当初は四話予定だったのが長くなりました。
書きたいことを纏めるのは大変ですね。
「艦長、敵機群引き上げます!!」
「各部、被害状況を知らせ!!」
戦艦『大和』防空指揮所で私は大きく息を吐いた。
口元に咥えたタバコの紫煙が宙に浮かび、空気を汚す。
防空指揮所から甲板を見下ろせば、多くの下士官・水兵が慌ただしく走り回っている。
西暦1945年 3月19日。
この日、広島県呉地方に米機動部隊から発進してきた戦爆連合約七十機が、呉海軍工廠及び広島湾停泊中の軍艦を目標に来襲し、この編隊の大半が『大和』を狙い、攻撃をかけてきたのである。
「艦長、各部より報告、被弾なし」
「そうか」
幸いなことに、この空襲では戦果はほとんど挙げられなかった代わりに被害も微小であった。
「中々やるじゃないか」
艦橋につながるラッタルの方から声が掛けられる。
防空指揮所にいる面々は、揃って懐かしげな表情を浮かべながら声の主に敬礼を掲げたが、私は振り向かなかった。
振り向かずとも誰だかはよく分かったからだ。
「どうだ、『大和』での初の対空戦闘を乗りきった気分は?」
ぞんざいな口調で隣に立ったその男の口元には私と同様にタバコが咥えられている。
この男の言うとおり、この日の空襲は大した規模ではなかったが、三ヶ月前に『大和』に着任した私にとっては、初めての対空戦闘だった。
「ほとんど戦果がなかった。これだけハリネズミになってるというのにな」
私としては満足のいく成果ではなかった。
『大和』は先の『捷号作戦』後に対空機銃の増設が行われ、対空兵装に関しては竣工時の倍以上に強化されていたのだ。
それを持ってしても、敵機に対してほとんど打撃を与えることができなかったのだ。
まだ1/3程しか吸ってないタバコを煙草盆に押し付けながら、私は飛行機に対抗できないという現実に悔しさを感じていた。
「相変わらず贅沢だな貴様は」
「みみっちい吸い方は嫌いなんだ、貴様と違ってな」
「それについて言いたいことはあるが、今のはそのことじゃない」
そう言われて私は初めてその男に目を向ける。
私同様に咥えタバコを揺らしているが、そいつのタバコは指を添える場所もないほどに短くなっている。
「初めての戦闘で損害なしだってのに不満というのは、贅沢すぎるだろ」
「貴様が言うと嫌味にしか聞こえんのだが」
――『捷号作戦』で伝説的な操艦を披露してくれたのは何処のどいつだ。
「俺は、着任してから一年間ミッチリと、広い海で訓練した上でのことだからな。貴様は『大和』に着てからまだ三ヶ月だろ?しかも録に訓練もできてなかったじゃないか。その上でこの成果なら、ハッキリ言って俺より上だよ」
その言葉に、私の―人には言えないが―心中に潜んでいた目の前の男に対する気負いが薄らいでいくのを感じた。
「『大和』を貴様に譲ったのはある意味失敗だな。貴様相手じゃ、「『大和』艦長とは云々・・・・・・」なんて偉そうな訓示できやしない。もっとヘボなら良かったのに」
「ふん・・・・・・」
まったく厄介な奴だ。
こいつの、この簡単に人を垂らし込む術のために、こちとら、えらく居心地の悪い思いをしていたというのに。
そう思いながらも私自身、『大和』名艦長と謳われたこの男に認められたと高揚しているのだから、本当に厄介である。
「ありがとよ」
「よせやい、らしくもない」
前『大和』艦長 森下信衛はそう言って笑っていた。
―――何の因果なんだろうな、森下。
『ヤマト』自動航法室。嘗ての『大和』において、ライジング・ビット(艦と桟橋を繋ぐロープをひっかける繋柱)があった場所に位置する部屋。
その室内に掲げられた菊花紋章を見詰めながら、私はそんな過去を思い出していた。
―――本当は貴様がここに居たかっただろうにな・・・・・・。
私の脳裏に浮かんでいた人物、森下信衛は、前世における私の海軍兵学校45期の“同期の桜”で、私の前『大和』艦長だった男だ。
在任中、森下は「捷号作戦」 ――俗に言う「レイテ沖海戦」―― に於いて、神業と評すべき操艦を披露し、また歴代唯一となる敵艦撃沈を果たして、乗組員からは絶大な人気を得ていた。
私が『大和』艦長を拝命してからも、第二艦隊参謀長として同旗艦である『大和』に在艦し、あの坊ノ岬沖での最後の戦いにも参加した戦友であった。
そんな男だから『大和』に対する思い入れは私以上であったはずだ(私はこちらに来てから、生き残った森下が「『大和』と一緒に死にたかった」と言っていたことを知って心苦しくなったものである)。
そんな森下がここにおらず、私はここにいる。
一体何の因果がその運命を分けたのだろうか?
