人物が一人……簪だ。勢いよく真に飛びついて、泣きながら真の名を連呼している。真はただ黙って、簪の背をポンポンと叩いた。

 

「良くやったぞ、真。良い物を見せてもらった」

 

「そんなんじゃないさ……。最初に加減して貰ってないと、俺は死んでると思う」

 

「いや……それは柴の……詰めの甘さ故……」

 

「黒鋼さん……」

 

 何とかもぎ取った勝利だと、自信無さげに真は言う。そんな真へ近づいて口を開いたのは、真と簪の交際に反対していた黒鋼だった。

 

 本来なら立ち上がるべきなのだろうが、簪がまだ離してくれないため無理だった。とりあえずは、真は黒鋼の顔をしっかりと見据える。

 

「…………済まなかった……」

 

「え?」

 

「まさか、ウチの娘を……そこまで想ってくれているとは……。……娘を……よろしく頼む……」

 

「……!?はっ、はい!ありがとうございます!」

 

 認めて貰えた喜びで、真は簪を抱きしめたまま頭を下げた。本当は簪と2人きりになりたかったのだが、盛り上がりがまだ覚めない。

 

 ソワソワしている真の様子を、鞘香は悟った。先代とは言え、未だに影響力のある人間だ。パンパン!と大きく手を叩くと、2人きりにしてあげるように指示を出す。

 

「ほらほら、散りなさい!あっ簪ちゃんは、真くんの手当てをしてあげて」

 

「うん……」

 

「簪ちゃん……いい男を捕まえたわね。繋ぎとめておかないとダメよ?それと真くん、貴方……今日から正式に簪ちゃんの許嫁ね」

 

 それだけ言うと、気絶した柴含めた真と簪以外の全員が、ドタバタとどこかへと消えて行った。そうして残ったのは、簪の傍らにある救急箱のみ……。

 

 あんなサラリと許嫁宣言をされた真は、なんだかなぁ……と言った様子で簪の治療を受けた。と言っても、大半は内部に受けたダメージだから……本当に簡単な物だ。

 

「私ね……知ってたの……」

 

「知ってたって……もしかして」

 

「あの人が……私を見てない事……」

 

 簪は……幼いころより楯無と比べられて生きて来たという苦い経験がある。それだけに、相手が自身を見ているかどうかなど、見分けがついてしまうのだ。

 

 柴の場合は、初対面の時からそう感じられた。だから……好きにはなれなかったし、あまつさえ結婚などと、考えられるハスも無い。

 

「真は……ずっと……私の事を見てくれる……。私なんかより……可愛い子は沢山いるのに……」

 

「……なんかとか、言わないでくれ。俺の目には、簪しか映ってねぇよ」

 

「だって……他の子を見ないでって……我儘だし……」

 

「簪は控えめ過ぎ。俺はもっと、簪に我儘を言って欲しいんだぜ?」

 

 少し隙を見せれば、自虐を見せる簪……。簪の自虐を聞くたびに、酷く胸が痛むのを感じた。好き合っている男が、目移りしないように釘をさす事のどこが我儘なのか。

 

 真は言葉通りに、簪にはもっと甘えて欲しかった。本当は、言ってやりたいくらいなのだから……俺は、そんなにも頼りないのかと……。

 

「さっき言ったの……聞いたろ?簪はもう……俺の心なんて支配しちまってんだよ。簪は、俺の全てだ」

 

「…………」

 

「簪の喜びが、俺の喜びなんだ。だから簪の我儘に答えるのも……俺にとっては喜びと変わらねぇ」

 

「…………キスして……」

 

 簪がそう呟いた途端に、真は簪の口を自らの口でふさいだ。深く……激しく……甘く……蕩けるような、様々な要素が入り混じったキスで、真は精一杯に簪への愛を伝えた。

 

 真は吐血した直後だったが……もはやそんな事は2人にしてみれば些細な事だ。やがて2人は満足したのか、どちらとも無く離れてゆく。

 

「これからも、よろしくな」

 

「うん……私の旦那様……」

 

 治療も終了してそれからしばらく経つと、数人の使用人が2人の前に現れた。用事としては、2人を呼びに来たのが1人で、それ以外は広間の掃除の為らしい。

 

 呼びに来た……と言うのは、どうやら散って行った面子で宴会をしているらしい。宴会と言っても食事の席なだけであって、そこまで豪勢な感じではないようだ。

 

 2人が正式な許嫁の関係になった祝いの席でもあるらしく、さすれば主役が行かない訳にもいかない。真と簪は、仲睦まじい様子で大広間へと向かった。

 

 ……で、そこからが大変だった。どうやら真に感銘を受けた者が多いらしく、更識家・加賀美派なる派閥が出来上がっていたのだ。祀り上げられるのは慣れていない真は、勝手に盛り上がる大人達を鎮める事に奔走するのであった……。

 

 

 




正月なんて無かった……(猛省)

知っている人は知っていると思われますが、柴の使っていた『打震』……アレは、とある漫画の丸パクリです。

まぁ『刃牙』シリーズの登場人物が使用する技です。刃牙本編とは少し解釈が違う所もありますけど、内部破壊って意味では同じですね。

真に……真にしっかりプロレスをさせたかったんや……!プロレスも新やガタックに必要な要素である……と思ってるのは私だけでしょうか?

次回は(纏まれば)冬休み最終話になるかと。冬休み最終日……決戦を前に過ごす父親……新とのぎこちない日常をお送りします。

それでは皆さん、次回もよろしくお願いします。

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