今、考えたって分かりっこないが・・・・・・。
―――しかし恨むぜ、森下・・・・・・。
「失礼します。艦長、そろそろ・・・・・・」
「おお、分かった、出るよ」
私は最後にもう一度、菊花紋章に深々と一礼する。
――貴様がここに居れば、俺はあんなやばい話を聞くことはなかったんだぜ。
自動航法室に“イスカンダルへの航路情報”が運び込まれるのを確認しつつ、私は旧友に愚痴った。
今日より、この自動航法室は閉鎖される。
―――――
自動航法室への搬入作業を見届けた私は、第一艦橋へ上がった。
『大和』では主要艦橋であり、『ヤマト』に置いても、航海の中心となり、先日のように戦闘指揮を採ることもある部所。
その前面左側に置かれているのが、私の座る艦長席である。
真田副長は、波動エンジン起動のための最後の作業を指揮するため機関室に降り、今この場にいるのは私だけだ。
艦内巡検が終わった今、現時点での私にやることはない。
電源が落ちていて薄暗い艦橋の中で、私はしばし物思いに沈んだ。
―――俺が知らないうちに随分と変わったな、『大和』。
艦内を一回りして説明を受けた限りで『ヤマト』と『大和』の性能諸元を比較すると以下の通りである(()内が『大和』)
全長:三百三十三メートル
(二百六十三メートル)
最大幅:六十一.七七メートル
(三十八.九メートル)
全高:九十四.五四メートル
(五十四メートル)
機関:ロ号艦本イ400式次元波動缶(次元波動エンジン)一基
艦本式コスモタービン改八基・二軸
乗員:一〇〇〇名
(三〇〇〇名)
兵装:
特装砲:次元波動爆縮放射機(二〇〇センチ波動砲)一門
(該当兵装なし)
主砲:四七口径四八センチ三連装陽電子衝撃砲塔三基・九門
(四五口径四六センチ三連装砲塔三基・九門)
副砲:六〇口径二〇センチ三連装陽電子衝撃砲塔二基・六門
(六〇口径十五.五センチ三連装砲塔二基・六門)
魚雷;艦首・艦尾魚雷発射管十二門
両舷短魚雷発射管十六門
八連装煙突ミサイル発射塔一基
艦底ミサイル発射管八門
94式爆雷投射機
(以上該当兵装なし)
高角砲:十二.七センチ四連装高角速射光線砲塔八基・三十二門
十二.七センチ三連装高角速射光線砲塔四基・十二門
十二.七サンチ連装高角速射光線砲塔十八基・三十六門
三連装速射光線機関砲塔四基・十二門
司令塔近接防御火器三連装二基・六門
総合計:九十八門
(十二.七センチ連装高角砲十二基・二十四門)
(二十五ミリ三連装対空機銃五十二基・百五十六丁)
(二十五ミリ単装対空機銃六基)
(総合計:百八十六門(丁含む))
見ればわかるように、基本的な配置を除けば、全てにおいて大きく変貌している。
艦体は、嘗ての約三割増。
主砲は、嘗て世界最強を誇った四六センチ砲を上回る四八センチ砲。しかも撃ち出されるのはガミラス艦を一撃で屠る
対空防御に関しては、嘗てより砲数こそ半数近くに減ったものの、その射撃速度も命中率も比較にならぬほどに向上し、性能的には前よりも“ハリネズミ”と化している。
特筆すべきは『キリシマ』『チョウカイ』における
まったく、運命というのは分からない。
まさか、250年も時を経た世界で再び『大和』の艦長に返り咲くことになるとは思わなかった。
しかも、行き着くところまで突き進んだ『ヤマト』の・・・・・・。
「なぁ、『大和』・・・・・・」
―――貴様、こんな姿になってまで何がしたい?
物思いにふける内に私が無意識に語りかけた時、後ろのドアがスライドする音が聞こえた。
「失礼します、よろしいでしょうか艦長」
「おぅ」
振り向くと、黄色地に黒ライン制服の森雪船務長だった。
私は先程までの気持ちを切り替える。
「乗組員全員乗艦しました、欠員ありません。必要な艤装もまもなく完了します」
「そうか」
敬礼を返す森船務長を私はしばしシゲシゲと見詰めた。
「あの、何か?」
「ああ、いや」
―――風紀が乱れないのか? とはちょっと言えない。
私がこの時代において最も驚いたことの一つは、女性士官の存在であった。
この時代では、既に男女の社会的区別は撤廃されて久しく、軍人という分野にも多くの優秀な女性たちが進出しているのは当たり前なのだが、“女子禁制”の昭和軍人であった私には、強烈なカルチャーショックであった。
特に海軍では、海神を女神と捉え、女性が船に乗ると海に嫌われるいう古来からの伝説も相まって、禁忌とも言えた。
だが、それはまあいい。
そんな私の価値観は当の昔に改められているし、今回の『ヤマト』の航海でも、私は“今巴”達の活躍をまざまざと見せ付けられるのだから。
問題なのは彼女ら、女性士官の軍装である。
新見情報長や原田衛生士もそうだったが、余りにピッタリと身体に合っているため、その女性特有の身体のラインが丸分かりなのである。
裸でない分、却って卑猥な想像力を刺激するような格好なのだ。
私としては良い目の保養なのだが、彼女たちは気にしないのだろうか?
「ご苦労。提督には俺から伝えておく」
「はい」
彼女に聞いてみようかと思ったが、やめた。
昔であれば、ちょっとした冗談で済んだ話題も、この時代では下手するとセクハラとされてしまうことも多い。
態々藪を突いて聞くことでもないだろう。
出航前から“セクハラ艦長”の称号は御免被る。
――本人が気にしてないならいいか。
―――――
第一艦橋を出た私は、すぐ上階に位置する提督室へと足を運んだ。
ここは『大和』では防空指揮所、射撃指揮所が置かれていた――前世の私が最期を迎えた場所に位置している。
「誰か?」
「艦長・有賀幸作であります」
提督室のドアを開けると、沖田提督は手を後ろに組んだ直立不動の姿勢で前を見据えておられた。
「提督を含め、『ヤマト』乗組員一千名。全員乗艦しました」
「そうか」
沖田提督は振り向いた。
「後はエンジンだけだな」
「真田副長が既に作業を指揮しております」
「うむ・・・・・・」
沖田提督の懸念は私にもわかった。
次元波動エンジンを完成させるためのコアは、先にイスカンダルから送られてきたメッセージカプセルがそれであり、これをエンジンにはめ込めば、とりあえず完成となる。
だが、その起動のためにはさらに膨大な外部電力が必要となっている。
言うのは簡単だが、極東管区のみならず、地球全土が超節電を余儀なくされている状態で、それ程の電力をどうすれば用意できるのか・・・・・・このすぐ後にわかる。
椿事が起きたのは、私が沖田提督と出航時の手順を確認している最中であった。
古代進戦術長が提督室にやってきて、思いもよらない戦術長辞退を申し出たのである。
「どういうことだ?」
私は沖田提督を一瞬見やってから、問いただした。
『ヤマト計画』参加者の人事については、基本的に沖田提督の判断に委ねられており、私には権限がない(斯く言う私の艦長人事も提督の決定だ)。
しかし、私にとって直接の部下であることに変わりはなく、「俺は知らん」などと軽く言うわけにもいかない。
「自分には、まだお受けする資格がありません」
「自信がない、というのか?」
経験という点で言えば、確かに古代戦術長は戦艦の幹部士官としては足りない。
そもそも戦術長というのは基本的に佐官クラスが務めるもので、一尉―――それも戦時特進―――が本来務めるものではない。
だが、これは別に古代戦術長に限った話ではない。
先の空襲で、予定していた幹部要員が全員戦死したことを受けて、急遽計画参加メンバーから選定し直した結果、本来であれば副直クラスの予定であったメンバーがそのまま繰り上げての人事となり、必然的に若い青年士官が責任者の地位に就くことになった。
最先任の真田志郎副長でさえ29歳の三佐(戦艦の副長は通常二佐)なのだから、他は推して測るべし。
私の見るところだが、古代戦術長の目には自信の無さというよりは、自分をこの職につけた者、即ち沖田提督に対する少なからぬ不信があるように思えた。
「人材の多くを失ってきた結果であることは事実だ」
口を開いたのは私ではなく、沖田提督だった。
「お前の席に座るはずだった男も、わしは死なせてしまった」
―――お前の兄、古代守だ。
古代戦術長はもとより、私にとっても初耳の事実だった。
「お前の経歴は見させてもらった、その上で十分に責務を果たせるとわしが判断したのだ」
「しかし――」
古代戦術長は納得できない様子で食い下がろうとする。
私は少しばかり発破が必要かと思い、反感を買うことは承知の上で言った。
「おい戦術、貴様いやしくも一度は戦術長を拝命した身だろう。自分の進退ぐらい自分で決めろ。
どうしても無理だと言うならば、即刻この艦を降りてもらうぞ。タダ飯食いを一人たりとも乗せる余裕はこの艦にはないからな」
古代戦術長がムッとした様子で私を見やった。
――怒れ、怒れ、うんと怒れ。そして悔しければ俺を見返してみせろ。
案の定、クールなように見えてその実熱血漢な古代戦術長は、まんまと私の挑発に乗り、“何クソ”の念に燃えて、やり遂げる決意をしたと、後に本人から聞いた。
「・・・・・・君も随分と要領が悪いな」
古代戦術長が退出したあとで沖田提督からそう言われた。
―――――
空襲警報が鳴り響いたのは、午前五時になろうかという時であった。
何だろう?などと今更考えるほど我々は能天気ではない。
「提督、先に艦橋に降ります」
言うが早いか、私は提督室を飛び出して、第一艦橋へと降りた。
艦橋では既に幹部要員たちが各々の配置につき、緊張と興奮、それに動揺が充満していた。
私が艦橋に入っていくと、一番出入り口に近い配置に付いている相原義一通信長が「あっ、艦長」と叫び、同時にその場にいる全員の目が私に向けられた。
「誰か、状況を報告しろ」
私は全員の顔を見回してから、艦長席へと歩み寄り、努めて平静な声色で尋ねた。
相原通信長から報告が入る。
「先程、総司令部からの情報で、超大型の惑星間弾道弾をキャッチしたとのことです」
「遊星爆弾か?」
「いえ、もっと大型で本艦を目標に接近中とのことです」
「ふーん」
後に判明したことだが、これは先の空母撃墜のほぼ直後に、冥王星にある敵基地から直接発射されたものであった。
空母一隻を潰されて何もしてこないわけはないと思っていたが、一気に片を付けに来たようだ。
私はどっかりと艦長席に腰を下ろす。
「到達時刻は?」
「およそ〇六〇〇と思われます」
「そうか」
私はクルリと席を回転させて、真田副長を見やる。
「波動エンジンの方はどうなってる?」
「艤装作業は完了していますが、始動のための電力の調達がまだです」
「波動エンジンヲ始動サセルニハ、モット大電力ガ必要デス」
「ふぅむ・・・・・・」
真田副長に続いて、アナライザーからも報告が入る。
―――今予定の電力では、足りないのか・・・・・・。
「そんな・・・・・・」
「ちゃんと、間に合うんですか?」
事態の深刻さに、南部康雄砲雷長や太田健二郎気象長から不安の声が上がる。
こういう動揺を表に出してしまうのは、やはり若さと経験不足故だろうか。
この精神状態はよくない。
「うろたえるなっ!!」
艦橋に大音声が響いた。
声の主は私ではない。
振り返ると、艦橋中央最奥部――提督室と艦橋とを直結する提督席に沖田提督が降りてこられた。
不思議なことにこの一声で、艦橋内に蔓延し始めていた不安が“ピタリ”と止まった。
―――やはり、この人は一廉の英傑だな。
この最高指揮官の堂々たる風格と大音声は、百の美辞麗句よりも説得力があった。
頼もしき“後輩”がいたものである。
先程までの緊張と興奮が静まり返り、沖田提督は司令部の藤堂長官と通信での応酬に入った。
「電力供給の方はどうなっていますか?」
「現在『ヤマト』に極東管区の全エネルギーを回し始めたところだ」
波動エンジン起動のための膨大な電力をどうするか、という疑問の答えは、何と極東管区に供給している電力を全て止め、『ヤマト』へと廻すという手法であった。
このために、現在極東管区は全域に亘って停電となっている。
―――しかし
「それでも、必要な電力を供給できるかどうか――」
司令部も停電となったのか、モニター通信が切れた。
先にも述べた通り『ヤマト』のエンジンエネルギーは、一基で地球全土のエネルギーを賄える程の強力なものだ。
逆に言えば、そんなものを起動させるためには、それと同等の電力が必要になるのだ。
幾ら、他のブロックに比べて電力が豊富とは言え、極東管区のみで足りるのであろうか?
万一、電力が足りずに起動できなかったとしたら、すべての武器は使えず、目も当てられない結果となる。
見れば皆の顔色も悪い、不安は皆同じなのだ。
―――気を紛らわせなきゃいかんな。
そう考えた私は、真田副長に向き直る。
「おい副長、総員に戦闘配食を配るよう主計長に伝えてくれ、今のうちだ」
「艦長!そんな場合では・・・・・・!!」
“何を呑気な”とでも思ったか、艦橋中央に座る古代戦術長が堪りかねたように抗議してくる。
「戦術、腹が減っては戦はできんぞ。心配するな、どう転んでもあと一時間は何も起こらん」
鼻で笑いながら、私がそう言うと、緊張でピリピリしていた艦橋要員の顔が困惑に変わっていく。
別に私はこの事態を乗り切る妙案があるわけではないし、内心では焦ってもいた。
だが、こうした人間集団が危機的状況に陥った場合、部下は必ず指揮官の顔を見る。
その時、艦長たる私が右往左往していては、一気に士気はどん底まで落ちる。
危機に直面したら、それを起きてしまったこととして受け止め、どうということはないと開き直り、笑い飛ばしてこそ一級の戦闘指揮官だ。
チラリ、と沖田提督を見やると、軽く頷かれた。
―――今は待つしかない。
騒いだところで今はどうにもならない。
事態の進展を見ながら、状況に応じた手を打っていく他はない。
“こんな時に食事なんて”という顔をしている面々に私はもうひとつ付け加えた。
「あと、全員今のうちに用便は済ませておけよ、これからしばらくそんな余裕なくなるからな」
森船務長、悪いとは思うが顔をそらすな。
結構大事なことだぞ。
―――――
「む?これは・・・・・・」
徳川機関長が困惑した声を発したのは、ちょうど戦闘配食の握り飯を食い終え、水を流し込んだ時だった。
「どうした?」
「艦長、電力供給量が急激に上がっていきます」
「なに?」
艦長席のモニターを確認すると、確かに波動エンジン内のエネルギー量を示すグラフが急激に上がってきている。
その量は極東管区の比ではない。
―――これは一体?
「・・・・・・全世界が『ヤマト』に電力を廻してくれているのだ」
沖田提督の言葉に、私を含めた全員がハッとなる。
提督の言葉通りだった。
この時、『ヤマト』には極東管区の他に、北米、南米、中東、欧州、アフリカ、豪州、アジア・・・・・・地球にあるすべての電力が廻されてきていたのだ。
思わず目頭が熱くなる。
今の地球人類にとって、残されているエネルギーは血の一滴にも等しい大事なものだ。
そのなけなしの血を我々のために振り絞ってくれている。
北米や東アジア(中国及び朝鮮半島)管区などは、極東提案の『ヤマト計画』に終始強硬に反対していたはずなのに・・・・・・。
今この瞬間ほど、国家や民族など関係ない、地球という惑星に住み、同じ血を流す地球人同士であるということを強く感じたことは後にも先にもない。
「機関長、どうか?」
「もう少しです、あと六分あれば」
「うむぅ・・・・・・」
波動エンジンの始動は一発で決めなければならない。その為にも電力は目いっぱい貯める必要がある。
「惑星間弾道弾モニターに捉えました、接触まで六分三〇秒!!」
森船務長からの報告に、流石に焦りが生まれる。
これでは始動から、出航、迎撃まで三〇秒足らずしかない。
―――間に合うのか。
「月軌道上に艦影確認。数二、識別信号グリーン、『キリシマ』、『チョウカイ』です」
「なに!?」
モニターを見ると、何と、先の「メ号作戦」で損傷し、今なおドックで整備中の筈の『キリシマ』、『チョウカイ』が、敵弾道弾の進路を塞ぐ布陣で展開しているではないか。
後に聞いたところでは、敵弾道弾の『ヤマト』接近を知った土方空間防衛総隊司令長官が独断で『キリシマ』『チョウカイ』に迎撃を指令、自らも『キリシマ』に乗り込んでいたそうだ。
『キリシマ』と『チョウカイ』は、その持てる全ての武装を大型弾道弾にほぼ同時に叩き込んだ。
無論、『キリシマ』『チョウカイ』の武装では、大型弾道弾を破壊することはできない。
―――しかし。
「弾道弾、本艦への進路変わらず。しかし着弾時間は一分五〇秒遅れました!!」
「弾道弾頭にエネルギーの乱れを感知、攻撃により損傷した模様!!」
太田気象長と森船務長の報告が、『キリシマ』『チョウカイ』の功績を示していた。
ほんの僅かながらも敵弾を傷つけ、弾道を逸らし、その修正までの時間を稼ぐことに成功したのである。
―――山南さん、三木・・・・・・。
彼方で戦う先輩艦長、そして三木副長以下『チョウカイ』乗組員たちの顔が浮かんでくる。
―――畜生め、浪花節なんか戦場に持ち込むもんじゃないってのに。
「成功です。エンジンに火を入れられます!!」
待ちに待った報告が、徳川機関長より齎される。
「艦長了解」
私はそう言って、沖田提督を見やり、目で会釈した。
沖田提督も無言で会釈を返された。
「出航用意!!」
「波動エンジン始動!!」
私と沖田提督の号令で、乗組員たちは行動を開始した。
「機関始動・・・・・・フライホイール接続・・・・・・室圧90・・・・・・95・・・・・・100・・・・・・エネルギー充填120%!!」
徳川機関長がエンジンの状態を報告する。
エンジン出力を表すゲージが上昇し、駆動音が段々と大きくなってくる。
それはまるで、『ヤマト』に息が吹き込まれていくかのような感覚だった。
「波動エンジン、回転数良好。征けます!!」
島航海長から出航準備完了の報告が上がる。
「艦体起こせ、偽装解除!!」
いよいよ『ヤマト』が動き始める。
艦体が軋み、ひび割れるような音がした直後、これまでやや右側に傾いていた艦が水平となり、視界を覆っていた偽装残骸が崩れ落ち、太陽の眩い光が艦橋に差し込んできた。
外から見れば、『大和』の繭を破り、『ヤマト』に生まれ変わる様がハッキリとわかっただろう。
私は自ら叫びたいのを我慢していた。
計画の発動――『ヤマト』の始まりを告げるのは私の役割ではないのだ。
「抜錨!! 『ヤマト』発進!!」
計画総指揮官たる沖田提督の大号令一下、艦が浮き上がる浮遊感――『ヤマト』が地に縛り付けていた楔を解き放ち、立ち上がるのを感じた。
―――遠き者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。
嘗て、日本の守護者として生まれながら、ほとんど活躍の場もないまま三千人の棺桶となって沈み、敵はおろか味方からすら「無用の長物」と蔑まれ、後世の人々からも「時代遅れの象徴」と冷笑された、昨日まで過去の戦争遺物に過ぎなかった巨大戦艦は今、地球の救世主として蘇ったのだ。
「艦長、後は任せるぞ!!」
感傷に浸っている余裕は私には与えられなかった。
ここからの『ヤマト』指揮権は私に移る。
―――よし、征くか!!
「戦術、ここで弾道弾を迎撃する。狙いはわかってるな?」
「はっ、砲戦準備!!」
「両舷前進微速、取舵十五!!」
「宜候」
私の命令で、『ヤマト』がゆっくりと前進し、やや左舷へと転舵し、右舷上方から迫り来る敵弾道弾に横っ腹を晒す形――「丁字」を取る。
「これより右砲戦――目標、敵大型弾道弾。右九〇度、一斉撃ち方用意!!」
「目標到達まであと50秒!!」
晴れ渡る空はどこまでも青く、敵弾道弾は既に双眼鏡で確認できる位置まで迫っている。
―――でかいな。
てるてる坊主のような形、と言えば軽く聞こえるだろうが、全長一.五キロはあろうかという巨大弾道弾の迫力は何たるや、頭の上から覆いかぶさってくるかのようだ。
これに比べれば、かの超空の要塞と謳われたB-29など玩具も同然だ。
だが、その弾頭の一部は、成程確かに傷ついている。
どんなに頑丈な化物でも、一度傷つけば、そこは脆い。
「
「自動追尾装置定点固定」
「照準誤差修正、マイナス一.三」
古代戦術長と南部砲雷長がてきぱきと指示を出していく。
さすが特殊訓練を受けただけあって、私の目から見てもよく鍛えられていた。
艦橋から見える緩やかな「大和坂」ならぬ、急な「ヤマト段」となった前甲板。
そこに搭載された第一、第二主砲及び第一副砲が右舷九〇度に旋回し、仰角を上げる。
後部の第三主砲、第二副砲も同様の動きをしているはずだ。
かつて水圧でゆっくりと動かしていたころとは比べ物にならない速さ、正確さで照準を調整する。
「照準良し!!」
「あと10秒!!」
冷静と灼熱が入り混じったような心境で私は一瞬だけ目を閉じ、刮目、命を下した。
―――神仏照覧!!
「撃ち方始めぇ!!」
「撃ぇっ!!」
私の号令から遅れること僅か一秒。
『ヤマト』は合計十五門の砲身から、
特徴的な砲声と僅かな振動が艦を揺らし、砲口からは青白い光が発せられ、『ヤマト』を照らす。
弾着は直後、ほとんど手が届きそうな所まで接近していた大型弾道弾に、十五の火線が敵弾頭――『キリシマ』『チョウカイ』によって損傷していた部位に寸分違わず直撃。
瞬間、“かあっ”と眩い閃光が膨張、轟音と共に大爆発が発生し、爆炎が『ヤマト』を包み込んだ。
「ぐぉぉっ!!」
爆発が広がる瞬間を目の当たりにし、激しい衝撃に私は思わず呻き声を上げた。
―――――
あの時と似た、どこか懐かしい爆煙の中で私は微かに見た。
伊藤長官に森下信衛、能村副長に茂木航海長、数多くの名前が浮かばない下士官や水兵たち・・・・・・あの日『大和』で共に戦った者たち、否、古村啓蔵を始めとする第二水雷戦隊の面々まで、死んだ者、生き残った者を問わず、一様に『ヤマト』を、私を見据えているではないか。
――やはり、貴様たちだったか、俺を送り込んだのは。
魂魄たちは答えない。
だが、不思議と感じるものがある。
――待っていたのだ、今日という日を。
私は嘗て『大和』艦長として、この艦を操り、そして沈めてしまった。
もしも神が、今一度の機会を私と『ヤマト』に与えたならば、それが『大和』乗組員の魂魄たちの総意たる使命と言うならば本望だ。
ふと、前世での『大和』出撃の際の能村次郎副長の言葉が思い出される。
「戦勢を挽回する真の神風大和になりたいと思う」
嘗て鎌倉時代の元寇に際し、日本を救った真の“神風”。
私も能村君も、あの日『大和』に乗り組んだ全員が、その“神風”となって、その時代に生を受けたものとして、“俺がやらずに誰がやる”という精神で、将来の日本のために、あの日闘ったのだ。
――そうだ、しっかりしろ有賀幸作。俺はその気持ちを、いつも誰よりも強く持とうと決めていたではないか。
『大和』で成し得なかったことを、『ヤマト』でやるのだ。
――今度こそ真の“神風ヤマト”となってみせるぞ。
戦友たちはただ無言で『ヤマト』を見送っていた。
―――――
気づいたとき、『ヤマト』を覆っていた黒煙が晴れ、紺碧の空が周囲に広がっていた。
「・・・・・・各部、状況知らせ」
「各部より報告、艦体に損傷認めず。波動防壁は正常に機能しているようです」
真田副長の報告に私は軽く息を吐いた。
波動エンジンの膨大なエネルギーを応用して、艦体装甲を防御する「波動防壁」。
真田副長いわく「核攻撃の直撃にも耐えられる」この防御システムは、大型弾道弾の超至近距離での爆発に見事耐え切ったのである。
ふと、右隣を見ると沖田提督に労われた古代進戦術長が、棒立ちになっている。
―――素直に喜びゃいいものを。
「おい、戦術・・・・・・」
私からも声をかけた。
「戦いはこれからだ、これからもしっかり頼むぞ」
胸中複雑なものがあるであろう二人の上官に労われた戦術長。
結局、島航海長に「素直に喜べよ」と言われるまでそのままだった。
『ヤマト』は先ほどの爆煙を背に、眩しい茜色と群青色の空を衝いてひたすら登っていく。
その最中、私の意識は先の爆煙と戦友達への決意の余韻からか、自然と回想の中に引き込まれていった。
この時代で目覚めた日。
今日の宿命は、あの時が始まりだったのだ。
第一章
『遥かなる旅立ち』篇 完